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福島県大熊町にある東京電力福島第1原子力発電所の3号機(2016年2月10日撮影)。(c)AFP/Toru HANAI〔AFPBB News〕
福島・甲状腺がん「多発」? 原発事故との関連は 今、迫られる社会の判断〜福島県の県民健康調査結果を受けて
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46778
2016.5.13 池辺 靖 JBpress
原発事故後の福島県で、子どもの甲状腺がんが相次いで見つかり、手術もおこなわれているというニュースは少なからぬ衝撃を持って全国に伝えられました。
甲状腺がんは、他の臓器のがんとくらべて進行が遅く、またリンパ節への転移があっても10年後の生存率がとても高く、予後の良いがんと言われています*1。
しかし福島県でこれまでに発見されたがんの症例数の多寡については、明らかに多いという人、驚く必要はないという人、専門家の間でも、さまざまな議論が交わされ、結論の出ない状況が今なお続いています。
そのような中、福島県は、「県民健康調査中間とりまとめ」*2を2016年3月末に公表し、2011年10月より実施している甲状腺がん検査について、「日本全国における甲状腺がんの発症数などから推定される数よりも、数十倍多い患者数が存在している」と結論づけました。 しかしながら、その原因については「放射線の影響とは考えにくい」としています。これらを一体どのように解釈すればよいのでしょうか?
本稿では、福島県における甲状腺がん検査データの読み方について、専門家の間でどのような議論がされてきたのか、主要な論点の解説を試みます。そして、考えるための材料がそろったところで、社会として現状をどのように捉え、今どのような判断を下すべきなのかを考えます。
【目次】
1. なぜ「甲状腺がん」を注視するのか?
2.「福島における甲状腺がんの検査結果
3.「がんないしがん疑い」の人数をどう見るべきか?
4. 岡山大・津田氏が「30倍」と評価した理由
5. 福島県の報告書にも「数十倍」と記載
6.「早期発見した」に過ぎない?
7. 一生発症しない「潜在がん」をみつけただけ?
8. 「早期発見」「潜在がん」では説明できない、3つのこと
9. 放射線が原因とは考えにくい? 4つの理由とその反論
10. 予防原則に則ったリスクの未来予測を
* 参考文献一覧
■ 1. なぜ「甲状腺がん」を注視するのか?
2011年3月の福島第一原子力発電所事故により、広範囲におよぶ放射性物質汚染が発生しました。多数の住民が故郷を追われ、今なお約10万人*3の方々が避難生活を強いられています。
福島県は県民健康調査を実施し、県民の健康状態を把握して、病気の予防と治療につなげる取り組みを行っています。特に事故による放射線被ばく線量の推定と、18歳以下の県民全員に対する甲状腺がんの検診は、チェルノブイリ原発事故の経験を踏まえたものです。
1986年のチェルノブイリ原発事故の後、原発のあったウクライナ(旧ソ連)に隣接するベラルーシをはじめ、周辺地域の子どもたちが相次いで甲状腺がんを発症する事態が起こりました(図1)。
図1. ベラルーシにおける0〜14歳の小児甲状腺がんの発症数の推移。参考文献*4をもとに筆者作図。
甲状腺は、のどぼとけの下、気管の前にあり、ホルモンを分泌する役割を担っています。甲状腺ホルモンはヨウ素を材料にして作られるため、甲状腺にはヨウ素が蓄積することが知られています。そのため、吸い込んだ放射性ヨウ素(ヨウ素131)が集まることで、特にたくさんの放射線を、甲状腺は受けることになり、発がんのリスクが高まる恐れがあるのです。
実際に、チェルノブイリにおけるその後の調査では、放射性物質による汚染度の高い地域ほど、多くの小児甲状腺がんが発生していることが示され、多発した小児甲状腺がんの原因が原発事故に伴う放射線被ばくであることが明らかにされています*5。
このような過去の事例を踏まえて、福島県県民健康調査においても、原発事故当時18歳以下であった県民全員を対象に、事故の約7カ月後の2011年10月から甲状腺がん検査が開始されました。まず1巡目の検査(先行調査)を、およそ2年半かけて実施し、その後2014年4月から、2巡目の検査(本格調査)が、2年ほどかけて行われました。
検査ではまず、超音波エコーを使って、甲状腺を観察します。そこで5.1mm以上の大きさの結節(しこり)、あるいは20.1mm以上の大きさののう胞(液体が溜まっている袋)が見つかった場合は、さらに精密検査を行います。
精密検査では、尿検査・血液検査の後、必要に応じて、「穿刺(せんし)吸引細胞診」を行います。この検査では針を刺してそこから直接細胞を採取し、良性の腫瘍なのか、悪性腫瘍(がん)の疑いがあるかどうか判定します。最終的ながんの診断は手術後の検査で確定します。
一般に、いわゆる「がん」は悪性腫瘍のことを指しています。腫瘍そのものは、細胞が異常増殖するもので、子宮筋腫やおでき、脂肪腫(こぶ)などは良性腫瘍の代表例です。しかし、これが悪性の場合、増殖スピードが速く、周囲の組織や臓器、血液やリンパ系にも侵入し、転移する可能性が高くなります。これが「がん」です。そのため早期に良性腫瘍なのか悪性腫瘍なのかを見極めることが重要です。
(※ がんの中でもとくに増殖が速く転移が起きやすい性質のものを「悪性度の高いがん」と言うことがありますが「悪性腫瘍(=がん)」とは別の概念です。)
ただし、前述の通り、甲状腺がんは他のがんに比べ、成長スピードが遅く、生存率も高いといった特徴があります。この先も、随所で甲状腺がんの特性を踏まえながら、福島における調査結果を見ていくことにします。
■ 2. 福島における甲状腺がんの検査結果
2016年2月15日の第22回県民健康調査検討委員会とそれ以前に公表された、これまでの検査結果*6,7をまとめたものを表1に示します。
表1. 福島の甲状腺がんの検査結果(第20回および第22回「県民健康調査検討委員会」*6,7より)。
※ 1 誤差範囲は、ポアッソン分布を仮定し95%信頼区間とした。 ※2 累積の有病率は、がん患者合計数166人を、1巡目と2巡目の検査期間通しての平均受診者数で割って求めた。平均受診者数は、1巡目と2巡目それぞれの受 診者数を検査期間の長さで重みをつけて平均した値とし、以下のように求めた。平均受診者数=(300476人×2.5年+236595人×1.75年)÷(2.5年+1.75年)=274172人。 ※1および2 年齢ごとに異なる受診率を考慮すると、これらよりもやや大きな値となる。
1巡目の検査では約30万人を検査して、そのうち115人が「がんないしがん疑い」という診断を受けました。このとき、検査対象者は原発事故当時0〜18歳の約37万人で、受診率は81.7%でした。
2巡目の検査では事故後1年以内に生まれた子どもが新たに検査対象に追加されました。しかし、受診率は62.1%と大幅に低下し、検査を受けた人は約22万人と減少しました。それでも新たに51人が「がんないしがん疑い」の診断を受ける結果となりました。(1巡目で「がんないしがん疑い」とされた115人は、2巡目の検査は受けていません)。
この結果を、福島県の対象者数で表すと(全対象者が検査を受診した場合)、1巡目は115÷0.817=141人、2巡目は51÷0.621=82人となります。これが福島県の「有病者数」ということになります。
同様に、この結果を100万人当たりで表した「有病率」は、1巡目の検査では383 [人/100万人]、2巡目の検査では216 [人/100万人] となります。ここまでがこの調査から得られた実測値です。
■ 3. 「がんないしがん疑い」の人数をどう見るべきか?
