2016年1月19日 新村直弘 [マーケット・リスク・アドバイザリー代表取締役] 原油価格は1月中に25ドルへ 年内は乱高下が続く 原油下落の最大要因は米国の利上げ 昨年末は“嵐の前の静けさ”だった 現在の原油は供給過剰だが、生産調整が進んでいない 2016年の金融市場は大荒れでスタートし、まだその嵐は吹き止んでいない。同様に、原油相場は下落を続けており20ドル台が視野に入る状況になっている。 今回の原油価格下落の要因は複数考えられるが、最も影響が大きかったのが米国の利上げである。 下のグラフは、原油価格(ブレント)、ドル指数の推移に、リーマンショック後に始まった米国の一連の量的緩和策の期間を重ねたものだ。一見して分かるように、量的緩和が始まるとドル指数が低下し、原油価格が上昇、一連の緩和策が終了に向かうとそのタイミングでドル指数は上昇し原油価格が下落する、という関係性がある。 これが顕著になったのが、米国のテーパリング(量的緩和の縮小)が始まった一昨年の、特に夏以降だ。2014年後半の原油価格下落は、OPECの生産調整見送りや景気の先行き見通し下方修正が主な材料だった。だが、このように金融政策と併せ俯瞰して見てみると、金融政策の変更が先々の景気不安やドルの期待高を誘発し、需要減少や割高となるドル資産の売却で、原油価格に下押し圧力をかけたと考える方が自然である。 昨年12月、イエレン・FRB議長は米国の「異常な」金融政策を改めるとして漸次的な利上げ開始を決定、金利(FFレート)の誘導目標が25bp引き上げられた。正常化と言ってはいるが利上げは景気に対してブレーキを踏む行為である。影響がない訳はないし、いくら時間をかけて利上げすると言っても、現実に実施されなければ、その効果を100%経済活動が織り込むことは難しい。 今回は年明けまで市場に波乱はなかったが、昨年は比較的長いクリスマス休暇だったこともあって年末の市場参加者が限定され、さらに大きなイベントがなかったため、たまたま静かな年越しとなった、と考えるのが妥当だろう。しかし、年末年始に発表された中国の経済統計の鈍化や、中東での地政学的リスクの高まりが火付け役となり、株価が暴落。利上げの影響と相まってエネルギー需要の減少観測が強まったため、原油価格にはマイナスの圧力が作用した。 拡大画像表示 供給過剰は徐々に改善の見通し ただし実感されるのは夏以降 今後の相場動向はどうなるのか。まず需給面から見よう。 現在の原油需給は供給過剰であるが、今年は価格の低迷で、多くの非OPEC生産者の減産が予想されている。先物やオプションで価格下落リスクヘッジを行っている生産者を除けば、この価格水準で利益が確保できるのは中東の産油国をはじめとする一部の生産者に過ぎない。 2016年が始まってから3週間しかたっていないが、最も早い生産統計である米国の週間石油統計では減産はまだ確認されていない。しかし冷静に考えて今後、この状態でも生産を続けるか否かは体力勝負になることは間違いない。時間経過とともに小規模生産者の生産調整(淘汰)が進み、需給バランスの改善・価格上昇に寄与するだろう。 昨年のように、金融緩和によってだぶついたマネー(過剰流動性)がジャンク債市場を通じてシェールオイル生産者に流入し、コスト割れ生産者が存続してしまう、というシナリオは想定し難い。米国が金融正常化に動き、市場参加者の多くの原油価格見通しが弱気に傾いているためだ。 ただ、生産調整が「穏やかに」起きず、「破綻」という形で顕在化した場合には、信用市場への影響が無視できない。この場合は原油相場ではまず売り材料となり、その後、需要が回復する過程で上昇要因となるだろう。 一方で、イランに対する欧米の制裁解除が1月16日に宣言され、予想通りであれば1〜2ヵ月のうちに50万バレル程度の原油が市場に流入することになる。これはある程度すでに織り込まれていると考えられるが、原油の需給を緩め、価格を下押しする要因となる。 この場合、イランの増産分をサウジアラビアが肩代わり減産する、という期待があったが、年初にサウジアラビアはイランと国交断絶を決定。原油価格の上昇で対立国に利する“減産カード”をサウジアラビアが切るとは考え難く、市場の生産調整期待は大幅に後退している(OPECの基本戦略は原油価格を低位安定させ、OPEC以外の高コスト生産者の淘汰を待つことであるため、サウジアラビアとイランが国交を断絶していなくても結果は同じであるが)。 結局、現在の緩和した需給環境がタイト化するには、OPEC以外の生産者の生産調整が起きる必要があるため、それには時間を要することになる。減産が実感されるのは早くて今年の夏場以降になるのではないか。 今月中に25ドルもあり得る 2016年中は乱高下が続く では、この原油価格低迷はいつまで続くのか、どこまで下落するのか。結論から言えば山場は今月中、25ドル程度まで下がる局面もあり得ると見ている。 昨年夏以降の下落は投機筋の売りによって形成されているものであり、依然として投機筋はショート(売り)ポジションを積み上げている。さらに、高リスク取引を規制したボルカー・ルールが適用される中で投資銀行の多くが商品市場から退場、「割安・割高」に賭ける参加者の数が減っており、市場の動きに順張りで乗るトレンド・フォロー型のファンドに価格が左右されやすい環境になっている。このため、生産コストなどの分析があまり有効に機能しない。 足元、多くの参加者の見通しが弱気であり、かつ、テクニカルに良い目安になると考えていた30ドルを下抜けする局面が出てしまったため、WTI(米国市場)・ブレント(欧州市場)とも、25ドルといったオプションのポジションが積み上がりやすいきりのいい値が、当面の下値の目途となる。 