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「ベーシックインカム=小さな政府を実現」の虚妄…現実的にデタラメだと証明
http://biz-journal.jp/2016/01/post_13374.html
2016.01.20 文=筈井利人/経済ジャーナリスト Business Journal
本連載前回記事で、「ベーシックインカムが貧困層を救う」という考えは誤りであることを指摘した。ベーシックインカムとは、就労や資産の有無にかかわらず、すべての国民に対して生活に最低限必要な収入を現金で給付する社会政策のことだが、この利点として流布されている誤った主張はこれだけではない。
それは、ベーシックインカムが政府の規模・権限を小さくして「小さな政府」につながる、という主張である。
これは、ベーシックインカムの原型である「負の所得税」を提唱した米国の経済学者、ミルトン・フリードマンが強調した点でもある。負の所得税とは、一定の収入のない人々は政府に税金を納めず、逆に政府から給付金を受け取るという仕組みである。一定の収入を政府が給付金によって保証するわけで、ベーシックインカムと実質同じといえる。
小さな政府を目指す「新自由主義」の代表的経済学者とされるフリードマンは、1962年に出版した著書『資本主義と自由』(邦訳書は村井章子訳)で、既存の社会保障を負の所得税による最低限の収入保障に置き換えることで、コストが「半分で済む」と推計した。また、社会保障を負の所得税に一本化することにより、「煩雑な行政事務が大幅に簡素化される」とも述べた。
ベーシックインカムが、貧困対策を求める左派勢力だけでなく、小規模で効率的な政府をよしとするエコノミストなどにも受けがいいのは、フリードマンのこれらの主張の影響が大きい。
しかし、ベーシックインカムが小さな政府につながるという考えは、本当に正しいのだろうか。
■米国の現実
じつはその答えは、事実上すでに明らかになっている。フリードマンが提案した負の所得税は、そのままのかたちでは実現しなかったものの、そのアイデアを元にした制度が米国で75年に導入された。給付付き勤労所得税額控除(EITC)である。
この制度は、働いて得た所得にかかる税額から一定額を控除し、控除額が所得税額を上回る場合に超過分を支給するもの。一定額を上限として所得を実質保障することになる。米国に続き、英国、カナダ、オーストラリアなどでも採用されている。
フリードマンが著書で例に挙げた保障額が年最大300ドルだったのに対し、米国の勤労所得税額控除は導入当初に最大400ドルと定められた。その後、保障額はたびたび引き上げられる。77年に500ドル、84年に550ドル、90年に953ドル、93年に1511ドル、そして95年には一気に3110ドルに……という具合である。
同時に、支給が加算されたり、対象が広げられたりした。たとえば、子供が複数いる場合は1人の場合よりも多くの額が支給されるようになり、一方で子供のない人も支給対象に加えられた。
2013年時点での最大保障額は、子供1人の場合で3250ドル(16年1月15日現在の為替レートで約38万3000円)、2人で5372ドル(約63万4000円)、3人以上で6044ドル(約71万4000円)。保障額が比較的低い子供1人の場合ですら、導入当初の8倍強に跳ね上がっている。
これがベーシックインカムと同じアイデアから生まれ、小さな政府につながるはずだった制度の現実である。
もちろん、過去の米国と現在の日本は経済環境や財政事情が違うから、日本でベーシックインカムが実現しても、保障額が同じくらい急激に引き上げられていくとは限らない。
それでも、常に強い上昇圧力がかかることは間違いない。昔も今も、民主主義国の政治家にとって多数の有権者の人気を得ることは何よりも大切だからである。かりにベーシックインカムのコストが導入当初は低い水準に抑えられたとしても、そのまま将来にわたって維持される保証はまったくない。
■甘い期待
コスト増の要因はほかにもある。前述したように、フリードマンは社会保障の行政事務が簡素化されることを負の所得税のメリットの一つと考えた。ところが皮肉なことに、もし簡素化できた場合、コストの増大に拍車をかけることになる。それまで面倒だった給付金の申請手続きがしやすくなり、申請者数が増えると見込まれるからである。負の所得税やベーシックインカムは、机上の計算では収支が成り立つかもしれない。しかしその計算は、民主主義における政治の圧力という重要な要素を見逃している。
じつはフリードマン自身はこれに気づいていた。負の所得税には「政治的に大きな欠点がある」として、次のように書き添えている。負の所得税は一部の人々から税金を取り立て、それを別の人々に与えるシステムである。与えられる側は政治的関心が高くなるから、議会で多数派になり、少数派に税金を強いることになりかねない――。
しかしフリードマンは欠点を補う方策を考えつかず、「この問題を解決するには、一方の自制と他方の善意に期待するしかないように思われる」としか書けなかった。給付金を過大に求めない自制、喜んで与える善意。それらの道徳心に期待するという。ずいぶん甘い期待である。事実、それは裏切られた。
フリードマンに影響されたエコノミストらは、ベーシックインカムが小さな政府をもたらすともてはやす。しかしフリードマン自身と同じく、その考えは甘いといわざるを得ない。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)
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