検査によって得られた福島県における甲状腺がんの患者数、つまり「がんないしがん疑い」であると診断された人の数は、通常の場合と比べて大きいのでしょうか?
がんは、今や日本人の2人に1人が生涯で一度は発症する国民的な病気です*8。日本全体の平均的な状況は、がん患者の登録を行っている都道府県のデータ(地域がん登録)を集めることで、推定されてきました*9。
それにより、毎年どの種類のがんが、どの程度の割合で発症しているのか、「発症率」という指標が得られます。この統計的な値によると、甲状腺がんは毎年100万人あたり約80人が発症しています(以後、発症率の単位は[人/100万人・年]とする)。
ただし、甲状腺がんの発症率は年齢によって大きく異なり、成人を過ぎてから高齢になるほど増えていき、子どもにはめったに見られない傾向があります(図2)。
図2. 5歳幅の各年齢層における甲状腺がん発症率の全国平均値。2001〜2010年の統計データより、年間・100万人あたりの人数として算出(データ出所:参考文献*9)。
一方、福島県民健康調査の甲状腺検査によって得られたのは、何らかの症状が出て病院に行く前の段階であるけれども、その病気をすでに持っている状態であると、ある時点で診断される人々の割合です。これは、「有病率」と呼ばれる数字ですが、検診をやらないと分からないので、今回福島県で得られた値と、直接比較できる全国統計データというものは存在していません。
■ 4. 岡山大・津田氏が「30倍」と評価した理由
そこで岡山大学の津田敏秀教授らは、がんの進行に対してある仮定を置くことで、全国平均の発症率から推定される有病率を計算し、それを福島の検査から得られた有病率と比較することで、福島の状況を評価することを試みました。
そして、1巡目のデータをもとに分析を行った結果、通常予想される値よりもおよそ「30倍」のがんが見つかっているとの見解を示しました*10。ここでは、この「30倍」という数字を出した津田氏らの分析方法を説明します。
まず、今回の検査で検出されるような「5.1mm以上の結節で細胞診により悪性腫瘍(がん)と判断されたものは、将来“必ず”治療が必要な状態となる(発症する)」と仮定します。
さらに、今回の検査で検出されるような甲状腺がんは、すべて同じように成長すると仮定し、腫瘍がちょうど5.1mmの大きさに達し、今回の検査で検出可能な状態(発病)から、治療が必要な状態になる(発症)までの時間を「有病期間」と定義します。
津田氏らの1巡目検査の分析では、この有病期間に「4年」という値を採用しています。この値は、チェルノブイリ原発事故後の甲状腺がん患者数の急増が始まるまでの時間と一致することなどから、甲状腺がんの成長するスピードに対応する典型的な有病期間だとしています。ここまでを模式図に示すと図3-1のようになります。
図3-1. 津田氏らの仮定による甲状腺がんの成長モデル。有病期間の定義(筆者作成)
次に、福島県あるいは日本全体という集団の中で、「甲状腺がんを発病し、有病期間後に発症するという事象は時間的に等間隔で起きるもの」と仮定すると、図3-2のようになります。
図3-2. 津田氏らの仮定による甲状腺がんの成長モデル。等間隔に発症する仮定を反映(筆者作成)
この集団(福島県ないしは日本全体)の「有病率」とは、ある時点(検査実施時)で検査感度に達したがんを有している人の数になります。これは図3-2において、赤い四角を横切る矢印の本数に相当しています。
この数は「検査時点から有病期間だけ過去にさかのぼった時点(つまり4年前)から、検査を受けるまでの間に、新たに有病状態になった(発病した)人の数」、あるいは「検査時点から有病期間に相当する時間が経過するまで(つまり4年後)の間に発症するであろう人々の数」とおよそ一致するはずです(図3-3)
図3-3. 津田氏らの仮定による甲状腺がんの成長モデル(筆者作成)
一方で、発症率は1年間に発症する人々の数ですから、「有病率=発症率×有病期間」という関係式が成り立ちます。そしてこの式を用いることで、全国統計である発症率から、検診によって得られる有病率を推定することができます。
津田氏らは、全国統計から3 [人/100万人・年]という発症率の値を採用しています。彼らが対象とした1巡目検査は、原発事故からほぼ7カ月後から3年後の間に行われました。
人によって検診を受けたタイミングは異なりますが、1巡目検査の受診時には、原発事故から平均すれば2年ほど歳をとっていたと考えられ、検査時の年齢はおおむね20歳以下の集団とみなすことができます。
そこで、津田氏らは、全国の甲状腺がん発症統計から、20歳以下全体での平均値を求めることで全国平均の発症率を3 [人/100万人・年]としています。先ほどの関係式に、これらの数字を当てはめると、有病率の期待値は3 [人/100万人・年]×4 [年]=12 [人/100万人]となります。
しかし実際に福島の1巡目調査で得られた有病率は、この値をはるかに上回る 383 [人/100万人]でした。すなわち、383÷12 =32倍の大きな値と考えることができます。津田氏らの言っている「およそ30倍」は、このような考え方から得られたものです。
