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池上彰×佐藤優 「ホロコースト揶揄問題」日本人の甘すぎる認識の衝撃/aera
2021/08/13 08:00
東京五輪が幕を閉じた。振り返ればトラブル続きの五輪だったが、中でも深刻だったのは、ホロコーストの揶揄問題だ。ジャーナリストの池上彰さんと、作家で元外務省主任分析官の佐藤優さんは、そう指摘する。この問題を二人はどう見たのか、AERA 2021年8月16日−8月23日合併号で、オンライン対談した。
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――五輪開会式の前日、開閉会式のディレクターだった小林賢太郎さんが解任された。ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を揶揄する表現を過去に用いていたことが原因だった。この問題にこそ、日本が抱える深刻な問題、国際感覚との驚くべきズレが凝縮されている。対談はこの問題から始まった。
佐藤:今回のオリンピックでは、驚くようなことがたくさんありました。なかでも開会式の前日のショーディレクターの小林賢太郎さんの解任は極めつきだったと思います。首相官邸やオリンピック組織委員会の対応が迅速だったことからもわかるように、この問題はとても深刻なのですがそれがなかなか伝わってきません。
池上:IOCのバッハ会長はドイツ人。ドイツはホロコーストに厳しいですから、解任の判断があと半日遅かったら、開会式には間違いなく出られなかったと思います。
■ギリギリで間に合った
佐藤:ジル・バイデン米大統領夫人もアメリカ国内のユダヤ系の人たちのことを考えたら、出られません。
池上:イスラエル選手団もボイコットするかもしれなかったわけです。さらに言うと、この時、ファイザーのCEOが日本に来ていて、菅義偉首相は改めてファイザーのワクチンをお願いすることになっていました。ファイザーCEOの両親はホロコーストの生存者として知られています。菅さん、あのままでは合わせる顔がなかったでしょう。そのギリギリのところでした。
佐藤:つまり、開会式前日の7月22日未明から午前に最大の攻防戦があったわけですが、あまり報道されてないんです。ホロコースト問題の発覚で、菅首相は朝の5時半に起こされています。早朝から内閣の幹部たちは連絡を取り合い、外務省はアメリカ政府、イスラエル大使館と接触をしました。オリンピック組織委員会もきちんとした対応をするということで、バイデン夫人の出席を確保したのです。
池上:それこそ海外からの列席者がいなくなり、開会式自体がつぶれてしまうところだったんですよね。そういう危機的なギリギリのところで、何とか間に合ったんだということを、みんな気づいていないですよね。
佐藤:今回、政府と組織委員会は危機管理という点においては、適切な対応をしたと思います。
池上:そうですね。その直前に大騒ぎになった小山田圭吾さんの過去のいじめ問題に関しては、小山田さんに辞意を表明させていますが、小林さんの件では、解任という形で素早い対応をしました。そうでなければいけなかったのです。
佐藤:素早い対応の背景にあるのは、ホロコーストは国際法が変わるほどの類を見ない犯罪だったからです。ロヒンギャやウイグルの問題でも、ジェノサイド条約が注目を集めましたが、ジェノサイドとはホロコーストをきっかけに出てきた概念です。ニュルンベルク裁判や極東軍事裁判における人道に対する犯罪というのも、それまでの戦争犯罪にはなかった。これが新たに加わったのも、このホロコーストが原因です。ホロコーストが起きる前と後では、国際的なルールが違ってしまったわけです。
一部の新聞が、欧米のスタンダードでは許されないみたいなことを書いていましたが、ホロコーストを揶揄してはいけないというのは欧米だけのスタンダードではないんです。現行の世界で受け入れられている国際法の基準であり、人権基準そのものです。これが今回、私が非常に肌寒く感じていることです。
池上:私は高校生や大学生に現代史などを教えていますが、中東問題、ユダヤ人の差別の歴史などをきっかけに国際社会も同情的になり、イスラエルの建国を国連が決議することになったという話をしているんです。歴史の一環として話はしていたけれど、ホロコーストがどれだけ悲惨でどれだけ許されないことなのかということは、サラッと通り過ぎていた。その結果がこんなことになっているんじゃないかなと反省しています。
■過去の問題ではない
佐藤:私も非常に反省しているのが、非歴史的な問題だということを、もっと強調して論壇できちんと発信しておけばよかったということです。非歴史的な問題にしないといけない理由は、過去の戦争中の問題ではなくて人間の本性に絡む問題として、この教訓をきちんと受け止めていないと、また繰り返すかもしれないから。だからホロコーストは歴史の問題ではない。歴史問題に留まらないと言ったほうがいいですね。歴史問題に留まらないから、ホロコーストに絡む犯罪は、ドイツでは時効がないわけです。池上さんはドイツにお詳しいのでおたずねしますが、今回のこの小林賢太郎さんの発言は、ドイツだったら刑事立件されていましたよね?
池上:そうですね。間違いなく逮捕されるような要件ですよね。
佐藤:歴史的に見たら日本は、ナチスドイツと同盟国でした。その日本のほとんどの道徳の教科書には、杉原千畝さんの「命のビザ」の話が出てきます。この話がなぜ重要なのかというと、日本はナチスドイツの同盟国ではあったけど、ユダヤ人に対しては違う態度を取っていた。少なくともそういう外交官がいて、ユダヤ人を弾圧せよとドイツから圧力がかかってきても、日本はそれをはね返したわけです。道徳が必修科目となって、多くの国民が杉原千畝を知っているのに、その根っこにあるホロコーストに対する認識がこんなに甘いのはどういうことなのかと、私は衝撃を受けました。
国際社会からどういうふうに見られるのかということも含め、今回の解任の発表があった2021年7月22日っていうのは、日本の外交が一つの瀬戸際に立った日だったと、僕は思います。
池上:逆説的にいうと、日本ってユダヤ人差別がヨーロッパに比べて社会にはないんですよね。そもそもよくわかっていないということがある。ユダヤ人差別を実感していないがゆえに、こういう問題に、むしろ鈍感になってしまっているわけです。遠い世界の昔の話、と受け止められてしまっているところがあるんじゃないかなと思います。
佐藤:そうですね。例えば、ユダヤ人は金持ちであるというようなことを言う人がいますが、こういうのは極めて危険な反ユダヤ主義思想につながるんです。どうしてかというと、ユダヤ人にもお金持ちもいれば、そうじゃない人もいる。なのにユダヤ人は金持ちだという表象を使って、ユダヤ人が富を収奪しているという偏見を増長して攻撃していったのが、ナチスです。
池上:ホロコーストの対象はユダヤ人だけじゃないですよね。ナチスドイツの場合は、まず身体障害者を抹殺した。そして、ロマ族などの少数民族を抹殺し、そしてユダヤ人をという、そういう一連の流れがあるわけです。
佐藤:今後も、この種のことが起きる可能性はあります。オリンピックのディレクターにこういう人がいたっていうことで、日本人のホロコーストに対する認識、反ユダヤ主義に対する認識に根源的な問題があるんじゃないかという疑念が世界で出ています。そういう目で見られていますから、日本の政治家や有識者の発言で今までは問題にならなかったことでも問題になる可能性が十分にあると思います。対応次第では日本が世界での信用を失いかねないという、それぐらい大きな話です。このへんの皮膚感覚というのがなかなか共有できていないんですよね。
こういうことが起きてしまったということに対する日本政府、それから論壇人である私たち、また国民の一人としての責任が、すごくあるんですよ。
(構成/編集部・三島恵美子)
※AERA 2021年8月16日−8月23日合併号より抜粋
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