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Technology to the Future 第12回
僕たちはこれから、ロボットに「調和」を求めて生きてゆく
テクノロジー 森 旭彦 2016年06月10日
誰しも日常の中で、ふとした心地良い瞬間に出会うことがある。
それは名前も知らない音楽に耳を傾けたとき、
あるいはテーブルの一輪挿しにいけられていた、家族の誰かがつんできた野花を見たときかもしれない。
日常の心地良さは私的で、静かなものだ。
ロボットはこれからの未来、生活のパートナーとして、私たちの日常で共存することになると考えられる。
彼らは朝食を食べる私たちの近くで電気を蓄えて動き、
私たちが頭を悩ませているとき、人工知能で生み出した最適解を涼しげに提示する。
そんなロボットが、私たちの日常の風景の一部になるために必要なこととは、何だろう?
そして彼らは私たちにとってどんな存在になってゆくのだろう?
家庭用ロボットのデザイン・開発を行う「フラワー・ロボティクス」CEO、松井龍哉氏が2017年に向けて発表するロボット「Patin」で提示しようとしている答えは、人との「調和」だった。今回はロボットデザイナーとして16年間、人とロボットの関わり方を見つめてきた松井氏の知見から、これからのロボット像を紐解いてみたい。
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フラワー・ロボティクスのオフィスの一角にて。一見マネキンのオブジェのようだが、印象的な関節部分は可動式だ。実はこれ、ロボットなのだ。その名は「Palette」。世界中のショールームのマネキンをロボットに置き換えるというイノベーションをテーマとして生み出された。複数の人感センサーを持ち、人の位置を把握して、認識と学習を繰り返してポーズをとることができる。
「驚き」のない「驚き」を発明する
少しトリッキーな見出しで始めよう。
「ロボット」と耳にしたとき、私たちの多くはアニメや映画に出てくるロボットを思い出すことだろう。映画『スター・ウォーズ』に登場するドロイド「R2D2」や鉄腕アトム、ドラえもん、ガンダム、エヴァンゲリオンなど、世代を超えて愛されるロボットの数々が頭に浮かんでくる。
体験こそさまざまだが、ロボットと耳にしたときに私たちが共通して期待するイメージは「驚き」だ。ロボットが私たちと同じように2本足で歩く姿、人とユーモアを交えてコミュニケーションをとる姿、ときには人類の敵を打ち倒す姿に、私たちは驚きを受ける。そして「ロボットとは驚きを与えるものだ」という印象を持っている。
しかしそれは、ロボットがまだ私たちの多くにとって非日常の存在だからだ。日常で生活をともにするロボットが社会に普及する未来、私たちは彼らに驚きを求めているだろうか?
松井氏:私たちフラワー・ロボティクスが目指しているロボットは、人の生活に根ざし、その存在にさえ気づかれないほど自然に使われるような家庭用ロボットです。
そのコンセプトとして”Make Your Nature”というビジョンを掲げています。
たとえば私は車が好きですが、新しい車を買ったときはいつもの通勤時間ですら特別な、非日常のドライブになります。しかし10日ほど経てば“新車の感覚”は解け、ずっと欲しかった夢の車は日常の移動手段になってしまいます。モノから目的に意識が移るのです。それは自然なことで、明確な目的がないものは最初のインパクトが大きいほど、すぐに飽きて使わなくなってしまうというのが人の常なのです。
こうした、時間が経つとともに飽きられてしまう機能やデザインを持ったロボットは、たとえそれらが魅力的な「驚き」を持っていたとしても、人と日常の中で共存し、ともに新しいライフスタイルを築いてゆくことを計画として持てていないと考えています。
自宅で過ごす日常は“ショー”ではない。仕事から離れて自分を取り戻す場所であり、個を保つ重要な空間である。
フラワー・ロボティクスの発明は、「驚きがない」という「驚き」を持ったロボット。動的な社会への関わりから離れた静的な時間を過ごしたい場所で、人と調和し、新しいライフスタイルを築いてゆくという、静かな驚きをつくるのだ。
松井氏:私は「サイレント・イノベーション」という言葉で表現していますが、驚くべき発明も、社会に普及するためには、ある意味で“静か”なイノベーションという過程が必要なのです。
たとえばライト兄弟が飛行機を発明したことは大きな驚きですが、飛行機の技術を世界に普及させた人々の途方もない努力にも目を向けてみると、驚きに満ちています。彼ら名も知れぬ多くの人々の努力と知恵によって、今、「来週、東京からニューヨークへ行く」ことが確実に可能になっている。これこそが人類全体を進歩させているイノベーションなのだと僕は思います。
