03. 2014年9月10日 03:32:24
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なぜ投資家は戦争やテロを無視するのか 2014年09月10日(Wed) Financial Times (2014年9月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙) 今年の初め、投資家向けの大きな会合で「地政学的リスク」について講演する機会があった。ロシアから中東、南シナ海、ユーロ圏に至るあちこちの状況を駆け足で説明した。その後、同じように演壇に立った著名なプライベート・エクイティー投資家とコーヒーを飲みながら話をすることができたので、地政学的リスクのことをどれぐらい考えているのか尋ねてみた。 彼の返事はこうだった。「ほとんど考えませんね・・考慮するのはもっぱら会社とキャッシュフロー、投資案件そのものですよ」 戦争や地政学的混乱を尻目に活況を呈する株式市場 この人物は、マドリードまで私のジェット機でお送りしましょうかという言葉で会話を締めくくったほどの大金持ちだから、この発言を聞き流してしまうのは賢明ではあるまい。投資家にしてみれば、政治のニュースはスポーツニュースよりは少し大事かなという程度の、いわばバックグラウンドノイズとして扱う方が理にかなう場合がほとんどだ。 1人の人間として見れば悲劇になる出来事も、投資家にとってはそれほど重要でない出来事になる。実際、シリアの戦いでは20万人近い人命が犠牲になっているが、その一方で株式市場は活況を呈している。 米ダウ平均、終値で初の1万6000ドル超え 米国や英国の代表的株価指数が記録的な高値を更新している〔AFPBB News〕 市場と政治の断絶は、ここに来て特に鮮明になっている。先週には、新聞がウクライナや中東の戦争の話、そして英国が分裂するかもしれないという話で埋め尽くされたにもかかわらず、英国のFTSE100指数は14年ぶりの高値をつけた。 その前の週には、米国のS&P500株価指数が史上初めて2000ポイントの大台を突破した。 恐らく、政治評論家がこういう話を耳にしたら、だから投資家は近視眼的なんだと苦々しい表情を見せることだろう。しかし、それは違うかもしれない。市場の方が正しいのかもしれないのだ。もちろん、時には政治的ショックが株価をしばらくの間下落させることもあるだろう。 だが最近の経験に照らせば、株価は驚くほど早く値を戻すことが多い。例えば、2001年9月11日の同時多発テロ後の最初の週に、ダウ工業株30種平均は14%下落した。ところがダウもナスダック指数も、その2カ月後には9.11前の水準を回復していた。 「地政学的好機」に沸いてきた世界 国際政治が投資家の向こう数年間の――数カ月や数週間ではない――見通しを本当に変えてしまうということが見られなくなって久しい。筆者が思いつく限りで言えば、そういう状況は1973年の第4次中東戦争とそれを機に生じた1970年代のオイルショックの時、そして1979年のイラン革命の時が最後だ。 これ以降は、地政学的リスクよりも地政学的好機という聞き慣れない概念の方が、世界の特徴をうまく言い表す言葉になっている。 例えば、毛沢東主義の終焉がもたらした政治的変化は中国経済の変容につながった。ベルリンの壁が崩れた後には、欧州の投資家の眼前に巨大な市場が新たに開かれた。また中南米では、1980年代に独裁政権が終わりを迎えた後、市場原理に即した政策が幅広く導入されることとなった。 従って、世界の政治はここ数十年間、投資家にとって重要なことではなかったなどと言えば、それは完全な間違いとなるだろう。世界全体で見れば、政治の変化は、好機を破壊することよりも好機を作り出すことの方に貢献してきたのだ。もちろん、特定の国の投資環境に悪影響を及ぼし得る政治的な出来事はいろいろある。 クーデターや戦争が起こりつつあるか否かを知ることは役に立つ。しかしここ数十年について言えば、投資家心理を世界的な規模で大きく変動させてきたのは経済であって政治ではない。2000年のドットコム・バブルの崩壊、2008年の金融危機、米国の金融の量的緩和などはその最たる例である。 足元で株価が高値を更新しているのは恐らく、投資家がまだ戦争よりも金融政策の方に心を奪われているからだろう。 ロシアと中東の混乱にもかかわらず原油相場が下がっている理由 しかし、そのような姿勢は、今のような地政学的な混乱の時代にあっても続けられるものなのだろうか。 1970年代には、戦争と革命のためにエネルギー価格が跳ね上がり、そのショックで西側諸国は景気後退に陥った。今日では、ロシアと中東という世界有数のエネルギー生産地域で混乱が生じている。だが、それなのに原油価格は上がるどころか下がっている。 なぜそんなことが起こり得るのか。理由はいくつか存在する。第1に、米国の「シェール革命」のために、世界のエネルギー市場は以前ほど中東の出来事から悪影響を受けなくなっている。第2に、アラブ世界における戦いはまだサウジアラビアや湾岸諸国の原油生産に影響を及ぼしていない。 第3に、イラク・シリアのイスラム国(ISIS)は、奪い取った油田から採った原油を安値で売りさばいている。そして第4に、ロシアはまだ、西側諸国にエネルギー制裁を加えるという脅しを真剣には行っていない。もし戦火が湾岸諸国にも及べば、あるいはロシアがエネルギー供給の蛇口を閉めれば、市場は間違いなくパニックになるだろう。 投資家は近々、もっと大きくて総合的な政治的脅威に対処しなければならなくなるかもしれない。過去40年間、政治的な変化はずっと1つの方向に向かっていた。グローバル市場システムに参加する国が増え、貿易の機会が増すという方向だ。 ところが最近では、政治は市場を開放するだけでなく閉鎖することもあるのだと改めて認識させられる出来事が散見される。例えば、中国と日本の緊張が高まってから、日本企業は中国での売り上げを急激に減らしている。日本企業による中国への直接投資も、今年は50%減っているという。 またロシアと西側諸国は制裁合戦を繰り広げている。従って、意外なことではないが、ロシアの株式市場は今年、規模の大きな株式市場の中では最も悪い株価パフォーマンスを記録している。 ただ、ここはロシアと直接かかわりのない投資家も注意が必要である。ウクライナの紛争はまだ悪化・拡大する恐れがあり、欧州全域に思いもよらない影響をもたらすこともあり得るからだ。 ナショナリストによる政治の復活 さらに、ロシアで現在起こっていることは、ナショナリストによる政治の復活というもっと大きな現象が極端な形で顕現したものなのかもしれない。形こそ異なるものの、この現象は中国でもインドでもエジプトでも、さらに言うならフランスでもスコットランドでも見ることができる。 ナショナリズムと国際投資は、反りが合わないことが多い。いつになるかは分からないが、ナショナリズムの復活は、プライベートジェットで飛び回る富豪にも悪影響を及ぼすことになるかもしれない。 By Gideon Rachman http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/41694 |