米中の忍耐力を試す異端国家・北朝鮮 核実験が両大国に突きつけるジレンマ、対応次第で関係緊張も 2016.1.8(金) Financial Times (2016年1月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)挑発対応、同盟国守る=水爆実験「確認できず」−米 韓国の首都ソウルの鉄道駅で、北朝鮮の水爆実験発表のニュースを見る人〔AFPBB News〕 ?初めて水素爆発を起こしたという北朝鮮の主張は全世界で懐疑的に受け止められたものの、北朝鮮の4年ぶりの核実験は、米国と中国双方に多大な圧力をかけることになった。 ?6日の実験を受け、オバマ政権は、北朝鮮にとって最も重要な同盟国で経済的な命綱でもある中国に対し、核開発計画を抑えるよう北朝鮮を説得するため行動することをどれほど強く働きかけるべきかというジレンマに直面している。 ?そのような努力は米中関係を緊張させる恐れがある。 ?一方の中国政府は、核実験で不安を抱いた他の地域大国が結集して米国に接近するのを思いとどまらせるために、どれほどの圧力を北朝鮮にかけるべきか決めなければならない。だが、中国政府は依然、北朝鮮政府を弱らせないことにも心を砕いている。 ?「これは中国指導部の間で、北朝鮮は資産よりも、むしろ重荷になりつつあると考える人たちの立場を有利にするだろう」。カーネギー清華グローバル政策センターのポール・ハエンリー氏はこう話す。「中国にとって、これは試金石になる。中国が北朝鮮を見捨てるとは思わないが、中国が行動しなければ、自分たちの利益にならない他国の政策対応に直面するだろう」 「水爆実験」には疑問があるが・・・ ?多くの科学者は、6日に実験された装置が水素爆弾だったことへの疑念を示している。水素爆弾は多段階の核融合兵器で、北朝鮮がこれまでに実験した第2次大戦時代の様式の兵器よりはるかに破壊力が大きい(直近の実験は2013年)。 ?「2段階水爆実験の爆発規模は、これまでに報道されたものよりずっと大きなものになったはずだ」。ワシントンのシンクタンク、科学国際安全保障研究所のデビッド・オルブライト氏は短い調査報告にこう書いた。「次に、2段階熱融合兵器の開発は非常に難しい。現時点では、これは北朝鮮の能力を超えていると評価されている」 ?だが、北朝鮮が核実験を再開した――そして核に関する主張をエスカレートさせた――という事実だけでも、この異端国家にどう対処すべきかを巡って、米中両国の戦略的な頭痛が増した。 ?ハエンリー氏は、中国政府にとっての優先事項は核実験に対する米国の一方的な対応と見なすものを阻止することだと指摘する。 ?中国共産党系のタカ派の新聞「環球時報」の記事は、実験は韓国に「戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)」を配備する口実を与えるという専門家の警告を引用した。 ?THAADは米国の弾道ミサイル迎撃システムで、中国政府とロシア政府は配備に断固反対している。 方針転換を迫られるオバマ政権 ?4半世紀近くにわたり、合意がたびたび頓挫し、制裁が次々と科され、北朝鮮の核実験が断続的に――ただ、時折、謎に包まれた形で――実施されてきた後、6日の爆発により、米国は北朝鮮にもっと強い態度で臨むべきだというプレッシャーがすでに増している。 ?米議会下院のエド・ロイス外交委員長は「北朝鮮の脅威に対する答えは、圧力を強めることであり、減らすことではない」とし、「政権の北朝鮮政策は劇的な失敗であることが明らかになっており、新たなアプローチが至急必要だ」と言う。 ?ジョージ・ブッシュ大統領の前政権は交渉に懐疑的な立場から、北朝鮮がテロ支援国家のリストから外された合意へと転換したが、バラク・オバマ大統領はこの問題に対して不干渉主義のアプローチを取ってきた。ものの数カ月で頓挫した2012年の合意を別にすると、オバマ政権は自らの政策を「戦略的忍耐」と呼び、協議をさらに進める前に北朝鮮が非核化に向けて動き始めることを要求した。 ?だが、米国の政府高官らは、北朝鮮の経済的孤立は現実的なターゲットがほとんど存在しないことを意味すると主張し、北朝鮮への追加制裁を求める声を重視しなかった。 ?米政府高官は内々に、イランに科されたような第三者の金融制裁は主に北朝鮮と関係のある中国の銀行やその他機関に降りかかることになるため、対中関係に深刻な影響を与えるとの懸念を表明してきた。 ?