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三谷流構造的やわらか発想法
【第151講】 2016年11月10日 三谷宏治 [K.I.T.虎ノ門大学院主任教授]
異端の「スノーボール・アース」仮説はどう常識と闘ったのか
科学書に学ぶ生き残り戦略(2)
平均気温マイナス40℃。全球凍結の世界
生命の多くが単細胞生物だった7億年前、地球は凍りつきました。赤道までが凍りつく大氷河期が、数十万年以上もの間、続いたのです。
地表の気温は平均でマイナス50℃。アイスクリームをそのまま放置でき、バナナで釘が打てる温度です。大陸のみならず、海洋も厚さ1000メートルの氷に覆われました。その下の海水は漆黒の闇となり、食物連鎖を支える植物性プランクトンが消え、ほとんどの生命が地球から消え去りました。文字通り、スノーボール(雪玉)となった地球は、風の音だけが鳴る極寒の大氷原でした。
Photo by たけまる
さて今回は、先回の『大絶滅』に続いて科学書からもう1冊、『スノーボール・アース』を取り上げます。
NHKの特集番組『地球大進化(*1)』でも取り上げられましたが、スノーボール・アースとは、この地球が22億年前に1回と7億年前頃に2回の計(少なくとも)3回(*2)、全面的に凍結した(つまり、全てを雪と氷で覆われた、雪玉=スノーボールになってしまった)というものです。
一般的に氷河期は、地球と太陽との距離の変化(10万年周期で変わる)や、地軸の傾きの変化(2万年周期)、太陽活動自体の変化(数百年周期(*3))などが組み合わさって、起こります。複雑ながら推測可能なものであり、周期的な現象(*4)です。
しかし、スノーボール・アース(全球凍結)は、われわれが知る通常の氷河期とは成因がまったく異なる、非常に稀で極端な現象なのです。
複雑ながら推測可能なものであり、大きな寒冷化はもう2万年くらいは来そうにありません。われわれが引き起こしている急激な温暖化を、冷やしてくれはしないのです。
全球凍結など起きたはずがない! なぜなら……
『スノーボール・アース』には全球凍結額説が意味するところから、その画期的な「仮説(アイデアのひとつ)」がどう生まれ、叩かれ、反撃し、磨かれ、「学説(定説のひとつ)」に昇格して来たかの科学闘争史が詳述されています。この本の面白さはそこにあります。
その主人公はハーバード大学の戦士、ポール・ホフマン博士でした。
斬新で本質的な(でもほとんど「トンデモ」系の)仮説が、常識の徹底的な抵抗に遭い、それを乗り越えていく闘いは、痛快ですがイバラの道です。そこには、ホフマン博士の強烈な個性とパワーが必須でした。
*1 2004年4月〜11月に放送された。全6回。『第2回 全球凍結 大型生物の誕生の謎』で全球凍結を扱った。
*2 番組と本の中では2回。最近の研究では3回とされている。
*3 太陽光は1億年に1%の率で強くなってきている。
*4 大きな寒冷化はもう2万年くらいは来ない。われわれが引き起こしている急激な温暖化を、冷やしてくれはしない。
そもそも、地球が全面的に長期、凍結してしまったことがある、という「全球凍結説」は、それまでの常識ではありえないものでした。理由は簡単です。
・理由(1)脱出不能:もし全球凍結が起こると、太陽からの光と熱をほとんど反射(80%)し、ますます気温が下がってしまう(アルベド効果)。すると永遠に雪玉のままのはずだが、今そうではないから、過去そんなことが起こってはいない。(ブディゴの反証)
・理由(2)生命絶滅:もし全球凍結が起こると、気温がマイナス100℃にもなり海面もすべて数十メートルの氷で覆われ海中は暗黒となる。生命は(植物プランクトンであっても)そんな中を長期生き残れなない。すると生命は全滅しているはずだが、今そうではないから、過去そんなことが起こったはずがない。
私も子どもの頃、「もし大氷河期が来たら」みたいな科学Q&Aで、こんな話を聞いて「なるほどな〜」と思った覚えがあります。
しかしこれらは、今考えれば「現在の状態」と「常識的論理」に縛られた思い込みに過ぎませんでした。
全球凍結からの脱出シナリオ
今の地球の平均気温は15℃。太陽からの熱流入より地上からの放射の方がずっと多いのですが、CO2(二酸化炭素)や水蒸気などの温室効果ガスがその放射の一部を閉じ込めてくれていて(*5)、バランスを保っています。
現在、大気中のCO2濃度は急上昇中で400ppm程度。ではもしそれが、約400倍の15%に上がったら? 超温室効果による熱暴走が起こります。
それが現実となっているのが地球の兄弟星、金星です。地球より3割弱、太陽に近いだけなのに、地表の平均気温は477℃と超高温になってしまっています。その原因は、その分厚い大気のほとんどがCO2で(*6)あること。雲の隙間から入り込んだ太陽からの熱は、CO2に閉じ込められ、金星を灼熱地獄に変えました。
全球凍結を救ったのも、CO2でした。
地球には多くの火山があり、そこから大量のCO2などの温室効果ガスが供給し続けられました。海が凍っていなければ、海水に吸収されてしまうはずでしたが、凍った海はそれを拒みます。
温室効果は徐々に高まり、ついに氷雪を溶かしました。それがアルベド効果を下げ、太陽熱の流入量を増やし、気温を上げる……。平均気温マイナス50℃から50℃への「プラス100℃の熱暴走」が、始まりました。
*5 二酸化炭素などは太陽光(可視光線)は吸収せず透過するが、地上からの放射光(赤外線)は吸収し熱に変える。
*6 残りは窒素と二酸化硫黄と水蒸気など。雲のためにアルベルト効果は非常に高い(67%、地球は37%)。
