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転載元:『週刊文春』5月8日・15日ゴールデンウィーク特大号 P.56〜59
近藤誠「降圧剤で殺されないための5つの心得」
四月発表の高血圧の“新基準”が波紋を呼んでいる。従来の.「上は一三〇以上」が「一四七以上」になったのだ。これはこれまで降圧剤を飲まなくていい人が飲んでいたということを示す。医師の近藤誠氏はこうした基準値とどう付き合えばいいか明快に語ってくれた。
「これまで、高血圧患者は実際よりはるかに多く“作られて”来ました。たとえば二〇〇〇年以前の高血圧の基準値では、『上(収縮期血圧)は一六〇以上、下(拡張期血圧)は九五以上』だったのに、日本高血圧学会はこの基準値を『上は一三〇以上、下は八五以上』に引き下げた。これにより、二〇〇〇年以降は『上が一三〇以上で一六〇未満』の人たちが高血圧患者にされ、新たに薬を飲むことになったのです。
もちろん、上の血圧が二〇〇に近いような人は血圧の低い人に比べれば確かに様々なリスクが高い。心筋梗塞や脳卒中、脳神経障害などを発症しやすいと言えます。頭痛やめまい、意識障害などの自覚症状がある場合は、速やかに治療を開始するべきでしょう。
ただ、自覚症状もないのに『高血圧なので治療をしましょう』と言われて薬を飲まされる人があまりに多い。しかし、血圧を薬で一三〇まで下げるとむしろ、脳卒中などのリスクが高まるんです」
こう語るのは、長年「医療の常識を疑え」と患者に対する啓蒙を続けている医師の近藤誠氏(近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来主宰)である。
近藤氏は『患者よ、がんと闘うな』(小社刊)など様々な著書やインタビューなどで主張し続けている「がん放置療法」で有名だが、実は血圧に関しても、冒頭のような見解を繰り返し述べていた。しかし、医学界では「がん放置療法」と同様、異端視されていた。
ところが、四月四日、そんな近藤氏の見解を裏付けるかのような研究データが発表されたのだ。日本高血圧学会が定めた、従来の「上は一三〇以上、下は八五以上」という基準をはるかに超える、「上は一四七以上、下は九四以上」という“ゆるい”基準でも健康だというものだ。
従来の基準では“悪い”数値
基準数値を調査・発表したのは日本人間ドック学会と健康保険組合連合会(健保連)である。
二団体は、人間ドック検診受診者約百五十万人という「ビッグデータ」を使い、約二年かけて共同研究を行った。健保連の担当者が解説する。
「予防医学の観点から、血圧やコレステロール、血糖、中性脂肪など計二十七項目を対象に調査しました。従来の基準にはなかった性別や年齢差による違いも調べています」
手帳は次の様なものだ。
百五十万人から「過去に大きな病気をしておらず、煙草も吸わず、飲酒は一日一合未満」などの条件で約三十四万人の「健康人」をスクリーニング。さらに絞り込んだ「超健康人(スーパーノーマル)」約一万〜一万五千人の検査値をベースとして各項目の「基準範囲」を求めたのだ。
「超健康人」たちが叩き出した「基準範囲」は、これまでの常識を覆すものだった。高血圧をはじめ、様々な分野で従来の基準では“悪い”と見なされていた数値だったのだ。
例えば尿酸値はこれまでは下限が二・一、上限が七・〇とされていたが、今回の基準範囲では男性は「三・六〜七・九」、女性は「二・六〜五・九」と示された。
メタポリック症候群などの調査で使用する、肥満度を示すBMIも従来は「標準体形は二四未満。二五以上は太り気味」とされていたが、今回は男性は二七・七、女性は二六・一までが「模準」と、条件が緩和された格好だ。
つまり本来健康な人が誤った基準によって長らく「病人」と判定されてきたことになる。そのため凄まじい反響があったという。
「数億を発表して以来、メディアの取材はもちろんですが一般の方からのお問い合わせが殺到していて業務に支障をきたすような状態が続いています」(日本人間ドック学会)
では、従来の基準に否定的だった近藤氏は、血圧をはじめとする“新基準”についてどう考えるのか。
「高血圧=長生き」を示すデータ
「今回の“新基準”では病気と判断するワクが狭まることになります。この点は良かったと思う。『病人判定』される人が少しでも減りますから」
こう断ったうえで、「しかし、本来はこんな基準範囲など意識する必要はないのです」 と続けた。
なぜ基準範囲を意識しなくていいのか。
