中国経済の混乱に神経尖らす諸外国波乱の幕開けを迎えたG20議長国、市場との対話に不安 2016.1.19(火) Financial Times (2016年1月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)外交的には成功のAIIB、問われる中国の運営能力 2016年のG20議長国は中国。その中国での年初からの市場混乱に世界が不安を募らせている〔AFPBB News〕 中国が先週、20カ国・地域(G20)議長国としての活動計画を世界の主要経済国の政府高官らに提示した際、中国政府は経済的に有益な4つの優先事項を打ち出した。 国務委員の楊潔篪氏は北京に集まった「シェルパ*1」たちに向かって、中国はG20が「成長に向けた新たな道筋」を開拓し、「より効果的な」世界経済統治と「力強い国際貿易」、「包括的な発展」を追求することを切に望んでいると述べた。 だが、中国の外交政策を担う最高幹部である楊氏は恐らく、5つ目の優先事項を付け加えるべきだった。中国の指導部がまだ事態を掌握できているということを、他の主要国に納得させることだ。 急落する市場と中国経済に対する懸念は、習近平国家主席と共産党指導部にとって、持ち回りのG20議長国としての任務に期待していたより困難なスタートをもたらした。 だが、2016年の難しい幕開けのせいで、他の主要経済国の政府高官やアナリストたちも頭を悩ませ、中国の問題が自国経済に与える影響という新たな懸念について熟慮している。 FRBの利上げより大きな懸念材料に 「韓国経済にとっては今年、中国経済が最大の不透明要因だと考えている」。韓国銀行(中央銀行)調査局長のチャン・ミン氏はこう語る。 この懸念はG20全体で繰り返し口にされており、中国の経済運営が米連邦準備理事会(FRB)の政策を抜いて、世界経済にとって最大の差し迫った懸念材料となっている。 米国では、中国の混乱を考えると、昨年12月にほぼ10年ぶりに利上げしたFRBの行動が早計だったのではないかと疑問視するエコノミストもいる。 英国のジョージ・オズボーン財務相は年初から著しく悲観的になり、英国経済は、中国の成長鈍化やコモディティー(商品)価格の連鎖的下落、ロシアとブラジルの景気後退、世界の株式市場の下落などの「新たな脅威の危険な組み合わせ」に打ちのめされる恐れがあると警告した。 *1=サミットなどで首脳の補佐役を務める人の呼称 一方、国際通貨基金(IMF)は、「特別引き出し権(SDR)」の価値を評価するために使われる選りすぐりの通貨バスケットに中国の人民元を採用することにした昨年11月の決断によって、無意識のうちに人民元に対する圧力に手を貸したのではないかという疑問に直面している。 公の場では、G20の当局者は概ね、中国の指導部と、輸出主導型経済からより国内消費に依存する経済へとリバランス(再均衡)を図る取り組みへの支持を表明し続けている。また、人民元の下落を通貨戦争の最初の爆音と見なすべきだという懸念を軽くあしらってみせる。 IMFのクリスティーヌ・ラガルド専務理事は先週、中国が「すべての人に恩恵をもたらす、より緩やかでより持続可能な成長に向けた複数年の野心的な経済リバランス」に乗り出したことを称賛した。 今月初め、中国の乱高下と、それが米国経済に与える影響について問われたとき、米国のジャック・ルー財務長官はこう言った。「私の見るところ、我々が目を光らせなければならない課題は、中国は果たして確約した改革プログラムを貫くのか、市場を開放し続けるか、ということだ」 だが、舞台裏では、依然不安視されているのは、市場と対話し、混乱を管理する中国の当局者の能力だ。 市場と対話し、混乱を管理できるのか 問題の一端は、G20の枠組み以外には、中国の中央銀行と他国の公式な結び付きが比較的弱く、非公式な関係が希薄なところにある。これは、1つの大きな国際クラブに似ていることが多い金融政策の世界では異常なことだ。インドネシア中央銀行のアグス・マルトワルドヨ総裁は先週、ジャカルタで記者団に対し、「我々は中国経済の状況と中国の金融政策に関する情報をもっとたくさん得ようとしている」と不満をこぼした。 中国の内政は同国の経済政策以上に不透明で、G20内でさえ、中国の最高幹部との接触は他のどんな経済大国よりも難しい。 当面は、こうしたコミュニケーションの懸念は、中国国外の経済政策立案者にとって、脅威というよりは、むしろ苛立ちの種だ。だが、中国がG20議長国を務める今年は、そのせいで大きな危機の管理がより大きな難題になる恐れがある。 By Shawn Donnan in Washington http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45805
中国がひた隠しにするPM2.5による死者の数 台湾の事例から推算されたその数は年間100万人 2016.1.18(月) 森 清勇 北京「赤色警報」3日目、2100の工場で生産中止や削減 中国の首都・北京で、最高レベルの大気汚染警報「赤色警報」発令2日目、マスクをして歩く人たち(2015年12月20日撮影)〔AFPBB News〕 地球温暖化は日本では連日の猛暑日や暖冬、世界各地では熱波の襲来、そして海面の上昇などで身近に感得され、喫緊の課題となってきた。世界の英知を結集して対処しなければ多くの国が消滅するなど、未曾有の大災難がやってこよう。 その主たる要因とみられているCO2(二酸化炭素)の削減問題では、従来先進国に課してきた義務を、パリで開催された国連気候変動枠組み条約・第21回締約国会議(COP21)で途上国も分担することになった。埋没の危機に直面する44の島嶼国グループの訴えが大きかったとも言われる。 その会議のさなか、世界一のCO2排出量の中国では、高濃度のスモッグが首都北京を覆い、PM2.5(微小粒子状物質)による「危険」レベルの汚染が4日連続する赤色警報が出る異常な光景をさらし続けた。 PM2.5は粒子の大きさが2.5ミクロン(髪の毛の太さの約30分の1)と小さいので、肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器系疾患への影響のほか、肺がんのリスク上昇や循環器系への影響も懸念されると言われてきたが、死亡についてはほとんど聞かれなかった。 台湾におけるPM2.5による疾患 しかし、「産経新聞」(平成27年12月26日付)は、台湾ではPM2.5による大気汚染が原因で、2014年の1年間に6281人が死亡したというデータを台湾大公共衛生学院がまとめたと中国時報が伝えたことを報道している。 細部を見ると、慢性疾患による死者3万3774人のうち、PM2.5によるものが全体の約19%を占めるという。内訳は虚血性心疾患2244人、脳卒中2140人、肺がん1252人、慢性閉塞性肺疾患645人である。 汚染原因は、北部は交通に起因するものが多く、中南部は工場や火力発電であるという。しかし、秋冬の季節風で中国大陸から汚染物質が運ばれてくるとの報道が多いともいう。 報道では、台湾の2014年のPM2.5の年間平均濃度は1立方メートル当たり25マイクログラム(25μg/m3)であったという。ちなみに日本の平均は15〜20μg/m3(2001〜2012年)となっており、台湾よりやや低い濃度である。 ただ、近年は中国の大気汚染が頻繁なため、偏西風で日本に運ばれてくる危険性も増大する。熊本育ちの筆者はかつてしばしば黄砂に見舞われたが、今日言うところのPM2.5の自覚はなかった。 環境省のQ&Aによると、黄砂の主体は4ミクロンくらいであるが、2.5ミクロン以下の微小な粒子も含まれるため、PM2.5濃度を上昇させることもあるとしており、黄砂だからと見過ごせなくなっている。 環境汚染除去が進んでいない中国からは、黄砂とともに殺人兵器ともなるPM2.5が九州や沖縄に飛来していることが最近の人工衛星画像の解析からも確認されている(「産経新聞」27.12.9)。 特に冬季は地面が冷やされ、汚染物質が上空にたまりやすいとされ、多くの汚染物質が日本に到達する恐れがあると指摘している。 また、中国が1980年代に行った大気圏核実験で生じた半減期2万年のプルトニウムが東日本大震災で発生した福島原発事故時の放射能汚染調査で判明している。 中国では今後、多くの原発建設が予定されていることもあって、中国における環境問題は日本人の健康に大いに関係してくることになり、関心を持たずにはおれない。 その中国では北京オリンピックの頃も大気汚染が騒がれていたが、死者の報道は寡聞にして知らない。台湾の状況を知ったからには、中国における死者などを推算して、今後の議論の参考に付すことが必要ではないだろうか。 信頼できない中国の公表数値 問題は中国の発表する数値は政治的に歪められていることである。経済成長率7.0%についても疑問を投げる発言は多い。どのように歪められているか、いくつかの断面からみてみよう。 