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債務は成長の敵ではない 外債投資 不動産株高騰 仏低迷 TPP食 中国泡 
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投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 25 日 03:44:48: .WIEmPirTezGQ
 

(回答先: 「就活」に規制はない方がいい アベノミクス試す円安 米国債買う債券王 実質所得が伸びない 緑虫燃料 年金改革  投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 24 日 04:31:08)

債務は成長の敵ではない
緊縮財政論者の論理的根拠に打撃
2013年04月25日(Thu) Financial Times
(2013年4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 英国の純公的債務残高は1816年に国内総生産(GDP)の240%に相当する規模に達した。125年間にわたるフランスとの戦いの産物だった。この莫大な債務負担を抱えた後、英国はどんな経済的惨事に見舞われたのか? やって来たのは産業革命だった。

 だが、ハーバード大学のカーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏は有名な論文で、公的債務のGDP比が90%を超えると経済成長が急激に鈍化すると主張した。

英国の産業革命が覆す「ラインハート=ロゴフ論文」の命題

 19世紀の英国の事例は、この主張に対する非常に強力な反論になる。なぜなら、我々が暮らす世界の特徴である生活水準の絶え間ない上昇は、ほかならぬこの時代に始まったからだ。当時の英国の経済成長は、その後に世界各地で見られた持続的な経済成長の生みの親になったのだ。

 米ブラウン大学のマーク・ブライス氏が素晴らしい新著で指摘しているように、デイビッド・ヒュームやアダム・スミスといった18世紀の偉大な経済学者たちは過大な公的債務に警鐘を鳴らしていた。戦争にたびたび巻き込まれていた英国政府はこれを無視した。

 しかし、彼らの警告は非常にもっともな話だと思われたに違いない。例えば1815年から1855年にかけては、英国の歳出のほぼ半分が債務の利払いで占められていた。

 それにもかかわらず、英国は成長によって債務の山から抜け出した。債務残高のGDP比は1860年代の前半には90%を下回った。経済史家の故アンガス・マディソンによれば、1820年から1860年代初めにかけての英国経済の年平均成長率(CAGR)は2%で、人口1人当たりでは1.2%だった。

 その後の基準に照らせば、大した値には見えないかもしれない。だが、この経済成長は途方もない額の債務を抱えた、しかも増税の余地が非常に乏しい国で実現された。しかも、その債務は生産的な目的のために積み上がったわけではなかった。人間の数ある活動の中で最も破壊的な戦争のせいで積み上がったのだ。

 要するに、公的債務残高のGDP比が90%を超えたら経済成長は必ず大幅に下がるなどという鉄則は存在しないのである。

 マサチューセッツ大学アマースト校のトーマス・ハーンドン、マイケル・アッシュ、ロバート・ポリンの3氏は先日公表した論文で、ラインハート教授とロゴフ教授の結論に具体的な異論を3つ唱えている。両教授は表計算ソフトのコーディングで単純なミスを犯しており、データも抜け落ちている、集計の手順も不自然であるというのがその骨子だ。

 これらを修正すると、債務のGDP比が90%を超える先進国の1945年以降の年平均成長率は2.2%になるという。GDP比が30%未満の国では成長率が4.2%、30〜60%の国では3.1%、60〜90%の国では3.2%になるそうだ。

 ラインハート教授とロゴフ教授はこれを受け、コーディングに誤りがあったことは認めているが、集計手順についての批判ははねつけている。筆者は、上記の3氏と同意見である。理由は、ギャビン・デービス氏が本紙(フィナンシャル・タイムズ)のブログで挙げているものと同じだ。

 多額の債務を抱えた時期を短期間カバーしているデータよりも、同様な時期を長期間カバーしているデータの方を重視すべきだという議論には説得力がある。

債務と成長の「関係」と「因果関係」は全く別物

 それでも、ラインハート教授とロゴフ教授、およびその他の人々による研究は、経済成長率の低下は債務の増加と関係があるという説を裏付けている。だが、関係があることと「因果関係」があることとは明らかに別物だ。

 低成長は高債務の原因になり得る。これは同じマサチューセッツ大学アマースト校のアランドラジット・デューブ氏が支持している仮説だ。例えば、日本の高債務は低成長の原因なのだろうか、それとも結果なのだろうか? 筆者がそう尋ねられたら、やはり「結果」だと答えるだろう。

 では、今日の英国の低成長は高債務が引き起こしたものなのだろうか? 答えはノーだ。金融危機が起きる前、英国の純公的債務残高のGDP比は過去300年間の最低値に近いレベルにあった。英国の債務の増加は低成長の結果だ。もっと正確に言うなら、低成長の原因となった巨大な金融危機の結果である。

 ラインハート教授とロゴフ教授は名著『This Time Is Different(邦題:国家は破綻する)』にて、民間債務の増大が深刻な景気後退と弱々しい景気回復、さらには公的債務の増大をも招く金融危機にどのようにつながり得るのかを説明した。これは非常に重要な研究だ。
http://www.amazon.co.jp/dp/0691152640?ie=UTF8&tag=jbpress.ismedia-22

 そしてその結論は明らかに、公的債務の増加は低成長の結果であるというもので、それ自体、この金融危機によって明らかになっている。

 この結論は、双方向の因果関係を排除するものではない。しかし、衝撃波は民間部門における行き過ぎた金融活動から危機、低成長、巨額の公的債務という順番で伝わっている。逆の伝わり方をしたわけではない。アイルランドやスペインの人に聞けばすぐに分かる。

 ということは、債務が経済成長にもたらす結果を評価する際には、そもそも債務が増えたのはなぜなのかを検討しなければならないことになる。

 戦争にお金を使ったのか? 好況期に放漫財政が行われたのか(だとしたら、成長率の低下はほぼ確実だ)? 経済成長につながる質の高い公有資産の取得に使われたのか? それとも、民間部門の金融活動が破綻した後に公的債務が増加したのか?

 債務が増えた原因が異なれば、その結果も異なってくる。そして、財政赤字が拡大して債務が増えている理由は、緊縮財政のコストにも影響を及ぼす。

債務増大の理由によって変わってくる緊縮財政のコスト

 通常であれば、緊縮財政のマクロ経済的な結果は無視できる。民間の支出が増えるか、金融政策が効果を発揮するからだ。しかし金融危機が起こった後には、金利がほとんどゼロ%に近いレベルに落ち込んでいても、待ち望まれていた民間の貯蓄がむしろ過剰になってしまう可能性が高い。

 そのような状況で緊縮財政をいきなり始めれば、逆効果になるだろう。深刻な景気後退が引き起こされ、肝心の財政赤字削減や債務圧縮は限定的なものにとどまることになる。また、国際通貨基金(IMF)の「国際金融安定性報告書(GFSR)」も指摘しているように、このような状況下で極端な金融緩和を行うと、それ自体が大きな危険性を生み出してしまう。

 ただ、ピーターソン国際経済研究所のアンダース・アスランド氏は本紙のコラムで、このような特定の(そして稀な)状況では経済を財政出動で支え続けるべきだと考える人々に言及し、彼らは「財政支出による景気刺激策は常に正しい」と思っていると示唆しているが、そんなことは全くない。

 「緊縮財政論者」たちの認識には反するようだが、景気刺激策は常に間違っているわけではないのだ。

 そのため筆者は以前から、大いに尊敬するラインハート教授とロゴフ教授による緊縮財政寄りの知的影響に懸念を覚えていた(今も覚えている)。問題は因果関係の方向性などではなく、金融危機後の高水準な公的債務を回避しようとすることのコストなのだ。

 IMFは最新の「世界経済見通し(WEO)」で、景気回復に対する財政の直接支援が例外的なほど弱いと指摘している。当然ながら、景気の回復それ自体も弱々しいものになっている。

 危機の打撃を被った国でこうした支援が弱い理由の1つは、高水準な公的債務に対する懸念にある。ラインハート教授とロゴフ教授の論文は、この懸念を正当化するものだった。

緊縮政策を見直すのはまだ遅くない

 確かに、もうお金を借りられないユーロ圏の国々は財政を引き締めなければならない。だが、同じユーロ圏のほかの国々は、困っている仲間の国々が支出を継続できるよう支援するか、自分たちの政策を調整して仲間の国々の財政引き締めの影響を打ち消すことができるだろう。

 対策を講じる余力のある国々――米国や、さらには英国も含まれよう――も違う道を選択することができただろうし、そうすべきだった。実際にはそうした国々が違う道を選択しなかったために、景気の回復はさらに弱々しいものとなり、景気後退の長期的なコストは必要以上に大きくなってしまっている。

 これは大変な間違いだった。まだ手遅れではない。各国には再考を促したい。

By Martin Wolf


http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37667

国債の低金利長期化なら外債へ投資を検討=住友生命運用計画
2013年 04月 24日 21:23 JST

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[東京 24日 ロイター] 住友生命保険は24日、2013年度の一般勘定資産の運用計画で、国内債券は引き続き純増とする方針を示した。外債については、相場動向をにらみ機動的に運用するという。為替レートは通年で、ドル88円─115円、ユーロ108─145円と見込んでいる。

運用企画部長の松本巌氏によると、前年度に比べて国債への資金投入額は限られる一方、国債金利の低位での推移が長期化するなら、外債への資金投入を検討するという。外債については、円高リスクは後退しており、オープン外債で為替リスクを一部とるとしている。運用方針勉強会で述べた。

<国債、金利上昇を待つスタンス>

2012年度、国債の残高は純増となったが、2013年度も引き続き純増させる方針。ただ、黒田東彦日銀総裁のもとでの緩和策を見越して前年度中に前倒しで資金を投入したこともあり、今年度の国内債券の純増額は昨年度に比べ半分以下になる見込み。「金利がそれなりの水準まで上昇するまでじっくり待ってゆくというスタンス」(松本氏)で臨む。

今年度の10年債の予想レンジは0.20%―1.00%、20年債の予想レンジは0.80%―2.00%。

<日銀緩和や貿易赤字で「円高リスクは後退」>

外債は、昨年度下期の海外金利が上昇した局面で積み増しを行った。今年度は相場動向をにらみながら機動的に運用する方針。昨年度中に積み増している影響で、今年度の残高は基本的には横ばいを想定している。ただし、松本氏は、国内金利の低位での推移が長期化した場合には外国債券への資金シフトを検討していかなければならないとした。その場合には、米国やオーストラリアのほか、ドイツ、フランス、オランダなどの欧州の国債、準ソブリンが投資の中心になると述べた。

松本氏は、日銀が打ち出した異次元緩和と貿易収支の赤字化で円高リスクは後退したとの認識のもと、「当社の外国債券に関しては大半がヘッジ付き外債で、オープン外債が占める割合はほんの一部だが、オープン外債の中でも一部について為替リスクをとる方向で検討している」と述べた。そのうえで、「金利リスクと為替リスクをコントロールする中で行うため、為替リスクをとる運用で想定する金額は限定的」との見方を示した。

外債の今年度の予想レンジでは、米10年債が1.50―2.75%、独10年債が1.00%―2.00%。

なお、今回の説明会では、各資産クラスとも実績や計画について具体的な数値は示されなかった。

(ロイターニュース 和田崇彦;編集 田中志保、内田慎一)

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一般勘定資産は1兆円強増やす、うち半分弱は外債へ=明治安田生命 2013年4月24日
インタビュー:国債1500億円の純増目指す=朝日生命運用計画 2013年4月24日
低金利なら超長期債抑制、ヘッジ外債で代替も=日本生命 2013年4月23日
今週のドル/円は100円回復も、生保運用計画を注視 2013年4月22日
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE93N04R20130424?sp=true


日本の不動産株高騰に火をつけたアベノミクス
2013年04月25日(Thu) Financial Times
(2013年4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)


東京都心部のオフィス空室率はまだ高いが、株式市場では不動産株が急騰している〔AFPBB News〕

 東京のビジネス街を歩き回ってみても、急騰する不動産市場の雰囲気は感じられない。東京駅の向かいに立つ、光り輝く38階建ての高層ビル「JPタワー」は、竣工から1年近く経った今も、ほぼ3割が空いたままだ。

 不動産仲介会社の三鬼商事によると、東京都心部では、3月末時点のオフィス空室率が8.6%だった。これは昨年6月に記録した9.4%という30年ぶりの高水準と大して変わらず、6年前につけた2.5%の大底とは遠くかけ離れている。

 それでも、株式市場は日本の不動産が大復活を遂げようとしていることを示唆している。

 安倍晋三氏が首相に返り咲くことがはっきりしてから、幅広い銘柄で構成される東証株価指数(TOPIX)は40%近く上昇しており、少なくとも現地通貨建てでは優に世界一パフォーマンスが高い市場となっている。

不動産株の上昇相場はまだ始まったばかり?

