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昨年10月、柳井氏は「65歳で社長引退」の発言を撤回した〔PHOTO〕gettyimages
企業大研究カリスマ経営者が消えたらあの会社はどうなってしまうのか?ひとりの天才に支えられた組織はこんなにモロい
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38712
2014年03月20日(木) 週刊現代
セブン&アイ・鈴木敏文 ソフトバンク・孫正義 ユニクロ・柳井正 スズキ・鈴木修
中内㓛のダイエー、井植敏の三洋電機、伊藤淳二のカネボウ……。経営者の名が形容詞につく企業の「その後」はだいたい暗い。経営者の最後の仕事は後釜選び。間違えた会社はあっけなく死に至る。
■集団指導体制はダメ
ヒーロー映画の結末は決まって、颯爽と去って行く主人公の後ろ姿だ。思いもよらない必殺技を繰り出して、バッタバッタと敵をなぎ倒す。そして平和と繁栄の到来に沸く群衆の中に、ヒーローはもういない。
企業に繁栄をもたらし、強烈なリーダーシップで成長を牽引する経営者も同じように英雄扱いを受け、社内外から喝采を浴びる。ただ映画と現実は大きく違って、経営者は去り際を間違える。会長職に居座って院政を敷いたり、人事権を掌握して退いた後も権勢をふるったり……。
では、「彼ら」の場合はどうだろうか。セブン&アイ・ホールディングス会長兼最高経営責任者(CEO)の鈴木敏文、ファーストリテイリング(ユニクロ)会長兼社長の柳井正、ソフトバンク社長の孫正義、スズキ会長兼社長の鈴木修各氏。いずれも現代のカリスマ経営者と称される彼らが消えた時、会社は輝きを維持できるだろうか。
この問題をいま最も切実に考えているのは、今年1月で84歳になった鈴木修氏かもしれない。'58年に2代目社長の鈴木俊三氏の娘婿となり、鈴木自動車工業(当時)に入社。'78年に48歳の若さで社長に就任すると、当時3200億円程だった売上高を約30年で10倍近くにまで拡大させた、文字通りのカリスマ経営者だ。
元中小企業庁長官で、通産省(現・経済産業省)の自動車課長時代から鈴木修氏と親交がある中澤忠義氏が言う。
「いまでも印象に残っているのが、スズキが'90年から進出しているハンガリーで問題が発生した際の彼の対応でした。当時スズキはハンガリー経由で欧州各国にクルマを輸出していましたが、スズキが現地での部品調達率を60%以上にするという要件を満たしていないと異議申し立てをされた。
このとき修社長は真っ先に首都ブダペストに飛び、みずからハンガリーの関係大臣たちと折衝。それでも相手が納得しないと、修社長は現地のスズキの工場から部品をトラックに乗せてハンガリーの財務省に運び込んだのです。そしてまだ油のついている部品を官庁の床に勝手に並べ、通訳も介さないで『これだけハンガリー製の部品を使っているんだぞ』と訴えた。そんな破天荒な経営者を見たことがないのでしょう。迫力に押されて政府側は異議申し立てを撤回しました」
同社の売上高の6割ほどを占める海外事業は、こうした鈴木修氏の大胆な決断力、行動力に支えられてきた。鈴木修「後」の経営を考えた時に真っ先に懸念されるのは、ワンマン経営ならではのその強力な推進力が失われることだ。
元スズキ専務の岡部武尚氏はこう指摘する。
「オヤジ(鈴木修氏のこと)が工場に視察に来ると、社員が普段の不満を直談判にきて、それが理にかなっていれば『じゃあ、やれよ』とすぐに決めてくれる。本部で社員が企画を持って行っても、1度目、2度目は『ダメだ』と言って跳ね返されるけど、3度目に行くと企画書も見ないで『やってみろ』となる。そこまであきらめないでやりたいと思っていることならやらせてみようというオヤジの心意気があるから、社員もモチベーションが上がる。
オヤジは地元・浜松の取引先の社員の家族構成まで頭に入っていて、『息子は結婚したのか』『そろそろ息子が就職じゃないか』と語りかける。だから、取引先企業もいつの間にかオヤジのファンになってしまう」
