http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/631.html
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(回答先: 複雑な現代社会で簡潔さが解決方法となるとき 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 02 日 18:25:47)
イエスと言わない技術
2013年04月25日
ビニート・ナイア HCLテクノロジーズ 社長兼CEO
BacknumberProfile
ナイアはHCLを変革する過程で、マネジャーたちからさまざまな警告や疑念を表明されてきた。その際に使われる枕詞は“Yes, but...”であったという。無分別な「イエス」は変革やリーダーシップにマイナスとなる、という教訓をお届けする。
学生時代の私は、幾何学の授業で最初に習うピタゴラスの定理の中にある、シンプルだが説得力のある論理に強く魅了された。そしてマネジャーとしての最初のレッスンも、ピタゴラスから教わった。「“イエス”と“ノー”という最も古く短い2つの言葉こそ、最も深い思慮を必要とする言葉である」――深い英知が宿るこの格言を、今でも忘れていない。
多くの人が、「ノー」と正しく言うのに苦労した経験があるのではないだろうか。私たちリーダーは、否定的な発言によって人々のやる気や自信を損ねたり、取り組みに水を差したりしないよう気をつけなくてはいけないと学んできた。
しかし私たちは多くの場合、「イエス」もまた、言い方によっては同じ悲惨な結果をもたらすということを忘れてしまいがちである。次の3つの例を見ていただきたい。
「はい、わかっています〜」(Yes, I know...)
子どもはこう言うことで、自分があたかも大人になったような気になる。しかしマネジャーがこのフレーズを発すると、相手に「私は全部わかっているから、あなたの意見はいらない」というメッセージが伝わることになる。こうなると間違いなく、同僚の知恵を得ることができなくなってしまう。
私は反対に、「いいえ、わかりません」と答えるようにしている。このフレーズは、参加型の組織文化を構築するうえで驚くほど有効である。
「イエスでもあり、ノーでもあります〜」(Well, yes ― and no...)
このフレーズは一見バランスの取れた受け応えであるように見えるが、ほとんどの場合、曖昧な返答として受け取られてしまう。リーダーは、自己主張が強くてポジティブな人物という印象を相手に与えなくてはならない。リーダーシップ開発コンサルタントのスコット・エディンガーは、最近のブログで自己主張を次のように肯定している。「自己主張が強いことが、素晴らしい特性というわけではない。自己主張をすることで、他の多くのリーダーシップ能力も強調できるのだ」(HBRの英文ブログはこちら)。
私もこれにまったく同感である。自己主張は――強引であることとは大きく異なり――「はい」と「いいえ」を交互に言う曖昧なマネジャーへの処方箋となる。
「そのとおりですが、しかしながら〜」(Yes, but...)
私の辞書では、これはうまくいっていない状況への言い訳をいくつか用意してきた人物が使うフレーズである。
HCLのCEOに就いて間もない頃、私が大きな変更を提案するたびに、「そのとおりですが、しかしながら〜」と言うマネジャーが数名いた。彼らは新しいアイデアに常に反対し、うまくいかないであろう理由をいくつも並べ立てる。このタイプの人々はイノベーションを妨げ、現状を変えるリスクを取ろうとせず、同僚が提案する解決策を信用しない。
これら3つのフレーズは、「イエス」を上手に言うための技術ではなく、今日のリーダーシップに蔓延する優柔不断な態度を象徴するものである。あなたもそう思うだろうか?
HBR.net原文:How Not to Say Yes September 21, 2012
http://www.dhbr.net/articles/-/1743
【第5回】 2013年4月25日 三浦由紀江
【第5回】
心の底から仕事が楽しめ、
心が楽になる三浦式・心のスイッチ切り替え術
第190回NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(2012年8月20日放送)でも取り上げられたカリスマ駅弁販売営業所長の三浦由紀江氏。なんと、110人のパート・アルバイトを束ね、所長就任4年で売上を1億1000万円アップさせたという。しかも4年目は東日本大震災があった。東北新幹線という大動脈を命綱にする大宮駅の駅弁販売がメインだけにこの痛手はあまりにも大きい。だが、この逆境にもめげずに、1本370円のミネラルウォーター「はやぶさウォーター」を“復興の旗印”と自ら考案。震災後の売上4割減のピンチを救う起死回生の一打になった。
このたび、『時給800円から年商10億円のカリスマ所長になった28の言葉』を刊行した三浦氏に、心の底から仕事を楽しみ、心が楽になる秘訣を聞いた。
気分よく売店に立つために、どうしても必要なこと
私にはパートで働いていたときから、職場の雰囲気をよくしたいという気持ちがありました。
ですから、早朝5時半に売店に行くときも、「今日はどうやってドアを開けようかな」といつも考えていました。
事務所内で一生懸命お弁当を並べている配送のスタッフを、どうやって笑わせるかばかり考えていました。
早朝4時半に出社し、眠い目をこすりながら仕事をしている配送スタッフも、ちょっとだけ笑うことでテンションが上がるでしょう。
ですから「ハロー、ダーリン!」とか、「ハロー、ボーイズ!」と言いながら入っていったり、まだ開いていないシャッターをドンドン叩いて、「お弁当ちょうだい!」と言ってみたりと、いろいろ考えました。
しょっちゅうそんなことばかりしていたので、普通に「おはよう」と入っていくと、「今日は三浦さん、機嫌が悪いの?」と聞かれました。
もちろん機嫌が悪いわけではなく、たまたまその日はネタを思いつかなかっただけです。毎日違うネタを考えるのは、意外と大変なのです。
こうしてみんなを笑わせて職場の雰囲気を盛り上げ、自分も気分よく売店に立てるように工夫していたのです。
ですから、せっかく上げたテンションを下げるような会話をする人には本当にムカッときました。
こちらが挨拶したとき、「三浦さん、朝からご苦労さま。コーヒーを飲んでからいきなさいよ」という気遣いを見せてくれる人もいます。
そこまで言ってくれなくても、ニッコリ笑って、「いってらっしゃい。稼いできてね!」とひと声かけてくれればいいのです。
一方で、挨拶をしても下を向いたまま「ああ」としか言わない人もいます。
そういう人には本当に腹が立って、必ず文句を言っていました。
私が管理職になり、あるパートから、「朝、すごく機嫌の悪い営業さんがいて、私たちはいつもこっそり売店に出ていくんです」という話を聞いたときには、その営業スタッフを「こらぁ!」と一喝しました。
「パートさんに気分よく仕事してもらえるように、あなたが気遣うんでしょう?たった5分でいいからニッコリ笑いなさい。そして『いってらっしゃい。眠いなかありがとうね』と言って、販売スタッフを売店に送り出してから寝ればいいでしょう」
もちろん、彼が眠いのはわかります。
深夜1時頃まで作業をしてから仮眠を取り、早朝4時半に起きるのですから、眠いのは当然です。
それでも朝5時半、6時から売店に立ち、お客様の相手をする販売スタッフのテンションを下げてはいけないのです。
ほんの5分間ニッコリ笑って、販売スタッフのテンションを上げて送り出さなければ、それは営業としての仕事をきちんとやっていないということにほかなりません。
とにかく職場の雰囲気づくりを徹底し、パートやアルバイトが元気よく笑顔でお客様の前に立てるようにすること、そして楽しく働ける環境をつくることこそ、社員の役割なのです。
笑っていると、脳が楽しく感じる
「仕事は楽しく」が私のモットーですが、楽しくないときだってあります。
そんなときは、「全然楽しくない!」と叫んで笑ってみます。
昔は「笑い袋」というおもちゃがありました。
布製の袋のなかの機械のボタンをギュッと押すと、袋がいきなり「ワッハッハ」と笑い出すのです。
最初は「何これ?」という感じですが、袋は1分近くも笑い続けるので、そのうちになぜかおかしい気持ちになり、まわりの人もみんな一緒になって笑ってしまうのです。
私は専門家ではありませんが、人間の脳には「笑っていると脳が楽しく感じる」という仕組みがあると聞いたことがあります。
笑うことによって心を楽しくする脳内物質のセラトニンやドーパミンが分泌され、脳が「楽しい」と勘違いすると言います。
「笑う門には福きたる」ということわざのとおり、毎日笑ってすごすほうが、楽しく幸せな人生を送れるわけです。
ですから、仕事が楽しくないとき、落ち込んだときにはだまされたと思って笑ってみてください。
嫌なことがあったら「嫌なことばっかりだね」と笑う
男性のなかには「そんなときに笑うなんてふざけている」「辛くたっていつもどおり仕事をこなすのがプロというものだ」と、拒否反応を示す人がけっこういます。
でも、人間は感情を持った生き物であり、ロボットのように淡々と仕事ができるわけではありません。
笑うことで気持ちがポジティブになり、自分が楽になるのなら、堂々と笑えばいいのです。
以前、ある方の講演に行ったとき、
「仕事というのは大変なのが当たり前だ。仕事を楽しくしようと言う人が最近多いが、その考え方は大間違いであり、楽しい仕事なんかあるわけない」
という持論を展開していました。
私とは正反対の考え方ですが、間違っているとは思いません。
仕事が楽しいとは思わないけれど、家族のためにがんばっている人はたくさんいるでしょう。
そうやって嫌なことを我慢しながら仕事をすることを否定する気持ちはありません。
私だって仕事をしていると嫌な思いをすることはたくさんあります。
でも私は、ネガティブな気持ちを抱え、「楽しくない」と思いながら仕事をすると疲れてしまうので、嫌なことは我慢しません。
そう思っていたら、嫌なことがあったら自然と「嫌なことばっかりだね」と笑ってしまうようになりました。
嫌なことは笑い飛ばしたほうが楽になるし、気持ちも前向きになれます。
笑って前向きな気持ちになると、本質も見えてきます。
「どうして私ばっかりこんな思いをしなくてはいけないの」と思っていたときには見えなかった自分の反省点に気づき、「今後、2度と同じ失敗を繰り返すものか」とステップアップできるわけです。
そうなれば、心から「いい勉強をさせてもらったね」と笑えるようになります。
笑って心のスイッチを切り替える技術を身につけると、どんなに大変でも、どんなに嫌なことがあっても、どんなに理不尽なことがあっても、その状況を楽しめるようになるのです。
これができると、本当に気持ちが楽になります。
笑いがもたらしてくれる効果は絶大なのです。
ですから、だまされたと思って、「笑い袋」と一緒に笑ってみてはどうでしょう。
三浦流グチのこぼし方、3つのルール
「グチを言ってはいけない」と思っている人が意外と多いと思います。
でも、嫌なことをすべて自分の心のうちにしまって感情を整理できるのは、よほどの人格者だけです。
私は、「嫌だ」「腹が立つ」という感情を自分のなかで消化できずに悶々とするくらいなら、グチを言ってスッキリしたほうが健康的だと考えています。
ただし、グチを言うときには私のルールがあります。
1つ目は、外に漏れない相手にだけグチる。
2つ目は、グチを言うのは3分間と決める。
3つ目は、笑いながら話す。
たとえおかしくなくても、最後には必ず「おかしくて笑っちゃうよね。ハハハ」と言います。
無理でも「ハハハ」と言えば、なんとなくおかしくなってきます。
すると、つまらないことで悩んでいる必要はない、なんとかなるだろうというポジティブな気持ちになってくるのです。
次回は4月26日更新予定です。
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三浦由紀江(みうら・ゆきえ)
JR東日本グループの株式会社日本レストランエンタプライズ(NRE、旧・日本食堂)弁当営業部上野営業支店前大宮営業所長。現・上野営業支店セールスアドバイザー。97年、44歳時にJR上野駅の駅弁販売を開始。当時の時給は800円。52歳で正社員となり、53歳時に異例の抜擢で大宮営業所長となる。就任1年目で駅弁売上を5000万円アップさせ、年商10億円超を達成。以降、所長就任4年で売上を1億1000万円アップさせる。大宮駅限定のカリスマ駅弁を20種産み出すかたわら、9人の社員と110名のパート・アルバイトを束ね、6店舗を切り盛りするカリスマ営業所長として活躍。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」、TBS「応援!日本経済 がっちりマンデー!!」でも紹介された。
http://diamond.jp/articles/print/34527
【第4回】 2013年4月25日 潮凪 洋介
しっかり迷った経験が、
大きな自信に育っていく
知識でも、ノウハウでもなく、大切なのは「自信」。
19歳で起業。成功と失敗を繰り返し、2回目の脱サラ後、32歳で5000万円の借金を背負った著者が、どん底状態から、人生を大逆転させた行動力の秘密を語る。根拠がなくても、実績がなくても、やる気を生み、恐怖心を消し去る「強い心」のつくり方
自信のある人ほど、
「迷いの期間」が長かった
今まで多くの「自信あふれる人」と出会ってきた。彼らの多くはすがすがしい空気をまとい、みなはつらつとしていた。
彼らが自信に満ちているのは社会的な成功者だからか?