潜在的な選択肢には、北朝鮮と取引がある銀行をもっと「資金洗浄の主要懸念先」として指定することがある。 ?また米国は、北朝鮮の核開発計画にかかわっている企業を特定・処罰したり、通貨偽造その他の違法行為疑惑に対する法執行機関の捜査を拡充したりすることもできるだろう。 中国の姿勢に変化の兆し ?もちろん、中国の対応が極めて重要になる。中国は国連安全保障理事会の直近4度の対北朝鮮決議をすべて支持したが、一貫して、米国、英国、フランスが提案した制裁案を骨抜きにしようとした。 ?しかし、2013年の北朝鮮の3度目の核実験以降、中国はより厳しい姿勢を取る兆候を見せている。北朝鮮の「朝鮮貿易銀行」が中国銀行に持っていた口座の閉鎖が、その一例だ。 Reporting by Geoff Dyer in Washington, Simon Mundy and Song Jung-a in Seoul and Charles Clover and Ma Fangjing in Beijing http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45726 2016年1月8日 武藤正敏 [前・在韓国特命全権大使] 全てを敵に回す水爆実験で北朝鮮は何を狙うのか 「核大国」として認知させようとする 北朝鮮の「水爆実験成功」宣言 金正恩第一書記は行動が突発的で読みにくいとの声がある。写真は2016年新年の演説を行う同第一書記Photo:KFA ?1月6日正午、北朝鮮の国営メディアの朝鮮中央テレビは「特別重大報道」で「水爆実験を行い成功した」と発表した。「水爆実験は、我々の核武力の発展をさらに一段階高め、水爆を保有する核保有国の隊列に上った」「水爆実験はほかの核保有国から我々の生存権を守る自衛的な措置だ」と主張した。北朝鮮にとって「核大国」として国際的に認知させようとの宣言である。
?北朝鮮が行なったのが、“水爆”実験であったか否かについては、現時点の分析としては米韓から懐疑的な見解が示されている。 ?米ホワイトハウスのアーネスト報道官は「報道された事実に対する初期の調査結果は水爆実験を成功させたという北朝鮮の主張と一致しない」と論評している。また韓国の聯合通信によれば、韓国軍当局者が「米や旧ソ連が実施した水爆実験は20〜50メガトンであり、今回の核実験の爆発の規模は6キロメガトンと非常に小さい」として、「水素爆弾と見るのは難しい」と語った旨伝えている。わが国の気象庁も、揺れの波形は過去の核実験の際のデータと似た特徴があると発表している。北朝鮮の発表の真偽が明らかになるまでしばらく検証に時間を要しよう。 ?ただ、4回目の核実験が行われたことは、北朝鮮の核問題をめぐる懸念をいっそう高める結果となった。 「核保有国」として 米国と対等な交渉という野望 ?北朝鮮の発表の内容からも言えるのは、米国を強く意識しているということである。北朝鮮は経済的に苦しく、外交的にも孤立し、真の友好国、パートナーを持たない。核を保有していなければ、国際的にも重視されず、評価されないであろう。これまでも瀬戸際作戦で国際社会を振り回してきたのは核を保有しているためである。 ?同国は、韓国に核を保有する在韓米軍という脅威があり、対話の相手として、韓国よりも米国を意識してきた。そこで、米国とは「核保有国」として対等な立場で交渉したいとの野望を持ち続けてきた。 ?米国は、対話の前提として核開発の中止を求めてきたが、北朝鮮は核開発をやめればイラクやリビアのように体制が崩壊することを懸念している。そこで、核とミサイルの発射実験を同時期に行い、核弾頭の小型化とその運搬手段の開発を行ってきた。今回の「小型化した水爆実験が成功」であれば、核弾頭の小型化は相当な進展となろう。 ?ミサイル開発では、2012年12月に、米本土に届く、射程1万kmとされる長距離ミサイル「テポドン2号」の発射実験を行った。ただ、米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイトによれば、長距離ミサイルはテストの成功率が低く、保有は実践配備よりも米国牽制の意図が強いとしている。そこで、隠密裏に米の近くまで行き発射できる潜水艦発射弾道ミサイルの実験を、昨年5月、11月に行った。韓国軍当局は11月の実験は失敗だったとの見解を発表したが、直ちに12月に追加的実験を行っている。 ?