02. 2014年12月12日 06:24:35
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シリーズ・日本のアジェンダ 総選挙の焦点 アベノミクスの通信簿 【第6回】 2014年12月12日 添谷芳秀 [慶應義塾大学法学部教授] 外交・安全保障を選挙の争点から外した安倍氏 東アジア秩序安定へ米のみならず豪・韓と協力を ――添谷芳秀・慶應義塾大学法学部教授 「地球を俯瞰する外交」「積極的平和主義」といった方針を掲げ、外交を展開してきた安倍政権。しかし、隣国で、東アジアの安定を保ち、経済的に国益に直結する深い関係にある中国と韓国とは、歩み寄れぬままであった。憲法改正や集団的自衛権の行使容認など、安全保障政策についてこれまでの政権とは比べ物にならぬ程のこだわりを見せ、政治における数の力で障害を突破しようとしている。安倍政権の外交・安全保障政策をどのように評価したらいいのか。国際政治の専門家である添谷芳秀・慶應義塾大学法学部教授は、安倍政権の外交・安全保障政策に点数をつけるなら、39点という評価であった。衆議院解散は政権の 長期化を狙ったもの そえや・よしひで 慶應義塾大学法学部教授。専門は東アジアの政治と安全保障、および日本外交と日本の対外関係。上智大学外国語学部卒、同大学大学院で国際関係論専攻修士課程を修了後、1987年に米国ミシガン大学より国際政治学の博士号(Ph.D.)を取得。現在、日本国際政治学会評議員、アジア政経学会評議員、外務省政策評価アドバイザリーグループメンバー、米国アジア協会国際評議員等。99年に「21世紀日本の構想懇談会」メンバー、2010年に「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」の委員を務めた。書著に『日中関係史』(有斐閣、2013年)、『日本の「ミドルパワー」外交』(ちくま新書、2005年)等、英文和文の著書、論文多数。 過去2年間のアベノミクスの成果が争点となっている今回の衆議院議員選挙であるが、まったく盛り上がらない。投票する人は大方選挙戦での議論に関係なく投票先が決まっているようであり、全体的には投票率の低下が懸念される。
それも無理はない。多くの経済学者がいうように、アベノミクスの勝負所は、この2年間の成果ではなく、見通すことが難しい今後数年間、あるいはもっと長期的な日本経済の姿にあるからである。今アベノミクス継続の是非を問われても、多くの国民には判断の仕様がないだろう。 アベノミクスはすでにルビコン川を渡り、後戻りは不可能である。その将来には、当面の困難な構造改革をともなう成長戦略(第三の矢)、中長期的には高インフレの危険性、さらには財政破綻という最悪のシナリオすら待ち受ける。アベノミクスには、失敗すれば日本経済を破綻させ得るほどの破壊力があり、その意味ではここまで来たら成功するしかない。 株価や給料という目先の都合のよい数字の話ではないのである。楽観視できないのに失敗が許されないというやるせない現実の前には、アベノミクス批判の議論にも本質的な重みはない。 安倍晋三氏は、なぜここまで先行き不透明な経済政策を大胆に推し進めるのだろうか。実はそのことは、今回の衆議院解散の真の理由と深い関係にありそうである。 端的にいえば、狙いは政権の長期化であり、保守勢力の拡大である。まだ我々の記憶に新しいが、憲法改正による「戦後レジームからの脱却」を心に秘める安倍氏が、そもそも第二次内閣の発足にあたり経済に焦点を当てたのは、そうした政治的な理由からであった。 そして、今回の衆議院解散も政権の長期化を狙ったものであることは間違いないだろう。自民党が勝てば、来年秋の自民党総裁選挙は無風とり、安倍首相は2018年までのほぼ4年間を手にすることができる。 結局のところ、アベノミクスの先行きが不透明だからこそ、野党の準備が整わず経済状況を示す種々の数字がよい今のうちに解散したというのが政治的な計算なのである。 もちろん、後戻りできないアベノミクスは、たとえ政権が変わるようなことがあったとしても、いかなる内閣にとっても引き続き重要な課題であり続ける。だからこそ、選挙の短期的な争点にはなじまないのである。そして、今回の選挙の隠れた核心的争点は、安倍首相がそこで手にする4年間で、経済以外で何をやろうとしているかに他ならない。 憲法論議が問う 日本の民主主義 その意味でこそ、安倍首相のこだわりが強い憲法改正、そして歴史認識問題や集団的安全保障問題を含む外交・安全保障政策が問われる。しかしながら、いや、むしろだからこそというべきか、安倍氏はこれらの核心的問題を選挙の争点から外した。 安倍首相が政権第一期から最重要視してきた憲法改正について、自民党の「重点政策集2014」は、その最後の項目で極めて一般的かつ簡単に触れているだけである。それにもかかわらず、改憲にかける安倍氏の熱意が冷めたと信じる人はいないだろう。 実はその思いは、「国民の手による新しい憲法(自主憲法)の制定」を唱えた次世代の党の「政策集」が代弁している。次世代の党の平沼赳夫党首は、自民党には是々非々の姿勢で臨むとし、憲法改正に関して安倍氏の背中を懸命に押している。 反面、憲法改正論議には新しい傾向も生まれ始めている。