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(回答先: アポロ着陸から50年 月探査の変容 (朝日新聞社 論座) 投稿者 肝話窮題 日時 2019 年 7 月 16 日 00:05:23)
時事オピニオン
月面到達から50年、再び月に向かう長い道〜アポロ11号からAMAZONの野望まで
2019/07/16
松浦晋也(科学ジャーナリスト)
1969年7月20日、米国のアポロ11号月着陸船「イーグル」が月面“静かの海”に着陸した。搭乗していたのはニール・アームストロング、バズ・オルドリンの2宇宙飛行士。彼らは月面を歩行した最初の人類となった。それから50年、ここにきて、再度月を目指す動きが活発になりつつある。が、疑問に思う人もいるだろう。「この半世紀、一体なにをしていたのか」。確かにアポロ計画が1972年に17号をもって終了してから、これまで月を訪れた者はいない。
結論を先に書けば、過去15年にわたって、有人月計画は政治と予算の狭間で迷走を続けてきた。今も状況は混沌としており、すぐに「もう半世紀も経ったのだからもう一度月に行こう」とすんなりいきそうにはない。その一方で、今世紀に入ってから米国内で急速に力をつけてきた“ニュー・スペース”と呼ばれる宇宙ベンチャー企業の中から、世界的ネット流通大手のAMAZONを率いるジェフ・ベゾスが起こしたブルー・オリジン社が、月面有人植民構想に強い興味を示している。
アポロ計画終了時から現在までの米国における有人月探査を巡る状況を、順にみていこう。
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月面に立つバズ・オルドリン宇宙飛行士。右手奥に月着陸船「イーグル」、中央奥に星条旗が見える。撮影はニール・アームストロング船長
■シャトルとISSで「月どころではない」
アポロ計画には、当時世界を2つの陣営に割って、冷戦という刃を交えない戦争でソビエト連邦と対峙していた米国にとって、“科学技術面における代理戦争”という側面があった。だから米国政府は計画を実施する米航空宇宙局(NASA)に青天井の莫大な予算を付け、何が何でも勝ちをもぎ取ろうとした。アポロ11号の成功は、米国にとってソ連に対する勝利を意味した。勝った以上それ以上続ける意味はない。米国内における月への興味は11号以降急速に薄れ、当初20号までを予定していたアポロ計画は、18号以後がキャンセルされ、1972年の17号で終了した。
アポロ計画終了と同じ1974年、NASAはポスト・アポロの大型宇宙開発計画として、地表と地球を巡る周回軌道を低コストで結ぶ宇宙輸送システム、スペースシャトルの開発を開始した。が、青天井で予算がついたアポロ計画と異なり、スペースシャトルは厳しい予算制限の中での開発を余儀なくされた。結果、シャトル以外の計画は軒並み停滞を強いられた。特に太陽系探査は、1978年5月と8月に打ち上げた2機の金星探査機「パイオニア・ヴィーナス」シリーズの後、1989年5月に金星探査機「マゼラン」が打ち上げられるまで、実に10年以上にわたって中断してしまった。月探査機もまた、ずっと計画すら動きださない状況が続いた。
1981年4月に、スペースシャトルの初打ち上げが成功すると、NASAはスペースシャトルの行き先となる、地球を周回する有人宇宙ステーションを次の大型計画として動かしはじめた。有人ステーションは、1984年のロンドンサミットの議題となり、日米欧が国際協力で実施する巨大計画へと発展した。
その後、1980年代から2000年代にかけて、スペースシャトル「チャレンジャー」号の事故(1986年)が発生してステーション計画が大幅に遅延したり、1991年のソ連崩壊によって冷戦が終結し、有人宇宙ステーション計画にロシアが参加するという大どんでん返しがあったりで、NASAは予算の多くをシャトルと宇宙ステーションに費やすという状況が続いた。有人ステーションは国際宇宙ステーション(ISS)という名称となり、1998年から建設が始まった。
アポロ後の20年余りは「月どころじゃない」という状況が続いたのである。
■小さな探査機から始まった、月探査への復帰
おずおずと月への復帰が始まったのは1994年だった。この年米国は、久しぶりの月探査機「クレメンタイン」を打ち上げた。同探査機は重量227キロと小型で、かつ計画はNASAとアメリカ国防総省・弾道ミサイル防衛局(BMDO、現・ミサイル防衛局)との共同だった。予算の捻出のために「ミサイル防衛に必要なセンサーの試験を宇宙で行う。そのついでに月を探査する」という形をとったのである。クレメンタインは、月を周回する軌道からその全面を撮影して詳細な地図を作成した。それ以上に重要なのは、月の極地域をレーダーで調べ、「氷の形で水が存在する可能性がある」というデータを得たことである。もしも水が本当に存在するなら、恒久的な有人月基地が低コストで運営できるかもしれない。しかも水の量が多ければ、電気分解して水素と酸素を得て、ロケットの推進剤に使うこともできる。この可能性は、その後の月探査計画で予算を獲得するための重要なポイントとなった。
