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御用学者の悪質な嘘 1 _ 東京大学名誉教授 吉川洋、前日銀副総裁 山口広秀
2017年12月5日
元経済学会会長と元日銀副総裁による「フェイクレポート」の疑義
From 藤井聡@内閣官房参与(京都大学大学院教授)
https://38news.jp/economy/11373
「経済の大御所二人」が「社会保障不安」が不景気の重大原因と「断定」
財政制度審議会会長や日本経済学会会長を歴任した東京大学名誉教授の吉川洋氏と、前日銀副総裁の山口広秀氏が、山口氏自身が現在理事長を務める日興リサーチセンターから「低迷する消費」と題するレポートをこの度(10月30日)公表し、これが今、霞ヶ関、永田町界隈で話題になっています。
下記ロイターの記事では、このレポート公表が、「消費の低迷要因(を)、賃金の上昇不足と将来不安が2大要因と総括」するものとして報道されています。そしてその総括を踏まえ「政府に対して持続可能な社会保障制度の将来像を明示することを要望した。」と解説されています。
https://jp.reuters.com/article/slumping-consumption-report-idJPKBN1DV3TL
また、この記事では山口氏・吉川氏はこのレポートの公表にあたって開催した「記者会見」にて、
「政府は財政赤字でも経済成長さえあればなんとかなるという話ばかりだ」(山口氏)
「名目賃金が大きく上昇しない中で日銀の異次元緩和で物価が上昇すれば、ややもすると実質賃金が下落する」(吉川氏)
とアベノミクスを批判している様子も報告されています。
こうした背景から、このロイター記事は、
「消費低迷を分析、アベノミクスに警鐘」
と言う見出しが付与され、この「大御所二人」が、成長を目指してばかりのアベノミクスは間違いで、成長をさておいて持続可能な社会保障制度を「設計」すべきだ、と主張していると言う様子が描写されています。
では、この両先生が提案する「国民が安心出来る、持続可能な社会保障制度」とは何かと言えば───一般には、社会保障の持続可能な制度とは、「十分な財源が常時確保出来るほどに、国民負担が十分に高い制度」を意味すると解釈できます。それは要するに「安定財源が確保できる財政」ということであり、それは結局「十分に高い消費税率」ということになります。
もちろんこのレポートでは両氏はそこまで「明言」していませんが、この両氏の主張が、今日の日本の状況下では消費増税を強力に後押しすると同時に(山口氏の上記発言からも明確な通り)財政赤字を一時的に拡大する「大規模財政政策」を強力に否定するもの、すなわち、「緊縮財政」をサポートする効果を持ちうるものなのです。
「経済の大御所二人」の断定は正当化できない
言論の自由が保障された日本では、誰がどんなレポートを公表しても構いません。ですがこの両氏の「不安が消費を低迷させている」という主張それ自身が理性的に正当化できるものなのかどうかと言えば、それは別問題。
ついてはその点を確認すべく、新聞記事ではなく、両氏が公表したオリジナルのレポートそのものを確認することとしましょう。
http://www.nikko-research.co.jp/release/6491/
このレポートでは、結論で次のように論じています。
『弱い消費の第2原因は、 「将来不安」である。とりわけ年金・医療・介護など社会保障の将来への不安が根強い。多くの人々は、老後の生活や医療・介護にどれだけの費用がかかるのかが予想できず、世代を問わず多くの家計が予備的な動機で貯蓄を行い、消費を踏みとどまらせている。」
ご覧の様に「老後の出費が予想できず、不安だから、消費を控えている」と
「断言」
しています。
科学者にとって(講演やエッセーではなく)
「分析レポ─ト」
において、「因果関係の断定」を図るには、相当に強力な根拠が不可欠です。逆に言うなら単なる「推察」でしかないものを、「分析レポート」では科学者は絶対に「断言」できません、というか「してはいけません」。