生産調整が始まるのは恐らく早くて今月中、株価も(筆者は専門ではないが)年初から大幅に下げてきたため、企業決算などを手掛かりに割安銘柄に買い戻しが入ることが期待される。これらから、原油価格の下落は今月中が山場になるのではないだろうか。 価格が底打ちすれば、ここまで積み上がってきた投機筋のショートが買い戻され、上昇に転じると考えている。ただし、需要面が強くない限り戻りのペースは極めて緩慢なものとなる。現在の状況を勘案するに、50ドル程度までしか戻らない可能性が高いと見る。投機筋の買い戻しで60ドル台をうかがう局面が発生するのは、年後半になるのではないだろうか。 そして50ドル程度まで価格が上昇すると再び供給増加観測が強まり、30ドル台に下落する、という荒っぽい値動きがしばらく続くと予想される。2016年通年で見た場合、中心レンジは30〜60ドルになると予想する。 価格上振れリスクは中東の混乱 下振れリスクは世界経済の失速 この見通しのリスクとして、アップサイド(価格の上振れ)は原油の供給途絶が発生する場合だ。イランとサウジアラビアの対立が強まっている以上、中東の主要な油田、輸送手段に対して破壊的な攻撃が行われる可能性は、残念ながら昨年に比べて高いと言わざるを得ない。 両国とも国力の衰退に繋がる本格的な戦争を想定しているとは考え難い。しかし、宗教的な対立が国境をまたいで拡大している以上、民衆を政府側が抑えきれない、というシナリオはあり得るだろう。またそうならなくても、両国のにらみ合いを受けて漁夫の利を得たイスラム国(IS)が、存在を誇示するためにイラクやリビア、ナイジェリアのパイプラインを破壊する可能性もある。現在、中東では何が起きてもおかしくない状況にあることだけは間違いがない。 ダウンサイド(価格の下振れ)は、世界経済の成長率が、IMFの想定している見通し3.6%から下方修正された場合だ。 その要因としては、(1)米国の利上げが世界経済に悪影響を及ぼす(正常化目的の利上げの失敗)、(2)中国政府の経済対策失敗、(3)中東情勢の悪化により政治的な結束が弱まっている欧州経済が失速する、(4)東アジアの軍事的な不安が顕在化する、(5)原油価格の低迷に伴う産油国の破綻が各国信用市場に影響を及ぼす、といったことが挙げられる。 過去のデータを元にすれば、少なくとも3%のGDP成長がなければ原油需要は前年比マイナスとなる可能性がある。また、IMFの見通しは近年、年末に向けて下方修正される傾向が強いことも懸念である。 2016年は各地で選挙が予定されている。選挙は不連続な経済政策の変更をもたらすことがしばしばある。本稿では説明を割愛したが、2016年は天候リスクも例年に比べて高いことが予想される。今年は「申(さる)騒がし」という相場格言通り、騒がしい年になるのではないだろうか。 http://diamond.jp/articles/-/84792 【第401回】 2016年1月18日 広瀬 隆雄 原油・石油と天然ガス価格の下落によって次のリーマンショックが起こる可能性はあるのか?米国の銀行の貸出内容や決算状況から考えてみた <今回のまとめ> 1.銀行の決算が相次いで発表されている 2.米国の消費者は健全だ 3.石油・天然ガス業界ではたぶん倒産が起きる 4.石油・天然ガス業界への貸付は全体の1.9〜5.6%程度 5.貸付けは個々の案件ごとに審査している 6.過剰反応は慎み、チャンスを狙え 銀行決算で明らかになった 米国の景気の実態とは? 先週からアメリカは決算発表シーズンに突入しています。すでにJPモルガン(ティッカーシンボル:JPM)、ウエルズファーゴ(ティッカーシンボル:WFC)などが決算を発表しています。 今回の決算発表は、世界の株式市場が軟調な中で行われているので、JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOとウエルズファーゴのジョン・スタンプCEOという金融界で尊敬されている経営者から決算カンファレンス・コールで直接考えを聞くことが出来る良い機会でした。 金融界のリーダー2人は 「米国経済は安泰だ」と楽観的 結論から言えばジェイミー・ダイモンもジョン・スタンプも楽観的でした。 米国経済の8割は消費から成り立っています。だから消費者の動向は極めて重要です。これに関しては両CEOともに、高水準の雇用創造、低い失業率、賃金が上がりはじめていること、消費者が家計の負債の圧縮につとめてきたこと、などにより「危険な兆候は見られない」と意見の一致を見ました。 下はJPモルガンの住宅ローンとクレジットカードの損金計上のトレンドです。 歴史的に低い水準になっていることが読み取れます。 ウエルズファーゴは消費者とスモール・ビジネスを上得意の顧客としています。貸付け資産の内容は依然、改善基調です。 スタンプCEOは「最近のガソリン代の下落で消費者はラクになっているが、その分をすぐに消費に回すのではなく、借金の返済に回しているフシがある」とコメントしていました。 つまり消費者のフトコロ事情は、至って健全なのです。 もちろん、投資家が今心配しているのは消費者ではなくて、石油・天然ガス業界への貸付です。米国のシェール企業の採算ラインは原油価格にして50ドル前後なので、現在の30ドル割れの原油価格では倒産する企業も出てくると思われます。そこで次はそれを見ることにします。 石油・天然ガス業界への貸付は少なく、 リーマンショック時と状況は異なる まずメガバンクの石油・天然ガス業界への貸付は下のグラフのようになっています。 銀行によって石油・天然ガス業界の定義には若干差異があります。しかし同業界への融資は1.9%〜5.6%程度であり、比率としてはそれほど大きくないことがわかります。 2014年の石油・天然ガス業界全体のシンジケート・ローン借入総額は約2400億ドルでした。