人工知能は私たちを滅ぼすのか 【第1回】 2016年3月17日 児玉 哲彦 人間を超える「アルファ碁」の衝撃人工知能は少なくとも日本経済を滅ぼす 人工知能は今、私たちの予想をはるかに超えるスピードで進化しています。人工知能はいずれ人間を超え、映画の『ターミネーター』のように私たちを滅ぼそうとするのではないか――。そのような不安がもはや絵空事ではなくなってきています。では、そもそも人工知能とは一体何なのか? どこから来て、この先、私たちの仕事や暮らしをどう変えるのか? それを読み解くために、コンピューターの100年の歴史を紐解く旅に出ましょう。コンピューターは勝手に進化してきたわけではありません。その背景には、開発者たちの信念、アイデアをもとにした設計思想(アーキテクチャー)が隠されており、その歴史を知ることで初めて、現在と未来の人工知能について理解することができるのです。この連載は新刊『人工知能は私たちを滅ぼすのか――計算機が神になる100年の物語』から、一部を抜粋してご紹介します。人工知能が囲碁で人間を負かした日 ?読者のみなさんの中には、囲碁を嗜む方もいらっしゃると思います。囲碁は、将棋やチェスと比べてもとても難しいゲームで、戦略的な思考を鍛えられるとの理由から経営者や政治家にも愛好家が多くいます。 ?つい先日、ある意外な組織が、囲碁についての革新的な成果を発表しました。囲碁を指せる人工知能プログラムが、世界チャンピオンで史上最強と謳われるイ・セドル棋士と対戦し、5戦を予定していたところ初めから3連勝で、チャンピオンに圧勝したのです。 ?この発表をしたのはDeepMind。2014年にGoogleが買収した人工知能の研究開発を行うベンチャーでした。買収金額は500億円に上ると推測されています。 ?このニュースは、人工知能の研究開発コミュニティに大きな衝撃を与えました。チェスにおいては、人工知能はすでに世界チャンピオンを含む人間を大きく凌駕し、将棋においては今まさに人間を超えつつあるところです(そのために、去年ニコニコ動画のドワンゴが主催した電王戦は大きな注目を集めました)。 ?ところが、前述のように囲碁はそれらと比べて圧倒的に選択肢が多い、複雑なゲームです。手の数はチェスの指し手の10の100乗倍あり、なんとこの宇宙にある原子の数よりも多いのです。そのため、人工知能の開発者の間でも、トップの人間を凌駕するにはあと10年はかかるだろうという予想がされていました。 ?この勝利の背景にあったのは、DeepMindの人工知能が用いている、「ディープラーニング」という手法でした。最近の人工知能について語る際には必ず出てくるキーワードなので、耳にしたことのある方も多いと思います。 ?ディープラーニングは、与えられた大量のデータの中から、ゼロイチでは判断できないような大局的なパターンや意味のまとまりを識別することができます。これは、囲碁の達人が盤面の様子から戦局を「読む」行為によく似ています。このディープラーニングを用いることで、DeepMindの人工知能は膨大な選択肢に溺れずに、的確な手を打てるようになりました。 ディープラーニングを中心とした人工知能技術の急速な発達 ?この囲碁の例に限らず、ここ数年人工知能に関連したニュースを目にする機会がとても増えてきました。 ?囲碁のプログラムを開発したDeepMindは、少し前にはテレビゲームを自ら学ぶ人工知能のビデオを公表しています。またDeepMindの親会社であるGoogleは、車の自動運転技術の開発を公表しており、近日中の実用化を公言しています。 ?Googleらが先導する人工知能技術の急速な発達によって、これまでは人間にしかできなかった仕事が人工知能やロボットによって行えるようになってきます。さらに、仕事の内容によっては人間の能力を超えるような場合も出てくるでしょう。 ?例えば株式の取引においては、すでに人工知能が人間よりもはるかに短い時間に売買の判断を下して取引をするようになっています。また自動運転が実用化されれば、人間のドライバーと違って疲れて居眠り運転をしたりするようなこともなくなります。 ?かつて、ソニーの社長だった出井伸之氏は、「インターネットは古い産業を滅ぼす隕石である」と述べました。人工知能が広く実用化されたら、産業や経済におよぼす影響は、インターネットやスマートフォンをも凌駕することは想像に難くありません。 ?さらにその先に、人工知能がまるで神のように賢くなったら、はたして私たちに使われるだけの存在でいるでしょうか。映画の『ターミネーター』のように、私たちを滅ぼそうとしたりするのではないか。そのような不安が、絵空事とは言い切れなくなってきているのです。 計算機が神になる100年の物語 ?人工知能が今後私たちの仕事や暮らしにどのような影響をおよぼすか、どうすればわかるでしょうか。 ?短期的には、日々のニュースなどを通して、Googleのような企業や研究機関などでどのような開発が行われているかを情報収集することはできるでしょう。しかし、より長期的な変化を知るためには、今日起こっていることについて知るだけでは不十分です。 ?人工知能の現状については、さまざまな疑問があると思います。なぜ最近になって人工知能がこんなに実用的になってきたのか??なぜ大学や研究機関でなく、Googleのような営利企業が研究開発をリードしているのか??そもそもGoogleって検索の会社だったのに、なんで人工知能を開発してるんだろう? ?これらを理解するためには、人工知能、そしてその双子のきょうだいであるコンピューターの歴史を紐解く必要があります。その中では、さまざまな開発者たちが、それぞれの信念、アイデアのもとに人工知能やパーソナルコンピューターなどの設計思想(アーキテクチャー)を作っていきます。その歴史を知ることで初めて、現在と未来の人工知能について理解することができます。 児玉哲彦『人工知能は私たちを滅ぼすのか?計算機が神になる100年の物語』(ダイヤモンド社刊) ?このような考えのもと、『人工知能は私たちを滅ぼすのか――計算機が神になる100年の物語』という本を執筆しました。
?本書では、人工知能技術が世の中で広く利用されている2030年の世界を舞台に、大学生をしているマリという普通の女の子が、100年にわたる人工知能の開発の歴史を学んでいくという構成をとっています。 ?本書は二部からなっています。 ?第一部「コンピューターの創世記」においては、コンピューターと人工知能の両方の発案者でありながら、リンゴをかじって自殺するという悲劇の死を遂げたアラン・チューリングの物語に始まり、聖書の創世記になぞらえて禁断の果実がパーソナルコンピューターやスマートフォンとして結実していく様を描きます。 ?第二部「人工知能の黙示録」においては、聖書の黙示録を道しるべに、人工知能という「聖杯」を追い求めたアーサー王と円卓の騎士の物語、その結果2030年に実現している「神の国」、その先に訪れる私たち人類の存亡を分ける「最後の審判」について記しています。 ?この連載では、本書の内容をもとに、100年の物語のダイジェストをお伝えしていきます。 日本経済の危機 ?連載を始めるにあたって、私が本書を執筆する動機となった危機感について書いておきたいと思います。 ?私がこの文章を書いているMacBook Pro、日々使っているスマホ、インターネットやウェブといった基幹部品などのすべては、アメリカ西海岸のIT企業のものです。コンピューターと人工知能の歴史のほとんどで、シリコンバレーを中心としたアメリカの企業や大学などが舞台となっており、日本はほぼ蚊帳の外に置かれています。 ?そうこうしているうちに、半導体、パーソナルコンピューター、携帯電話など、かつては日本のメーカーが強かった製品でほとんどシェアが取れなくなりました。本書の執筆中にかつてそれらの製品で有名だった東芝の粉飾とシャープの経営再建がニュースとなり、日本の情報産業の凋落がますます進んでいます。 ?このままでは、人工知能技術についても、同じことが起こると考えます。そうなった場合に、自動車などのより広い産業が影響を受けます。その時に、日本の経済、産業、科学技術は、世界のトップランナーであり続けられるでしょうか。 ?私には主人公と同じ、2030年に大学を卒業する年の甥がいます。彼らに豊かで将来への希望のある社会を残すために、これまでの失敗を繰り返さないよう歴史に学ぶことが必要だと信じています。 (第2回に続く?3/18公開予定) http://diamond.jp/articles/-/87856 コールセンターもAIに置き換わるのか 2016年3月18日(金)秋場 大輔 AI(人工知能)プログラムが囲碁の世界トップクラス棋士を破った。「10年以上先の出来事」が早くも実現したことで、さまざまな仕事がAIに置き換わる日も遠くないと思う人もいるだろう。顧客の問い合わせなどを受けるコールセンターは、置き換わりやすいと職種との指摘もある。果たしでどうなのか。業界大手、ベルシステム24ホールディングスCIO(最高情報責任者)の松田裕弘執行役員に話を聞いた。 (聞き手は秋場大輔) 松田 裕弘氏(まつだ・やすひろ) 1991年4月、三菱電機入社、2003年8月、日本総合研究所 入社。2006年10月 イーバンク銀行(現・楽天銀行)入社、 システム本部システム企画開発部マネジャーに就任。2012年7月、同社執行役員システム開発本部長兼楽天バンクシステム社長。2014年1月、ベルシステム24執行役CIOテクノロジー本部長、同3月、ベルシステム24ホールディングス執行役員CIO、現在に至る。 囲碁でAIプログラムが世界トップクラス棋士を破るには、10年はかかると言われていたのに、先日、あっさりと勝利を収めました。さまざまな仕事がAIに置き換わる日も遠くはないと思わせる出来事だったと思います。 松田:海外の研究論文に、どういった職種はAIに置き換わりにくいのかというのがあるんですよ。最も置き換わりにくいとされたのがセラピスト。いわゆる顧客の問い合わせ対応のようなコールセンター業務は315位でした。 置き換わりやすいということですか。 松田:顧客対応は幅広いんですよね。