 この上げ潮はすべての船を押し上げたが、一部の銘柄は他の銘柄より急速かつ大幅に上昇した。株価上昇率が大きい上位10銘柄のうち、5銘柄は不動産関連だ。例えば、東京建物と東京ドームはともに200%を超す急騰を演じており、TOPIX不動産業指数は98%高騰した。

 上昇相場の中心にあるのは「アベノミクス」だ。インフレと成長を生み出そうとする安倍首相の計画の一環として、日銀はマネタリーベースを2倍に増やすことを誓った。この対策は実物資産の価格を支えると見られている。加えて日銀は、日本の不動産投資信託(J-REIT)を含めた様々な金融資産の買い入れも約束した。

 「現在実施されている政策は一般的に、不動産にとってプラスだと見られている」。CBREで東京の投資コンサルティング部門を率いるアンディ・ハーファート氏はこう話す。「ある意味では、日銀はJ-REIT市場を保証すると言っているようなものだ」

 株式市場での急騰にもかかわらず、不動産の強気筋は、この上昇相場はまだ始まったばかりだと考えている。

 ドイツ銀行のアナリストらは、市場は既に景気回復の第1段階を織り込んだが、第2段階、第3段階で株価は一段と上昇すると話している。

 不動産投資ファンド、MGPAの最高経営責任者(CEO)、ジョン・ソーンダース氏は言う。「当局が今やっていることをやり続ける限り、我々は今、何か重大な動きの起点に立っていることになる。この回復が続く余地はかなり大きい。このまま真っ当な政治を行っていけば、我々が過去20年間経験してきた流れと反対の好循環が生じるだろう」

 日本の不動産投資に対する需要の変化は、J-REITの上場を目指す企業にとって恩恵となっている。ソーンダース氏によると、MGPAは最近、当初3〜4年を見込んでいた投資の一部を1年で回収したという。

 低利の銀行融資との厳しい競争にもかかわらず、信用市場にも影響が出ている。バークレイズ証券のデット・シンジケーション部長、瀬戸川賢二氏は、不動産関連の発行体はほんの数カ月前と比べても、かなり低コストかつ長期で借り換えができていると指摘する。

不動産バブルを懸念する声

 だが、一部の投資家は過熱に対する懸念を口にしている。

 現物の不動産市場にはまだ持続的な回復を示す明確な兆候が見えず、東京の賃料提示価格の平均は依然、2008年のピークを28%下回っている。

 それにもかかわらず、株価純資産倍率(PBR)で見ると、不動産セクターのバリュエーションは2007年のピーク水準に戻っている。また、東京市場全体のPER(株価収益率)が24倍なのに対し、TOPIX不動産業指数は現在、42倍で取引されている。

 フィデリティ投信のJ-REITアナリスト、村井晶彦氏は「日銀の新しい政策は不動産バブルの条件を整えている。バブルは起きないかもしれないが、起きる確率は間違いなく高くなった」と言う。「波に乗ることはできるが、市場のタイミングを見極めるのは非常に難しい。長期的な観点からすると、多少不安を感じる」

 一方で、今回の上昇相場を、資金を他のセクターに回したり、資金を日本から完全に引き揚げたりするチャンスとして利用する投資家もいる。

出口を模索する投資家も

 「我々はこの上昇相場を出口の好機と見なしており、難しい買収に挑む機会でもあると考えている」と話すのは、ラサール・インベストメント・マネジメントのアジア調査部門を率いるポール・ゲスト氏。「上場市場は既に景気回復のかなりの段階を織り込んでいる。ある程度の持続可能な経済成長が実現したとしても、上場市場は既にそれを当然視している」

 また、日本の資産で最近見られるすべての動きと同様、根本的な疑問が残る。アベノミクスは実際にうまくいくのか、という疑問だ。

 「日本は必要な構造改革を行わずに資産価格の上昇を招く大きな大砲を撃った」とゲスト氏。「唯一最大の懸念は、これが一時的な火花で終わることだ」

By Josh Noble and Ben McLannahan

http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37664

フランス経済:オランド大統領の悩み
2013年04月25日(Thu) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年4月20日号)

フランス大統領を最も脅かしているのは、政治スキャンダルではなく経済の弱さだ。


フランソワ・オランド大統領は支持率が急落し、窮地に立たされている〔AFPBB News〕

 今年3月、フランソワ・オランド大統領に予算担当相の辞任という犠牲を払わせた脱税事件で、大統領にとってプラスになるものを見つけるのは難しい。

 脱税防止の仕事を担っていたジェローム・カユザック氏は、スイスの隠し銀行口座について議会に嘘をついた後で予算担当相を辞任。厳格な透明性に向けた新たな機運をもたらした。

 だが、少なくとも今回の出来事の1つの副作用は、厄介な経済状態から注意をそらすことだった。

 国際通貨基金(IMF)は4月16日、フランスが2013年に景気後退に陥り、スペイン、イタリア、ギリシャ、ポルトガルの仲間入りをするとの見通しを示し、厳しい現状を思い出させた。

打ちのめされるフランス経済

 IMFは今、フランスの国内総生産(GDP)が0.1%減少すると予想している。見通しの悪化を受け、オランド政権は赤字削減の約束を守れなくなるだけでなく、財政の管理方法について政権内の反乱にも直面することになる。

 IMFの見通しにもかかわらず、ピエール・モスコビシ経済財政相は、2013年に0.1%、2014年に1.2%の成長を見込む自身の予想を堅持している。同氏は4月17日、フランスが月内に欧州委員会に提出する安定化プログラムの中で、この見通しを確認した。

 だが、悲観的な機関はIMFだけではない。予想と予算を監視するためにオランド氏が新設したフランスの財政高等機関は最初の裁定で、フランスの公式予想が「楽観的なバイアスによって系統的に影響されている」と強調し、2013年と2014年の成長見通しが再び下方修正を迫られる「リスク」に警鐘を鳴らした。

 フランス経済は、同国の伝統的な成長エンジンである内需を圧迫してきた国内の財政再建、さらには信頼感や輸出の低迷によって押し下げられている。家計消費は、1月と2月に減少した。3月には国立統計経済研究所(INSEE)の景況感指数が1年前の水準を10ポイント近く下回った。

 多くのフランス企業はユーロ圏で最低の利益率に苦しんでおり、投資を保留している。欧州委員会はマクロ経済の不均衡に関する最近の報告書の中で、フランスの「持続的な競争力低下」が過去10年間、特に製造業でドイツ、イタリア、スペインよりも大きな世界輸出シェアの喪失につながったと指摘した。

 新たな工場閉鎖や余剰人員削減計画がないまま1週間が過ぎることはほとんどない。フランスの裁判所は4月半ば、ノルマンディーにあるペトロプラスの製油所の買収を提案した買い手2社をどちらも承認せず、470人の仕事を奪う製油所閉鎖を促した。

 政府が正反対のことを約束したにもかかわらず、同じ運命は自動車工場(オルネー・スー・ボワ)とタイヤ工場(アミアン)の上にも降りかかっており、それぞれ大きなニュースになっている。

 4月半ばには公共テレビのゴールデンタイムのドキュメンタリー番組が、フロランジュにあるアルセロール・ミタルの2つの高炉を何とか守ろうとする労働者たちの虚しい奮闘を追跡していた。これらの高炉は、オランド氏が選挙遊説中に救済を約束していたものだ。失業率は14年ぶりの高さに達している。

赤字削減計画で猶予を得られるか?

 こうした事情は、2013年末に財政赤字をGDP比3%まで削減するという約束について、フランス政府が欧州委員会に放免を懇願している理由を説明する。オランド氏は先日、「危機に対する解決策は緊縮ではない」と述べた。

 この点に関して欧州委員会の経済・通貨問題担当委員のオリ・レーン氏(フィンランド人)に密かに働きかけ、説得に成功したモスコビシ氏は、今年構造赤字を減らす真剣な取り組みを行った後であれば、来年は赤字の総額が目標を上回るのを許されるべきだと欧州委員会(とドイツ)を説得したいと思っている。

 だが、レーン氏は、フランスが何らかの猶予を与えられるのであれば、2014年に3%を「大きく下回る」まで赤字を減らさなければならないと話している。モスコビシ氏は現在、赤字が今年GDP比3.7%、2014年は同2.9%になると約束している。

 問題は、それほど野心的でないこの目標でさえ達成するのが難しいことだ。INSEEによれば、フランスの財政赤字は昨年、GDP比4.8%に終わり、4.5%の目標を達成できなかった。フランスでは税収が飽和点に達しており、オランド氏は次のVAT(付加価値税)増税を別にすれば2014年に新税はないと約束している。

 国の監査機関であるフランス会計検査院は、今年赤字を削減するための構造的取り組みの4分の3が増税に依存しているという事実を非難している。政府は今、既にユーロ圏で最高水準に達している全体の税負担がさらに拡大し、来年はGDP比46.5%程度に達すると見ている。

 モスコビシ氏は来年の取り組みの大半は歳出削減によって行われると主張し、間近に迫った年金改革や、オランド氏が「簡素化の衝撃」と呼ぶものを生み出すための官僚機構の合理化などを挙げている。また、ジャン・マルク・エロー首相は、フランスの家計の中で最も豊かな上位15%については家族手当が削られると話している。

 だが、それ以外の具体的な歳出削減については、まだ詳しく説明されていない。合理化がいかに難しくなるかを暗示するかのように、アルザス地方の有権者は最近、2つの県と1つの州を単一組織に統合しようとする計画を住民投票で否決した。

 オランド氏が改革への強い信任を得た人気の高い指導者であったとしても、赤字削減という難題を解決するのは大変だ。実際には、大統領の支持率は記録的な低さで、オランド氏は選挙期間中に反資本主義の左派に迎合し、もっぱら金持ちと「金融界」に課税することによって赤字削減を達成できると有権者に信じ込ませた。

「緊縮への転向」に閣内からも批判の声

 オランド政権内の少数派は今、社会主義者のタブーである緊縮への転向と見なすものに幻滅を感じている。アルセロール・ミタルの国有化をちらつかせたことがある左派のアルノー・モントブール産業再生相は最近、「財政責任によって成長が台無しになるのであれば、それは無責任だ」と主張し、自身が参画する政府の政策を批判した。

 欧州のレベルでは、モントブール氏の言い分にも一理ある。だが、公共支出がユーロ圏で最大のGDP比57%に達し、公的債務が来年GDP比94%に達すると見られているフランスでは、歳出削減に対する真剣な取り組みが早急に必要とされている。

 オランド氏は「緊縮」のない「厳しさ」――誰にも理解できない区別――を約束し、意味論上の罠に陥っている。危険なのは、オランド氏が緊縮に反対する欧州の論調をあまりにも公然と受け入れた場合、財政再建を目指す控えめな政策に対してさえ、自党内部での抵抗を強めるだけに終わりかねないことだ。


http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37661

TPPで日本の「食」は世界に飛躍する
関税撤廃で日本は食品輸出国になれる
2013年04月25日(Thu) 池田 信夫
 自民党の石破茂幹事長は「農業所得倍増」を提唱した。4月24日に行われた自民党の農林部会では「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」を盛り込む方針を確認したという。これはTPP(環太平洋連携協定)による農産物自由化に対する農家の抵抗を抑えるための「つかみ金」だろう。

 1990年代のウルグアイ・ラウンドのときは6兆円の「国内対策費」を出したが、農業関係者によれば、今度は10兆円ぐらい用意されているという。日銀が輪転機をぐるぐる回して、農村にばらまくのだろうか。

「農業所得倍増」という名のつかみ金

 そもそも農家の所得はそんなに低いのだろうか? 農林水産省の統計によれば、勤労者世帯の平均年収が545万円なのに対して、専業農家は548万円である。兼業農家には勤労所得+農業所得があるので、農家の所得はサラリーマンより高い。これを「倍増」したら農家の年収は1000万円以上になり、所得格差はますます開くだろう。

 ただ「農業所得」は全農家を平均すると120万円で、確かにサラリーマンより低い。それは兼業農家の耕地面積が狭いからで、農地を集約・合理化しないと改善できない。農家の平均年齢は65.8歳で、あと20年もすれば消滅する。そんな状況を放置したまま、つかみ金を出しても一時しのぎにしかならない。

 農水省は、農家が加工や販売まで展開する「6次産業化」するとかいう夢を描いているが、「6次産業農家」なんてほとんどない。農協が生産・流通・補助金などを独占しているから、農家の経営合理化や大規模化ができないのだ。

 2011年の農業生産額は8兆2000億円で、GDP(国内総生産)の1.6%。全国の農家を合計しても、トヨタ自動車1社の半分にもならない。そんなちっぽけな産業のために、自民党がここまで力を入れるのは、農協が選挙で強い集票力を発揮する、と信じられているからだ

 しかし農業人口は、兼業農家を含めても613万人と全人口の5%にも満たない。彼らの所得の3分の2は給与所得など農業以外の収入なので、兼業農家は「週末に農業もやるサラリーマン」であり、農地が税制で優遇されているために手放さないだけだ。

 彼らは自分が農家だとは思っていないので、自民党が農業に金をばらまいてもありがたいとは思わないし、農協に対する忠誠心もない。これが2009年の総選挙で、農村票が多いはずの小選挙区で自民党が惨敗した原因である。

最大の問題はコメではない

 農政の専門家である石破氏が、こんな基本的なことも知らないはずはない。「所得倍増」などというつかみ金で農業が再生しないことぐらい知っているだろう。彼の狙いは、所得補償と交換条件で徹底的に農産物を自由化することではないか。

 具体的には、農産物の関税撤廃である。特に実質778%も関税がかかっているコメが最大の焦点だが、コメは産業としては「死に体」であり、関税を下げても大した輸入増は期待できない。