これに対し米国の一戸建て住宅の住宅ローンの残高は9.4兆ドル、集合住宅まで含めたローン残高は13兆ドルもあります。 だから石油と天然ガス価格の下落で「次のリーマンショックが起こる」と主張するのは、少し大袈裟だということがおわかり頂けると思います。 石油・天然ガス企業への融資は 有担保で、かつ個別に精査されている JPモルガンのダイモンCEOは「同業界への貸し付けは全て有担保の融資であり、与信に際しては個々の案件ごとに資産の担保価値を精査している」と説明しました。 これはリーマンショックの引き金となったサブプライム問題の発生時とは好対照を成しています。 当時、サブプライム問題が表面化した際の問題として、小口のローンは証券化され、リスクに応じて「輪切り」にされた上でパッケージされ直し、転売されるという経緯がありました。 それは投資家がどのような資産が証券化商品のその中に混じり込んでいるかをよく理解せず、ただ格付け機関の言う事を鵜呑みにして投資するという状況を生みました。それが破綻した場合、権利関係をほぐす作業は困難を極めました。 今回は貸し手と借り手はお互いを良く知っているし、仮にシェール企業が潰れてもすぐに実物資産を差し押さえることが出来ます。 ウエルズファーゴの場合、石油・天然ガス業界への貸付のうち1億ドル(0.6%程度)を今回、損金計上しました。また8億ドルを「支払い遅延ローン」に分類しています。実際にはこの8億ドルの融資はちゃんと支払いが行われているそうです。しかし将来、ひょっとするとそれらの企業は支払いに困るかもしれないということを予期し、慎重には慎重を期す意味で、すでに「支払遅延ローン」に分類したというわけです。 こうして考えてくると、今後石油・天然ガス業界で倒産が相次いだとしても、それが金融市場に与える影響は限定的だということが見えてきます。 ひるがえって現在の市場参加者の反応を見ると、付和雷同的な過剰反応が多いです。石油・天然ガス企業の中にはバランスシートがしっかりしていて倒産するリスクが小さい企業も多いです。いまはそのような優良企業の絶好の仕込み場だと思います。 http://diamond.jp/articles/-/84809 2016年1月18日 芥田知至 [三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員] 今年後半に原油需要持ち直しも1バレル=50ドル乗せは難しい 原油相場は下落を続けている。昨年12月後半は、米エネルギー情報局(EIA)の週次石油統計で原油在庫の減少が示されたこと(23日)などから底堅い動きも見られたが、上値は重かった。 拡大する 2016年に入ると、1月4日には、サウジアラビアとイランの対立激化を受けて、地政学的な不安から、一時原油相場は上昇した。2日にサウジがテロに関与した47人の死刑を執行したと発表し、その中にイスラム教シーア派の指導者ニムル師も含まれていたことから、シーア派の大国であるイランなどで反発が広がった。テヘランにあるサウジ大使館などが群衆に襲撃され、3日にはサウジはイランとの外交関係を断絶すると発表する事態となった。 しかし、4日には中国の製造業購買担当者景況指数の悪化をきっかけに中国株が急落した。世界経済失速や原油需要鈍化への懸念が強まり、原油相場は、結局下落した。サウジとイランの対立はむしろ、OPEC(石油輸出国機構)内での政策協調を困難にし、減産の可能性を小さくするものとして受け止められた。 6日にはEIAの統計でガソリン在庫が増加し、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油の受け渡し場所である米オクラホマ州クッシングの原油在庫も増加したこと、11日には再び中国株が急落したことを受けて、原油相場下落に拍車が掛かった。 今年の原油相場を見通すと、前半は低迷が続くとみられる。中国や他の新興国で景気減速傾向が続き、原油需要の下振れが懸念される。 サウジ、ロシア、イラクからの高水準の供給が続く中で、核開発問題をめぐる制裁の解除を受けてイランからの原油輸出が増加することになれば、原油の過剰感があらためて強まる可能性が高い。 一方、米国景気は比較的堅調であり、追加利上げ観測とともに、為替市場ではドル高観測が残り、原油相場の押し下げ圧力になる。季節的に原油需給が緩みやすい春ごろは、原油相場は下がりやすい。WTI原油やブレント原油で1バレル当たり20ドル台がしばらく続く可能性が出てきた。米国の原油輸出解禁を受けて、WTIがブレントなどに比べて割安だった状態は解消され、WTIは国際的な指標性を回復してきている。 後半には、新興国を中心とした原油需要持ち直しを受けて原油の過剰感が和らぐだろう。また、米国の追加利上げが小幅にとどまる見込みになれば、為替相場もドル安に向かい、原油相場を押し上げやすくなる。それでも、高水準の原油在庫などを背景に、原油の供給過剰感は残るだろう。相場の上値は限定され、50ドル台に乗せるのは難しいと思われる。 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員 芥田知至)