■ 5. 福島県の報告書にも「数十倍」と記載
また国立がん研究センターと札幌医科大学の研究グループは、同じ全国統計データを用いて、20歳以下の福島県民のうち、生後から現在までの間に甲状腺がんを発症したことのある人の総数を5.2人と見積もり、1巡目検査で得られた有病者数は、その26〜36倍に相当することを示しました*11。
これらの定量的な分析から、福島県でこれまでに見つかった甲状腺がんの数は、通常の環境で自然に発生して、近い将来発症するようなものだけでは全く説明がつけられないことが分かります。
2016年3月に福島県から発表された「県民健康調査における中間取りまとめ」では、最終的に「先行検査(一巡目の検査)を終えて、わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い甲状腺がんが発見されている」という表現で報告されています。
しかし一方でこの報告書(中間取りまとめ)では、多数の甲状腺がんが発見されている原因については「放射線の影響とは考えにくい」としています。これは一体どういうことなのでしょうか。当初から心配されていた事態、つまり“原発事故に由来する放射線被ばくによる小児甲状腺がんの多発”と結論づけることはできないのでしょうか。
これに対しては、大きく2つの論点があります。1つは「多発している」という見方に対して、将来的に臨床診断されたり、死に結びついたりすることがないがんを多数診断している「過剰診断」であるとの指摘がなされていることです。
そして2つめが「放射線の影響か否か」という点です。放射線の影響とは考えにくいとする理由、さらにそれに対する反論が挙がってきています。以降の章では、この2つのポイントについて詳しく説明していきます。
■ 6. 「早期発見した」に過ぎない?
津田氏らの分析では、5.1mm以上に成長した甲状腺がんは、4年以内に発症することを仮定していました。
甲状腺にできるがんのうち、およそ9割は「乳頭がん」と呼ばれる種類のがんで、女性に多く発症する傾向があります。(ただし「乳頭がん」と言っても胸の乳腺とは関係ありません。このがん細胞を顕微鏡で見ると乳頭、つまり乳首のような形をしているため名づけられたそうです 。)
この乳頭がんは、一般に極めてゆっくり進行するとされているため、福島の子どもたちの間で見つかったもの、つまり、県民健康調査における甲状腺検査で見つかったがんも、「4年」よりも、もっと先の将来に発症するものを「早期発見したにすぎない」という指摘も数多くあります*12。
では、今回の検査で見つかったがんが、仮に早期発見されたものだった場合、何年先に発症するがんまで見つけたことになるのでしょうか。その評価方法は、国立がんセンターと札幌医科大学の研究グループが示しています*13,14。
次の図4の赤い曲線は、地域がん登録統計データや福島県の人口統計などから推計した、福島県における各年齢以下の甲状腺がん発症経験者数の合計(累積有病者数)を示しています。このグラフ上に、今回の検査から推計される、事故当時18歳以下の福島県民全体での有病者数(表1)も併せてプロットすると、以下のようになります。
図4. 福島県(2010年人口統計)における、生誕後各年齢までに甲状腺がんを発症したことのある累積患者数の推計。
赤い曲線で示す各年齢以下の推定累積発症者数は、文献*13のデータを使用。文献*13では計算されていなかった40歳以上範囲は直線で外挿した。/緑の●は、1巡目検査より得られた検査時20歳以下の累積有病者数。青の●は、1巡目および2巡目検査より得られた検査時22歳以下の累積有病者数(累積有病者数の数値については表1参照)。
4章で説明したように、1巡目検査ではおおむね20歳以下の県民を調査したことになります。そして、そのうちの115人が「がんないしがん疑い」の診断を受けました。
また2章で示したように、受診率は81.7%であることから、福島県全体では141人が「がんないしがん疑い」の状態であったと推計できます。がんの発生は確率的な事象であるため、福島県全体の真の平均的ながん患者数の推計値としては、141(115〜166)人といった幅を持つことになります。
そして、累積有病者数が115〜166人となるのは図の35〜37歳に該当します。つまり、1巡目で行われた20歳以下の集団の検診結果は、検査時から早くても15〜17年後に発症するであろう、すべての甲状腺がんを早期発見したと解釈できます。
また、2巡目で新たに甲状腺がんと診断された人を含めると、福島県の調査で見つかった累計の甲状腺がん患者数は166人でした。そこから、2巡目の検査時におおむね22歳以下の全対象者における累積有病者数は、231(196〜266)人と見積もられました(表1参照)。
日本の平均発症率から計算した累積有病者数を示す赤い曲線から、これは、おおよそ39〜42歳までに発症するすべてのがんを見つけたことに相当することが分かります。
つまり、今回の調査で見つかった甲状腺がんが、将来的に発症するものを早期発見したものならば、早くても17〜20年後に発症するものを見つけていることになります。
■ 7. 一生発症しない「潜在がん」をみつけただけ?
