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福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん
「臭い物に蓋」をしては後で大問題に、チェルノブイリの経験生かせ
2017.4.19(水) 鎌田 實
コンクリートで固められたチェルノブイリ原発4号炉。石棺と呼ばれている
想定外の多さ
福島県の県民健康調査検討委員会のデータによると、「甲状腺がんまたはその疑い」の子供が183人。そのうち145人にがんの確定診断が下っている。
確定診断はないが、がんの疑いで手術や検査を待っている子が、さらに38人いると解釈できる。さらに3巡目の検診が行われている。
まだまだ増えるということだ。
これは異常な数なのか。甲状腺の専門医たちもおそらく想定外だったと思う。国立がんセンターによると、2010年の福島の小児甲状腺がんは2人と試算している。
1巡目の検査は、2011〜2013年にかけて、2巡目は2014〜2015年にかけて行われた。現在は3巡目。
小児甲状腺がん・疑い の内訳(人) 福島
2016年12月27日までの福島県民健康調査委員会資料より作成
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/9/1/500/img_91ac384a8494a1fc3db69964586826a945928.jpg
数年で「正常」が「甲状腺がん」になるか
大事なポイントはここ。2巡目の検査で「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供は68人の中に、1巡目の検査で「A判定」とされた子供62人が含まれているということだ。
62人のうち31人は、「A1」で結節やのう胞を全く認めなかった。全くの正常と言っていい。「A2」は、結節5.0o以下、甲状腺のう胞 20.0o以下のごく小さな良性のものである。
甲状腺がんの発育は一般的にはゆっくりである。これが1〜3年くらいの短期間に、甲状腺がんになったことは、どうしても府に落ちない。
被曝ノイローゼと言われた時があった
チェルノブイリへ1991年から医師団を102回送って支援してきた。ベラルーシ共和国の小児甲状腺がんの患者数は、1987〜89年では毎年1〜2人だったのに、90年は17人、そして91年以降激増していくのである。
ベラルーシを中心に、ウクライナ、ロシアなどで6000人の甲状腺がんが発生した。
皆が「何かおかしい」と思い始めた当時、WHO(国際保健機関)は、「チェルノブイリ原発のメルトダウンの直接的な健康被害はない。多くは、被曝ノイローゼだ」と言っていた。
1990年代前半、ベラルーシの甲状腺がんの第一人者、ミンスク大学の故エフゲニー・デミチク教授が、放射線ヨウ素I-131が飛散し、それが子供の甲状腺がんを増やしているという論文を、国際的総合科学ジャーナル「NATURE」に発表した。
デミチク教授の息子ユーリーも、甲状腺外科医を目指していた。父親の教授から「息子を日本で勉強させてほしい」と頼まれた。
ゴメリの病院の白血病の子供たち
ぼくが代表を務める日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)が1993年 松本に招待し、3か月間、信州大学や諏訪中央病院で、甲状腺の医学や肺がんの外科学を学んだ。
その後ユーリーの病院に手術道具と材料を大量に送った。その後も頻繁にユーリーと会ってきた。しかしそのユーリーが先月急逝した。病院で仕事中に突然死した。心筋梗塞ではないかと言われている。
甲状腺がんの第一人者はどう考えたか
ユーリーは、ミンスクの甲状腺がんセンターの所長だった。ベラルーシ共和国の甲状腺学の第一人者である。毎年1000人程の甲状腺がんの手術を行っているとぼくに言っていた。
国の政策として、甲状腺がんの患者はユーリーの病院に集められていたため、極端に多くの患者を診ていた。多忙過ぎたと思う。福島の小児甲状腺がんのデータをよく知っていた。
ぼくが最後に会った時は、福島では2巡目の検診が行われていた。福島の子供の甲状腺がんは、福島第一原子力発電所の事故と関係があるのかないのか、意見が分かれている。甲状腺外科学の第一人者のユーリーはどう思うかと聞いた。
ユーリとミンスクの病院にて
「日本のスクリーニングは精度が高い。検診をしたために見つかった可能性が高い。スクリーニング効果の可能性がある」と言うのだ。
「ただし…」とユーリー・デミチクは言い出した。
「2巡目の検査で、がんが16人見つかっていることは気にかかる。今後さらに、がんやがんの疑いのある子供が増えてくれば、スクリーニング効果とは言い切れなくなる」
福島は汚染が少なかったと言って安心はするな
2巡目の検査で、ついに甲状腺がんが増加して44人となった。ユーリーが心配していたことが起きている。
ユーリーは「もう1つ忘れないでほしい」と言った。「ベラルーシ共和国では、放射線汚染の低いところでも甲状腺がんが見つかっている。福島県がI-131の汚染量が低いからと言って、安心しない方がいい」と言うのだ。
