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[画像]2014年4月に行われた会見での小保方晴子氏。「STAP細胞はあります」などと語った
小保方晴子氏が手記出版 混濁する真相「STAPあります」は撤回せず
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2016.01.30 15:00 THE PAGE
1月28日、いわゆるSTAP細胞問題で話題になった小保方晴子・元理化学研究所ユニットリーダーの手記『あの日』(講談社)が出版されました。筆者は同日の午前中、近くの大型書店に電話をかけて予約し、入荷されたらすぐに電話で知らせてもらうよう手配しました。2時頃に書店から電話があったので店に行き、取り置いてもらっていた本を受け取りました。書店には特設コーナーができていて、テレビ局が同書を立ち読みしていた女性を撮影しようとしていたのですが、女性は嫌がっていました。
手記は、印刷用語でいう「四六版上製」で253頁。真っ白の装丁で『あの日』という題名はグレー、「小保方晴子」という著者名は黒。どことなく、いわゆる神戸事件の「元少年A」の手記『絶歌』(太田出版)を思い出させるデザインです。副題はないのですが、帯に「真実を歪めたのは誰だ?」とあります。いうまでもありませんが、「真実」と「事実」は異なります。あくまでも小保方氏から見た「真実」がこの本に書かれているということです。
■手記に書かれていること
手記は、自分の責任で世間を騒がしてしまったことへのおわびと、お世話になった人々への感謝が書かれている「はじめに」からから始まります。そして自分が研究者を夢見て実際に研究者になったこと、後にSTAP細胞と呼ばれる「スフェア細胞」や「アニマル カルス」の研究に取り組んだこと、その過程で若山照彦・現山梨大学教授や、騒動の過程で自殺してしまった笹井芳樹 ・理研グループリーダーといったビッグネームと共同研究するようになったこと、しかしその過程で研究の主導権が小保方氏の希望に反して若山氏にどんどんと移っていったこと、そしてSTAP細胞の作成を『ネイチャー』で報告したこと、などが時系列で綴られています。
研究不正疑惑が持ち上がってからは若山氏に裏切られ、理研からも十分には守ってもらえず、マスコミからは叩かれ続け、極度に不安な日々を送り、体調を壊し続けたこと、理研による「STAP現象の検証」、いわゆる再現実験に参加したものの、体調不良などから十分な結果を出せなかったこと、理研による研究不正の調査によって、STAP細胞とされたものはES細胞であったという、いわゆるES細胞混入説も「仕組まれた」ということ、そして自分の「研究者の道は幕を閉じた」こと、などが切々と書かれています。
自伝的な文章と、ポピュラーサイエンス書のような科学的な記述、そして心情の吐露しが入り混ざっています。とくに後半は、体調の悪さや反省、後悔、悲しみ、絶望といった感情を切実に訴える文章が多くなります。突然、きわめて文学的な、あるいは詩的な表現が現れることもあります。「笹井先生がお隠れになった。8月5日の朝だった。金星が消えた。私は業火に焼かれる無機物になった」(220頁)。
■「STAP細胞はあります」は撤回されていない
読者のなかには、専門的な科学的事実にはあまり興味がなく、飛ばして読む人もいるでしょう。そしてそのように読み、小保方氏の言葉を文字通り信じてしまえば、彼女は若山氏に裏切られ、はめられたのであり、一連の騒動の責任も若山氏にある、というストーリーが浮かび上がります。たとえば、「理研に保存されているはずの凍結細胞サンプルが山梨で解析されたという報道から、私はこの時、初めて若山先生が冷凍庫内の私の名前が書いてあるサンプルボックスから、凍結保存されていた細胞サンプルを抜き取って山梨に持って行ったことを知った」(154頁)。「はじめに」に若山氏への感謝はありません。
しかし−−STAP細胞問題を知るために、この本だけを読み、小保方氏の言い分だけを信じることは危険です。 賢明ではありません。
この本に書かれている「騒動の真相」には、筆者には検証不可能なことも数多くあります。しかしながら筆者が理解できる範囲でも、気になる点が数多くあります。
たとえば小保方氏は、2014年4月9日の会見で、自分はSTAP細胞を200回つくった、と発言しました。そのことに対して、それはOct4という遺伝子の発現を示す発光現象を見ただけであって、多能性を確認するテラトーマ実験やキメラマウス作成に成功したわけではない、という批判が相次ぎました。このことについて小保方氏は「Oct4陽性の細胞隗を作成したところまで」をSTAP細胞ができたことの根拠であるという、当時のコメントを繰り返しています。ようするに「STAP」の定義が異なるということです。小保方氏は会見で有名になった「STAP細胞はあります」という言葉を撤回していないのです。
しかし、「STAP細胞」という言葉は、日本語では「刺激惹起性多能性獲得細胞」というように、その定義には「多能性獲得」が含まれており、いくらOct4が多能性を示すマーカーだとしても、テラトーマやキメラで実際に多能性を確認するまでは「多能性獲得細胞」とはいえないでしょう。
