01. 2014年9月04日 07:01:40
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「米中新時代と日本の針路」 香港普選への介入は、中国政府による「民主主義の否定」注目点は米国の反応 2014年9月4日(木) 加藤 嘉一 北京の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は8月31日、2017年に行なわれる香港トップ(行政長官)を選ぶ選挙について以下の決定を下した。普通選挙の導入を認めるものの、候補者は「提名委員会」が“指名”する人間に限る。 業界団体などから選出された1200人の「提名委員会」が2〜3人の候補者を選出。その候補者に対して、香港市民が1人1票の原則に則って投票する仕組みだ。“反中”的な候補者を事実上、排除する政策であり、香港普通選挙に対する中国政府の政治的干渉を決定づける一手となった。 この新しい仕組みを実施するためには香港立法会(議会)で3分の2の賛成による可決が必要。最終決定は香港議会の審議を待たなければならない。 31日夜、全人代の下した“決定”に反発する民主派リーダーらは行政長官官邸前の公園でデモを行った。これに3000人が参加した。 翌日の9月1日、全人代常務委員会の李飛副秘書長は香港で説明会を開き、今回の決定について説明した。ここでも香港の民主派議員約20人が李氏に対する抗議活動を展開した。 同日、共産党の機関紙《人民日報》は社説において、「中央に対抗する人間が行政長官を務めることを許さないのは基本法の根本的要求である。これを守ることは国家の安全と利益のため。より根本的には、香港の利益、広範な香港の同胞や投資家の利益のためだ」と主張し、香港民主派の動静を批判した。同日、香港紙・蘋果日報(アップル・デイリー)は「中国共産党は選挙を実施するとの約束を破棄した」と、北京政府に強く反発する社説を掲載した。 カギを握る多数派の動向 北京と香港は泥沼の関係に突入したかのように見える。事態はこれからどう展開していくのだろうか。 まず、8月31日の北京政府の”決定”をもって、“香港リスク”が顕在化していくであろう。8月に入って、香港財政部の曽俊華部長が「不確定な政治情勢は完璧な金融危機を引き起こす可能性を孕んでいる」との懸念を公式に表明していた。これが現実のものとなりかねない。香港民主派のリーダーはこれから、北京=香港政府に抗議する集会や座り込み活動を金融街の「セントラル」で実施する――“占中”計画(中環占領;Occupy Central)と呼ばれる――旨を発表している。 仮に、数十万、あるいは百万人を超える大規模な集会がセントラル周辺で展開されれば、国際金融センターとしての基本的運営と秩序が脅かされかねない。 筆者が7月に香港を訪問した際、香港在住のある日本人投資家がこう語っていた。「中国との関係を巡って香港が荒れている。仮に、2017年の普通選挙が公正に行われないことが決まれば、香港の民主派は“占中”計画を実行するという。そうなれば、金融の中心地であるここセントラルは混乱に陥る。ビジネスや経済への影響も計り知れない。我々としても、どう対処すべきか悩んでいる」。これが現実のものになる可能性がある。 この過程で、“沈黙してきた香港の多数派”がどう動くかがカギを握ると個人的には考えている。香港を代表するある知識人はかつて、筆者にこう語っていた。「実際に、“占中”計画に賛同する香港人は少数派で10%にも満たない。一方で、中国の一部である正当性を強調したり、北京政府の政策を擁護したりする香港人も少数派で、こちらも10%にも満たない。香港の大多数を占める世論は必ずしも集会やデモの現場に反映されないのだ。彼らは“占中”のような暴力的な行為に反対する一方で、2017年の選挙に北京が干渉することにも反対している」。 「第2の天安門事件」も大げさではない リスクは経済・金融レベルにとどまらない。 仮に、民主派が率いるデモ隊と中国・香港警察が衝突し、警察側が民衆に発砲するような場面が世界中に映し出されるようなことになれば、事態は“香港問題”などという生半可な言葉では表現できない次元に突入するだろう。 世界中が中国共産党への批判を強めることになり、1989年の天安門事件以来引きずっている対中不信・反発・嫌悪感がインターネットなどを通じて爆発するだろう。中国と世界の関係が“新たな局面”に入り、中国の政治リスクが急速に拡大するのは必至だ。 北京政府は民主化を否定した 中国と世界との関係という視点から言えば、もう一つ、軽視できない政治要素がある。北京政府に、民主化を含めた政治改革を、中国本土で推し進めていく意思があるのか、という点だ。 8月31日の”決定”をもって、中国政治の民主化プロセスは“後退”したと言わざるを得ない。香港は中華人民共和国のなかで、政治制度が最も進んだ都市である。1997年の香港返還後も、ケ小平が基礎をつくった「一国二制度」の下、司法の独立、言論の自由が制度的に保証されてきた。2017年に公正かつ透明性のある普通選挙を行うことで、この2つの要素に民主主義が加わるはずだった。 しかしながら、その芽が摘まれかけている。北京政府は、香港の民主化を、政治力をもって強権的に潰そうとしている。筆者には、8.31の”決定”は政治改革に対する中国共産党の基本的立場を象徴しているように映る。“民主主義の否定”という、断固たる立場だ。 ケ小平の意図と米国の反応 この事実を前に、筆者は最後に2つの問題を提起したい。