視点:正規・非正規雇用の分断こそ日本の弱点=エモット氏 ジャーナリスト/英エコノミスト誌元編集長 [東京 12日] - 日本経済の低成長の背景にある家計需要の慢性的な低迷、生産性上昇の停滞は、正規・非正規という労働市場の分断に起因するところが大きいと、英エコノミスト誌の元編集長でジャーナリストのビル・エモット氏は指摘する。同氏の見解は以下の通り。 <労働力不足の今なら改革の痛みは小さい> 日本の経済発展と社会調和にとって、最大の障害は、労働市場の深刻な分断だ。日本の賃金労働者は約60%のインサイダー(正規雇用労働者)と約40%のアウトサイダー(非正規雇用労働者、多くはパートタイマー)に二極化している。 前者が、高いレベルの雇用保障と福利厚生など賃金・給与以外の経済的利益(ベネフィット)を享受している一方、後者の大多数は低賃金で、そうしたベネフィットも皆無に等しく、不安定な雇用を余儀なくされているのが実情だ。 日本は迅速に労働法制を調整し、フルタイム、パートタイムに関係なく、働くすべての人が同等の雇用保障とベネフィットを受けられるようにする必要がある。 むろん、これは、インサイダーにとっては雇用保障のレベルが下がることを意味する。したがって、失業者に対する保障制度の改善や再就職への公的支援の拡充が必要になる。 ただ同時に、アウトサイダーの権利と雇用保障のレベルを引き上げる必要がある。大企業は当然、こうした変化を阻もうと政治に強く働きかけると思われるが、アウトサイダーの権利を向上させることは、インサイダーの権利を引き下げるのと同じくらい重要だ。 労働市場の分断を解決しなければ、日本は家計需要の慢性的な低迷、生産性上昇の停滞に悩まされ続けるだろう。そして、増加し続けるアウトサイダーの人的資本は着実に蝕(むしば)まれていく。技能習得にもっと投資しようというインセンティブが、会社側にも個人(非正規雇用労働者)側にも、働きにくいからである。 日本経済が完全雇用状態にあり、現実として労働力不足に直面しているにもかかわらず、この人的資本の劣化と家計需要の低迷が継続しているということは、労働制度改革の喫緊の必要性について十分な根拠を示している。 完全雇用と労働力不足の状況下では本来、このような改革に伴う社会的な痛みは小さく済むとも言える。 *ビル・エモット氏は、英国のジャーナリスト。オックスフォード大学モードリン・カレッジ卒業後、同大学のナフィールド・カレッジを経て、1980年に英エコノミスト誌に入社。83年から3年間、東京支局長。93年から2006年まで13年間、同誌の編集長を務めた。「日はまた沈む」「日はまた昇る」など日本に関する著書多数。 http://jp.reuters.com/article/view-bill-emmott-idJPKBN0UM0TI20160112 悪法「契約3年ルール」で増える“会社の自殺”「入れて、切って、はい、入れて」が会社に与えるダメージ 2016年1月12日(火)河合 薫 「“安い、便利だ! 3割も4割もコスト削減できます!お任せください!”。これが派遣事業社が打ってる広告ですよ! 総理、『正社員化と言っていたのは嘘でした』と謝ってください!」
こう石橋通宏民主党議員が安倍首相にブチギレ、激怒したのは4カ月前。(このやり取りはかなりおもしろいので、ご覧になりたい方はこちらをどうぞ!) なんでこんなにおもしろいやり取りを、メディアはあまり放送しなかったのだろう。ふむ。オトナの理由……ってヤツだろうか。 いずれにせよ、反対派の必死の攻撃はあえなく撃沈。労働者派遣法の改正は昨年9月11日に成立した。その約3週間後の9月30日には施行日を迎え、新しい法律の下での運用が開始している。 法の“改悪”で派遣社員は職場を転々 改めて説明するまでもなく、改正派遣法では、同一事業所での契約期間をマックス3年に定めている。 一方、4年前には労働契約法が改正され、同じ職場で5年を超えて働く有期契約のパートや契約社員について、本人が希望した場合に契約期間を限定しない「無期雇用」、すなわち、正社員に転換することが盛り込まれた。 もともと労働契約法は有期雇用について、1回の契約で働ける年数を原則3年以内と定めているが、法案が改正されるまで「契約更新を重ねた場合の上限」はなかった。そこで「永遠に契約状態」を無くすために、と作られたのである。 