http://diamond.jp/articles/-/84726 2016年1月18日 週刊ダイヤモンド編集部 中国ショックで露呈した脆弱相場の真のリスク 中国発の株安が再び世界の株相場を揺るがしている。戦後初めて、日経平均株価は年初から6営業日連続で下落した。その要因の一つといわれる中国経済が直面する問題と、マーケットが抱えるリスクを検証した。(「週刊ダイヤモンド」編集部 大坪稚子、前田 剛) Photo:YUTAKA/アフロ 昨年夏の中国ショックの再来か。上海株の急落に端を発した世界同時株安に、市場が揺れている。日米欧など主要市場の株価は年初から大きく下落(下図参照)。特に日経平均株価は、6営業日連続の下落という戦後初の事態となった。1月13日、ようやく反発して1万7715円で引けたものの、翌14日には一時的に1万7000円を割り込むなど、不安定な状態にある。 2015年8月、人民元の切り下げをきっかけに起こった世界同時株安は記憶に新しいが、今回も株価下落の引き金になったのは中国だった。取引初日の1月4日に発表された、中国の製造業購買担当者景気指数(PMI)が市場予想を下回ったことで上海総合指数が急落。値動きが制限幅を超えると取引を停止する「サーキットブレーカー」が発動されるに至った。 「上海株急落で、そもそも中国の統計指標は信用できないと感じている投資家の間に、中国経済はもっと悪いんじゃないかとの疑心暗鬼が広がった。それで相場がリスクオフ(リスク商品を売って安全資産を買う)になり、世界同時株安につながった」(西濱徹・第一生命経済研究所主席エコノミスト)。 相場の混乱はその後も続く。上海株は取引初日の急落後いったん反発したものの、4日目の1月7日に再び急落。皮肉にもこの急落を招いたのが、極端な値動きを抑えるために導入されたサーキットブレーカーだった。相場がいったん下げ始めると、サーキットブレーカーの発動で取引停止になる前に売ってしまおうという個人投資家のパニック売りが殺到し、相場が一気に下落したのだ。同日夜、中国当局は導入4日目にしてサーキットブレーカーの運用停止に追い込まれた。 本稿執筆時点(1月14日)で、上海総合指数は再び3000を割り込み、下落に歯止めがかかっていない。「企業の業績からすれば、まだ割高。2000〜2500くらいが妥当な水準」(柯隆・富士通総研主席研究員)との指摘もある。そうだとすれば、上海株の下落は当面続くことになり、世界の主要市場の混乱も収まらない可能性がある。いったい中国の実体経済はどのくらい悪いのだろうか。 拡大する 過剰設備・在庫と 地方債務増大で 効力失う景気対策 中国経済の減速を示すデータは枚挙にいとまがない。13日に発表された輸出額と輸入額の合計である貿易総額は前年比8%減と、6年ぶりの前年割れとなった。前述のPMIが景況感の分かれ目である50を割り込んでいることもその一つだ。15年7〜9月期(3Q)の実質GDP成長率は前年同期比6.9%と、目標の目安である7%を下回っている(下図参照)。 拡大する ただ、中国政府も手をこまねいていたわけではない。リーマンショック後の大規模な景気刺激策による過剰投資の副作用や、ギリシャ危機などの影響で12年ごろから長期低迷に入った景気を刺激しようと、小規模な財政政策や利下げを実施してきた。15年10〜12月期には、地方の公共投資案件が動き始めることで景気は底打ちする、との見方も多かった。 ところが、PMIは底打ちの気配を一向に見せず、15年の消費者物価指数も前年の2%を大きく下回る1.4%にとどまった。なぜ、中国は景気低迷から抜け出せないのか。それは、政府の景気対策が効かないからである。 理由は大きく二つある。過剰設備の淘汰が進んでいないこと、そして地方政府の債務が膨らみ続けていることだ。 企業はリーマンショック後の景気刺激策で過剰な投資を続けたため、過剰債務・設備を抱え込んでしまった。その結果、当局が利下げをして資金を供給しても、そのほとんどが債務返済に充てられ、設備投資の資金需要は回復していない。 地方政府の債務問題はさらに深刻だ。中国紙の「第一財経日報」によると、14年末時点で、地方政府の債務総額は24兆元と、14年のGDP比で約38%に膨らんでいるという。 15年に入って、中央政府は地方政府が発行する地方債に政府保証を付けるなど、債務を軽減する政策を打ち出しているが、あまりに債務が膨大なため、「返済が追い付かず、有利子負債は増え続けている」(柯主席研究員)状態だ。 李克強首相は昨年来、強い口調で何度も地方政府に公共投資案件の執行を促してきたが、このような財政状態故に、資金は債務返済に回され、投資案件にはあまり回っていないとみられる。 こうして、利下げも財政政策も効力を失ってしまったのだ。 昨年12月に開かれた中央経済工作会議(翌年の経済政策を決める会議)で、習近平総書記は、中国経済が直面しているのは景気循環の問題ではなく構造問題であり、従来のような財政政策はもはや通用しないと主張、政府も従来型の景気刺激策に効果がないことを認めている。同時に、「供給側改革」(過剰生産能力の淘汰や不動産在庫の解消)を最重要課題として位置付けた。経済を立て直すためには、痛みを伴う構造改革を断行するほかないということだろう。 方向性は打ち出された。だが、今のところ具体策は何ら提示されていない。改革を実行していくための政権基盤もいまだ盤石とはいえず、中国経済の先行き不透明感は拭い切れない。 円高が進行して 株価が下落すれば 追加緩和の可能性 今回の世界同時株安は、確かに上海株の急落がきっかけではあるが、それが主因ではない。市場は中国経済の低迷をすでに織り込み済みだからだ。株安の根底には、原油安や地政学リスクによって米利上げペースに対する不透明感が増していることがある。 昨年までは、米国がいつ利上げを開始するかが不透明だったために相場が乱高下した。今年は、次の利上げがいつかという点が不透明要素として市場の重しになっている。原油安が続き、米国のインフレ率が上がらなければ利上げを続けることは難しい。また、地政学リスクは原油安をさらに助長し、リスクオフの動きを加速させ株安を招きやすい。 14日時点ではまだ下げ止まらない日本株だが、今後はどう動くのか。「年初の株安で、16年の日本株の発射台が低くなった」(広木隆・マネックス証券チーフストラテジスト)ことで、上値は限られてくるだろう。 そんな中、鍵を握るのはドル円レートだ。海外ヘッジファンドがリスクオフの円買いを進めていることもあり、年初から円高に振れている。さらに円高が進めば、企業業績の悪化懸念から日本株はさらに下がる。今年7月に参議院選挙を控える安倍政権にとっては、株価下落は何としても避けたいところだ。 拡大する そこで浮上してきたのが、日本銀行の追加緩和観測だ。上図で示したように、名目実効円相場は前回の追加緩和時と同じ円高水準に接近している。「1月にドル円レートが116円を割り込めば、百パーセント追加緩和に踏み切るだろう」(高島修・シティグループ証券チーフFXストラテジスト)。 年初の急落で、リスクに過敏に反応する相場の脆弱性があらわになった。16年の大波乱相場は、まだ始まったばかりだ。