ジニ係数は社会における所得配分の不平等さや富の偏在性などを測る指標とされ、社会の安定度でもある。0から1の間の数字で示され、0に近いほど平等で、1に近いほど不平等や所得格差が顕著であることを示している。0.4が社会騒乱多発の警戒ライン、0.5以上では社会が不安定化すると言われる。 2010年前後のジニ係数はドイツが0.295、日本が0.329、米国が0.378などなっている。他方、中国のジニ係数は西南財経大学(四川省)の調査では2010年が0.61で、各地で暴動が頻発している状況を裏づけた格好である。 ところが、中国の国家統計局は2002年まで発表していたジニ係数を2003年以降公表しなくなり、2013年に2003年以降の数値を突然公表した。それによると、2003年0.479、2008年0.491、2013年0.473などとなっており、0.473から0.491の間に納まり、0.61などとんでもないと言わんばかりである。 毛沢東の大躍進(1958〜62年)では3600万人が餓死し、自分の子供を含む「人肉食は特別なことではなかった」(楊継縄著『毛沢東 大躍進秘録』)という。 また、「各級の幹部は餓死者が出たことについて固く口を閉ざし、餓死者の人数統計についてごまかしを行い、死者数を小さくした。(中略)当局は、各省から来た人口数千万人減少の資料を破棄する命令まで下した」ともいう。 香港に逃げた難民や国内の親族から餓死情報などが海外華僑に伝わり、西側メディアが「中国大陸で飢饉が発生している」と報道すると、中国政府は、「悪辣な攻撃」「デマによる中傷」などと反発し、外国から招待した“友好人士”を「衣食が足りている偽りの状況がわざわざ用意された場所」に連れて行き、「世界の世論を変えるようにしていた」のである。 中国の2014年度の公表国防予算は8082億元(1元=16円として、約12兆9300億円)であった。平成27年版『防衛白書』は、公表国防費は中央財政支出におけるもので、「中国が実際に軍事目的に支出している額の一部にすぎないとみられている」と注記する。 実際、外国からの兵器調達費や研究開発費などを含めると2倍ないし3倍になるとする資料も多い。 一事が万事、このような状況である。中国政府が公表する各種数値は粉飾されていると、間違いなく言えるであろう。 PM2.5による中国人死亡推算 大気汚染の大国である中国からPM2.5による死者が聞かれないので、台湾の事例を参考に算出してみる。もっとも、中国発表のPM2.5の年間平均濃度などが見当たらないので、状況証拠から仮定するよりほかにない。 最も単純な死者推定の最小値(A)は、台湾と条件が同じとみて人口比からの割り出しである。2015年8月現在の台湾の人口は2344万人、中国は13億6782万人である。 A:6281=136782:2344 から、A=6281x136782/2344=366522 となる。すなわち、中国では毎年最小限37万人弱がPM2.5によって死亡していると推算される。 しかし、現実には中国のPM2.5の濃度は、台湾の年間平均濃度25μg/m3(参考:日本15μg/m3)よりはるかに高い。 インターネットではリアルタイムで「大気質指数」が開示されており、時々刻々の状況を見ることができる。大気質指数(汚染指数とも呼称)は大気の汚染状況を示すもので、主としてPM2.5の大気中濃度で算出される。 米国の基準では大気質指数0〜50(良好:PM2.5含有量0〜15.4μg/m3)、51〜100(穏やか:同15.5〜40.4μg/m3)、101〜150(敏感な人にとって有害:同40.5~65.4μg/m3)、151〜200(有害:同65.5~150.4μg/m3)、201〜300(とても有害:同150.5〜250.4μg/m3)、301~(危険:同250.5μg/m3〜)となっている。 大気質指数100が基準とされているが、国により違いがある。中国もほぼ同様の大気質指数のようである。COP21が開かれていた2015年12月8日午後1時の北京の汚染指数は、米大使館のウェブサイトでは367、北京市環境保護監測センターのデータでは314であった。 北京では11月末から12月初旬にかけて深刻な大気汚染が続き、12月1日には一部地域で汚染指数が、世界保健機関(WHO)の安全基準の40倍となる1000に到達した(「産経新聞」27.12.9)ともある。 2016年1月11日10時の状況は、台湾の72〜137(参考:日本53〜122)に対し、中国の北京周辺415、北東部220、南部152、西部325などである。数日前某時刻の日本や台湾はさほど変わらない数値であったが、中国では999などの高い数値も散見された。 中国は北京や上海などの市域ばかりでなく西部や北東部も含め全土的に台湾に比べて指数は高い。しかも、指数域150以下のPM2.5の包含量に比して、151より上の指数域のPM2.5 包含量は3倍も4倍も多い。 こうしたことを考慮した場合、中国は台湾に比して少なく見積もっても3倍以上の大気汚染に晒されているとみてもいいのではなかろうか。 異常な耐性の中国人 ただ、中国人の名誉のために言及すると、今から130年ばかり前の奉天(いまの瀋陽)にスコットランド(英国)からデュガルド・クリスティーという25歳の伝道医師が赴任してきた。 医師は日清戦争、義和団事件、日露戦争の荒波を潜り抜けて1922年まで約40年間にわたり奉天で勤務し、中国人を観察し続けた。英国の女性旅行家イサベラ・バードも奉天の医師を訪ねて意見交換し、奉仕活動を手伝ったりしている。 医師は中国人の環境や病気などに対する強さに感心し、「我々が住民の生活状態を調査して先ず驚くことは、彼らの身体の発育がその生活状態に比して意外に良く、強健であることである」(『奉天30年』)と記している。スコットランド人であればとても耐え得ないような状況に対して、中国人は平然としているというのである。 歴史を紐解くと、中国ほど旱魃・大洪水、蝗害・飢饉、黄砂、ペストや各種疾病などの天災、そして内乱などによる人災に翻弄された国はないとも言われる。そうした諸々が、中国人の耐性を大きくしたのであろう。 今日問題になっているPM2.5に対しても、他の国民、ここでは比較対象にしている台湾の人々より耐性があるとみるならば、指数の比率やPM2.5の含有量に比例して疾病や死亡が高くなるとも一概には言えないかもしれない。 そこで、耐性が死亡率を低減するプラス要因になると有利に仮定し、相殺できる率を一つの目安として1割に仮置きする。 すなわち、台湾の3倍のPM2.5の汚染に晒されるが、中国人の優れた耐性でPM2.5による死亡率を1割低減させるとすると、PM2.5による死者Bは、 B=366522x3x(1‐0.1)=1099566x0.9=989609 となる。989600人、すなわち約100万人の死亡である。一応の目安にはなるであろう。 おわりに 李克強が首相に就任するより10年も前に、中国の経済指標で信頼できるのは電力消費量、鉄道貨物輸送量、中長期の銀行貸し出しの3つであると述べたことがある。裏を返せば、国家の指導的立場にある人物が、政府公表の多くの数値は信用できないと公言したようなものであった。 新常態(ニューノーマル)を打ち出した習近平政権では製造業からサービス産業へウエ―トが移行しているため、鉄道貨物輸送量など従来の3指標はもはや正確でないとされる。 中国では一人っ子政策時に生まれた2人目以降の1300万人に戸籍がなく、人口統計に算入されていなかったという。また、ジプシー的生活で統計に上がらない人たちもかなり存在すると仄聞したこともある。 日本軍は国民党軍を相手に南京攻略戦を行い数万の戦死者を出した。当時の南京には20万人しか住んでいなかったが、現在の中国政府は南京戦で日本軍が南京在住の民間人30万人(時には40万ともいう)を虐殺する南京大虐殺を行ったとして、ユネスコの遺産にさえ登録した。 こうした国で、PM2.5による死者が何万人だろうと、敢えて公表するに値しないことかもしれない。しかし、PM2.5が日本に与える影響を考えるならば、推算する価値があるのではなかろうか。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45772 台湾総統選、民進党の「未来像」なき圧勝 2016年1月18日(月)白壁 達久、安藤 毅 今後について冷静に語る民進党の蔡英文主席(右) 1月16日、台湾総統選挙の投票が締め切られた午後4時。最大野党の民主進歩党(民進党)の本部近くに設営された野外の大規模集会場では、用意された席は既に支持者らで埋め尽くされて会場外の道路にまで人があふれていた。
巨大なモニターには開票状況が映し出され、事前の予想を超える勢いで民進党の候補者である蔡英文主席がリードするもようが伝えられている。 「私は台湾人」というメッセージをことあるごとに全員で叫ぶ 総統選は与党・国民党の朱立倫主席との事実上の一騎打ち。その朱氏に、ダブルスコアの差をつけて蔡氏の獲得票数が伸びていく。100万票、200万票、300万票――。票数が大台に乗るたびに会場は盛り上がる。そして会場中の人々が大型モニターに映し出された言葉を叫ぶ。
