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イラン核合意は、サウジなどが「米国離れ」を始める号砲
ウランを濃縮する権利は、地域大国の媚薬
2015年4月8日(水) 森 永輔
イランの核開発を巡る協議で、同国と米英独仏中ロ(P5+1)が4月2日、最終解決に向けた枠組みに合意した。
中東調査会の村上拓哉研究員は「イランが大幅に譲歩した」と驚きを隠さない。
ただし、この合意が中東に安定をもたらすとは限らない。
「サウジアラビアなど湾岸諸国が、米国に頼らない安全保障体制作りを加速する可能性がある」(村上氏)。
今回の合意の内容をどのように評価しますか。
村上:3つの点で非常に驚きました。第1は、包括的、かつ非常に詳細であったことです(最終ページの表を参照)。
村上拓哉(むらかみ・たくや)
中東調査会研究員
2007年3月、中央大学総合政策学部卒業。2009年9月、桜美林大学大学院国際学研究科博士前期課程修了(修士)。2009年10月〜2010年8月、クウェート大学留学。在オマーン日本国大使館専門調査員を経て現職
第2はイランが非常に大きな譲歩をしたことです。イランとP5+1は2013年11月にジュネーブ暫定合意に達したものの 、その後の協議が進展せず、これまでに2度も期限を延長してきました。その理由は、1)イランが使用できる遠心分離機の数と2)核開発を制限する期間、3)起爆装置をはじめとする軍事技術の取り扱いで合意できなかったからです。
遠心分離機について、イランの最高指導者であるハメネイ師は2014年7月に「19万SWU」が必要と語っていました。イランが現在使用中の遠心分離機(IR-1型)は1基がおよそ1SWUの能力を持っています。つまりハメネイ師は約19万基の遠心分離機を要求していたわけです。最高指導者が口にした数字ですから、この点で譲歩するのは難しいと思われていました。であるにもかかわらず、イランは6104基に削減することを受け入れました。
核開発を制限する期間について、オバマ大統領は10年以上を要求。これに対してイランのザリフ外相は「受け入れがたい」と答えていました。せいぜい7年程度を想定していたのだと思います。しかし、今回の合意では10年、15年、25年という期間を設定した項目がいくつもあります。例えば、6104基の遠心分離機のうち稼働させるのは5060基。この期間を10年としています。また、イランは今後15年間、3.67%までしかウランを濃縮することができません。
3つめは、核燃料サイクルの実現を諦めたことです。イランは原子力発電に使用した燃料を再処理して、再び利用できるようにする体制を目指していました。しかし、使用済み燃料棒を国外に搬出すると譲歩しました。
という具合に、イランが要求を後退させたことは明らかです。イランは重大な意思決定をしたと言えるでしょう。
ロウハニ大統領の政治基盤を維持したい
P5+1は、イランが核兵器の開発に着手してから完成までに1年以上かかる体制を10年間維持することを目指しました。この点はクリアーしているのでしょうか。
村上:そう思います。したがって、イランが本当に核兵器を開発する意図を持っていたならば、非常に大きな妥協です。
ただし、イランに核兵器を開発する意図はなかったと見ることもできます。ウランを濃縮し、それを燃料に発電し、核燃料サイクルを確立することが目的だったとするならば、今回の合意は国益を重視した合理的判断と言えるでしょう。さまざまな経済制裁が解除されるので、イランにとってはプラスの要素しかありませんから。イランは「米国は悪魔」などのレトリックを口にしていますが、実質は非常に合理的なのかもしれません。
結局のところ、イランは核兵器の開発を目指していたのでしょうか。
村上: 2002年にイランが秘密裏に進めていた核計画が暴露された時点では、まず間違いなくその意図があったと多くの専門家は見ています。しかし、その後はどこかの時点であきらめたのではないでしょうか。ただし、これを証明することはできません。
イランはなぜ、そのような重大な決定をしたのでしょう。私は「イラクの二の舞にはなりたくない」と考えたではと推定しました。湾岸戦争の後、イラクは米国などから制裁を受けました 。2001年に9.11米同時多発テロが起きた後には、アルカイダを支援している、大量破壊兵器を開発している、という疑いをかけられ、2003年にサダム・フセイン体制を崩壊させられました 。どちらの疑いも事実ではありませんでした。