近藤氏はその問いに答えるなかで、「無駄な高血圧治療を受けずに済むために知っておくべき五つの心得」を挙げた。順を追って解説していこう。
@ 血圧の方が長生きできることを知る
近藤氏は高血圧のメカニズムをこう説明する。
「人間の身体にとって最も重要なのは脳です。心臓はポンプとして脳に血液を送り出しています。ところが年をとるほど血管は硬くなり、細くなる。だから血液を強く送り出す為に、圧は強まる必要があるんです。
年を取ると血圧が高まるのは、我々の体が無意識の内に調整してくれているから。その意味では、血圧の高い高齢者の方が低血圧の人より体が強く、元気なんです。寿命も長くなるはずです」
実際、「高血圧=長生き」を示す、データもあるという。
「海外で七十五歳〜八十五歳の高齢者約五百人を対象に、降圧剤を飲まない状態で経緯を調べた調査がありました。すると最高血圧一八〇以上のグループの生存率が最も高く、逆に一四〇を切る高齢者の生存率は、非常に低くなりました。血圧を気にせず、自然に任せて生活する事が重要なんです」
A副作用の怖さを知っておく
こうした「人体が持つ本来のカ」をクスリで修正すると、無用のリスクを負う事になると近藤は指摘する。
「ある種の降圧剤には発がん性リスクがあると従来から指摘されています。
また、降圧剤を使うことにより、怖いのは脳梗塞です。血管の中で血液が凝固し、その先が壊死してしまう病気ですが、血圧を不必要に下げる事で血液の流れが悪くなり、発症リスクが高まります。
高齢者の場合は、血液が脳に回らなくなるとボケも出やすくなる」
どうしても血圧が気になる人には「非薬物療法」を勧めるという。
「血圧というのはその人の年齢、性別や体重、それに塩分やアルコール摂取量、タバコの量などに応じて、それぞれの身体が自然調整した結果です。これを薬で強引に下げると様々な不都合が生じますが、太り過ぎに気をつけたり、アルコールを減らしたり、運動して下げる分には無理がありません。気になる方は薬を使わずに下げるべきだと思います」
六十歳以上は“実年齢+九〇”
B 血圧を下げても病気発症リスクは変わらない
副作用というリスクを負って降圧剤を使ったとしても、高血圧に伴う様々な病気の発症を抑えられるわけでもないという。
「たとえば、従来の基準で高血圧になる血庄一四〇の人に薬を投与して基準以下まで下げたとしても、心筋梗塞などの発症率は変わらない。
海外では軽度の高血圧と見なされる、一四〇から一五九ぐらいの人たちを対象にした比較試験が、すでに四回ほど行われています。しかしいずれも、葉を飲ませても飲ませなくても何も変わらなかった。死亡率も減らないし、血管障害も関係なかった。だから薬を飲んだ人たちは、乱作用が出る分、損をしています。でもこうしたデータを示した論文は『信用できない』と医師たちに無視されてきた。だから啓蒙が進まなかったのです。これは世界的な傾向ですね」
C「上が一四七までOK」も疑え
近藤氏は従来よりもはるかにゆるめられた“新基準”にさえも、疑義を呈する。
「今回、基準値を求めるにあたり、“超健康人”を調べて各数値を取り、低い方から高い方に順に並べて両端の二・五%をカットしています。そして血圧の上は一四七となっていますが、カットした二・五%の中に一五〇、一六〇の人もいたはず。基準範囲のワク外であっても“超健康人”なのだから、異常値とは言えません。むしろスクリーニングなどせずに百五十万人全ての数値で計測した方が良かった。その方がより正確な基準範囲を示すデータになったのではないでしょうか」
近藤氏の指摘通りならば、従来基準はもちろん今回提示された新基準範囲も意味を持たなくなりそうだ。
ただ、そうは言っても自分の血圧が果たして「高いのか低いのか」把握しておきたい方も多いだろう。その基準はどこに置けばいいのだろうか。
「目安として六十歳以上の方は、“実年齢+九〇”と考えて下さい。体調面で自覚症状がない六十歳の人なら上が一五〇、七十歳の人なら一六〇までは正常血圧と考えていいでしょう。日本は以前その基準を使っており、ここ半世紀のデータを見渡しても、それで人々に何の問題も生じていない」
D検診に行かないこと
さらに近藤氏は人間ドック自体についてもこう語るのだ。
「私はそもそも検診や人間ドックは百害あって一利なしと言い続けています。自覚症状がないのに検診に行き、病気を見つけて貰って、治療を始める―。これは最も避けなくてはならない事。病院は患者がたくさんいないと経営上困るので、病人を数多く生み出したい。そのため、治療が不要な健康人も病人にしてしまう。高血圧でもこれまでこの構図のもとに“患者”が作られてきました。人間ドックや検診はその意味で受けてはいけないのです」