それとも年収が高いからか?
あるいは見た目が美しいからか?
もしくは学歴か?
しかし「この人は自信ありげだな」という人でも、必ずしも肩書、収入、学歴などがよいわけではなかった。何人かの人に「あなたは昔から、毎日イキイキと、魅力的な存在感を出しておられたんですか?」と尋ねてみた。
この質問に対し、多くの人が首を横に振る。ほとんどの人が悩み、右往左往した過去を持っていたのだ。しかも普通の人よりも「迷いの期間」が圧倒的に長い。
20代のうちに転職を3回も4回も繰り返した人。
自分探しのために、自宅暮らしのフリーターをしていた人。
20代でリストラにあった人。
なぜか「不安定な過去」を過ごしてきた人が多かった。
きちんと迷い、
一番を選ぼう!
実はこの「十分すぎるほどの不安定期」の中にこそ、彼らの自信あふれる態度の秘密があった。
彼らがふらふらしているように見えたのは、じっくりと、一番自分にしっくりくる生き方を妥協なしに探し続けていたからなのだ。そしてとうとう最後に「これならいける!」というベストフィットな生き方と出会ったのである。
多くの選択肢の中から納得いくまで取捨選択を繰り返し、きちんと迷い、一番を選んだ。だから彼らは自信に満ちている。
自信に満ちた生き方をしたければ、彼らのように「きちんと迷う」ことだ。たくさんの選択肢を実体験してみよう。少ない選択肢から生き方を決めるのは危うい。たまたま目の前に転がり込んだこと、それが本当の生き方である可能性は低い。
確信を持って「しっくり」な生き方と出会った人。そういう人は収入、肩書、学歴、キャリアなどに関係なく「圧倒的な自信」に満ちあふれる。少ない選択肢の中から生き方を決めた人は、何となく自分に自信が持てない。いつも「これでいいのか?」と自分を疑いながら生き続ける。
「納得いくまでしっかり悩む」。
その経験が自信を育てる
ある30代の男性がいた。明るくてファッションセンスもよく、いつも全体に目を配り、人の輪を広げることが好き。パーティーなどに行っても、誰とでも堂々と楽しく会話を楽しめる。自信に満ちあふれているのだ。
しかし彼は過去に高校を中退している。工事現場からコンビニまで、さまざまなバイトを転々とし、進むべき道についておおいに悩んだという。あっちにふらふら、こっちにふらふらとしているように見えて、親にもだいぶ心配をかけたという。
やがて高校卒業資格を自力でとり、一般の会社に就職。しかしそこもすぐに辞めることになる。そして最後に「これだ!」と思えたのがイベントや展示会の舞台設計や設置の仕事だった。その道に入ってからすでに10年がたつ。個人事業主ながら、たくさんの外部スタッフとパートナーシップを組み、豊かなビジネスライフを楽しんでいる。
「しっくり」が見つかるまでは、ああでもない、こうでもないを繰り返そう。納得がいくまでしっかり悩んだ経験が、やがて大きな自信に育っていく。
本当の自分の生き方に出会えたとき、ゆるぎない本当の自信が身につくだろう。
(次回連載は、4月26日の予定です)
第41回ダイヤモンド著者セミナー
『折れない自信をつくる48の習慣』
著者・潮凪洋介氏による無料ワークショップを開催!
日 時 : 2013年5月24日(金)
時 刻 : 19時開演(18時30分開場) 20時30分終了予定
会 場 : 東京 ダイヤモンド社 本社ビル9階セミナールーム
住 所 : 東京都渋谷区神宮前6−12−17
料 金 : 入場無料(事前登録制)
定 員 : 30名(先着順)
主 催 : ダイヤモンド社
お問い合わせ先: ダイヤモンド社書籍編集局
TEL : 03-5778-7294(担当中島)
E-mail:pbseminar@diamond.co.jp
http://diamond.jp/articles/print/35139
【第8回】 2013年4月25日 坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
大量生産の世紀を実現させた手法!
小説化もされた「マネジメントの原点」
『新訳 科学的管理法――マネジメントの原点』
ダイヤモンド社では経営書、中でもマネジメントに関する書籍を多く取り扱っています。最近では、先年ベストセラーとなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』の影響もあり、「マネジメント=ドラッカー」というイメージもありますが、そのドラッカーをして”マネジメントのルーツ”と言わしめる人物がいました。今回紹介するのは、その人、フレデリック W. テイラーによる歴史的な1冊です。
フォード社の大量生産方式を生んだ
科学的管理法
本書『新訳 科学的管理法――マネジメントの原点』は2009年の出版ですが、原著は1911年に出ています。なんと100年以上前の本です。まさに「マネジメントの原点」。
『新訳 科学的管理法』
フレデリック W. テイラー著 有賀裕子訳、2009年11月刊行。歴史的名著の香り漂う落ち着いた装丁に仕上がっています。
著者のフレデリック・テイラー(1853−1915)は、ハーバード大学に進学後、病気で中退し、工員見習いとして就業します。それからは働きながら、作業の効率化から生産計画の立案まで独学で考案していました。やがて経営幹部に認められ、のちに機械工学の修士号を取得し、53歳で米国機械学会会長まで上り詰めた人です。「マネジメントの原点」を作り上げた人物として知られています。
テイラーは作業の標準化、用具の標準化、時間管理の標準化を定式化し、効率的な分業による労働時間の短縮と生産性の向上を実現しました。
1903年に創業したフォードはテイラーの科学的管理法を導入し、8時間労働制を取り入れ、コスト管理を徹底した大量生産方式を完成させます。科学的管理法による大量生産をテイラー・システム、あるいはフォード・システムともいいます。
以上は経済学の教科書にも出てくる基礎知識ですが、実際にテイラーはどのように書いていたのか、本書のこなれた日本語によってようやく理解できるようになりました。
テイラー・システムについては、当時米国の労働組合が大反対運動を展開したように、冷酷な資本家による徹底的な労務管理術のように思われていたこともありました。ところが、本書を一読すれば印象はガラリと変わります。意外なことに、細密な人間観察によって労働者に適切な職場環境を与えるようにしていたのです。
雇用主に繁栄、働き手に豊かさ
マネジメントによる「組織のイノベーション」
「マネジメント」の目的について、テイラーはまずこのように書いています。ここがいちばんのポイントでしょう。
マネジメントの目的は何より、雇用主に「限りない繁栄」をもたらし、併せて、働き手に「最大限の豊かさ」を届けることであるべきだ。
「限りない繁栄」という表現は広い意味に用いている。単に大きな利益や大きな配当を指すのではなく、あらゆる事業を最高水準にまで引き上げ、繁栄が途絶えないようにすることだ。
同じく、働き手に最大限の豊かさを届けるとは、相場よりも高い賃金を支払うだけでなく、より重要な意味合いを持つ。各人の仕事の効率を最大限に高めて、月並みな表現ではあるが、可能性の限りを尽くした最高の仕事ができるようにする。さらに、事情が許せば、そのような仕事を実際に与えることである。(10ページ)
本書ではあからさまに書いていませんが、「したがって労働組合は不要である」とテイラーは主張します。労組と対立したのはそのためでした。
テイラーは勤務先のベツヘレム・スチールで実際に次のような観察を残しています。本書の記述をもとに要約すると、
当時、銑鉄運びの1日一人当たり作業量は12.5トンだった。8人の作業者のうち、47.5トンを運ぶ頑健な労働者は一人だった。つまり8分の1である。そこで、他の職場から最適な体格の労働者を7人集めた。労働者は数千人いたので簡単にピックアップできた。次に不適格だった7人を適切な他の職場に回し、全体が効率化した。適職を探し、訓練してそれまでより高い賃金を得ることが可能になった。一方、マネジャーは絶えず観察し、サポートする。作業を効率化して生産を増やした作業者に賃金を上乗せする。こうしてマネジャーも労働者もそれぞれ仕事を分担し、効率化はさらに進むことになる。(72〜75ページ、筆者要約)
カバーのソデ部分にはドラッカーのテイラー評が。
[画像を拡大する]
このような改善を積み重ねて生産性を上げ、収益率を向上させ、「最大限の豊かさ」を追求したのです。本書は大量生産時代初期、そしてマネジメント初期の重要なテキストであります。
これは画期的な「組織のイノベーション」でした。イノベーションといえば、ヨゼフ・シュンペーター(1883−1950)が考案した資本主義を駆動するコンセプトです。当時オーストリア帝国のグラーツ大学教授だったシュンペーターは、1913/14年冬学期から14年夏学期まで、ニューヨークのコロンビア大学に招聘され、交換教授として滞在しました。
アメリカの1910年代前半は機械工業の進展とテイラー・システムによって自動車産業が成長し、資本が蓄積され、人口は急増して経済力が増大する時期でした。シュンペーター流にいえば、革新的な企業家がイノベーションを起こしていた時期です。ウキウキして米国経済の活況を観察したに違いありません。そして帰国後はイノベーション論に磨きをかけ、『経済発展の理論』第2版(1926)を書き上げたのです。
邦訳書と同時期に出た小説
『無益の手数を省く秘訣』
テイラー『科学的管理法』(The Principles Of Scientific Management)の邦訳書は1913年に初めて出版され、今日まで断続的に出版各社から出ています。ダイヤモンド社版の本書はもっとも新しい翻訳書の一つです。
初の邦訳書は1913年に出ていると書きましたが、概要が紹介されたのはその2年前でした。テイラーによる原著出版は1911年初頭ですが、なんと3月には日本で紹介されています。これは安成貞雄(1885−1929)による「科学的操業管理法を案出」という論文で、「実業之世界」1913年3月15日号に掲載されています。
また、同じ1911年には池田藤四郎(1872−1929)が「東京魁新聞」に「無益の手数を省く秘訣」を連載し、「科学的管理法」を紹介しています。連載はまとめられ、1913年に出版されました。原著邦訳書の出版と同時期だったようです。『無益の手数を省く秘訣』は創業2年目のダイヤモンド社から1914年10月に「代理販売」されています。これはダイヤモンド社の記録にありました。
池田藤四郎はダイヤモンド社の名づけ親です。ダイヤモンド社の歴史は石山賢吉(1882−1964)が1913(大正2)年5月に「経済雑誌ダイヤモンド」を創刊して始まります。池田が石山に「小さくとも光るダイヤモンドという名称がいい」と言ったのだそうです。石山は「それはいい」と、雑誌名と社名を「ダイヤモンド」にしました。
創刊の前年まで、池田と石山は同じ会社に続けて勤務していました。実業乃世界社と日本新聞社です。安成貞雄も実業乃世界社に勤務したことがあり、3人は同じ雑誌を編集していた同人でした。
池田と安成は語学の達人として知られ、欧米の書物を入手して知識を涵養していました。『科学的管理法』も二人同時に入手し、すぐに紹介する価値があると踏んだのでしょう。あるいは、テイラーが学術雑誌に書いていた論文をすでに読んでいたのかもしれません。
安成貞雄は社会主義者として知られ、文学から社会科学まで幅の広い論説記事を創刊後の「ダイヤモンド」にも時おり書いていました。一方、池田藤四郎は「ダイヤモンド」へほぼ毎号寄稿し、マネジメントの普及と紹介に集中しています。
『無益な手数を省く秘訣』の本文。現物を見ることはできず、複製されたものを図書館から借りて来ました。
[画像を拡大する]
池田藤四郎の『無益の手数を省く秘訣』は1914年にダイヤモンド社が「代理販売」すると、翌年には実業乃世界社から発売されています。さらにその後も数社から順次発売され、10年以上にわたって累計で150万部から200万部売れたといわれています。たいへんなベストセラーです。どうして出版社を変えていったのかはわかりません。彼の最後の著作(1930年)もダイヤモンド社から出ているので、亡くなる直前まで石山賢吉と親しかったことは間違いありません。
原著の邦訳書がそれほど売れたという記録はないので、『無益の手数を省く秘訣』のほうが読者になじみやすかったのでしょう。どうしてでしょうか。
『無益の手数を省く秘訣』は「14歳の太郎君」が工員になるところから始まる小説だったのです。
よりわかりやすく、多くの人へ
大ベストセラーの共通点
物語は、父親が突如抱えた負債により、旧制中学、大学を志していた太郎君が、14歳にして町工場の工員になるところから始まります。もともと向学心旺盛な彼が「いかに仕事を効率良くこなすか」を研究し、その実績が認められて一工程全部、工場全部の効率化にとりかかることになり、そこで得た資金を元に学業にも復帰。そして工場ひいては企業の最適化のための調査を行う調査技師(コンサルタント)として独立し成功していく……という内容です。
P.F.ドラッカーの主著『マネジメント〔エッセンシャル版〕』(ダイヤモンド社、2001)をかみくだき、女子高校生を主人公にした青春小説に仕立てた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海、ダイヤモンド社、2009)を思い出しますね。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
岩崎夏海著、2009年12月刊行。内容とともに、ビジネス書らしからぬ装丁も話題になりました。
「組織」「マーケティング」「イノベーション」といったドラッカーのコンセプトを弱小野球部の再建と成長のために活用していく『もしドラ』は、中学生から企業のマネジメント層まで多くの読者を獲得し、270万部という大部数を獲得しています。
20世紀初頭のダイヤモンド社と100年後のダイヤモンド社で同じスタイルの経営書が出ていたのでした。池田藤四郎も、物語に仕立て直して青少年から経営層まで科学的管理法を普及させたいと考えたのでしょう。
もう一人の紹介者、安成貞雄は社会主義者としても当時有名な存在だったと書きました。語学が得意で、雑誌「実業之世界」では「誤訳」というコラムで、有名な作家や学者の誤訳を徹底的にこきおろしていたそうです。
その安成が資本主義の総本山、米国のテイラー・システムを称揚しつつ紹介しているのは不思議でした。
しかし、テイラーが「マネジメントの目的は何より、雇用主に『限りない繁栄』をもたらし、併せて、働き手に『最大限の豊かさ』を届けることであるべきだ」と断言しているのを読んで腑に落ちました。テイラーの言葉は、皮肉屋の安成貞雄の心にも響いたのでしょう。
≪参考文献≫
・有田数士「わが国における科学的管理法小説風紹介者の事歴――池田藤四郎について」(「岩国短期大学紀要」第36号、2008)
・石山賢吉『回顧七十年』(ダイヤモンド社、1958)
次回は5月9日更新予定です。
◇今回の書籍 11/100冊目
『新訳 科学的管理法』
製造業の現場に近代化をもたらし、マネジメントの概念を確立したことで“マネジメントの父”とされるフレデリック・テイラーの代表的な著作。マネジメントにかかわるビジネスパーソンの必読書。
フレデリック W. テイラー 著
有賀裕子 訳
定価(税込)1,680円
→ご購入はこちら!
