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[正恩体制の虚実 平壌ルポ]
(上)独裁維持へ多重装置
検査・監視内部に徹底
9日閉幕した北朝鮮の朝鮮労働党大会で金正恩(キム・ジョンウン)氏は新設した最高位ポストの党委員長に就き、自らの時代の本格的な幕開けをアピールした。3代世襲の独裁体制を強固にした北朝鮮はどこに向かうのか。記者が党大会取材のため10日間滞在して垣間見た首都平壌の姿から「金王朝」の虚実を探った。
「『最高尊厳』にかかわるものは認められない」。3日午後、平壌入り早々に「国内法」にぶちあたった。平壌国際空港内の荷物検査でスーツケースの中身一つひとつにチェックが入り、正恩氏の写真入り資料などを取り上げられた。食い下がっても容赦ない。同空港を利用した14年前には経験しなかった厳しい“取り締まり”だ。
正恩氏が参加する行事に先立つ「安全検査」もすさまじかった。外国報道陣は開会の約4時間も前に平壌市中心部の人民文化宮殿に集められた。「検閲・取り締まり」の腕章を着けたカーキ色の軍服姿の兵士が、体が痛いほど金属探知機を全身に擦りつけた。みな目つきが鋭く高圧的。会場での安全検査では、何を用心しているのか、壁に向かってデジタルカメラの試写まで要求されるほどの念の入れ用だ。
北朝鮮住民が恐れる体制批判の監視網や検閲の一端を記者自身、肌身で感じた。最高指導者の晴れ舞台を傷つけられないとの緊張感は、北朝鮮のあらゆる層から伝わってきた。
安全検査を受けた3回のうち2回の行事は結局、正恩氏が姿を現さなかった。予定変更の理由を尋ねても当局者は「我々にもわからない」。外国メディアを監視する彼らも軍から同じ検査を受ける。正恩氏どころか党大会の日程や軍部の動向も把握できないようで、体制内部にも秘密主義が徹底していると実感した。
思想教育、幼児から一貫
幼いころからの一貫した思想教育も独裁統治に欠かせないようだ。
「偉大なる首領金日成大元帥様は主体1年、1912年4月15日この家で誕生なされて……」。金正淑平壌製糸工場内の託児所で、金主席が生まれたとされる万景台(マンギョンデ)の模型を前に、幼児たちが生誕時の様子をそらんじていた。
小学校入学時などには制服と靴、靴下、リュックの一式が児童に配られる。青やえんじ色などのしゃれた高層マンションが立ち並ぶ「未来科学者通り」は、科学者と教育者向けに正恩氏が建設を指示した。いずれも「首領様からの贈り物」と教え込まれ、「幼い頃からこの人はよい人だと思うようになり、骨身に染みていく」(平壌に住む20歳代女性)という。
毎週「自己批判の時間」
若い正恩氏が自らの体制支持の中核に据えようと腐心するのが若者世代だ。金日成広場を10万人以上とみられる平壌市民らが埋め尽くした10日の大規模パレードとろうそく集会。金日成総合大学などの大学生らが昼は真っ赤な党旗を手に行進し、夜はろうそくを手に巨大な人文字を暗闇に次々と浮かびあがらせた。
「こんなパレードは共和国(北朝鮮)にしかできない。わが国には当たり前のことだ」。当局者は得意げだったが、表情まで統制されたような若者の姿は異様だ。集団行動は例外を認めない。北朝鮮の学生は毎週土曜日に「生活総括」(自己批判集会)の時間があるという。クラスメートからも批判を浴びる相互監視のシステムだ。
ただ、最高指導者が自分たちのために何かをしてくれるという信頼や期待は市民の間では薄らいでいる、と元労働党幹部の脱北者は話す。国の配給制度は崩壊し、闇市場を拠点に商売で生計を立てる人が増えているのも現実だ。
韓国に入った脱北者が約3万人に達したのは、北朝鮮内の不満の広がりを端的に表す。厳しい監視や統制が張り巡らされたこの国では、違和感を覚えた住民が社会の変化を求めて行動に移すのは至難の業だと感じた。
(平壌で、峯岸博)
[日経新聞5月17日朝刊P.7]
(中)制裁の影響じわり 自給自足で働きづめに
10日午前、平壌の金日成広場の観覧席から記者がひな壇を見上げると、パレードが始まっても金正恩(キム・ジョンウン)委員長が隣の朴奉珠(パク・ボンジュ)首相と真剣な表情で話しこんでいた。朴氏は地方の工場支配人からのたたき上げで経済改革派の象徴だ。
朴氏を5人しかいない党政治局常務委員に抜てきし、党中央軍事委員会委員に就けたのは軍への影響力を強める狙いがみえる。平壌市など3つの重点地域のトップを政治局員候補へ昇進させたのも経済重視の一環だ。核武装とともに「並進路線」の一翼である経済建設が進まない焦りがひな壇から伝わってきた。
12年ぶりの平壌の夜は発光ダイオード(LED)照明の街灯が車道に沿って続き、往来する車のライトも明るさを放っていた。林立する高層マンションの多くの部屋からも明かりがもれる。漆黒の闇に主体思想塔だけが赤くともっていた12年前の光景とは変わった。
派手な党大会や行事を支える裏方は労働者たちだ。朝鮮労働党の号令のもと2月24日から5月2日まで大増産運動「70日戦闘」が展開され、全ての職場で生産拡大やノルマの早期達成などの成果が課せられた。「『70日戦闘』の先頭をひた走り、上半期の目標を超過達成した」。9日に訪れた金正淑平壌製糸工場の責任者は胸を張った。