村上:その可能性は低いと思います。2013年8月にロウハニ大統領が就任 して以降、イランと米国の関係は非常に改善していますから。米国はイランを話ができるパートナーと見るようになりました。過激派「イスラム国」への対応でも利害を同じくしています。従ってイランは、米国が今はイランに手出ししないことを理解していると思います。
むしろ、ロウハニ大統領が政治的成果を出さねばならない状況に国内で追い込まれていることが大きいのではないでしょうか。同大統領は「(前任の)アフマディネジャド大統領が強硬路線を取ったためにイランは孤立し、制裁を受けることになった」と主張して大統領選に勝利しました。それから2年が経っています。そろそろ成果を上げないと、ロウハニ大統領を戴く保守穏健派は国内の政治基盤を失いかねません。米国の大統領がオバマ氏であるうちに話をまとめたいという意図もあると思います。
イランが大きな譲歩をした一方で、P5+1側も譲歩したのでしょうか。
村上:起爆装置をはじめとする軍事技術の取り扱いで、譲歩していると思います。例えば、核兵器に使用する以外ほとんど用途がない高度な起爆装置をイランが開発していることが国際原子力機関(IAEA)に報告されており、この点について詳細な説明をイランは要求されていました。イランは既に説明済みであると主張していますが、IAEAと欧米諸国はイランの説明は不十分であると見ています。しかし、今回の合意は、これらの軍事技術が今後の査察対象に含まれるのかどうかなど、具体的な対応についてほとんど触れていません。6月末の最終合意までに詰めるつもりなのかもしれませんが。
最終合意へのカギは「査察」
最終合意に向けての課題は何でしょう。
村上:今回の合意で示された査察をどのような制度で運用するかですね。内容だけでなく、手続き的な事項の決定も意外ともめるものなのです。外交交渉の場で、ある一言を入れるか入れないかを決めるために何日も議論することは珍しくありません。
またイランが核開発用の新しい地下施設を秘密裏に作り、IAEAがそれに気付かないという事態が容易に想像できます。P5+1側は「疑わしいところには入らせてくれ」と要求するでしょうが、イランはおいそれとは受け入れないでしょう。
イラン国内の反対派が査察に強く抵抗することも考えられます。これまで厳しい制裁に耐えて建設してきた重要な施設を公開してしまうのかと。
イラン国内における反対派というのはどういう勢力なのですか。
村上:代表的なのは最高指導者直属の革命防衛隊です 。彼らの支援を受けた国会議員もいます。こうした勢力はロウハニ大統領の足を引っ張ることに一生懸命です。なので、今回の枠組み合意が“破談”になる可能性も十分にあると思います。
ハメネイ師は今回の合意を認めているのでは。
村上:これだけ重大な決定をしたのですから、ハメネイ師が許可していたことは疑いありません。しかし、ハメネイ師は独裁者ではありません。彼が右と言えば、皆が右を向く、という体制ではないのです。ここがイランの面白いところです。ハメネイ師は「核を巡る交渉を進めることは認める。ただし、米国は約束をやぶってきた。交渉の結果には期待していない」と、どちらの側にも付くことができる発言し、勝ち馬に乗れるよう保身を図っているのだと思います。
米国内の反発についてはどう見ますか。
村上:米議会ではイランに対して強硬な姿勢を取る共和党が上下両院で過半数を握っています。現在、議会はイランとの合意を議会で投票にかける法案を策定しようとしています。オバマ大統領はこれに拒否権を発動するでしょう。大統領の拒否権を覆すには、議会は3分の2以上の多数で再可決する必要があります。オバマ大統領は議会内の反対派が3分の2を超えないよう、全力を尽くすと思います。
オバマ政権とロウハニ政権はそれぞれの国内の反対を回避するため、次の対策を進めようとしているのではないでしょうか。米国は2012年度国防授権法 に定められた対イラン制裁は停止する。一方、それ以外の制裁――テロリズム、人権侵害、弾道ミサイルに対する制裁など――は継続する。一部の制裁を残すことで、米国内の反対派の顔を立てることができます。
2012年度国防授権法はイランの核開発に関する制裁の中で最も影響力の大きいものです。これが解除になることで、ロウハニ政権は国内の反対派に「実を取った」と主張することができます。同法の要点は、イラン中央銀行を含む同国の銀行と取引する外国金融機関と米金融機関とのドル決済を禁止すること。これは米国との取引を取るか、イランとの取引を取るか、と踏み絵を米国以外の国に迫るものです。
