>ナチス・ドイツ(Nazi)をほうふつさせるという批判あほらしい 要するにナチがやったことは、外的ストレスに晒された人間の普通の応答だったということだよw http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/index.html ドイツのハイパーインフレの原因と収束方法(No.30) 第一次世界大戦に敗北したドイツは連合国と1919年ヴェルサイユ条約に調印した。ドイツの支払う賠償金が1320億金マルクと決定されたが、なんとこれはドイツの税収の十数年分に相当した。毎年の支払額も46億金マルク(歳入の約7割)という莫大なものだった。イギリスやフランスなどの連合国は戦争に勝ったものの戦争で莫大な被害を被っており、その費用をすべてドイツに支払わせるべきだと主張し、このような巨額の賠償金の請求となった。しかしながら、このような巨額の賠償金はドイツ経済を破壊し、ヒットラーの台頭を許したという意味で、連合国にとって害あって益なしという結果になってしまった。 そもそも、賠償金というものは多ければ多いほどよいというものではない。1320億マルクと言っても、例えば1億マルク紙幣を1320枚刷れば返済可能というものではなかった。賠償金も正貨(金貨)で払わなければならなかったからだ。そういう意味では、お金を刷っても意味はなかった。賠償金だけでなく現物納付の義務もあった。5000両の機関車、15万両の列車、5千台の貨物自動車、4万頭の牛、12万匹の羊などだが、一般社会の賠償請求とは話しが全然違う。これらをドイツが生産してフランスが輸入しようとすると、フランスの生産者には大打撃になってしまい、フランスの生産者が反対するなどして、物納による賠償も進まなかった。 賠償金にしても、もしこの規模の賠償金の支払いが実現するとしたら、ドイツ経済が大発展し、近隣諸国がドイツの工業製品を輸入して外貨を稼いだ場合だから、そうなれば近隣諸国の工業は破滅する。そのことを予知したケインズは、この賠償額に強く反対したが押し切られた。 当然のことながら、賠償金の支払いは滞るようになった。それに怒ったフランスとベルギーは軍を派遣し、ドイツでも有数の工業地帯であるルール地帯を占領してしまった。ただでさえ戦争で生産応力が落ちているドイツで、ルール工業地帯まで没収されたわけで、失業者は町にあふれ、物不足でインフレとなった。ここまでくるとフランス軍はやり放題で、帝国銀行が所有していた128億の金を略奪し、ミュルハイム国立銀行支店に保管されていた未完成の紙幣をフランス軍が奪い、これを完成紙幣にして流通させた。ここまでやるとなると、こっそり偽造紙幣を新規に大量に印刷していたと考えてもおかしくない。 筆者の想像だが、中央銀行であるライヒスバンクも外人が乗っ取り、お金を刷りまくったと考えるのが自然ではないだろうか。ライヒスバンク自体が賠償問題の解決の一貫と考えられていたから連合国により国際管理されていた。その審査機関である評議員会の14名のうち、半数の7名は外国人(英国、フランス、イタリア、ベルギー、米国、オランダ、スイスから各1名)が任命され、発券業務の監督機関としての発券委員も外国人評議員が任命された。そしてこのライヒスバンクが政府から独立し、お金を刷りまくってハイパーインフレになった。このような状況は、アメリカにおいて通貨強奪したロス・チャイルド等の国際銀行家の手口を連想させる。 http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/no22-c6e3.html http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/no-d68c.html コーヒー一杯飲むのに、トランク一杯分の紙幣が必要だったとか、薪を買うのにリヤカー一杯の紙幣が必要だったが、それより紙幣を燃やした方が安くついたとか、笑い話のような話しが伝わっている。1923年1月には250マルクであったパンの値段が1923年12月には3990億円にまで値上がりした。 