そもそも科学者が分析レポートにおいて断言すれば、その読み手は、その主張はほぼ間違い無く真実であり、それを「否定する人」は恐らく間違いを犯しているか、デマを言っているのだろう、と「認識」させてしまう程の影響力を発揮します。
「断定」してるにも関わらず、「それはウソだろう」と思われてしまうような「科学者」は、疑惑が発覚した後に「スタップ細胞はあります!」と断定した小保方氏くらいのものです。
だから、「経済の大御所二人」が書いたレポートは今、霞ヶ関、永田町で「極めて信憑性高いもの」として認識され、持続可能な社会保障のために消費税は増税すべきで、財政赤字を拡大する財出なんてもってのほか、という空気を強化しているわけです。
・・・・では、このレポートにその「因果関係」についての明確な「根拠」は示されているのかと言えば・・・・結論から言って(「断定」しますが!)、答えは「NO」です。
なぜなら、このレポートには、「社会保障の将来不安→消費低迷」という因果関係の根拠となるデータは、一切示されていないからです。
・・・・というか、そもそも、この大御所二人自身が「社会保障の将来不安→消費低迷」と断定はできないとご自身で書いているのです。
詳しく解説しましょう。
分析途上で「推察」した事を、結論で「断言」している
このレポートではまず、「人々が将来不安を抱えている」という事を思わせるアンケートと結果と、35歳未満の世帯において消費性向が最近急激に下がっているというデータを示します。そしてこの消費性向が下がっているというデータを示した後に、両氏は次のように唐突に述べています。
「将来の可処分所得の増加が期待しにくい中、若年世帯でも年金等の社会保障制度の持続性に対する疑念は広がっており、貯蓄性向を上昇(消費性向を低下)させているとみられる。」
あくまでもこの文章は、この両氏が「年金等に疑念があるから、消費性向を低下させてるんだと思います」と言う「意見」を述べているものと解釈できます。「〜みられる」というのは、論者が勝手にそう「みている」=「思っている」と言うことを意味する言葉だからです。それは断じて、分析の結果こういう因果関係が導出できたという論理的結論を述べているものではありません。
要するに両氏は、「若年世帯で消費性向が下がっているのは、年金等に持続性に疑念が原因なのだろう」と「推察」しているに過ぎないのです。
ところが、この推察文の次の頁の結論頁では、何の説明も無しにこの「推察」が、いきなり、次のような「断言」につなげられています───「弱い消費の第2原因は、『将来不安』である」。
レポートを何度も読み返しましたが、この「因果関係の断言」に繋がりうる分析結果は、上記の「推察」以外には見当たりません(国民が不安に思っていると言うデータは示されていますが、それは到底,因果関係の根拠にはなりません)。
つまり、この両氏は、「分析プロセスで推察したに過ぎぬこと」を「結論で断言」しているのです。
さらには、このレポートの冒頭に「要旨」として掲載されている、記者などがここだけ目にする可能性が高く、政治的影響力が最も大きいと短文にもまた、下記のように「断定」的に書かれてもいます。
『経済の主役と言ってもよい消費はなぜ弱いのか。1つの理由は、賃金・所得の伸びがほとんど見られないことである。いま1つ「将来不安」の影響も大きい。とりわけ、年金・医療・介護など社会保障の将来への不安が年齢を問わず家計を委縮させている。』(「低迷する消費」P1より)
率直に申し上げまして、これは「公正な科学者の態度」からはかけ離れた態度と言わざるを得ないのではないかと、筆者には思えます。
「推察」そのものにも、相当な「無理」がある
しかも、この「両氏の推察」それ自身も、理性的に正当化しがたいものです。
そもそも両氏が推察したように「年金等についての将来不安が高くなれば、消費性向を下げる」というメカニズムがもしも今の日本で支配的なら、そういう現象は34才以下だけでなく、35才以上世帯でも生じるはずです。
というよりむしろ40代や50代の「老後」に近い世代の方が、20代や30代よりも「年金等への将来不安が高まれば、消費性向を下げる」ことすらあり得ます。ですが、40〜50代には、そういう傾向は見られません。この事実は、「年金等についての将来不安が高くなれば、消費性向を下げる」というメカニズムが働いてい「ない」可能性をすら示唆する事実だと解釈することもできるでしょう。