 安倍首相の言う「攻めの農業」に転じる上で重要なのは、コメ以外の加工品にかかわる関税だ。例えば砂糖や粉乳やバターやチーズには数百%の関税がかけられており、国内の食品業界の競争力を失わせている。

 日本のお菓子は海外でも人気があるが、その材料になる砂糖やバターの関税が高いため、輸出が難しい。日本の冷凍食品やカップラーメンも海外でも人気があるが、国内で生産するとコメや小麦の値段が高すぎるので、食品業界は海外に工場をつくっている。こうした農産物の関税を撤廃すれば、加工食品は輸出産業になる可能性がある。

日本の「食」は世界のトップレベル

 農業は衰退産業というイメージがあるが、「食」は成長産業である。新興国の旺盛な食欲で、世界の農産物市場は2013年には2兆ドルを超える見通しだ。これは家電の世界市場(6800億ドル)のほぼ3倍である。

 「日本は国土が狭いので農業に向いていない」というのも間違いだ。世界第2位の農産物輸出国はオランダである。面積は4万平方キロと日本の1割強しかないのに、農産物の輸出額は世界の1割近い。その主力はよく知られている花や観葉植物だが、トマト、ズッキーニ、パプリカなどの野菜も多い。しかもその輸出額は毎年伸びている。食品産業は成長産業なのだ。

 日本人の洗練された味覚は、最近も「クールジャパン」で話題になるように、日本の大きな優位性である。それを活用するには、日本食を世界に輸出する戦略が必要だが、その最大の障害が禁止的に高い農産物関税なのだ。

 日本の農水省は「カロリーベース」の食料自給率を高めることを政策目標にしているが、これは終戦直後の飢餓状況のときならともかく、現代では意味がない。オランダの穀物自給率は16%しかなく、日本(28%)より低い。これは農地を効率的に利用して、土地あたりの収量の少ない穀物をあまり生産していないからだ。

 「日本は土地が狭いから農業や食品産業には向いていない」というのは、「日本では石油も鉄も採れないから自動車や電機製品はつくれない」というのと同じナンセンスだ。例えば半導体のコストのうち、原材料であるシリコンのコストは1万分の1以下である。

 問題はカロリーではなく、付加価値である。日本のように土地の狭い国で付加価値の低い穀物に補助金を出しているために農業の効率が悪く、産業として自立できないのだ。輸出産業に転じるために必要なのは、穀物のような素材産業を捨て、野菜・果物や加工食品を中心とする食品産業に転じることだ。

 農林水産省も「食品産業省」と改称して、付加価値の高い食品を生産・流通させる官庁になれば存在価値はあろう。もし石破氏が関税の撤廃と交換条件で農家への所得補償を考えているとすれば、日本の農業や食品産業が成長産業になる可能性もある。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37669


中国バブルは2015年に崩壊する

熊谷亮丸・大和総研チーフエコノミストに聞く

2013年4月25日(木)  渡辺 康仁

 昨年9月の反日デモから半年が過ぎたが、日中両国には依然としてすきま風が吹いている。中国経済の減速懸念が強まる中、熊谷亮丸・大和総研チーフエコノミストは2015年にも中国のバブルが崩壊すると予想する。
(聞き手は渡辺康仁)
中国の反日デモから半年が過ぎました。著書『パッシング・チャイナ』では日本経済への影響は「蚊が刺した程度」と分析していますが、本当にそうなのでしょうか。


熊谷 亮丸(くまがい・みつまる)氏
大和総研チーフエコノミスト。1966年東京都生まれ。1989年東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。同行調査部を経て、2000年興銀証券(現みずほ証券)シニアエコノミスト。2005年メリルリンチ日本証券チーフ債券ストラテジスト。2007年大和総研に入社し、2010年より現職。主な著書に『消費税が日本を救う』(日本経済新聞出版社)、『パッシング・チャイナ』(講談社)など。(撮影:清水盟貴)
熊谷:日中関係の悪化が日本経済に及ぼす影響は3つのルートが考えられます。日本からの対中輸出の減少、中国にある現地法人の売上高の落ち込み、そして日本を訪れる中国人観光客の減少です。

 計算するといずれも大きな影響ではありません。最悪のシナリオでも日本のGDP(国内総生産)を0.2%押し下げる程度です。日本経済に止めを刺すという話ではないのです。

 中国サイドにも悪影響はあります。中国への直接投資が鈍る可能性があるほか、電子部品や自動車などの分野でサプライチェーンが寸断される事態も考えられます。

 日本には日本だけが悪い影響を受けるという考え方もあったようですが、貿易は相互にメリットがあるからやっているわけですから、中国にも同じ程度の影響が出ることは避けられません。

反日デモの当初から日本経済への影響は軽微だと考えていたのですか。

熊谷:日本経済を取り巻く海外のリスク要因を分析すると、最大のものは欧州のソブリン(政府債務)リスクです。これはいわゆるテールリスク(確率は低いが起こると甚大な損害をもたらすリスク)と呼ばれるものです。最悪のケースでは日本のGDPは4.1%、金額にすると21兆円程度、落ち込む恐れがあります。

 米国の財政問題が深刻化した場合の日本のGDPへの影響は1.5兆〜2兆円、原油価格が50ドル上がった場合は5兆円です。こうして見ると、日中関係の悪化による影響はかなり限定的だと言えます。

 日本からの輸出を金額ベースで見ると中国が一番ですが、付加価値ベースでは米国が最も大きくなっています。日本にとって一番重要なのは依然として米国なのです。

設備投資は11〜12%の成長が続く前提

中国経済の状況をどう見ていますか。

熊谷:循環的には底割れすることなく最悪期を脱したと言えるでしょう。しかし、中期的には問題が山積しています。

 ここ数年は資本や設備の過剰が積み上がり、経済の効率が非常に悪くなっています。2012年点で経済成長率が11〜12%に達するという前提で設備投資の意思決定が行われています。ところが成長率の実力は7〜8%ですから、日本のバブルのピーク時に匹敵するか凌駕するほどの設備の過剰感があります。この先、3〜5年のスパンで見ると、2015年以降に設備バブルが崩壊する可能性が高まっています。

 不動産バブルも進行しています。住宅価格は地域によっては年収の20倍程度に上昇しています。地方政府は収入の6割程度を不動産関連に依存しているため、経済が逆回転を始めると非常に危うい。早ければ2015年くらいにバブルが崩壊してもおかしくないのです。

 政治体制の動揺も考えておいたほうがいいでしょう。結局、反日デモは「反日」ではなく「デモ」のほうが中心でした。反日はきっかけであり口実です。中国では1日当たり500件弱くらいデモが起きています。格差問題や政治の腐敗、人権問題などで国民の不満がたまっていて、それが反日をきっかけにデモという形で表に出てきたに過ぎないのです。

中国政府は日本に対して強硬な姿勢を崩していません。どう対処すべきでしょうか。

熊谷:日本は中国を過度に刺激する必要はないと思いますが、特に領土に関しては毅然とした態度を示して原理原則を貫いていくことが重要になります。その一方で、水面下で情報を探りながらより実際的な対応をすることも必要になります。

 日本企業に求められるのはやはりチャイナ・プラス・ワンです。「バッシング」でなく「パッシング」で中国を通過して、東南アジアや南アジアに分散を図るべきです。こうした地域の国々は親日的だというメリットもあります。

 2015年にも中国のバブルが崩壊する可能性がありますから、それに備える意味でも中国に深入りしないことが肝要です。

この半年だけでもチャイナ・プラス・ワンの動きは進んでいるように見えます。

熊谷:各種アンケートを見てもそう言えるでしょうね。小泉純一郎元首相が2005年に靖国神社を参拝した頃からチャイナ・プラス・ワンという言葉はありましたが、多くの経営者はリアリティを持って考えていなかったのでしょう。中国の労働コストの高まりもこの流れを後押ししています。

 バンコクの労働コストは北京の半分くらいですし、ミャンマーやバングラディッシュに至っては7分の1から8分の1です。もはや中国が安い製造拠点とは言えなくなってきたのです。それ以上に反日デモで中国の政治リスクやカントリーリスクを経営者が目の当たりにしました。チャイナ・プラス・ワンは違うステージに入ってきた可能性があります。企業は中国の幻想は捨てて、東南アジアや南アジアに経営資源をシフトしていくことが重要だと思います。

習近平体制は経済をコントロールできるのでしょうか。

熊谷:当面のキーワードは集団指導体制、漸進主義、社会主義市場経済の3つです。指導部にスーパーパワーを持った人がいなくて、均衡の上に成り立っています。問題を先送りしながらあと1、2年は持たせることはできるでしょうが、抜本的な改革はできずに矛盾が蓄積していくことになりそうです。

TPPは対中国の安全保障の問題

 例えば、環境重視と言いながら、エネルギーを多く消費する産業に依存しなければ経済は伸びずに雇用も吸収できません。産業を高度化すると言っていますが、それを進めると雇用は吸収できませんから、結局は労働集約的な繊維などの産業を維持せざるを得ないでしょう。様々な矛盾を先送りできたとしても、2015年くらいのところで設備の過剰や政治の動揺も含めて一気に問題が顕在化する可能性があります。

対日政策でも変化は起きそうにありませんか。


熊谷:足元では北朝鮮がかなり強硬な姿勢を続けていますので、中国は国際社会から北朝鮮と同じだと思われたくないという意識があるのではないでしょうか。その意味で、今は中国が極端な強硬策に出る可能性は低くなっていると見ています。民主党時代よりも政権基盤が強い安倍晋三政権に対して一目置くという側面もあります。

 しかし、国内の統治や国民向けのポーズを考えると、振り上げた拳を下ろすのは難しい。日本に対してある程度、強硬なスタンスを見せないと、国内の統一を保てなくなったり、ほかの派閥から足を引っ張られたりする可能性があります。

中国もアベノミクスに関心を寄せています。特に円安の進行を快く思っていません。

熊谷:アベノミクスは非常にうまくいっていると思います。本音で言えば為替を意識したオペレーションでしょうが、黒田東彦・日銀総裁がうまく説明しています。「デフレという国内問題を克服するために徹底的な金融緩和をしている」という理屈は国際社会の中では一応通ります。金融緩和による通貨誘導という理屈を認めてしまうと、米国が矢面に立つ可能性もあります。

 欧州の一部の国や一部の新興国は円安誘導と批判しましたが、国際社会の大勢で言えば、米国を中心に日本の主張が一定の理解を得られています。理屈上は中国や韓国から文句を言われる筋合いはないと言えます。

 ただ、アベノミクスは1本目の矢の金融政策は非常にいいのですが、2本目の柔軟な財政政策は財政規律が崩れてしまう可能性があります。国民の生命や財産を守るという美名の下でどんどん公共投資をやると、結果的に財政赤字が拡大して国債が売られて円安・株安も進むトリプル安のリスクがあります。

 成長戦略の柱となるTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加を表明しましたが、農業の抜本改革ができるかどうかが試されます。コメの減反政策で価格を維持する政策から農家への直接的な所得保障に転換すべきです。なるべく価格を下げて輸出競争力を高めていくことが必要になります。

 TPPは単純な経済問題ではなく、対中国の安全保障の問題を含んでいます。東アジアの秩序を作るときに、中国という人権やルールの遵守、自由などの部分で全く価値観の違う国が中心になるのか、米国が関与して日本と基本的な価値観を共有する国が中心になっていくのかが本質的な問題です。

 日本がTPPや日中韓FTA(自由貿易協定)、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓など16カ国によるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)など多様なカードを持ち続けることで中国の態度も変わってくるはずです。


キーパーソンに聞く

日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130423/247117/?ST=print

 
中国企業は欧州を目指す
ブランド力と技術力を求めて投資
2013年4月25日(木)  The Economist


 昨年、中国の海外直接投資(ODI:Overseas Direct Investment)の大半は欧州へと向かった。投資ファンド「エイ・キャピタル」の最新レポートによると、2012年の中国の欧州向けODIは126億ドル(約1兆2600億円)に急増し、前年比で21パーセント増加した(図)。中国の進出をよく思わない国もあるが、大半の国は中国からの投資を歓迎している。中国ODIの投資先は、英国の食品ブランド「ウィータビックス」からポルトガルの電力公社EDPまで幅広い。