「我是台湾人(私は台湾人だ)!!」 当選確実の報を見て喜ぶ民進党支持者 8年ぶりの政権交代。加えて民進党は、初めて立法院(日本の国会に相当)でも過半数(定数108に対して68の議席を獲得)を獲得した。その支持層が最も力を入れて叫ぶ言葉が「我是台湾人」の五文字だったことは、この選挙戦が、「中国」との関係にまつわるアイデンティティの闘争だったことをよく物語っている。
会場で中国系のメディアを見つけると一斉にブーイング。そして親中派の与党候補であった朱氏が敗北を宣言し、頭を下げる姿がモニターに映し出されると、「どうだ!」と言わんばかりに中国系メディアの記者に対して中指を立てる。 新政権の描いた未来像に沸くというよりも、前政権が進めた親中路線に「NO」を突きつけ、対中融和の流れを食い止めたことに沸いているような印象を受けた。肯定よりも、否定の歓喜に見えた。 「感情だけでは飯は食えない」 前政権の政策に対する否定という「過去」はいいとして、民進党圧勝の先に、どんな「未来」が待っているのか。ボランティアとして民進党の選挙戦をサポートした大学生は不安を打ち明けた。 「はっきり言って、(勝利を)素直には喜べない。台湾人として『ここは中国ではない』ということを示したに過ぎない。この選択が経済環境を良くするきっかけになるんだろうか。このままでは自分の働き口すら見つからないかもしれない。感情だけでは飯は食えないから」 台湾の民意は、国民党政権が進めた親中路線に歯止めをかけた。だが、問題はこれからの台湾をどう創っていくかだろう。 中国は台湾にとって最大の輸出国だ。輸出額の4分の1は中国が占め、香港を入れると4割近くに相当する。 蔡氏へのメッセージを掲げる子供 現職の馬英九総統は2008年に民進党から国民党へ政権を奪還して以降、経済成長著しい中国の「恩恵」に預かるべく、対中融和路線を進めてきた。低迷する台湾経済の浮揚がその狙いだった。
だが、拙速な対中接近は反発も招いた。2013年、中国と台湾で金融や通信、医療、旅行などのサービス関連市場を相互に開放する中台サービス貿易協定を締結。立法院での審議を「時間切れ」として一方的に中断し、強引に批准作業を進めるなどの姿勢に台湾の人々は反発し、「ひまわり運動」と呼ばれる学生の議会占拠にまで問題は発展した。 台湾独立を訴える政党も それでも馬氏は昨年11月、中国の習近平国家主席と1949年の中台分断後、初のトップ会談を強行するなど、親中路線を突き進んだ。
中国への輸出額は馬氏の就任時に比べて1.3倍にまで膨らんだ。 民進党に投票した中小企業経営者の声 新北市で金属加工業を営む50代の男性は、かつて馬氏を支持して国民党に投票した一人だ。 「中国向けでもっと仕事が増えると思ったけれど、全然増えない。俺たちの仕事が増えるわけではない。むしろ、減っているのが現状だ。馬(氏)は中国に魂を売ったにもかかわらず、何も得られなかったんだよ」 彼は今回、民進党に票を投じた。 馬氏は台湾の人々の感情を逆なでしただけでなく、経済環境も改善も実現できなかった。2015年の実質GDP(国内総生産)成長率は、7〜9月期に6年ぶりにマイナス成長(マイナス1.01%)を記録するなど輸出の不振が続いている。2015年通期で同成長率が1%にも満たないのではないかとの見方も出ている。さらに、馬政権が公約に掲げた「失業率3%未満」も達成できなかった。 対中接近したにも関わらず、経済が好転しない。であればなぜ、政治・経済のシステムや国家観が大きく異なる中国と融和しなければならないのか。こうした反発が民進党の躍進を後押しした。 選挙期間中は思いのほか静か 投票前に台湾へ入り、政権交代の熱気に沸く街を想像していたが、どうも記者の期待は大きすぎたのか、やや盛り上がりには欠けているように見えた。選挙期間中、街を歩くと台湾ならではの光景が目に留まる。太鼓を叩くトラックが先導し、その後に候補者の名前や政党名を掲げたトラックが続く。太鼓の音で街行く人に自らの存在を知らせるのだ。 太鼓を叩いて選挙カーの到来を告げる、台湾ならではの選挙の光景 早朝や深夜でも爆竹を鳴らすなど、過度な演出もあると聞いたが、今回は申し訳ない程度の音の太鼓を叩く車列にいくつか遭遇しただけだ。投票前夜の集会には雨天にもかかわらず多くの支持者が駆けつけるなど盛り上がりを見せたが、街中の人々に話を聞くと、民進党を支持する人からも、未来に向けて新たな希望が誕生するような躍動する感情はあまり伝わってこなかった。
蔡氏のグッズを売る露店も登場 選挙前から野党・民進党の優勢は伝えられており、政権交代が確実視されていたからかもしれない。ただ最大の要因は、今回の選挙そのものが、新たな台湾を築くという前向きなものというよりも、急速に距離が縮まりつつある中台関係に待ったをかけるというのが第一にあったからではないか。対中融和策を改めたとしても、経済的に中国に頼らざるを得ない部分がある「現実問題」も理解している。政権交代を実現しても、今の台湾は、独自で大国を相手にできるほどの経済的、政治的な力を持ち合わせていない。そう考える人が台湾でも多数を占めるだろう。
蔡氏向けに日本から送られた必勝祈願のダルマも飾られていた 2000年に総統選挙で勝利した前後は、民進党は台湾「独立」の志向を鮮明に打ち出していた。だが、民進党は2008年に支持を失って下野。蔡英文主席は、急進的な独立論を抑え、対中関係は「独立を求めないが、拙速な融和も進めない」という「現状維持」を打ち出して、急進的な独立派以外の支持を集めた。同じ民進党による政権奪還だが、まだ中台の力が拮抗していた2000年前後に「独立」の未来に熱狂したのと、今回、中国が台頭する中で、かろうじて対中融和の速度を抑える選択をしたのとでは、盛り上がりが異なるのは当然と言えるかもしれない。
中国は今後も、台湾との距離を縮めてくるだろう。台湾と海を隔てた先にある中国の福建省で長く官僚を務めた経験のある習近平国家主席は、「1つの中国」に向けた道筋を自らの任期中に作りたい野望があるとされる。昨年の中台トップ会談もその布石だろう。 にじり寄る中国をいかにしてけん制し、経済を立て直すか。選挙期間、蔡氏は「経済的にも強い台湾を再興し、中国と対等に渡り合って妥協点を見いだしたい」と演説したが、その具体策は見えてこない。 経済再生のサポート役は日本か 蔡氏は台湾の人々の期待に応えられるだろうか アジアでは昨年末に東南アジア諸国連合(ASEAN)が域内での人・モノ・カネの動きを自由化させるアセアン経済共同体(AEC)を発足させた。米国主導のTPP(環太平洋経済連携協定)といった枠組みも固まりつつあり、中国主導の国際金融機関であるアジアインフラ 投資銀行(AIIB)も誕生した。周囲の国々が様々な枠組みに参加して自国の競争力を培う中で、台湾は取り残される危機にある。蔡氏はTPPへの参加も前向きに検討中だ。
選挙後の会見で蔡氏は、経済再生の実現に向けて必要なサポート役として「日本」の名前を複数回挙げている。選挙集会では、記者が日本人と分かると、「日本の助けが必要だ」と手を握って話しかけてきた台湾人男性もいた。 日本政府・与党は台湾総統選での民進党の蔡氏の勝利を歓迎している。中国に接近して歴史認識や沖縄県尖閣諸島などを巡って中台で対日共闘を強めていた馬英九総統とは異なり、蔡氏が日本との関係を重視しているためだ。 東シナ海や南シナ海への海洋進出を図り、経済的影響力を強める中国をにらみ、台湾との関係を重視する安倍晋三首相は自民党の野党時代に台湾で蔡氏と会談。昨年10月には来日した蔡氏と密かに都内のホテルで接触するなど布石を打ってきた。TPPに関しても台湾の交渉参加を後押しする検討を進めており、台湾経済の中国への傾斜にくさびを打ち込む考えだ。 果たして、台湾は蔡氏の下で経済再生を果たすことができるだろうか。 感情では飯を食えない――。 前出の学生の本音が、台湾の人々の不安の根底にある。蔡氏はその不安に応える未来を描けるか。初の女性総統の手腕が問われる。 このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/011700210/?ST=print 図解:政権交代の源流、中台両岸史を振り返る 2016年1月18日(月)池田 信太朗 1月16日、台湾総統選挙が投開票され、民進党の蔡英文が国民党候補を圧倒した。8年ぶりに政権が交代する。 台湾の民意は、中台関係という現実の上に、二大政党を往復しながらバランスを取り続けてきた。台湾の民意は、なぜ民進党に勝利を与えたのか。その源流をたどるために、2014年3月に台北市で起きた騒動と中台両岸史を振り返ろう。 (写真=的野 弘路) それは、きわどく小さな僥倖から始まった。
