1. 2015年10月06日 11:15:12
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2015年10月6日 ダイヤモンド・オンライン編集部 政府の「デフレ脱却宣言」は市場に混乱を引き起こしかねない白川浩道・クレディ・スイス証券チーフ・エコノミスト インタビュー 9月24日に安倍晋三首相が発表した「新3本の矢」。「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」が新たな矢として提示され、それぞれの目標として「GDP600兆円」「出生率1.8」「介護離職ゼロ」が掲げられた。だが現時点での巷間の評価は厳しいものが多い。とりわけ、旧3本の矢の実質的な柱であった金融政策への言及がなかったことが波紋を呼んでいる。どう読み解くべきか、クレディ・スイス証券の白川浩道チーフ・エコノミストに聞いた。白川氏は、政府の政策方針自体が定まっておらず、結果として市場に大きな混乱を招きかねないと指摘する。(まとめ/フリーライター・奥田由意)旧3本の矢は“お役御免”なのか まだ生きているのか 「新3本の矢」発表に市場はほとんど反応しなかった。一方で追加金融緩和への期待は強いが…… ?まず注目は、安倍首相が記者会見の冒頭で、「デフレ脱却は目前である」と発言したことです。もともと第二次安倍政権ではデフレ脱却を目標として再優先に設定しており、アベノミクスの元々の3本の矢も、これを達成するために打ち出されたものでした。
?新3本の矢について「アベノミクスは第2ステージに入った」という言い方をしていますが、“従来の3本の矢はほぼ目的を達成したので、もうお役御免”というふうにも聞こえます。 ?しかし、これには、市場関係者、特に外国人投資家は非常に不満でしょう。彼らは、日本経済はまだ成長の道半ばだと思っています。そうした中で、“もう追加緩和は行われないのか”、“政府は成長戦略もやることをやった、という認識なのか”となっていまいます。 しらかわ・ひろみち クレディ・スイス証券 チーフ・エコノミスト。1983年慶応義塾大学経済学部卒業。日本銀行、OECD(経済協力開発機構)、UBS証券を経て現職。内閣府「日本経済の実態と政策の在り方に関するワーキング・グループ」委員。著書に『世界ソブリンバブル 衝撃のシナリオ』、『危機は循環する デフレとリフレ』、『消費税か貯蓄税か』、『日本は赤字国家に転落するか』、『孤独な日銀」など。 ?問題は、“従来の3本の矢を、新しい3本の矢に置き換えた”ということなのか、そうではなく“元の3本の矢は生きていて、それに新たに加えられた”ということなのか、です。
?前者であれば、市場は厳しい評価を下す。まだ、旧3本の矢が完遂できたとは評価できないからです。後者ならば、政策的には「ぎりぎりセーフ」ということになる。 ?首相の会見だけではどちらなのか判断できませんが、実際には、政府・与党内でもコンセンサスが取れていないのではないでしょうか。新3本の矢の位置づけや、旧3本の矢との関係が定まっておらず、混乱状態にあるように思えます。 ?また、新3本の矢自体にも、疑問があります。外国人投資家の間には、「あれは“矢”ではない、“的”だ」との声があります。元々の3本の矢は、目標に向けた具体的な政策や方針そのもの、つまり“矢”だったのですが、今回出てきた、GDP600兆円、介護離職ゼロ、出生率1.8などは、政策ではなく単なる“目標”ではないか、ということです。 唐突に出てきた「GDP600兆円」は 政策方針の大転換を示すのか ?好意的に解釈すれば、従来の3本の矢に加えて、新たに目指すべき“的”が出てきた、と見ることもできるでしょう。ただ、そう見てもなお、大きな問題が残ります。今回突然出てきた「GDP600兆円」です。 ?今まで政府は、消費者物価の前年比上昇率2%を早期に達成すべき目標としてきました。その目標がGDP600兆円に変わったのか。