北朝鮮は米国本土に直接脅威を与える核ミサイルの開発により、米を対話のテーブルに引き出そうとしているのである。 もう一つの狙いは国内引き締め 若者を中心に忠誠心が低下 ?もう一つの意図は国内の引き締めであろう。北朝鮮は本年5月に36年ぶりとなる朝鮮労働党全党大会を開催すると発表している。そこでは憲法よりも上位にある党規約の改定と、側近を大幅に入れ替え世代交代を図る人事が焦点となる。全党大会で金正恩体制を確立することが、当面の最大の課題である。 ?北朝鮮では若者の政治離れが深刻になっている。同国の経済は配給制度が行き詰まり、「チャンマダン」とよばれる闇市場を通じて生活物資の6〜7割が取引されていると言われる。経済の低迷から、金正恩体制になり農家や企業に資材調達や販売の自主性を容認したことで、最悪期は脱した感はあるが、その結果、若者は労働党員になるよりも金もうけに走る傾向が表れ、党や国家に対する忠誠心が低下した。在外公館職員の亡命も、13年に8人だったものが、15年は11月までで20人と増加している。 ?そこで、金正恩第一書記は賞罰人事を頻発するとともに、思想教育の強化を図っている。今回の水爆実験はこうした国内事情を反映し、今月8日の金正恩誕生日前に、金正恩の実績を誇示することで志気の高揚と、忠誠心向上を図ったものであろう。 ?しかし、今回の北朝鮮の核実験に対して、日本はもとより米国、中国からも強い反発とさらなる制裁が予想される。こうした反発にもかかわらず、どのような判断で核実験を強行したのか、といった金正恩の考えについて知る手がかりはない。 ?これまでも、北朝鮮の政治体制や経済、治安、軍の動向については米韓はじめ各国の情報当局が必死で追ってきたが、同国の中枢で何が起きているかはほとんど知られていない。金日成が死去した時も、夜中の不自然な時間に別荘からヘリが飛び立ったといった情報は後日聞いたが、それが何を意味するかは荘厳な放送が流れるまで知られていなかった。金正日が死亡した時は、京都で野田総理と李明博・韓国大統領との首脳会談を行っていた。李明博大統領以降は北朝鮮中枢との人脈が細り、ますます情報は少なくなった。加えて金正恩の突発的な行動は北朝鮮の動向をいっそう不確実なものとしている。 中国の制止も聞かず 金正恩はどうするつもりか ?北朝鮮の孤立は深まっている。米国に対しては、ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントの金正恩を風刺する映画「The Interview」に激怒し、同社のシステムの一部を破壊、大量のデータを入手し公表するとともに、この映画を上映する映画館チェーンを脅迫した。これをオバマ政権が北朝鮮の犯行と断定したことをめぐって対立した。日本とは拉致問題をめぐる再調査の回答を回避することで関係が膠着している。 ?韓国とは、昨年8月に地雷事件を起こしその後の交渉で6項目の合意を行ったが、北朝鮮にとっての瀬戸際外交は成功したとは言えず、むしろ韓国に一本取られた形である。ちなみに、韓国の北朝鮮に対する見方は楽観的なことが多い。北朝鮮が混乱に陥ればこれが韓国に与える影響は甚大である。したがって、そうした事態は起こらない(起こってほしくない)との意見が多くなる。このため、北朝鮮の瀬戸際外交は効果を発揮してきたが、朴槿恵大統領は毅然とした対応で隙を与えなかった。こうした朴大統領の姿勢は韓国国内で高く評価された。 ?わけても中国との関係が疎遠になっている。北朝鮮が中国との橋渡し役を担ってきた張成澤を13年12月に処刑して以来、しっくりいっていなかった両国関係も、朝鮮労働党創立70周年記念に中国の劉雲山政治局常務委員が出席してから改善が模索された。しかし、中国が序列5位の劉雲山政治局常務委員を派遣したのは、北朝鮮が核実験やミサイル発射実験を行うとの噂が飛び交うなか、それを制止することも目的であったと思われる。 ?中国は、北朝鮮のこうした挑発行為は東アジア地域を不安定化させ、自国の国益に反すると懸念しており、習近平国家主席が慣例に反して就任後北朝鮮を訪問せず、韓国を訪問したのもそのためだと言われている。 ?こうしたなか、昨年12月に北京で公演を予定していたモランボン歌劇団は、公演数時間前に突如公演予定をキャンセルして北朝鮮に帰国した。韓国情報当局によれば、背景の映像にミサイル発射の場面があり、それを北朝鮮が削除しないことから、習近平国家主席の観劇がキャンセルになったことに腹を立てた、金正恩が指示したという。