出所:エイ・キャピタル
 この動向は加速しつつある。中国の通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)は、イタリアの大手通信会社であるウインドテレコミュニケーションが計画する13億ドル(約1300億円)規模の4Gネットワーク構築の受注に成功した(ファーウェイは米国では政府に締め出された状態にある)。米映画館チェーンのAMCエンターテインメントを昨年買収してハリウッドを驚愕させた中国のコングロマリット、大連万達集団(ワンダグループ)は、欧州の大手映画館チェーンの買収交渉に当たっていると囁かれている。
 今回のレポートから2つの重要な動向を見ることができる。まずは投資対象の変化だ。かつてはコモディティが主な投資先だったが、サービス業への投資が増えてきた。これは工業品の輸出から国内消費へとシフトする中国経済の変化を映すものだ。新たに誕生した国内の中間層を獲得し、世界中で商品を売るために、中国企業はブランド力と技術力を必要としている。欧州にはその両方がある。
 エイ・キャピタルを創立したアンドレ・ロゼクルグ=ピエトリ氏によると、もう1つの動向は過半数に満たない株式取得をよしとする傾向が広がってきたことだ。50%に満たない株式を取得する取引は、今や中国の投資案件の58パーセントを占めている。これは企業を買収した場合に現地から向けられる敵意を考慮した現実的な対応だ、と同氏は見る。また、企業を海外から経営するのが難しいという事実も理由の1つだという(例えば中国の自動車メーカー、ジーリーは、スウェーデンのボルボを買収したもののこの点で苦労している) 。
規制上の遅延に不満
 欧州連合(EU)商工会議所の中国事務所は最近、中国企業約70社に対して欧州への投資状況を尋ねた。ほとんどの企業が欧州に再び投資する意思があると答えたものの、不満を持つ企業も多い、と商工会議所のピーター・デ・ヨング氏は言う。
 大きな不満の原因は規制上の遅延、特にビザ(査証)に関する遅延だ。また、EUに数多くの法制度と言語が存在することや、労働組合に関わる煩わしさについても不満の声が上がっている。中国のある経営者は、コーヒーマシンの置き場所にまで組合代表者が口を出すことに衝撃を受けたという。デ・ヨング氏は、変革を求めるなら中国企業も共同して事に当たるべきだと語る。
 ルクセンブルクは中国企業の人気が高い投資先だ。投資する企業の多くは欧州大陸でのビジネスの足がかりとしてルクセンブルクの持株会社を利用している。税制面で優遇措置があるほか、各種の認可やビザを迅速に発行してくれる。事務処理を英語で行なうことができる点も人気の理由だ。上海に在任するルクセンブルクのニコラス・マッケル総領事は、同国がライバル諸国に勝てる唯一の強みは「スピードと実利主義」だと言う。ユーロクラート(EUの欧州委員会の官僚)や欧州諸国内の官僚たちにもぜひ見習ってほしいものだ。
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4カ月で利益2億円超、バイオ株“バブル”で稼いだ個人投資家
2013年4月25日(木)  臼田 正彦=日経マネー編集部


 昨年11月以降、京都大学の山中伸弥教授のノーベル賞受賞や、自民党新政権の後押しで急騰が相次ぐバイオ株。最安値から10倍以上になった銘柄も多数ある。
 そのバイオバブル≠ニもいうべき状況に乗り、アベノミクス相場で2億円以上も資産を殖やした個人投資家が千葉県にいる。田中正彦さん(仮名・60歳)だ。
 タイミングが良かった面はある。2012年9月末に定年退職を迎えたことだ。11月にかけて、払い込まれた退職金などを一気に証券口座に投入。ちょうど大相場の直前に、投資額を大幅に増やすことができた。
バブル化する前に買いを入れる
 とはいえ、12年に大きな利益を上げたスリー・ディー・マトリックス(証券コード:7777)を購入したのは、バイオバブルの兆しなどまだなかった12年4月。しかも投資資金に余裕がまだなかったこともあり、信用取引で大きなリスクを取って買っている。この勇気ある決断が、後の快進撃の始まりだった。
 昨年11月に新規資金を投入した時点での運用資産額は、それまでの含み益も合わせて約1億円だったが、4月に入った今は3億円をはるかに超えている。

田中正彦さん(仮名)の金融資産と保有する3Dマトリックスの株価の推移
 勇敢に買っただけでなく、「持ち続けられた」ことも田中さんが勝てた理由だ。資金が増えた昨年11月には、既に買い値の3倍近くまで値上がりしていた同社株を、現引き(信用取引で買い建てていた株式を、買値相当の現金を用意して、現物株式での保有に切り替えること)して保有し続けることを決断した。
 そのうえで年明け以降、前向きな材料が増え始めていたジーエヌアイグループ(証券コード:2160)など、他のバイオ株を新規で次々と信用買いしている。
 ジーエヌアイは今年3月頭にかけて急騰した後、やや調整し、現在は買い値の2倍近辺で推移する。普通の投資家なら喜んで利食い売りをするところだが、田中さんはこれを「押し目」と判断して買い増し、売る気は今のところ全くない。現引き後にさらに3割以上値上がりした3Dマトリックスも、未だに保有し続けている。
 人より早めに多額の資金で買い、少しの値上がりでは売らずに持ち続ける──。バブル相場≠フ恩恵を最大限に受けるためのお手本のような行動だが、同時に相当なハイリスク投資であり、普通の個人投資家になかなか実践できるものではない。なぜ、田中さんにはそれができたのか。
狙い目は「フェーズ2入り」銘柄?
 理由は2つありそうだ。まず、もともと医療機器メーカーに勤務し、バイオ分野の知識に明るかったことがある。各社の出すプレスリリースも、「日経バイオテクONLINE」のような専門媒体も見慣れており、技術の良しあしは自分なりに判断できる。
 そしてもう一つは、バイオ企業だけでなく、バイオ株≠フ性格も熟知していることだ。
 「本来、医薬品の開発は10年スパンの長期的な話。それなのに株価は、何かIR(投資家向け広報)の発表があれば急騰し、材料不足になるとすぐに急落する。その繰り返し」。
 その企業の内容を調べれば、いつごろ臨床試験に進展があり、あと何年くらいで上市(商品化)を迎えるかの大まかなスケジュールは分かり、一般企業よりむしろ先が読みやすいという。
 だからこそ、なるべく安い時期を狙って買い、日々の値動きは気にせず自信を持って保有し続けられる。他にもっと乗り換えたい銘柄が登場しない限り、早期の利益確定は基本的にしない。
 もちろん、バイオ株なら何でもいいわけではない。「出てくる材料がまだ特許関連で、具体的な医薬品が見えていない企業より、実際に臨床試験がフェーズ2やフェーズ3(実際の患者を対象とする試験)に達している企業の方が分かりやすい」と言う。
 一時的な悪材料での売りは、むしろ買いチャンスにもなる。2月に、一部開発スケジュールの延期や増資を発表したカイオム・バイオサイエンス(証券コード:4583)が急落したが、連続ストップ安を経た後の6000円近辺で買った。

カイオム・バイオサイエンスの株価動向
 「バイオの世界で3カ月の延期なんて遅れのうちに入らないし、増資の内容も特に問題があるとは思えなかった。赤字のバイオ企業にとって、資金調達が順調に出来ているのは、むしろ望ましいこと」(田中さん)。
 同社の株価は1万円を回復。この調子で、ウォッチするバイオ銘柄に次々と資金を振り向け、利益を積み上げている。
 バイオ以外でも、昨年はJトラスト(証券コード:8508)などで成功している田中さん。きちんと調べて、自信を持って長期保有。中小型株の大化けを捉える秘訣はそれに尽きそうだ。



お金の知恵袋
雀の涙ほどの低金利が続くけど、資産を増やすにはどうしたらいいの? ほかの人はどんな風にしてお金を貯めているの? ついつい無駄遣いしちゃんだけど、無理なく節約するにはどうしたらいいの。個人のおカネにまつわる様々な疑問を解決するお宝情報が満載の「日経マネー」編集部がちょっとしたノウハウを順重します。
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実は知らない「給料」が決まるホントのルール(その2)

必要経費の積み上げで、成果の反映はわずか

2013年4月25日(木)  木暮 太一

 先日、雑誌の記事を目にしました。そこでは、多くの人が自分の給料に対して不満を感じているという調査結果がありました。給料の金額に不満に感じているということは、「その給料は妥当ではない」と感じているということです。

 では、みなさんは、自分の給料がいくらであれば妥当なのか、論理的に説明できるでしょうか?

 「同期の中では一番高い給料をもらっていい!」「あの人よりは、当然評価されるだろう」というような相対的な尺度ではなく、「自分の給料は『○○万○千円』が妥当!」と論理的に説明・主張できるでしょうか? おそらく、そういう方はほとんどいないと思います。つまり、給料金額の決まり方を論理的に把握している方はほとんどいないのです。

 多くの方は、給料のルールを知らずに「もっともらえるはず!」と感じていることでしょう。そして、給料のルールを知らずに「もっと給料を増やしたい」と努力をしていたのです。

 では、その「給料のルール」とは一体、何なのでしょうか?

マルクスの『資本論』に見る給料のルール

 ここからカール・マルクスの『資本論』で説かれている理論をベースに、給料のルールとはどんなものなのか? を説明していきます(『資本論』というと、「共産主義の経済学!」「古臭い理論で現代には使えない!」と感じるかもしれませんが、それは誤解です。『資本論』は「資本主義経済の本質を分析した理論書」で、またその理論は、日本経済の構造を見事に説明できます)。

 さて、給料の決まり方を理解するには、「商品の価格」がどのように決まるかについて知っておく必要があります。あなたの労働も言ってみれば“商品”なのですから。そこで、『資本論』で展開されている論理が役に立ちます。

なぜ、そのお茶は150円なのか?

 みなさんが今日買ったペットボトルのお茶は150円でした。でも、なぜそれは150円なのでしょうか?

 「それが相場だから」

 では、その相場は誰が決めたのでしょうか? なぜ150円と決めたのでしょうか?

 「150円分の満足感があるから」

 本当にそうでしょうか? みなさんはお茶を買う時に150円分の満足感があることを実感して買っていますか? 真夏でノドがカラカラになりそうな時期も、真冬で冷たい飲み物なんか欲しくない時も、同じ150円ですが、それだとつじつまが合いません。

 実は、商品の値段は全く別のロジックで決まっているのです。『資本論』で解説されている理論には、いくつか重要な柱があります。その代表的なものが次の2つです。
1:商品には、「価値」と「使用価値」という2つの尺度がある。
2:需要と供給のバランスがとれている場合、商品の値段は、「価値」通りに決まる。

 これだけではさっぱり意味がわかりませんので、順番にひも解いていきます。

商品が持つ「価値」と「使用価値」

 まずは最初の「商品には、『価値』と『使用価値』という2つの尺度がある」について考えていきましょう。

 マルクスは、取引をするものは「すべて“商品”である」としました。みなさんが今朝食べたパンも、会社で購入したパソコンも、時間つぶしに入ったスターバックスのコーヒーもすべて「商品」です。

 一方で、「商品」にならないモノもあります。道端に落ちている小石は商品にはなりません。山奥のキャンプ場の近くに流れているきれいな小川の水も、商品ではありません。小さい石だから商品にならないのではありません。小さい石でもパワーストーンとして売っていることもあります。水だから商品にならないのではありません。コンビニでは「おいしい水」が売られています。

 つまり、同じ種類のモノでも、商品になったりならなかったりするのです。

 この違いは何なのでしょうか? それが「価値」と「使用価値」なのです。「価値」と「使用価値」を持っていれば、そのモノは商品になり、持っていなければ商品にはならないのです。

 まず理解しやすい「使用価値」について説明します。

 「使用価値」とは、「それを使うメリット」という意味です。つまり「使用価値がある」とは、「それを使ったらメリットがある、満足する、有意義である」という意味になります。例えばパンの使用価値は、「おいしい」「空腹が満たされる」などで、小麦粉で練られて焼いたモノが使用価値を持つのは「人がそれを食べて、空腹が満たされるから」なのです。この「使用価値」は、次に出てくる「価値」とは全然違う意味ですので、注意してください。

 次に、「価値」です。この言葉は要注意です。マルクスがいう「価値」とは、普段わたしたちが使う意味ではありません(わたしたちが普段使う「価値」という言葉は、マルクスがいう「使用価値」のことです)。

 『資本論』の中で「価値」は、「労力の大きさ」という意味で使われています。つまり「価値が大きい=多くの労力がかかっている」ということを言っているのです。「それをつくるのにどれだけ手間がかかったか」を計る尺度なんです。

 「価値」の大きさは、人がそれを作るのにどれだけ苦労したか(どれだけそれに対して労働したか)によって決まります。つまり「価値」があるといった場合、「この商品は、○○人で○○時間かけて作ったから、すごい価値がある」といったように、「とりあえず人の手がかかっている」ということを表しているのです。

 ですから、ある商品の「価値」の大きさは、その商品につぎ込まれた「人間の労働の量」によって決まります。1時間でつくったパンより、10時間かけてつくったパンの方が「価値が大きい」。プログラマーが3時間かけてつくったスマホのアプリケーションよりも、10時間かけてつくった木彫りの置物の方が「価値が大きい」のです。「置物なんていらない」と感じるかも知れませんが、それは関係ありません。そのモノが有効かどうかは「使用価値」という言葉で計ります。尺度が別なのです。

 単純にかかった労力に比例して「価値」は大きくなります。それが、マルクスが言っている「価値」です。簡単に言うと、時間をかけてつくったものは「価値」が大きい、ということです。

「価値」だけでも「使用価値」だけでも、商品にならない

 そして、マルクスが主張したのは、「商品には、『価値』と『使用価値』がある」ということです。逆に言うと、「価値」と「使用価値」がなければ、そのモノは商品にはならないということです。

 商品とは、自分以外の他人に売るものです。逆に言うと、「価値」と「使用価値」がないものは、商品にならない、他人に売ることはできない、ということです。「使用価値(使うメリット)」がないものは商品になりません。使うメリットがなければ、誰も買ってくれません。道端に落ちている小石や、わたしが描いた絵が商品にならないのは、「使用価値」がないからです。役に立たないものは買ってもらえないというのは、当たり前の話ですね。

 ただし、「使用価値」さえあれば、商品になるか(他人が買ってくれるか)というと、そうではありません。わたしたちビジネスパーソンは、自分が売ろうとしているモノ・サービスの「メリット」を徹底的に考えるよう、教育を受けています。

 「お客様にどんなメリットがあるのか?」
 「顧客視点に立て」
 「お客様に喜んでもらえれば、必ず選ばれる」

 これらはつまり「使用価値」を考えろ、そしてつまり「使用価値さえあれば、お客さんに買ってもらえる」ということを言っています。

 しかし、「使用価値」だけでモノは商品になりません。「価値」がなければいけないのです。「使用価値」と併せて「価値」も持っていなければ商品にはなりません。例えば、先ほどのキャンプ場の近くに流れているきれいな小川の水が売れない理由がここにあります。山奥のきれいな小川の水を、すぐ隣のキャンプ場で売ろうとしても、間違いなく売れません。

 なぜか? 「価値」がないから(労力がかかっていないから)です。「価値」がない(労力がかかっていない)ものは、いくら使用価値があっても、売りモノにならないのです。このポイントは非常に重要です。むしろ、こちらの方が大事かもしれません。商品にいくらの値段がつくか、さらに、わたしたちの給料がなぜその金額なのかを説いてくれるのは、この「価値」なのです。

 この非常に大切なポイントを理解するためには、次の法則を解明しなければいけません。

3日間と3時間、煮込んだカレーで高いのは?