そうであるなら、これはかなり本質的な問題です。インフレ率を目標とするのと、GDPを目標とするのは同じではありません。 ?名目GDP600兆円となると、現状から100兆円も積み増すことになるわけですが、これを達成するとなれば、潜在成長率や実質GDPを上げる、つまり日本経済の実力を底上げすることが当然に必要になります。そのために重要なのは、労働政策や規制緩和、構造改革です。 ?インフレ率の引き上げも手段の一つとしては入ってきますが、優先度は落ちる。インフレ率を目標とするのと、名目GDPを目標とするのでは、コンセプトが違うのです。 ?所得が増えず景気が良くならなくても、インフレ率を2%に上げることは、少なくとも短期的には可能ではないかと思います。大幅な円安で輸入品の価格をどんどん引き上げれば、物価を2%上昇させることはさほど困難ではない。 ?しかし名目GDPを目標に据えるのであれば、話は変わる。強引にインフレにしても実質GDPが落ちれば、名目GDPは増えない。政府が名目GDP目標を強調することは、“悪いインフレ”を排するという意図があることになります。“もう強引に2%インフレを目指すのはやめよう”ということであるように聞こえる。 “デフレは良くないのでインフレにしよう”と言い続けたものの、円安で輸入品が値上がりし、日用品にも価格転嫁されて生活必需品が全般に値上がりしてしまった。結果的に国内消費がひどく冷え込んでしまった。これでは逆効果だ、と首相官邸や政府が認識した可能性があります。 ?実際には、インフレ目標をやめるとか、あるいは、やめたいとかいうことではなく、消費者の購買力低下、生活感悪化に歯止めをかけていくということなのでしょうが、市場から方針の大転換と受け取られても仕方がない。また、2%インフレを必達目標としてきた日銀は、非常に苦しい対応を迫られることになるはずです。政策転換自体の是非は別として、もう少し議論を深めた上で表明しても良かったのではないかと思います。 デフレ脱却には程遠い現実 主因は賃金の伸び悩み ?そもそも、デフレ脱却は近いのか、といえば、答はノーです。 “デフレ脱却”の定義が必要ですが、2013年1月22日に発表された「政府・日銀の政策連携」(共同声明)では、2%インフレの早期達成がうたわれています。この共同声明を素直に読めば、デフレ脱却と言い切るためには、物価が下がらず、安定的に2%のインフレを持続していることが必要です。しかし現実には、8月の物価上昇率(消費者物価指数[CPI]前年同月比)は0.2%、生鮮食料品を除くコアCPIでは▲0.1%でした。2%には程遠い。 “デフレ脱却”をよりファジーに捉えれば、それが近いと言えなくもないかもしれません。首相の発言は、“景気が回復し、物価が下がり続けるという状況がなくなってきた”ことをデフレ脱却と呼んでいるようにも見える。また、日銀は首相の発言に先立って、過去1、2ヵ月程度、「足元のインフレ率の低下はエネルギー安という一時的な現象によるところが大きいため、エネルギーを除いたCPIを見るべきである」と主張しています。 ?確かに、エネルギーを除いた消費者物価の上昇率は、足元で1.1%くらいありますが、その背景としては食料品価格の上昇が大きい。他に目立つのは宿泊料や衣料品の上昇です。これらは結局、円安が大きく効いているということです。円相場を50%程度も切り下げ、1ドル120円にしたわけですから。食料品や衣料品の値上がりは輸入価格の上昇が大きいでしょうし、宿泊費の上昇は円安でインバウンド消費が拡大したことによるものです。 ?問われるのは、これから先はどうなるのか、ということですが、政府がこれ以上の円安を望まず、円相場が横這いとなれば、エネルギーを除いたベースでも、インフレ率は下がります。おそらく来年夏頃までは、エネルギーを除いても、0.2〜0.3%の小幅のプラスに戻ると予想されます。 ?インフレ率の安定的な上昇を見込めるようになるためには、日本経済のファンダメンタルズが改善しなくてはなりません。