「目覚めよサプライチェーン」 水資源に困る時代到来、そして日本にチャンスが2016年3月23日(水)坂口 孝則 映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は傑作だった。この映画は、サブプライム・バブル崩壊を予想した男たちが、いかに空売りを仕掛け、苦悩し、そして売り抜けて大儲けしたかを描いたものだ。 米国ではサブプライム・バブル崩壊の前まで、住宅市場に湧いていた。そこでは低年収の人たちでも、たやすく住宅ローンが組め、かつ住宅価格が上昇していたから売却して利ざやまで稼げた。金融屋は、それらリスク債権を複合的に組み合わせることで、リスクをヘッジし(ているように思い込み)、住宅バブルを拡大していった。 希代の変態はサブプライム・バブル崩壊のあと、水に投資する そんな中、同映画に出てくる主人公たちは、住宅ローン返済の焦げ付きが目立ってきたことや、街のストリッパーが5軒の家を持ちうる異常さに気づき、巨額の空売りという大勝負に出る。 この映画は、金融商品のディテールや市場崩壊のメカニズムにまで踏み込んでコミカルに描く面白さがある。米国はサブプライム・バブル崩壊までもエンターテインメントにしてしまうのだ。ただ、それ以上に面白いのは、主人公1人ひとりのキャラクターだ。 特に、常にヘビーメタルとハードロックを聴き続けながら、部屋に閉じこもって投資を続けるマイケル・バーリが印象的だ。ヘッジファンドのマネージャーである義眼の彼は、医師でブロガーだった。人とのふれあいを嫌い、流布する言説ではなく、自らが集めた情報によって市場を読む。大量の情報を集め、そこから市場の歪みを見つけていく。今回、映画の主題となったサブプライム・バブル崩壊をいち早く見つけた彼が、いかにしてウォール街を手玉に取っていくかは映画を見ていただきたい。 しかし、映画が終了して、驚いたのは彼の次なる投資対象だ。映画は、主人公たちのその後を字幕で伝えるが、鬼才マイケル・バーリは「水」を投資対象としているという。 水――だ。 水はビジネスとなり拡大していく 書籍『地球を「売り物」にする人たち』(ダイヤモンド社)は、やや陰謀論的なきらいがあるものの、地球温暖化をビジネスに利用する動向を紹介していて面白い。氷が溶けるのは、その下の原油利権を狙う人たちにとっては好機ですらある。また保険屋はそこに商機を見出し、雪製造機メーカーは莫大な利益を稼ぎながら販売先を拡大している。 その中でもページをかなり割いて書かれているのは、水ビジネスの実態についてだ。二酸化炭素の排出と、地球温暖化がどれだけ関係性をもっているか。専門家ではない私は断言を避ける。ただ、気温と水温の上昇は、海からの蒸発を増やすのは間違いない。気温の上昇ゆえに湿気が凝結できず、そして水の需要は増える。 「気候変動関連投資家にとって、水は明白な投資対象だった。二酸化炭素の排出は目に見えない。気温は抽象概念でしかない。だが、氷が溶け、貯水池が空になり、波が押し寄せ、豪雨が降り注ぐというのは、具体的ではっきりとらえられる」(同書157ページ)。また、世界の人口は増え続けるのに、水の供給が細っていくことは、需給のギャップを生み出す。これまた明言は避けるものの、今後40年程度で、世界人口の50%が水に困るといわれている。 なるほど、ヘッジファンドのマネージャーであるマイケル・バーリが注目しただけはあるようだ。「世界の水の消費量は1日1人当たり50リットルから100リットルです。ですから不足人口を考えて、それを25億倍してみてください! それだけ必要になるのです。潜在的市場は、と聞くのなら、それがその潜在的市場」(同書119ページ)なのだから。 水資源の豊かな日本にいると、この水ビジネスの隆興について、あまり実感を持てないかもしれない。水があまりに安全に、そして大量にある私たちにとって、その貴重さすら再認識することはない。 しかし、例えば2008年に公開された映画『007 慰めの報酬』であってすら、ジェームス・ボンドが対決する組織は原油ではなく水を利権として世界を制覇しようとしていた。 サプライチェーンの水使用量に注目せざるをえない時代 企業はいち早く、この水に注目したビジネスを本格化している。カタールでは、三菱商事が海水淡水化の大型設備を導入し、電力と水を共につくるプラント事業を開始した。 その一方、企業活動のプロセスにおいて、限られた資源である水を、これからいかに抑えるかが注目されるようになってきた。それは自国内製造分にとどまらない。