http://www.asyura2.com/14/senkyo169/msg/463.html
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自民党の石破茂幹事長=自民党本部で2014年7月、梅村直承撮影
<慰安婦問題>朝日記事巡る自民・石破幹事長の一問一答
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140805-00000125-mai-pol
毎日新聞 8月5日(火)22時0分配信
朝日新聞の従軍慰安婦問題の検証記事を巡る自民党の石破茂幹事長と記者団との質疑の全文は次の通り。
−−朝日新聞が従軍慰安婦問題報道の一部に事実の誤りがあったと認めたことへの受け止めは。
石破氏 私どもとしてこの記事は非常な驚きをもって受け止めている。今まで、有力紙たる朝日新聞が(慰安婦狩りをしたと証言した故)吉田(清治)さんの証言に基づき慰安婦問題を世論に喚起し、それが国際的な問題となってきました。それを取り消すということになれば、今までの報道は一体何であったのかということだ。どうしてこうなったのかということについて紙面で述べておられますが、これだけ大きな問題になっている。我が国がそういうことをする国家だということで国民も非常に苦しみ、国際的な問題ともなっている。なぜ十分な裏づけが取れない記事を今日までずっと正しいものとしてやってこられたのか。
その検証はこれから先、日本の国益のためにも、この地域を友好の地域として確立していくためにも極めて重要なことだと思っている。これから国会で我が党としていろいろと議論をしていくことだが、場合によっては地域の平和と安定、地域の隣国との友好、国民の感情に大きな影響を与えてきたことだから、この(問題の)検証を議会の場でも行うことが必要なのかもしれない。真実が何だったかを明らかにしなければ、これから先の平和も友好も築けない。(記事を)書かれた社の責任としてその責任を果たされたい。
−−(朝日報道の)関係者の国会招致も検討するのか?
石破氏 (朝日新聞を)糾弾するとかいう話ではなくて、国民の苦しみや悲しみをどう解消していくかだ。我が国だけではない。(朝日新聞は誤りを)取り消しちゃえとしてしまったが、(国会での検証は)そういう報道に基づき日本に怒りや悲しみを持っている国々、特に韓国の人に対する責任でもあると考えており、その地域の新しい環境を構築していくために有効ならそういうこともありうるだろう。現時点で何ら確定しているものではない。
−−朝日新聞は十分説明を尽くしたと思うか?
石破氏 まだ続きがあるんでしょう。読んでみなければ判断できない。ただ、社会の木鐸(ぼくたく)、公器たる新聞が十分な裏づけも取れないままこういうことをやったのかについて疑問が氷解をしたわけではない。
−−議会で明らかにすべきは朝日新聞の報道についてですか?
石破氏 私が(明らかに)すべきだと言っているのではなく、議会のことだから、自民会派の責任者たる私が一存で決めるわけにいかない。これから、我が党のそれぞれの現場の担当者がどう判断するかにかかっている。
しかし、これだけ多くの日本だけではない人々がこの報道を前提にいろんな議論をし、怒りや悲しみや苦しみが生じている。なぜこういう経緯になったかは、取り消された報道に基づいて生じた関係悪化や怒り、悲しみを氷解させるのに必要なら、それは議会がその責任を果たすことはありうることだ。
◇
「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断
http://www.asahi.com/articles/ASG7L71S2G7LUTIL05N.html
2014年8月5日05時00分 朝日新聞
〈疑問〉日本の植民地だった朝鮮で戦争中、慰安婦にするため女性を暴力を使って無理やり連れ出したと著書や集会で証言した男性がいました。朝日新聞は80年代から90年代初めに記事で男性を取り上げましたが、証言は虚偽という指摘があります。
男性は吉田清治氏。著書などでは日雇い労働者らを統制する組織である山口県労務報国会下関支部で動員部長をしていたと語っていた。
朝日新聞は吉田氏について確認できただけで16回、記事にした。初掲載は82年9月2日の大阪本社版朝刊社会面。大阪市内での講演内容として「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた。執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった」と話す。
90年代初め、他の新聞社も集会などで証言する吉田氏を記事で取り上げていた。
92年4月30日、産経新聞は朝刊で、秦郁彦氏による済州島での調査結果を元に証言に疑問を投げかける記事を掲載。週刊誌も「『創作』の疑い」と報じ始めた。
東京社会部の記者(53)は産経新聞の記事の掲載直後、デスクの指示で吉田氏に会い、裏付けのための関係者の紹介やデータ提供を要請したが拒まれたという。
97年3月31日の特集記事のための取材の際、吉田氏は東京社会部記者(57)との面会を拒否。虚偽ではないかという報道があることを電話で問うと「体験をそのまま書いた」と答えた。済州島でも取材し裏付けは得られなかったが、吉田氏の証言が虚偽だという確証がなかったため、「真偽は確認できない」と表記した。その後、朝日新聞は吉田氏を取り上げていない。
しかし、自民党の安倍晋三総裁が2012年11月の日本記者クラブ主催の党首討論会で「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本がまるで事実かのように日本中に伝わって問題が大きくなった」と発言。一部の新聞や雑誌が朝日新聞批判を繰り返している。
今年4〜5月、済州島内で70代後半〜90代の計約40人に話を聞いたが、強制連行したという吉田氏の記述を裏付ける証言は得られなかった。
干し魚の製造工場から数十人の女性を連れ去ったとされる北西部の町。魚を扱う工場は村で一つしかなく、経営に携わった地元男性(故人)の息子は「作っていたのは缶詰のみ。父から女性従業員が連れ去られたという話は聞いたことがない」と語った。「かやぶき」と記された工場の屋根は、韓国の当時の水産事業を研究する立命館大の河原典史教授(歴史地理学)が入手した当時の様子を記録した映像資料によると、トタンぶきとかわらぶきだった。
93年6月に、吉田氏の著書をもとに済州島を調べたという韓国挺身隊研究所元研究員の姜貞淑(カンジョンスク)さんは「数カ所でそれぞれ数人の老人から話を聞いたが、記述にあるような証言は出なかった」と語った。
吉田氏は著書で、43年5月に西部軍の動員命令で済州島に行き、その命令書の中身を記したものが妻(故人)の日記に残っていると書いていた。しかし、今回、吉田氏の長男(64)に取材したところ、妻は日記をつけていなかったことがわかった。吉田氏は00年7月に死去したという。
吉田氏は93年5月、吉見義明・中央大教授らと面会した際、「(強制連行した)日時や場所を変えた場合もある」と説明した上、動員命令書を写した日記の提示も拒んだといい、吉見氏は「証言としては使えないと確認するしかなかった」と指摘している=注@。
戦時中の朝鮮半島の動員に詳しい外村大・東京大准教授は、吉田氏が所属していたという労務報国会は厚生省と内務省の指示で作られた組織だとし、「指揮系統からして軍が動員命令を出すことも、職員が直接朝鮮に出向くことも考えづらい」と話す。
吉田氏はまた、強制連行したとする43年5月当時、済州島は「陸軍部隊本部」が「軍政を敷いていた」と説明していた。この点について、永井和・京都大教授(日本近現代史)は旧陸軍の資料から、済州島に陸軍の大部隊が集結するのは45年4月以降だと指摘。「記述内容は事実とは考えられない」と話した。
■読者のみなさまへ
吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。
◇
注@ 吉見義明・川田文子編「『従軍慰安婦』をめぐる30のウソと真実」(大月書店、1997年)
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