例えば賃金が持続的に上昇する、また、それに伴って家賃や為替相場の影響を受けにくいもの(例えば通信料など)が上がる、といったことが必要でしょう。 ?特に、鍵を握るのは賃金です。しかし足元では、7月のデータですが、所定内給与の前年比伸び率は0.4%しかありません。2%インフレを達成するためには、これが2.5%から3%くらい上昇していないと駄目でしょう。 ?持続的な2%程度の物価上昇、すなわち、デフレ脱却は、賃金の持続的な上昇から好循環が生まれることで達成されるはずのものです。そうならない限り、消費者の購買力は向上しませんし、物価も上がってきません。 ?実は、賃金の伸びを抑制している構造的な要因があります。その存在がデフレ脱却を阻んでいるわけで、政府・日銀にとっての誤算にもなっています。構造的要因とは、大きく言えば3つあります。(1)非正規雇用が増えていること、(2)少子高齢化で50歳以上の労働者の比率が増える中で、50歳代後半から所得が明確に減少し始めるような賃金カーブになっていること、(3)相対的に賃金が低いサービス業に労働がシフトしていること、です。これに加えて、労働生産性が趨勢的に低下基調にあることも問題です。 賃金上昇を抑制する構造変化 消費税は主犯ではない ?こういった構造的な問題を、日銀などの政策担当者もおそらくある程度はわかっているはずです。しかし最近は、労働需給が逼迫している、つまり労働力が不足しているので、いずれ賃金が上がるはずだとの主張を強めるようになっています。有効求人倍率は1倍をずっと超えているし、働きたい人はほぼ働けている状況にあるのだから、完全雇用状態にある、としているのです。日本経済は、経済学で言うところの自然失業率の壁にぶつかりつつあり、これを超えれば急激に賃金が上がる、という見立てです。現在の3.3〜3.4%という失業率の水準は、急激な賃金上昇を招く臨界点に近いと考えているのです。 ?しかし私は、日本経済が完全雇用状態にあるとは見ていません。確かに失業率は大きく下がっていますが、正規雇用で働きたくとも非正規を受け入れざるを得ない人が150万人程度います。また、職に就きたいと望んではいるが、過去1ヵ月間には就職活動をしていないために、定義上、完全失業者としてカウントされていない人が35万人程度います。さらに、失業者の内訳を見ると、最近は中年男性が多くなっている。 ?望んでいないのに非正規雇用となっている人や、求職活動を十分に行えていないが就業希望がある人、また、就業意欲が最も強いはずの中年男性の失業者が多いことを考慮すれば、完全雇用の状態にあるとは言えない。 ?イメージとしては、公式統計の完全失業率が2.6〜2.7%あたりまで下がらないと、完全雇用に近いとは言えないでしょう。そうなるには、景気の回復が続いても、まだ2年くらいはかかると思います。 ?なお、消費税の引き上げが消費低迷やデフレ脱却失敗の要因になった、との見方がありますが、私は消費税増税が主犯であるとは考えていません。 ?個人消費や景気への影響ということで言えば、増税は間違いなくインパクトを持ちました。消費増税を行えば、必ず需要の先食いとその後の反動での落ち込みが生じます。ただ、本来であれば、増税後の消費の落ち込みは1年程度で消えなければいけないのです。そうならなかったのは、人々の所得の上昇より、物価上昇の方が速かったというだけのことです。所得が伸びなかったのが問題であったのです。 ?金融緩和で円安になれば、企業利益が増えて賃金が上がり、購買力が上がる、という好循環が起こると踏んでいたのが見誤りだった、と考える他ありません。円安で企業利益は増えましたが、それで終わってしまったということです。企業は依然として人件費を増やすことに後ろ向きで、働き手の賃金上昇への期待も高まらなかった。 ?確かに、消費増税がなかりせば、もう少し落ち込みは小さかったかもしれませんが、消費増税に全ての責任を負わせるのは誤りでしょう。 