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単一細胞生物学のロゼッタストーン
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2019.1903pr
人工知能を使った細胞分取法によって、従来の方法と同等の正確さでありながら、処理時間が大幅に短縮された。
細胞の解析は、免疫学、遺伝学、医薬品、バイオ燃料など、生物学や医学のさまざまな領域の研究を支えている。そうした解析では、試料を構成している無数の微視的な細胞の正確な分取が必要になることがある。
昨年末に東京大学で開催されたシンポジウムで、大学などの研究機関に所属する日米の研究者たちが、人工知能を利用することで、特異性と迅速性を兼ね備えた細胞分取法を実現した画期的な技術の開発について討議した。
精密かつ迅速に
従来の細胞分取法には2種類あり、1つは、個々の細胞を顕微鏡を用いて調べ、適切な細胞をピペットで吸い出すというものだ。この方法は古くから行われていて、正確だが、時間がかかって非効率的である。もう1つの手法である蛍光標示式細胞分取法(fluorescence-activated cell sorting; FACS)は、1970年代に開発されたフローサイトメトリーの1種で、細胞を、蛍光と光散乱特性に基づいて自動的に分取する。FACSは光学顕微鏡よりもはるかに高速だが、凝集塊の中の単一細胞を識別することができず、形態や内部構造などの特徴に基づいて細胞を見分けることもできない。
究開発推進プログラム(ImPACT)の1つである「セレンディピティの計画的創出」に関するシンポジウム「細胞検索エンジンが拓く新世界」が開催され、このシンポジウムでは、従来の2つの方法が持つ最大の強みを組み合わせたインテリジェント画像活性細胞選抜法(Intelligent image-activated cell sorting; iIACS)が開発され、これによってハイスループットの自動システムによる精密な細胞解析が実現されたという報告が行われた。
ImPACT「セレンディピティの計画的創出」のプログラム・マネージャーを務める東京大学大学院理学系研究科化学専攻教授の合田圭介は、「高解像度のデータをハイスループットで生み出すことのできる細胞選択ツールを作りたかったのです」と話す。「細胞が対象の、インターネット検索エンジンのようなものです。それがこのプログラムの目標でした」。
「iIACS法は汎用性が高く、生物科学、医薬品科学、医科学の領域において、機械を利用した科学的発見を可能にすると考えられる」。合田と50人の共著者たちは、2018年8月に発表されたCell の論文にこう記している(Nitta et al. Intelligent image-activated cellsorting. Cell 175, 266‒276; 2018)。このプログラムは、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が支援し、科学技術振興機構(JST)が運営を行っている。10年前に構想され2014年にCSTIから資金を受けた本プログラムは、10領域、20施設を超える研究機関から200人の研究者が参加している。
領域横断的な手法
iIACSは、微細藻類の細胞やヒトの血球、がん細胞など、さまざまな細胞の撮像と分取を行うことができ、高速で流れる3〜30μmのサイズの細胞を3色撮像できることが特徴である。
そのプラットフォームを概説する中で、合田たちは、iIACSが多様な技術をどのようにして組み込んでいるかについて述べた。さまざまな細胞の混合物は、まず周波数分割多重顕微鏡で1つずつ撮像される。これが深層学習アルゴリズムが組み込まれたインテリジェントプロセッサーでリアルタイムに解析され、目的細胞を単離するために分類されるわけだ。プラットフォームの中 心にあるのは、三次元の流体力学的絞り(hydrodynamic focuser)、音響絞り(acoustic focuser)、プッシュプル型細胞分取器(push‒pull cell sorter)が組み込まれたマイクロ流体チップである。iIACSプラットフォームは、細胞や細胞凝集塊を毎秒約100個処理することができ、分取純度は99%である。iIACSを支える技術に関わった一部の論文共著者たちは、シンポジウムで講演した。その中の1人、東京大学大学院理学系研究科の助教である三上秀治は、「周波数分割多重顕微鏡法を利用することで、毎秒1万6000フレーム数という世界最高の共焦点蛍光イメージングが実現できました」と語った。
大幅な高速化
ImPACTプログラム・マネージャー補佐の新田尚は、「ロゼッタストーンで同じ内容の文章がヒエログリフ(象形文字)、デモティック(古代エジプト の民衆文字)、古代ギリシア文字によって記述されているように、iIACSは、顕微鏡法、フローサイトメトリー、遺伝子解析をカバーする、単一細胞生物学のロゼッタストーンとなる可能性があります」と語った。新田は、iIACS技術の商用化を目的として設立されたベンチャー企業の創業者社長でもある。
iIACS技術の商用化が進む中、京都大学ではすでに、iIACSを利用することによって炭素濃縮に不可欠な遺伝子を見つけようと、藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)の変異体を選別する研究が行われている。研究チームは、20万を超える事象をiIACSで解析し、そのうち、希少な変異が見いだされたものは1%に満たなかった。この作業は通常、従来の労働集約的な手法であれば6か月を要していたところであるが、iIACSシステムのおかげでかかった時間はわずか40分だった。この研究は、藻類からの効率的なバイオ燃料生産につながる可能性がある。
また、東京大学院医学系研究科では、iIACSシステムを用いて血小板凝集塊を調べている。血小板凝集塊は、血栓のバイオマーカーになり得ると考えられている。血栓は、脳卒中や心筋梗塞などのありふれた疾病状態を引き起こすことがある。血小板凝集塊の精密な解析によって、血栓の診断と治療を行う新技術の開発につながる可能性がある。
「手作業では1日かかりそうな仕事が、iIACSによって1分でできるようになったのです。約1400倍の高速化です」と合田は話す。「iIACSは、分子の指向性進化を介して、栄養補助食品から薬物分子までのあらゆる用途に向けた機能性分子の開発に用いることができる可能性があります。目標次第でさまざまな可能性を秘めています」。
内閣府:www.cao.go.jp
JST:www.jst.go.jp
セレンディピティの計画的創出について: www.jst.go.jp/impact/program/02.html
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