生命絶滅の回避シナリオ
生命を絶滅から守ったのも、火山のようなホットスポットでした。
寒さと凍結のためにほとんどの生き物が死にましたが、単細胞生物の種を維持するためには、ほんの少しの場所で良かったのです。
ホフマン博士らが助けを求めた、生物学者のダグ・アーウィンは分析の結果、こう結論しました。
・当時の全生命種を維持するには、1000ヵ所ほどのオアシス(火山などによる温暖地)があり、各々に1000ほどの個体(単細胞)がいれば十分
・必要な個々のオアシスの大きさは、ディナー皿程度
これなら行けそうです。
ただ、生き残った生物たちを待っていたのは、平均気温50℃の灼熱地獄でした。そこは同時に超巨大台風の巣でもありました。その強風は海洋をかき混ぜ、氷の下で蓄えられた多くのミネラルを海中に放ちました。
・高温、ミネラルいっぱい、高濃度CO2
これは植物たちにとっての天国でした。植物が陸海ともに栄え、大量のO2(酸素)を大気に放ちました。全球凍結後の7億年前から地球の酸素濃度は急激に上昇し、それが大気圏外に浸み出て4.5億年前にはオゾン層を形成し、紫外線を遮断する生命保護バリアとなりました。
O2は生物のエネルギー源、そして体を支えるコラーゲンとなり、その後のカンブリア爆発につながりました。
そう、全球凍結がなければ、CO2の極端な大気濃度(*7)はなく、その後のO2大量供給、カンブリア爆発もなかったということなのです。
最大の敵は「現状から離れた極端な仮説は意味がない」という思い込み
この「全球凍結説」は、ウェーゲナーによる「大陸移動説」(第49講「われが神だ〜仮説的推論によるジャンプ」参照)以来の大転換とも言われています。
それはただ、従来の常識を1個2個覆したからではありません。従来の「信念」を打ち崩したからです。
*7 地球上のCO2のほとんどは海中もしくは地中にある。大気中には全体の数%があるのみ。
全球凍結説を唱えるホフマン博士らの最大の敵は実は、科学界に根強い「斉一(せいいつ)説」にありました。
・地球は緩やかに変化するものであり、現在の地球から極端に離れた仮定は非現実的である
とするものです。地球は(今のところ)1個しかないので、比較観察も対照実験もできません。だからどんな現象にせよ「特別なコト」で済ませたら議論になりません。その現象は、いつでもどこでも起こりえることとして、その理由を考えるのが妥当だ、というのが「斉一説」です。
遠く離れた別の大陸で同じ(泳げない・飛べない)生命種の化石が見つかったら、「どうやって渡ったんだろう」と考えるのがふつう(斉一説的考え方)です。動くはずのない大陸を動かすのは反則なのです。でもウェーゲナーはそれを採り、証明すべく闘いました。
氷山がないとできない石(迷子岩)が赤道直下で多く見つかったら、「どうやって氷山が赤道まで流れ着いたのだろう」「本当は赤道上じゃなかったのか」「迷子岩にべつのできかたがあるのでは」と考えるのがふつうです。全部凍ってしまったはずのない地球を凍らせるのは反則なのです。でもホフマン博士らはそれを採り、証明すべく闘いました。
思い込みを打ち破れるのは「思い入れ」と「フィールドワーク」
ウェーゲナーは存命中、その闘いに勝つことはできませんでした(*8)が、幸いなことにホフマン博士らは勝利を収めそうです。
地球の歴史はまったく平坦でも緩やかでもありませんでした。多くの天体と衝突を繰り返し、全球凍結や巨大噴火を何度も起こす激しいものだった。そんな新しい常識が生まれようとしています。
その闘いを支えた彼のパーソナリティは、多くの科学者が「触らぬ神に祟りなし」「全球凍結説には触れないでおこう」と感じるほどの苛烈で好戦的なものでした。しかし同時に、反論に対して彼は徹底的にフィールドワーク(現地現物)を繰り返すことで立ち向かいました。
もちろん彼のその行動も「自説が正しい」とする思い入れゆえのものでしょう。でもそれでいいのです。ジャッジは他の人たちが下してくれるでしょう。ビジネスであれば顧客が、科学であれば多くの中立的科学者たちが。
常識に立ち向かうプレイヤーには、自説への強烈な思い入れとフィールドワーク(=フットワーク)による試行錯誤があれば十分です。
*8 ウェーゲナーは大陸移動の原動力や仕組みを説明できず、志半ば、グリーンランド調査中に遭難死した。
参考資料
・『スノーボール・アース』ガブリエル・ウォーカー(早川書房)
・『酸素のはなし』三村芳和(中公新書)
・「ココが知りたい地球温暖化」地球環境研究センター
・『地球の始まりからダイジェスト』西本昌司(合同出版)
お知らせ
10・11月は研修の多い月。学びの秋ということでしょうか。11月はこれから、
・11/10 豊田市立小原中部小学校123年・456年「科学教室ルークの冒険」
・11/12 世田谷区立池之上小学校 単P研修「生きる力」
・11/16 ジャクエツ大阪講演会@インテックス「発想力の鍛え方」
・11/17 海上自衛隊幹部学校 幹部高級課程「トレードオフかイノベーションか」
・11/20 神奈川県立多摩高校 PTA講演「生きる力」
・11/21 日赤看護大学 認定看護管理者SL研修「発想力」
・11/24 豊田市立前林中学校 全校生徒「決める力」、同 福祉センター「生きる力」、同 元城小学校 教職員「決める力」
と続きます。対象は小学1年生から高校3年生、PTAや教職員、看護師さんや自衛官とさまざま。テーマは一緒ですけどね(笑)。がんばるぞー。
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