温暖化で現在の生態系が崩壊していくのはほぼ確実であり新たな生態系へと変わっていく ただし、その生態系は、人類にとって、決して快適なものではないだろう https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/286.html
絶滅危機種の10種に1種が気候変動の影響を受けている IUCN(国際自然保護連合)が発表している、世界の絶滅の恐れのある野生生物のリスト「レッドリスト」には、2万4,000種あまりの野生生物が「絶滅の危機の高い種(絶滅危機種)」として掲載されています。(2017年8月時点) そしてレッドリストは、野生生物を追いつめる大きな11の要因の一つに、「気候変動」つまり地球温暖化を挙げています。 この気候変動による影響を受けていると考えられている絶滅危機種は、西暦2000年以降、急激に増加してきました。 2000年時点で15種とされたその数字は、2004年には182種に急増。さらに2008年、632種と増え、2010年には1,000種を超えました。2015年には2,000種を数えるまでになり、2017年にはこれが2,835種に。3,000種という数字も、すでに目前に迫っています。
この熱き人々
働かないアリと過労死する働きアリ。“昆虫博士”の驚きの発見 土畑重人(昆虫生態学研究者) 2018/08/23 吉永みち子 1冊の図鑑から広がった昆虫の世界。虫好き少年の尽きない探究心が研究者への道の扉を押し開けた。培ってきた観察眼と斬新なひらめきで、昆虫の社会システムの解明に挑む。 旧帝大時代から日本の昆虫学の拠点として、昆虫の生態や進化のメカニズム解明の研究をリードし続けてきた京都大学。吉田山の深い森と向かい合うような吉田キャンパスの門をくぐると、古木に囲まれて農学部総合館がある。2階に上がると、昆虫の写真や絵や模型が、ずらっと並ぶ研究室のドアを飾っている。その一室が学術博士・土畑重人(どばたしげと)の研究室だ。 土畑が所属するのは日本生態学会、日本動物行動学会、日本進化学会、個体群生態学会、日本応用動物昆虫学会。そこから、どんな研究をしているのか想像しながら中に入ると?……床に置かれた飼育箱が目に入った。のぞき込むとたくさんのアリが動いているが、床にアリの姿はなく、なぜか全部が箱の中に行儀よく留まっている。 「箱の壁面に滑り剤を入れているので、外には出ません。でも、誰かひとりが登れそうな道を見つけるとみんなで出てきちゃうこともたまにはあります」 どれか1匹ではなく、誰かひとりと言った。何気ないひと言に昆虫たちへの愛が感じられ、研究対象であるアリを見る目が優しい。 土畑の研究テーマである「社会性昆虫を用いた『公共財ジレンマ』現象の総合的実証」は、2014年度の日本動物行動学会賞を受賞している。用いられた社会性昆虫はアリで、ヒトの社会において助け合いに内在する脆(もろ)さとして知られている「公共財ジレンマ」の板ばさみ状況が、アリの世界でも存在することを実証したということになる。 「社会を作るという点では、バクテリアやアリなども人間と共通するところがあって、なぜ社会を作るのかというのは生物学的には中心的な問いでもあるわけです。社会を作るということは何らかの意味で自分が損をしなければならないところがある。人間の社会でいえば税金を払わなければならないとかね」 個々の協力によって形成され、誰もが利用できる物やサービスが公共財なのだが、中には協力をしないで恩恵にだけ与(あずか)ろうとする不埒な者が出てくる。しかし、ただ乗りしようとする者が多くなると、公共財は成立しなくなる。自分の利益のために協力しないのと、社会の利益のために協力するのと、どちらが最終的な利益につながるのか。それが公共財ジレンマで、アリの社会にも存在するというわけだ。 働かないアリの謎に迫る 土畑が研究者として最初に注目されたのは、13年に琉球大学の辻和希(つじかずき)教授との共同研究で発表した「子だくさんの『働かないアリ』と過労死する『働きアリ』」という論文だった。日本では過労死が社会的な問題になっていることもあって、自然界での公共財ジレンマの実例発見は関心を集めた。 しかし、アリといえば女王アリ以外はみんな働き者と相場が決まっている。 「研究というのは先行研究の積み重ねの上に成り立つものなので。