産業革命、情報革命を経て生まれたこれからの家庭用ロボットに必要なのは、一時の驚きだけではなく、人類の科学の資産を活用しながら人の生活に調和し、家庭へ普及する機能・デザインなのだと感じます。
花を見つめていると、人は自ずと心が穏やかになる。たとえそれが名もない花であったとしても、そこに宿る自然の摂理に、人は心を和ませる。そんな目線で見つめられるロボットを社会に普及させること。それがフラワー・ロボティクスの名前の由来であり、目指す事業なのだという。
松井 龍哉(まつい たつや)氏
1969年東京都生まれ。ロボットデザイナー。2001年、フラワー・ロボティクス社を起業する。「ロボットを日常の風景にする」ことを経営・技術開発のビジョンとして掲げ、フラワーガールをデザインコンセプトとしたロボット「Posy」をはじめ、ショーウィンドウで活躍するマネキンをロボット化した「Palette」などを生み出し、グッドデザイン賞、iFデザイン賞などに輝く。
人とロボットの新しい関わり方をつくる、「Patin」
フラワー・ロボティクスが新しく開発中の家庭用ロボット「Patin(パタン)」は、床をくるくると滑って移動する、台車型のロボットだ。自由自在な移動を可能にする「オムニホイール」を持つ駆動系と人工知能を搭載した本体、暮らしの中でさまざまな機能を発揮する「サービスユニット」(動画ではフロアライトの部分に相当)の2つの要素によって構成されている。サービスユニットの部分はサードパーティが自由に開発できるという、オープンソースの性格も持ち合わせている。
松井氏:Patinはフランス語で「スケート」を意味します。一般的な家庭にある、家電や家具にロボットのスケート靴を履かせ、自律的に動かすことができたら面白いのではないか、という発想から生まれました。
家にある既存のプロダクトをロボット化するという、一見奇抜な発想だ。しかし、たとえば明かりが欲しいところに自動的にやってきて灯火する「考えて移動するフロアライト」、音楽をムードに合わせてプレイする「察するミュージックプレイヤー」など、もともと生活の中で存在する機能をロボットによって拡張することができるため、自然と暮らしに調和したロボットになる。
さらにサービスユニットのさまざまな機能が人に利用されることで、Patinに搭載された人工知能は、機能と人とのやりとりを学習し、そのデータをクラウドに蓄積してゆく。
松井氏:Patinが学習し、ユーザーとのコミュニケーションをより充実したものにすることはもちろん、プライベートな生活空間における人との関わり方を蓄積したビッグデータが重要な価値を生むようになると考えています。
働き方や社会の構造が変わっても、眠ったり、ものを考えたりする人の生理現象や性質は大きく変わらない。これは前提として理解しておく必要があります。人が生活する中で得られたデータを解析することで、新しいサービスユニットを生み出すことはもちろん、情報サービスや教育や医療などの社会サービスと連携し、人の生活をより新しいものにしてゆくことが可能になる。それこそPatinが人との暮らしの中で生み出す、人とロボットの新しい関わり方の提案です。
リアルな生活空間と情報空間を繋ぐ媒介としてロボットを存在させてみると、新しい世界が見えるのではないかと考えています。
サービスユニットはPatinにさまざまな機能を与えると同時に、情報収集の方法も多彩にする。さらにクラウドに保存されたユーザーのデータは、ロボットを交換しても利用可能だ。そのデータは、ユーザーとロボットの関わり方の記憶として、将来にわたって利用することができる。
松井氏:ロボットにとって、家庭の中は過酷な環境です。少し動かすだけでも段差があると難しかったり、サービスユニットが落っこちてしまったり。現実のハードルがすごく高いことを実感しながら、現在は2017年の発売を目指し、実際の公共空間での実験を繰り返しながらデータを蓄積し、改良を加えています。
ロボットはこれから、「目的をもつ第三者」へ進化する
松井氏はデザイナーのキャリアを持つロボット開発者「ロボットデザイナー」だ。これまでも結婚式で花嫁を先導するフラワーガールにインスピレーションを得た、歩いて花を渡すロボット「Posy」、ウィンドウディスプレイで使われるマネキンをロボット化した「Palette」など、人との関わり方をデザインコンセプトにした、美しいロボットを数多く生み出してきた。
彼がロボットのデザインコンセプトを考えるとき、「映画監督の小津安二郎ならば、どんなロボットを撮るだろうか」という視点を大切にしているという。
松井氏:小津安二郎の映画の背景を注意深く観察すると、ソニーのトランジスタラジオやシステムキッチンなど、実は当時の最先端のライフスタイルの中で物語が繰り広げられていることに気づかされます。