100歩譲って「STAP」の定義を小保方氏のものに限定したとしても、2014年12月19日付でに結果がまとめられた公表された、理研による「STAP現象の検証」(いわゆる再現実験)では、Oct4の発現を示す発光現象を、細胞が死ぬときに見られる「自家蛍光」と区別して確認することはできなかったとされました。責任者であり共著者でもある丹羽仁史氏の実験でも、そして小保方氏自身の実験でも、です。
また2015年11月には、世界各国の研究室7カ所が同様の再現実験を試みたところ、自家蛍光以外は見られなかったことを確認し、『ネイチャー』の「BREIEF COMMUNICATIONS ARISING」というコーナーで発表しています(Nature 525(7570):E6-9, 2015)。
■「研究不正」について述べられていないこと
以上は「再現性の有無」についてのことですが、「研究不正の有無」はまったく別の話です。
理化学研究所は2014年3月に2カ所、同年12月に2点、合計4カ所の研究不正を認定しました。小保方氏は前者2点については本書で言い訳めいたことを書いていますが、後者2点については何も述べていません。
またその後者、2014年12月25日にまとめられた「研究論文に関する調査報告」では、複数の図表について、委員たちが疑問を抱き、小保方氏に図表のもとになった「オリジナルデータ(生データ)」を提出するよう求めたが、小保方氏は提出しなかった、とあります。普通に考えると、オリジナルデータを示すことができないならば、その図表はでっちあげられたもの、すなわち「捏造」だと判断せざるを得ません。
しかし委員会は「不適切な操作が行なわれたかどうかの確認」はできなかったため、「研究不正とは認められない」と判断してしまっています。小保方氏は、研究不正とみなされなかったためか、一般読者はほとんど知らないためか、この件には何も触れていません(『ネイチャー』に求められて「生データ」すべてを同誌に提出したという記述はあります(150頁))。
また、2014年6月、理研の研究者である遠藤高帆氏や若山氏らの調査結果で、STAP細胞とされたものがES細胞である可能性が高いことがわかってきたことについて、小保方氏は「連携して行なわれた発表でないにもかかわらず、私がES細胞を混入させたというストーリーに収束するように感じた」と書いています(202頁)。
2014年12月のにまとめられた「研究論文に関する調査報告」でも同様の結果が出たのですが、ES細胞の混入が意図的なのか非意図的(過失)なのか、意図的だとしたら誰が混入したのか、そしてその理由については、結論に至っていません(なおこの結果は後に、やはり『ネイチャー』の「BRIEF COMMUNICATIONS ARISING」で科学コミュニティに対して公表されています(Nature 525(7570):E4-5, 2015))。遠藤氏も若山氏も、小保方氏がES細胞を意図的に混入したとは述べていないはずです。
■若山氏にとって「立場が悪くなる」記述
しかし、小保方氏の認識が正確ではなくでも同情の余地はあります。この手記によれば、マスコミによる強引な取材や取材依頼、一般人からの嫌がらせなどはきわめて多く、小保方氏はそのストレスのために体調を崩し続け、自殺を考えることもあったようです。被害者意識が必要以上に強くなってもおかしくはないでしょう。
小保方氏は何人かの記者を名指しで批判しています。とくに毎日新聞の須田桃子記者については「取材攻勢は殺意すら感じさせるものがあった。脅迫のようなメールが「取材」名目でやって来る」とまで述べています(183頁)。須田記者は、近い職業である筆者から見ると、取材熱心でな優秀な新聞記者のように思えますが、取材されるほうは異なる印象を持つこともありうるでしょう。しかし須田記者の著書『捏造の科学者』(文藝春秋)を読めばすぐにわかることですが、須田記者が追究していたのは、小保方氏その人というよりは理研の運営体制の問題です。また小保方氏に同情の余地はありますが、論文の著者としての責任もあるはずです。
そしてSTAP細胞問題は科学の問題です。科学者として発言したいことがあるのならば、一般読者に、しかも有料の書籍で述べるのではなく、科学コミュニティに向けて発言すべきではないでしょうか……と、筆者は言いたいところなのですが、小保方氏は心身ともによくない状態が続いているといいます。ならば、体調の回復と社会復帰を優先すべきかもしれません。それこそ、手記などを書くことなどもよりも。
一方で、理研はこの手記の出版について、コメントする立場にはない、と述べています。しかし、小保方氏と若山氏がともに理研に所属していたときの出来事が書かれているのですから、その判断は理解に苦しみます。
また、このままでは若山氏の立場がきわめて悪いことも確かです。
理研がこの研究不正に対して初動でより適切な態度で対処していれば、事態の収束はもっと早く、真相もいまよりはクリアになっていたかもしれません。この手記は、真相をより混濁させています。しかしが、その責任は理研を含む科学コミュニティにもあります。
■粥川準二(かゆかわじゅんじ) 編集者を経てフリーランスのサイエンスライター・翻訳者に。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、明治学院大学など非常勤講師。博士(社会学)
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