「通常の数十倍も多い」とされる甲状腺がんが見つかったことをどう説明するのか? そのもう1つの可能性として、一生発症せず、存在していても臓器機能に影響を与えない「潜在がん」ではないかという考えもあります。
病死した方の遺体を医学研究のために解剖(剖検)すると、死因とは無関係のがんが見つかることがあります。これが「潜在がん」です。甲状腺は特にそのような潜在がんが頻繁に見つかる臓器で、たとえば大きさが3〜10mmの腫瘍は、2〜5%の剖検で見つかることが知られています*15。
そして福島県の甲状腺検査でも、そのような潜在がんが超音波検査によって拾いだされたに過ぎないのではないかという考えが示されています*16,17。
実際、日本における甲状腺がんの発症率は、過去40年間で3倍ほどに増加しており、その増加には超音波装置などの画像診断法の発達が寄与していると考えられています*18。
しかし、発症率が増加しているにもかかわらず、死亡率はほとんど変化していない*18ことから、新たに多数見つかるようになった「甲状腺微小乳頭がん」の多くは、命に関わるものではなく、潜在がんと同様のものである可能性が高いと考えられます。
同様のケースが極端に現れているのが、近年の韓国における甲状腺がん症例の急増傾向です。韓国では、国が推進するがん検診プログラムの開始以来、甲状腺がん検診受診率が上昇すればするほど、甲状腺がんの発症率も相関して上昇する状況が起きています*19。
韓国では過去10年間ほどで、甲状腺がんの発症率は15倍にもなりましたが、その間、甲状腺がんによる死亡率は変化していません。よって、甲状腺に関しては治療が不要な潜在がんが広く検出されるようになったにすぎないとされています*19,20。
福島県における甲状腺がん調査でも似たような状況であるとするならば、1巡目の受診率は81.7%と非常に高い水準になっているため、潜在がんが通常の数十倍の頻度でみつかるのも不思議でないという解釈が成り立ちます*16,17。
■ 8. 「早期発見」「潜在がん」では説明できない、3つのこと
一方、早期発見がんや潜在がんとみなすだけでは、福島の子どもたちに見つかった甲状腺がんの多さを説明することはできないとする意見も出されています。以下では、3つの論点から考察します。
(1) 「90%以上のリンパ節転移」をどう捉えるべきか
これまでに福島県県民健康調査における甲状腺がんの検査で「がんないしがん疑い」と診断された方の7割がすでに手術を受けています。そして2014年度末までに、福島県立医科大学付属病院で実施された97名の手術症例のうち、術前診断の段階で、リスク要因*21,22がみられず経過観察の検討がなされたのは3名のみでした(この3名の方も本人の希望で手術を実施しています)。
そして、術後の病理検査によって88名(全体の91%)にリンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のいずれかが認められ、それらのいずれもないものが8例(8%)、そして良性が1例 (1%)という結果であったと報告されています*23。
このことから、今回の検査で見つかった甲状腺がんのほとんどは、今の診療ガイドラインに従うならば、比較的短期間のうちに治療する必要のあるレベルであったと評価*23,24され、早期発見がんや潜在がんではなかったとの主張があります*25。
ただし、リンパ節転移や外部浸潤のある場合でも、そのほとんどは生涯を通じて症状が現れない「潜在がん」とみなすべきだという主張もなされています。
過去に、香川県立がん検診センターで行われた1万1189人の成人女性に対する甲状腺がん検診では、3mm以上のがんが全体の3.5%の人から見つかり、そのうち約42%がリンパ節転移、16%が外部浸潤していたという報告があります*26。つまり検診でしか見つからない、成人の微小甲状腺がんにも、リンパ節転移や外部浸潤が一般的にみられることを示しています。
また検診ではなく、通常診療で見つかった甲状腺がんにおいて、リンパ節転移の割合が、大人の場合20〜50%であるのに対して、子どもの場合40〜90%と、小児甲状腺がんではリンパ節転移の頻度が高いことが知られています*27。
これらのことから、福島の検診でみつかった小児甲状腺がんについては、たとえリンパ節転移や外部浸潤を伴ったものであっても、そのほとんどは潜在がんであるとみなすのが適切であるという考えが示されています*28。
(2)2巡目で初めて発見されたがんは「急成長」したのではないか
1巡目の検査(2011年10月〜2014年3月)で一通り甲状腺がんを検出した後、2巡目の検査(2014年4月〜2015年12月)で、新たに少なくとも51人の「がんないしがん疑い」が見つかったことを、急激に成長する新たながんが発生している証拠とみる意見も出されています*29。
1巡目の検査で早期発見がんや潜在がんも全て検出されていたとすると、2巡目の検査で検出される腫瘍はすべて、1巡目の検査終了後から2巡目検査のあいだの約2年間に急成長したもの(新たに有病状態になったもの)に限られます(図5)。
図5. 2巡目(本格調査)において検出されるがん患者数の推定(1巡目〜2巡目の間に新たに有病状態になった場合)。
2巡目検査の実施時期は、事故後おおむね4年であることから、検査対象者の検査時年齢は22歳以下とみなすことができ、全国統計*9から得られる平均発症率は1巡目のときよりもやや大きい、5人/100万人・年(年間100万人あたり5人)を用います。
ここから、2年間に自然発生する甲状腺がん「有病率」を、全国統計から得られる平均発症率から見積もると、5[人/100万人・年]×2[年] = 100万人あたり10人と見積もることができます。
実際に2巡目検査から得られた有病率は 100万人あたり216人だったので、自然発生するであろう甲状腺がんの数の実に22倍ものがんが、この2年間に新たに現れたことを意味しています。
特に、そのうちのおよそ半数は、1巡目調査では結節ものう胞も全く見つかっていなかった人たち*7で、2年間のうちに5.1mm以上にまで成長したと考えられます。このことは、がんの成長がきわめて緩慢であるとする、早期発見がんや潜在がんの考え方とは相いれません。
これに対し「2巡目検査で見つかったがん症例は、単に1巡目検査での見落としであって、1巡目検査の前からあったものだ」という意見もあります。実際に2巡目で「がんないしがん疑い」と診断された51人の、1巡目の結果は、
・5.1mm以上の結節あるいは20.1mm以上ののう胞が見つかった人:4人
・5mm以下の結節あるいは20mm以下ののう胞が見つかった人:22人
・結節やのう胞が見つからなかった人:25人
というものでした。このことから、およそ51人のうちのおよそ半数である25人は、1巡目の最初に行われた超音波エコーで見落とされ、4人は精密検査時にがんであることが見落とされていた可能性があることになります。