http://diamond.jp/articles/-/84730 なぜ?新興テクノロジー企業の株価が続々と下落
2016年1月19日(火)瀧口 範子=ジャーナリスト 新年が明けたばかりというのに、ここのところ耳に入ってくる新興テクノロジー企業の業績関連のニュースには冴えないものが多い。いよいよバブルが弾けそうになっているのかと、ちょっと心配になるほどだ。 例えば人気スタートアップで快調にIPO(新規株式公開)を果たしたはずなのに、どうも不調という企業がいくつかある。その代表格が米GoProだ。 スポーツ好きの若者に人気の「アクションカメラ(ヘルメットなどに装着できる小型のデジタルカメラ)」を開発した同社は、2014年6月にIPOした。そこから株価はどんどん上昇して、一時は90ドルに届くほどになったのだが、昨秋から下がり始めてIPO時の価格の24ドルを下回り、今年になってからは15ドル前後に落ちている。 これまでの同社は、いろいろな風に装着可能で、魚眼レンズがついた安いアクションカメラが売りで、そもそもこの新しいカメラのカテゴリー自体が同社の生み出したものだった。だが、今やもっと安いアクションカメラ製品も数々あり、スマートフォンでもかなり面白い画像やビデオが撮れる。 同社は、バーチャルリアリティーのビデオが撮影できる装置を、米Googleなどの持ち株会社である米Alphabetと提携して作ったり、米Facebookと提携してそうした映像を「Facebook」の「ニュースフィード」に投稿したりできる仕組みを開発しているが、これらが大衆化するまでにはまだ時間がかかるだろう。 手芸品ECサイト「Etsy」やウエアラブルのFitbitも株価不振 好感度の高かった米Etsyも苦戦中である。手芸や編み物など手づくり品を売買するサイトである「Etsy」を運営する同社は2015年4月にIPOした。その時の株価は31ドル。だが、その後は株価が下がり続けて、今は7ドルである。 ウエアラブルデバイスの米Fitbitの株価も下がった。同社が2015年6月にIPOを果たした際の株価は30ドルだったが、現在は18ドル。しかも、先ごろの「CES 2016」で、スマートウォッチの新製品を発表したのが、さらにあだになったようだ。米Appleや韓国サムスン電子など巨大な競合がひしめくこの分野で、ウエアラブル端末出身の同社はとうてい太刀打ちできないと見られているようだ。 そのほかにも、もっと危機感が迫るのは米Yahoo!だ。2012年夏にGoogleから鳴りもの入りでYahoo!のCEO(最高経営責任者)に就任したMarissa Mayer氏だが、スタートアップの買収を始めとしたいろいろな策を講じてきたものの、はっきりした結果が出てこない。 Yahoo!については昨年末から、同社が所有する中国アリババの株式を切り離すとか、いや、それを留めて中核事業の方をスピンオフするといった計画が噂されてきた。それに伴って、Mayer氏をクビにしろという大株主からの圧力もかなり高まっている様子だ。社員の流出も起こっているらしい。ここしばらくは、目が離せないだろう。 「ユニコーン」に評価見直しの動きも 「ユニコーン」と騒がれたスタートアップの中にも、変調が見られる。ユニコーンとは、未公開企業でありながら企業評価額が10億ドルを上回るもの。自動車乗り合いサービスの米Uber Technologiesなどが典型的な例だ。 ユニコーンが誕生した背景には、有望スタートアップの株をわれ先に手にしようとするベンチャーキャピタルや金融機関、投資関係者の熱狂があり、未公開の株の売買がそうした企業価値を押し上げてきた。一時はユニコーンとされる企業数は150社近いとも言われていた。 だが、ここへ来て評価を調整する動きが出ているようだ。特に話題になっているのはチャット・サービスの米Snapchatやストレージの米Dropbox。どちらもよく知られた人気のサービスだが、一部で企業評価額が下方修正されているという。 意味もない熱狂が収まるのは歓迎だが、シリコンバレーは何度となく衝撃的なクラッシュを体験している。どうにかソフトランディングに収めてほしいが、最近は住宅価格の行きすぎた高騰ぶりももはやピークを超していると指摘されている。どうも不穏な年初めである。 瀧口 範子(たきぐち のりこ) フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、建築・デザイン、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(共にTOTO出版)、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著/Bringing Design to Software)』(ピアソンエデュケーション刊)、『ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会・共訳))がある。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。1996-98 年にフルブライト奨学生として(ジャーナリスト・プログラム)、スタンフォード大学工学部コンピュータ・サイエンス学科にて客員研究員。 このコラムについて シリコンバレーNext