 マルクスが『資本論』の中で説いた2つ目の重要ポイントは「需要と供給のバランスがとれている場合、商品の値段は、『価値』通りに決まる」でしたね。

 商品には、「価値」と「使用価値」があります。これら2つの要素がそろって、初めて「売りモノ」になります。ただし、商品の値段を決めているのは「価値」だとマルクスは考えました。価値の大きさがベースになって値段が決まっているということです。

 「そんなことはあり得ない。やっぱりマルクスは時代錯誤だ」

 と感じるかもしれません。ですが、消費者の目線で見てみると、わたしたちは自分自身でもマルクスの主張の通りに考えていることがわかるでしょう。ビジネスパーソンとして会社内で言われていることと、全然違う判断をしているのです。

 消費者の立場になって、考えてみてください。例えば、これなどはどうでしょう。

・30分で作ったカレー
・3日間煮込んだカレー

 みなさんは、それぞれいくらの値が妥当だと思いますか? おそらく大半の方が「3日間煮込んだカレー」を高く設定するでしょう。「3日間」の方が高くて当然、と感じます。味のことは何も言っていません。目隠しをしてクイズを出されたら、多くの消費者には、「30分」も「3日間」も一緒で、味の区別はできないかもしれません。しかし、それでも「3日間煮込んだカレー」に高い値付けをするのです(毎年年始に放送する「芸能人格付けチェック」でも、最高級品と安売り品の味を区別できないタレントさんが大勢いますね。「実際は変わらない」ということです)。

 これはつまり使用価値(カレーのおいしさ)ではなく、そのカレーを作るのにかかった労力(価値)で判断しているということなのです。「パン」よりも「手作りパン」の方が高そうに感じます。非常に細かい刺繍がほどこされた布を見せられた時、「すごい」と思います。ですが、それが手編みだったことを聞かされると「すご〜〜い!!」と感じます。目の前にあるものは変わらないのに、それが機械製か手製かで、感じる重みが変わっているのです。

 おわかりいただけましたでしょうか。わたしたちは消費者として商品を「価値」で判断しています。そして「価値」をベースに妥当な値段を考えているのです。つまり、世の中の商品は「使用価値」ではなく、「価値」で値段が決められているのです。

 これは言葉を変えると、商品の値段は「それをつくるのに必要な労力(コスト)の積み上げ」で決まっているということになります。ここがポイントです。

 そして、マルクスは「取引するものはすべて商品である」と考えました。つまり、モノも労働力も同じ「商品」なのです。ですから、給料の決まり方も、一般の商品の値段と同じように決まるのです。

 ということは、労働力の値段である「給料」も、「それをつくるのに必要な労力(コスト)の積み上げ」で決まっているということになります。つまり、労働者が(明日も)働くために必要なコストの合計が給料なのです。

給料の決まり方

 労働力を含めたモノの値段の仕組みがわかったところで、それではいよいよ「給料が決まるルール」について解説しましょう。

 経済学的に考えると、給料のルールには、

1:必要経費方式
2:利益分け前方式(成果報酬方式)

 の2種類があります。

 「1」の方式を採用しているのが、主に伝統的な日本企業です。日本企業では、その社員を家族として考え、その家族が「生活できる分のお金」を給料として支払っています。これが、「必要経費方式」という考え方です。

 この「生活できる分のお金」を、マルクス経済学では「労働の再生産コスト」と呼びます。例えばこういうことです。

 社員のYさんが労働者として1日働けば、おなかが減ります。そのため、翌日も同じように働くためには食事をとらなければいけません。ここで食費A円が必要です。

 また、1日働いて体力を消耗すれば、休む場所が必要です。つまり寝る場所が必要で、ここで家賃B円がかかります。

 さらに、毎日同じ服を着て過ごすわけにもいかないので、洋服代(クリーニング代)C円も必要です。

 さて、話を単純にするために、このYさんが翌日も労働者として働くために必要なのは、この3つだけだとします。そうすると、このYさんの労働力の「再生産コスト」は、

 再生産コスト=A円+B円+C円

 となります。そして、この金額が給料の「基準」になります。これだけあればその労働者が明日も生きていける、明日も同じように労働者として働ける、のです。

 給与体系がこのような考えに基づいていると、「その社員がいくら稼かせいだか」「いくら会社に利益をもたらしたか」などの成果や業績と給料は無関係になります。どんなに会社に利益をもたらしても、基本的に給料は変わらないのです。

「個人の努力」が給料を決める…という幻想

 大阪大学が実施した調査から、サラリーマンの興味深い意識が読みとれます。「何が給料を決めているか?」という問いかけに対し、

・個人の努力や選択(判断):68.6%
・運:47.5%
・学歴:43.1%
・才能:29.5%

 という回答でした。

 そして「給料は何で決まるべきだと思いますか?」に対しては、

・個人の努力や選択(判断):75.7%
・学歴:10.4%
・才能:15%

 となりました。

 つまり、「がんばって成果を上げた人が高い給料をもらうべき」と多くの人が考えている、ということです。そしてその前提にあるのは、「成果が上げれば、給料が上がって当然」という心理です。

 ですが、もしみなさんが「必要経費方式」を採用している企業に勤めていたら、その不満は「筋違い」です。そもそも仕事をしたかどうかで給料が決まっているわけではないのですから。

 「そんなはずはない! 能力給や成果給を認めている会社は山ほどあるじゃないか!?」

 そういう反論もあるでしょう。確かに実際には、能力や成果も給料に反映されます。しかし、さきほどもお伝えしたように、それはあくまでも「表面的・付加的な要素」であり、「多少のプラスα」です。

成果を出しても給料に反映されるのはわずか数%

 現に、厚生労働省の統計にそれが表れています。

 こちらは、厚生労働省が大企業(資本金5億円以上、労働者1000人以上の企業)を対象に行った調査で(「平成23年賃金事情等総合調査」)、基本給の構成を示しています。この調査に含まれるのは大企業だけですが、いわゆる伝統的な日本企業の給料がどうなっているかを知ることができます。

1.年齢・勤続給 : 6.8%
2.職務・能力給 : 37.9%
3.業績・成果給 : 7.1%
4.総合判断   : 39.1%

 ご覧のように、業績・成果は7.1%しか考慮されていないのです。この前年の調査では、「業績・成果:4.1%」でした。業績や社員の出した成果を給料に反映させていこうという流れは上昇傾向にあるとはいえ、それでも給料に占める割合はまだ数%なのです。これが、私が「成果を出しても、比例して給料は上がるわけではない」と結論づけている理由です。

 「電気機器(17.0%)」や「食品・たばこ(21.3%)」で業績・成果の比率が高い一方、グローバルの成果主義浸透していそうな「車輛・自動車」ではその割合は3.7%と低い水準です。また、そもそも業績・成果給を明示していない業種も多く、日本全体として考えると、その「扱いの小ささ」がうかがえます。

「職務・能力給」は成果を出すスキルではない

 注意いただきたいのは、「職務・能力給」の「能力」とは、具体的な成果を出すためのスキルのことではなく、社会人としての基礎力を指しているということです。

 例えば、社会人10年目の社員と1年目の社員が、全くの未経験分野で今日から仕事をするとします。両方にとって未経験の仕事ですから、スキルは同じです。しかし、10年目の社員の方が圧倒的に仕事をうまく進めることができるでしょう。それは、仕事のやり方がわかっているからです。社会人としての基礎力が違うので、新入社員よりも仕事ができるのです。

 この部分を評価して支払われているのが「職務・能力給」です。つまり、具体的なスキルではなく、抽象的なビジネスパーソンとしての実力を計り、それに応じて支払っている給料です。

 「能力」と聞くと、さも具体的な成果を上げるための力を意味しているように感じますが、そうではありません。ビジネスパーソンとしての基礎力・地力を指しているのです。そして、このような能力は仕事を通じて、経験を通じて蓄積されていきます。通常、経験を積めば積むほど増えていきます。そして、具体的な仕事内容が変わっても減るものではありません。

 これはさきほどからお伝えしている「労働力の価値」にほかなりません。それが給料の金額を決める大きな要素になっているのです。

 この調査で給料を決める要素として、最後に挙げられている「総合判断:39.1%」。これは元資料に「1〜3の要素を総合判断して決定される基本給をいう」とありました。「1〜3」とは、「年齢・勤続給」「職務・能力給」「業績・成果給」です。これらを総合判断した要素が給料金額の39.1%を決めているということです。総合判断とはいえ、業績・成果と関係ない要素が色濃く反映されているわけです。

 必要経費方式を主に採用する日本企業の場合、給料の基本部分はこのような考え方で決まっていたのです。

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今までで一番やさしい経済ニュースの読み方

「がんばれば、なんとかなる」という時代ではありません。「なんとなくで、なんとかなる」という時代は、とっくの昔になくなりました。現在の資本主義で生きていくためには、“資本主義経済のルール”を知り、それに沿った努力をしなければいけません。この連載では、経済学理論や経済古典を背景に、この社会がどういうルールで動いているかを解き明かし、その視点から経済のニュースを解説していきます。知らず知らずのうちに見えなくなっていた暗黙のルールが見えてくるでしょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130422/247019/?ST=print


 
【第860回】 2013年4月25日 週刊ダイヤモンド編集部
日銀緩和でリート市場に歪み?
ある格付会社が人気独占の理由
 これもまた、日本銀行が打ち出した新たな金融緩和の効果なのか。とある格付け会社が、不動産投資信託(J-REIT。以下、リート)からの“人気”を独り占めしている。

 日本格付研究所(JCR)がそれだ。4月11日、東急リアル・エステート投資法人は米ムーディーズの格付け(A3。上から7番目)を取り下げると同時に、JCRでAAマイナス(同4番目)を取得。このほかのリートもJCRに関心を示している模様だ。

 背景には、日銀のリート購入の増額がある。白川方明・前日銀総裁下でもリートは100億円の追加購入(2013年)が予定されていたが、黒田東彦新総裁下では、初の金融政策決定会合(4月4日)で毎年300億円と一気に3倍に増額。「大方の予想を上回る規模」(石澤卓志・みずほ証券チーフ不動産アナリスト)となり、市場にサプライズを与えた。

 実はJCR人気は、日銀がリート購入を開始した10年10月から続いている。これ以降に上場した銘柄は、すべてJCRだけで格付けを得ているのだ。

 なぜか。それには日銀がリート購入に課した条件が関係している。


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 日銀には個別銘柄について5%までしか保有できない、いわゆる「5%制約」があり、購入対象も「格付けAA格以上」と厳しい要件を設けている。結果として購入は上位銘柄に限られ、市場を極端に歪めることはないはずだ。

 ところが、である。AA格は格付け会社1社でも取得していればよいため、「格付け判断が甘い」(不動産業界関係者)と言われるJCRにリートが吸い寄せられているというから皮肉なものだ。

 実際、JCRも含めた複数の格付け会社から格付けを取得している11銘柄すべてが、JCRから最上位の格付けを得ている。

 結果的に、JCRだけがAA格以上を与えたことで日銀の購入対象条件を満たす銘柄は15銘柄と、全体の約4割にも上っている。

 リート相場上昇の要因は、実際には日銀よりも国内金融機関、特に信用金庫や地方銀行が購入していることが大きい。融資先もなく、国債も発行額の7割を日銀が購入しているため利回りは低下。これらに代わる投資先として、リートに熱い視線を注いでいるのだ。

 ただ、地銀などのマネジメント層にはバブル崩壊のトラウマから「いまだに不動産嫌いな人が多い」(銀行関係者)といい、運用担当者が買いたくてもストップがかかる例が多いのだという。

 だが、そういうマネジメント層であっても「『日銀』のお墨付きには弱い」(同)だけに、日銀の購入対象銘柄となれば、上司の説得材料にもってこいというわけだ。

 かくして日銀のリート購入増額が、今年度の金融機関のリート運用枠拡大にも波及しそうだ。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 池田光史、河野拓郎)
http://diamond.jp/articles/print/35096