ライヒスバンクはドイツ政府が発行した国債を大量に買った。それだけでなく、私企業の手形の割引も行った。例えば、自分の会社で1億マルクの手形を勝手に作ってライヒスバンクに持って行けば、現金にしてもらえるのだ。こんなことをしていれば、ハイパーインフレになるのは当たり前だろう。金融業の得意なユダヤ人がここぞとばかり、混乱に乗じて荒稼ぎをしているのを見て、ヒットラーがユダヤ人に反感を持つようになったと言われている。 こんな状況が日本に起こりうるかと言えば、あり得ない。少々国債を発行したと言っても、十分制御可能な範囲であり、日銀が外人部隊に乗っ取られる可能性は全くないし、ましてや自分で勝手にお金を刷り始めることなど考えられない。外貨や海外純資産は、世界一多い。外国から巨額の賠償金を求められているわけでもない。物不足は発生しておらず、むしろ物余りだ。ハイパーインフレなど起こるわけがない。 このすさまじいドイツのインフレも、あっという間に収束してしまう。ドイツ・レンテン銀行が設立され、国内の土地を担保として1923年11月15日にレンテン・マルクを発行し、1レンテン・マルク=1兆マルクのデノミが実行された。インフレを収束させたのは、政府が財政健全化を発表したからである。レンテン・マルクの発行限度が320億マルク、政府信用限度が120億マルクとされた。またドイツ政府は通貨発行でファイナンスしていた財政政策を転換し、10月27日には政府雇用者数25%削減、臨時雇用者の解雇、65歳以上の強制退職を実施した。この政府の発表により国民が政府を信頼し、インフレは瞬時に止まった。これをレンテン・マルクの奇跡と呼んでいる。次の図は藤木裕(金融研究2000.6)から引用したものである。 興味深いのは、インフレは政府のアナウンスで一気に収束したのだが、実際は政府はその後もしばらくお金を刷り続けているということがこの図から分かることだ。アナウンス効果が如何に絶大かということである。ドイツと同様に第一次世界大戦の敗戦国になったオーストリアも同様にハイパーインフレとなったが、1922年8月に国際連盟がオーストリアの財政制度改革に着手することが報道されると瞬く間にインフレが収束した。次の図も藤木裕(金融研究2000.6)から引用する。 しかしながらヒットラーはやがて悲惨な最期を迎える。ゲルマン民族さえよければ他はどうなってもいという自己中心的な考えのナチスが最終的に敗北したことは世界にとっては幸運なことだった。ナチスはユダヤ人の富を収奪し、ユダヤ人を大量虐殺までおこなった「ならず者」政権だが、最初から無謀な経済発展だと言うこともできる。 他国を敵に回してでも自国を発展させようという利己的な考え自身が無謀な試みだった。決定的なのは資源の不足だ。1934年鉄の国内での使用量は1670万トンで、そのうち自給できたのは600万トンにすぎない。軍拡に必要な鉄の確保に失敗した。また石油の不足も致命的だった。ヒットラーは石炭から人口石油を作ろうとした。しかし天然の石油の4〜5倍の値段になった。石油の利権はアメリカと英国が握っていて、石油を売るときに様々な条件をつけたため十分な石油の確保は困難だった。経済発展と共に金の保有量も激減し、輸入が困難になってきた。 274_2 資源が不足してきたとき、他国を占領して強奪すればよいというのが、余りにも無謀で利己的な考えだったわけで、当然の事ながら長期的な国の発展を考えれば、他国と協力して発展するしか無かったのだ。ユダヤ等、他民族との共存も経済発展には必要不可欠だ。独裁政権は短期的にはうまくいくことがあるかもしれない。ナチス政権の前半がそうだと言えるかもしれないが、後半では破綻した。ドイツが民主主義国であったなら、ユダヤ虐殺も無かっただろうし、無謀な戦争も避けられたのではないだろうか。アメリカは民主主義で無駄な議論を繰り返し、景気対策は短期的には中途半端ではあったが、資源を持ち金を持っていて、戦争に勝利し、最終的には恐慌からは脱却することに成功し繁栄した。
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