が、当初からこの法律は問題山積で、悪法以外の何ものでもなかった。 予想どおり、契約期間マックス3年で「延長はなし」との条件で採用するケースが増え、契約社員は転々と職場を渡り歩く事態に追い込まれているのだ。 「契約期間は3年。派遣法の改正のせいで、それ以上はもうないね」 「これからって時に送り出さなきゃでしょ。現場は正直キツい」 「契約延長できないかって、散々上にも交渉するんですけど、ダメですね」 「契約社員のほうが能力高いんですよ。とにかく一所懸命。それを3年で手放すって、どれだけロスになっているか、上はわからないんだよね」 「結局、なんやかんやいっても、上にとってはコストでしかないんだよ」 これらはすべて大手企業、あるいはその関連会社で働く部長職の方たちの嘆きだ。 そうなのだ。その“3年”という時間を巡って、現場と経営層の間にギャップが生じているのである。 「企業を儲けさせないと賃金は上がらない」のウソ そもそも組織に適応し、いちメンバーとして組織に役立つには、最低でも3年はかかる。組織心理学の専門用語でいえば、組織社会化。「どれだけロスになっているか」と嘆く先の現場の言葉どおり、3年ごとに「入れて、切って、はい、入れて」は、“会社の自殺”だ(参考コラム:“会社の自殺”が進むこの国の愚行とANA正社員化の英断)。 要するに部長さんたちが指摘するとおり、「結局はコスト」。 派遣会社が「私たちにお任せください!」と謳うように、派遣社員も、直接契約の契約社員も「安くて、便利!コスト削減にはもってこい!」。 「非正規雇用、遂に4割!」で話題になった、昨年公表された厚生労働省の調査(平成26年「就業形態の多様化に関する総合実態調査」)でも、正社員以外を雇用する理由のトップは「賃金の節約」(38.6%)だった。 その抑制分は人材派遣会社に流れ、ホクホク顔。主要人材派遣会社の97%が黒字で(帝国データバンク)、2015年上半期の労働者派遣事業の倒産件数は、年度上半期では過去8年間で最少だったのである(東京商工リサーチ)。 なんでこんなにも、企業ばかりが優遇される仕組みになっているのだろう。 「そりゃあ、企業を儲けさせて景気よくしないと、社員の賃金アップにはつながらないし。正社員の賃金アップなしに、非正規の賃金アップはないでしょ?」 ふ〜〜ん。果たしてそうなのだろうか。 んじゃ、なんで「日本の労働分配率は、過去20年間で最低水準まで低下」しているんだ。非正規社員を増やし人件費を抑制し、企業が利益を優先しているだけじゃないのか。 それを知ってか知らぬか、安倍首相、さらには黒田日銀総裁まで、「賃金を上げろ!」と企業にオーダーはする。 けど、「非正規との賃金格差をなくせ!」とか、「正社員化しろ!」とオーダーすることはない。 結局のところ、 「正社員化は、企業の判断でやるべき」(By 安倍首相 冒頭の国会での答弁より)であり、 「正社員をなくしましょう」(By 某大手派遣会社の会長であり、経済学者)だから、仕方がないってことなのか? たとえ、その煽りを現場が受けようとも、契約社員が3年ごとに就活を余儀なくされようとも、「そのうちそれがノーマルになりますから、待っててね!」ってことなのか? ……それっておかしくないですか? というわけで、今回は「3年問題」についてアレコレ考えてみます。 「結局3年で終わるなら、がんばっても仕方がない」 「私、正社員じゃなくてもいいんですよ。契約3年更新の繰り返しでもいいんです」 こう切り出したのは、現在、某大手企業の関連会社で契約社員として働く、33歳の女性である。 「私、最初先生を目指していたんです。でも、非常勤しかなくて、短いときには半年、長くても1年で学校を転々としてきました。それって結構、精神的にも負担が大きくて。結局、先生をあきらめて一般企業に就職したんです。といっても契約です。3年契約です。そのときの上司がすごくいい人で、そのまま正社員になれるように上に掛け合ってくれたんですけどダメでした。それで今の会社を紹介してくれたんです。仕事はものすごくやりがいがあります。職場の雰囲気もいいですよ。でも、今年で契約切れです」 「契約延長はないんですか?」(河合) 「ないですね。もう私の次の人に、内定出してますから。なし、です。実は昨年、正社員化されるって噂が飛び交っていたので、少し期待していました。