偶然が生んだこの事件が、台湾・中国両岸を揺るがせ、その関係史を書き換えることになるとは、はじめ誰も考えていなかっただろう。 2014年3月17日、台湾・台北市にある立法院(国会に相当)では中国・台湾間で締結された「中台サービス貿易協定」を批准するための委員会審議が進行していた。民進党などの野党が体を張って議事の開始を妨害するのに業を煮やした与党・国民党は、「審議時間切れ」を理由に、わずか30秒間で審議を打ち切って強行採決を図った。 同協定は、中台が互いにサービス産業分野で市場を開放することを定めたもので、2013年6月に締結された。事実上の中台FTA(自由貿易協定)だ。 この協定により、台湾企業は中国市場開拓の機会を広げられる。一方で、台湾内の中小サービス業が大資本のチェーンストアに駆逐されたり、出版業者が中国資本に支配されることで論調を制御されたりすることを懸念し、締結に反対する人も多かった。 この3月中旬に実施された台湾指標民調による世論調査によれば、「同協定を支持する」と考える人が31.6%、反対する人はそれを上回る44.5%。この「民意」にもかかわらず、同じく「民意」によって立法院議席の多数を占めた与党が批准を強行しようとしている。民主主義の仕組みに否応なく生じるこの陥穽に、台湾の学生たちは危機感を募らせた。 「このままでは、中国にのみ込まれてしまう」 学生たちが、抗議デモを組み、立法院を取り囲んで声を上げ、ついに自制の一線を越えて議事堂になだれ込んだのが18日の午後6時。椅子や机などでバリケードを築いて出入り口を封鎖して立てこもった。 この衝動的な行動は、警官隊によってすみやかに排除されるはずだった。馬英九(マーインジュウ)総統も、当の学生たちもそのつもりだったろう。だが自身も与党・国民党に属するにもかかわらず、立法院長・王金平(ワンジンピン)氏が「これは院内の問題だ」と発言したことで風向きが変わってくる。 館の主が事実上「問題ない」と発言している以上、学生らの行動は違法性のある「侵入」ではなくなってしまったのだ。 台湾では5院(立法、司法、行政に加えて、人事院に相当する考試院、公務員弾劾などを司る監察院がある)が分立しており、立法院の長が拒めば行政権をもってしても容易には強制力を及ぼすことができない。刑事的な違法性に乏しいとなればなおさらだ。 学生たちは立法院にバリケードを築いて占拠し(上)、市民らにも呼びかけて台北市内で大規模なデモを実施した(下)(写真=的野 弘路) 占拠報道が市民感情に火を
ではなぜ王氏は、馬政権に反逆するように学生擁護に回ったのか。 2013年9月、王氏は、ある事件をめぐって検察当局に不当に圧力をかけた疑いで党籍抹消の処分を受けた。王氏はこれを不服として地位保全を求める訴訟を提起。9月にはそれを認める判決が出ている。 この騒動を、馬総統が党内の政敵を排除するために仕組んだものと見る向きは少なくない。それを信じるならば、馬総統は、自身が半年前に陥れようとして失敗した政敵に、手痛いしっぺ返しを食らったことになる。 もしこの小さな偶然がなければ、学生たちは排除され、中台サービス協定の批准作業は民主主義の手続きを正しく踏みつつ何事もなかったかのように進んだだろう。 だが、23日間続いたこの「立法院占拠」という異常事態は台湾全土で連日報じられ、市民の協定に対する関心は否応なく高まってしまった。台湾全土を賛否ともに轟轟たる議論が覆った。上記世論調査によれば、立法院占拠後には協定を「支持する」と回答した人の割合は25.3%と6ポイント以上減少している。 王氏は4月6日、中台間の協定内容を監視する「両岸協定監督条例」が発効しない限り、立法院ではサービス貿易協定の批准審議を再開しないと宣言。学生たちに退去を促した。これに学生らが応じたことで、10日、立法院占拠は終結した。 馬政権と中国が描いていた中台連携構想は、少なくともそのスケジュールを大幅に遅らせることを余儀なくされることになった。審議が再開されても、世論の反発を抑え込むのは容易ではないだろう。 中国台湾事務弁公室の報道官は4月16日「中台両岸の市民は、両岸関係の平和的発展のプロセスが妨害、破壊されるのを見たいと思っていない」と不快感を示した。 もはやとどめ難いと思えるほどに加速し続けていた「中台接近」の時計の針は、その動きをようやく、わずかに緩めたのだった。 米国が唯一の武器販売国 台湾の民意は、中台関係という現実の上に、二大政党への支持を往復しながらバランスを取り続けてきた。以下に、両岸史年表を掲げる。 [写真=背景(国旗):Getty Images、蒋経国を除いて人物:Fujifotos/アフロ、Reuters/AFLO、ロイター/アフロ] [画像のクリックで拡大表示] 近年、中台間の緊張が最も高まったのは1995年。李登輝(リーデンフイ)総統(当時)の両岸関係に関する認識を巡って中国が猛反発し、台湾近海を標的とするミサイル演習や大規模な三軍上陸演習を予告し、また実施した。
これを抑えたのは米国だった。空母2隻を含む機動部隊を台湾海峡に派遣し、中国を牽制した。米国は79年に中国と国交を結ぶ際に台湾と断交しているものの、同年、事実上の軍事同盟である「台湾関係法」を施行し、以後も台湾への武器販売を続けている。 だが2000年代、台湾海峡の景色は一変した。中台関係を決する鍵は、既に米国から中国の手に渡っている。 特に中台接近の動きが加速し始めたのは2005年前後。下野していた台湾野党・国民党と、台湾独立の志向が強い台湾与党・民進党を黙殺していた中国共産党の思惑が一致し、国共両党は急接近した。 両党の戦略は明確だ。すなわち、「政治」で乗り越えられなかった断絶を「経済」で一体化させる──。国民党が政権復帰してから、この動きは台湾政府の基本方針となった。 2009年、中台は互いの市場開放を進める基本原則として「経済協力枠組み協定(ECFA)」を締結した。早期実現項目として挙げられた分野については、すでに関税が廃止され、貿易が自由化されている。立法院占拠の引き金になったサービス貿易協定もこのECFAの下に締結されたものであり、やがて物品貿易に関する協定もECFAの下に締結される予定になっている。 サービス貿易協定も含め、ECFAの基本精神は「不平等協定」と言っていい。中国が台湾に市場開放する分野の方が、台湾が中国に開放する分野よりも多い。つまり、台湾に進出する中国企業が得るものよりも、中国に進出する台湾企業が得るものが大きい。単純に言い換えれば、台湾に有利で、中国に不利に設計されている。 むろん、中国にとっては戦略的な譲歩だ。ECFA締結当時の中国・温家宝(ウェンジーバオ)首相は「台湾に利益を譲る」と発言している。米国が台湾に武器をもたらすように、今や中国は経済的な「利益」を台湾にもたらしている。 中国から台湾への2013年の輸入額は406億5000万ドル(約4兆1310億円)。台湾から中国への輸入額は1565億1200万ドル(約15兆9056億円)。中台貿易におけるこの明らかな不均衡は、いわば中国から台湾への贈り物なのだ。 中国は、経済力を背景に軍事力も増強させている。2013年10月、台湾国防部は『防衛白書』の中で、中国・人民解放軍は、近代化に伴い「台湾を防衛する外国勢力を阻止できるような包括的軍事力を2020年までに備える」との見通しを明らかにした。外国勢力が米国を指すことは言うまでもない。 経済成長に伴い、アジアにおける存在感を増す中国と、その座を奪われる米国。オバマ大統領が「アジア旋回」を言わなければならない現実の最前線が、ここ台湾と言っていいだろう。 民進党の圧勝で、中台関係は? 急速に進めた中台接近外交に対する台湾市民の不満が「立法院占拠」で爆発し、国民党は支持を失って民進党の飛躍を許した。民進党が国民党ほどに対中関係に積極的でないことから、政権交代によって中台接近の歩みが滞ると見る向きもある。 だが、民進党が支持を集めた背景には、「一辺一国(中台はそれぞれ独立した国である)」などの国家観を打ち出すことをやめて「独立」志向を弱め、対中政策において現実路線を選ぶ姿勢を見せたことがある。対中政策で急進性を失ったことが、有権者に「安心感」をもたらしたのだ。もはや対中独立を明言する政治勢力は、多数の議席を確保できない小政党のみ。二大政党の振幅は、「独立」と「対中融和」にあるのではなく、「緩やかな対中融和」と「急速な対中融和」になる、と見ることもできる。 中台融合によるアイデンティティの喪失や経済的な併呑を恐れる一方で、東アジアの超大国として台頭する中国を敵に回したくはない。前者の感情がやや優位になれば民進党が勝利し、後者が優位になれば国民党に支持が集まる。台湾民意は、この往復運動の中で3度目の政権交代を実現させた。民進党から生まれた初の女性総統は、その機微のうえで中台関係の難しい舵取りを担うことになる。 (日経ビジネス2014年6月9日号より転載、一部変更) このコラムについて ニュースを斬る 日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/010700205/?ST=print 蔡英文陣営が大勝した台湾選挙は“中国民主化”に何をもたらすか?