◇今回の書籍 12/100冊目
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
敏腕マネージャーと野球部の仲間たちが甲子園を目指して奮闘する青春小説。これまでのドラッカー読者だけでなく、高校生や大学生、そして若手ビジネスパーソンなど多くの人に読んでほしい一冊。
岩崎夏海 著
定価(税込)1,680円
http://diamond.jp/articles/print/35092
意思決定の本質はリーダーではなく組織力
スタンフォード大学 アイゼンハート教授の論文を読む【2】
2013年4月25日(木) 清水 勝彦
前回に続いて取り上げるのは――Making fast strategic decisions in high-velocity environments(変化の激しい業界でスピーディーな戦略意思決定を行う)
Katheleen M. Eisenhardt(1989年 Academy of Management Journal)
対立意見がないほうが早い意思決定が行うことができると思われているが、実際は対立意見を出し、それをうまく解決する企業ほど意思決定が早い。
アイゼンハート教授の論文には組織内のポリティクスを扱ったものもあり、その意味で同じ組織といえども、いろいろな利害の対立、駆け引きがあることは百も承知です。当然ですが、そうした対立があればあるほど、意思決定のスピードは遅れそうです。
ここでXとX’の違いは何でしょうか? そうです、「対立がない」ということと「対立意見を言わない」ということはXとX’どころかXとZくらい全く違うということです。「対立意見が出ない」ということは、「対立がない」からかもしれませんが、おそらく世界中の企業の99%は「対立意見を言わない」「対立を隠す」からではないでしょうか?
したがって、「対立があるかどうか」は、実は意思決定のスピードとはほとんど関係ないのです。時々「意見の対立があるから決まらない」と嘆く経営者の方がいらっしゃいますが、それは「顧客がわがままだ」と言って嘆くのと同じです。組織には対立が必ずありますし、顧客はわがままなものに決まっています。それを言い訳にするのは、手が使えないからサッカーの試合に負けたというのと同じです。
話が少しそれましたが、意思決定の早い企業はほとんど次のステップを取っているとアイゼンハート教授は指摘します。(1)すべての関係者の意見を出したうえでコンセンサスを得ようとする、(2)もし得られない場合は、すべての人々の意見を踏まえたうえでCEOあるいは担当役員が決定する。柴田昌治氏の名作『会社はなぜ変われないか』で、「衆知を集めて1人で決める」という言葉があったことを思い出します。
一方で、意思決定の遅い企業はコンセンサスが「生まれるのを待っている」ケースが多いのです。そもそも意見が違うからコンセンサスが得られないのに、待っていても何も起こらないのが普通です。結果として、多くの場合「締め切り」、例えば決算発表だとか、社長交代だとか、に押されて「仕方なく」決めているのです。
面白いことに、私が博士課程で調べた「意思変更」については、この「締め切り」「関係ない外部的イベント」が大きな役割を果たしていることが分かっています。例えば、買収した企業の業績が悪いから失敗だとして売却する、というのは一見もっともなのですが、1回赤字になったらすぐ売却するという企業はほとんどありません。「今期は特殊だ」「統合が進んだら黒字になる」などと考えるからです。その赤字が、2期、3期と続いた場合、いったい「いつ」売却を決めるか? 私の研究では「CEOの交代」「新任外部取締役の参加」「業績悪化のスピード」などが買収企業の業績悪化とあいまった時に、売却の比率が大きく上昇することが統計的に証明できています(注3)。
(注3)Shimizu, K, & Hitt, M.A. 2005. What constraints or facilitates divestitures of formerly acquired firms? The effects of organizational inertia. Journal of Management, 31: 50-72.
すべての関係者を巻き込んだら、意見が対立して収拾がつかなくならないのでしょうか? これに対するアイゼンハート教授の考えは次の2つです。そもそも、「締め切り」を待っていたら意思決定が遅れるのは当然である。そして、もう1つ面白いのは、「役員連中は自分で決めないでいいのならいろいろな意見を言う」ということです。つまり意思決定には参加したい、でも自分が本当に関係あること自体は自分が決定するのはいやだという思いを、アメリカでも役員は思っているのです。
いろいろな意見を言わせ、そのうえでCEOなり担当役員が決定をすることは、さまざまな角度から論点を議論できるだけでなく、役員の「参加感」を十分満たすこともできるのです。実際、心理学の研究では「自分の意見が通らなくても、意思決定に参加をしたという意識がある社員は、決定の実行により積極的に関与する」ことが明らかになっています。
重要な意思決定を1つひとつ行ったほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は大小複数の意思決定を関連させている企業ほど意思決定が早い。
「重要な案件を絞って、その決定に集中すること」「枝葉のことは、幹が決まってから考えればよい」ということで、重要な意思決定を1つずつやっていったほうがよさそうなものですが、アイゼンハート教授はまたもそうした「なんとなく正しいと思っている前提(weakly held assumption)」が間違いだといいます。意思決定する重要な案件ばかりか、細かな戦術的な案件も考慮に入れたほうがより早い意思決定ができるのだというのです。
そう言われると本当かという感じですが、次のような実例を聞くと「はっ」とされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
オムニコン(仮名)の役員たちは、具体的にどのような戦略にするのかも考えず、戦略の変更が必要かどうかだけを1年かけて議論した。変更が決まった後、新たな戦略をさらに6カ月かけて立案した。しかし、戦略ができた時にはまだ、どのような商品を具体的に開発し、どのように実行していくかはまだ白紙のままだった。
複数の案件を同時並行的に、関連付けながら意思決定することのメリットはいくつもあります。1つは、いろいろな角度から案件を検討できること。さらに、実行という具体的な視点を持ち込むことで、できるかどうかのあいまいさが減ることです。前回述べた「自信」という点ともかかわってきます。そうした関連付けがないと、「重要な意思決定」は往々にして「抽象的な意思決定」になってしまい、議論や解釈がどうしてもあいまいになってコンセンサスが取りにくくなりますし、仮に取れても実際の実行で躓く、あるいはさらに時間が必要になることが多いのです。
意思決定スピードと業績
本論文で唯一、あまり“That’s interesting!”でないのが最後の結論です。意思決定の早い企業は業績がよく、遅い企業は業績が悪いというのです。デービスの言葉を借りると“That’s obvious”ということになります。ただし、その理由は「環境変化が速いから」という表層的な理解で終わってはなりません。
まず大切な理由は学習です。既に「情報を集めて決断する」のと同じかそれ以上に「情報を集めるために決断する」ことが大切であることを指摘しましたが、不確定な環境下では早く決定し、その結果を次のより良い決定につなげていくほうが、一生懸命情報だけ集めて考え込んでいるよりもはるかに良いということです。そして、もう1つの理由としてあげられているのは、よく言われるように「チャンスの女神に後ろ髪はない」ということ、つまり環境変化の激しい中でタイミングが一層大切だということです。
日本企業への示唆
この論文が発表されたのは今から24年前です。実際、Academy of Management Journalにアクセプトされる場合、一発ですべてOKということはなく、レビュー(査読)をする審査員が一度コメントをして差し戻しているはずですし、アクセプトしてから若干のタイムラグもあるので、論文自体に実際にインタビューをした時期などは書いてありませんが、おそらく25年前くらいだと考えてよいでしょう。
そのころから「意思決定のスピード」に対する問題意識はこれほど高かったのです。最近では日本でもスピードの重要性が指摘されるようになりましたが、それでも、例えばシンガポールや上海で現地駐在の方と話すと「華僑のスピードは日本の3倍速だ」「いや10倍速だ」などとびっくりするような話がいくらでも出てきます。日本企業が日本の本社にお伺いを立てているうちに、競合となる海外企業ではどんどん話が決まってしまうとすれば、日本企業はチャンスに乗り遅れるでしょうし、仮に決定が失敗に終わっても得られる「学習」も得られることはありません。つまり、差がつくばかりだということです。
おそらく日本の経営者の多くは、どこかで「スピードに対する概念」と「正確さに対する概念」を見直さなくてはいけないのだと思います。電車の時間の正確さ、工業製品の品質の高さに代表される「緻密さ」を求める文化は、環境と目的がはっきりしていればものすごい力を発揮できます。しかし、環境が不確実でどんどん変わるし、技術も競合もどうなるかわからないといった時、「正確さ」を求めてもそれは「ムービングターゲット」でしかありません。
つまり、ターゲットがどんどん変わるので、ターゲットをまずとらえて取り組もうという姿勢では、いつまでたっても決まらないし、事は起こせないのです。早く始めて、早く失敗すれば傷も浅くて済みます。正確さを求めることは、往々にして決定の先延ばしにつながり、さらに世の中に遅れて乾坤一擲の投資をして失敗した時の痛手の大きさはプラズマテレビの例がよく示しています。
そうだ、そうだ。だから日本の経営者は変わらなくてはならない。正確さよりもスピード重視だ! よく聞くそういう話の行き着く先は「胆力のあるリーダー」「失敗を恐れないリーダー」ということで、スーパーリーダー願望です。そういうカリスマリーダーが現れればすごいのですが、実はもっと基本的で、スーパーリーダーでなくてもできるより大切なことが2つあります。
1つは「タイミングの感覚」を磨くことです。確かにスピードは大切ですが、必ずしも常に早いほうがよいわけではありません。ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー4』でも「早く行動しすぎるとときにリスクが高まる。遅く行動しすぎてもときにリスクが高まる」と指摘し、次のような経営者の言葉をあげています。
「確かに、不確実性を取り除きたいと願うのは人間の習性だ。でも、そう願うことで早急に判断を下してしまうこともある。時として早過ぎることも。…だから、状況を見守る時間があるならばそうする。何が起きているのかもっとはっきりするのを待てばいい。もちろん、その時が来たら一気呵成に行動できなければ ならない」
ソフトバンクの孫正義氏もトップダウンで「ずばずば」決めそうに見えるのですが実は「本当に決めなくてはならなくなるまで決めない」と聞いたことがあります。
そしてもう1つ同じかそれ以上に重要なことは「準備をしておくこと」です。「先ほどから環境変化が激しい、不確定だと言っておいて、準備などできるわけないじゃないか」と思う方もいらっしゃるかもしれません。おっしゃる通りです。「完璧な準備」など決してできません。しかし、「準備」をすることはできます。
例えば、M&Aでいえば、ある魅力的な会社が売りに出ると、なかなか踏み切れずにせっかくのチャンスを見送ってしまうか、あるいは「競合が買うかもしれない」などと投資銀行にせかされて、勝算もないまま高値で買ってしまうかのどちらかが多いのではないでしょうか。
