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周永康の立件から見る中国共産党事情

習近平はしたたかな戦略家

2014年8月5日（火）　 森 永輔

習近平国家主席がついに大トラ退治を断行した。7月29日、石油閥のトップ、かつ前政権のトップ9として公安部門を率いた周永康氏を、重大な規律違反の疑いで立件に踏み切った 。この事態はいったい何を意味するのか。習国家主席の意図はどこにあるのか。今後、習指導部は何を目指すのか。中国問題の研究者で、日中の架け橋としても活動する天児慧・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授に聞いた。
（聞き手は森 永輔）
習近平国家主席は、胡錦濤政権において序列9位の実力者として力を誇った周永康氏の取り調べ に踏みきりました。これをどのように評価していますか。

天児 慧（あまこ・さとし）氏
早稲田大学国際学術院アジア太平洋研究科教授
専門は中国政治とアジア現代史。社会学博士。1947年生まれ。早稲田大学を卒業し、一橋大学大学院博士課程修了。外務省専門調査員として在北京日本大使館に勤務した経験を持つ。近著に『日中対立』（ちくま新書）など。（撮影：菊池くらげ　以下すべて）
天児：ついに、腐敗の中心にメスを入れたなと思いました。周永康氏は石油閥のボスです。中国が経済成長を続けるにつれて、エネルギー需要も拡大してきました。石油はその中心です。大きな利権が同氏の周りに集中していたと考えられます。

　習国家主席は2012年秋の第18回党大会で中国共産党総書記に就任する際、腐敗を撲滅することを言明していました。そして、厚い信頼を寄せる王岐山氏を党中央規律検査委員会書記に任命し陣頭指揮を取らせきた。彼らは周永康氏を取り巻く人物を捜査し、非常に慎重にことを進めてきました。その上で、習国家主席がついに決断したのでしょう。

　第18期中央委員会第4回全体会議（四中全会）を10月に実施することも発表しました。この場で周永康氏に対する処分を決めるメドが立ったので実施日を明らかにしたのだと思います。反腐敗政策は、これで一つの山を越えたと言えるでしょう。

　中国では、政治に対する民衆の不満が高まっています。経済格差が拡大し、環境問題は深刻の度を増しています。民衆の動きは公民権運動の形を取り始めました。今回の立件はこうした動きへの対策という面もあります。

　習政権は民衆の動きを、力をもって弾圧しています。それを正当化するためには、腐敗撲滅政策にも取り組んでいる姿勢を示す必要があります。民衆だけでなく、身内である共産党にも厳しくしていると見せる。周永康氏のような象徴となる大物を対象にすることで、民衆に対してアピールしているのです。

周永康氏がらみの腐敗は、同氏の息子である周浜氏が、中国石油天然気集団（CNPC）から安く買収した油田の開発権を、数倍の価格で転売して利益を上げていたことなどが報道されています 。でも、これで腐敗撲滅政策は一山越えたわけですね。

天児：はい。ただし、それはあくまでも中央の話です。中国で本当に腐敗がひどいのは地方です。地方政府が農民から土地を収奪し、その使用権を不動産業者に販売することで巨大な利益を手にする――といった横暴が横行しています 。こうして経済成長をうながすことが地方の役人の出世ポイント向上につながっているからです。

　今回は周永康氏と縁が深い四川省の腐敗についてかなりの捜査が行なわれました。次は山西省がターゲットになるかもしれません。山西省は石炭が豊富に取れ 、これが利権の温床になっている。江沢民政権で首相を務めた李鵬氏の息子、李小鵬が副書記として力を振るっています 。

　習指導部はこうした地方の状況も改める必要があります。今後、どこまで進められるかは一つの注目点です。

習近平と共青団が二人三脚

今回、周永康氏を立件したのは権力闘争の面もあるのでしょうか。

天児：もちろんあります。権力闘争はまだ終わっていません。

　2012年秋の党大会前、胡錦濤・前国家主席の後継に習近平氏が決まっていたのを薄熙来・重慶市元書記が覆そうと画策しました。当時、習近平氏のライバルだった人物です。薄熙来氏の方が習近平氏よりも年長だし、実績もありました。その薄熙来氏を周永康氏が支持していたと言われています。江沢民氏もこれに通じていた。政権が代わった後も隠然と権力を保持している江沢民氏や周永康氏の力を削ぐ意図があったと思います。

　私は、共産党内の現在の権力闘争を次のように見ています――習国家主席は、自らが属す太子党（共産党高級幹部の子弟）の一部、および中国共産主義青年団（共青団）と組む一方、江沢民派を慎重に徐々に排除しようとしている。周永康氏は江沢民派の大物です。