 


【第5回】 2013年4月25日 齊藤義明 [野村総合研究所・2030年研究室室長]
100年の時間軸を持った金融とは?――鎌倉投信が育む「希望の金融」
収益性とは違う軸を併せ持った金融

「金融資本は、短期的な株価の値上がりを目的とした企業や人を増幅させています。派生型の金融商品が欲望の受け皿となって、この風潮は止まらない。人々の欲望を抑えることは困難で、このままではお金は自己増殖し、金融市場の動きに連動した経済の浮き沈みはますます激しくなっていくのではないか」

 鎌倉投信の鎌田恭幸代表取締役社長は2008年1月に大手外資系の資産運用会社を辞めるまでの20年間、自分の職業の意義について自問自答していた。

「フローベースの短期志向の投機は本来的な価値を生まない。目に見えないものをきちんと見ていかないと、企業の本当の価値はわからない。財務諸表では見えない価値が企業の本当の価値。本当に価値あるものに根差した投資の在り方、信頼に根差したお金の循環が必要だ」

 鎌田さんは以前勤めていた大手外資系の運用会社を辞めた当初は、もう金融の世界に再び足を踏み入れることはないと思っていたという。ではなぜまた金融の世界に関わったのか。

 この質問に対し「日本には世界に誇れるようないい会社が沢山ある。そういういい会社の発展成長を永く応援する投資の在り方を目指したい。金融が健全に機能しないと社会は良くならない」「お金を通じて伝える力というものが確かにある。お金に色はないが、使う人の色に染まる」と、鎌田さんは答えた。つまり使う人の意思や心がお金に特別な意味を与え、人や社会をその意味に沿った方向へと動かす原動力になるということだ。

「金融を通じて社会にどういう価値をもたらすかが大切だ」「金融を通じて社会に希望と勇気を与える力になりたい」、鎌田さんは、かつての同僚に声をかけ、自ら培った経験を支えに、これまでとは違う独自の軸を併せ持った投資信託委託会社を作る覚悟を決めた。

「投資とは短期的なさや取りではなく、次の世代に富や価値をつなげていく役割を持つ。今、日本は様々な社会的課題を抱えている。規模に関係なく、本業を通じて社会的課題を解決しようとする企業群こそがこれからの日本にほんとうに必要とされる。そういう企業と鎌倉投信、さらには受益者(投資家)との『顔の見える関係性』の中で、企業を長期間にわたって応援していく金融が必要だ」

 鎌田さんは、2008年8月、独立系・直販型の投資信託を設定運用、販売する鎌倉投信を設立した。次の世紀に価値をつなぐことを目的とする新しい軸を持った金融が小さいながらも誕生した。

普通の金融商品は全て数値で表現され、
その内容を目で、耳で、肌で感じとることができない

 投資信託「結い 2101(ゆいにいいちぜろいち)」を設計するにあたり、鎌倉投信は「公募型」、「投資信託」、「直接販売」という3つのポイントにこだわった。不特定多数が少額から参加できる「公募型」にしたのは、多くの人が小口からでも参加できる枠組みを作りたかったからだ。さらには、購入者の数がだんだんと増えて、そうした受益者が投資先の「いい会社」を知ることによって「結い 2101」の社会的な影響力やメッセージ性を高めることができると考えたためだ。単に資金量の大きさだけではなく、何万人という受益者の数が示す「投票」にも似た社会的意味合いを大事にした。

 また「投資信託」にしたのは、投信には満期をなくすことができるため長期的な投資、極端に言えば無期限の投資が可能であるためだ。「100年続く投資信託で、300年社会に貢献する『いい会社』を応援したい」と鎌田さんは言う。また投信であれば成熟した企業と将来花開く若い企業とを組み合わせて事業サイクルを分散し、トータルなリスクを緩和することができることも理由だ。現在、限られたリスクの中で非上場の企業に数社投資を行っている。

 こうした、若い企業への投資といえば、通常ベンチャーキャピタルが真っ先に思い浮かぶが、その投資期間は約7年程度である。若い価値ある企業の中にはもう少し長い目で応援したほうが成功確率を高められるケースも多く、投信の持つ無期限性を上手く使えばそれが可能になる。

 3つめにこだわったのは「直接販売」。銀行や証券会社を介さず、直に投資家の人たちへ鎌倉投信の考え方や想いを伝えながら販売していくためだ。一般に金融商品というのは全て数値で表現されることが多く、自分がいったい何に投資しているかわからなくなっている人が多い。

 投資の経済的な結果だけに関心が集中していて、投資の中身については関心が薄くなってしまい、極端な話、儲かれば中身などどうでもいいという人もいる。鎌倉投信は投資家と投資先の会社とが信頼で結ばれる「顔の見える関係性」を意図的に構築していった。投資の「手触り感」を大事にし、投信を通じた自分の投資先を目で、耳で、肌で感じとる機会をできるだけ作っていくようにした。

 たとえば、受益者による投資先への会社訪問を定期的に開催し、そこで経営者の人柄に触れたり、取り組んでいる事業を深く知ったりすることができるようにした。昨年で第3回目となる「結い 2101」の受益者総会は鎌倉の建長寺で開かれた。当時約3500人いた受益者(投資信託購入顧客)のうち15%程度が全国から集まり、投資先であるツムラ、トビムシなどの経営者の話に聞き入った。

「株価や業績の話はしなくていいから、御社の存在価値について話して下さい」と鎌田さんは経営者に事前にお願いしていた。話を聞いていた受益者たちは、その企業の株価や業績ではなく、その企業の存在価値に対して関心を持つようになり、しかもその価値創造に一緒に参加している感覚と熱気とが生まれた。

投資先選定基準は「人」「共生」「匠」

「結い 2101」の投資先企業選定基準は、「人」、「共生」、「匠」の3つである。「人」とは、障碍者、高齢者、女性などの人財を活かすとともに、社員のモチベーションを高めている企業。「共生」とは循環型社会を創造する企業で、環境、自然エネルギー分野や、農業、林業といった第一次産業分野や地域の活性化において優れた取り組みを行う企業。そして「匠」とは、グローバルな視野からみて付加価値の高い独自の技術、サービスを持っている企業だ。これら3つの基準から企業を評価して組入れ銘柄を決めている。


鎌倉投信の投資先選定基準
 また鎌倉投信では、投資によって得られる果実(リターン)を「資産形成」×「社会形成」×「豊かなこころの形成」の3要素で捉えている。

 すなわち株価や配当、基準価額といった数値上の結果だけでなく、「いい会社」に投資し「いい会社」が増えることによってもたらされる社会へのプラスのインパクト(社会的課題解決、地域貢献、雇用など)を投資の果実と捉えるとともに、そうした価値創造企業に主体的に関わっているという個人投資家の実感がこころの満足度を増大させ、ひいては人間性をも高めることにつながることが、大きな意味での「投資の果実」だと考えている。「バランスシート(貸借対照表)の外側に、社会や公共の利益、心の利益がある。良い投資は人格を磨きます」と鎌田さんは言う。

 では、鎌倉投信の「結い 2101」は、一般的な社会貢献ファンド(SRIファンド)とは一体どこが違うだろうか。鎌田さんによると、SRIファンドは一般的に形式的、総花的、網羅的であり、その投資先は大企業が中心になっているという。

「オール5じゃなくていい。CSRレポートで美しく飾るような企業に興味はない。社員をリストラして浮いたお金で森林保全をしても意味がない。規模は小さくても実質的で永続的な、本業において社会的課題を解決する企業を選んで投資していく」とその投資哲学を語る。運用者が魂を込めて投資しているかどうかも一般的なSRIとの違いといえそうだ。

 こうした鎌倉投信の投資哲学・投資方針に、会社組織に依存せずに自分の足で立つ問題意識を持ちSNS等を通じて自ら情報発信も行う30代、40代の個人投資家がまず動いた。鎌倉投信では3800名の受益者のうち30代、40代が60%を超えており、これは一般的な投資信託保有者像に比べてかなり若い。まさに次世代を象徴する投資信託である。現在「結い 2101」の運用金額は約35億円、投資先企業数は41社(2013年3月末現在)にまで拡大中である。

良い運用パフォーマンスは、運用者だけでは作れない

「結い 2101」の運用成績はどうであろうか。2010年3月〜2013年3月までの3年間、「結い 2101」の年換算リターンは9.1%であり、同期間におけるTOPIXの年換算リターン2.3%と比較して極めて高い。一般には「社会性と利益性が同一方向で成りたつのか」という疑問が持たれることが多いが、「いい会社は利益を出し、資産形成になることを証明したい」と鎌田さんは考えている。

 鎌倉投信では、リスクを年率10%以内に、リターンを年率4%(信託報酬控除後)程度にすることを目標に運用しており、販売手数料はゼロ、信託報酬はアクティブファンドとして投資家にお願いできるぎりぎりの水準である1.05%にとどめている。「結い 2101」の好成績を支えているのは、思想が良いからだけではなく、裏に外資系運用会社で培った鎌倉投信のプロの技術があるからだ。「プロのプロたる所以は、どんな環境下でもマイナス幅をいかに小さく抑えられるか、マイナスの期間をいかに短くするかです。市場が大きく値下がりした時はむしろ普段より多めに購入するようにしています」

 ただし「良い運用パフォーマンスは、運用者だけではつくれない」と鎌田さんは言う。「値下がりした時に不安にならず、逆にファンドを購入してくれる顧客がいることで、ポートフォリオがキレイになります。良質な顧客は運用パフォーマンスを底上げします」

 確かに、運用パフォーマンスは顧客と運用者が一緒に作るものなのだ。鎌倉投信の顧客は、大震災後の暴落局面でも早急に解約を求めたり、資産の目減りを極端に心配したりした人は皆無だったという。

「その時々の感情に流されて解約したり購入したりする投資家が多ければ、質の高い金融商品にはなりません。どういった性質の投資家と共に歩むかが何よりも大切です」と鎌田さんは言う。鎌倉投信の個人投資家たちは株主利益を追求するいわゆる「モノ言う株主」ではない。投資先企業に対して受益者としての権利を主張するのではなく、むしろ投資家自身が投資先企業に対して何ができるかを考えるという姿勢を重視している。

社会を変えるメディアとしての投資信託

 鎌倉投信の本社屋は、鎌倉の人里の中に隠れ家のように存在している。築85年の古民家を改修した建物で、ゆったりとした時間が流れていく風情の中にある。それは生き馬の目を抜くような金融の世界とはほど遠い世界にみえる。「なぜこんなところに」という質問に対し、鎌田さんは次のように答えた。

「私たちの投資信託『結い 2101』は、100年後の次の世代に通じる価値を作ることを目指しています。この事業をどこでやるかが非常に大事だと考えました。場所は思想信条を反映するからです。創業メンバーは誰一人として東京のオフィス街のビルでやりたいとは言いませんでした。鎌倉は、自然、伝統文化を重んじる一方で、武家幕府をつくったり日本で初めてナショナルトラストをつくったりしたような革新的な土地柄です。その佇まいの中に私たちの本社を求めました。古くからあるものを大事にしながら新しいものを創造し、人の成長を促す場所でありたいと思っています」


鎌倉投信の本社屋

 鎌倉投信の「結い 2101」は単なる金融商品ではない。資金の自己増殖性を無視してはいないものの、それに囚われていないし、それが本質には見えない。「結い 2101」はむしろ、強いメッセージ性を放つ「メディア」、本来愛でるべきものを愛でる「アワード(賞)」、社会を良い方向へ革新しようとする「社会的ムーブメント」のような性格さえ有しているように思える。

 鎌倉投信は、受益者ひとりひとりが自分のお金の行き先に良質の関心を向けるよう誘っている。短期的な投資収益に翻弄されずに、100年後、300年後、1000年後を見据えて「いい会社」を残そうと呼びかけている。そのための武器として、投資信託という器を再構築して変革のメディアに仕立てた。

 そのメッセージするものは今、顧客が顧客を呼ぶように社会的共感力を持ち始めている。これから先、鎌倉投信はさらに受益者を拡大し存在感を増していくだろう。明確な志を持った情報発信によってさらに「いい会社」の情報が集まり、投資先企業が増えていくだろう。鎌倉投信の投資銘柄はブランドになり、投資先企業の社員の誇りになっていくだろう。従来の金融資本の論理に一石を投じる新しい価値軸を持った金融=「希望の金融」の拡大に期待したい。
http://diamond.jp/articles/print/35166

【第11回】 2013年4月25日 戸田淳仁 [リクルートワークス研究所研究員]
横ばいの2014年卒大卒求人倍率
景気浮揚感は新卒採用に影響せず
 2014年卒の就職動向は、内定を獲得する学生も出てきているように、すでに進んでいる。以下では、就職戦線が始まる当初時点での需給バランスを調査した大卒求人倍率調査の結果を見ていきたい。

大卒求人倍率は横ばい

 2014年卒の大卒求人倍率調査(大学生・大学院生を対象)の結果によると、大卒求人倍率は1.28倍と前年(2013年卒)の1.27倍と比べてほぼ変わらない倍率となった。