今回、日本人間ドック学会と健保連が発表した新基準範囲のなかには成人病(生活習慣病)に直結し、多くの人が気にしている「コレステロール値」や「血糖値」も含まれていた。近藤氏によると、これらも血圧とまったく同じ。
たとえば、血中コレステロール値も従来とは大きな隔たりを示している。
男性では一四〇〜一九九未満が異常なしとされていたが、「超健康」な男性達が示した数値は一五一〜二五四だった。
また、女性は年齢によってバラつきが出ている。“新基準”では三十歳〜四十四歳の数値は一四五〜二三八。四十五歳〜六十四歳は一六三〜二七三。大十五歳〜八十歳は一七五〜 二八〇となった。
いずれも上限は「二〇〇未満」という従来基準よりかなりゆるくなっているが、近藤氏は「この数値も意味がない」とバッサリ切り捨てる。
「コレステロール値が三〇〇以上というように、あまりに高すぎると、狭心症や心筋梗塞など冠動脈疾患の発症リスクに直結する事は確かです。しかし、それを下げるとさらに危険です。大前提としてコレステロールは人間の体にとって非常に重要な物質です。あらゆる細胞膜の構成成分であり、性ホルモンや副腎皮質ホルモンを作り、胆汁の元にもなります。数値が低い方がいいという方向性自体が誤っている。
そもそも、人体にあるコレステロールの約七割は体内で合成されるから、食事で数値を下げようとしても、あまり意味はありません。また、薬などで数値を下げると、逆に命が縮みます」
高血圧同様、コレステロールにも「下げるリスク」が存在するのだと言う。
「まず、薬自体による副作用を知っておくべきです。メバロチンという薬はコレステロール値を下げますが、一方で筋肉を溶かし、肝機能障害や末梢神経障害を起こす可能性がある事が分かっています。コレステロールが少なくなる事で脳から筋肉への指令がスムーズに行かなくなる現象も発生します。
最近では薬剤の特許が切れる為、後発の商品は“より強い効果”を持った薬である事が多く、副作用も強くなる一方です。
詳しい副作用を把握していない医師も多いので要注意です」
低血糖によって死亡率が高くなる
さらに「死亡率」では“逆転現象”が起きているという。
「先ほども触れたように、コレステロールが高い人は心筋梗塞などの発症リスクがあります。しかし薬を投与してコレステロール値を下げても、死亡率は変わらないという研究結果が既に出ています。そればかりか、コレステロールが低い人ほど死亡率が高くなる事も分かっているんです」
一方、患者が全国に約二千五十万人いるとされる糖尿病。発症すると血中のブドウ糖が増える為、検査では「空腹時血糖値」を使ってブドウ糖の量を調べる。従来基準では九九までが正常判定だが、「超健康人」たちは「男性八三〜一〇四、女性七八〜一〇六」という基準範囲を示した。糖尿病の判定にも今後変化は起きるのだろうか。
近藤氏はここでも安易に薬に頼る“治療”に警鐘を鳴らすのだ。
「普通は血糖降下剤を飲んで血糖値を下げる事で寿命が延びると思うでしょうが、実際は寿命は変わらない。本来治療が不要な人や、メリットがない人に薬を投与しているのが実態です」
そして近藤氏は恐るべきデータを示す。
「血糖値を下げると低血糖によって死亡率が高くなるという研究結果も存在しているんです。たとえば初診患者のヘモグロビン・エーワンシーの値が七・五だとすると糖尿病型と判定され、治療が始まります。この場合、医師は薬による目標値を六以下にするでしょう。しかし血糖値を六・五以下に下げると死亡率は急増。むしろ七〜九くらいの方が死亡率は低い。特にインスリンを使って血糖値を下げる場合、低血糖死亡のリスクが非常に高い事を知っておくべきです」
従来の「病人判定」の基準に対し、「本当にあなたは病人ですか?」と問いかける問題提起となった「新基準範囲」。近藤氏は最後にこう指摘する。
「患者や家族自身も、もっと勉強して賢くなる必要があるのかも知れません。ドクターが何を操作し、どんな指標を意図的に使い、何を“語らないのか”を知る事です。そして自覚症状がない人はあらゆる検査や人間ドックを受けない事。これまでの基準はもちろん、新基準範囲も自分で疑って欲しい。正しい知識は受け身では得られないはずです」
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