というのも、日本の工場だけで使用水量が少ないといっても、海外サプライヤーの使用量が多かったら意味がないからだ。 特に水資源の乏しい国で大量の水を使っていれば、ほかへの影響が避けられない。生産プロセスが大幅に変わらなければ、どこのサプライヤーから調達しても同じと思うかもしれない。ただ例えば、水資源の乏しい国から調達するよりも、豊かな国から調達したほうが、サプライヤーが同じ量の水を使用していたとしてもまだマシだ。もちろん、調達地を変更すると同時に節水に努めればいい。サプライチェーン上の節水に、積極的に取り組めば、企業イメージが向上する。 数年前のレポートではあるものの、「ピークウォーター:日本企業のサプライチェーンに潜むリスク」(2012年、KPMGあずさサスティナビリティ)というきわめて面白い報告書がある。同報告書では、日経225銘柄の企業が、どれほど水を使用しているかを調査している。興味深いのは、自社使用だけではなく、サプライヤーの使用量までも推計している点だ。 それによると、日経225銘柄企業の水の使用量は190億立方メートルだが、サプライヤーのそれは600億立方メートルに至るという。つまり水使用量の76%は、サプライヤーが使用していることになる。ということは、前述のとおり自社管理だけではほとんど効果はなく、サプライヤへーの節水教育がこれから必要になっていく。 特に工業製品のセグメントでいえば、サプライヤーの使用量が9割を占めているから、この量を削減することなしには進まない。 各社の取り組み 例えばコカ・コーラは新興国への展開に積極的であると知られている。同社はやはり水に対する取り組みも先鋭的だった。いち早くNGO(非政府組織)と連携しサプライチェーン全体の水使用量削減に努めている。ネスレやペプシコなどの食品関連メーカーも同種の取り組みを行っている。 日本メーカーも、ソニーが主要取引先と節水目標をもち、必要に応じて節水支援を行っていく(日経新聞朝刊2016年1月13日付)。排水や雨水の利用を推進することで、自社工場では使用量が6割も減った実績がある。 その他、キリンは茶葉生産サプライヤーに水質管理認証資格を取得させることで、適切利用を促す。横浜ゴムも海外サプライヤーに節水指南を行い、調査結果をサプライヤー選定に活用する。 もともと日本は節水うんぬん以前の話として、漏水率がきわめて低い。先進国の中でもトップクラスで東京都ではわずか3%しかない。料金徴収率も99.9%となっており、日本の産業と生活を支えている。この技術は輸出できるはずで、日本が世界に貢献できる余地はまだまだある。 悪の商人たちは、地球温暖化に乗じてビジネスを拡大していくかもしれない。しかし、日本は限られた資源をうまく、そして効率的に使う、という手法自体を輸出していく。実際に東京都水道局はミャンマーにたいして水道のノウハウを伝授している。 水資源の減少に呻吟する世界で、実は日本の活路はこんなところにあるのかもしれない。 このコラムについて 目覚めよサプライチェーン 自動車業界では、トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車。電機メーカーでは、ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、三菱電機、日立製作所。これら企業が「The 日系企業」であり、「The ものづくり」の代表だった。それが、現在では、アップルやサムスン、フォックスコンなどが、ネオ製造業として台頭している。また、P&G、ウォルマート、ジョンソン・アンド・ジョンソンが製造業以上にすぐれたサプライチェーンを構築したり、IBM、ヒューレット・パッカードがBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を開始したりと、これまでのパラダイムを外れた事象が次々と出てきている。海外での先端の、「ものづくり」、「サプライチェーン」、そして製造業の将来はどう報じられているのか。本コラムでは、海外のニュースを紹介する。そして、著者が主領域とする調達・購買・サプライチェーン領域の知識も織り込みながら、日本メーカーへのヒントをお渡しする。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258308/032100022/?ST=print
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