加藤嘉一「中国民主化研究」揺れる巨人は何処へ 【第68回】 2016年1月19日 加藤嘉一 蔡英文主席率いる民進党が大勝した 台湾総統選挙・立法委員選挙の意義 台湾総統選挙・立法委員選挙において、蔡英文主席率いる民進党が躍進したことにより、今後中台関係はどう変わるのか Photo:REUTERS/AFLO 現在、台北の一角で本稿を執筆している。
1月16日に行われた台湾総統選挙・立法委員選挙において、蔡英文主席率いる民進党が躍進した。同氏は689万票(得票率56.12%)で初の女性総統に当選し、民進党は台湾立法院113席のうち68席(前回+28席)を勝ち取り、単独過半数を超えた。 一方、宿敵国民党の議席は35席にとどまり(前回−29席)、同党主席の朱立倫氏は381万票(得票率31.04%)で蔡氏に大敗した。台湾政治史において3回目の政権交代となった今回の選挙を経て、蔡英文総統当選人率いる民進党は総統府、立法院双方で実権を握る“完全執政”を展開できることになった。 本稿では、本連載の核心的テーマである中国民主化研究という視角から、今回の歴史的な台湾選挙が対岸・中国の“民主化”プロセスにもたらし得るインプリケーションを3つの観点から書き下しておきたい。ここで、私があえて“歴史的”という言葉を使うのは、中台関係が経済・人文面だけでなく、政治的にも“促進”されているかのように見える状況下における国民党の大敗、および華人社会で初めて民主化を実現した台湾が、今回の選挙を経て、華人社会で初めて女性総統を誕生させたという文脈を意識するからである。 なお、本稿はあくまで同選挙が中国共産党統治下にある対岸の政治動態に与え得る影響や要素に絞って議論を進める。したがって、なぜ国民党が大敗したのか、なぜ民進党が躍進したのか、蔡英文という政治家はどんな人間かといった内政的要因、あるいは同選挙がアジア太平洋地域の地政学にもたらし得るインパクトは何かといった外交的要因には原則触れず、別の機会に譲ることとする。 1つ目の議論に入る導引として、拙書『中国民主化研究』(ダイヤモンド社、2015年7月刊)の第三部「外圧」第12章“台湾と中国人”で指摘した、次のパラグラフを引っ張っておきたい。 若者世代を中心とした台湾人は、「中国とこういう付き合い方をするべきではないか」「中国と付き合う過程で法治や民主の枠組みを着実に重んじるべきではないか」といった市民としての欲求を訴えている。中国との付き合い方という文脈において、法治・自由・民主主義といったルールや価値観を守るべく、市民社会の機能を駆使しつつ、自らの政府を徹底監視し、自覚と誇りを持って奮闘する過程は、対岸の中国が民主化を追求する上でポジティブな意味合いを持つ。 なぜなら、台湾が中国と付き合うなかで、政治体制やルール・価値観といった点で中国に取り込まれる、すなわち台湾が“中国化”していくことは、中国共産党の非民主主義的な政治体制が肥大化しながら自己正当化する事態をもたらし得るからだ。その意味で、同じ中華系に属する社会として、民主化を実現した歴史を持つ台湾、そしてそこに生きる人々が果たす役割は大きい。(394〜395頁) 1つ目のインプリケーションは、「今回、国民党の大敗および民進党の躍進という形を以て幕を閉じた台湾選挙は、中国共産党の統治プロセスに健全で動態的な圧力を加えるという意味で、ポジティブな長期的インパクトをもたらす」ということである。 今回の選挙を対岸の中国共産党指導部は、一種の諦念と最後の期待を抱きつつ眺めていたであろう。選挙キャンペーンにおけるかなり早い段階から蔡英文の勝利が予想されており、焦点は立法院における議席数に向けられていた。国民党の朱立倫は「そもそも当て馬で、彼のミッションはあくまでも立法院で民進党に過半数を取らせない」(国民党幹部)ことにあった。結果は見ての通りである。これから“完全執政”する民進党と向き合っていかなければならない共産党指導部の諦念は緊張に、期待は失望に変わったに違いない。 俗に“中国寄り”と言われる国民党政権は、昨年11月にシンガポールで馬英九・習近平会談を実現させた。センシティブな政治的課題を巡って立場や認識の相違が存在するなかで、両岸指導者を向きあわせた根拠は、「1つの中国」政策に関する“九二コンセンサス”と呼ばれる産物であった(同会談および九二コンセンサスを巡る両岸の認識ギャップについては、連載第64回「習近平・馬英九会談実現の背景にある動機と懸念」参照)。 中国に対する健全な圧力の発生 「九二コンセンサス」はどうなる? 一方で、俗に“中国とは距離を置き、中国との関係構築には慎重・強硬的になる傾向がある”と言われる民進党は、九二コンセンサスを認めていない。そして、私が判断するに、蔡英文は5月20日に総統に就任してからもこのコンセンサスを(少なくとも公に)認めたり、支持したりすることはないであろう。「両岸は共に1つの中国に属し、台湾は中国の一部である」という定義を加える中共側のスタンスに、「台湾の国号は中華民国であり、台湾は自由民主主義を擁する国家である」という認識を持つ民進党サイドが同調する可能性は、限りなくゼロに近い。 もっとも、両岸関係を安定させることを(この点を呼びかける米国との関係維持という観点からも)重視する蔡英文としては、九二コンセンサスを公に否定したり、それに反対したりすることもないであろうが。 いずれにせよ、少なくとも政治的に見れば、蔡英文・民進党サイドとの関係づくりに中国共産党は悪戦苦闘するに違いない。台湾選挙の前後、蔡英文陣営の動向を追っていたが、同氏は随所で台湾が自由と民主主義を重んじる“国家”であることを呼びかけ、「尊厳、団結、自信を持った新しい台湾」の到来を告げていた。たとえば、次のセンテンスには、私から見て、蔡英文が政治体制や価値観という観点から中国を牽制し、かつ中国と台湾が“異なる”ことを暗示する姿勢が如実に体現されている。 「私たちは国際社会に対して改めて告げた。民主主義の価値が台湾人の地に深く流れていることを。民主主義に基づいたライフスタイルが、2300万人にとっての永遠の堅持であることを」(1月16日、選挙結果が出た後の国際記者会見にて) 往々にして自由民主主義を持たず、人権を軽視したり、国民の自由な言動を抑圧することを以て国際社会、特に西側社会から批判される中国共産党としては、自らが政治的に関係を維持・発展させたい対象である台湾の新しい指導者からこのように告げられることは、圧力になるかどうかは別として、少なくとも心地よくはないであろうし、警戒心や嫌悪感を強めるであろう。それでも、「両岸関係を安定的に発展させること」は台湾にとってだけではなく、中国にとっても対米関係を安定的にマネージする上での政治的基礎になる。仮に中国が台湾を武力で“解放”などしようものなら、米中関係は極度に悪化するであろうし、中国は国際社会から制裁を受けることになる。 したがって、習近平国家主席率いる中国共産党としても、蔡英文率いる民進党との関係を安定的に推し進めていかざるをえない。この一点に関して、私は“健全な圧力”という解釈を加えている。中国共産党が異なる政治的スタンスや価値観を持った相手と良好な関係を構築していくことはポジティブであるし、それは“The Great challenge”になるであろう。 視点を転換して現状や展望に考えを及ぼせば、民進党という俗に対中強硬的と呼ばれる相手とも良好な関係を構築できれば、それは中国共産党が国内外で少なくとも以前よりフレッシュなイメージを与えることになるに違いない。私は、そのプロセスは中国の広義における国益に符合すると考える。 中国とどんな距離感で付き合うか? 