しかし私たちは小津映画の中に、深い安心感と日常の空気を感じることができる。それは、新しいものと古いものを美しく調和させる演出がなされているからです。
最先端のプロダクトが並ぶ中で、日本酒を飲むための伝統的な酒器が置いてあったり、登場人物が品の良い言葉をわざと尖らせて用いていたり、カメラの位置が畳に座ったときの日本人の目線に合わせてあったり…。研ぎ澄まされたセンスの良さによって生まれた調和が、小津映画を映画史の中で際立つ存在にしているのです。
ロボットのデザインは、科学の最先端技術とリアルな人の生活との調和という点で、センスの問われるところです。
目立つものや、人の注意をひくデザインをすることは全く難しくない。しかし生活の中に馴染んで、あたかも「そこに以前からあった」ような感覚を与えるデザインは、難易度が高いのです。結果的にそうしたデザインが、人に長く使われ、違和感なく生活の中に存在できる良いデザインになっています。
まさに「用の美」(生活・習慣に馴染んだ、手づくりの日用品が持つ機能美、様式美)であり、生活と人の意識から自然に生まれるデザインが求められているのです。
結婚式で花嫁を先導する「フラワーガール」のロボット「Posy」。ヴァージンロードを歩き、花を渡すという機能しか持たないが、その動きと佇まいに、無垢な少女の面影を宿した唯一無二のロボット。映画『ロスト・イン・トランスレーション』にも出演。
これから私たちは、どんな存在を「ロボット」と呼ぶのだろうか?
今、世界には人と関わるロボットが数多く生み出されている。HONDAの「ASIMO」などの人型二足歩行のロボット、ソフトバンクの「Pepper」のようにコミュニケーションに特化したロボット、人そっくりにつくられた「ヒューマノイド」…。これほどに意味が広がりつつあるロボット像はこれから、どのようなものになり、私たちと関わっていくのだろうか?
松井氏:フラワー・ロボティクスではロボットの存在を「目的をもつ第三者」と表現しています。人でもモノでもない、新しい第三者です。その定義は「自律性」を持っていることだと考え、これまでロボットをつくってきました。
自分自身で環境を認識して、経験から次の行動を決め、自律的に人に関わることができる製品というものは、20世紀の世界にはまず存在しなかった概念です。それゆえ、人とうまく関わり、社会をより豊かにしてゆくための新しいデザインを僕たちは考え、どんな新しい世界に出会えるかを形にしていきます。
彼ら目的をもつ第三者が私たちの暮らしの中に入ってきたとき、やはりライフスタイルは大きく変わります。たとえば、彼らが私たちに体調を聞いて情報を解析し、深刻な病気を早期に発見してくれたり、私たちが人生相談をしたときに、これまで認識していた自分は実は幻想だったことを気づかせ、これまでと違う人生観に導いてくれるようなこともあるかもしれません。
今、多くの人がSNSを介して趣味・趣向で他者と繋がり、さまざまな情報を得ています。しかしより深い自分と繋がるのは、もしかしたら生活空間をともにするロボットになるのかもしれません。ロボットが「世界で一番自分のことを理解してくれている」と人が認識できるような存在になれば、案外、手放せない存在になるかもしれないですね。
「ロボットを手放せない」と聞くと、「そんな自然の摂理に逆らうような生き方は人間的ではない」という反論が返ってきそうだ。しかし今、視力が低い多くの人々は、眼鏡やコンタクトレンズをつけて生活している。「自然だから」という理由で、リスクのある低い視力の裸眼での生活を営むのは、すでに人間的ではない。
私たちが社会において不自然さや違和感を抱くときは概ね、その行為をしている人の数が問題になっている。ロボットも普及が進み、いかなる家庭にもロボットがあるようなときが来れば、誰も不自然だとは思わなくなるだろう。これからのロボットを考えるときに必要なことは、そうした未来に視線を投げかけてから、今を見ることなのかもしれない。
(2016年6月10日公開)
https://www.blwisdom.com/technology/series/tefuture/item/10520-12.html
ICTがもたらすビジネスの未来 第17回
AI秘書がもたらす新しいワークスタイル(前編)
マーケティング 鈴木良介 2016年06月10日
「秘書と個室と専用車」というステータス・シンボル
サラリーマンの立身出世に関する話題になると、「秘書と個室と専用車」に話が及ぶことはまだまだ多い。不正が発覚した大組織が責め立てられるときには、たいてい「不正の張本人であるにもかかわらず、引き続き秘書と個室と専用車を利用するとは何たる不見識!」といった報道になる。この3つは、昭和より不思議と続く立身出世のステータス・シンボルなのだろう。ところが、近年のテクノロジーの進展により、立身出世ならずとも利用できるようになる機能が現れている。人工知能の活用が「秘書」を身近なものにしようとしているのだ。