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 求人倍率は求人企業と民間企業に就職希望する学生数とのバランスで決まる。そこで、両者の動向について詳しく見ておきたい。

 求人数は、前年の55.4万人から54.4万人へと1.9%のマイナスとなった。一方、民間企業就職希望者数は、前年の43.5万人から42.6万人へと2.0%のマイナスと、両者の減少幅はほぼ同じであるため、求人倍率も前年並みの結果となった。

 求人数も全体としては前年より減少したが、従業員規模や業種でみると様子が異なる。


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 図表2の従業員規模でみると、1000〜4999人以上企業以外においては、対前年増減率がマイナスとなっている。特に、5000人以上の企業においては、前年までは増加していた求人数が今年に入りマイナスに転じてしまった。背景としては、多くの企業が前年並みの採用予定としている中で、一部の製造業を中心に業績悪化に伴う求人減が影響を与えている格好となっている。また、300人未満企業、300〜999人企業においては、引き続きマイナスが続いており、厳しい状況が続いている。

業種によって明暗が分かれる

 また、業種についてはどうだろうか。業種については、図で示した。


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 図表3は業種別の求人数の増減率を表すものであるが、金融業と建設業において、前年の増減率はマイナスであったところから、今年はわずかではあるがプラスに転じ、これまで続いていた求人数が下げ止まったように見える。

 建設業では復興需要や都市再開発等によるニーズはあったものの、主に中途採用で人材を補充していたが、それでは不十分であり、また中長期的に見ても人材が必要ということで新卒でもある程度採用するに至っている。

 金融業においては、これまで採用を抑制していた業種であったが、昨年末からの株高により業務が拡大するにともない、既存の人員では量的に事業を担うことが難しいということで採用に踏み切る企業が見られる。

 一方、製造業においては依然としてマイナスが続いている。先ほども述べたように、電機・機械などにおいて業績悪化が伝えられている業種では求人を減らしているが、自動車のように一部の製造業では求人を増やす動きも見られる。製造業の中でも求人動向の傾向が異なる。

アベノミクス効果は新卒採用に届かず

 アベノミクスによる景気浮揚が言われている中では、予測外の伸び悩みと感じた人も多いだろう。

 なぜ、アベノミクス効果が新卒採用に届かないのだろうか。本調査が実施された2013年の2〜3月にかけては、景気が持ち直しつつある状況であった。過去の月例経済報告を見ると、2013年2月27日発表の時点においても、景気の先行きについて、「当面、一部に弱さが残るものの、輸出環境の改善や経済対策、金融政策の効果などを背景に、マインドの改善にも支えられ、次第に景気回復へ向かうことが期待される」と記されている。

 景気が持ち直しつつあるのにもかかわらず新卒採用に影響が出てこないのは、企業側の新卒採用数に対する考え方の変化がある。


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 図表4は、大卒求人倍率と景気を表す指標としてGDP成長率(実質)の相関関係を分析したグラフである。1987年から95年までの図では、相関係数(図表ではR2と記載。「1」に近くなればなるほど相関が高くなり、「0」に近くなればなるほど相関は低くなる)が0.67程度と、正の相関関係があることを示している。

 つまり、GDPの成長率がより高くなればなるほど、大卒求人倍率も上昇するという関係がある。一方、1996年から2013年の図をみると、相関係数(R2)は0.06程度になっている。これは相関関係がないことを示す数字だ。


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 図表1を改めてみていただきたいが、新卒採用については、バブル期に企業は大量採用を行い、バブル崩壊後には一転して採用を抑制してきた。後者はいわゆる「就職氷河期」と呼ばれ社会問題化したわけである。そのような採用数の極端な増減を行った結果、組織における社員の年齢構成に歪みが生じて、現在ではミドル年齢に達したバブル期大量世代の余剰感と、その下の世代の不足感が続いている。

 長い間部下を持つことができなかった大量採用世代は、マネジメントスキルを実践の場で高める機会に恵まれず、このことが企業活力の問題にまで発展している。この経験が企業の採用活動の反省を促し、「新卒は景気にかかわらず極力一定人数採用し続ける」という考えを持つに至った背景だ。

 図表4において、1995年と96年の間でデータを区切ったのは、ちょうどこの時期がバブル崩壊の痛みから回復し始め、企業が採用活動を強化した時期にあたるからである。リーマン・ショックの前にも採用数が増加する時期が見られたが、図表4の1996年以降のグラフにおいて、求人倍率の高い年を仮に無視したとしても相関関係がないことがうかがえるし、リーマン・ショックの後には、景気と新卒採用数との関係は一段と希薄になってきたように見える。アベノミクス効果があっても大卒求人倍率が反転しないのは、そのような理由が大きいと考えられる。

一服感を見せる従業員規模間のミスマッチ緩和

 次に、視点を変えて、これまで問題視されていた従業員規模間のミスマッチについて触れたい。

 雇用があっても仕事に就けない人が出てくる場合がある。このケースはミスマッチとよばれ、しばしば議論される。

 ミスマッチは、仕事を探す人の希望する企業の特徴と、実際に求人をする企業の特徴が異なっているから起こる。例えば、業界Aを希望する人がいて業界Aの企業へ就職活動をしているとしよう。しかし業界Aの企業はどこも人材が充足していて景気が良くなっても採用活動をしなかったとしよう。そうすると景気が良くても、業界Aの求人はなく、この人は業界Aには就職できない。このような状況がミスマッチと呼ばれる。ミスマッチを引き起こす「企業の特徴」というのは様々であり、業種、職種、従業員規模、事務所のある地域などである。

 特に新卒採用においては従業員規模間のミスマッチが問題視され、大企業を希望する学生が多い一方で企業の門戸は狭く、大企業を希望しながらも大企業に就職できない学生が出てきた。特に菅政権において「新卒者雇用に対する緊急対策について」(2010年8月30日)において、従業員規模間のミスマッチが焦点となり、学生の中小企業への関心を高め、中小企業への就職を促す様々な施策が講じられてきた。


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 では、実際に従業員規模間のミスマッチはどうなっているだろうか。

 図表5には従業員規模別の求人倍率があり、2013年3月卒までは300人未満の倍率が低下する一方、5000人以上の倍率が上昇し、規模間の倍率差は縮小している。これは従業員規模間のミスマッチが緩和していることを示している。

 しかし2014年3月卒については、300人未満の倍率が3.27倍から3.26倍とほぼ変わらず、一方で5000人未満の倍率は0.60倍から0.54倍とわずかではあるが低下している。そのため、倍率差は前年並みである。これまで従業員規模間のミスマッチが緩和してきたが、ここにきて緩和傾向に一服感が見られる。


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 この背景として学生側の動きに注目したい。

 図表6は従業員規模別の民間企業就職希望者数の対前年増減率を表したものであるが、5000人以上企業について、2013年3月卒では−15.2%と大きく減少した翌年2014年3月卒は、+5.2%と幾分回復している。前年よりは大手企業を希望する学生が増加しているが、その背景として、景況感の回復とともに採用数の多いような企業への就職期待を持ったことがあげられる。

 例えば、学生は銀行のように採用人数も多く、全国で採用し、総合職・一般職がある会社をもととも希望する傾向がある。銀行は、今年に入り採用人数を増やす動きが伝えられているので、「自分も入れるかもしれない」と期待する学生が増えている。

 しかしながら、5000人以上企業への就職希望者数増加数は前年よりわずかにとどまっており、多くの学生で本格的に大手企業が強まったとまでは言えない。

流通業では求人倍率が上昇
業種間のミスマッチが拡大

 最後に業種別の求人倍率について触れたい。


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 図表7に表した業種別の求人倍率を見ると、流通業において前年の3.73倍から4.76倍に1ポイント以上上昇している。流通業は、2008年3月卒に7.31倍となった後は一貫として倍率は低下してきたが、今年2014年3月卒に入り倍率は上昇に転じた。一方、金融業は0.18倍と、調査開始以来最低水準を記録した。このようにみると、業種間のミスマッチは拡大しているといえる。


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 その背景を見るために、学生側の動きを見てみよう。図表8は業種別の民間企業就職希望者数の対前年増減率を示したものであるが、流通業については2014年3月卒においては2割近く希望者数が減少している。その一方で、先ほど述べた理由を背景に金融業に学生の希望が集まっていることもわかる。

 学生はこれから活動を続けていく中で、企業を知り、視野が広がっていくと思うが、景況感の回復といった気運に浮足立つことなく、様々な規模の企業に目を向け、自分にあった会社をぜひとも見つけてほしい。
http://diamond.jp/articles/print/35189

【第2回】 2013年4月25日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
日銀の異次元緩和が開いた国債暴落への道筋
 日本銀行は、4月4日の金融政策決定会合において、「次元の異なる量的・質的金融緩和政策」を導入した。

 これに対する市場の反応は、それほど簡単ではなかった。株式市場や為替市場では、緩和策を効能書きどおりに受け取って、株高と円安が進んだ。しかし、プロの市場である国債市場では、国債利回りの乱高下が生じた。4月中旬の長期国債の利回りは、新政策発表前より若干高めになった。

 日銀が国債購入額を増やし、しかも長期の国債まで買うとしたのだから、素直に考えれば、金利は低下するはずだ。確かに、発表直後には低下したのだが、その後は上昇した。これは、金利高騰(国債価格暴落)が将来ありうるとの見方があることを示している。

 以下では、日銀の新しい金融政策の評価を行なうこととしたい。あらかじめ結論を要約すれば、つぎのとおりだ。

 1.銀行のポートフォリオが大きく歪むことになるので、計画どおりの国債購入はできない可能性が高い。

 2.日本国債に対する信頼性が失われると、金利が高騰し、経済が混乱するおそれがある。

「次元の異なる」量的・質的金融緩和政策

 4月4日の日銀金融政策決定会合において決定されたのは、つぎの事項である。

1.消費者物価の前年比上昇率2%を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。

2.マネタリーベースが、年間約60〜70兆円増加するよう金融市場調節を行なう。

 マネタリーベース(2012年末実績138兆円)は、13年末200兆円、14年末270兆円となる見込み。

3.長期国債の保有残高が、年間約50兆円増加するよう買入れを行なう。

 長期国債の保有残高(12年末実績89兆円)は、13年末140兆円、14年末190兆円となる見込み。

 なお、毎月の長期国債のグロスの買入れ額は、7兆円強となる見込み。

4.長期国債の買入れの平均残存期間を、現状の3年弱から7年程度に延長する。

 毎月の長期国債のグロスの買入れ額7兆円を12倍すれば84兆円となるが、これは「年間国債発行額120兆円の約7割」になる。

 なお、120兆円とは、借換債も含む総額である(財務省が1月29日に発表した13年度の国債発行計画によると、4月から翌年3月にかけて入札により発行される国債の金額は、156兆6000億円。これから短期国債の30兆円を差し引いた長期国債の発行予定額が、126.6兆円である)。

 ネットでの日銀の年間購入予定額50兆円は、過去1年間の実績の約2倍であり、13年度の新規国債発行額42兆8510億円を7兆円強超えている。

金利低下シナリオ

 今回の国債購入計画は、市中からあまりに巨額の国債を購入するという意味で、規模が大きすぎる。このことを、具体的な数字で示そう。

 以下では、資金循環勘定における「預金取り扱い機関」の資産構成の変化を見ることとする。「預金取り扱い機関」とは、国内銀行の他、外国銀行、中小金融機関、ゆうちょ銀行などを含む金融機関である。

 これら機関の過去2年間の資産・負債の主要項目の変化は、図表1のA欄に示すとおりである。


 預金が増え、それを貸出、国債などの資産に配分して運用する。日銀オペ前の状態が、A1だ。この状態で、長期国債の保有額がどれだけ増えていたか(つまり、どれだけ政府から購入したか)は、統計からはわからない。

 ここでは、「オペの結果、日銀当座預金が24.2兆増え、長期国債残高が11.9兆増加した」という事実から逆算して、その額は36.1兆円であったはずだと考えた(注1)。

 ここで、24.2兆円の買いオペが行なわれると、残高の増加は、A2に示すようになる。

 つぎに、今後2年間を考えよう。

 次の仮定を置く。

 (1)今後2年間の長期国債の発行額は、過去2年間と同額(82.7兆円)とする。

 (2)各機関は、それを過去2年間と同額だけ購入するとする。

 (3)その後に、日銀は100兆円の買いオペを行なうとする。

 ここで重要なのは、日銀の買いオペレーションによって、貸出がどう変化するかだ。

(注1)なおこれは、2年間の発行総額82.7兆円を、12年末の国債残高960兆円から日銀保有分115兆円を差し引いた保有残高比で配分した場合とほぼ同じである。12年末の長期国債の保有残高は、預金取り扱い機関が300兆円(42.6%)、保険が210兆円(25.3%)、海外が35兆円(9.9%)だ。

 仮に企業の資金需要が旺盛であれば、「当座預金が増えるので貸出が増え、それが預金を増やす」という信用創造のメカニズムが働き、銀行のバランスシートは資産・負債両面で成長していくはずである。しかし、現在の日本では、貸出が増える可能性がほとんどないので、増加した当座預金はすべて過剰準備になってしまう可能性が高いのである。

 過去においては、どうであったろうか?