　薄熙来氏が巻き返しを図る中で、生き残りを図った習近平氏は胡錦濤氏と連携したのだと見ています。その後、共産党総書記と国家主席に就任した習近平氏は、胡錦濤氏をトップに頂いていた共青団系の人々と協力して政権を運営している。

　胡錦濤・前国家主席は任期を終えた後、全面的に引退しました。これまで、退任した国家主席は、党軍事委員会の主席の地位を保持するのが慣例でした。江沢民派が胡錦濤・前国家主席を引退に追いやり有利に人事をすすめたと言われてきましたが、私は、習近平政権の確立に胡錦濤・前国家主席が積極的な役割を果たしたのだと思います。

　さらに、さかのぼると、習近平氏が中央に進出するきっかけとなった、上海市の党委書記に推したのも胡錦濤氏ではないかと見ています。一般には、江沢民・元国家主席が引き上げたことになっていますが、それではつじつまが合わない。腐敗撲滅政策に取り組んでいた胡錦濤氏は、国家主席だった当時、上海市の党委書記を務めていた陳良宇氏を更迭しました。上海は江沢民・元国家主席の本拠地。陳良宇氏は江沢民氏の懐刀と呼ばれた人物です。その後任に習近平氏が就きました。懐刀をやっつけられた江沢民・元国家主席がその後任を任命したとは考えづらい話です。

　習近平氏が共産党のトップに上り詰めたストーリーは次のようなものだったと思います。習近平氏の兄貴分で、胡錦濤政権において国家副主席を務めた曽慶紅氏（太子党）が、どこかの時点で江沢民・元国家主席と袂を分かち、胡錦濤国家主席（当時）と手を結んで習近平氏を推した。曽慶紅氏は、江沢民氏から信頼を得ていたのですが。

　こうしたことから考えて、習近平国家主席をはじめとする太子党と、現在は李克強首相が中心となっている共青団が対立しているという図式は、事実とはちょっと違うと思います。最近、李克強首相の影が薄いように言われていますが、きちんと仕事をしていると思います。同じく共青団系の汪洋副首相 も、中央農村工作領導小組のトップとして活躍しています。

　習近平国家主席は強い人脈を持っているとは言えません。むしろ、脆弱です。共青団系と連携することで、これを補っているのだと思います。彼が本当に信頼できて仕事ができる人は、中央では、先ほどの王岐山氏と、軍の総后勤部で政治委員を務める劉源氏の2人くらいではないでしょうか。あとは彼が一本釣りした人ばかりです。

　劉源氏は軍の上級幹部の一角を占める人物です。軍は、党軍事委員会の下に以下の役職を配置しています 。副主席、総参謀長、総政治部、総后（後）勤部、総装備部。彼は総后（後）勤部のトップです。さらに彼の父親は劉少奇。毛沢東・元国家主席に次ぐ序列2位だった人物です。今回の徐才厚・前党軍事委員会副主席の失脚につながる軍の反腐敗のキーパーソンだと思います。

　2012年秋の党大会の直前、習近平氏が数週間にわたって姿をくらましていたことがありました。大病を患っているなどの報道がありました。あの時、同氏は幹部の支持を取り付けるべく北京、山東、華北など各地を回り少なくとも100人から1000人の革命幹部の子弟（紅二代＝太子党グループ）に会ったという情報があります。その数は北京だけでも2000人余り、全国では4万に上るという話です 。

習近平はただの独裁者ではない

　習近平国家主席に権力が集中していることを懸念する報道が多く見られます。これも少し違うのではないかと見ています。証明することは難しいのですが…

習近平国家主席は中央国家安全委員会や 党中央財経指導小組など様々なワーキンググループを作って、自らがそのトップに就任しています。これを「ミニ文化大革命」と評する向きもありますね。

天児：習近平国家主席の下に権力が集中しているように見える背景に2つのことがあると考えています。1つは、共青団系をはじめとする比較的若い優秀な人材が安心して仕事ができる環境を作ることです。歴史的に見て、共青団と人民解放軍はあまり関係が良くありません。胡錦濤政権が軍を掌握するのにかなりの時間を要しました。また、共青団は党の長老とも良い関係ではありません。共青団系には頭でっかちな人物が多い。比較的リベラルな姿勢が、保守派の長老にとって受け入れがたいものになっています。習近平国家主席に権力が集中している形を作り、軍や長老からの反発の楯とすることで改革を進めようとしているのだと思います。