ちょうどその頃、後輩の指導係を任されていたんですね。なので、『契約にやらせるってことは、やっぱり正社員になれるんだ!』と、都合よく解釈していました。 でも、それは全く関係なかった。この時期になっても何も言われないってことは、3月終了が確定です。下手に期待した自分が情けなくて。慌てて就活しています」 「やっぱり正社員がいいですよね?」(河合) 「う〜ん。もちろん正社員になれれば、いいかなぁって思いますけど、それはね、ムリだなって思いますよ。一旦、契約社員に任された仕事やポジションは、永遠に契約社員の仕事になる。今の上司は、『契約社員で十分回るって、上は味をしめた』って嘆いてました。 なので正社員へのこだわりは、最近なくなりました。ただ、3年は短い。やっと自分が納得できる仕事ができるようになって、これからってときに就活です。契約でもいい、1年ごとの更新でもいい、とにかくもうちょっと腰を落ち着けて仕事をさせて欲しい。 自分さえがんばれば更新してもらえるのであれば、私、いくらでもがんばります。それなら自分次第だって割り切れる。でも、今は、どんなにがんばっても3年以上はダメ。自分の中が矛盾だらけなんです」 「仕事も、職場も、好きだから一所懸命やります。でも、結局どんなにがんばっても、3年で終わるんなら、がんばっても仕方がないじゃんって思う自分もいて。おまけに、後輩の指導ですよ。私、もうすぐいなくなるんですよ。ちっとも腑に落ちない。永遠にこんな生活が続くのかと思うと……。不安を通り越して、正直、イヤになってきます」 「もし、今までのキャリアとは関係ない職種でも、正社員の募集があれば、そちらに募集したいと思いますか?」(河合) 「……わからない、というのが正直なところです。ただ、このままだと結婚しても、子どもは持てない……。なんか、しんどいですね。ホント、しんどい」 以上が彼女とのやりとりである。 現場の人たちの多くが「長期雇用すべき。して欲しい」 補足しておくと、彼女が「子どもは持てない」と言った理由は、昨年11月に公表された「マタハラ実態調査」(「妊娠等を理由とする不利益取扱いに関する調査」厚生労働省)を見れば容易に推測できる。 派遣社員の48.7%が「マタハラの経験がある」と回答し、正社員の21.8%をダブルスコアで上回ったのだ。 しかも、マタハラを経験した派遣社員のうち27.4%が、妊娠を理由に契約打ち切りや労働者の交替を経験したと回答。また、上司などから「迷惑だ」「辞めたら」といった嫌がらせの発言を受けたケースは、派遣社員の32.7%にのぼった。 現在は、企業と直接契約をしている彼女。「産休を取れない」と断言する。 法律的には取れる。だが、わずか3年の契約期間中に、産休を申し出ることなどできるわけがない。そうなった途端に、契約打ち切りとなる可能性が高い。 「ならば派遣だ!」と鞍替えしたところで、「2人に1人がマタハラされるほど、迷惑がられてしまう」のだ。 33歳。結婚も出産もこれからの彼女にとって、「不安」以外のナニものでもないのである。 なんでこんなにも、“企業に勤める”という行為が、難しくなってしまったのだろう。 私が社会人になった頃、派遣社員は“かっこいい”存在だった。 まさしく新しい働き方。派遣だから賃金が安いというイメージはなかったし、契約社員についても、似たようなイメージだったと記憶している。 そもそも「非正規雇用」なんて言葉自体存在しなかった。 それが今は、正社員と非正規の生涯賃金格差が1億円超だの、「正社員になれなかった人」だの、非正規は常に正社員の“下”とカテゴライズされ……、挙げ句の果てに、派遣も契約も3年で雇用が打ち切られる始末だ。 それを後押ししてるのが、「労働者を守る為」という大義名分で作られた法律だというのだから、わけがわからない。本末転倒。笑うに笑えない。 もちろん、正社員化に踏み出した企業もある。だが、「それってどこ?」と感じてしまうほど実感に乏しい。正社員化した企業でも、「全員じゃなかった。なんであの人が?って感じで。余計に不満がたまった」という意見を聞くことの方が多いのが現実なのだ。 しかも、私が知る限り、ほとんどの人たちが“3年縛り”に否定的だ。 現場の人たちの多くが「長期雇用すべき。