市民社会の成熟度を感じる選挙結果 2つ目のインプリケーションは、「華人社会初のデモクラシーである台湾が、その公正で自由な選挙を通じて政権交代をしたという事実は、台湾の政党政治の成熟性という意味からもポジティブであると同時に、今回多くの小さい党が出現し、一部が台頭したという事実は台湾における市民社会の成熟性をも示している」ということである。 このインプリケーションの重心は中国と同じ“華人社会”である台湾の政党政治と市民社会が民主主義を発展させるという文脈のなかで、成熟度を向上させたことに見い出せる。 そもそも、この現象を生み出した根本的な背景は良くも悪くも“中国の台頭”にある。中国が不透明だが着実に台頭する過程において、国民党は警戒心や恐怖心を強める台湾市民の心情を考慮して中国とは適度な距離を置かなければならない状況に直面し、民進党はそれでも中国との関係を重視する台湾市民の利益を考慮して、中国に適度に近づかなければならなくなる。 要するに、「中国とどのような価値観を持ってどのような距離感で付き合うか」が最大の焦点である台湾の政治が中道的になっていく傾向が、近年生まれている。それはそれで現状として受け止めるべきであるし、今回蔡英文は自らの政治的スタンスを若干中国寄りに修正したことによって(具体的には“九二コンセンサス”を承認はしないが反対もしなくなったこと)、“中間層”を取り込むことに成功したと言われている。逆に国民党は中国との距離の取り方に“失敗”し、先行きが見えない経済情勢も重なって惨敗した。 そんな中、“政治の中道化”に満足できない、どちらかと言えば極端な政治的立場・主張を抱く人々が新たな政党を設立し、今回の選挙に挑んだ。そこには、台湾の国家としての団結を掲げる「台湾団結連盟」や、中国との統一を掲げる「中華統一促進党」などが含まれるが、何と言っても注目すべきは、2014年3月、国民党政権が中国とサービス貿易協定を拙速に締結することに学生や若者が立ち上がり、反対した「太陽花学生運動」(日本では「ひまわり学生運動」とも呼ばれる)のリーダーたちが中心となって結成した政党である「時代力量」の躍進である。 民進党が側面的に支持してきた同党は、今回5つの議席を獲得している。この結果は、国会運営を有利に進めたい民進党にとっても追い風となるに違いない。そして何より、「時代力量」の台頭は、台湾が中国との付き合い方というバッファー(緩衝地帯)を通じて、若い世代による市民運動が民主政治に実質的かつ直接的なインパクトをもたらしたことを意味している。 もう1つ指摘しておきたいのが、国民党陣営(俗に“藍”陣営と呼ばれる)でもなく、民進党陣営(俗に“緑”陣営と呼ばれる)でもない、両党の対立や争いの超越を訴える“第三勢力”として、親民党の宋楚瑜主席が157万票(得票率12.84%)を獲得し、2012年時の36万票から大きく躍進した事実である。 この点も、「藍と緑という2大陣営という枠組みでは、多元化する利益や価値観の欲求、とりわけ若年層のそれを体現できなくなっている」(国立台湾大学・何明修社会学教授)台湾政治が、これまでの枠組みを超えて、市民たちの多元化する欲求をより立体的に反映する形態に近づこうとしている現状を示すインディケーターであると、解釈できるだろう。 対台湾ナショナリズムはなぜ 中国の民主化にとって不利なのか? そして3つ目のインプリケーションが、「中国で不健全に蔓延・高揚する対台湾ナショナリズム、およびそれに対する共産党のガバナンス力の欠如と脆さは、台湾社会・市民、特に若い世代の対中感情を悪化させ、両岸社会が真摯に向き合い、付き合うプロセスを阻害し、結果的に中国民主化プロセスにとって不利に働く」ということである。 台湾選挙の前日、台湾の有権者を震撼させた「周子瑜事件」がこの点を赤裸々に露呈している。 韓国のアイドルグループ「TWICE」で活躍する台湾の周子瑜氏が、韓国のテレビ番組に出演した際、韓国の旗と台湾を実質的に統治する中華民国の旗を掲げた。その後、中国で活動する他の台湾人タレントに「台湾独立派」であると公に“告発”され、同グループが中国で予定していたテレビ出演がキャンセルされるなどしていた。 中国における経済的利益を守るためだったのだろう。事態を憂慮した韓国のプロダクションが、台湾選挙前日の1月15日にあるビデオを公開した。そこには、弱冠16歳の周氏が、両手で1枚の用紙を握りしめ、そこに視線を落としながら読み上げ、「中国は1つしかありません。海峡両岸は一緒なのです。私はいつも中国人であることを誇りに思っています」と言って謝罪する、うつろな姿が映っていた。 様々な憶測または“陰謀論”が交錯していることもあり、詳細や背景については触れないが、結果的にこれを見た台湾の有権者、特に「台湾がそもそも自らの政府、領土、国旗を持つ主権国家だと信じて疑わない環境で育った若者たちは、海外で中華民国の国旗を掲げることすら許されないのかという驚きと怒りを覚えたのは間違いない」(台湾行政院スタッフ)。 私は、この事態が選挙前日という微妙なタイミングで起こったことにより多くの票が民進党に流れた、と言われる政局よりも、これによって、これまで国民党が自らの政権的基礎、中国共産党と関係を構築する上での政治的根拠としてきた“九二コンセンサス”というロジックが実質崩壊し、両岸が政治対話を促進する上での辻褄が合わなくなる可能性のほうが重要だと考えている。国民党は九二コンセンサスを掲げる過程で台湾の有権者たちを「一個中国、一中各表」、つまり、「中国は1つだが、各自がそれぞれに述べ合うこと」というロジックで説得してきた。 ただ、今回の事件によって、「台湾は中国と付き合う過程でいかなる場所でも中華民国の国旗を掲げることが許されない」=「それぞれが述べ合うことが許されない」という印象や認識が台湾社会の間で広がってしまった。台湾でテレビや新聞、インターネットをチェックしていたが、まさに1月16日前後は、選挙そのものの動向を伝える報道以外は「周子瑜事件」一色という具合であった。蔡英文も、この事件を受けて、勝利演説において、「この国家を団結させ、壮大にさせ、対外的に一致を図ることが私にとって最も重要な責任である」と主張した。これから、蔡英文はこれまでよりも中国に対して警戒的・敏感的・抵抗的になる世論をバックに、対中政策を進めていかざるを得なくなるということである。 何がこの事態をつくり上げたのか? 私が判断するに、まさに中国国内で排他的・攻撃的・狭隘的に高揚するナショナリズムであり、それを前に立ち往生し、体制内で健全な対応策を打てずにいる中国共産党の在り方である。実際に、対台工作を担当する中国国務院台湾事務弁公室は、この事件を受けて相当アップセットしていた。 「当然、我々が望む事態ではない。両岸関係を壊しかねない事件だ」 1月16日の太陽が沈む前に、同弁公室の幹部は私にこう語った。 「周子瑜事件」が投げかけた教訓 中国共産党に求められる選択肢 それでも、中国のインターネット上では周氏を「台湾独立派」と非難する世論が収まらない。それに対して、台湾ではそんな“中国”の状況に反発する世論と、台湾人としての尊厳を打ち砕かれたというショックが収まらない。そして、「両岸は1つの中国に属する。台湾は中国の一部である」というロジックで国内的にプロパガンダを進め、それを武器に台湾との政治関係を発展させてきた中国共産党は、目の前にある事態に対して何もできない。間違っても「いや、実は台湾では異なる解釈が存在する。対岸には対岸の言い分がある」とは言えないからだ。 「じゃあなぜ習近平は馬英九と会ったのだ? 根拠は九二コンセンサスだったのではないのか?」という民衆からの逆襲をくらうことになってしまう。私から見て、中国の“有権者”たちは聡明で、頭の回転が早く、身の回りの事態に常時クリティカルに反応する習性を備えている。 中国共産党指導部には、自らの核心的利益である台湾問題を安定的にマネージするという観点から、国民に“真実”を説明し、国内で高揚するナショナリズムを真っ当に緩和させていくという選択肢も理論上はある。仮にそれでも世論が収まらない場合、残された退路は、“担当者”が責任を取るべく辞任し、日本で言うところの内閣を改造することであろう。政権の正統性は、そうやって未来に引き継がれていく。 ただ、中国共産党にそれらの選択肢はない。 http://diamond.jp/articles/-/84788 中国経済の病巣、国有企業改革は進まない