イランとの取引のために米国との取引を犠牲にする国はありません。実質的に国際社会が一致してイランを孤立させる状態、イランが原油を事実上輸出できなくなる体制が出来上がりました。イランではインフレが悪化し経済成長が丸2年間マイナスを記録し続けました。
2012年度国防授権法による制裁が解除されても、米国の対イラン制裁の大部分は残ります。しかし、中国やインド、日本、イタリア、韓国向けに原油を輸出することができるようになれば、イランにとっては十分なのです。
またイランは今、原油に加えて天然ガスの開発に力を入れる意向です。しかし制裁のため掘削用の設備を十分には入手できない。2012年度国防授権法による制裁が解除されれば、この開発を進め、ガスのビジネスを拡大できるようになる。売り先としてはインドやパキスタン、オマーンなどが想定されます。
湾岸諸国は米国に頼らない体制作りへ
今回の合意は今後の中東情勢にどのような影響をもたらすでしょう。特に、イランと対立しているサウジアラビアの動向が気になります。
村上:サウジが何を考えているのか、実はよく分からないのです。本来ならこの合意に声高に反対してもおかしくない立場です。イランがウラン濃縮するのを認めるわけですから。この措置が将来的に核兵器の開発につながる可能性は否定できません。しかし、サウジは公式には合意を「歓迎する」と言っています。
サウジの本音は、イランによるウラン濃縮を認めさせておいて、自らも同様の権利を得ることではないでしょうか。そう考えると核交渉を表立って批判しないのにもうなずけます。この3月に、トルキー・ファイサルというサウジ諜報機関のトップを務めた人物が、「我々はイランが得たものと同様のものを要求する」と発言していました。
ウランを濃縮する権利はどれくらい重要なものなのですか。
村上:NPT(核兵器不拡散条約)に加盟している国の中では、国連の安全保障理事会常任理事国のほか、日本やオランダなど数カ国にしか認められていない希少な権利です。たとえ今は核兵器保有国でなくても、その気になれば保有国になれることを意味します。この権利を得ることで、サウジは国際社会における地位と発言力を高めることができるのです。他の国からの干渉を排除する力も獲得できる。
なるほど。しかし、イランも同様の権利を持っているわけですから、サウジにとっては脅威が拡大することになるのでは。
村上:イランが核兵器を持ったとしても、必ずしもサウジ向けに使用されるわけではありません。イランにとっては、イスラエルや米国が第1の仮想敵でしょう。また、イランの核兵器がサウジに向けられたとしても、サウジがウラン濃縮の権利を持っていれば、自ら核兵器を開発して相互確証破壊の状態を作り出すことができます。そうなれば、イランも迂闊にサウジに手を出すことはできないでしょう。
相互確証破壊というのは、かつて米ソの間に存在した状態ですね。仮にソ連が米国を核攻撃しても、米国は第一波の攻撃を逃れた残りの核兵器で報復する。どちらも大きな痛手を被ることが明らかなので、どちらも攻撃でない。
今回の合意が、中東におけるパワーゲームの構図を変える可能性はありますか。
村上:十分にあると思います。6月に最終合意がなり、制裁が解除され、イランが国際社会に復帰してくれば、当然ながら、政治的にも経済的にもその影響力が高まります。サウジを中心とする湾岸諸国にとっての脅威が高まるわけです。
加えて湾岸諸国は、これまで自分たちを支援していた米国が、イラン側へ重心を移しつつあると見ています。さらに言えば、米国は中東そのものへの関与を減らす方向で動いている。シェール革命が起こり、中東の重要度が以前より低下していることも背景にあります。
これらの情勢を踏まえて湾岸諸国は、米国に守ってもらう体制から、自分たちの身は自分たちで守る体制に転換することを考えているようです。サウジがイエメンのフーシ派との戦闘を開始したのは、その表れの一つと言えるでしょう。アラブ連盟首脳会議が3月29日、アラブ合同軍を創設するとの声明を発表しました。これも、この延長線上にある動きだと見ています。
米国務省が発表した最終合意文書となる「包括的共同行動計画(JCPOA)」の草案の概要
濃縮 遠心分離機約19,000基を6,104基に削減。うち5,060基のみ稼動(10年間)。遠心分離機の型はIR-1型。
濃縮率は3.67%までとする(15年間)。
15年間は、現在保有する低濃縮ウラン10,000kgを300kgまで削減し、濃縮率は3.67%まで下げる(15年間)。
超過する遠心分離機及び濃縮施設はIAEAが監視する場所に置かれる。
新たなウラン濃縮関連施設を建造しない(15年間)。