鈴木修氏は「ワンマンこそがいい経営」と公言する一方で、こうしたきめ細かな配慮も欠かさない。そのため、「修さんのためなら」と意気に感じた社内外の人たちが猛烈に働き、これがスズキを支える陰の力になっているのだ。
大胆さときめ細かさを兼ね備えるカリスマ経営者。その後継を務めるのは並のことではない。そのため、「ワンマンの後は集団指導体制というのが歴史の必然」というのが鈴木修氏の持論で、'11年から、田村実、本田治、鈴木俊宏、原山保人各氏による4人の副社長体制をとっている。この中から次期社長が選ばれ、集団指導体制に移る公算が大きい。
「ただ、カリスマ経営者が去った後に合議制的な経営を志向してうまくいかないケースは多い。カリスマ経営というのは良くも悪くもその経営者の独断で会社が動くため、会社全体が経営者に頼る傾向が強くなってしまうからです。自分たちで考えて行動するということに慣れていないにもかかわらず、今日から自分で考えて行動しなさいと言われてもできないのです」(慶應大学ビジネス・スクール准教授の齋藤卓爾氏)
スズキの元役員も言う。
「今後はオヤジの長男の鈴木俊宏氏が社長に立って、田村氏などの役員が支えるというのがあるべき姿でしょう。俊宏氏はオヤジについて海外を飛び回ったし、その言葉、器、決断を見てきている。オヤジがいなくなればもっと自由に動けるでしょう。あとはオヤジがやってきたような、トップの決断ができるかどうかだ」
■カリスマをカリスマが支える
軸が折れたコマは無軌道に揺れ動き、やがて動きを止める。軸が太ければ太いほど折れた時の衝撃は大きい。では、セブン&アイの鈴木敏文氏の場合はどうか。
鈴木敏文氏は中央大学卒業後に書籍取次の東京出版販売(現・トーハン)に入社、そこからイトーヨーカ堂に転職した風変わりな経歴を持つ。ヨーカ堂では創業家の伊藤雅俊氏(89歳)の薫陶を受けながら、セブン-イレブン・ジャパンを創業して急成長させるなど、「伊藤―鈴木」の二頭体制で同社を日本一の小売りグループに躍進させた。
'92年に伊藤雅俊氏が総会屋問題の責任をとって社長を辞任すると、鈴木敏文氏がヨーカ堂社長に就任。'05年からはセブン&アイの会長兼最高経営責任者(CEO)に就き、81歳の現在もグループ全体の「総帥」として指揮を執る。
同社の場合、「伊藤―鈴木」という両カリスマがともに高齢で、二人をほぼ同時に失う可能性がある点が最大の懸念だ。元イトーヨーカ堂役員が言う。
「セブン&アイ・ホールディングスの本社ビルの最上階に鈴木氏と伊藤氏の部屋があるのが象徴的で、うちはまさにこの二人でバランスを取ってきた歴史があります。たとえばあるとき私が伊藤氏に『鈴木にやりすぎだと言っとけ』と伝言を頼まれて鈴木氏の部屋に行くと、『古い考え方はダメだ』と。伊藤氏は鈴木氏の戦略に反対しているわけではなく、『本当にもう十分議論は尽くしたのか』ともう一考を促すためにあえて言う。それを鈴木氏のほうもわかっていて、その阿吽の呼吸が、時に大胆すぎる鈴木氏の一手を成功に導いてきたのです」
伊藤氏が総会屋問題で辞任する際には、「私が辞める」と言った鈴木氏を制して自らが身を引いたという逸話も残る。ダイエーの中内㓛氏、セゾングループの堤清二氏のように、自らの存在を脅かす実力者を放逐するのではなく、互いを尊重しあいながら距離を保つ「絶妙な間合い」が同社の成長力の源泉となってきた。
「鈴木氏がよく言っていたのが、トコトンと徹底。事業がうまくいきそうな結果が出てきた時ほど、甘えが出る。そんな時にこそ、ものすごい迫力で『徹底しろ』と言うわけです。鈴木氏を満足させるには100%ではダメで、100+1%が必要なんです。そうして鈴木氏に怒られた役員を、伊藤氏はこっそり慰めたりしている。精神的な拠り所が伊藤氏、戦略を練って実行するのが鈴木氏という棲み分けがあるからこそ、鈴木氏も好きなように動き回れているのだと思います」(前出・元執行役員)
そのため、いまOBらの間ではこんなウルトラCの後継策が語られているという。OBの一人が言う。