これらの問題に対する答えは、本連載でも適宜検証していくつもりだ。 一つ目は、8.31の”決定”は、1997年の香港返還を達成したケ小平の意思に符合するものだろうか、という問いだ。ケ小平はサッチャー英首相との熾烈な交渉を経て、香港の返還を実現した。この時、「返還後50年間、香港は中国本土と異なる政治制度を実践する」ことを約束している。香港は資本主義、中国は社会主義だ。 ケ小平はこの約束をした際に、香港と中国本土における政治改革のロードマップをどう描いたのであろうか。香港に資本主義の発展を推し進める民主主義を根付かせるつもりだったのか。あるいは、中国本土が採用する社会主義によって香港を呑み込むつもりだったのか。前者は「一国二制度」の継続を、後者は「一国一制度」への転換を意味する。ケ小平が約束した「返還後50年間」の最終年は2047年。期限まで、まだ33年残っている。 二つ目は、中国共産党による8.31の”決定”を米国がどう認識するかだ。この”決定”は、香港だけでなく、中国における政治改革の停滞も意味する。中国は公正で透明性のある民主主義を真っ向から否定したのである。仮に、米国政府が「秩序と潜在力に満ちた資本主義の発展には自由民主主義が欠かせない」と認識するのであれば、8.31の”決定”は看過できないはずだ。 筆者の理解では、米国は世界中で自由民主主義を普及させることが至上命題であると考えている。そして、中国で政治改革が進み、自由民主主義が根付くことが米国の国益に符合すると同時に、米中関係を長期的に発展させるための安定材料にもなるとも捉えている。 もちろん、香港マターは中国の“内政”であり、米国がそこに注文をつけるのは内政干渉に当たる。中国共産党は、国務院新聞弁公室が今年6月に発表した香港白書(一国二制度の香港特別行政区における実践)において、「外部勢力が香港を利用して中国の内政に干渉しようとするのを警戒し、少数の人間が外部勢力と結託して“一国二制度”の香港における実践を破壊しようとするのを封じ込めなければならない」と警鐘を鳴らしている。 中国がグローバルなプレーヤーとして経済レベルでも政治レベルでもますますその存在感と発言権を強化している現状を考えれば、米国としては中国の政治事情をこれまで以上に注視しつつ、中国とコミュニケーションを図っていく必要があるだろう。その意味で、中国共産党が香港に対して下した8.31の“決定”は重要なケーススタディーとなるにちがいない。 このコラムについて 米中新時代と日本の針路 「新型大国関係」(The New Type of Big Power Relationship)という言葉が飛び交っている。米国と中国の関係を修飾する際に用いられる。 「昨今の米中関係は冷戦時代の米ソ関係とは異なり、必ずしも対抗し合うわけではない。政治体制や価値観の違いを越えて、互いの核心的利益を尊重しつつ、グローバルイシューで協力しつつ、プラグマティックな関係を構築していける」 中国側は米国側にこう呼びかけている。 ただ米国側は慎重な姿勢を崩さない。 「台頭する大国」(Emerging Power)と「既存の大国」(Dominant Power)の力関係が均衡していけば、政治・経済・貿易・イデオロギーなどの分野で必然的に何らかの摩擦が起こり、場合によっては軍事衝突にまで発展しうる、というのは歴史が教える教訓だ。 米国が「中国はゲームチェンジャーとして既存の国際秩序を力の論理で変更しようとしている」と中国の戦略的意図を疑えば、中国は「米国はソ連にしたように、中国に対しても封じ込め政策(Containment Policy)を施すであろう」と米国の戦略的意図を疑う。 「米中戦略的相互不信」は当分の間消えそうにない。それはオバマ=習近平時代でも基本的には変わらないだろう。 中国の習近平国家主席は米カリフォルニア州サニーランドでオバマ米大統領と非公式に会談した際に「太平洋は米中2大国を収納できる」と語り、アジア太平洋地域を米中で共同統治しようと暗に持ちかけた。これに対してオバマサイドは慎重姿勢を崩さない。世界唯一の超大国としての地位を中国に譲るつもりも、分かち合うつもりもないからだ。 互いに探りあい、牽制し、競合しつつも、米中新時代が始まったことだけは確かだ。 本連載では、「いま米中の間で何が起こっているのか?」をフォローアップしつつ、「新型大国関係」がどういうカタチを成していくのか、米中関係はどこへ向かっていくのかを考察していく。その過程で、「日本は米中の狭間でどう生きるか」という戦略的課題にも真剣に取り組みたい。 筆者はこれまで、活動拠点と視点を変化させながら米中関係を現場ベースでウォッチしてきた――2003〜2012年まで中国・北京に滞在し、その後は米ボストンに拠点を移した。本連載では、筆者自身の実体験も踏まえて、米中の政策立案者や有識者が互いの存在や戦略をどう認識しているのかという相互認識の問題にも、日本人という第三者的な立場から切り込んでいきたいと考えている。政策や対策は現状そのものによって決まるわけではなく、当事者たちの現状に対する認識によって左右されるからだ。 日本も部外者ではいられない。どういう戦略観をもって、米中の狭間で国益を最大化し、特にアジア太平洋地域で国際的な利益を追求し、国際社会で確固たる地位と尊厳を獲得していくか。「日本の針路」という核心的利益について真剣に考えなければならない。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20140903/270734/?ST=print |