　もう1つは、現在の共産党政治局常務委員会の形骸化を図ろうとしていることです。常務委員会は党の方針を決める権力の中枢です。現在のメンバーは7人。このうち、4人を江沢民派が占めています 。政策遂行の実務を、習近平国家主席をトップとする新しいワーキンググループに移すことで江沢民派を政治の実務からはずすことができるわけです。例えば、国家安全委員会では周永康氏の影響を一掃した公安系、徐才厚氏ら長老を排除した軍系を含めて、習近平国家主席の下に権力を集中させた。改革の中枢である党中央全面深化改革指導小組 の現場では、習近平国家主席の直近の実務派である劉鶴氏が力を発揮しています。

　これら江沢民派の政治局常務委員は2017年の党大会で定年に達します。再任はありません。習近平国家主席は彼らを共青団系などの優秀な人物で置き換ることを意図していると思います。例えば李源潮、劉延東、汪洋などの政治局員。さらに、同じく政治局員で、ポスト習近平の最右翼と言われる胡春華氏も考えられるでしょう。ちなみに李源潮氏と劉延東氏、汪洋氏は太子党にも区分されます。

軍と国有石油会社が習指導部への支持を表明

今回の立件を受けて、軍とCNPCが習指導部への支持を表明しました。これには、どういう意味があるのでしょう。

天児：この2つが腐敗の温床であり、江沢民派の牙城であることの表れですね。習近平国家主席に目を付けられていることを意識して、忠誠を尽くすことを宣言したのでしょう。中国の権力闘争史ではよくあることです。これらの組織が“白旗”を上げたことで、中国の政局は安定に向かうのではないでしょうか。

江沢民派が巻き返しを図ることはありませんか。これから北戴河の会議を控えています。

天児：考えづらいのではないでしょうか。報道によると、江沢民・前国家主席は今回の立件を公表することを事前に了解していたようです 。李鵬・元首相も高齢です。

政治改革を目指すか？

腐敗撲滅政策が山を越え、政局の安定を実現したとして、習近平国家主席は次に何を目指すのでしょう。

天児：それが、これからの非常に重要な問題ですね。私は、政治改革に向かう可能性があると考えています。

え、それは民主化という意味ですか。

天児：習近平国家主席は、一般の民衆が政治に参加することはまだ危険と考えているでしょう。しかし、党内民主化、例えば政策決定の透明性を高めるとか、常務委員をはじめとする幹部を選ぶ際に、党員全体の意思を反映させる、あるいは党中央指導は崩さないが、地方レベルでの法治は徹底させるといったことが考えられます。

　習近平国家主席が政治改革についてほとんど触れたことはありません。しかし、彼と常に行動をともにしている側近である王滬寧氏は政治改革を志向している人物です。王滬寧氏は80年代後半に起こった政治改革にかかわる論争において、気鋭の政治学者として次のように主張していました。「一般の国民が政治に参加する民主化を一気に進めるのは難しい」「その過程で、近代的思考を持った強力な指導者に権力をいったん集中させ、改革を進める必要がある」。新権主義と呼ばれるものです。

　習近平国家主席は、国家主席になる前から「頂層設計」という言葉を口にしています。「トップダウン」という意味です。王滬寧氏の説と符号するものがあります。

　また、習近平国家主席はそもそも、比較的リベラル、開明的な環境で育っています。父である習仲勲氏は開明的な人物で、これを疎んだ毛沢東氏によって失脚させられました。習仲勲氏は、言論の自由などを進めた胡耀邦・元総書記とも深い親交がありました。

対日政策が変わる可能性

今回の立件は、習近平指導部の対日政策に影響を及ぼすことがあるでしょうか。

天児：今後の捜査、判決へのプロセスがどう進むか不透明なので、確かなことは言えません。しかし、改善する可能性はあると思います。腐敗撲滅政策が山を越え、政局が安定すれば、強硬な対日政策を変更することができるようになるからです。これまでは、対日政策を変更すれば、江沢民派や軍部に攻撃の口実を与えることになりかねませんでした。11月に北京で予定されているAPEC（アジア太平洋経済協力）首脳会議の場で日中首脳会談が実現することもあり得るでしょう。

　ただし、日中関係を改善するためには、日本側も中国側の期待にある程度応える必要があります。例えば、日本がODA（政府開発援助）の一環として中国に提供している有償円借款の返済金を、そのまま中国に環流させ、環境問題を改善するための政策を支援するといったことが考えられます。中国は日本の技術力に期待しています。

　尖閣諸島については、当面、現状維持でしょう。中国公船が領海内を行き来しています。今後も、ぎりぎりの挑発は外交手段としてあり得ますが、これ以上の行動を取ることは考えづらい。もし、尖閣諸島を占有しようとすれば、米国が出てきます。国際世論も許容しないでしょう。そんなばかなことはしないと思います。

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