「放射性ヨウ素が刺激となり、長期間、時間をかけてがんになる可能性はある。だから、長期間、検診を続けた方がいい」と言った。
子供の甲状腺がんは転移が多い
もう1回確認をとった。「甲状腺がん検診で見つかったがんについて、日本では、見つけなくていいがんを見つけたという意見もあるが、どう思うか」と聞いた。
「子供の甲状腺がんは、リンパ節転移する確率が高いのが特徴。ベラルーシ共和国で手術せず様子を見た例と、手術をした例とでは、子供の寿命は格段に違った。手術すれば、ほとんどの場合、高齢者になるまで健康に生きることができる」
「見つけなくていいがんを見つけた、なんて言ってはいけない。見つけたがんは必ず手術した方がいい。数年経過を見たこともある。すると、次にする手術は大きな手術になった」
「埋葬の村」と呼ばれる汚染地域
「だから、見つけたがんはすぐに手術をした方がいい。それが30年間チェルノブイリで甲状腺がんと闘ってきた自分の考えだ」
こう語ったのだ。
「福島県だけではなく、周辺の県も検診をした方がいいのか」と聞いたら、「コストの問題だ」という。「お金に余裕があるなら、やるべきだ」というのが彼の考えのようだった。
事故から31年経っても住めない原発から4キロのプリピャチ
このユーリーの言葉と、重なる意見を言っている日本の専門家がいる。福島県立医大の教授、鈴木眞一氏。
県立医大で行った手術の72人の子供に、リンパ節転移があった。加えて、甲状腺外浸潤や遠隔転移を入れると、子供の甲状腺がんの92%が、浸潤や転移していたというのだ。
鈴木教授も、ユーリーと同じ考えだ。検診をやり、早期発見するようにし、見つけたらできるだけ手術をすること。これが大事な点だ。
「放射線の影響は考えにくい」と言い切れるか
北海道新聞によると、日本甲状腺外科学会 前理事長の清水和夫氏は、1巡目の検査で、せいぜい数mmのしこりしかなかった子供に、2年後に3cmを超すようながんが見つかっていることを挙げ、「放射線の影響とは考えにくいとは言い切れない」と言っている。
これもユーリー・デミチクと同じ考えである。彼は、甲状腺検査評価部会長を辞任した。こういう「空気」に負けない科学者がいることは心強い。
子供の甲状腺がんと放射性ヨウ素I-131の関係があるのかないのか、結論づけるためには、事故直後福島県内で甲状腺の被曝量を測定し、サンプリングすることが重要だった。
きちんとしたデータも取らずに、福島県の県民健康調査検討委員会は「放射線の影響は考えにくい」と総括している。
チェルノブイリ原発事故と比べると、I-131の放出量が少なかった。チェルノブイリでは、小さな子供たちにがんがみつかったが、福島県では小さな子供にがんが多くはない。これが理由だ。
高汚染のため住んではいけない『埋葬の村』に住み続ける老人
検診を縮小しないで
そんな状況の中で、検診を縮小しようとか、希望者だけにしようという動きも、昨年秋に見られた。これはとてもまずい。できるだけ検診をしっかり続け、早期発見・早期治療をし、子供たちの命を救うことが大切だ。
原発事故と関係があったかどうかは、チェルノブイリでも事故から7〜8年かけて因果関係が証明されていったことを考えると、臭いものに蓋をするようなことはよくないと思う。
もう1つの大きな問題は、がんの治療をした後の子供の心のサポートが十分にできているかである。
高校時代にがんが見つかり手術を受けた子供がいた。大学進学後に再発・転移が見つかって再手術。大学も辞め、部屋に引きこもりがちになっていると聞いた。
別の十代の男の子は、甲状腺がんの手術をした後、荒れて家族に暴力を振るうようになったという。悲しい話だ。
「がん」になった子供の心を支えよう
因果関係が明白になるまで、できるだけ長く検診を続け、見つかった子供の治療に最善を尽くし、長く医療費の保証をしてあげることが大事だ。同時に、子供たちの心を支えていくこと。原発を国策として進めてきた責任があるように思う。
甲状腺がん家族の会ができていると聞いた。要望があれば応援をしてあげたいと思っている。
子供たちに、病気になっても希望を忘れないようにしてほしいと伝えたい。ぼくがベラルーシやウクライナで見てきた子供たちは皆、隠れたりせず、堂々と生きていた。たくさんの子供を日本へ招待し、保養もしてもらった。
いつか彼らと交流させて、福島の若者も元気になってもらいたい。大きくなって、好きな人ができて、子供を生んだ女の子たちもたくさんいる。一生に一回だけの人生を捨てないでほしい。
家族が悪いわけでもない。病気になった子も、その家族も、皆苦しんでいる。だから一人ひとりがまず勇気を持って立ち上がること。そして、前を向いて生きよう。元気になれる人から、なっていこう。
それを見て、また勇気をもらう他の子供たちもいるはず。立ち上がれる子から、立ち上がっていこう。そう声をかけてあげたいと思う。この文を読んでくれたらうれしい。日本の空気に負けないで、新しい波を起こす若者になってほしい。
石棺を覆うドームを建設中
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49766
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