追加緩和がなければ市場は大混乱 緩和で円安進行なら国民の不満増大 ?では、政策として今後どうすべきか。これには幾つかの異なる視点が必要です。 ?まず、インフレ率2%という目標をギブアップするのならば、そうはっきり言わなければならない。手続き論としては、政府と日銀の共同宣言を見直すべき、ということになります。 ?しかし金融市場はむしろ追加金融緩和を期待している状況ですから、もしそうなれば大いに失望することは必定で、大変なことになるでしょう。今の程度の株価下落では済まない。株価が大きく下がれば、公的年金の運用損も注目されるはずで、責任問題にもなりかねません。 ?となると、あくまでもインフレ率2%を目指すとし、市場の期待通りに追加緩和を行うのか。しかし、この場合にも問題がある。単純な金融緩和の追加ではなく、緩和イメージを出した上で、あまり円安にならないような工夫が要ります。国民が円安による輸入インフレを嫌う可能性が高いからです。 ?つまり、追加緩和はやらなくても駄目、やり過ぎても駄目なのですが、これは至難の業で、手段は多くはありません。現実的には、マネタリーベース、つまり通貨供給量を増やすという現在の金融政策のフレームワークを変更し、金利をターゲットにするしかないのではないか。具体的には、現在0.1%の当座預金の金利を下げるということです。 ?通貨供給を増やすよりは金利を変更するほうが、日銀にとっては政策対応の柔軟性が増す面があり、好都合なはずです。ただ、市場にインパクトを与えるには、まずは、当座預金金利をゼロ%にする他ないでしょうし、そこまでやっても、市場が十分と受け取るかどうかはわかりません。また一方で、これを契機にさらなる円安が進行する可能性もあり、そうなると国民の不満が高まります。 ?日銀が取るべき道は、共同声明を修正する、これを堅持してあくまで当初の2%インフレを目指す、のどちらかです。しかし、このいずれも、好ましくない結果を招く可能性がある。とりあえず共同声明には手をつけずに、小幅の追加緩和をする。それしかないでしょう。 政府は構造改革路線に 自らを追い込んだ ?金融政策とは別に、潜在成長率を底上げする方策を加速させなくてはなりません。政府はその方向に自らを追い込んだ、とも言えます。では、何が必要でしょうか。 ?第一には、労働生産性を上げる、ということです。ただ、秘策はありません。規制緩和や労働市場の改革を地道に進める他ないでしょう。しかも日本の労働生産性は、既に世界的に見てさほど低くなく、大きく引き上げるのは容易ではない。 ?第二には“人を増やす”しかない。これには働き手(生産年齢人口あるいは労働力人口)と、総人口、両方があります。その意味では、「介護離職ゼロ」や「出生率1.8」を打ち出した今回の新3本の矢は、方向性は合っています。 ?介護離職に関しては、社会保障の充実とされていますが、親などの介護の必要から離職する人が減れば労働人口が増えるという発想によるもので、むしろ労働政策だと見るべきです。もっとも、介護・看護を理由にした離職者は現在20万人程度ですし、これがゼロになっても労働参加率はおそらく大きくは上がらないと思われます。 ?いずれにせよ、これらについては具体策が出ていませんので、現時点では評価のしようがありません。また適切な方策が今後出たとしても、それが効果を発揮するまでには時間がかかります。 ?そうなると、話が戻ってしまいますが、短期的には、やはり金融政策がどうなるのかが大きい、ということになります。しかし、先述の通り日銀は非常に苦しい立場に立たされており、今後どう動くかは「読めない」というのが現状です。「デフレ脱却は目前である」という今回の首相の発言を受け、市場が大混乱するリスクが出てきたと思います。(談) http://diamond.jp/articles/-/79478
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