(3)子どもの検診で「潜在がんは検出されていない」
これまでの剖検や超音波エコー検査により、甲状腺には高い頻度で潜在がんがみられることが明らかになっていますが、すべて成人のデータであることに注意しなければなりません*15,26。10年間で甲状腺がんの発症率が15倍にもなった韓国のケースでは、がん検診費用を国が負担する*30主に40代以上におけるがん発症率の増加が寄与していると考えられます。
18歳以下の年齢層においても、一般的に甲状腺に潜在がんが生じるのかどうか、生じるならばどのくらいの頻度でみられるのかは、まだ分かっていません。それは超音波エコーを使った子どもに対する集団検診の事例が、福島県民健康調査以前ほとんどなかったためです。
しかしながら実は、過去のベラルーシにおける被ばくしていない子どもたちの甲状腺検診プログラムの結果から、顕著な潜在がんの存在は否定されていることが指摘されています*10。
チェルノブイリ事故後、1990年ごろから超音波エコーでの検診が大規模にはじまり、小児甲状腺がんの急増が確認されました。この検診は、汚染地域の住民に限らず、低汚染地域の住民、事故後に生まれた子どもたちなど、直接の被ばくをしていない子どもたちも対象として行われました。
中でも、大規模に行われた3つの検診プログラム*31,32,33からは、「被ばくしていない18歳以下の子どもたちからは、甲状腺がんの症例は1つも発見されなかった」という結果が得られています(表2)。
検診方法および判断基準は、今回の福島における甲状腺がん検査と同じく、超音波エコーによって5mmよりも大きな結節(しこり)を探し、悪性腫瘍(がん)の疑いがある場合には、穿刺吸引細胞診を行うというものです。(ただし実施されたのは1991〜2002年とやや前で、当時の超音波エコーの性能で十分な検出感度があったのか、医師の技術力の差も無視できない、といった声もあります。)
表2. 18歳以下の子どもを対象とした超音波エコーと穿刺吸引細胞診による甲状腺検査事例
がんの発生は確率的な事象であるため、また限られた人数の受診者数であることから、発見者数がゼロであったのは単なる偶然の可能性もあります。そのような確率の統計学を用いて、真の有病者数の上限値をそれぞれの場合について求め、グラフに示したのが図6の青い点で示した(1)(2)(3)です。
図6. 福島県県民健康調査の甲状腺がんと同様の方法で行われた、18歳以下を対象とした検査結果の比較。それぞれ100万人あたりの有病者数の中央値、および95%信頼区間で評価した上限値・下限値の数値を示した。
青(1):ベルラーシ・モギリョフ州(低汚染地域)でチェルノブイリ原発事故時0〜10歳・検診時5〜17歳の子ども1万2285人を対象*45
青(2):ベルラーシ・ゴメリ州(汚染地域)で事故後1〜3年生まれ・検診時8〜13歳の子ども9472人を対象*47
青(3):ベルラーシ・ゴメリ州で事故後3〜16年生まれ・検診時0〜13歳の子ども2万5446人を対象*46
青(4):青森・山梨・長崎で3〜18歳の子ども4365人を対象(3〜18歳)*48
赤:(1)〜(4)すべてを足し合わせた場合
緑:福島1巡目(先行調査)原発事故時 0〜18歳の36万7685人を対象
また、超音波エコーと細胞診による小児甲状腺がんの検診事例がもう1つあります。福島と全く同じ方法で、青森、山梨、長崎の子どもたちを検診したものです*34。全部で4365人を検査した結果、1人にがんが見つかりました。この結果も、福島とベラルーシの有病率の結果と一緒に図6に青い点の(4)で示しています。
(4)で得られた有病率の範囲は、福島の結果と重なっています。ただし、検査した人数がいくぶん限られているため、このデータ単独で定量的な知見を十分に得ることはできていません。
そこで、これら4つの調査結果をすべて足し合わせて考えると、18歳以下の子ども5万1568人の甲状腺検診から、がんが見つかったのは1人と捉えることができます。
そして統計的な偶然を考慮して解釈すると、真の有病率は、100万人あたり19(0.5〜108)人であると推計できます。これは、18歳以下の子どもの集団における潜在がん有病率の上限を与えると考えられます。つまり、福島の甲状腺がん検査1巡目で見つかった、100万人あたり383人という有病率のうち、早期発見がん、あるいは潜在がんに相当するものは、あったとしてもせいぜい全体の4分の1程度ということになります。
■ 9. 放射線が原因とは考えにくい? 4つの理由とその反論
ここまで「多発」とされる小児甲状腺がんをどう捉えるべきか見てきましたが、もう1つの大きな争点は「原発事故による放射線被ばくが原因か否か」です。放射線被ばくが原因とは考えにくいとする理由には、これまで主に4つの論点が挙がっています。ここでは、それぞれの理由について検証していきます。
(1)被ばく線量がチェルノブイリよりも小さい?
県民健康調査の「基本調査」と呼ばれる調査では、住民ひとり一人から提出された事故後の行動記録と、空間線量率マップデータを基にした外部被ばく線量の推定が行われています。そして甲状腺の「がんないしがん疑い」と診断された住民の外部被ばく線量は、最大でも2.2mSvだったと報告されています*21。この値は、自然放射能から1年間に浴びる量と同程度です。
加えて、より重要なのは甲状腺への直接的影響の大きい放射性ヨウ素による内部被ばくですが、それを推計するために、多くの努力が払われてきています*35,36,37,38。これまでの評価を総合的に見て、県民健康調査検討委員会では、住民が受けた甲状腺等価線量としては80mSvを超えるケースはなかったとしています*39。
しかし、環境省の専門家会議では、被ばく線量が100mSvを超えた乳幼児がいた可能性は完全には否定できない、という見解を出しています*40。さらに、ある特定の場所では甲状腺等価線量で100〜200mSvという推定*41もあります。
このように、福島における事故直後の実測データは十分でなく、初期被ばくについては未解明な点が多く残されています。
一方、チェルノブイリの事故にともなう避難住民の被ばく線量は、甲状腺等価線量で平均490mSvを中心に分布していて*42、これまでの福島での被ばく線量の見積もりと比べて少なくとも数倍の大きさの違いがあったのではないかとされています。
被ばくという個人差の大きい事象に対して、その全貌を明らかにするのは容易ではありませんが、今後のより詳細な追加調査によって、福島の原発事故に伴う初期被ばく線量を精度高く推定することが望まれています*43。
また、仮に被ばく量が100mSvを下回る場合でも、被ばくによる健康影響を無視できるわけではありません。広島・長崎の原爆による被ばく者を生涯にわたって追跡調査する研究が行われていますが、数十mSvの被ばくによる発がんが確認されています*44。
(2) 放射線被ばくから4年以内の発症は早すぎる?
