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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第156回 スロー・トレード
http://wjn.jp/article/detail/0664274/
週刊実話 2016年1月7・14日合併号
中国経済の失速が止まらない。中国共産党政府が“エンピツ舐め舐め”の数字で決定する(としか思えない)経済成長率はともかく、相手国があるために捏造がしにくい貿易統計は、悲惨な状況になっている。
中国の税関総署が12月8日に発表した11月の貿易統計(ドル建て)は、輸出が前年同月比6.8%減少、輸入が8.7%の減少であった。注目すべきは、中国共産党政府が8月に強行した人民元の為替レート引き下げの効果が全く見られないという点である。以前ならば、為替レートを引き下げれば、ある程度の輸出の増加効果があったのだが、現在は全くない。
輸出の伸び悩みについては、日本も他国のことを言えた話ではない。2012年末に第2次安倍政権が発足し、50%を超える大幅な円安が進んだにもかかわらず、日本の実質輸出は、リーマンショック前はもちろんのこと、東日本大震災前を下回る水準で低迷している。
なぜ、為替レートが下がったのに日本や中国の輸出が増えないのだろうか。もちろん、日本の場合は企業が「現地生産」を増やしたという要因もある。すなわち、日本企業がそもそも国内で生産活動を実施していないため、円安になったにもかかわらず輸出が伸びないわけだ。
とはいえ、より重大な問題は、現在の世界が「スロー・トレード」の時代に突入しているという現実である。スロー・トレードとは何なのか。
スロー・トレードとは、「実質GDPが成長しても貿易量が増えない」現象のことである。IMF(国際通貨基金)のデータによると、1990年代は世界の実質GDP成長率が平均3.1%だったのに対し、貿易量は6.6%も拡大した。貿易の成長率が、実質GDPの2倍以上に達していたのである。
それが、2000年から2011年までは、GDP4%成長に対し、貿易量が5.8%成長と倍率が下がった。そして、2012年から2015年を見ると、GDP3.3%成長に対し、貿易量は3.2%となっている。ついに貿易量の成長率が、GDP成長率を下回ってしまったのだ。
経済成長率に対し、貿易の成長率が低迷する。これがスロー・トレード現象である。現在の世界経済は「外需」が総じて伸び悩んでいる状況にあるわけだ。中国が為替レートを引き下げたにもかかわらず、輸出の対前年比マイナスが続いているのも、スロー・トレード問題に起因していると考えられる。
直近の数字を見ると、世界のGDP成長率2.2%に対し、貿易成長率は2%である。過去に貿易成長率が経済成長率を下回ったことは、統計が確認される限り5回しかない。OECD(経済協力開発機構)のグリア事務総長は12月4日の記者会見で、スロー・トレードは、「いずれも最終的にリセッション(景気後退)に至った」と説明した。
ところで、なぜ今回のスロー・トレード現象は発生したのだろうか。もちろん、中国が経済失速した結果、資源分野の輸出入が減ったことにも一因がある。現在、原油はもちろんのこと、石炭や鉄鉱石などの鉱物資源の価格が世界的に低迷している。すなわち、中国を中心に需要が減ったために、資源価格が下落したわけだ。
加えて、そもそもなぜ1990年以降に、世界の経済成長率が貿易成長率を上回っていたのか、がポイントである。90年代以降、ソ連が崩壊し、中国が開放政策に転じたこともあり、世界的に「新興経済諸国における、生産能力の拡大」という需要が継続していたのだ。何しろ、旧ソ連圏や中国は人口こそ多かったものの、十分といえる技術がなかった。
生産性を決定づける国民経済の「供給能力」は、モノ、ヒト、技術に分解できる。経済の3要素は、モノ、ヒト、技術だ。
旧ソ連圏や中国は、モノ(資源など)やヒトは十分に存在したが、技術面で西側諸国に大きく立ち遅れていた。旧ソ連圏や中国と西側先進国との間には、「技術」という経済の3要素の一つにおいて、大きな「格差」が存在したのである。
というわけで、この格差を埋めようとする動きが発生し、世界的な規模で「貿易成長率」が高まっていった。具体的には、西側先進国から旧ソ連圏、中国などへの直接投資の拡大と、その後の資本財の輸出である。
例えば、日本企業が中国に対外直接投資を実施し、工場が建設される。日本企業が中国工場で操業を開始し、日本で生産された資本財が輸出される。資本財は中国工場で最終消費財に化け、中国国内ではなく、アメリカなど西側先進国に輸出される。
日中間の「技術」という要素の格差を埋めるため、日本企業の対外直接投資後に、「日本からの中国への資本財の輸出」「中国からアメリカへの最終消費財の輸出」という、二つの「貿易」が創出されるわけである。
冷戦期に日本で最終消費財まで生産し、アメリカに輸出する場合は、「日本からアメリカへの最終消費財の輸出」が発生するのみで、貿易量は中国経由よりも小さくなる。
現在、世界各国の技術格差は縮小し、さらに「永久に成長する」という幻想を振りまいていた中国経済も失速。スロー・トレードの時代に突入した。今後の日本は「貿易(輸出入)」の拡大に経済成長を「依存してはならない」時代が訪れたというのが現実なのである。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。
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