続いて米国は1998年に、探査機「ルナ・プロスペクター」を月に送り込んだ。同探査機は中性子線分光計というセンサーで、水の存在を直接確認することを目的としていた。が、結果は「月の両極で最大60億トンの水が存在してもおかしくはない」という推定に留まった。
■ブッシュ新宇宙政策、混乱するコンステレーション計画
2003年2月、スペースシャトル「コロンビア」号空中分解事故が発生した。ISS建設はシャトルに依存しており、事故は建設の停滞を意味した。ロンドンサミットからすでに20年。事故を受けて巨大国際協力計画のISSは、「政治的に、どのようにして“成功”という体裁を作るか」が問題となった。
2004年1月、ブッシュ米大統領は、新しい宇宙政策を発表した。スペースシャトルを2010年に引退させ、新たに開発する有人宇宙船「オリオン」で月に恒久的有人基地を建設するというものだ。ここで米国は「ISSは2010年までにとにかく完成させて、シャトルを引退。引退でできた予算的余裕を、アポロ以来の有人月探査計画に振り向ける」という決断を下したのである。
そのために、有人宇宙船「オリオン」、月着陸船「アルタイル」、打ち上げ用大型ロケット「アレスI」と「アレスV」を開発する「コンステレーション計画」と総称される大型開発計画が始まった。が、ブッシュ大統領が宇宙政策の中で「2015年、遅くとも2020年までに月有人ミッションへ復帰する」と宣言したにもかかわらず、開発はずるずると遅れた。特に先行して開発されていたアレスIとアレスVは設計にしばしば問題点が見つかり、設計変更を繰り返した。
その理由は、過去の技術的遺産にあった。アポロ計画は、月着陸に最適なロケット「サターンV」をゼロから開発した。しかしコンステレーション計画では、ハードウエアに「アポロやスペースシャトルの技術資産を活用すること」という制約がかかっていた。この制約により、構想としては既存技術の有効利用で低コストかつ高速に開発が進められるはずだったが、実際には、最適ではないものを最適に手直しするという手間が膨れあがり、ゼロから開発するよりも難航してしまったのだった。
その一方で米大統領府が、「月に戻る」と意思をはっきりさせたことで、月の科学的探査は進展した。NASAは有人月探査計画に先立ち、無人探査機「ルナ・リコナイサンス・オービター(LRO)」を2009年6月に打ち上げた。同探査機は月面上空50キロから、月の表面を50センチの分解能、つまり50センチ×50センチのものが識別できるという超高精度で観測し、過去最高精度の月面地図を作成した。余談だが、同探査機の撮影データには、アポロ各号機が残した月着陸船降下段や、各種観測機器、月面車やその轍などが映っており、これにより「アポロは月に行っていなかった」とする各種陰謀論は、完全に命脈を絶たれた。
米国はまた、同じく2009年6月に大型の月衝突機「LCROSS(Lunar Crater Observation and Sensing Satelliteの略。エルクロス)」も打ち上げた。LCROSSは同年10月に月面南極のカベウス・クレーターに突入。その際に吹き上がった粉塵を観測することで、月面には水が存在することが再度確認された。
LROは、2019年7月現在、最低高度を20kmまで下げて、月面の詳細観測を継続している。
NASAは、2011年には月の重力場を詳細観測する探査機「GRAIL(Gravity Recovery and Interior Laboratoryの略。グレイル)」も打ち上げ、詳細な重力場地図を作成した。表面詳細地図と重力場地図は、月周回軌道から安全に着陸機を降ろし、また月周回軌道に戻すためには必須の情報である。
■オバマ政権のフレキシブル・パス
月面の水の存在は、有人探査を推進するにあたり、大きな動機となる。が、問題はその総量と「どんな形で存在するのか」だ。量が少なければ、あっという間に利用し尽くしてしまうだろう。また、広く薄く存在するなら、取り出すには膨大なエネルギーと手間がかかることになる。これまでの探査で、この疑問には決定的な回答が得られていない。そのため米国内でも、「人類は次にどこに有人探査を行うべきか」という設問に対する様々な意見が存在する。「近くて水のある月に集中するべきだ」「月に行くよりも水の存在が確実な火星に行くべきだ」「月も火星も省略して小惑星に向かうべきだ」などなど――。