1982年に野外でアリを観察していて、どうも働いていないアリがいるということに気づいた人がいた。それ以来、いろいろな人が研究してきたテーマなんです」 働いていないらしいアリが発見されたのは三重県紀北町(きほくちょう)。種類はアミメアリ。研究室の巣箱のアリをよく見ると、背中に網目がある。 研究室で飼育されているアミメアリ 「それがアミメアリです。日本ではアミメアリはどこにも存在していて、行列しているアリは十中八九アミメアリです。普通、アリは女王アリと働きアリがいて女王アリは産卵し、働きアリがエサを運び巣を管理するんですが、アミメアリはちょっと変わっていて、全員が卵を産み、みんなに平等にエサを与えて、みんなで育てる。女王とワーカーといういわゆる階級の差がないんです」
共同で助け合って平等な社会を形成している。ある意味、理想の社会を実現してきたアミメアリの中に働かないアミメアリが出てくると、社会はどうなっていくのか。ニートや引きこもり、80代の親が50代の子を支える8050(はちまるごまる)問題などの言葉を生み出している人間の社会を頭の片隅で重ね合わせてみると、にわかに興味が湧いてくる。 「働かないアリは遺伝子的に決まっていて、働かないアリの子もやっぱり働かない。働かないから働くことにエネルギーを使わずにすみますので、その分、長生きで卵をいっぱい生みます」 たくさん産んだ卵の世話もしないし、もちろんエサも取りに行かない。そうなると、働きアリはその特性をますます顕著に発現して、社会を維持するために、働かないアリの割合の増加に応じて労働量がどんどん増えていき、やがて過労死してしまう。結果、さらに働かないアリの割合が増える。 土畑は、大きな2つの壜(びん)を机の上に並べた。1つは働きアリだけの壜、もう1つは働かないアリだけの壜。働きアリたちの壜は卵も元気で巣もきれいに保たれているのに対して、働かないアリたちの壜は、卵の多くは死んでしまって巣も掃除しないから非常に汚い。 働きアリの協力にただ乗りするだけの働かないアリが過半数を超えると、エサもなくなり、子供も成長できず、巣は汚れ、衛生環境も劣悪になって社会は維持できずに自分たちも死に絶えて、ついには約2万匹いるという1つの巣が消滅してしまう。まさに公共財ジレンマの典型的な姿がこのように視覚的に示されると、何やら深刻な気分になってくる。 「通常、働きアリは巣ごとに遺伝子が違うのですが、働かないアリは、その存在が見つかったどの巣でも同じ遺伝子を持っているんです。つまり、何らかの理由で他の巣に入り込んでいるということになります」 死に絶える寸前に生き延びた最後の働かないアリは、他の巣にもぐり込んで再び働かない遺伝子を継続させながら巣を食いつぶしていく。ということは……やがてアミメアリは絶滅してしまうのではないか。 「それが、すでに1万年以上、アミメアリは残っている。働きアリも働かないアリも両方残っているということは、危ういバランスでずっと成り立っていることになります。普通のアリの巣は女王アリが飛んできて作られるんですが、アミメアリの巣は1つの巣が2つに分かれて増えていきます。働きアリだけでも巣を増やしていけることが、もしかしたら存続に影響しているのか。これからの研究課題でもあります」 それにもう一つ謎がある。最初は圧倒的多数であるはずの働きアリは、やがて巣を崩壊に追い込む危険な働かないアリが誕生した時に、それらを駆逐することなく、自分たちがより多く働いて彼らを養うことで問題をクリアしようとするのはなぜなのか。 「なぜアミメアリは働かないアリを許容するのか、その理由はまだわかりません。それが解明できれば社会の寛容さの起源が明らかになるかもしれません」 虫好き少年から昆虫博士に 異種を許容する──実はまだ気づかない大きな仕組みがあって、アミメアリの存続のために働かないアリが出現することに何らかの理由があるのかもしれない。まだ解明されない謎は多く、そのために研究者はDNAの解析を試み、日々ひたすら観察を続ける。今は動画があるが、かつては100匹のアリの行動を20分間すべて記録し、それを100回続けるという根気のいる作業が求められたという。 それで何かが必ず得られるという保証があるわけではない。でも一瞬の出来事が、その後の大きな前進の手がかりになることも十分に考えられる。仮説を立てそれが証明された瞬間は、研究者としての醍醐味であり喜びでもあるが、仮説を裏切る意外なことが見つかれば、それもまた新たな道へと導く光となる。 