いずれにせよ、34才以下世帯で「だけ」消費性向が下がっていると言う事実から、「年金等への将来不安が今の日本人の消費性向を下げている」という結論を導くには、相当な無理があると考えられます。
(※ したがいまして、当方の「学者」としての感覚から言うなら、この様な無理ある推察は、比較的規準が緩いジャーナルにおいてすら「学術論文」として認められない水準のものでは無いかと思います。より詳細な議論は付録1をご参照下さい)
「若年世帯の不安」は年金等でなく「デフレ」だという可能性
百歩譲って「将来不安が日本人の消費性向を下げている」ということが真実だとしても、その不安が、両氏が言う「年金等」にまつわる「老後不安」であるとは全く言えません(筆者らが示してている、今国民が老後に不安を抱えているという複数のアンケート結果は、消費と老後不安の間の因果関係の「根拠」にはなり得ません)。
当然ながら、「デフレ不況」、およびそれに伴う「将来の所得縮小」「失業」に対する不安それ自身が不安の根源である可能性も考えられます。
といいますか、両氏の示したデータや彼らの推察から演繹される「若年層だけが不安に感じ、非若年層が不安に感じていない」という状況を説明するには、年金等よりもデフレそれ自身に対する不安の方がより説得力ある原因だと考える方が自然とも言えるしょう。そうした「可能性」は、若年層の方が一般に失業率が高く、所得が低いという事実とも整合するからです。
さらに言うなら、もしも両氏が主張するような「持続可能な税・税社会保障を作ることで不安が低迷し、消費が拡大する」という事が真実なら、彼らが主張した2014年の消費増税によって消費は拡大すべきところですが、実態は全くその逆に、消費は大きく低迷したことは、周知の事実です。
こう考えれば、その不安を払拭するために「年金等の社会保障制度を持続可能なものにする」という、両氏が次のように「断定」する対策が適当だとは、(残念ながら)正当化できない、という真実も見えて参ります。
「・・・将来不安を払拭するためにも、政府が責任ある形で、説得力のある税・社会保障のプランを明示し、それを前提に消費者が長い目で見た生活設計を組み立てることができるようにすることが大事である。単に消費者にとって耳触りのよいプランを示すことではなく、確度の高いプランを明らかにすることが重要である。」(「低迷する消費」P18より)
元経済学会会長と元日銀副総裁による「フェイクレポート」の疑義
このように、吉川・山口両氏が出したレポート「低迷する消費」は、「緊縮財政によって国民の不安を払拭することが、消費を拡大する道となる」という強烈な政治的メッセージを発する「結論」を記述してはいますが、肝心のその分析内容そのものについては、ほぼ「出鱈目」と言われても仕方がない様な稚拙な水準にあるのではないか、というのが、筆者の率直な見解です。
繰り返しますが・・・
第一に、不安が消費を下げているという彼らの主張を正当化する根拠が示されていないからであり、
第二に、仮に不安があったとしても、その不安が「持続可能な税・社会保障制度を構築すること」で払拭され(、それを通して消費が拡大す)るという彼らの主張を正当化する根拠もまた、示されていないから、です。
したがって、それはいくつかのもっともらしい図表が掲載された「分析レポート」の体裁をとっているものの、実態は、筆者らの「主観的意見を、明確な根拠も無く開陳する文書」であるとしか思えない──というのが、筆者の見立てです。
これでは客観的に冷静に判断すれば、「詭弁」の誹りを受けても致し方無いものと思われます(経済政策上の論説において「詭弁」が多用されている現実については、例えば、こちらでの議論(付録2)をご参照下さい)
しかも、その詭弁にあたっては、「経済の大御所二人の権威と、複数の図表を使ってもっともらしく見せかけている」という疑義さえ想定される状況だと思われます。
ついては、筆者は、今回の吉川氏、山口氏(ならびに、他共著者一名)による分析レポートは
「フェイクレポート」