「いまセブン&アイの取締役には伊藤氏の次男の順朗氏がいるし、鈴木氏の次男の康弘氏もセブンネットショッピングの社長。順朗氏は人柄が良く、康弘氏もソフトバンクで孫正義氏の元で働いたことのある実業家肌と父親譲りの資質を持っている。そこでHDのトップに順朗氏、その下で実働部隊を動かすCEOを康弘氏にする体制に移行するのがいいとの声が出てきた」
■外部招聘か、一族継承か
しかし、それで果たしてうまくいくだろうか。
小売業は「時代の子」と呼ばれるように、コロコロと変わる消費者の嗜好を満足させるために、過去の成功体験を次々と破壊していかなければ生き残れない。その中で、セブン&アイが成長を続けてこられたのは、鈴木氏の類まれなる発想力で危機を乗り越えてきたからにほかならない。
「最近では『セブンゴールド』ブランドの食パンが大ヒットしましたが、これも鈴木氏の業界の常識を壊す発想から生まれたモノ。セブン&アイは、トップから社員まで『鈴木哲学』が浸透していて、孫悟空の毛からたくさんのミニ悟空が生まれるように、彼がいなくなってもその哲学は失われないでしょう。しかし、鈴木氏のとびぬけた発想力を受け継ぐ人がいるとは限らない」(ジャーナリストの勝見明氏)
それは鈴木氏自身もわかっているのだろう。実は鈴木氏は、「自分なき後」について次のようなことを語っているというのだ。
「鈴木氏に後継者について聞くと、こんなことを言っていました。
『本当に力のある人物がいたら、もしかしたら自分はその人を遠ざけてしまうかもしれない。でも本当に力のある人であれば、たとえ潰されても育ってくるものだ。後継者のことなんて、私が考えることではない』
鈴木氏の持論は、変化をするのが常態で、変化は必ず新しい需要を作り出すというものです。逆に言えば、その変化に対応できなければ、あっという間に企業はすたれるとわかっている。それができる人物が出てきていないから、鈴木氏は自分がトップを続けているのかもしれません」(『セブン-イレブンだけがなぜ勝ち続けるのか?』などの著書がある経営評論家の緒方知行氏)
セブン&アイと同じく、日本を代表する小売り大手となったファーストリテイリングの柳井正氏も、「後継者問題」が経営の最大のボトルネックとなっている。
「ユニクロは、海外で安く作る、東レと組んで質の高い商品を開発するなどの『仕組み作り』が成功の要因と語られることが多いが、それだけではない。柳井氏がトップとして商品や店舗のデザインなどの細かい点まで指示することで生まれる『詰め』が経営の随所にあり、そうした微妙な変化を消費者が嗅ぎ取ってユニクロの商品が買われていると感じます。
つまり、柳井氏のセンスによるところが実は大きい。ユニクロはブランドで売っているわけでもないので、氏を失った時の影響は大きいと思います」(コンサルタントの小宮一慶氏)
実際、柳井氏は'02年に当時常務だった玉塚元一氏に社長の座を譲ったものの、任せた玉塚氏が思ったような業績を残せないでいると事実上更迭。わずか3年で柳井氏が会長兼社長に就く体制に戻った。復帰会見では「社長は1~2年で譲る」とあくまで緊急避難的な体制であることを強調したが、柳井氏はいまだトップの座に座ったままだ。
上場当時よりユニクロを見てきたプリモ・リサーチ代表の鈴木孝之氏が言う。
「柳井氏は自ら創業者として企業を育て、リスクをとって挑戦してきた。その成功経験に裏打ちされた度胸があるから強い。一方で、これからユニクロの経営を託される人は、倒産の危機を乗り越えた経験もなければ、巨大なリスクをとる環境にも置かれたことがない。こうした経験だけは、引き継ぐことができない。
そのため、柳井氏がいなくなれば、自ずとダイナミックさが失われ、縮小均衡に陥るリスクが高まる。弱体化したところにM&Aでパクリとやられてしまうなんてことも将来起こらないとも限らないのです」
ちなみに、柳井氏の後継者と目されている柚木治氏、堂前宣夫氏などは中途入社組。外部からの人材ヘッドハントを盛んに行う柳井氏だけに、後継社長も外部からの登用があるとも指摘されるが、これは危険だ。