しかし、事業を考えた時、グローバルで勝ち残るためには何が必要かはある程度分かるはずです。それは、中核技術かもしれないし、流通網かもしれません。そうした中長期的な戦略の考え、つまり「準備」があった時、ある会社が売りに出れば、それが自社にとって必要なピースかどうかは迅速に判断できるはずです(買収価格のネゴシエーションなどはまた別にあります)。そうした「準備」なしに、「〇〇会社が売りに出るらしい、どうしよう」と考えていても、迅速でよい意思決定ができるわけはありません。もっと積極的に「世界のモーター関連会社を視野に入れ買収候補をリストアップし、タイミングを見ながら当社からアプローチする」とおっしゃるのは日本電産の永守重信社長です(日本経済新聞、2013年3月1日)。
「意思決定」という点では中身、スピードが取り上げられ、早い、遅い、良い悪いが議論の俎上に上がりますが、もっとその背景には大切なものがあることが分かります。その1つ目が、「タイミングの感覚」であり、「準備」です。さらそのベースには、「タイミングの感覚」「準備」が大切であるという組織としての姿勢、文化が必要とされるのではないかと思います。それが意思決定という視点から見た、「組織力」ではないでしょうか。
そう考えてみると、先述のようにリーダー個人の資質としてとらえられることの多い意思決定も、実は組織の問題であることが分かります。つまり、その組織は意思決定に関してどのようなリーダーを欲しているかということです。「バランス感覚がある」「人望がある」そうした言葉が新任社長の紹介にはよく見られます。もちろんそうした美質はあったに越したことはありません。しかし、それらは意思決定に必要な資質ではありません。元早稲田ラグビー部の清宮克幸氏が、初めて監督に就任した時に選手に早稲田の強みを書いてほしいと言ったら、「伝統がある」「ファンに人気がある」といった、試合とは関係のない強みばかりが上がったという話がありますが、それと同じです。
不確実な環境で勝ち残るためには、意思決定のスピードが必要なことは明らかです。アイゼンハート教授が指摘した5つのポイント、そのために必要な既にあげた「タイミングの感覚」「準備」にもう1つ足すとすれば、CEO、経営者の仕事とは難しい意思決定をすることであり、そうした人材を選ばなくてはならないということではないでしょうか。例えば60点の案が3つ、どれも帯に短し、たすきに長しだという時に、1つを選べる意志の強さ、使命感を持った人が意思決定者でなくてはならないのであり、それを組織全体で共有していなくてはならないのです。人望とかはその次の話です。
(この項終わり)
MBAプラスアルファの読書術
慶應ビジネススクール清水教授が、経営書から知られざる名論文まで幅広い書物を読み解き、本当に読むべき勘所とその応用の仕方を紹介します。欧米のMBAや博士課程の授業で学生が必ず読んでいる本や論文なども含め、実行するリーダーが、自分自身とその経営を振り返り、見直すための読書術です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20130411/246524/?ST=print
安易に大企業に就職してはいけません
2013年4月25日(木) 高岡 浩三 、 おちまさと
チョコレートの「キットカット」やインスタントコーヒーの「ネスカフェ」などを販売するネスレ日本の高岡浩三社長兼CEO(最高経営責任者)は、父も祖父も42歳で亡くなったことから、自らの寿命も42歳で尽きることを覚悟して生きてきた。42歳を人生の「〆切」と定め、42歳からの逆算で人生を駆け抜けようと決めた結果、高岡氏は、今では1つの文化にまでなっているキットカットの受験生応援キャンペーンを成功させ、生え抜きの日本人として初めて社長に上り詰めた。
このコラムでは人気プロデューサーおちまさと氏のプロデュースで高岡氏が自らの考えを綴った初の著書『逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ』の一部を掲載し、高岡氏の逆算の人生哲学を紹介する。
「外資系企業」ネスレに入社する
ネスレ日本というと今でこそ、多少知られた会社かもしれません。しかし、私が入社した当時はほとんど無名に近い会社でした。当時はフランス語読みのネスレではなく英語の発音で「ネッスル」と呼ばれていましたが、そうしたこととは関係なく、そもそも外資系企業に就職するという発想が学生にほとんどなかったのです。
私にはもともとブランドを作る仕事をしたいという「志」がありました。そうした「志」を持っていたので、ブランドを作ることに優れているネスレを選びましたが、実は大手の広告代理店からも内定をもらっていました。
その広告代理店には、母の弟、つまり叔父が勤めていました。母が若い時にある会社の役員秘書をしていて、そのつてで叔父が広告代理店でアルバイトをするようになったのがきっかけだったそうです。まだその会社がそれほど知られていない時期です。叔父はそのまま社員になり、広告代理店の急成長とともに会社員人生を歩んできました。
父が亡くなった後はずっとこの叔父が父親代わりでした。当然、進路の相談もしていました。そんな成り行きもあって、叔父も母もその広告代理店に入ってほしかったようです。
でも、私の頭の中には42歳という自分で決めた寿命があります。確かに叔父が勤めている会社はいい会社かもしれません。私が志していたブランドを作る仕事もできるでしょう。でも、日本の会社で42歳というと課長ぐらいの年齢です。せっかく就職するのに、係長とか課長で終わってしまっては「ブランドを作る」という「志」が達成できないと考えたのです。
そこで外資系の企業に入ることを考えました。先ほども書いたように、当時は誰も外資系企業に見向きもしない時代でしたが、賭けてみたいと思ったのです。外資系であれば、きっと実力主義だろうと。そして、その結果、どこかの時点で会社を去ることになるかもしれないが、それも仕方ないと。実際のところ、欧州の企業であるネスレは米国企業と違って、そこまでの実力主義ではないのですが、当時はそこまでの知識はありませんでした。
ネスレに惹かれたのは、年金が手厚かったことも理由の一つです。何しろ42歳で死んでしまうかもしれないわけですから、家族には苦労をかけたくないと思っていました。ネスレは基本給の半額を本人が亡くなるまで支払い、本人が亡くなった場合は基本給の4分の1を配偶者が亡くなるまで支払う年金制度が当時からあったのです。
ネスレも私が入社する年がちょうど日本に来て70周年に当たるということで、ちょっと変わった採用をしていました。私が入社する前年が60人、前々年が100人と採用しているのに、私たちの年は7人しか採用しなかった。しかも、それまでは国立大学から入社する人はほとんどいなかったのに、私たちの年は京都大学、大阪大学、神戸大学、東北大学、小樽商科大学といった国立大学から採用したのです。
結局、広告代理店は辞退して、ネスレに入社することを決めました。叔父にそのことを知らせると、「なんだ外国の会社に入るのか」と言われました。
私が社会に出たのは1983年。日本が高度成長を果たし、絶頂に上り詰めようという時期でした。円高が一気に進むきっかけとなるプラザ合意の2年前。日本企業は安くて品質の高い製品を世界中に輸出し、米国などで日本企業脅威論が盛んに言われた時代でもありました。そんな日本企業が輝いている時に、あえて外資系企業を選ぶことは、変わった選択だと思われたのでしょう。
それが今や多くの日本企業が苦しんでいます。だから、これは特に若い人たちに言いたいのですが、安易に大きな会社や人気のある会社に就職して安定を得ようとしてはいけません。
私は、今の若い人たちが安定志向を求めた結果、おそらく非常に苦しい状況に陥ってしまうのではないかと懸念しているのです。
就職することとは
「志」を実現する場所を
見つけること。
「志」を持った就活をせよ
なぜ安易に人気企業に入ってはいけないのでしょうか。もう少し深く考えていきたいと思います。
日本経済の低迷が続き、少子高齢化も進んでいて先行きは全く見えない。このような状況で安定を求める気持ちは分からなくもないのです。でも、だからこそ人気のある大企業に入れば安泰という図式は崩れていると思います。
私の場合、10歳の時に42歳で死ぬと思ったので、残りの寿命は30年ちょっとでした。そう考えて生きてきて、人と違った選択をしてきました。これは企業にも当てはまるような気がします。
「会社の寿命は30年」とよく言われます。これはその通りだと思います。もちろん長く続く企業もあります。でもいい時は30年も続かないと思って経営をしなければなりません。
ところが、日本の企業はその点が甘い。企業というよりも経営者の責任かもしれませんが、企業が伸びてきたのは高度成長の後押しが大きいのに、それをすべて企業もしくは経営者の実力だと考えているところが多いような気がします。
高度成長の大前提に人口の増加があるわけです。ところが、現在は少子高齢化が進んで、人口が減少する時代に入っています。安倍首相の経済政策「アベノミクス」で多少、景気は上向いているかもしれませんが、人口が減少しているのですから、経済力は基本的に落ちていきます。これは安倍さんが日本銀行にどんなにお金を刷らせても変わりません。
だとすれば、企業もこれまで通りではとても成り立たないということです。電機業界を見てください。数年前までは絶好調だった会社が今は苦しんでいます。全員が右肩上がりのおこぼれをもらえた時代ならいざ知らず、人口減少社会に突入した日本では「大企業に入れば安心」という考え方はもはや幻想と言っていいでしょう。若年失業が問題になっていますが、こういう時代には大企業に入るどころか、いい大学を出ても、就職できないということも当たり前のことだと思います。
若い人の中にも、大企業以外の会社を選んだり、中には最初から海外に職を求める人も増えてきていると聞きます。これはとてもいいことだと思います。それでも、こうした人はまだ少数派でしょう。なかなか若い人の意識も変わりません。
若い人の意識がなかなか変わらないのは親にも原因があると思うのです。親たちはみんな社会に出て働いていて、日本経済の厳しさを知っていたり、肌で感じていたりするはずなのに、子供にはなかなかそういった話をしません。それどころか親の方が、自分が若かった頃の常識から離れられず、「少なくとも名前が通った大企業に入ってほしい」と望むことも少なくないようです。私の考えは全く違います。
塾にお金をかけて、偏差値競争をして、いい大学に行く。そのことにどんな意味があるのかという議論は、私が若い頃からあった話です。それなのに、私たちの世代が親になってみたら、結局同じことをしています。しかし、それが若い人たちを苦しめる結果になりかねません。
「大企業に入れば安心」という考え方が幻想になった今、仕事は「自分は何をしたいのか」という「志」で選ばなければならないと思います。実際、私自身は42歳で死んでしまうかもしれないという自分で決めた“寿命”もさることながら、「ブランドに関する大きな仕事をしたい」という「志」を持っていたので、ブランディングに関して超一流のネスレに入りました。子供たちにも同様に、「志」を持つことを教えてきたつもりです。
私には娘が2人いますが、2人には高校1年生ぐらいから、とにかく何をしたいかということだけ聞いていました。大学に行くにしても、何をしたいかだけははっきりさせてから大学を選びなさいと。偏差値で大学を選んでも後で苦労するだけですから。
やはり自分の意思で決めるのが一番いいと思うのです。高校生ぐらいで何をしたいのかと聞かれても、なかなか分からないと思います。それでも、ある程度の年齢になったら、自分の「志」を持たなければいけないと思いますし、親も「志」を持つということを教えてあげなくてはいけません。
今の日本では、家庭でも学校でもこうした教育がほとんどありません。しかし、ただなんとなく大学に入り、安定している企業に就職することを望むだけでは、幸せは保証されないということをしっかりと教えなければならない時代になっているのではないでしょうか。
私自身は学歴でどうこう思う人間ではありません。本人がなりたいものがあって、それが大学ではなくて専門学校でしか勉強できないのであれば、大学に行かず、専門学校で勉強した方が本人のためになると思います。