先行調査は事故後7カ月目から、原発に最も近い13の市町村で始まり、事故後1年以内に15人もの方が「がんないしがん疑い」と診断され、次年度、次々年度とさらに有病者数は積み重なっていきました。
前述の通り、甲状腺がんの大半を占める乳頭がんは一般的には進行が極めて遅いことが知られています*1。またチェルノブイリ事故後のがん患者数の推移をみると、患者数の増加は事故の4年後から顕著にみられること(図1)から、福島での事故後3年以内の先行調査で見つかった甲状腺がんが、原発事故を原因とするとは考えにくいという意見が多く出されています*2。
しかし子どもの場合は事情が異なってきます。子どもの甲状腺は、大人の甲状腺よりも放射線に対する感受性が高く、0歳では21倍、15歳では3倍も強い影響を受けます。さらに甲状腺の細胞分裂がより盛んであることから、放射線による影響も大人よりも早い時期に出てくることが明らかになっています*45。
実際、ベラルーシにおける小児甲状腺がん患者数の推移をチェルノブイリ事故前から長期的にみると、事故後3年間の1987〜1989年にすでに有為に増加していることが示されています*4。ただし、ベラルーシにおいて、事故後4年目の1990年から患者数が急増した背景には、その年から甲状腺がん検診プログラムが始まったことが大きく影響しているとの指摘もあります*10,46。
(3)ベルラーシと患者の年齢分布が異なる?
チェルノブイリ事故後に甲状腺がんを発症した患者数は、事故当時の年齢が低いほど多いことが明らかになっています(図7)*47。これに対して、福島の検診で発見された甲状腺がん患者の事故当時の年齢分布*6,7を重ねてみると、5歳以下からは1人も検出されておらず、チェルノブイリの時と比べて年齢分布の形が全く違うことが分かります。
図7. チェルノブイリ事故後1987〜97年の間にベラルーシで見つかった甲状腺がん発症者数の年齢分布(被ばく時年齢14歳以下のみのデータ・文献*47)と福島県民健康調査によって見つかったものの比較。
福島の分布は文献*6の図3と、文献*7の図3を足し合わせて作図。福島において、被ばく時年齢5歳以下の乳幼児から甲状腺がんの発症は見られていない。
このことから、福島で見つかっている甲状腺がんの原因は、放射線被ばくとは異なるものだという指摘があります*2,48。
しかし、放射線被ばくを原因とする甲状腺がんの場合、その発症時期が子どもの年齢によって異なることに注意する必要があります。チェルノブイリの事故においては、事故時5歳以下だった子どもで症例が出てきたのは、事故から4年経ってからでした*49。
もし、福島県において、今後さらに患者数が増えるようなことがあれば、事故当時5歳以下の年齢層からも甲状腺がんの発症が認められる可能性が十分に考えられ、予断を許しません。
(4)汚染度との相関がみられない?
甲状腺がんの原因が原発による放射線被ばくであるとするならば、被ばく放射線量との間に相関があるはずです。実際チェルノブイリ事故後の小児甲状腺がん患者数は、患者が住んでいた地域の放射能汚染度が高ければ高いほど「有病率」(100万人あたりの有病者数)が高くなっていました。
ところが、岡山大の津田氏らが、県民健康調査1巡目のデータを汚染度の違いで3つの地域に分けて分析した結果(図8・左)をみてみると、地域ごとの有病率には違いが見られませんでした。このことは、甲状腺がんの発症が放射線被ばくと無関係である証拠だという指摘がなされています*2,17,48。
これに対して、津田氏らは実際の健康調査を実施するタイミングに「時間差」があったことが、その原因だという考えを示しています。1巡目の 健康調査は主に2011年度から2013年度まで、3つの年度にわたって行われましたが、汚染度の高い地域から順に行われたため、汚染度のより低い地域ほど、被ば くしてから甲状腺がんの検診が実施されるまでの時間が長くなっています。
そのため、汚染度の低い地域の発がん率の低さと、検査を受けるまでの時間が長くなるほどがんの発生数が多くなる効果が相殺したことで、汚染度(被ばく量)と有病率に相関が示されなかったのではないかという考えです。
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図8. 汚染度の異なる3つの地域ごとに算出した有病率(左)および発病率(右)。
発病率の計算においては、原発事故から検査終了までの時間として、高・中・低汚染地域それぞれで、1年・2年・3年とした。データ出所:文献*25
この考え方を定量的に示したのが図8の右のグラフです。発見された甲状腺がんのすべてが原発事故に由来するものであるとした場合、調査結果から得られた有病率を原発事故から検査終了までの時間で割ることよって、「発病率」を求めることができます。
高線量地域、中線量地域、低線量地域を「発病率」で比べると、図8の右に示すようになり、すなわち高線量地域ほど甲状腺がんの「発病率」が高いという傾向がはっきり見えています*25。つまり、検診までの時間差を考慮すると汚染度と甲状腺がん患者数との相関はあるというのです。
■ 10. 予防原則に則ったリスクの未来予測を
さて、これまで福島県県民健康調査の甲状腺がん検査によって得られたデータの読み方と、その解釈の仕方について、そして専門家の間での議論の内容について紹介してきました。
ここまで材料がそろっている状況で、社会として今どのような判断をして、どのような行動をとるべきでしょうか?