「その研究は何の役に立つのかとよく聞かれます。研究の結果、人間を救う薬ができるというわけではないけれど、何かの役に立つはずだというだけではいけないんだろうと思っています。ここは純粋科学ではなく応用科学の研究室ですから。 アリもヒトもDNAを持っていて、ある種のアリのゲノムを全部読むことができる。こうした分子生物学的な手法は、アリが自然の中でヒトよりも長い時をどう生きてきたのかという知恵を、生物として役立てることができるのではないか。また、分業とか協力とか社会を作るといった人間との共通性がある。人間は考えて意識的に構築し、アリは本能的に構築するという違いはあっても、システムとしてみた場合に、個体がたくさん集まった生物がとる行動の共通性もあるのではないか。人間の問題に対して、こういう解決法があるという例示として使うことができるのではという期待を持っています」 何が起きるのかわからないと言うのはたやすいけれど、何が起きるか先輩生物の行動からある程度予想できるというのは大事なことなのではないかと、土畑の言葉は熱を帯びる。研究者がどんな思いで研究に向かっているのかを伝えたいという思いが、言葉の端々から感じられる。 「普通の研究者の姿って見えないですからね。僕自身、高校生の頃、研究者って何をやっているのかわからなかったし、どうやったら研究者になれるのかもわからなかったから」 土畑は、小学生の頃から、昆虫好き少年と自他ともに認める存在だった。将来何をしたいかと問われると、昆虫の博物館をつくりたいと答えていたという。昆虫に興味を持ったきっかけは、父から『原色日本蝶類図鑑』を買ってもらったこと。きれいだなと思ったのはよく覚えているという。それから、外に出ると蝶を探すようになり、見たものを図鑑と照らし合わせて名前や生息地や特徴を調べるようになった。 「外に出ると何かしら蝶や虫を探している感じ。夏休みの自由研究は昆虫採集が定番でした。蝶から始まってトンボ、カブトムシと広がって、近くの倉敷市立自然史博物館の学芸員さんにはずいぶんお世話になりました」 いつの間にか昆虫のことなら土畑に聞けばいいと言われるほどになり、中学2年の時にはクロカタビロオサムシ、ヨツバコガネ、シロヘリハンミョウ、ベーツヒラタカミキリと希少な4種類もの昆虫を発見して、地元の山陽新聞に掲載された。昆虫少年は、昆虫博士と呼ばれるようになり、暇さえあれば昆虫を探していたというのに楽々と東京大学理科U類に現役で合格。本物の昆虫博士の道をまっしぐらかと思ったら、一度寄り道をしたのだそうだ。 「3年次で、文系と理系から半々の学生が集まっている科学史・科学哲学科を選択したんですが、しばらくして、来るところを間違えたって気づきました。オリエンテーションでギリシャ語で挨拶する人がいたり、ラテン語を習うとか、これはかなわんと思いました。大学院の修士課程で再び昆虫に戻りました」 ところでアリを研究の対象に選んだのには何か理由があったのだろうか。 「昆虫に戻って最初の1年くらいは、研究対象を決めずに論文だけを読んでいたんですが、学会に出席したときに琉球大学の辻教授と出会って、アリの面白いテーマがあるけどやってみないかと声をかけてもらったんです。小学校の時から自由研究でいろいろな昆虫をテーマにしたけど、アリはやったことがなかった。小さいから標本にするのが大変そうだったし。でも、ここでアリに出会ったんならアリをやってみようと思ったんです」
働かないアリの存在が確認されている三重県紀北町には、5月から8月の調査シーズン中、少なくとも月に2回はサンプルの採集に行く。いかにも昆虫類が多く存在しそうな大学向かいの吉田神社や吉田山も、フィールドワークの現場である。 リュックを背負って外に出ると、まるで写真撮影だということを忘れたかのように、真剣なまなざしで地面を見つめている。その様子は、研究室の中でDNA解析や論文の作成をしている姿からは想像できない、少年のように無邪気な好奇心にあふれていた。 どばた しげと?1982年、岡山県生まれ。2010年、東京大学大学院博士課程修了・博士号取得。日本学術振興会特別研究員等を経て、14年より京都大学大学院農学研究科助教。専攻は昆虫生態学。 中庭愉生=写真
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