2016年1月19日(火)田村 賢司 急激な株安を初めとした激震に見舞われる世界経済。その震源の1つが中国経済への先行き懸念だ。しかし、不安の元にある「投資」「設備」「債務」の3つの過剰を生み出している国有企業の改革には手が着かない。国有企業と3つの過剰問題の現状を、ニッセイ基礎研究所の三尾幸吉郎・上席研究員に聞いた。 (聞き手は田村 賢司) 三尾幸吉郎(みお・こうきちろう)氏 1982年、日本生命保険相互会社入社。国内債券の運用などをへて、94年に米国のパナゴラ投資顧問出向。米国債券運用を担当し、2000年からニッセイアセットマネジメントで、内外債券と外国為替の運用を行う。2009年から現職 中国の景気減速に懸念が広がっています。どう見ていますか。 三尾:消費は悪くはないですね。小売売上高は、昨年4月に底を打った後、回復に転じ、同11月には前年同月比で11.2%増になりました。建設などの固定資産投資は、長期的には右下がりの低空飛行ですが、同10月からやや回復している。言われているよりは少しいいようだけど、先行きの動向を示す製造業PMI(予想指数)は、12月まで2カ月連続の50%割れです。足元はやや小康状態ですが、将来は厳しいといったところです。 非製造業はどうですか。 三尾:こちらはずっと50を超えて、いいですね。中国も賃金が上がり、人民元高が続いて輸入品が安くなってきたせいでしょうか。先ほどの消費がまずまずなのと同様ですね。 それと、電子商取引のアリババや通信のシャオミなど、新たな成長企業も育っている。政府がブロードバンド化を進めたり、物流網の整備に力を入れてきたりした事が効いているのでしょう。 投資主導で景気を押し上げている それでも懸念が根強い理由の1つに国有企業の3つの過剰問題があります。過剰投資、過剰設備、過剰債務ですが、改善は進んでいないようですね。 三尾:確かにそうですね。まず、過剰投資から言うと、住宅投資、設備投資、公共投資などの総固定資本形成は2013年で、GDP(国内総生産)の45%に達し、主要国の中では群を抜いて高い状態です。日本や米国の2倍以上、第2グループの韓国やインド、インドネシアでも30%程度です。消費が伸びてきたと言っても、なお投資主導で景気を押し上げていると言えます。 主要産業はまだ国有企業が中核になっています。そこに問題があるわけですね。 三尾:製造業で言えば、鉄鋼や板ガラス、セメント、非鉄金属、造船、石炭、アルミなどは国有企業が柱です。世界一の生産国となった自動車も、中心にいるのは、トヨタ自動車や日産自動車、米国のビッグ3、ドイツのフォルクスワーゲンなど外資との合弁企業です。 過剰債務問題は、こうした国有企業と地方政府、国有銀行の3者がもたれ合って増やしてきたと言われています。国有銀行は、国有企業に過剰融資を行い、地方政府は公共工事などで仕事を作る。あるいは、業績の悪い企業にも融資をしたり、減税をして延命させる。いわゆるゾンビ企業を増やしたわけです。 過剰債務状態が年々、深刻化している 中国の非金融企業のGDP比債務残高の推移 出所:ニッセイ基礎研究所の資料を基に本誌作成 [画像のクリックで拡大表示] 過剰生産もそんな中から出てきて、継続してきたわけですね。 三尾:統計がないので、実態がなかなか分かりませんが、世界のGDPに占める中国の比率は約13%(2013年)。ところが、製造業だけ取り出してみると、23.2%に達しています。 この差は、製造業の設備が過大になっていることによる可能性があると思います。もちろん、日本やドイツなど製造業の強い国は、似た傾向がありますが、それにしてもGDP全体のシェアより製造業のそれが10%分も高いというのは突出しています。それだけ設備が多くて無理な生産をしているのでしょう。 その現れが、鉄鋼の過剰生産です。生産設備が過大にあり、そこで作られた国内需要分以上のものは、輸出しているわけです。常に指摘される中国の鉄鋼がアジアの鉄鋼市況を落としているという問題は、そこに根っこがあります。 「構造改革は積極的かつ穏当に」 改革は何故進まないのですか。 三尾:そこが社会主義国の限界かもしれない。「過剰」の部分を削れば、雇用が失われ社会が不安定化しかねません。本来、その政策は失敗する可能性があるものです。それは習近平政権としては避けたい。 だから、電子商取引や通信などのような新しい産業が育って、製造業で雇用が減ってもそこに吸収されるようになってから改革したいということになる。昨年12月の中央経済工作会議で、経済の「構造改革を積極的かつ穏当に進める」といったのはその辺りのことでしょう。 ただ、生産年齢人口の伸びが落ちているので、政府が公共投資などで景気をふかさなくても良くなりつつあります。昨年は、鉄鋼生産も徐々に落ちています。少しずつですが、改革はしているともいえます。 投資主導経済がなお続く 主要国の総固定資本形成の比率(2013年) 出所:ニッセイ基礎研究所の資料を基に本誌作成 [画像のクリックで拡大表示] 国内から資本が流出し、昨年夏以降、人民元安が続いています。改革の進まない状況に見切りをつけ始めたのでしょうか。 三尾:資本流出自体は恐れる必要はないでしょう。外貨準備は、減ってきたとはいえ、まだ3兆ドルを超えています。ただ、お話ししたように構造改革と呼べるほどのものは進んでいないので、もやもやした状態が続かざるを得ないでしょう。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/011800119/?ST=print
【第412回】 2016年1月19日 真壁昭夫 [信州大学教授] 中国金融当局の無理解が世界の市場を混乱させる 中国金融当局のドタバタ劇が 世界の市場に伝播した 中国の金融政策は今後も世界の波乱要因となりそうだ。写真は上海の金融街 2016年年明けの世界の金融市場は、中国金融市場の乱高下をきっかけに大きく混乱した。その引き金を引いたのは、間違いなく、同国の金融行政のドタバタ劇だ。
恐らく、今でも共産党政権は市場をコントロール可能と考えているのだろう。いざとなると、金融市場の無数の投資家の圧力の方が強い。共産党政権はそれを本当の意味で理解できていない。「力づくで、株式や為替などの金融市場を抑え込める」との過信が中国国内の株式市場を乱高下させ、それが世界の主要市場に伝播した。 また、世界経済の低迷懸念を背景に、原油価格は1バーレル=30ドルに下落し世界経済の先行きに不透明感が高まった。それをきっかけに、大手投資家は保有するリスク量を軽減する=リスクオフの行動に出た。為替市場では、ドルが対円で117円台前半まで売り込まれた。年初以降、日経平均株価は6営業日続落し、8日には、雇用統計が予想を上回ったにもかかわらず、米国の株価は下落する一方、金利は低下した。これは典型的なリスクオフの現象だ。 中国政府も、次第に強制的な相場管理のマイナス面を認識するようになるはずだ。しかし、同国が過剰な生産能力のリストラなどの構造改革を進めるためには、株式市場などの急落を防ぎ、一定の成長率を維持する必要がある。 そのため、今後も積極的に株式や為替の市場に介入すると見られる。