そして、「志」を持って選んだ仕事であれば、簡単にはあきらめたりしないはずです。もちろん、仕事をしていくうえで大変なことはいくらでもあるでしょう。しかし、「志」を持っている人間であれば、仕事を楽しいと感じ、自ら考えて仕事を進めていくはずです。私は、それがリーダーシップにもつながると考えているのです。
人口減少社会に突入した日本。
「大企業に入れば安心」という考えは
もはや幻想と言える。
日経ビジネスの最新刊
『逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ』
逆算力 (成功したけりゃ人生の〆切を決めろ)
父親も祖父も42歳で鬼籍に入った。
自分もきっと――。
そして、42歳を〆切にした人生を歩むと決めた。
日本的経営で圧倒的な利益をかせぐネスレ日本。
100年の歴史で日本人初の生え抜き社長となり、
伝説の「受験にキットカット」キャンペーンを
生んだ男の倍速人生論。
おちまさとがインタビューを重ね、
完全プロデュース。
ネスレ日本社長 高岡浩三の「逆算力」 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ
国内の食品メーカーとしては異例とも言える高い営業利益率を誇るネスレ日本。社長兼CEOを務める高岡浩三氏は、もはや伝説となった「受験にキットカット」のキャンペーンを手がけ、ちょうど100年となる同社の歴史の中で、日本人の生え抜き社員として初めて社長に就いた。
成功の背景にあったのは、42歳を人生の「〆切」とする独特の人生哲学。人気プロデューサーおちまさと氏のプロデュースにより、高岡氏が自らの哲学を綴った初の著書「逆算力 成功したけりゃ人生の〆切を決めろ」から一部を抜粋して掲載する。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130424/247153/?ST=print
ビッグデータを経営に生かすツボ
ブレインパッドの草野隆史社長に聞く
2013年4月25日(木) 安藤 元博
日経デジタルマーケティングは、書籍『マーケティング立国ニッポンへ――デジタル時代、再生のカギはCMO機能』を発行した。このコラムでは、その関連記事を紹介していく。連載で紹介してきたセイコーマートや、宝島社のケーススタディを通じて明らかになった経営トップとマーケティングの密接な関係の重要性。それらを踏まえて連載最終回では、ビッグデータを核とした全社的なマーケティング戦略を展開する秘訣について、ブレインパッドの草野隆史社長に話を聞きながら解き明かしていく。
私は比較的長い間、広告会社の立場からマーケティングにかかわってきました。その目で改めて「ビッグデータのマーケティング活用」というテーマで感じることは、そもそも今の日本企業において、ビッグデータ以前に「マーケティング」そのものが不足しているのではないか、ということです。これは、最近一緒に本を書かせていただいた一橋大学の神岡太郎教授のお話をうかがいながら気づいたことでもあります。
マーケティングとは企業と生活者が、市場を通じて相互にやりとりをしながら価値を創造していくことです。やりとりというのは必ずしも直接的な会話だけではない。企業からの商品そのものあるいはチャネルやコミュニケーションを通じた提案に対して生活者がどういう風に反応するのか。生活者の行動は、様々な形でデータという痕跡を残します。そういう意味で、データとは自社が生活者と向き合うための、広い意味での「言語」です。
企業が顧客とのやりとりの中で価値提供をする、その基本的なツールが共通言語としての「データ」である。が、実際はそうなっていないのではないか。
ビッグデータへの着目は、その改革の突破口になるのではないかと思うのです。ビッグデータがイシュー化することがきっかけとなって、データを核とした全社的、すなわち実効性のあるマーケティングが進むのではないか。そうあってほしい、というのが私の問題意識です。
ブレインパッド代表取締役社長。1972年東京都生まれ。97年慶応義塾大学大学院を修了後、サン・マイクロシステムズに入社。99年に退社後、インターネットプロバイダー関連事業の立ち上げに参画し法人営業と事業企画を担当する。プロバイダー事業に従事するうちに、「データマイニング&最適化」に特化した事業の起業を決意し、2004年ブレインパッドを設立。2011年東証マザーズに上場。
草野:同感です。私は、起業を考えて自分なりに状況を俯瞰したり、リサーチしたりした際に、マーケティング領域が最もデータを活用していないのではないか、と思いました。製造業などではデータに基づいて生産計画を立てるなど、ある程度データを活用する素地があるのに比べ、マーケティングの領域では、データと向き合って意思決定がなされているとは感じられなかったのです。
しかし、ネットの普及により今後は間違いなく必要性が高まっていく分野であり、かつ先行する競合サービスがありません。また、マーケティング領域は成果の白黒もつけやすいため、評価が容易であるということもありました。マーケティングの施策に結びつきやすい領域であれば、我々の仕事の価値を定量的に認めていただくことができて、フィーをいただきやすいし、リピートもつきやすいのではないかと考えました。
ビッグデータは真のマーケティングを可能にする
興味深いですね。自分がマーケティング局に配属された80年代には多変量解析のマーケティングでの活用を中心に「マーケティングサイエンス」や「テクノロジーマーケティング」という言葉がはやっていて、「マーケティングと言えばデータ」という印象もあったのです。ただ、実感としては90年代半ばくらいから少し状況が変わっていったかなとも思います。草野さんはまさにその頃に仕事を始められたわけですが、具体的にどのあたりがどのように「手つかず」だと思われたのでしょうか?
草野:確かに調査などのデータは各種あったのでしょう。が、ユーザーの個々の行動履歴データを収集して、それを活用しているという様子はありませんでした。私が会社を始めた2004年当時、既にそれらは取ろうと思えばいくらでも取れる時代になっていたにもかかわらず、です。
もちろん、「一億総中流」と呼ばれ、その真ん中のボリュームゾーンに対してモノを作りマス広告を打てばそこそこ売れていた、という時代背景があってのことだと思います。しかし、生活者の嗜好の多様化や経済の成熟化によりその時代は終わった。デジタル領域の拡大によって、今後は個々のユーザーの情報がどんどん重要になってくる、と思ったのです。
アクチュアルデータになった、ということが大きいですね。ビッグデータ以前にも大量の調査データをどうマーケティングに生かすかに焦点が当たっていた時期もあるわけです。ただ、そうしたデータと今のアクチュアルデータでは、データの質というか意味が違うのですね。扱う手段もそうだし、その生かし方のスピードも、それを使う場面や内容も変質してくる。構造でいうと、何か「らせん」のようなものを考えると分かりやすい。同じデータ活用だけれども、次元、階層が違ってきている。データとマーケティングの関係が変わってきた、ということだと思います。
アクチュアルデータに基づきスピーディーに動ける仕組みが必要
草野:マーケティングへのデータ活用で、スピードの問題は重要です。我々がまだ誰も取り組んでいなかったマーケティング領域にアプローチしたもう一つの理由は、データに基づいて何らかのアクションを起こすスピード感が、いわゆるシステムの安定稼働が旨である情報システム部門のそれとは違ったことです。情報システム部門は「守りのIT」であり、ちょっとしたことにも時間がかかりますが、顧客データから「攻めるIT」にはスピードと柔軟性が必要です。
その差が経験的に分かっていたので、我々も最初は顧客データをお預かりして分析、提案し、DM配信に利用していただくなどマーケティングサイドで完結するサービスから始めました。ところが配信規模が大きくなり、効率化、自動化のためには、やはり徐々に基幹システムと連携する必要が出てきました。すると、状況が刻一刻と変化する時代のスピードとIT部門のそれとのギャップが大きな問題になってきたのです。ここを変えていかないと、時代についていけない、ビジネスが変わらない、ということに気づいたのです。今や情報システムとマーケティングは不可分なのに、そこが離れていることが、今の企業経営の大きな課題の一つだと思います。
その2つの部門は使う言葉からして違いますよね。ということは仕事を進める概念も異なる。
草野:はい。情報システム部門とマーケティング部門で抜本的に違うのはコスト構造だと思います。例えば、データベース(DB)からDM配信のためのデータを抽出しようとすると、その作業だけで費用がかかってしまう。本来はこのデータを使ってどんなアクションを起こすべきかを知るためのものなのに、その前に費用も時間もかかってしまい、それが単独にコストとして認識されてしまう。
その上に、「システムの安定化」は企業活動の基本課題として厳然とあるので、情報システム部門にマーケティングのためのデータ抽出や分析を頼むというのは無理があるでしょう。こうした現状を考えた場合、マーケティングのためのデータは別のシステムで作っていくことを考えないと難しい、となります。
組織もそうですが、「マーケティング」「IT」「分析」という3つの領域にまたがるスキルやナレッジ、仕事の進め方に対応できる人材も必要になりますね。
草野:これらのスキルやナレッジを通常の企業で自然に習得するのは難しいため、企業側が意識的にジョブローテーションを回して育成することが重要になってきます。組織としても「マーケティング&アナリティクス」といった部門が必要になる。それが企業の強みにつながるはずです。
ファクトに基づく勇気ある経営を
ところで、以前草野さんが「データ活用はしているがビッグデータの活用の仕方が分からない」ことのハードルと、「そもそもデータを活用していないが活用できるようになる」ハードルのどちらが高いか、という話をされていたのを興味深くうかがったことがあります。
草野:断然後者のハードルが高いですね。例えばWebログの解析ツールを導入している企業はたくさんあると思いますが、そのデータからユーザビリティを継続的に改善しようとしている企業は少ない。実は、最低限のPDCA(計画、実行、評価、改善)サイクルさえ回している企業が少ないのが現状です。
データ分析によってどの程度の効果が出てくるかは、やってみなければ分からないかもしれません。しかし、やらなければゼロなんです。単にPV(ページビュー)数を知っておしまいというのでなく、ログデータを使って何をどう改善しようとするか。そうやって真摯にユーザーに向き合う姿勢のある会社が成長していくのです。その成功体験が企業には必要なのです。
例を挙げてみましょう。今話をしたWebログ解析の例でいえば、解析ツールを入れた後にPVをカウントしているだけの会社と、丁寧に仮説を立ててサイトのクリエイティブやユーザビリティにおいて、(複数のパターンから最良を選ぶ)A/Bテストを実施している会社では、結果としてサイトでの応募率や獲得コストで50%以上の差がつくこともあります。
またカード会社などにおいても、DM送付先を選ぶ際、単純な属性に基づいて抽出する場合と、丁寧に過去のカード利用履歴を分析して配信する場合では、レスポンス率が数倍になることも珍しくありません。担当者の思い込みによらず、顧客の反応やデータを見て、対応を変えるか変えないかで、たった1回の施策だけでもこれだけの差がつくのです。
こういう成功体験は、担当者も一度やれば、やみつきになります。単純に面白いですし、施策に対する顧客の反応自体が「学び」であり成長実感も持てますから。
そこにこそマーケティングに取り組む姿勢そのものがある、と改めて気づかされますね。
草野:経営者にも、単発の施策におけるROI(投資対効果)だけを求めるのではなく、失敗も含めてPDCAサイクルを回していく、というデータの価値を理解して腹をくくって向き合う気概が必要だと思います。
不都合かもしれないデータやファクトを正面から見つめて、事実に基づいて判断ができるか、ということですね。当然のようでいて、なかなかできていないことなのかもしれません。一方、ビッグデータの分析・活用には組織をあげてバックアップする体制が必要ですが、それを進めていくうえでのポイントは何だと思われますか?