例えばカード会社のコンシェルジェサービスのような「カスタマーサービス」も顧客対応の一種で、論文では置き換わりにくいと位置付けられています。しかし、顧客からの問い合わせなどに機械的に応対するのであれば、それはAIに変わりやすいだろうということのようです。 ではコールセンター業界も技術革新の波に対応する必要があると。 松田:AIについては後ほどお話しするとして、コールセンター業界の技術革新はあまり知られていないけれど、かなり進んでいます。 ベルシステム24の創業は1982年。全国26カ所にコンタクトセンターを持ち、保有席数は1万3000超。年率10%のペースで増えています。企業が「お客様相談窓口」を設けていますが、その業務を受託するのが基本です。業界大手であることに加え、草分け的な存在という自負もあり、顧客対応に付加価値を付けようと技術開発を続けています。 例えばどんな技術革新があるのですか。 松田:どこかの企業のお客様相談窓口業務を請け負っていて、その窓口に消費者から問い合わせがあるとするじゃないですか。その問い合わせにうまく対応できる人と、そうでない人がいる。そこで、かかってきた電話を誰に着信させるか、すなわち対応能力の高い人になるべく着信させる技術というのがあります。これは初歩的なものです。 電話の話し手の感情を分析する 最近のトレンドは。 松田:よく使われるのは音声認識とテキストマイニングを組み合わせた技術です。どのようなフローかというと、まずコールセンターの電話がかかってきます。これを音声収集サーバーに集めてテキスト化します。お客様が話した内容の中から、不必要な言葉を排除して、分析レポートを作るというものです。 分析レポートは、例えばある日のクレームの特徴と別の日のクレームの特徴の違いを導き出したりする。そこから自社製品やサービスの改善に役立ててもらうというものです。 話し手の感情を分析するというものもあります。人はまず、話す内容を脳で考えてから話します。話すときには肺から空気を送り出し、声帯を振動させて音を発する。こうしたプロセスはコントロールできず、感情によって変わります。しかも民族、性別、年齢による違いもない。このプロセスから、人がどういう気持ちなのか読み取れるのです。 にわかに信じられません。 松田:話し手が元気なのか、幸せなのか、興奮しているのか、感情的なのか、理性的なのか。全部で15のパラメーターが取得できます。 面白い結果があります。弊社にはオペレーターの教育用にクレームの音声デモがあるんです。話し手は「この前、おたくの商品を買ったのだけれど、不具合があって」などと語り、罵声を浴びせる内容です。ところがデモ用に作った音声なので、話し手は演技をしている。従って、この音声を感情分析すると、「話し手は冷静だ」という答えを出すんですね。 それをコールセンター業務でどう活用するのですか。 松田:電話をかけてきたお客様の感情を分析し、その人の真のニーズを探りだすことができると思います。 コールセンター業務がAIに置き換わるのは2050年? 松田:ただ悩みもあります。こうした技術を活用すれば、マーケティングに使えるようになると思うのですが、「お客様相談窓口で失礼な対応がなければ良い」と考える企業も多いのが実態です。 コールセンター業務をコストセンターと見るか、プロフィットセンターと見るかの違いですね。 松田:こうした技術の導入をためらうのもわかるんですよね。先ほど申し上げた音声認識とテキストマイニングを組み合わせた技術をコールセンターに導入するとなると、数千万円がかかってしまう。1000人単位でオペレーターを置いているようなメガバンクならまだしも、一般的な企業では20〜30人で対応しています。 確かに企業が少人数のコールセンターに相当な金額の設備投資をするかといえば、二の足を踏みますよね。 松田:そこで、こうした技術をクラウドで提供し始めました。音声認識とテキストマイニングを組み合わせて分析レポートを作成するサービスなら、オペレーター席1席につき、月7000円ぐらいで提供しています。すでに10数社にこのサービスを活用していただいています。 話を戻しますが、音声認識とか感情分析などの技術とAIは異なるのですか。 松田:少し違いますね。AIを言語に依存しない自動運転とかビッグデータアナリシスなどに活用するのは見えてきています。しかし言語をAIで対応するのは、一問一答形式ならまだしも、通常の会話となると、なお開発が必要です。これは言語の種類によっても違う。特に日本語は難しいと思います。 では、コールセンター業務がAIに置き換えられるには時間がかかると。 松田:完全に置換できるのは2050年という人もいます。しかし、囲碁で10年以上先と言われていたAIが人間に勝つ日が実現してしまいました。何かのブレークスルーがあれば、2050年を待たずに実現するかもしれませんね。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/031700149/?ST=print
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