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ポピュリズムにどう向き合う
(上) 民主主義の機能不全映す
政治の硬直化に一石
吉田徹 北海道大学教授
「一匹の妖怪が世界を徘徊(はいかい)している。ポピュリズムという名の妖怪が」。マルクスの「共産党宣言」をもじった言葉がメディアで躍る。
英国では2014年の欧州議会選挙で主権回復と移民の権利制限を訴える英国独立党(UKIP)が二大政党の得票率を上回った。フランスでも12年の大統領選以降、ユーロ圏離脱や移民排斥を主張する国民戦線(FN)が保革に次ぐ第三極の地位を固めた。
南欧では、反緊縮と雇用創出を公約に掲げるスペインの左派政党ポデモスや、ギリシャの急進左派連合(SYRIZA)が伸長。オランダやスイス、デンマークなどの小国、ポーランドやハンガリーなどの東欧諸国では、ポピュリズム勢力が与党の座を占めたり、閣外協力を通じたりして、政策に影響を及ぼしている。
米大統領選予備選での「トランプ旋風」も加わり、先進国はポピュリズムの時代を迎えている。
ポピュリズムは、日本では「衆愚政治」と同義にされ、最近では「反知性主義」とも関連付けられる。しかし本来は民主政に対する主権者の深い疑念と落胆を原動力とした政治現象だ。以下では、本質、スタイル、戦略にまたがるポピュリズムの特徴と、それを生み出す要因を3つ挙げ、代表民主政に持つ含意を探る。
ラテン語「ポプルス(人々)」の派生語であるポピュリズムは、社会のエリート・既得権益層に虐げられるとされるサイレントマジョリティー(声なき多数派)を代表することを本質とする。ただ、ここでいう「人々」は庶民や労働者、年金生活者、ワーキングプアなど、可変的な存在であり、既存の支持構造が組み替えられることでニッチ(隙間)市場が開拓される。
エリート・既得権益層と名指しされるのも、政治家・官僚、資本家あるいは労働組合など文脈に依存する。ポピュリズムは何よりも、政治が一部の人間に寡占され民意がねじ曲げられていることへの異議申し立てであって、人々を束ねるイデオロギーではなく、彼らの不満を表現する否定の政治だからだ。
例えば、西欧の極右ポピュリスト政党は1990年代まで、既得権益の打破を訴えて市場機能を重くみる「新自由主義」の旗を掲げていた。だが既成政党が新自由主義的政策を実現していくと、今度は福祉国家路線を支持するようになる。これもポピュリズムはエリートへの異議申し立てを主眼とするからだ。
すなわち、ポピュリズム伸長の裏には代表制民主主義の機能不全がある。欧米では、特に80年代から投票率の低下と政治不信の高まりがみられた。その一方で、保革間での政権交代が常態化し、冷戦終結以降、保守政党は文化的リベラルに、社民政党は経済的新自由主義志向に傾斜して「グローバル化コンセンサス(合意)」が形成された。
これら保革政党の中道化は、それまで保守・自由主義政党を支持していた中間層の文化的不安、左派・社民政党を支持していた労働者層の経済的不安を置き去りにした。このため多くのポピュリスト政党は、文化的には反リベラル、経済的には大きな政府を志向することになった。
次にポピュリズムは「多数者の専制」を警戒し、個人の理性や法の支配を原則とする自由主義的原理を嫌う。司法による権力のチェック・アンド・バランスや官僚制の専門知、知識人・メディアの言説を含め、それはエリート支配の道具とみなされるからだ。
ポピュリスト政治家はこれら具体的な主体や機関が民主政の敵だと名指しして、それまで政治化されていなかった人々を動員しようとする。彼らが国民投票などの直接民主制を支持するのも、既存の意思・政策決定の回路がエリートに独占されてしまっているとみなすためだ。
欧州の経済危機と緊縮政策も、こうした主張を後押しする。10年以降、欧州連合(EU)各国の失業率は10%超と高止まりしている。社会保障負担や間接税の増税も相次ぎ4人に1人が貧困にあえぐ。
こうした中で、ポピュリスト政治家は不況の原因は単一通貨ユーロと金融資本、それと結託しているエリート層にあると訴え、再分配を自国民に限る「福祉排外主義」を掲げ、国民の不満を吸い上げている。15年に拡大した難民流入も、治安・生活上のセキュリティー不安を高めている。既存の政治勢力は、当初ポピュリスト政党の主張を無視するが、選挙で抗し切れずその主張を争点化させると、より過激な主張をするポピュリスト政党に競り負けてしまう。
各国のポピュリズムは、アウトサイダーであるカリスマ的なリーダーが、人々を包摂できていたとする原初的で倫理的な共同体(ハートランド)を掲げる点でも共通する。それは右派ポピュリズムの場合、エスニシティー(民族性)・地域・言語を核とした国民国家であることが多い。
これは戦後国家の経済社会の変容と関係している。戦前秩序の回復や反共を旗印にしたネオナチやファシズム勢力と異なり、現代ポピュリズムは、階級融和の原則からなる「戦後コンセンサス」への郷愁を基盤としている。高度成長と同質的な社会は分厚い中間層を生み出し、戦後政治の安定を実現してきた。しかし、経済のグローバル化と社会の個人化が低成長時代と合わさったことで、国家は外部と内部から再編の圧力にさらされるようになった。
米同時テロ後、イスラム的価値は戦後西欧の普遍的価値と相いれないとするポピュリスト政治家があおる「文明の衝突」論も、国民の同質性と移民制限へと傾く。こうした経済的・文化的不安は、権威主義的で現状変革志向の政治を呼び込む。開かれた社会を推し進めるグローバル化から剥奪感を抱く人々と、それを政治の力で変えると約束する政治家が呼応して、ポピュリズム現象は生起していく。
19世紀末の米国の人民党やロシアのナロードニキ運動など、ポピュリズムは産業構造や価値観が転換する状況において、エリートが固定化して伝統的な利益媒介構造が揺らぐ際に台頭する。つまり、ポピュリズムが民主政を危機に陥れているのではなく、民主政が危機であるがゆえにポピュリズムが起きるという因果を認識することが重要だ。
民意の期待値を代表エリートが満たしていないと感じられる時に、いや応なくポピュリズムは台頭する。
ポピュリズムは民主政における鬼子だ。ポピュリズムと無縁な民主政はなかったし、これからもないだろう。ただしポピュリズムは、硬直化し劣化した政治を流動化させ、それまで取り上げられてこなかった争点を政治に持ち込むことで、代表制と民意の間で不可避的に生まれる不一致を解消する契機ともなる。
もっとも、それを可能とするのは「共産党宣言」の言葉を再び借りれば「妖怪をはらい清める同盟」の実現にかかっている。具体的には、既存の政治が自己改革を含むイノベーションを完遂し、政策の実効性を高めるといった、民意の「入力」と政策の「出力」の両面での改善を意味する。
こうした民主政の絶えざるバージョンアップ、すなわち統治されるものと統治するものの一致が実現され、民主政の持つ本来の理念が生かされるのであれば、ポピュリズムという妖怪は初めて窒息させられることになるだろう。
ポイント
○ポピュリズムは既得権益層への異議主張
○欧州で再分配の自国民限定訴える勢力も
○既存の政治の自己改革につながるかが鍵
よしだ・とおる 75年生まれ。東京大博士(学術)。専門は比較政治学、欧州政治史
[日経新聞2月4日朝刊P.26]
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