米国では大統領が交代すると、宇宙政策が変更される。ブッシュ大統領の次のオバマ大統領は2010年2月、新しい政策を打ち出した。混乱するコンステレーション計画を中止し、どこに向けて有人探査を行うかは、もっとよく調査を行って検討する「フレキシブル・パス(柔軟な道筋)」という路線を打ち出した。そのためにまずは先行する無人科学探査と有人探査に必要な基礎技術の開発に力を入れるというものである。これにより、米国の有人月探査に向けた動きは再度減速した。
ところがその後、米議会で優勢な共和党がオバマ政策に反対した。スペースシャトルが引退する以上は、あくまで米国は国として独自の有人宇宙飛行技術を保持すべきだと主張したのである。共和党が押し戻したことで、宇宙船「オリオン」の開発は継続し、「アレスI」「アレスV」に代わる新たな大型ロケット「SLS」が開発されることになった。
どこに行くかは決めていない、しかし行くための宇宙船とロケットは開発する――2010年代の米国の宇宙政策は奇妙に“不安定な安定”状態に陥った。
■スペースXとブルー・オリジン―― “ニュー・スペース”の台頭
その間に急速に力を付けてきたのが、“ニュー・スペース”と呼ばれる宇宙ベンチャー企業だった。特に、電気自動車のテスラ・モータース社を起こしたイーロン・マスクが立ち上げ、大型ロケット「ファルコン9」、超大型ロケット「ファルコン・ヘビー」の開発に成功したスペースX社、そしてネット流通の世界的大手AMAZONの創業者ジェフ・ベゾスが設立し、ベゾス個人の莫大な資産をふんだんに注ぎ込んで弾道飛行有人宇宙船「ニュー・シェパード」と超大型衛星打ち上げ用ロケット「ニュー・グレン」を開発するブルー・オリジン社は、米政府とは別に有人宇宙探査、さらにその先の恒久的有人基地建設に積極的な姿勢を見せている。
面白いことに、イーロン・マスク/スペースXは、火星移住計画に執心する一方で、ジェフ・ベゾス/ブルー・オリジンは、月の有人基地に興味の対象を絞っている。ベゾスは、「月に行かずに火星を目指すのは非現実的だ」として、有人月探査に向けた技術開発を進めている。
■トランプ政権の朝令暮改、探査の加速か、それとも混乱か
NASAにとって、有人月探査は、ISS(国際宇宙ステーション)の次の大型国際協力計画という意義があった。ISSは、何度か運用期間が延長され、現在では2024年まで運用することが決まっている。このため、2010年代後半からNASA主導で「ポストISSの国際協力計画としての有人月探査」の検討が、参加各国の間で進み始めた。2019年現在は、月を周回する軌道に投入する有人宇宙ステーション「月軌道プラットフォームゲートウェイ(LOP-G)」という構想が検討されている。LOP-Gは、次のステップの有人月探査、さらには有人火星探査に向けて必要となる技術開発と先行する科学探査を行う拠点で、4名の宇宙飛行士が滞在する予定だ。2028年の完成を目指して検討が進んでいたが、2019年3月になって、現在のトランプ政権が「NASAの構想は進展が遅すぎる」という不満を表明し、2024年までの月面有人着陸をNASAに命令した。
このため、2019年7月現在、将来的に米国の、そして米主導の国際協力による月探査がどのような形でいつ実施されるかは、不明確になっている。NASAはトランプ政権の要求に応えるべく計画の見直しを行っているが、まだはっきりとしたスケジュールを公表できる段階ではない。検討に参加する各国も情報収集に集中している段階だ。トランプ大統領は、2019年6月に入ると、今度は月よりも火星に興味があるという発言をしており、一体この先どのような計画が策定されるかは混沌としている。
いずれにせよ、計画を加速するとなると“ニュー・スペース”の力を借りるのが順当だろう。特に、月に興味を示すブルー・オリジンは、トランプ政権の要求に呼応するかのように2019年5月、有人探査をも視野に入れた月着陸機「ブルー・ムーン」を開発していることを公表した。同着陸機は早ければ2023年にも月面への着陸を実施できるとしている。これは明らかに、米政府に対する売り込みであるし、同時に「国がさっさと動かないならば民間でやる」というNASAに対する意思表示でもあろう。
人類は有史以前から夜空にぽっかりと浮かぶ月に様々な思いを寄せてきた。もし将来、「見上げる月にはいつだって誰かしらの人がいて、活動している」となると、その思いも大きく変化し、月はより身近な場所になるだろう。が、10年後15年後にそうなるかどうかは、宇宙での活動能力を持つ国々の思惑と合従連衡次第である。
https://imidas.jp/jijikaitai/k-40-112-19-07-g113
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