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[この一冊]地球を「売り物」にする人たち マッケンジー・ファンク著 気候変動ビジネスの最前線と警鐘
気候変動はビジネスチャンスだ、そう考える人たちがいる。地球が温暖化すると凍土が融(と)け、従来地中に閉じ込められていた鉱物資源や化石燃料が取り出しやすくなる。それに氷が融けて北西航路(カナダ北極諸島の間を抜けて太平洋と大西洋を結ぶ航路)が常時航行可能となれば、物資の輸送も格段と楽になり、ビジネスチャンスが広がる。アメリカ、ロシア、カナダなどが受ける恩恵は大きく、経済が活性化するというわけだ。グリーンランドなどは、これまで手が付けられなかった石油、鉱物資源、漁業資源等が手に入るようになり、そのおかげでデンマークからの独立の見込みさえ出てくるという。
本書の著者は、このような楽観論を支える一つの柱が自由市場主義だとみる。水を例に考えてみよう。気候変動がもたらす旱魃(かんばつ)と洪水によって、利用できる水の量が減る。問題は水の需給バランスの地理的不一致がはなはだしくなることだ。だが、水の取引を市場に任せれば問題は解決する、そう考える市場原理主義者がいるのだ。一連の水ビジネスをハイドロコマースと呼ぶのだそうだが、やがては「水のナスダック」が登場する気配さえある。
楽観論のもう一つの柱がテクノフィクス(ハイテクによる問題解決)と著者は言う。気候変動によって洪水が起き、海面が上昇しても、浮島や浮遊式の町を造れば適応可能だ。高潮防潮堤も洪水対策に有効である。海面上昇のペースが世界平均よりも早いニューヨークなどは大助かりで、技術の売り込み合戦も始まっている。
もちろん著者はこのような考え方を肯定しているわけではない。新たな化石燃料の採掘はエネルギー使用を増加させる恐れがある。テクノフィクスで海水を淡水化するにしても人工的に雪を降らせるにしても大量のエネルギーを必要とする。気候変動を加速化させてしまうかもしれないのだ。
もっと深刻な問題がある。こうしたビジネスが盛んになっても、その恩恵を受けるのは資金と技術を持つ豊かな国だけということだ。温暖化によって北極圏域の資源の恵みにあずかれる国はわずかである。
他方バングラデシュのような国は、水の塩性化、サイクロン、洪水などによって大打撃を受ける。貧しい国は経済的にも環境的にも損害を受けかねない。「しわ寄せは弱者へ」というわけだ。気候変動を抑止する努力を忘れてビジネスに走る現代経済へ、本書は鋭い警告を発している。
原題=WINDFALL
(柴田裕之訳、ダイヤモンド社・2000円)
▼著者は米国生まれ。米スワスモア大で学ぶ。ジャーナリストとして「ハーパース」「ナショナル・ジオグラフィック」誌などに寄稿。
《評》慶応大学教授 細田 衛士
[日経新聞5月8日朝刊P.19]
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