データの価値を認めるカルチャーを根気強く築く
草野:やはりデータに向き合う姿勢、その重要性を認めるカルチャーを組織内で共有することですね。データを大事にする価値観は簡単に壊れてしまうのです。
例えば、DMの配信リストを作るにしても、その現場には大きなプレッシャーがかかるのに、そうしたことが認められないようなケースもよく見られます。データ分析結果に基づいてDMを配送する場合、分析作業における判断や作業のミス一つで、億円単位の無駄なコストが発生するというプレッシャーの中で分析者は作業をしています。そのプレッシャーや労苦を上司や関係者は、評価・しんしゃくすることが大切です。もし、そうやって導かれたデータ(事実)に基づく結論を、経営幹部がカンや直感なんかで否定したら、分析官はその仕事をその職場で続けていくことができなくなるでしょう。失われやすいカルチャーでもあるのです。
反対に、データ分析結果に重きが置かれ、PDCAが回っていればその業務に当たっている人は育っていくはずです。根拠やプロセスが明示されず恣意的に判断するようなマネジメントが続いてしまうと、施策は異なっていたとしても、データに基づいていないという意味では同じことの繰り返しに陥ってしまいます。そのような学習しないサイクルから脱しなければならないと思います。
具体的には、組織内のどのレイヤーでその感覚が欠けていると思いますか?
草野:現場自体にない場合もありますが、その上の管理職クラスに不足しがちなのかなという印象はあります。とにかく、組織を挙げて取り組み続けることが大事なんです。もちろん、時間がかかってしまう面はありますが、小さくても成果を出すサイクルを経験すれば、あとは前進していくことができると思います。
まずは手元にある小さなデータ、ファクトから始める、というスタンスが大事なのかもしれませんね。いわば「シンク・ビッグデータ、アクト・スモールデータ」というところでしょうか。
草野:そうですね。特にマーケティング領域はそのスタンスが良いのではないかと思います。
CMOとCIOの空白を埋める
ところで最近、CMO(最高マーケティング責任者)とCIO(最高情報責任者)の融合、というテーマが話題になりつつあります。
草野:CMOとCIOは、両方できる方がいればいいのですが、なかなかそういう人はいませんよね。強いて言えば、CIOが基幹系を担当し、CMOが情報系を担当するような形が現実的な感じがします。現在、マーケティング領域へのIT活用を自分の職責としているCIOは少ないのではないかと。
情報システム部とマーケティング部を並列に置いていては、なかなかマーケティングへのデータの活用は進まない気がします。ですから、マーケティングで活用するためのデータアクセス環境は、情報システム部とは別に用意した方が組織間のあつれきも少なくて済むかと思います。ただ今度は、CMOに情報システムやデータ解析技術の知識は求められることになりますが……。
今の日本の企業には普通はCMOもいないわけですが、CIOとCMOの融合というテーマに関して言えば、こうした責任者の持つべき領域が空白である、という面こそが課題の本質だと改めて思います。これまでの経験から、うまくいったケース、何がKFS(事業成功ファクター)なのかを教えていただけませんか。
草野:やはり最初から経営層の理解があり、組織的にマーケティング部門の中に情報システム担当部門がある、という形ができているケースはやりやすいです。また、新規に部署を立ち上げる場合も、最初から権限や役割のデザインに関わることができるのでうまくいくケースが多いです。既存組織自体に関わっていくのはなかなか難しいと感じています。
経営のコミットメントがないと、なかなか難しいということですね。アクチュアルデータやファクトにきちんと向き合うことができる経営者が必要だと。業界、業種についてはどうでしょう。
草野:もちろんEC(電子商取引)、通販など、顧客との接点が履歴で追えている業種は使いやすいですね。金融などもオペレーションのために豊富なデータ履歴が追えているところも入りやすいと思います。反対に、購買や問い合わせがリアルで行われていて、広告関連のデータとつながっていないような業種は難しいですね。こうした領域もデータを使っていかなければならないと思います。システム構築の際に、最初から「マーケティングでのデータ分析」の視点を入れて、施策もそのシステムとつなぎ込むということが重要になりますね。
今、それが十分に行われていない業種でもデータをいかに作っていくかという視点と、仮に分断されたデータであってもそれを手がかりに小さくても実行し改良し続ける、という行動が必要ということですね。「ビッグデータ・ドリブン・マーケティング」や「CMOとCIOの融合」というテーマをきっかけにして、あらゆる業種・企業にとってのマーケティングそのものの空白を埋めることを考えていくべきだ、ということを、改めて今日のお話のメッセージとしたいと思います。
「CMO機能」実践への道
モノづくり立国からマーケティング立国へ――。弱点と言われればこそ、マーケティングの戦略的な強化が企業の競争優位にもつながりやすい。CMO(最高マーケティング責任者)不在とも言われる日本において、企業価値の向上のために必要なのは、経営トップのマーケティングへの正しい理解と深い関与だ。CMOを機能と捉えて、全社で組織的にその機能を実践していく方法論を模索する。そのためこのコラムでは、マーケティングをマネジメントに一体化したケーススタディを中心に詳しく紹介していく。ビッグデータ時代、企業はマーケティング戦略にどう生かせばいいかについても最終回で触れる。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130412/246591/?ST=print
2013年4月24日 ザイ・オンライン編集部
本当に必要な医療保障とは?
医療保険を見直すポイントを押さえよう!
〜保険の見直しの基礎知識(5)〜
一口に医療保険とはいっても、単体の医療保険と死亡保障保険に特約ではどちらがいいのか、三大疾病保険やがん保険は必要なのか、そもそも入院保障はどのくらい必要なのか、見直しをしようにも、いろいろも迷うことばかり…。保険マンモスの古川徹さんに、医療保険を見直すポイントをズバリ教えてもらおう!
まずは入院保険を充実 目安は日額1万円以上
医療保険とは広い範囲を含む表現で、入院保険、がん保険、三大疾病保険等を含みます。そうした時に医療保険は、何を基準に、どこを見直せばいいものなのか。古川徹さんは「まずは入院保険を充実させることが大切」とアドバイスする。
「入院保険は、病気やけがで入院したときに給付金を受け取れる、入院というリスクを保障する保険です。そこでまずは、入院給付金の1日あたりの金額(給付日額)はいくら必要か、保険期間はいつまであれば良いか、1回の入院で入院給付金を受け取れる日数の限度は何日か(上限日数)を考え、必要な保障を用意しましょう」(古川さん)
そもそも入院すると1日あたり、どのくらいのお金が必要なのか? 生命保険文化センターの平成22年度「生活保障に関する調査」によると、直近の入院時の1日あたりの自己負担費用(保険支払い分を除く)は1万6004円となっている。入院保険の加入金額の平均(疾病入院給付日額・全生保)は、男性が1万971円、女性が9177円だ。
「ここから入院日額1万円以上をひとつの目安として、予算が許せば1万5000円くらいを考えるといいでしょう」(古川さん)
保険期間は終身、上限日数は60日以上が最低ライン
次に保険期間はどうすべきか。「保険期間の設定は、10年や20年など年単位、40歳や60歳など年齢単位、そして保険が一生涯続く終身がある」と古川さん。
「定期型で保険期間が短いものは、当初の保険料は安いものの、更新のたびに保険料が上がっていきます。しかも、ほとんどのものが最長80歳までで、それ以降は更新できなくなっています」(古川さん)
ちなみに、平均余命などの指標とされる厚生労働省の平成23年簡易生命表によると、80歳で生存している割合は、男性が58・74%、女性が78・305%。男女とも半数以上の人が80歳以降も生きている。さらに、平成23年「人口動態統計」によると76.2%が病院で死亡している。
「80歳を過ぎてから病院で亡くなる人が多いことを考えると、保険期間は終身が望ましいといえるでしょう」(古川さん)
入院給付の上限日数には30日、60日、120日、360日、730日、1000日などのタイプがあり、日数が長くなるほど保険料も高くなる。実際のところ、入院期間はどのくらいを考えればいいのだろうか。
「厚生労働省の調査によると、一般的な60日型ならば入院の約半数をカバーできることになります。そこで60日以上を最低ラインとして、予算が許せば120日以上の保障を考えたいものです」(古川さん)
入院保険は特約より主契約で!
入院保険に入っているといっても、単体の入院保険に入っている人もいれば、死亡保障の特約などで入っている人もいるだろう。
「定期付き終身保険の特約の場合は、定期保険期間が終わると医療特約も無くなってしまいます。一方、単体の入院保険など入院保険自体が主契約である場合は、特約に比べて保険料は高くなりますが、死亡保険を解約した場合でも入院保険には何の影響もありません。見直しをする、もしくは新たに入るのなら、入院保険が主契約のものが望ましいといえるでしょう」(古川さん)
また、妻や子どもの入院保険が、夫の死亡保険の特約になっている場合もある。
「特約だと夫と離婚したり、夫が死亡した場合に、保険が無くなってしまいます。夫婦がそれぞれ独立して入院保険を契約するほうが安心です。また、子どもの入院保障は、社会人になるまでは親の特約で保険料を安くおさえ、社会人になったら自分が契約者になるという方法が考えられます」(古川さん)
できればリタイアまでに支払保険料の払い込みを終えたい
保険料の払い込み期間や、どんな特約を付けるかも気になるところだ。
「保険料の払い込み期間は、短期払い(有期)と終身払いがあります。保障内容は同じでも、月々の保険料は終身払いのほうが安く済みます。ただし、生存中はずっと保険料を払い続けなければなりません。総支払額の比較をする場合、平均余命までの累計額を算出するとよいでしょう。予算や考え方にもよりますが、今後の公的年金を考えると、余裕があるなら短期払いを選んだほうがいいかもしれません」(古川さん)
医療保険には、三大疾病特約や成人病特約、女性医療特約などの基本的な特約のほか、入院初期給付特約(1泊2日など短期入院をカバーする特約)、退院給付金特約、通院医療特約など発展的な特約、さらにはがん保険など、特定の病気や状態になった場合に保険金が支払われるものもある。
「当社に相談される方のなかにも、入院保険は日額も保険期間も上限日数も少ないのに、がん保険は充実しているというバランスを欠いたケースもあります。ですが、医療保険では、まず入院保険という保障範囲の広いものをベースとして確保することが重要です。入院日額1万円以上、保険期間は終身、上限日数60日以上を確保したうえで、予算に余裕があるなら基本的な特約から選択することを考えたいものです」(古川さん)
保険マンモスとは…
メールや電話でなく、FP(ファイナンシャル・プランナー)との面談によって保険をアドバイスするスタイルにこだわる保険相談サービスです。直接面談することで、資料を交えた具体的な説明ができ、利用者の疑問や不安にもFPが直接答えます。FPから提案された保険商品に必ず加入する必要はありません。無料相談後の勧誘も一切なし。
無料保険相談の申し込みはこちらからどうぞ(保険マンモスのサイトへジャンプします。)
『めちゃくちゃ売れてるマネー誌ZAiが作った保険の本
保険は三角にしなさい!?生命保険で500万円トクする魔法?』
普通の保険は“四角”なんだけど、これを“三角”にするだけで、500万円以上払い込み金額が減る人がほとんど。難しいことはわからなくてもこの“四角”→“三角”の理屈だけ理解すれば、もう保険のことは忘れてよし! とザイは思うのだった。
【はじめに】
導入マンガ 生命保険でムダづかいしてる ブタパパの衝撃
保険の基本ゼミナール 生命保険に出てくる「専門用語」を把握しよう
第1章 生命保険は三角にすればいい!