「シリコンバレーがやってくる(Silicon Valley is coming.)」――。シリコンバレー企業の活動領域が、ITやメディア、eコマースといった従来の領域から、金融業、製造業、サービス業などへと急速に広がり始めている。冒頭の「シリコンバレーがやってくる」という言葉は、米国の大手金融機関、JPモルガン・チェースのジェームズ・ダイモンCEO(最高経営責任者)が述べたもの。ウォール街もシリコンバレー企業の“領域侵犯”に警戒感を隠さない。全ての産業をテクノロジーによって変革しようと企むシリコンバレーの今を、その中心地であるパロアルトからレポートする。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/061700004/011400071/?ST=print 制裁解除でもイランの明日はバラ色ではない
2016年1月18日(月)森 永輔 イランと、同国との核交渉に参加した米英独仏中ロの6カ国は1月16日、核開発を巡ってイランに課していた制裁を解除すると発表した。イランのザリフ外相と欧州連合(EU)のモゲリーニ外交安全保障上級代表が同日、ウィーンで共同声明を発表した。これによりイランの経済は成長を取り戻すのか。断交に陥ったサウジアラビアとの関係に変化は生じるのか。新進気鋭の中東ウォッチャー、村上拓哉・中東調査会研究員に聞いた。(聞き手:森 永輔) 制裁解除を発表するイランのザリフ外相(右)とEUのモゲリーニ上級代表(写真:AP/アフロ) イランに対する経済制裁が1月16日、ついに解除されました。 村上:昨年7月の最終合意から制裁解除までかなり順調に進みましたね。いつこの段階に至るか、専門家の間には様々な見方がありました。早いものは2015年末、遅いものは2016年中というものまで。イラン核交渉に参加していた英国のハモンド外相でさえ「早ければ2016年春」と見ていたほどです。 順調に進んだ理由は何でしょう。 村上拓哉(むらかみ・たくや) 中東調査会研究員。2007年3月、中央大学総合政策学部卒業。2009年9月、桜美林大学大学院国際学研究科博士前期課程修了(修士)。2009年10月〜2010年8月、クウェート大学留学。在オマーン日本国大使館専門調査員を経て現職 村上:イランの側に急ぐ事情があり、最終合意の内容をスピ−ディーに実行したのだと思います。合意内容の中で特に重要だったのは次の4つです。第1はウラン濃縮に使用する遠心分離機を6104機まで削減すること。第2は、ウランの濃縮率を3.67%までとすること。これを超えて濃縮した分は国外に移動する。第3は、アラークにある重水炉を設計変更し、兵器級プルトニウムを生産できないようにすること。
第4は欧米諸国が「2003年まで核兵器開発活動の拠点になっていた」と疑っていたパルチンの施設に対するIAEA(国際原子力機関)の査察を受け入れることです。これは最終合意の枠外の事項なのですが欧米諸国は重視していました。IAEAは査察に基づいて「2003年まで組織的に核兵器の開発が行われていた。しかし、それ以降について確証はない」と報告しています。「確証はない」というのは「恐らく核兵器の開発はやっていない」ということを示唆する表現です。 イランが合意内容の履行を急いだ理由 イランが合意の履行を急いでいた理由は何でしょう。 村上:3つあります。1つはロウハニ大統領がそろそろ実績を必要としていたことです。同大統領は「(前任の)アフマディネジャド大統領が強硬な姿勢を続けたためにイランは国際的に孤立した」と批判することで当選しました。その後、2年半が経過しています 。アフマディネジャド路線を穏健路線に転換した成果を国内に示す必要がありました。 2つめと3つめは選挙に関わるもの。2月に国会議員の選挙があります。来年には大統領選挙が控えています。この時までに経済を上向きにし国民が実感できるようにするためには、今の時点で制裁解除を実現する必要があります。 国内の反対勢力による妨害はなかったのでしょうか。 村上:大きなものはありませんでした。外交問題を審議する国家安全保障最高評議会は核合意に賛意を示しました。この会議は大統領、外相など政府の大臣級幹部のほか、国会議長、司法長官、軍の参謀総長や司令官が出席するものです。 本来は権限のない国会も核合意を審議できるよう要求しました。議会には、革命防衛隊(注:イラン指導部の親衛隊的存在)関係者など核合意に強く反対する勢力がいます。ゆえにロウハニ大統領は審議させることに反対していましたが、最高指導者のハメネイ師が許可しました。「議会が反対したらどうなるのだろう」と懸念していましたが、結果は「賛成」でした。ハメネイ師に反対できる人はいなかったということでしょう。 「危ない国」が「普通の国」に イランにとっては待ちに待った制裁解除です。イランが得られるメリットで最も大きいものは何でしょう。 村上:「危ない国」と見られがちだったイランが「普通の国」となり国際社会に復帰できることでしょう。例えば、シリア内戦を巡る和平交渉ではイランが出席するのを認めるかどうかで議論が生じるなど、イランとの交渉の場を設けること自体が忌避されていました。こうしたことがなくなります。2013年にイランのザリフ外相と米国のケリー国務長官が会談した時には「1979年の革命による断交以来初」といって脚光を浴びましたが、こうした会談も普通のこととなるでしょう。 2つめは資金を調達できるようになることです。米国は「2012年度国防授権法」を成立させ、イラン中央銀行を含む同国の銀行と取引する外国金融機関と米金融機関とのドル決済を禁止しました。