株式の売却制限などの措置は、投資家から売り場を奪う。先行きの流動性懸念などに圧され、中国株を投げ売りせざるを得ないヘッジファンドも出ている。そうした懸念の連鎖が中国の市場をさらに混乱させ、世界の金融市場を混乱させる可能性は高まっている。 市場はコントロール可能と 過信する共産党政権 中国の金融市場動向と政府の対応を見る限り、共産党政権はまだ、「市場をコントロールできる」と考えている。典型例が、株式市場でのサーキットブレーカー導入、市場への介入、そして大株主に対する売却制限だった。サーキットブレーカー制度は、僅か4日間で解除せざるを得なかった。そろそろ、共産党政権も学習効果を生かすことを考えるべきだ。 今回の混乱の発端は、中国人民銀行が人民元の基準値を引き下げたことだった。経済指標が弱含む中、連日の人民元基準値の引き下げは、多くの投資家に中国からの資本流出懸念を抱かせたはずだ。それが株価急落につながった。 株式市場では、年初から導入されたサーキットブレーカーが投資家の懸念を追加的に高めた。これは、上海・シンセン300=CSI指数の騰落率が5%に達した際に株式取引を15分停止し、7%に達した場合は、終日売買停止する仕組みだ。この制度を導入することで、政府は過度な売り圧力を抑え、市場を安定させることができると考えたのだろう。 投資家の心理を理解しない、極めて短絡的な発想だ。1月4日の取引では、株価急落を受けてサーキットブレーカーが発動し、一時停止の後、終日取引が停止された。7日は取引開始後30分足らずで終日の取引が停止された。 この措置を受けて多くの投資家が、中国株を売りたくても売れないことに大きな不安を覚えた。その懸念は海外市場にも波及し、世界的にリスク回避が広がった。こうした懸念に対し、中国は市場に介入して株を買い支え、主要株主の株式売却を厳格化した。それは、(1)売却を行う際、事前に当局への申請が必要であること、(2)大株主が株式を売却する場合、3ヵ月間で資本の1%以内に収めることを定めている。 この対応は、基本的に市場原理と矛盾する。株式市場の安定は、政策的管理が支えるものではない。それは自由な売買を基礎に、多くの投資家の見解が価格に反映されることに支えられている。 売却を制限することは、投資家の不満や懸念を高め、市場を不安定にさせやすい。結果的に、中国は相場を強制的に管理することで、自分で自分の首を絞めている。 そうした政府の対応に対して投資家からの懸念や批判が高まったため、すでに中国はサーキットブレーカーの停止を発表した。これは市場の機能を尊重するもので、金融市場の動向を安定させるためにはプラス要因だ。 しかし、介入や売却制限等の相場管理は今後も続くだろう。今後も恣意的な介入が市場に影響し不安定な動きが続きやすい。 中国の政策が抱える根本的な問題点 不安定化しやすい同国の金融市場 中国経済の最も重要な課題は、政府の基本的スタンスだ。それは中国の政策リスクと言うべき問題だ。今回の混乱の核心は、昨年8月の人民元切り下げにある。当時、中国はIMF(国際通貨基金)の定めるSDR(特別引き出し権)に人民元が採用されることを目指していた。 人民元切り下げの真意は、経済の実態に合った水準に通貨を誘導することだった。市場の実勢にレートを調整し、IMFが求める自由な取引の基盤を形成したかったと見られる。人民元の改革に加え、中国は市場原理の強化のために、金利の自由化や地方政府の債券発行など、規制の緩和と自由化を急速に進めている。 しかし問題は、市場原理や自由な取引がいったい何なのか、十分に理解しないまま改革を進めたことだ。市場で人民元が大きく下落した場合、中国は市場の意思を尊重するのではなく、介入を通して市場の管理、コントロールすることを重視している。これを続ける限り、人民元の自由な取引の実現は容易ではない。 また、介入を続けた結果、中国の外貨準備は減少している。昨年12月の外貨準備の減少は過去最大を記録し、資本流出懸念は高まりやすいと言える。そうした懸念を食い止めるために、政府はより前向きに景気刺激策を打ち出す可能性がある。それは一時的に株価を反発させる。 ただ、一時的な相場の反発は、投資家にとって絶好の売り場でもある。そのため、株価などの値動きは荒くなりやすい。今後も政府は、相場の乱高下を抑えようと介入や取引制限を打ち出すだろう。 投資家はそれを懸念して、売り急ぐはずだ。結果的に、中国の金融市場は不安定化しやすい。世界の金融市場でも株などの価格変動率(ボラティリティ)の上昇が懸念される。 一方、主要国は人民元をSDRに採用することで、中国に市場原理の尊重を意識づけることができたともいえる。サーキットブレーカーの停止はその一例だ。中国が市場原理を尊重し、積極的に景気支援を行えば、過度に懸念が高まることは避けられるかもしれない。 米国経済にもリスクがある “不安”に傾き始めた投資家の心理 2016年の世界経済について、多くの投資家は米国の緩やかな回復が世界経済を支えると考えていたようだ。そうした見方は徐々に崩れ始めている。 1月8日に発表された米国の雇用統計は、予想をはるかに上回る好調なものだったにもかかわらず、米国株価は大きく下げ、相対的にリスクの低い米国債が買われた。それを見ると、投資家は世界経済の先行きに対する不安心理を強めた可能性がある。楽観的な見通しの賞味期限は長くはないかもしれない。 今後のポイントは、中国と米国の景気動向だ。今後の展開によっては、ほぼ同じタイミングで、米中の減速懸念が高まり市場が混乱する可能性もある。それは、リーマンショック以上の景気低迷につながる懸念を高める。 そうした“最悪のシナリオ”を想定するかどうかで、投資家のリスクオフに対する行動は大きく違ってくる。 まず、中国は今後も人民元安を志向するだろう。その背景には、多くの投資家が人民元の下落を見込んでいることがある。政府としても、人民元安を進めて国内輸出産業のサポートすることを考えるだろう。人民元安が進むことによる最悪のシナリオは、中国発の通貨危機の発生だ。 新興国経済の展開を考えると、今まで、自国通貨の急落などをきっかけに経済危機が発生するケースが多かった。それによって、強制的に通貨制度の変革やマクロレベルでのバランスシート調整を進めざるを得なかった。 構造改革など、中国の抱える問題が多いだけに、政府の想定以上に人民元が売られ、市場が大きく混乱する可能性は軽視すべきではない。 一方、米国経済にもリスクがある。ISM製造業景気指数は製造業の景況感の悪化を示している。それに対して、雇用面も含めサービス業は堅調だ。当面、それが景気を支えるという見方がある。 しかし、経済の川下の消費部分だけで、米国経済を長期間支え続けることは難しい。足元で物価は予想したほど上昇していない。住宅市場の回復にも減速感が出ている。株価に加え、原油価格の下落が高利回り債市場を圧迫し、急速にリスクオフが広がることにも注意すべきだ。 世界経済の先行き懸念を抑えるため、わが国を含め各国政府は財政出動等により景気を支えようとするはずだ。年初の市場の混乱は、各国政府に早期の経済対策の必要性を意識づけたと言える。対策が打ち出された際は、一時的に株価やドルが反発し、リスク回避は後退するかもしれない。 問題は、その効果が切れかけた時、世界の投資家が中国への懸念、あるいは米国の先行き不透明感をどう考えるかだ。短期間で、中国経済のボトルネックである過剰な供給能力が解消できるとは考えづらい。そのため、一時的な反発を経て、再度、世界の金融市場が乱高下し、混乱が発生する可能性を、慎重に考えた方がよいだろう。 http://diamond.jp/articles/-/84791
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