これまで福島の検診で発見された甲状腺がんの患者数は、過去の全国平均発症数からみると異常な数字であることは間違いありません。
しかしこれを、放射線被ばくによってがんが多発している“異常事態”と見るのか、今まで隠れていて見えなかったものが表面化しただけの“正常状態”と見るのか。どちらを取るかで、対応の仕方は全く違うものになってきます。
どちらの捉え方が正しいのかを、そこに関わるすべての現象のメカニズムも含めて科学的あいまいさを残さずに明確に決着をつけるためには、大きく次の2つについて解明しなければならないでしょう。
・事故直後の初期被ばくの実態:原子炉からどのタイミングで、どんな種類の放射性物質がどれだけの量、放出されたのか。それらが風に乗ってどのように運ばれたのか。事故直後に直接計測されたデータを可能な限り掘り起こすとともに、数値シミュレーション計算によって、市民の受けた初期被ばくを解明する。
・甲状腺がんの詳細な知見:放射線被ばくによる遺伝子変異とがんの進行の傾向、潜在がんのふるまいなどを、年齢や性別による違いを含めて生涯にわたって解明する。
これらを解明するために、今後も科学的な追求を継続していくことは不可欠です。しかし今まさに社会として優先して取り組むべきは、予防原則に則った正しい判断を下すことではないでしょうか? 心情的には考えたくはないことであっても、蓋然(がいぜん)性が十分あると思われるリスクに対して、積極的に対応するということです。
「放射線被ばくを原因とする、健康被害が今生じている」と仮定し、今隠れているリスク、今後起こるかもしれないリスクを想定して、起こりうる危機に備えることこそが、今社会が判断して実行すべきことと思います。
チェルノブイリの経験から、たとえば小児甲状腺がん発症者数の今後の推移としては、十年後あたりにピークをむかえるまで増え続けることが予想されます(図1参照)。
福島県県民健康調査は、受診者が20歳になるまでは2年ごと、これ以降は5年ごとの検査が継続的に行われることになっています。しかしすでに受診率の低下が問題になっています。1巡目検査では全体の受診率こそ8割の高さでした。
ところが、事故当時16-18歳の年齢層の受診率は、1巡目検査では約半分、そして2巡目検査では、さらに低下して26%になっています*6。受診者にとっては、検診を受け続けることは心身ともに負担を伴うものです。今後の受診率の低下を防ぐ手だてが必要です。
また甲状腺がん検査対象年齢を事故時18歳以下の子どもだけでなく、大人にも拡大すべきという声もあります*50,51。チェルノブイリ事故後の甲状腺がん発症率の増加は、事故時18歳以上の年代にも見られているからです*52。
さらに、甲状腺以外のがんや、その他の疾患の増加も懸念されます。いま何が起きているのか、より詳細に理解するためには、健康実態調査を福島県だけでなく、放射性物質が大気にのって流れていった他県でも実施することや、住民の健康実態や疾病症例データの集約と分析を担う機関を立ち上げるなど、すべきことは少なくありません*40,43。
国際環境疫学学会からも、被ばくしたすべての住民に対し、早期発見と早期治療を可能にするための、体系的・継続的な検査の必要性を訴える提案が日本政府に対して行われています*53。
そして、甲状腺がんの多発予測が現実となったとき、医療機関がしっかりと対応できるよう、設備面や人材面での準備を行うことが求められています。また、患者さんの「生活の質」が保てるような対策や、医療費補助の体制づくりの必要性も訴えられています*54。
仮に甲状腺がんが命に関わるものでなかったとしても、成長過程にある子どもの甲状腺を手術することにより、後にどのような影響が出る可能性があるのか? これについても決して軽視することはできません。手術に伴う通常のリスク(感染、麻酔事故、甲状腺の場合は神経麻痺)や社会生活への影響、がんと診断されることへの精神的な負担なども無視できないでしょう。
個人としても、甲状腺がんを触診で見つけるための自己診断の方法*50を学ぶなど、できることはいくつかあるかもしれません。
今得られるデータと科学的な考察から予測される事態を見据えて、社会として、そして個人として、いま何をなすべきなのか。その選択のための対話の重要性がますます高まっています。
(次頁は参考文献一覧)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46778?page=13
【参考文献】
*1 Freeb「がんのきほん」(参照日: 2016年4月)
*2 福島県県民健康調査検討委員会、2016年3月30日「県民健康調査における中間取りまとめ」
*3 福島県ホームページ「ふくしま復興ステーション」避難区域の状況・被災者支援
*4 MALKO M.V. 2002, “Chernobyl Radiation-induced Thyroid Cancers in Belarus”,
*5 ヤブロコフら, 2013,『チェルノブイリ被害の全貌』 岩波書店
*6 第22回「県民健康調査」検討委員会 資料2「県民健康調査『甲状腺検査(本格調査)』実施状況」
*7 第20回「県民健康調査」検討委員会 資料2-1「県民健康調査『甲状腺検査(先行検査)』結果概要【確定版】」および 第22回「県民健康調査」検討委員会における口頭発表内容
*8 Kamo K. et al. 2008, Jpn J ClinOncol 2008;38(8)571-576, ”Lifetime and Age-Conditional Probabilities of Developing or Dying of Cancer in Japan”
*9 国立がん研究センター「全国がん罹患モニタリング集計」
*10 Tsuda T. et al. 2015, Epidemiology, Oct 5, ”Thyroid Cancer Detection by Ultrasound AmongResidents Ages 18 Years and Younger in Fukushima,Japan: 2011 to 2014”
*11 Katanoda et al. 2016, ”Quantification of the increase in thyroid cancer prevalence in Fukushima after the nuclear disaster in 2011-a potential overdiagnosis?”