これは米国との取引を取るか、イランとの取引を取るか、と踏み絵を迫るもの。事実上、イランを世界の金融システムから排除する措置です。この禁止が解けることでイランは貿易を始めることができますし、経済成長につながる投資を集めることもできるようになります。 石油の貿易ができるようになると、現在日産100万バレルの産出量が、同200万バレルに増えることが予想されていますね。すぐに生産量を増やせるものでしょうか。 村上:石油に関して言うと、まずは制裁中に備蓄していた分を輸出に回すと思います。生産量を拡大する時期については、核交渉が最終合意に至ってから今日までの間にどれだけ準備を進めていたかによります。多分、懸命に進めていたことでしょう。2009年に制裁が強化される前のレベルならば比較的早く回復できるのではないでしょうか(注:同年に新たなウラン濃縮施設がみつかり、制裁が強化された)。 天然ガスが支える中東の安定 村上:イランが是が非でも力を入れるのは天然ガスの開発です。イランは埋蔵量で世界一を誇ります。しかし、今のところ開発が進んでおらず、設備も貧弱です。イランが制裁を受けている間に、カタールが開発を進めています。イランとカタールは、地下でつながっている巨大なガス田をそれぞれ北と南から掘り進めている状態です。イランはうかうかとしてはいられません。 イランは既にインドやパキスタンに天然ガスを輸出していますね。 村上:パキスタンとの間にはパイプラインを建設する予定です。イランはトルコへの輸出も期待しているでしょう。トルコがロシア軍機を撃墜して以来、トルコとロシアの関係は悪化しています(関連記事:「トルコがロシアと事を構えないこれだけの理由」)。トルコは天然ガスの多くをロシアからの輸入に依存しています。これを多角化したいと考えているでしょう。 なるほど。同様のことが日本にも言えますね。天然ガスや北方領土を巡るロシアとの交渉を有利に進めるために、イランからの天然ガス輸入を増やすことが考えられる。 ところでイランとトルコとの関係は良好なのですか。 村上:良くも悪くもない中間の状態です。ただ、経済関係を発展させる点では一致しています。 イランの貿易状況を調べていて面白いことに気付きました。トルコやアラブ首長国連邦(UAE)などイスラム教スンニ派の国が上位に並んでいるのです。 村上:イスラム教シーア派の盟主であるイランとスンニ派のUAEとの間には政治的な対立がある一方で、経済関係には深いものがあります。特に地域のハブ港として発展しているドバイにとって、イランは再輸出先の筆頭です。ドバイに行くと多くのイラン人を目にします。 サウジアラビアがイランとの断交を宣言した時、これまでのUAEの外交から見ると、サウジに追随してもおかしくはありませんでした。UAEは、イエメンで起きているイランとサウジの代理戦争にもサウジ側として積極的に参加しています。イランとの間には領土問題も抱えています。それでもUAEはイランとの外交関係を格下げするにとどめました。駐イラン大使を召還しているだけです。 イランが抱く中国への不信 資金調達に話を戻します。期待されるのは外国企業による投資ですね。 村上:そうです。しかし、すぐにバラ色の未来が訪れるわけではありません。イラン政府はV字回復するようなことを言っていますが、これは言い過ぎでしょう。 確かに多くの外国企業がイランに進出したいと思っています。しかし、国際金融機関は長期的な返済能力がイランにあるかどうか確信を持てておらず、融資に慎重な姿勢を見せています。こうした機関が動き始めないと、大きな投資案件は成立しません。 またイランが国内の体制を整備するのに時間もかかるでしょう。投資を受け入れるための法整備などが必要になります。 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)がイランに融資することは考えられませんか。 村上:それは考えたことがありませんでした。近く、中国の習近平国家主席がイランを訪問します。その時に話題になるかもしれないですね。 ただ、実はイランは中国に不信感を持っています。2009年以降に制裁が強化された時、日本もこれに倣いました。この結果、日本がアザデガン油田に持っていた権益が中国に移りました。中国は制裁に参加せず、イランから石油を購入し続けていましたから。しかし、こののちイランは中国を追い出してしまったのです。同油田の開発納期を守らないことが原因でした。この結果、同油田から外国企業はすべて姿を消すことになりました。よほど大きな不満を持ったのでしょう。したがってイランは、欧米や日本企業による投資を望んでいると思います。 第2次世界大戦時から続くドイツとの良好関係 石油と天然ガス以外の産業の先行きはどうでしょう。 村上:国際市場において競合に勝つことが期待できるものはあまりありません。外国企業の参入が増えるようになると、それらに喰われて国内産業が衰退する懸念もあります。もちろんイラン政府はそうならないよう考えつつ進めるのでしょうが。 中国のように、合弁企業の設立を条件に外国企業の参入を認めるのかもしれないですね。 村上:はい。確かに湾岸諸国の多くはそうした手法を採っています。 イランでは自動車産業が盛んなようですが。 村上:自動車の輸入が制限されていたので、自前で作っていたに過ぎません。自動車の部品でさえ輸入できなかったのですから。外国企業が支援するようになっても、海外市場で通用する自動車を10〜20年で開発できるようになることはないと思います。 現在のイランの輸出の主力は石油化学製品です。 村上:外国企業の参入はまずはそこから始まるでしょう。製油プラントなどの整備がまだ十分に進んでいませんから。 後は道路や高速鉄道といったインフラですね。