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2月3日、日銀が切った「マイナス金利」のカードは、市場の意表を突いて、株安・円高の流れを止めた。写真は黒田日銀総裁。都内で1月撮影(2016年 ロイター/Yuya Shino)
焦点:日銀が得た多彩な緩和手段、マイナス金利決定の舞台裏
http://jp.reuters.com/article/boj-rate-minus-idJPKCN0VC0PN
2016年 02月 3日 18:10 JST
[東京 3日 ロイター] - 日銀が切った「マイナス金利」のカードは、市場の意表を突いて、株安・円高の流れを止めた。最も効果が出たのは、市場が「限界」と感じていた「緩和手段」が豊富にあることを示した点だ。
それにより、投機筋の「円買い」を強くけん制する力を獲得したとも言える。その秘密裡に進んだ準備の裏側を探った。
<黒田総裁の帰国直後に固まった方向性>
日銀の黒田東彦総裁は1月22日、スイス・ダボスで開催されている世界経済フォーラムの年次総会「ダボス会議」に参加するため、あわただしく東京・日本橋本石町の日銀本店をあとにした。
複数の関係筋によると、黒田総裁はその直前、現行の量的・質的金融緩和(QQE)の継続を前提に「追加緩和の案を用意するように」と事務方に指示した。
26日に帰国した黒田総裁に提示されたのは、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」だった。総裁は、これによって追加緩和の障害となっていた政策打ち止め感も払しょくできると判断。28、29日の金融政策決定会合で提案することが固まったもようだ。
<先行した欧州各国との意見交換>
その間、事務方の準備作業は水面下で着々と進んだが、政府サイドでその動きを察知した関係者はいなかった。ある政府関係者は、日銀金融政策決定会合が開催される直前の27日夜、日銀の動きについて「今回はやらないとみている」と言い切っていた。
密かに進められた日銀の事前準備の一つに、マイナス金利を先行して導入したスイス、スウェーデン、デンマークなどにおける実態チェックがあった。
複数の関係筋によると、日銀はこれら3カ国と欧州中銀(ECB)を含めた複数の中銀と、マイナス金利政策を実行に移した場合に発生が予想される様々な現象について、かなり突っ込んだ意見交換を行った。
<地銀危機を封印した3段階の階層構造>
その成果の一つが、当座預金を3段階に分ける階層構造の導入だ。当座預金残高の全てにマイナス0.1%の利率を適用すると、金融機関の経営に負担がかかるため、これまでに積んだ分はプラス0.1%を維持した。
スイスなどは2階層となっているが、金融仲介機能を弱めることに配慮し、日銀は3階層とすることを決断した。ここで日銀が配慮したのは、地域金融機関の動向だったとみられる。
地域金融機関の当座預金残高は、所用準備額を除くと約20兆円で、QQE)が始まって以降3倍に膨らんでいるが、昨年6月以降は横ばいで推移している。つまり、この基調が今後も継続するなら、地域金融機関全体として負担が急増し、金融システム不安が地方から起きるというリスクを配慮したということだ。
<市場の目安になったスイスなどの先行例>
また、先行事例を研究した結果は、早速、日銀にとってプラスになる現象を生んだ。29日に発表した「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入という発表文のページ1の脚注に、スイスでは0.75%、スウェーデンでは1.1%、デンマークでは0.65%とマイナス金利の先行例を明記した。
その結果、市場の一部では「今後、追加緩和をする場合、マイナス金利を深くするのだろう。そのメドは、先行して実施しているケースが参考になる」(外資系証券の関係者)との思惑が台頭。中には「マイナス金利に限界はない」(外資系銀の関係者)との声まで出てくるようになった。
直前までくすぶっていた「日銀の緩和手段は、完全に制約されている」(国内大手銀関係者)とのムードを払しょくした。
<従来型QQEに立ちはだかった市場の制約論>
従来のQQEからマイナス金利付きQQEに、緩和政策の「立てつけ」を変更したのはなぜか──。