工場内で黙々と働く女性従業員は疲労の色が濃くにじむ。北朝鮮では工場、職場、個人それぞれに生産・技術別のノルマが設けられ、赤や青の棒グラフで達成度合いが一目でわかるようになっている。市民の一人に話を聞くと、朝7時すぎから夜9〜10時まで70日間一日も休まず働きづめで、「銃声のない戦場」と振り返った。
平壌でよく耳にしたのが「自強力」。正恩氏が新年の辞で言及した言葉を当局者たちはおうむ返しに繰り返していた。自国内の資源や技術、労働力を使って生産し、自国内で消費するとの経済建設の理念だ。当然、コストはかかるが、国際社会からの制裁に対抗するため、北朝鮮指導部は人民に労働強化を迫った。
深刻な外貨不足も実感した。宿泊先の羊角島(ヤンガクド)国際ホテルでは北朝鮮ウォンが使えなかった。米ドルでの支払いが歓迎され、釣り銭が出るのをどの店も嫌った。中国元で戻ってくることが多く、ミネラルウオーターのときもあった。
法外な通信料金には閉口した。持ち込みのパソコンをインターネットに接続すると通信料が猛スピードでかさむ。現地で借りたプリペイド式携帯電話は1枚10ドル(約1100円)で約3分しかもたず、使い切ったカードの束がどんどん膨らんだ。当局者は「制裁を受けているから通信料金も高いんだ」と悪びれる様子もなく語った。
北朝鮮当局は外国メディアに対し、平壌市民の暮らしぶりが以前より上向いているとの姿を見せようとしたが、国際社会の制裁で北朝鮮がじわりと追い込まれているのも感じた。「制裁の狙いは北朝鮮住民の不満を高めること」と訪朝前に韓国政府関係者から聞いていたのを思い出した。
一般住民が生活物資の多くを頼る政府黙認の闇市場「チャンマダン」を取材したいと申し入れた。が、最後まで認められなかった。
(平壌で、峯岸博)
[日経新聞5月18日朝刊P.7]
(下)核・ミサイルに固執 権威付け にじむ不安
平壌に「ミサイル」があふれている。小中学生が技能を磨く課外活動施設の万景台学生少年宮殿に記者が入ると、北朝鮮が「人工衛星」の打ち上げに使ったロケット「銀河3号」の模型がそびえ立っていた。金正淑平壌製糸工場内の託児所の園庭では幼児がロケットを模した乗り物に興じ、平壌を離れる際には空港内のキッズスペースでロケットの絵をみつけた。
いずれもモデルは事実上の長距離弾道ミサイルだ。子どもが集まる施設や場所に多いのが印象的だ。これだけ目にするようになったのは最近になってからだと聞いた。金正恩(キム・ジョンウン)委員長体制が市民に幼い頃から「ロケット」開発の重要性を教え込んでいるように思えた。
朝鮮労働党大会開幕にあたり正恩氏は、1月の「水爆」実験と2月の事実上の長距離ミサイル発射を「民族史に特記すべき大きな出来事」と力説した。経済建設に見るべき成果が打ちだせない以上、核・ミサイルを「並進路線」の業績に据え、独裁体制と権威付けにつなげる狙いなのだろう。
なぜ核にこだわるのか。平壌で何人かの当局者に質問をぶつけると「戦争抑止のためだ。核を捨てれば米国にだまされてイラクやリビアのようになる」と口をそろえた。憲法序文に明記した「社会主義朝鮮」の体制維持は最大の外交目標だ。
同時に、正恩氏は北朝鮮で「科学技術」と呼ぶ核・ミサイル開発で民心の離反を食い止めようとしているとの思いを強くした。平壌の10日間で最も伝わってきたのが「科学技術」への並々ならぬ力の入れようだった。
それは不安の裏返しに映る。北朝鮮では正恩氏の「偶像化」が急ピッチで進む。11日、党大会の記念行事として柳京鄭周永体育館で開いた合同公演。北朝鮮の女性グループ「モランボン楽団」の曲は「我々にはあなたしかいない」などと正恩氏ら最高指導者や労働党をたたえる内容ばかりだ。
フィナーレで舞台の大画面に正恩氏の姿が映しだされると会場は総立ちで割れんばかりの拍手。党が先頭に立って最高指導者への忠誠心をあおっていると感じた。
もっとも30歳代前半で軍の実戦経験もない3代目に祖父のようなカリスマ性は見込めない。正恩氏をあがめる理由を市民に聞くと「金日成主席と金正日総書記を継承している」「風貌も指導力も金日成主席にそっくり」との答えが返ってきた。
正恩氏もわかっているのだろう。開会の辞で36年ぶりの党大会を「金日成・金正日主義党の強化発展の歴史的契機」とし、約14分間で祖父と父の名前に計9回も言及した(うち1回は金正日総書記のみ)。祖父と父の威光になお頼らざるを得ない実情を示し、3代世襲の正統性を最大限アピールしているようにみえた。最終日に発表された指導部人事は大方の予想に反して世代交代が進まず、祖父や父の時代からの重鎮の顔ぶれが並んだ。
韓国の北朝鮮専門家によると、正恩体制下で処刑されたのは約140人。「党や軍部を押さえていても不安感が強い」との分析だ。正恩氏が核・ミサイル開発に突き進むのは、米国の脅威から体制を守るためだけではないようだ。
(平壌で、峯岸博)
[日経新聞5月19日朝刊P.7]
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