核兵器製造にかかる時間を1年以上にする(10年間)。
フォルドゥ施設 施設でウラン濃縮を行わない(15年間)。
施設は、核・物理・技術・研究センターに転換する。
ウラン濃縮に関する研究開発を施設では行わない(15年間)。
施設で核分裂性物質を所有しない(15年間)。
施設にある遠心分離機及び設備は3分の2を撤去し、残された遠心分離機はウラン濃縮を行わない。全ての設備はIAEAの監視下に置かれる。
ナタンズ施設 濃縮活動はナタンズ施設のIR-1型遠心分離機のみで行う(10年間)。
IR-2M型の遠心分離機1,000基を撤去し、IAEAの監視する場所に置く(10年間)。
IR-2, IR-4, IR-5, IR-6, IR-8型の遠心分離機ではウラン濃縮を行わない(10年間)。合意によって決められた期間は研究開発のみに使用する。
濃縮及び研究開発は核兵器製造にかかる時間を1年以上とする範囲でのみ認める(10年間)。その後は追加議定書に基づき、濃縮及び研究開発計画をIAEAに提出する。
査察 IAEAはナタンズ・フォルドゥを含む全ての核関連施設へ定期的にアクセスする。
査察官は核関連物質のサプライ・チェーンにアクセスする。
査察官はウラン鉱山にアクセスし、ウラン精製工場で継続的な監視をする(25年間)。
査察官は遠心分離機の回転胴およびベローズの生産・貯蔵施設を継続的に監視する(25年間)。遠心分離機製造拠点は凍結され、継続的な監視を受ける。
フォルドゥ・ナタンズから撤去された遠心分離機および濃縮設備をIAEAによる継続的な監視下に置く。
特定の核関連物質・技術の販売・供給・移転の監視および許可の発出に関する専用調達チャンネルを設立する。
イランはIAEA追加議定書に署名する。IAEAのアクセス強化と、申告・未申告の施設を含む核計画の情報の提供をする。
濃縮、再処理、遠心分離機製造施設の疑いがある国内のあらゆる箇所へのアクセスをIAEAに許可する。
保障措置協定の補助取極の修正規則3.1を履行する(新施設の建設の事前申告)。
核計画の軍事分野に関するIAEAの懸念に対処する措置を履行する。
原子炉・再処理 アラーク重水炉を、兵器級プルトニウムは産出せず、平和的な核研究とアイソトープの生産を行うように設計変更する。
原子炉の主要部分は破壊するか国外に持ち出す。
使用済み燃料棒を国外搬出する(原子炉の寿命が尽きるまで)。
使用済み燃料棒の再処理およびこれに関する研究開発を行わない。
アラーク重水炉に必要な量を超える重水を蓄積せず、超過分は国際市場で販売する(15年間)。
新たな重水炉を建設しない(15年間)。
制裁 上記措置が履行された場合、制裁は解除される。
米国・EUによる核関連の制裁はイランが全ての重要な措置を履行したとIAEAが確認した後、停止される。
米国による核関連の制裁の構造は合意期間においても維持され、措置の重大な不履行が発生した場合、再度凍結していた制裁を課す。
全てのイラン核関連の国連安保理決議は、全ての重要な懸念(濃縮、フォルドゥ、アラーク、軍事利用、透明性)に対処されたときに解除される。
新たな国連安保理決議を発出し、重大な技術移転や活動については制限する。
JCPOAの履行に関する意見の不一致を解決するための紛争解決プロセスを指定する。
上記の方法で解決できなかった場合、全ての国連による制裁が再度課される。
テロリズム、人権侵害、弾道ミサイルに対する米国の対イラン制裁は維持される。
段階 10年間、濃縮能力及び研究開発は核兵器製造にかかる時間を1年以上となる水準に制限する。その後は、長期的な濃縮、研究開発計画をP5+1と共有する。
15年間、新たな濃縮施設、重水炉の製造を行わない。また、濃縮ウランの保有量を制限し、透明化を強化する。
重要な査察・透明化確保措置は15年間を超えても継続する。IAEA追加議定書の遵守は永続的なものであり、ウランのサプライ・チェーンへの厳密な査察は25年間継続する。
核計画の制限期間の後も、イランはNPTの加盟国であり続ける。
村上拓哉「イラン:P5+1 との核交渉で枠組み合意」『中東かわら版』No.4(2015年4月3日)より
このコラムについて
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150407/279669
- Re: イランはなぜ強気に出られるのか〜豊饒な石油資源と交渉術に長けている/宮田 律 仁王像 2015/4/08 21:16:43
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