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「迫りくる"物流危機"」(時論公論)/櫻井玲子・nhk
2021年09月20日 (月)
櫻井 玲子 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/454424.html
私たちの暮らしを支える「物流」。
消費者の手元に商品が無事、届くまでの、一連のモノの流れを指し、「経済の血液」とも呼ばれています。
しかし、その血液の流れが、途中で止まってしまったら、どうなるでしょうか。
欲しいモノが、欲しい日に届かなくなる、といった深刻な「物流危機」が起きることを懸念する声が、あがっています。
なぜそのようなことが心配されているのか。何が、起きつつあるのか。
その背景や課題、そしてその対応策について考えます。
【物流危機が心配される背景】
物流危機が今、心配されているのは、「運んでほしい荷物の量」、つまり「物流需要」が「輸送能力」を超えつつ、あるからです。
まず需要をみると、ネットショッピングの普及を受け、個人向けの宅配が増えています。
さらに、より、大きな問題となっているのは、生産者から卸や店への輸送の「頻度」、つまり荷物を運ぶ回数が増えていることです。
消費者の要求にきめ細かくこたえるために少量多品目の製品を届けてほしい。
それも余分な在庫を避けるために、必要なときに必要なだけ、すぐに、届けてほしい、という求めに応じたものですが、物流企業に、相当な負担を与えているというのが実情です。
一方、商品を運ぶ輸送能力は年々、低下しています。
特に国内輸送の9割を占めるトラックの運転手の数が減っているのが、最大の要因です。
ドライバーの高齢化がすすんでいること。
また、重い荷物の積み下ろしや長い待ち時間、その割には安い賃金が敬遠され、2000年には100万人いたといわれるドライバーの数が、2030年にはその半分の50万人程度にまで減るという予想もあります。
特に注目を集めているのが「2024年問題」です。
3年後の2024年度から、働き方改革の一環として、「残業の上限規制」が始まります。
ドライバーの健康を守るために必要不可欠な改革ですが、罰則を伴う規制の導入により、ドライバーの労働時間は大幅に減り、その分、輸送能力が低下することが予想されます。
2030年ごろには、輸送を必要とするモノと、実際の輸送能力に、35パーセント程度の需給ギャップが生じるのではとみられています。
これは、本当は運んでほしい荷物の3割以上を、運んでもらうことができなくなるかもしれないということを意味します。
【物流危機の兆候】
実は足元では、すでに物流危機の兆候ともいえる事態が起きていると、多くの関係者は話しています。
「あなたの会社の荷物は、もう、運べません」
日本有数の食品会社の幹部は、商品の配達を委託していた会社の何社かに、たて続けに、このように伝えられ、ショックを受けた、と話しています。
運送会社からは、トラックの運転手の拘束時間の長さ。
自らの手で重い荷物の積み下ろしを行なうといった過酷な労働が敬遠され、人手を確保できなくなった。
配送料を上乗せしてもらっても、荷物を運ぶことができないと、通告された、ということです。
この食品会社では、こうした事態が相次げば、最悪の場合、卸や店に商品をきちんと納入できなくなる。
また、大幅にかかる物流コストを、商品価格に上乗せしなければならないかもしれない、と、危機感を強めています。
企業が「モノを運べなくなる」と、消費者にはどういうことが起きるのでしょうか。
例えば一年前にコロナ禍で、トイレットペーパーが店頭から消える、という事態が起きたことをご記憶の方もいると思います。
マスクが品切れとなり、トイレットペーパーなど紙製品も足りなくなるのではないか?という噂が流れたことがきっかけですが、この時も、商品を補充するにあたって商品の確保以上に、それを卸や店に運ぶトラックの確保が難しく、とても苦労した、と、政府関係者は話しています。
十分な在庫があっても、それを運べなければ、消費者の手元には届かない。
経済を円滑にまわしていくインフラである物流が、目詰まりを起こせば、私たちの暮らしにも、大きな影響を与えることになるのです。
そして企業にとって、物流コストは生きるか死ぬかの死活的な問題になっています。
スポット輸送の運賃は、2010年にくらべて2割も上昇し、配送コストがさらに膨らめば、企業の利益が吹き飛ぶ心配もあります。
これまで企業経営者は、物流はできるだけ安い会社に頼みコストを抑えれば抑えるほどよい、というコストカットの意識が先行していたと思われますが、いまや商品を運んでもらえるのか。利益に見合うコストで運べるのか。
経営の根幹に関わる課題となっています。
【対応策】
では、この難題を乗り越えるにはどのような方法があるのでしょうか。
企業の間では、新しい取り組みも始まっています。
▼一つは「効率化」です。
トラック1台にどれだけ効率的に荷物を積んでいるかを示す積載率は、欧米が60パーセントぐらいなのに対し、日本では40パーセント足らず。
さまざまな商品をさまざまな箱に入れて運んでいるため、トラックの半分以上を空にしたまま、運んでいる計算になります。
そこで、食品メーカーや卸、物流会社などが政府の後押しも受けながら、「競争は商品で、物流は共同で」を合言葉に、企業同士が連携し、商品を入れる箱を標準化し、積載率を改善する取り組みの検討を始めています。
また伝票の電子化など業務の効率化につながる試みも模索しています。
産業界では、このほか、共同配送をすすめて輸送の便数を減らすことで、トラックのドライバーや、物流倉庫で働く人たちの負担の軽減につながる試みも、徐々に始まっています。
こうした取り組みをすすめるには、物流を直接担う会社だけでなく、むしろ、荷物を送りだすメーカーや卸、それに小売業界の意識改革が必要とされている、という点が重要です。
今後は、「なんでも翌日配送」を求めるといった商慣習を改めるような、抜本的な改革も必要になりそうです。
危機が深刻になる前に、どこまで取り組みを「加速」できるか、がカギになります。
▼また、新しい技術の活用も検討されています。
ことし2月には、新東名高速道路の一部区間で、「トラックの無人隊列走行」の取り組みが行われました。
複数のトラックを、磁石のように電子的につなぎ、一人の運転手が先頭のトラックに乗り込んで複数のトラックを走らせるしくみで、長距離輸送を効率化する試みです。
早ければ来年にも商業化ができないかが検討されています。
また、ドローンや自動配送ロボットを、宅配サービスに活用することで、人手不足の問題を克服しようとしています。
▼さらに、AIを活用した「フィジカルインターネット」という手法にも注目が集まっています。
デジタル化をすすめ、貨物の輸送ルートや保管場所の最適化をはかる試みです。
企業や業界の垣根を越えて情報を共有した上で、AI技術を活用し、商品の配送を必要とする人と、配送を担う人をマッチングする。最も効率的な物流を探る手法です。
ヨーロッパでは環境対策、脱炭素化の観点からも、研究がすすめられていて、2030年を目標に実現を目指しているということです。
またアメリカの巨大IT企業には、物流のデータがやがて大きな収益になるとみて、物流への本格的な参入を検討しているところもあります。
「待ったなし」の変化を迫られている物流の世界ですが、物流需要が増えているということは、むしろ、成長産業としての可能性も広がっているという面もあります。
スピード感をもって対応策を実行に移し、ピンチを、新たなビジネスチャンスに変えるぐらいの改革を、官民が協力して実現できるかが、注目されます。
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