象徴的な事例として、ソフトウェア秘書「クララ(Clara)」をご紹介しよう。クララは「社内外の多くの人たちが参加するミーティングの日程調整」という、あの面倒くさい業務を人間になり変わり取り仕切ってくれるAI秘書ともいうべき存在なのだ。
具体的な手順はとても単純だ。メールを使ってミーティングの日程調整をするとき、CCにクララのメールアドレスを入れるだけで良い。たとえば「来週30分くらいランチをしながらミーティングしない?」といった普通の文章で書かれたメールをクララは理解し、参加予定者の空き時間や、適した会議室の空き状況を踏まえて、日程調整のメールを送る。そのメールも、まるで人間の秘書が書いたかのような文章となっている。候補日を提示し、それぞれの参加者の参加可否を把握し、もっとも望ましい時間帯にミーティングを設定し、参加者への通知までを行う。
クララ(Clara)をCCに入れたメールのイメージ。参加者の日程を調整し、通知までを行ってくれる。
社内ミーティングのように、参加者が同じスケジュールシステムを利用してみんなの予定を一覧できる状況であれば、日程調整はそれほど面倒ではないかもしれない。しかし、社外の人との日程調整など、情報のやり取りに制約が発生すると、これはとたんに面倒な業務となる。
クララの開発を行うクララ・ラボ(Clara Labs)によれば、1回の会合のスケジュール調整を行うには平均7通のメールがやり取りされるという。クララはその時間を狙うべき原資としてサービス提供を進めている。仮に平均的な正社員500万人が、週に1度10分程度を日程調整に費やしているとするならば、1年間に浪費される人件費は2000億円を超える。
AIが違和感なく我々の仕事に溶け込む理由
クララのようなソフトウェア秘書と呼ばれるサービスは、英語圏を中心に急増している。x.aiやOverlap.ccは、クララ同様に電子メールのCCを介した自然なスケジュール管理を行ってくれる。Howdyは、社内コミュニケーションツールとして知られるSlackに対応した人工知能で、秘書とLINEでチャットをするかのように機能の利用を可能とする。たとえば、社内のよくある質問への対応やランチのオーダーを行ってくれる。EasilyDo Mailは、チケットの手配から、交通遅延の伝達、ソーシャルメディア情報の中から知っておくべき内容の選別と伝達などを行う。
この種の従業員向けサービスは、どれだけ便利な機能であったとしても、業務プロセスを大きく変えるような取り組みであると受け入れられにくい。導入後、どれだけ便利になるとしても、業務プロセスの変化は大騒動になる。ここで紹介したいずれのサービスも、「メールでCCに入れるだけ」「社内チャットで普通に話すだけ」といったように、通常の業務プロセスを大きく変えること無くテクノロジーの恩恵を受けられるようになっているところが特徴だ。
人に歩み寄る人工知能
このようなソフトウェアによる秘書機能の代替は、今後ますます拡大することが予想される。クララの例で示したような「調整」のほか、ネットワークに接続された各種機械の「制御」も重要な領域となるためだ。
ここまでの従業員向けの事例とは異なり、消費者向けの事例となるが1つ紹介しよう。これは、米国のある業界団体がIoTをテーマに行ったシンポジウムの中で、IoTを踏まえた生活の変化とソフトウェア秘書の役割をわかりやすく想像している 。
「ある日の昼頃、あなたがiPhoneのSiriを通じて家のリビングで待機しているルンバに対し、『掃除機をかけておいて』と指示を出したとしましょう。そうすると、Siriからは『掃除は先ほど済ませておきました。カレンダーを拝見したところ15時からお客様がいらっしゃるとのことでしたので』という応答があり、もう掃除が完了していたことを知って安心するのです」(プレゼンテーション資料をもとに、筆者書き下し)
家庭においてすらこれだけのことが予想される中で、企業の中におけるソフトウェア秘書の役割は大きく拡大するだろう。さまざまなオフィス機器やオフィスセキュリティに関する機能、社用車の手配など、さまざまなシステムを現在は人間が機械に歩み寄る形で利用をしている。今後は、逆に機械の歩み寄りによって、各種システムとのコミュニケーションが円滑に行われることが期待できるのだ。
■関連リンク
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(2016年6月10日公開)
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