して欲しい」と望み、「どうしても上に立つと、コストを考えてしまうんですよ」と言い訳するトップたちでさえ、契約や派遣の「長期雇用」に必ずしも反対じゃない。 改正派遣法が成立したとき、「“永遠派遣”法にならない。まさしく働く人のための法案だよ」と豪語した識者は結構いた。 その方たちは、この事態をどう説明してくれるのだろう? 少なくとも、フィールドインタビューで耳を傾ける限り、「3年でいいじゃん。雇用の流動化ですよ。ガッハッハ」と、高らかに笑う人は皆無だ。 「がんばった人が報われる社会!」 それ、どこに??? 永田町のみなさまが、“労働者を守る為の法律”を整備してくださったおかげで、現場の願いも、働く人たちの願いも、叶わなくなってしまったのだ。 「正社員じゃなくてもいい。契約のままでもいいから、腰を落ちつけて働きたい」ーー。 この言葉は重いと思ますよ。とにもかくにも、「腰を落ちつかせてくれ」だなんて。彼女は、“3年”のうち何日間、安心していられたのだろうか。 会社が変わるということは、生活そのものが変わること。 引っ越しが必要になる場合だってある。仕事、生活、人間関係……、そのすべてに再適応が求められる。 人間は適応する動物である。いや、正確には「適応できる」だけ。“莫大なエネルギー”をつぎ込み、ストレスに上手く対処し、生きていくために、ただただ必死に適応するのだ。 彼女の言葉は、そのしんどさの先に紡がれたもの。たぶん、実際に経験した人にしかわかりえないしんどさが、相当にあるのだと思う。 しかも、「自分のパフォーマンス」とは関係なしだ。契約を更新してもらえない理由が、会社の都合という事態は、想像以上のストレスとなる。 「がんばった人が報われる社会!」 ど、どこに?? 「挑戦、挑戦、挑戦!!!」 な、なにに? 働く人たちは、「ここで長期的に働く」という前提があるからこそ、その会社でしか役に立たないかもしれないスキルを磨き、人間関係を広げ、会社の生産性に寄与する存在になる。 そして、働いて得られる報酬や条件が「自分にとって、受け入れられる」ものであれば、個人は働く意欲を高め、職務満足感が高まり、困難を乗り越えるエナジーを充電できる。 報酬には賃金だけではなく、他者からの敬意や感謝などの心理的な報酬、能力発揮の機会、職務保証、良好な人間関係、なども含まれる。 会社と働く人。上司と部下。一緒に働く仲間――。 それぞれに交わされる心理的契約が存在するからこそ、「この会社のために働きたい」と会社へのロイヤルティー、仕事へのモラル、責任感、周りとの協働性などが高まっていくのだ。 仕事へのモチベーションやパフォーマンスは、法的な契約よりも、むしろ心理的契約の度合いによって左右される。 目に見えないもの――。その存在こそが、私たち人間の心のありように、行動に、大きく影響するのだ。 今では否定されることが多くなってしまったが、終身雇用は、こういったいくつも暗黙の契約を守ることで、働く人たちに投資する制度だった。「長期雇用=正社員化」という議論になりがちだが、契約だろうと、派遣だろうと、長期雇用という前提をまずは確立させる。 その上で「正社員との賃金格差是正」を、企業の判断でやる。そうすれば働く側が、選択できる。優秀な人材であればあるほど、賃金格差のない企業で採用されるようになるのではあるまいか。 少なくとも派遣会社は、「“安い、便利だ!3割も4割もコスト削減できます!」ではなく、「最高のスキルとテクニック!3割も4割も生産性を向上させます!」を“ウリ”にすべき。派遣する“人”で儲けたければ、投資して、教育して、“人”の商品価値を上げて当たり前だ。 夢物語? そうかもしれない。 でもね、人に投資しない社会は、朽ちていくだけだと思うわけです。そして、その投資が人だけに宿る“強い気持ち”を引き出し、さまざまなチャレンジが可能になる。かつての成功法則が通じないご時世だからこそ、“人”を大事にすべきじゃないんでしょうかね。 このコラムについて 河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学 上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/010800028/?ST=print
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