第2章 あなたの死亡保険はなぜ四角い?
第3章 あなたも今すぐ収入保障保険に入って正解!
第4章 みんなのテーマ医療保険ってほんとに必要?
第5章 迷わず入るには?保険はどこで売っている?
第6章 ライフスタイル別 保険の正しい入り方講座
http://diamond.jp/articles/zai-print/34084?page=1
【第49回】 2013年4月25日 早川幸子 [フリーライター]
白内障に多焦点レンズ使用=全額自己負担!?
日経新聞で混合診療の記事にミスリードの恐れ
4月8日付の「日本経済新聞(日経新聞)」の朝刊に、「混合診療、出口見えぬまま10年」という記事が掲載された。この記事は、日経新聞のネットサイトでも閲覧できるようになっており、4月24日現在でも公開されている(http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS25013_X20C13A3SHA000/)。
記事では、白内障の手術を受けた名古屋市在住の女性(70歳)が、眼科医の勧めで健康保険の効かない多焦点レンズを利用したが、混合診療が認められていないために高額な負担を強いられ、「渋々大金を払った」というケースが紹介されている。
こうしたケースを出すことで、混合診療を原則禁止にしている日本の医療制度が硬直的だと批判したいのだろうが、この記事は正確さを欠いており、読者に誤解を招く恐れが多分にある。
というのも、多焦点レンズを使った白内障手術は、先進医療が適用されており実質的な混合診療が認められているからだ。
多焦点レンズは両目で約70万円
たしかに健康保険はきかないが…
白内障は、おもに加齢が原因で起こる目の疾患で、水晶体が濁ることで物がぼやけたり霞んだりして視力が低下する。
白内障の手術は、以前は濁った水晶体を取り除くだけだったが、現在は取り除いた水晶体の部分に、人工の眼内レンズを挿入するのが標準的な治療で、視力回復の効果が高い治療法だ。手術や検査など一連の治療にはすべて健康保険が適用されるので、誰でも少ない負担で手術を受けられる。
健康保険が適用されている眼内レンズは、単焦点レンズというものだ。これは焦点の合う範囲が限定されているので、遠くを見たり、手元を見たりするときにはぼやけることもある。だが、眼鏡をかければ視力の矯正はできるので、日常生活に支障はない。
保険適用の眼内レンズを使った場合の医療費の総額(通院治療の場合)は、両目で17万〜18万円。70歳以上で一般的な所得の人の窓口負担は1割なので、自己負担額は2万円以内。窓口負担割合が3割の人でも5〜6万円だ。
一方、多焦点レンズは焦点を合わせられる範囲が広いというのがメリットだが、レンズの価格は両目で70万円程度。健康保険は適用されていない。
健康保険を使って医療機関で治療を受ける場合、国が許可していない薬や医療機器などを使うことは禁止されている。これは安全性や有効性が確認されていない治療によって国民が健康被害に遭わないようにするために設けられているルールで、これを破って健康保険が適用されていない薬を使ったりすると、通常なら健康保険が使える検査や入院費も患者が全額自己負担しなければいけなくなる。これが、いわゆる「混合診療の禁止」と言われるものだ。
多焦点レンズは健康保険の適用を受けていないので、これを使うとその他の検査や処置費用も健康保険がきかなくなり、原則的には手術にかかった費用は全額患者の自己負担なる。日経新聞に登場する女性は、このルールによって医療費を全額支払ったのだろう。
しかし、多焦点レンズを利用しても、誰もが健康保険適用の治療まで全額自己負担をしているわけではない。前述したように、多焦点レンズを用いた白内障の手術は、すでに多くの医療機関で先進医療として扱われている。
多焦点レンズを使った白内障手術は
実質的な混合診療が認められている
医療技術は日進月歩で、次々と新しい治療法や薬が開発されている。他に治療法のないガンなどの患者の中には、健康保険が適用されていなくても新しい治療法や薬を試したいという人もいる。そこで、こうした患者の利便性を高めて、選択肢を増やすという目的で作られたのが先進医療だ。
先進医療は、健康保険が適用されていない治療でも、厚生労働大臣が特別に認めたものに関しては、一定条件のもとに利用を許可した制度だ。先進医療の技術料は全額自己負担になるが、その他に健康保険が適用された検査や入院費については3割(70歳未満の場合)の自己負担で利用できる。つまり、法律では禁止されている混合診療を部分的に認めているのだ。
とはいえ、先進医療は、将来的に健康保険を適用するかどうかを評価している段階のもので、いうなれば実験途中の治療だ。
評価が定まっていない治療をどこでも使えるようにしてしまうと、健康被害が出たときに歯止めがかからなくなる可能性がある。そのため、先進医療を行う医療機関には「専門医がいるか」「治療にあたる医師の経験が豊富か」「医療安全委員会があるか」など一定の基準が設けられており、厚生労働大臣の許可を得ることになっている。
3月1日現在、こうした基準をクリアした医療機関は全国にのべ1155施設あり、106種類の先進医療が行われている(厚生労働省HP「先進医療を実施している医療機関の一覧」〈平成25年3月1日現在 第2項先進医療技術 【先進医療A】 65種類、713件〉より)。
多焦点レンズを利用した白内障の手術(多焦点眼内レンズを用いた水晶体再建術)は、全国で263ヵ所の医療機関で行われており、日経新聞に登場する女性が暮らす愛知県でも15の病院や診療所が届け出をしている。これらの施設で治療を受ければ、お望みの「混合診療」は受けられたはずなのだ。
施設基準を整えれば先進医療は行えるのに、女性が手術を受けた医療機関はなぜ届け出をしていなかったのか。他の医療機関に行けば、先進医療が利用できて費用が安くなることを医師から知らされなかったのか。
単に、医師による正しいインフォームドコンセント(事前説明)が行われなかったために起こったトラブルを、混合診療の問題にすり替えているだけではないのかという疑問が湧く。だが、日経新聞の記事では、こうした検証は一切行われていない。
この記事を書いた記者は、多焦点レンズが先進医療の対象になっていることを知らなかったのだろうか。たとえ知らなくても調べればすぐにわかることだ。それなのに、事実を読者に知らせず、混合診療を解禁しなければ問題が解決できないかのような書きぶりは不誠実といえるだろう。
混合診療の全面解禁と
先進医療はまったく異質
多焦点レンズを利用した白内障の手術は、すべての眼科で行えるわけではないので、たしかに規制はされている。この点を捕らえて、混合診療全面解禁派の人々は「すべての規制を撤廃しないから、こうした“不都合”が起こる」と言いたいのかもしれない。
だが、医療は命に直結するものだ。手術や投薬は病気やケガを治すために行われるものだが、メスで切ったり、化学化合物を投与したり、少なからず体に侵襲を与える。何かあってからの事後チェックでは取り返しのつかないことになるので、事前規制は国民の健康を守るための当然の措置だ。それをすべて取り払って、なんでも自由にできるようにしろというのは暴論だ。
それに、「先進医療」と「混合診療の全面解禁」は似ているが異質のものだ。
すでに述べたとおり、先進医療は将来的に健康保険を適用するかどうか評価している段階の治療だ。有効性と安全性が確認されて広く一般に普及できると認められれば健康保険が適用され、患者はかかった医療費の3割(70歳未満の場合)を負担するだけで治療を受けられるようになる。
ところが、混合診療が全面解禁されると、健康保険がきく治療はここまでと線引きされ、それ以外の治療は健康保険を適用されなくなる可能性が高い。そうすると新しく効果的な治療法が生まれても健康保険は適用されないので、お金のある人しかその治療は受けられなくなってしまうのだ。
先進医療ならば保険外の費用を全額自己負担するのは健康保険が適用されるまでの期間限定でよいが、混合診療の全面解禁では永久に保険外の費用を払い続けることになりそうだ。新しい治療ができたとしても健康保険に適用されることはなく、それどころか、健康保険で受けられる治療の範囲は狭められる可能性すらある。
この2つを比べると、どう考えても混合診療の全面解禁より先進医療のほうが国民にとってはメリットが大きい。
筆者は、自民党がマニフェストで言うような先進医療の拡大は望ましいことではなく、安全性と有効性の確認された薬や治療は速やかに健康保険を適用してほしいと思っている。だが、医療の安全性を担保しながら、新しい薬や治療法を健康保険に適用していくには、先進医療を適正に運用していくのが現実的な落としどころだとも考えている。
混合診療の全面解禁を
患者団体は求めていない
混合診療解禁派の中には、患者が混合診療の解禁を望んでいるかのようなことを言う人もいる。しかし、難病患者で作られた「一般社団法人日本難病・疾病団体協議会(JPA)」は、混合診療訴訟の最高裁判決が出た2011年に次のような声明文を出している。
「混合診療については、今回の判決にかかわらず、患者団体が『解禁』に賛成しているかのように誤解されている向きも見られるので、最高裁判決が出された機会に、改めて意見を発表する」と前置きした上で、「私たちは基本的に、必要な医療は保険診療で行う現在の国民皆保険制度を守ることが大切と考えており、公的保険制度の縮小と自由診療に大きく道を開く『混合診療の解禁』には賛成できない」と明確な意思表明をしている(JPA「混合診療の最高裁判決について」(PDF)より)。
難病は、原因不明で治療法が確立していない病気だ。療養期間も長期間に渡り、その間の医療費の負担に多くの患者が怯えている。こうした切実な患者の声には耳を傾けず、特異なケースを取り上げて(しかもそれは実質的な混合診療が認められているのにもかかわらず)、患者が混合診療を望んでいるかのような記事を書くのはいかがなものか。
何よりも怖いのは、今回取り上げたような記事に惑わされて、実情を知らないままに国民が混合診療を望むようになることだ。何が国民にとって真にメリットのあることなのか。自分の頭でよく考える必要があるだろう。
余談だが、筆者の父(78歳)は、今年3月に地域の眼科クリニックで両目の白内障手術を受けた。使用したのは健康保険が適用されている単焦点レンズだが、「これまで見るものすべてがセピア色だったのが、視野が明るくなって良く見える」と喜んでいる。
あえて高いお金を払って先進医療を受けなくても、日本では健康保険で最適水準の医療を受けられることも付け加えておく。
http://diamond.jp/articles/print/35187
【第2回】 2013年4月25日 富坂美織
体外受精にかかるお金と
病院側の意外な事情
今や新生児の約40人に1人が「体外受精」によって生まれているが、その実態は経験した人以外にはほとんど知られていない。
具体的に何をするのか?いくらかかるのか?といった基礎知識だけでなく、「受精卵のその後」「病院によって妊娠の基準が異なること」、そして「大まかな成功率」といった実態を『妊娠・出産・不妊のリアル』の著者・富坂美織氏が教えてくれた。
人工授精と体外受精の違い
人工授精と体外受精を混同している方がいるので、まずその違いを説明しておきましょう。
人工授精は先がやわらかいチューブの注射器を使い、子宮の中まで精子を入れます。しくみは自然の妊娠方法、つまり、セックスに近いでしょう。一方の体外受精のやり方は次に説明するように、採卵をしてとってきた卵子と精子を体外、つまりシャーレの中で受精させます。
ちなみに、紛らわしい「受精」と「授精」の漢字の使い分けですが、基本的に、
受精:卵子と精子が出会ってから、精子が卵子に入り融合するまでのプロセス
授精:卵子または生殖器に精子をふりかけたり、注入したりする行為
を指します。
では人工授精を行なう意味は何でしょうか。通常のセックスでは、精子は腟の中に射精され、ここから子宮を目指します。排卵期に頸管粘液の変化で精子が子宮内に入りやすくはなるものの、子宮の入り口の関門で大量の精子が死んでしまいます。
そこで、人工授精は注射器で子宮の中まで精子を入れてしまうのです(この際、そのまま入れると雑菌が入ってしまう可能性があるため、処理・調整した精液を注入します)。そうすると関門で死ぬ精子がなくなり、精子の数が少なかったり、運動率が比較的低くても、受精する確率が高くなります。ですから、腟内射精ができない、あるいは、軽度の男性因子、子宮頸管粘液の分泌不足といった場合には効果があります。