である疑義が極めて濃厚であると、京都大学大学院教授として、そして、内閣官房参与として、学術的視点から冷静に判断いたします。
是非とも理性的な反論をお伺いしたいと思います。
もしも、東京大学名誉教授や元経済学会会長、さらには、元日銀副総裁の「誇り」にかけて、こうした「詭弁」や「フェイク」と呼ばれることそれ自身が濡れ衣に過ぎぬとお感じであるなら、是非とも下記三点のご質問に、正々堂々とお答え頂きたいと思います。
(質問1)第一に、分析本文で「〜みられる」と書かれた推察内容を、なぜ、結論において「断定」的に記述されたのかをお答え頂きたい(あわせて、仮にそれに「理由」があったとしても、政治的影力を持ちうる可能性が濃厚な結論や要旨において「推察」内容を「断定」することは道義的に問題がないと言えるのかどうかについても説明して頂きたい)。
(質問2)第二に、本レポートで記述されているデータから、如何にすれば「不安が消費を抑制している」という「因果関係」を説得力あるかたちで演繹できるのかを(本稿の指摘※を踏まえた上で)、理性ある読者ならおおよそ納得できるかたちで説明して頂きたい
(※ 「幾分若年層の世帯所得が持ち直しつつある中、34歳未満世帯だけが消費性向を縮退させている」というデータに基づいて「不安が消費を下げている」と推論することは、論理的に正当化できない、という指摘)
(質問3)第三に、本レポートで記述されているデータから、如何にすれば『持続可能な税・社会保障制度を構築すれば、(消費に影響がでる程に十分)不安が払拭される』という「因果関係」を説得力あるかたちで演繹できるのかを(本稿の指摘(※)を踏まえた上で)、理性ある読者ならおおよそ納得できるかたちで説明して頂きたい。
(※ 今国民が老後に不安を抱えているという複数のアンケート結果は消費と老後不安の間の因果関係の「根拠」にはなり得ないということ、ならびに、34歳未満世帯だけが消費性向を縮退させているという事実は、『持続可能な税・社会保障制度を構築すれば、不安が払拭される』という主張と整合するどころかむしろ矛盾しているいう指摘)
本稿が、我が国の繁栄に繋がる建設的かつ理性的な議論の契機となりますことを心から祈念しつつ、本稿を終えたいと思います。
付録1 若年世帯だけ消費性向が下がる理由についての様々な仮説
若年層だけ消費性向を下げている理由としては、若年層だけ貧困化が激しく貧困化が激しい世帯の方が消費性向を下げがちだからだ、と言う可能性も考えられます(なお、両氏が指摘する若年層の世帯所得が幾分もちなおしは、失業率や、消費性向と貧困化との関係の非線形性などを加味すれば、上記可能性を棄却するものではありません)。
あるいは、「デフレ世代のコーホート効果(世代効果)」によって、若年層の消費性向が下がってきている可能性も考えられます。実際、交通行動の時系列データから、若年層の移動数が著しく低下している「外出離れ」現象が生じていることが知られていますが、そのレポートでは、「年金等に対する不安」以外の様々な理由について様々に分析、検討されています。https://blogs.yahoo.co.jp/mimasatomo/43400924.html
この「外出離れ」現象は、若年層の消費性向低下と関連している可能性が十分考えられますが、この外出離れの原因が「年金等に対する不安」であると考える根拠は、相当に乏しいように思われます。
つまり、両氏の推察自信の正当性もさることながら、それ以外の様々な可能性も考えられる以上、因果プロセスについて断言するにはさらなる分析が不可欠なのです。にもかかわらずこのレポートにはそうした分析がほとんど全くといっていい程の水準で掲載されていません。この点から言っても、このレポートは科学的に正当化することは原理的にほとんど不可能であると言うこともできます。
付録2 詳細は、下記原稿をご参照下さい「柳川・沼尻・山田・宮川・藤井:新自由主義の詭弁性とその心理的効果に関する実証研究、土木計画学研究・講演集、CD−ROM、55, 2019」
https://38news.jp/economy/11373
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