「カリスマ経営者にとって、自社内の人間はどんなに優秀でも小粒に見えてしまう。外部から経営者を呼ぶパターンが多いのはそのため。隣の芝生は青く見えるし、実績があれば、なおさら優秀に見えてしまうのでしょう。ただ、これが怖いのは、外部の人間は会社のイズムをどれだけ理解しているかがわからない。短期的には成果を出せても、長続きしないばかりか、会社のいい部分を壊してしまう危険性がある」(前出・小宮氏)
'12年末当時、柳井氏は本誌の取材にこう語っている。
「いま後継に考えているのは4人いて、うち2人が息子。ただ4人とも一長一短なんだ」
長男の一海氏は米大手金融機関ゴールドマン・サックス出身で、現在はファーストリテイリングのグループ執行役員。次男の康治氏は三菱商事から'12年にファーストリテイリング入りしている。一族継承は果たしてうまくいくか。
「実は'00年代以降、世界的に創業家経営が見直されてきています。変化の激しい時代にあって『決める経営』が求められる中で、創業家のカリスマ性や実行力をいかしたオーナー企業の強さが際立ってきたからです。経済が右肩上がりの時代は、実務を無難にこなすサラリーマン型経営者が求められたが、いまは違う。
ポイントは継承のタイミング。トヨタも奥田碩社長の時代から章男氏にいかに社長を継がせるかを研究し、リーマン・ショックが起こった後に社長に就任させた。業績が落ち込むと誰もが思っている中で挽回すれば社長としての実績として認められるからです。ユニクロの場合も柳井氏がタイミングさえ間違えなければ、スムーズに長男へバトンタッチできるかもしれない」(経営評論家の片山修氏)
■自分のコピーは作れない
創業者として一代で巨大企業を築き上げたという点では、ソフトバンクの孫正義社長も同じである。
ただ、柳井氏と違った独特の「後継理論」を持っている。元ソフトバンク社長室長でジャパン・フラッグシップ・プロジェクト代表の三木雄信氏が言う。
「いま56歳の孫氏がまだ40代の頃、世界の財閥について研究をしろと言われました。たとえば日本の三井や三菱はいかにして多角的な巨大企業群を回すことができたのか。通信機器大手のエリクソン、家電大手のエレクトロラックスなど複数の有力企業を傘下におさめながら成長を止めないスウェーデンのウォーレンバーグ財閥は、どのような仕組みでオーナー統治をしているのか。その後継システムや創業家の在り方について調べていたわけです。
そうしたことを踏まえた上で、孫氏は『台風の目には風がないじゃないか。真空でもOKなんだよ』と言っていました。中心にいるトップがすべてを運営する必要はなく、グループ全体を見渡せばあらゆる業態業種の企業があり、それぞれで優れた人が動けば、その中からうまく花開いて成長ドライバーとなる事業が生まれてくる。極端に言えば、トップがいなくても、周りに勝手に人が集まってきて、事業を展開してくれればよいと考えていたわけです」
実際、ソフトバンクグループはすでに1300社といわれるグループを形成。その中からゲーム会社が突如千億円規模の売り上げを稼ぎ、グループの稼ぎ頭に浮上するといった事態も起きている。
「結局、孫氏は自分の完全なコピーは作れないと思っているのです。ただ、自分が愛着を持って育ててきたソフトバンクグループは最低300年生き残る会社にしたい。もちろんグループの経営者の中から実力のある後継者が出てくるのが望ましいが、同時にトップが『君臨すれども統治せず』でも大丈夫な体制作りもしているということです」(前出・三木氏)
金融・経済評論家の津田栄氏が言う。
「カリスマ性が大きければ大きいほど、その経営者が去ったあとの会社は停滞する可能性が大きくなる。それがわかっていたから、本田宗一郎は66歳であっさり社長を辞め、その後の経営にも一切口を出さなかった。カリスマ性が大きくなりすぎる前、その絶妙なタイミングで身を引くことが、『以後』の経営にとって最善の策なのでしょう」
いくら優秀な経営者でも、自らの「引き際」を見誤ることは多い。そうして過去幾度となく見たような悲劇が繰り返されてきた。ひとりの天才に支えられた組織は、かくもモロいのである。
「週刊現代」2014年3月18日号より
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