不妊治療に通うカップルですと、人工授精の場合の妊娠の成功率は5%〜8%あります。精子が少ない、あるいは運動率が低い人には有効な方法です。
一般に精子濃度×運動率で表す運動精子濃度が、人工授精には1000万/㎖以上あることが望ましく、500万/㎖以下だと体外受精になります。
体外受精の具体的な方法
次に、体外受精のやり方を順番に説明しましょう。
1. ホルモン剤を投与
月経2〜3日目診察や採血結果によって、排卵誘発剤の種類を決定します。
その後、注射もしくは内服(クロミフェンなど)によって卵胞を大きくします。
2. 卵子を取り出す
卵胞が16mm〜20mmまで成長したところで、卵子の成熟を促す薬を使用します。
約1日半後に、排卵直前の卵胞を、超音波ガイド下で腟を通じて穿刺吸引(せんしきゅういん)します。細くて長い針で卵巣を刺して、卵胞内容を吸い取るのです。成長した卵胞数によって鎮痛剤のみの使用か、静脈麻酔下で排卵を行ないます。
ホルモン剤を使わないと発育卵胞はだいたい1個ですが、ホルモン剤で刺激すると、多数の卵胞ができることが多く、多い人だと20個くらいできることもあります。
3. 精子と卵子を合わせて受精卵をつくる
同じ日に男性から精子をとり、卵子と精子を合わせて受精させます。
受精のさせ方は2つあります。
1つは、シャーレの中に卵子と精子を入れ、自然に受精させる方法です。もう1つは、顕微授精という方法です。精子の状態が悪い、あるいは受精障害の場合は、人工的に精子を卵子の中に注入します。
次の日までに受精したかどうかわかります。受精すると受精卵ができます。
4. 受精卵を子宮に戻す
受精卵を子宮に戻すプロセスは2つあります。採卵した後、2日〜5日程度培養した受精卵を戻す方法と、凍結させて時間をおいて戻す方法です。
日本は凍結技術が特にすぐれており、受精卵をいったん液体窒素で凍結することが多いです。そして次の生理の周期からホルモン剤を使わずに自然の排卵を起こした後、あるいはホルモン剤を使用して、受精卵の着床しやすいホルモン状態と子宮内環境となった時期に受精卵を融解して戻します。
他の国ではかつて、凍結や保存に設備とコストがかかることから、採卵の数日後に受精卵を子宮に戻すことも多かったのですが、現在では凍結保存が一般的です。ただし、宗教的な理由で凍結しない人もいます。たとえばイタリアの厳格なカトリック教徒の方は、カトリックの教義に従い受精卵は「人間」と考えるので、凍らせることを拒否する人もいます。
液体窒素で凍結する方法のほうが、成功率が最大10%上がります。その理由は、女性のホルモンバランスの状況に関係します。採卵直後は、卵巣が腫れて大きくなっていることもありますし、採卵としては適したホルモン状態ではあっても、受精卵を戻すのには適していないこともあります。そのため凍結して、ホルモンバランスの回復を待ってから受精卵を戻すことで成功率を上げるのです。
いま、クラスに1人は体外受精で生まれる
世の中には体外受精に対し抵抗のある人もいます。
なかには「異常な子が生まれてくるんじゃないですか」「学習能力の低い子にはなりませんか」「運動能力が劣ってしまうのではありませんか」と心配する人がいます。
ですが現在、約40人に1人が体外受精で生まれてきます。日本で生まれる子どもの数は年間約107万人ですが、そのうち体外受精で生まれてくる子は年間約2万5000人もいます。すでに世の中に定着し、体外受精で生まれても問題が起きることはまずないとわかっています。世界的に見ると、これまでに約400万人〜500万人が体外受精で生まれているのです。
ちなみに、かつては体外受精で双子やそれ以上の三つ子がしばしば生まれていました。妊娠の確率が上がるよう、子宮に複数の受精卵を戻していたからです。
しかし双子の場合、妊婦さんに妊娠高血圧症候群のリスクや流早産のリスクが高まり、帝王切開のリスクも高くなります。同時に、胎児にとっても胎盤位置の異常や臍帯付着部の異常、子宮内での発育の遅れが出やすくなります。また、分娩時には胎児同士がひっかかったり、ぶつかったりして出てこれないリスクがあります。
ですから日本では、子宮に戻す受精卵は原則1個だけというガイドラインになっています。
体外受精にかかるお金と、意外な受精卵の「その後」
体外受精の費用は、採卵から凍結させるまでに30万円〜60万円程度、子宮に戻すときに10万円〜20万円程度かかります。健康保険は適用されませんが、自治体によっては補助の出るところがあります。
さらに受精卵の管理費が年間1万円〜5万円ほどかかります。それは、受精卵が、一般的にかなりの長期間、病院で保存されることになるからです。
多くの患者さんの受精卵を液体窒素で凍結していくと、次第に数が増えていき、保管場所が不足していきます。受精卵は複数できるので、妊娠成功後にも残ることがあります。
現在、日本産婦人科学会では受精卵の凍結保存期間について、「被実施者夫婦の婚姻の継続期間であって、かつ卵子を採取した女性の生殖年齢を超えないこと」としています。しかし、出産後、どこかに引っ越してしまって連絡がつかなくなっている人もおり、実際にはこの条件を満たさなくなっても、受精卵は廃棄せず、液体窒素に入れてそのまま保管することが多いです。
日本は凍結の技術が進んでいるうえ、これからさらに体外受精が普及していくと、ますます保管場所の問題が出てくるでしょう。
保管方法の問題もあります。東日本大震災の際、東北地方の不妊クリニックで受精卵を保管していたタンクが破損してしまい、訴訟になりそうだったケースがありました。そうしたことも含めて、受精卵をどう管理していくのかが、不妊治療の業界では話題になっています。
体外受精の成功率は胚培養士のスキル次第?
不妊治療の現場で、医師と同等に重要な役割を担うのが胚培養士(はいばいようし)です。臨床検査技師を経て、もしくは大学等で生物学に関する勉強をしたあと、特別なトレーニングを受けて胚培養士になります。
あまり知られていない存在ですが、医師の立場からみても、不妊治療の成功率は胚培養士にかかっていると言っても過言ではありません。不妊治療を行なうクリニックを開業する際、医師がいちばん気にするのは、よい胚培養士と組めるかどうかなのです。
何しろ卵子や精子を直接扱うのは胚培養士です。
女性から取り出した卵子に精子を注入する、受精卵を培養、凍結する、こうした1つ1つのプロセスで高い技術が必要です。まず、精子を遠心分離器にかけ、よい精子だけを抽出します。医師が採卵した卵子を回収して短時間のうちに培養庫にしまい、さらに顕微鏡で見て一番良質の精子を選び、卵子に入れます。
このときの針の差し方が受精率に影響します。受精卵を凍結する際の温度の下げ方にも微妙なさじ加減が必要です。医師が受精卵を子宮に戻すときも、胚培養士がチューブの一番いい位置に受精卵を入れておくことが重要です。正しい位置に入れておかないと子宮の最適な場所に入らないのです。
胚培養士の仕事はまさに職人の領域であるといえます。
ちなみに最近では、体外受精の成功率をホームページなどで公表する病院が増えてきました。
しかし、病院によって妊娠の判定基準が違うので注意が必要です。たとえば超音波で胎のうが見えたのを妊娠とカウントする病院もあれば、血液検査で妊娠反応がちょっとでも上がれば妊娠と判断する病院もあります。
当然後者のほうが数字がよくなるので、一般の方が見ると、「成功確率の高い病院」に思えます。
体外受精での妊娠の成功率は20%〜30%くらい
厳しい言い方かもしれませんが、不妊治療はそもそも確率が高いものではなく、お金と時間がかかるわりには割に合わないものだということも、現実です。
初めて体外受精をする人で、「体外受精したら100%妊娠する」と思っていた方がいました。妊娠が成立しなかったことをお伝えすると、「どうしてなんですか!」と驚いていました。さらにその原因もわからないことに、どうしても納得できないようでした。
たしかに大金を払って、痛い思いもし、夫婦で仕事を休んで頑張っている状況で、原因が不明というのでは腑に落ちないのも当然です。知りたい気持ちもよくわかります。医師としてもはっきりと原因をお伝えできないことを心苦しく思っているのです。
実際のデータは次回あらためてお見せしたいと思いますが、臨床現場の感覚として、体外受精での妊娠の成功率は大体20%〜30%くらいです。
「命を授かる」という、ある意味で神の領域に手を入れているわけですから、まだわからないこと、うまくいかないことが多いのも仕方ないかもしれません。
次回は5月9日更新予定です。
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http://diamond.jp/articles/print/35018
生活習慣病対策は食事から
2013年4月25日(木) 江田 証=江田クリニック院長
今日の診察:食事による生活習慣病対策
生活習慣病対策には、食生活の改善が重要だ。米国では「5 A DAY(ファイブ・ア・デイ)運動(1日5皿以上の野菜と果物を取ろう)」や「デザイナーフーズ・ピラミッド」などが提唱されている。それらも参考に、ガンや生活習慣病予防に効果的な食事を紹介する。
Aさん(34歳)がひどい全身のだるさを訴えて来院した。Aさんは、地域社会へ貢献したいというビジョンを掲げる社会起業家だ。休みも取らず、朝から夜遅くまで働きづめ。暴飲暴食や運動不足から、若くして糖尿病、高血圧、高脂血症を併せ持つうえ、慢性疲労症候群と診断された。
米国には「聖なる炎(sacred fire)」という言葉がある。社会貢献のための無私な戦いを例えた言葉である。「世の中のためになりたい」という若き彼の純粋な夢を尊いと思う。しかし、聖なる炎に自らが焼かれてしまってはいけないのだ。Aさんには「聖なる炎に焼かれるからこそ自分は正しい」と感じるような、若さゆえの自己破滅的傾向もあった。
そこで私は、Aさんにカウンセリングを行い、最も重要な食事について指導した。
「デザイナーフーズ」を多く取る
米国ではガン患者数と死亡者数が減少してきている。これには「5 A DAY(ファイブ・ア・デイ)運動(1日5皿以上の野菜と果物を取ろう)」という、官民共同による全国的運動の成果が大きい。これにより米国民の野菜と果物の摂取量が大きく増加したのだ。
また、NCI(米国立がん研究所)は1990年に「デザイナーフーズ・ピラミッド」という概念を発表した。ガンを予防し、健康に良い成分を含んだ機能性食品(ファンクショナルフーズ)を3ランクに分け、ピラミッドの上に行くほどガンや生活習慣病予防に効果的とするものである。
詳しくは図と、以下のポイントを参考にしてほしい。
(1)キャベツは、ニンニクに次いで、高機能成分を特に多く含んだ野菜である。ガンを抑えるほか、キャベツに含まれるビタミンUは、胃酸を抑えて胃炎を軽減してくれる。
(2)茶に含まれるカテキンなどのポリフェノール群はガン抑制効果が高い。カテキンにはピロリ菌を抑える働きもあり、胃炎の改善にも効果を示す。
(3)オレンジ、レモン、グレープフルーツなどの柑橘類やトマト、ナス、ピーマンなどのナス科の野菜も毎日取りたい。トマトは特に、男性の前立腺肥大に効果がある。
(4)デザイナーフーズ・ピラミッドに記載はないが、ヨーグルトを毎日3週間以上食べ、腸内細菌を整えることで、インフルエンザウイルスに対する抵抗力や免疫力が高まる(プロバイオティクス)ことが証明されている。
Aさんは、それまでの栄養バランスの偏った食事を野菜・果物中心の食事に改め、高機能食品を積極的に摂取したところ、血液データはみるみるうちに改善し、体調も回復していった。
真摯な志を意気に感じて集い、支持してくれる人が必ずいる。Aさんには未来を信頼して、体をいたわりながら励むように話した。
心と体(日経ビジネス2009年10月12日号より)
日めくり診察室
日々ストレスがかかるビジネスパーソンに向けて、心と体の健康を維持するために役立つポイントをお届けします。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130415/246696/?ST=print
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