複数の関係筋によると、日銀は従来のQQEを維持し、資産買い入れ額を80兆円から100兆円方向に増額しても、直ちに「制約」状況に直面するとは認識していなかった。
しかし、日銀のQQEをシニカルに眺めている海外の投機筋だけでなく、これまで日銀に国債を売却し、QQEの中核であるマネタリーベースの拡大に協力してきた国内大手銀の中にまで「QQEは限界に接近している」(別の国内大手銀関係者)と言い始め、市場心理は「日銀に限界」という見方に傾きつつあった。
そうした中で買い取り資産の増額を打ち出しても、「限界」が意識されると、「100単位」の効果が期待されても、現実には「70単位」程度かそれ以下の効果しか出ない展開も予想される。
<投機筋が懸念する日銀の多彩な緩和策>
マイナス金利付きを導入すれば、スイスの0.75%までできると市場が判断するなら、あと数回は追加できると多くの市場関係者が連想する。さらに昨年12月に決めた補完措置を駆使すれば、量の拡張も1回だけと即断できなくなる。
質の面では、ETF(上場投資信託)の増額も想定でき、これらを組み合わせれば、相当に多彩な選択肢が出来上がったことになる。
複数の関係筋によると、この「多彩な選択肢」の獲得こそ、今回の政策対応の最大の眼目の一つであるという。
実際、先の外資系証券の関係者は、日銀がたくさんの「武器」を手にした結果、「ドル/円JPY=EBSで115円を割り込めば、日銀は放置せずに追加緩和を実行してくるとの観測が多くなった。緩和前と比べ、円高方向の壁が厚くなった」と指摘する。
その意味で、今回の追加緩和は、円高─株安─企業心理の冷え込み─賃上げ・設備投資の意欲減退─デフレマインドの復活、という「逆戻りシナリオ」をとりあえず抑え込んだと言える。日銀の戦術は、短期的に成功した格好だ。
<金融機関の収益低下>
ただ、手放しで喜べない要素も少なからずある。一つは、イールドカーブが一段と押し下げられ、金融機関の収益力が先細る構図が鮮明になったことだ。
黒田総裁が1月29日の会見で指摘したように、デフレに戻れば金融機関の経営は危機に直面する。そうさせないための政策選択ではあるが、長期化すれば、地域金融機関など経営体力の弱いところから、足元がおぼつかなくなるリスクが高まる。
石原伸晃・経済再生相は2日の定例会見で、知人の地銀頭取らから、マイナス金利が経営に及ぼす副作用については聞いている、と明言した。
また、ある金融関係者は、当座預金金利をマイナスにしても、預金金利や貸出金利がマイナス金利になる可能性は小さいと指摘。「為替・株式市場以外の実体経済への波及効果は極めて乏しい。今後、国債市場と実体経済の分断がますます激しくなる」と断言する。
一方、10年の国債金利までマイナスになると、預金手数料など「顧客にコストを転嫁せざるをえない」(国内銀行関係者)との空気も金融界にはあるという。
<政府の財政規律弛緩リスク>
先の金融関係者は、別のリスクも指摘する。国債金利の低下によって、政府の資金調達コストは確実に低下する。一方、大規模な国債買い入れを続けていく日銀の買い取り価格は上昇。「これは日銀から政府への所得移転を意味する。実質的な財政ファイナンスにさらに近づくことになる」と予想する。
別の金融関係者も「今でさえ、ばらまきと言える政策を取っている政府が、赤字国債の増発という誘惑に負けて、財政規律が一段と崩れることが最大の懸念材料だ」と指摘する。
さらに市場が注目するのは、3月米利上げの行方だ。もし見送りとなった場合、世界経済の唯一のエンジンである米経済への懸念が表面化し、リスクオフ心理に戻る展開も予想される。
実際、原油価格が下落基調に戻る兆しを見せると、3日の米株市場が急落。4日の日経平均.N225は一時、前日比600円を超す下落となり、リスクオフに神経質な市場の最近の特徴を見せた。
今のところ、ドル/円は119円台で推移しているものの、10日に予定されているイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長の米議会証言の内容次第では、市場がリスクオフへの傾斜を強めるリスクが存在する。
その時にマイナス0.1%で持ちこたえることができるのかどうか。日銀の新スキームの真価が、そう遠くない時期に問われる可能性はかなりの確率でありそうだ。
(伊藤純夫 竹本能文 編集:田巻一彦)
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