朝鮮中央テレビによれば、その4日後の15日に金正恩が水爆実験の命令を下し、1月3日に最終命令書にサインしたとのことである。 ?今回の実験は、中国にも米国にも事前の通報はなかった由である。これまでの1〜3回目までの実験では、計測装置の設置や行動の埋め立て作業などいくつかの前兆があったが、今回は徹底的に隠密裏に準備が進められたようだ。金正恩第一書記は金正日と比べても行動が読みにくいとの声がある。これまでは中国との関係を重視してきたが、今般、北朝鮮は中国の制止を聞かず、断固として核実験を行う意思を有していたということであろう。今回の実験は米よりもむしろ中国に向けた反発であるとの見方もある。 ?北朝鮮は、自国を取り巻く主要国との関係を如何に進めようとしているのか、全ての国と敵対してどうするつもりなのか、昔ながらのチュチェ主義(主体思想、他国に頼らず生き抜く)で乗り切ろうとしているのか、なかなか答えは見えてこない。 対北朝鮮でジレンマを抱える中国 国連の制裁強化では同国の対応が鍵 ?北朝鮮の核実験に対し、安保理は同日緊急会合を開催し、4回目の核実験がこれまでの安保理決議に違反し「国際平和と安定に対する明らかな脅威」と指摘して、「強く非難」するとともに、制裁強化のための新決議を採択する方針で合意した。3回目の核実験に関する13年3月の決議で、新たな核実験の場合には「さらなる重大な措置を取る決意」を表明していた。 ?これまでの制裁決議で、武器や核・ミサイル関連物資の輸出入禁止、禁輸物質の疑いのある北朝鮮出入りの貨物については、加盟国に対し港や空港での検査を義務化するなど幅広い措置は取られていたが、核開発を制止する実効性を伴っていなかった。 ?前回の決議には、中国も初めて賛成票を投じている。ただ、前回は決議の合意に23日を要し、安保理内の意見対立を露呈した。今回は速やかな合意が求められる。さらに、中国は既に、国有銀行の北朝鮮への送金停止など独自の制裁も課している。今回の実験で中国は、もはや北朝鮮の面倒は見きれないとの挫折感をいっそう味わったことであろう。したがって、今般の制裁決議についても中国が賛成するとの見方は多く、制裁の実効性を高めてより強い圧力をかけるべきとの新華社系の報道も出ている。 ?他方、中国は北朝鮮が混乱により崩壊することは望んでいない。それによって国境を接する東方地方に難民が押し寄せることが危惧される。また、同地域の朝鮮族の動向が不安定になることを望んでいない。特に、北朝鮮が崩壊して、在韓米軍を有する韓国と国境を隔てて対峙することになりたくない。このため、これまで中国は実効性のある北朝鮮制裁に慎重であり、独自制裁後も同国に対する支援は続けていた。さらに、自国企業が北朝鮮と取引するのも黙認してきた。 ?しかし、北朝鮮が核弾頭の小型化でミサイルに搭載できるようになり、米国への運搬手段も手に入れれば、直接米国に対する脅威となる。また、今後核開発を進め、さらに核弾頭の保有数が増えれば、核が中東のテロリストに渡ることも懸念される。そうなれば、米国の北朝鮮に対する姿勢はいっそう硬化し、それは中国の安保にも影響を及ぼしかねない。中国にはジレンマである。 東アジアで“力の空白”を生むな 日本にもリーダーシップが求められる ?米国は今年秋の大統領選挙を控え、中国でも南シナ海の問題、国内経済の低迷、汚職撲滅など緊急の課題を多く抱え、北朝鮮問題では力の空白が見られる。だが、北朝鮮の核ミサイル開発段階は、米中はじめ国際社会にとってもはや猶予のできない問題となっている。 ?本年から安保理非常任理事国となったわが国にとっては、北朝鮮の核問題での今回の安保理が初仕事となった。わが国は本年G7サミットの議長国でもある。岸田外務大臣はさっそく、ケネディ駐日米大使と会談するとともに、韓国やドイツの外相と電話で協議し、緊密に連携していくことで一致した。 ?韓国は朴大統領の対応で述べた通り、今回も毅然とした対応を示し、北朝鮮に対し強力な制裁を要求するであろう。こうした点で日米韓の姿勢は一致している。韓国もあらためて日本の重要性を理解するきっかけとなるのではないか。 ?北朝鮮の核問題に対しては各国の協調が何よりも重要である。わが国が東アジア地域で力の空白を生まないよう、リーダーシップを発揮していくことが求められている。 http://diamond.jp/articles/-/84349
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