特に需要があるのは発電所の建設だと思います。イランが産業立国を実現するのに電力が圧倒的に不足しています。核開発に力を入れる理由の1つは原子力発電の拡大でした。 国別に見ると、イランへの進出に力を入れているのはどこでしょう。 村上:やはり核交渉に参加した欧州諸国ですね。まず挙げられるのはドイツです。2015年7月に核交渉が最終合意に至るやいなや、ガブリエル副首相兼経済・エネルギー相がイランを訪問しました。「これは早い」という印象を持ちました。 実はイランとドイツは第二次世界大戦の時から良好な関係にあります。戦後も、イランで最初の原子力発電所となるブーシェフル原発の設計を請け負ったのは、ドイツのシーメンスでした。 インドとの関係拡大も期待できます。インドは制裁下でも、イランとの貿易をバーター取引で継続していましたから。 サウジとの関係は当面変化せず サウジとの関係が制裁解除を機に変化する可能性はありますか。 村上:大きな変化はないと思います。核交渉が最終合意に達した時点で、制裁が解除されることは分かっていましたから。サウジをはじめとする湾岸諸国はこの核交渉の行方に懸念を示しましたが、2015年5月にオバマ大統領がこれらの国の首脳を集めて安全保障を約束したことで一応納得したと思います。 2014年ころまで存在していた、サウジとイランが「和解」する可能性は、今回の断交により途絶えてしまいました。しかし、制裁が解除されようとされまいと、和解は難しかったと思います。 石油市場において、サウジとイランがビジネス面での競争を激化させることはあるでしょう。しかし、これはイランとサウジだけの争いではありません。市場から閉め出されるのはサウジでもイランでもなく、石油の生産コストや輸送コストが高い国々でしょう。ロシア、アフリカのナイジェリアやアルジェリア、南米のベネズエラなどです。 「和解」というのは宗派争いを巡る和解ですか。 村上:宗派争いというよりは、周辺地域における代理戦争です。両国は、シリアやイエメンにおいて、相手方が支援する組織によって自国の兵士が殺されていると考えています。こうした相互不信を解くための和解です。 サウジは安全保障面で自主防衛力を高める策を進める方向にあります。アラブ連盟首脳会議が2015年3月、アラブ合同軍を創設するとの声明を発表しました。背景にあるのは、核合意によってイランはウラン濃縮を継続できること。そして、シェール革命で中東の石油に対する興味を低めた米国が、この地域から退く方向にあることなどです。サウジのこの動きは強くなっていきますか。 村上:確かにそうなのですが、今のところ実態を伴うものになっていません。サウジは2015年12月、イスラム諸国による対テロ軍事同盟を発足させる「共同声明」を発表しました。この同盟は実態があるのか、ないのか、よく分からない状況です。一部の国では、自国が同軍事同盟に参加しているのか「サウジに確認する」と回答する状態。サウジと親密な関係にある湾岸諸国も「共同声明」の形式で発表されたにもかかわらず、サウジの提案を支持する」と回答する有様です。 このように、サウジ政府の外交にはお粗末な面が見られますが、考えは巡らせていることでしょう。将来的には、イランも含めた地域の集団安全保障体制の構築を検討する意向があるのではないでしょうか。イランを封じ込めることが不可能なのは明らかですから。 イランの側はどうでしょう。レバノンのイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラ、イエメンのシーア派武装組織であるフーシ派といった組織への支援を今後も続けるのでしょうか。 村上:弱めることはないと思います。ただし、まずは国内経済の立て直しが優先事項でしょう。海外組織に対する支援の中心となっている革命防衛隊はイラクなどに部隊を派遣しており、戦費が潤沢とは思えません。 米国の次期政権はより強硬に 最後にイランと米国との関係の将来についてうかがいます。制裁解除に続いて、国交回復が議題に上ることは考えられますか。 村上:難しいでしょう。ハメネイ師はこれまで「米国に死を」と言い続けてきました。国交回復を認めることは、国内向けに説明がつきません。最高指導者がハメネイ師から変わるまでイランが米国との国交回復にかじを切ることはないでしょう。ちなみにイランの最高指導者には任期のしばりがありません。亡くなるまで、その職にあり続けます。 一方、米国側もイランとの国交回復を考えるのは難しいでしょう。オバマ大統領はイランに対して寛容すぎました。核問題で合意しましたが、イランは人権問題も抱えています。国内の少数民族であるクルド人やスンニ派のバルーチ族に対して厳しい対応をとってきました。死刑も数多く実行しています。加えて、革命防衛隊は米国のテロ組織リストに名を連ねています。 米国の次期政権は、民主党の大統領であっても、現在よりも強硬な姿勢を取ることは確実でしょう。 再び制裁を課すような事態もあり得ますか。 村上:核問題を巡っては、イランが合意を守っている限りないでしょう。しかし、地域紛争を巡ってならばあり得ます。イランと米国の方針はイスラム国(IS)に対する姿勢以外は一致するものがありませんから。シリアのアサド政権の存続を認めるかどうか、イエメンのハディ政権を支持するかどうかなど、いずれも異にしています。米国はサウジを介してスンニ派のハディ政権を支持しています。これに対してイランは、シーア派武装組織でハディ政権と戦闘を続けるフーシ派を支援しています。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/011700028/?ST=print
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