たとえば、民主党の「マニフェスト」は、国民との対話を進めることで「未来志向の憲法を構想」することを謳い、維新の会の「改革メニュー13」は、恣意的憲法解釈を許さないよう「憲法裁判所」の設置を提案しつつ、「統治機構改革のための憲法改正」を唱えている。政党間に憲法改正をめぐる理念の違いが現れてきたことは、総じて憲法論議の前進であるといってよいだろう。 従来の保守主導の改憲論を超えた新たな憲法論議が構築されることには大きな意味があり、新しい憲法のあり方に関して今後長い時間をかけて国民的議論が展開されなければならない。少なくとも、一部の政党が改憲案を主導し、国の姿の根幹に関わる問題を長期的な国民的議論で収斂させようとするのではなく、政治的力で突破しようとする今の傾向は、国家にとって危機的ですらある。そこでは、日本の民主主義のあり方が根本的に問われているといっても過言ではない。 集団的自衛権の行使は 沖縄の米軍基地問題に通じる 7月1日の閣議決定に向けて安倍首相が強い意欲を示した集団的自衛権の問題についても、自民党の公約は「安全保障法制を速やかに整備」すると間接的に触れるだけである。おそらく国民に説明する言葉を持っていないのだろう。 集団的自衛権とは、第一に日米同盟の問題であり、第二に日本の安全保障政策の問題であり、そして東アジアの安全保障問題である。ところが、安倍首相にとっての集団的自衛権問題は、憲法改正への意気込み、そのための憲法96条改正の試み、そして閣議決定による限定的容認という順番で進んできた。そもそも発想の起点が内向きなのである。 しかし、集団的自衛権が行使できるようになれば、当然のことながら外の世界に向き合わなければならない。そこで登場したのが「積極的平和主義」であり、その肉付けは官僚や政策ブレインが行ってきた。憲法改正による「戦後レジームからの脱却」という後ろ向きで内向きの衝動から始まったものが、官僚等の知恵によって、憲法を前提とする国際主義的な政策へと変貌したのである。 しかし、安倍氏およびその取り巻きの政治家から漂う国家主義的空気が、国内外の認識や議論を撹乱している。 もっともこの問題に関しては、民主党は「集団的自衛権の行使一般を容認する憲法の解釈変更は許」さないとし、維新の党も「現憲法下で可能な『自衛権』行使のあり方を具体化し、必要な法整備を実施する」と、共に歯切れが悪い。 対して、共産党、社民党、生活の党は、集団的自衛権の行使に反対しており、世論も分裂している。結局のところ、この問題で日本社会に決定的に欠けているのは、主観を排除した国際政治分析に基づく安全保障論議である。 実は、そのように考えれば、本質的には沖縄の米軍基地問題も集団的自衛権の問題と深く関連していることがみえてくるはずである。すなわち、集団的自衛権で日米同盟が強化され、東アジアにおける日本の安全保障上の役割が高まれば、それだけ米軍を支える日本の、そして沖縄の負担を軽減することが可能となるのである。 しかし、今日本の保守にもリベラルにも、この明白な論理を正面から受け止める発想も準備もない。普天間基地の辺野古への移設問題が進まないことの大きな理由は、辺野古への移設以降も沖縄の負担がさらに軽減されていく見通しがまったく示されていないことにもあるように思う。 豪州と韓国との安保協力は 日本にとって決定的に重要 そして、その論理の先には、豪州や韓国との安全保障協力という地平が広がっている。これらの国との二国間協力を深めることはもちろん大切だが、より重要なのは多国間協力である。 それは、必ずしも中国に対抗して連携するということではない。不確実な時代の東アジアの秩序安定のために米国の役割が必要なのであれば、その安全保障上の論理を豪州や韓国と共有し、やがては米国のプレゼンスを共同負担するという道筋を構想することは、重要な未開拓の課題なのではないだろうか。 米国海兵隊の駐留ローテーションを受け入れた豪州とは、実質的にそのような安全保障関係の萌芽がみられるといってもよい。そしてそれは、沖縄の負担軽減につながる道筋でもある。そこに韓国の参入を導くことは、日本の安全保障政策にとって、そして何よりも韓国を含む東アジアの秩序安定にとって、決定的に重要な課題のはずである。 また、北朝鮮情勢が急展開したり、朝鮮半島が統一に向けて動き出したりすれば、それは一夜にして日本にとっての最大の外交安全保障問題として浮上することになる。その時、集団的自衛権により日米同盟が強化されていれば、それは韓国の安全保障にとってもマイナスとなることはない。 こうして、韓国との安全保障関係の構築は、日本外交にとっての最優先課題のひとつに他ならない。その日本に、慰安婦問題をはじめとする歴史問題へのこだわりや、韓国のナショナリズムにナショナリズムで応えることで、日韓関係を停滞させる余裕も理由もないはずである。いうまでもなく、韓国にとってもまったく同様である。 そして中国である。十分に論じる紙幅は尽きたが、次期国会で法制化が始まる集団的自衛権問題であれ、安倍内閣が推進する「価値観外交」や「地球を俯瞰する外交」であれ、多元化が進む中国の社会を自らの対応で巨大な反日の塊とすることは、戦略的な愚策に他ならないことだけは指摘しておきたい。 http://diamond.jp/articles/-/63539 |