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メディアが報じない原発禍の街の真実 <第15回>5年間で福島県の震災関連死は2000人超
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/180067
2016年4月22日 日刊ゲンダイ 文字お越し
弱者がどう扱われるかで文化の程度がわかる(C)岡邦行
東北新幹線のJR福島駅で下車。福島市と南相馬市間は川俣町・飯舘村経由のバスを利用する。この5年間に私は車内で多くの人と出会い、いろんな光景を目にしてきた。
原発禍の街を取材にきた外国人記者や視察する大学生、数珠を握る人、聖書を手にする女性……。酔っぱらって乗客に迷惑をかける復興作業員もいた。「きつい・帰れない・給料が安い」の3Kの現状を語る介護職員の話に耳を傾けたこともある。
乗客の「3・11」の思いはさまざまだ。さいたま市に避難する84歳のAさんの話は切ない。
「夫は原発事故から5カ月後に亡くなった。90歳でね。避難先の家からは新幹線が見えて、夫は『あれに乗れば福島に行けっぺ。南相馬に帰りてえ』ってね。死んだ後に震災関連死の手続きをしたら、以前から足腰が悪かったため、認定は無理だといわれた。でもね、原発事故さえなかったら夫はもっと生きてたんだ……」
Aさんは隣席の私にしんみりと語った。
5年間で福島県の震災関連死は2000人を超え、地震・津波での直接死の1604人を上回った。関連死のほとんどが原発禍の街から避難した人たちで、そのうち南相馬市はもっとも多く480余人に及んでいる。
■今も至る所に汚染土壌が入った黒いフレコンバッグの山
3年前、政調会長だった高市早苗総務相が「原発事故では死亡者が出ている状況ではない」と発言したときは誰もが呆れ返った。今も2月に丸川珠代環境相が、年間被曝線量1ミリシーベルトについて「何の科学的根拠もなく時の環境相が勝手に決めた」との暴言を吐いた際も「問題外。バカな!」と誰もが切り捨てた。
乗客の中には家族を県内外に避難させ、南相馬で働く人もいる。山形に妻子を避難させている自営業のBさんとはこの3月にも会った。
「この春に娘は卒園して小学校に入学するけど、謝恩会には出席しない。だって、平日は南相馬で働いているし、幼稚園の父母たちとの交流は妻だけで、出席してもつまんないじゃない。まだ私は山形県人ではないしね。月曜朝に南相馬に戻り、金曜夜に家族の元に帰る人は多い。『早く帰還してください』と言ってる市役所職員の中にも、私のような人は結構いるから、この気持ちはわかるんだ……」
Bさんはそう語った。
小1時間でバスは飯舘村に入る。至る所に汚染土壌が入った黒いフレコンバッグが山のように積まれている。いつ眺めても異様な光景だ。持参する線量計を見ると0.84マイクロシーベルト(3月初旬)だが、外はもっと高い。車窓からは高校時代の友人の家が見えるが、5年間カーテンは閉められたままだ。
この3月、環境省は日常的に人が立ち入る林道やキャンプ場、キノコ栽培場などがある里山を除染すると発表した。しかし、山林全体を除染しなければ、住民は納得しない。
1時間40分ほどでバスは南相馬市のJR原ノ町駅前に着く。私は盲目の女性の社会進出のために生涯苦闘した同じ境遇の斎藤百合の言葉を思いだした。
《弱者がどう扱われているかによって、その国の文化程度がわかる》
(おわり)
岡邦行 ルポライター
1949年、福島県南相馬市生まれ。ルポライター。第3回報知ドキュメント大賞受賞。著書に「伊勢湾台風―水害前線の村」など。3・11後は出身地・南相馬中心に原発禍の実態を取材し続けている。近著に「南相馬少年野球団」「大島鎌吉の東京オリンピック」
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