*12 Takahashi H. et al., 2016, Epidemiology, Vol.27, Issue 3, p e21,”Re: Thyroid Cancer Among Young People in Fukushima”
*13 Katanoda K, et al. 2014, “Estimated prevalence of thyroid cancer in Fukushima prior to the Fukushima Daiichi nuclear disaster”
*14 津金昌一郎, 2014,「県民健康調査」検討委員会 第4回「甲状腺検査評価部会」、資料5「福島県における甲状腺がん有病者数の推計」
*15 宮内昭, 1997, 甲状腺検診, 臨床と研究74(7):97-100
*16 Suzuki S, 2016, Epidemiology, Vol.27, Issue 3, p e19, “Re: Thyroid Cancer Among Young People in Fukushima”
*17 Wakeford R, et al. 2016, Epidemiology, Vol.27, Issue 3, p e20–e21, “Re: Thyroid Cancer Among Young People in Fukushima”
*18 日本癌治療学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」 コラム4 わが国における甲状腺癌の罹患率、有病率、死亡率について
*19 Ahn et al. 2014, N Engl J Med, 371;19,p1765,”Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic”– screening and Overdiagnosis”
*20 Lee & Shin, 2014, “Overdiagnosis and screening for thyroid cancer in Korea”
*21 日本癌治療学会「甲状腺腫瘍診療ガイドライン」、CQ20 甲状腺微小乳頭癌(腫瘍径1 cm 以下)において,ただちに手術を行わず非手術経過観察を行い得るのはどのような場合か?
*22 環境省 2014年 第9回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議 宮内昭氏提出資料
*23 鈴木眞一, 2015, 第20回「県民健康調査」検討委員会、資料「手術の適応症例について」
*24 鈴木眞一, 2014, 第52回癌治療学会 臓器別シンポジウム03 「福島における小児甲状腺癌治療」
*25 Tsuda T. et al. 2016, Epidemiology, Vol.27, Issue 3, p e21–e23, “The Authors Respond”
*26 武部ら, 1997, 内分泌外科, 第14巻, 第3号, p181-184
*27 Cordioli M. I. C. V. et al. 2015, Endocr Relat Cancer, 22, R 311-324, “Are we really at the dawn of understanding sporadic pediatric thyroid cancinoma?”
*28 津金昌一郎氏 講演内容(2016年4月13日、日本科学技術ジャーナリスト会議4月例会)
*29 津田敏秀, 2015,「科学」Vol.85, No.2, p126
*30 Park B. et al. 2011,Asian Pacific Journal of Cancer Prevention, Vol 12, p2123-2128 “Cancer Screening in Korea, 2010: Results from the Korean National Cancer Screening Survey”
*31 Ito M. et al.1995, Thyroid, 5, 5, p365–368, “Childhood thyroid diseases around Chernobyl evaluated by ultrasound examination and fine needle aspiration cytology
*32 Shibata Y. 2001, The Lancet, 358, p1965–1966, “15 years after Chernobyl: new evidence of thyroid cancer”
*33 Demidchik YE, Saenko VA.and Yamashita S., 2007,Arq Bras Endocrinol Metabol, 51, p748–762, “Childhood thyroid cancer in Belarus, Russia, and Ukraine after Chernobyl and at present”
*34 Hayashida N. et al. 2013, PLoS ONE, 8, 12, “Thyroid Ultrasound Findings in Children from Three Japanese Prefectures: Aomori, Yamanashi and Nagasaki”
*35 放射線医学総合研究所, 2013, 平成24年度原子力災害影響調査等事業「事故初期のヨウ素等短半期による内部被ばく線量評価調査」成果報告書
*36 Tokonami S. et al. 2012, SCIENTIFIC REPORTS, 2, 507, p1-4, “Thyroid doses for evacuees from Fukushima nuclear accident”
*37 UNSCEAR 2013, “Sources, effects and risks of ionizing radiation”, Volume I: Report to the General Assembly, Scientific Annex A, “Levels and effects of radiation exposure due to the nuclear accident after the 2011 great east-Japan earthquake and tsunami”
*38 早野ら, 2013, 日本学士院紀要 Proceedings of the Japan Academy Series B 89, p157-163, 「福島県内における大規模な内部被ばく調査の結果」、環境省 第9回 東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議、参考資料1
*39 第22回「県民健康調査」検討委員会、資料6 福島原発事故における甲状腺被ばくの線量推定
*40 環境省 2014年12月「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」中間とりまとめ
*41 WHO 2012, “Preliminary dose estimation from the nuclear accident after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami”
*42 UNSCEAR 2008, Sources and Effects of Ionizing Radiation”, Report to the General Assembly with Scientific Annexes, Volume U, Annex D, “Health Effects due to Radiation from the Chernobyl Accident”
*43 日本学術会議 2014年9月19日 提言「復興に向けた長期的な放射能対策のために―学術専門家を交えた省庁横断的な放射能対策の必要性―」
*44 Ozasa, K. et al. 2012, Radiation Research 177, p229-243, “Studies of the Mortality of Atomic Bomb Survivors, Report 14, 1950-2003: An Overview of Cancer and Noncancer Diseases”
*45 菅谷昭 2013, 『原発事故と甲状腺がん』幻冬舎
*46 Jacob P. et al. 2006, J. Radiol. Prot. 26, p51-671,“Thyroid cancer among Ukrainians and Belarusians who were children or adolescents at the time of the Chernobyl accident”
*47 Williams D. 2009, Oncogene, 27, S9-S18, “Radiation carcinogenesis: lessons from Chernobyl”
*48 Takamura N. 2016, Epidemiology, Vol.27, Issue 3, p e18,“Re: Thyroid Cancer Among Young People in Fukushima”
*49 Tronko M. D. et al., 2014, Thyroid, Vol.24, 10, p1547-1548, ”Age Distribution of Childhood Thyroid CancerPatients in Ukraine After Chernobyl and in Fukushima After the TEPCO-Fukushima Daiichi NPP Accident”
*50 津田敏秀, 2015, 「科学」, Vol.85, No.11, 「甲状腺がんデータの分析結果」
*51 春日文子, 2015, 「科学」, Vol.85, No.2, p116, 「環境省専門家会議中間取りまとめを踏まえた新たな施策の要望」
*52 International Physicians for the Prevention of Nuclear War, 2011, “Health Effects of Chernobyl, 25 years after the reactor catastrophe”
*53 ISEE, “International Society for Environmental Epidemiology”
*54 今中, 津田, 山田, 2013, 「科学」, Vol.83, No.12, p1374, 「福島原発事故後の原点をふりかえる」
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