 2001年から06年までの量的緩和期においても、10年からの包括的金融緩和期においても、信用創造メカニズムは働いておらず、当座預金が増えただけで終わってしまっているのである(詳細は、拙著『金融緩和で日本は破綻する』、ダイヤモンド社を参照)。

 具体的な数字を見ると、図表2のとおりだ。


 01−05年頃の期間においては、量的緩和措置によって当座預金は増えたにもかかわらず、貸出はかえって減少した。つまり、信用創造とはまったく逆の現象が起こったのである。これは、世界的なITバブル崩壊により、景気が悪化していたからだ。

 量的緩和措置は06年には停止され、日銀当座預金残高は顕著に減少した。しかし、この時期に、貸出は増加しているのである。これは、アメリカで消費ブームが起こり、そのため日本からの輸出が増加したからだ。

 このように、貸出は当座預金の変化によって動くのではなく、実体経済の動向によって動くのである。

 10年以降は、当座預金増に伴い、貸出も増加した。これも、当座預金増による信用創造メカニズムというよりは、中国への輸出増などのために景気が回復し、企業の資金需要が強まったからだ。

 実際、10年12月から12年12月の間に、当座預金は120%増加したのに対して、貸出は5.3%しか増加しなかったのである。この結果、図表3に示すように、貸出残高に対する当座預金残高の比率は顕著に上昇した。

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 以上を考慮して、100兆円の買いオペが行なわれても、それによって貸出は増えず、当座預金だけが増えるとする。すると、オペ後の資産増は、図表1のB2に示すとおりとなる(注2)。

 なお、資金循環勘定では、長期債と財投債の合計が表示されている。本稿で「長期国債」と言っているのは、この値である。

 なお、上の仮定は、データで直接に確かめることはできない。その理由はつぎのとおりだ。

 預金取り扱い機関の保有国債増減=新発国債購入−償還+他の機関との売買−日銀への売却

 であるが、最初の3項は資金循環統計ではわからない。したがって、保有国債増減額がわかっても、それから日銀売却額を算出することができないのである。

 ただし、日銀側のデータを見ると、図表4に示すように、日銀保有国債残高の増減(長期国債と短期国債の和)は、2011年を除き、ほぼ当座預金の増減に等しい。とりわけ、01−06年はほぼ完全に一致している。この関係は、長期債のみをとっても、おおよそ成立する。したがって、当座預金の増減は国債売買によると考えてよい。ところで、日銀に当座預金を持つのは預金取り扱い機関だけだ。したがって、日銀の国債売買が影響を与えるのは、預金取り扱い機関にほぼ限定されると考えてよいだろう。

(注2)この試算においては、日銀が市中から買いオペレーションを行なうとき、預金取り扱い機関の保有長期国債のみが減少すると仮定している。生命・年金や事業法人などは長期投資目的で長期国債を保有していると考えられるので、この仮定は妥当なものだろう。

国債市場が攪乱され、銀行の資産構成が歪む

 問題は、以上のオペレーションによって、預金取り扱い機関の資産のバランスが大きく崩れることだ。

 図表1のB2にはっきりと示されているように、国債という収益を生む資産が顕著に減り、当座預金が顕著に増えるのである。過剰準備には0.1%の付利がなされているとはいえ、近似的には当座預金は収益を生まない資産と考えてよい。だから、収益を生む資産が減って、収益を生まない資産が増えることになるのである。

 残高ベースの計数は、図表1のC1、C2欄に示すとおりである。貸出に対する当座預金の残高の比率は、現在の6.6%から2年後には20.6%に上昇してしまう。

 これは異常なバランスシートだ。図表1のA欄を見ても、これまで国債保有残高は減っていない。このようなポートフォリオを銀行が受け入れるか否か、大いに疑問である。

 逆ザヤにはならないにしても、収益性が大いに悪化することは間違いない。これまで銀行が国債を売却してきたのは、金利が高かった時点で購入した国債があったため、売却益があったからだ。こうした売却益は、今後はあまり期待できない。

 なお、国債の利回りが低下するので、生保の資金運用利回りも低下する。これに対応するため、生保は外債投資を増やさざるをえないかもしれない(注3)。

 このように歪んだポートフォリオになる原因は、「当座預金だけが増えて、貸出が増えない」と考えたことだ。

 上述のように、教科書的な説明では、当座預金が増えれば、信用創造メカニズムが働くとされている。しかし、これは、企業の資金需要が十分あり、貸出準備金としての当座預金が貸出増の制約条件となっている場合のことだ。企業の資金需要がなければ、貸出は増加しない。

 国債購入額を増やせば信用創造が働くかといえば、そんなことはないだろう。

 なぜなら、貸出が増えないのは、実体経済の事情によるからだ。とりわけ、企業の設備投資意欲が低いことが問題だ。

 現在の状況は、2001-05年頃の状況に似ている。すなわち、中国、欧州の景気後退のため、輸出数量が伸びていない。このため、設備投資意欲がない。だから、当座が増えても、貸出は増えない可能性が高いのだ。

 仮に設備投資をするにしても、海外で行なう。その場合の資金は、海外での資金調達か、あるいは本社の内部資金によるだろう。仮に国内で投資するにしても、内部資金が行なうだろう。

 このように、実体経済が金融を制約するのであり、金融が実体経済を動かすのではない。

(注3)日本経済新聞(4月23日朝刊)によれば、生命保険会社は、長期金利が低下して運用収入の確保が難しくなるため、これまでの資金運用方針を見直し、外国債券への投資を増やす予定。

 以上の状況を考えると、「過去2年の日銀への売却額である24兆円程度までは、過去と同じことが繰り返される」と仮定するのは、不自然なことではない。

 国債残高を減らさないためには、買いオペを36.1兆円程度にするのが限度である。景気が回復して貸出が増えれば、預金と貸出が両建てで増えるため、上記のような異常な形は緩和されるだろう。それにしても、100兆円は限度を超えている。

 外債などの購入も考えられるが、それよりも日銀の買いオペに応じないほうが簡単だ。

 こうして、日銀が買うと言っても、銀行が売らない可能性がある。そうなると、「2年間で100兆円購入」という目標は達成できない。結局のところ、「貸出が増えないかぎり、目標は実現できない」という結論になる。

財政拡大が求められる可能性が高い

 ただし、シナリオは、これで終わりではない。つぎのように発展する可能性がある。

 上の試算の大前提は、「今後2年間の新規国債発行額が、過去2年間と同額」というものだ。しかし、国債発行額がそれにとどまる保証はない。国債増発が行なわれる可能性は高く、仮にそうした事態になれば、事態は大きく変化する。「金利低下シナリオ」が一転して、「金利高騰シナリオ」になってしまう可能性があるのだ。

 国債増発が求められる理由はいくつかある。第1は、上の試算で示したように、日銀が市中から買い上げすぎるため、市中の国債が品薄になってしまうことだ。第2の理由は、実体経済が改善しないため、補正予算で景気刺激策が求められる可能性が高いからだ。大型の補正予算が組まれて国債が増発される可能性は、大いにある。

 今回の緩和策では、長期債も購入することとされた。したがって、金融機関は政府から購入した国債を右から左に日銀に売却することができる。これは、事実上の日銀引き受け国債の発行だ。

 このため、仮に国債の発行が多すぎることになっても、国債市場には供給増の圧力が加わらない。

 こうして、財政規律が弛緩し、財政支出が際限もなく拡大するおそれがある。

 それによって財政への信頼が弱まると、海外保有者の売却が始まる危険がある(最初に短期国債が売られ、いずれは長期国債も売られることになるだろう)。海外保有者が国債を売却すると、事態は大きく変わる。

 こうなると、急激な金利高騰が起こる可能性がある。また、円安が進む可能性もある(注4)。

 将来に円安が予想される場合、海外からの投資は、為替差損を被ることになるので、きわめてリスキーになる。

 国内資産のキャピタルフライト(資本逃避)が生じて預金が流出すれば、さらに深刻な事態になる。金利高騰は、保有国債の価値低下であり、金融機関の資産劣化を意味するから、大混乱を引き起こす危険がある。

 本文で述べたのは、海外投資家の資金流出が原因である場合だ。このときには、資金が日本から流出するため円安になり、かつ、国内市場での国債供給が増えて国債が暴落するため、金利が高騰する。

 これとは違うケースもありうる。何らかの原因によって国内で投資需要が高まり、資金需要が増えて、金利が高くなる場合だ。このときは、資金が海外から流入するから、円高になる。

(注4)金利変化と為替変化のどちらが原因であるかによって、両者の見かけ上の相関が逆になることがある。

金利高騰シナリオに転化する危険がある

 以上のことを、定量的に評価してみよう。

 海外保有者の長期国債売却の最大値は、2012年12月末の保有額34.9兆円だ。新規国債増は前と同じく82.7兆円であるとすると、国内の市中消化額は、34.9+82.7=117.6兆円にならなければならない。

 これを、12年12月末の長期国債保有比率で各機関が購入するとすれば、購入額は、預金取り扱い機関が43.1兆円(36.6%)、保険が30.2兆円(25.7%)となる。

 この場合の預金取り扱い機関の資金運用の変化は、図表5に示すとおりである。


 日銀は、預金取り扱い機関から100兆円購入し、当座預金を同額だけ増やす。

 長期国債購入43.1兆円、売却100兆円で、差引残高増は56.9兆円減だ。また、当座預金は100兆円増となる。

 この場合には、貸出増は、15.6兆円になる。過去2年間の半分程度に圧縮しなければならなくなる。ただし、実際には、当座預金の大部分は過剰準備金となっているので、これを取り崩して貸出を維持するだろう。

 問題は、年金保険で生じる。当座預金に相当するものがないからである。国債が過剰になると、バランスをとるために他の資産を圧縮しなければならなくなる。図表6には、貸出だけで対応する場合を示した。貸出を10兆円近く削減しなければならなくなる。


 つまり、この場合には、日銀が100兆円市中から購入しても、まだ足りないということになるわけだ。本来は、事態の推移を見ながら、国債購入を決めるべきだろう。「2年間の購入額を最初から決めて、追加はしない」と宣言すると、不確実性が増す(ただし、4月4日の決定では、「経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行う」と書いてはある)。

「金利高騰シナリオ」は、財政に対する信頼感の喪失によって起こるものであり、今回の日銀の緩和策がなくとも、起こるものだ。ただ、問題は、すでに述べたように、今回の措置が財政拡大を通じて信頼喪失の可能性を高めている点にある。

 以上で見た「金利低下シナリオ」と「金利高騰シナリオ」は、正反対のものである。そして、このどちらが実現するかのキーは外国人投資家が持っており、彼らの行動を予測することができない。4月4日の緩和政策発表以降、国債市場では金利の乱高下が続いているのは、正反対のシナリオのどちらが実現するか見通しがつかないという市場参加者の戸惑いの表れなのだろう。

マネタリーベース、マネーストック、物価目標はどうなるか

 マネタリーベースは、日銀券、通貨、日銀当座預金から成る。内訳の推移は、図表7に示すとおりだ(この表の計数は平均残高なので、他の表の計数と合わない場合がある)。全体の約6割は日銀券であり、日銀当座預金は約35%だ。当座預金の9割近くは準備預金だ。

 なお、日銀のバランスシートは、図表8に示すとおりだ。

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 長期国債保有増が当座預金増と同額だとすると、上の計画では、日銀券(12年末87兆円)が2013年末60兆円、2014年末80兆円となることを想定しているのだろう。

 さて、マネタリーベースを計画どおりに増やせるだろうか?「金利低下シナリオ」では、日銀当座預金が計画どおりに増えないので、マネタリーベースの予測値は実現できない。また、貸出も増えないので、マネーストックも増えないだろう。したがって、物価目標も達成できないだろう。

 国債増発、財政支出拡大が行なわれると、事態は大きく変わる。マネタリーベースは、いくらでも増やすことができるだろう。マネーストックは、マネタリーベースの増額と同額だけは増えるだろう。

 財政支出の増加により、財政インフレが起きる。キャピタルフライトが起きて円安が進行すると、輸入インフレも加わる。この場合にはむしろ、物価上昇率を2%に抑えられない危険のほうが問題だ。

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〈主な目次〉
第1章 金融政策はどう行なわれるか
第2章 効果がなかった量的緩和
第3章 大規模為替介入と円安バブル
第4章 日銀による財政赤字のファイナンス
第5章 金融緩和でデフレ脱却はできない
第6章 世界を混乱させるアメリカ金融緩和QE
第7章 金融緩和のエンドレスゲームに突入する世界
第8章 金利高騰は大問題
第9章 財政赤字と金融緩和で国家は破綻する
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【第34回】 2013年4月25日 山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員]
TPPという外交敗北
守れなかった農業の聖域
 カナダ、オーストラリアとも事前協議がまとまり、日本は7月からTPP交渉に参加する、という。だが、どんな合意に至ったか政府は明らかにしない。日本に不利な条件が盛り込まれた可能性が高い。

 先に合意した米国との事前交渉は、日本車への関税を当面存続することを認めた。カナダ、オーストラリアにも同様の約束がなされたようだ。だが、見返りに日本の農産品に特段の措置がなされたわけではない。つまり、すべての分野が交渉のテーブルに乗る。

得意分野は事前交渉で封じられ
不得意分野は本交渉で「市場開放」

 得意分野は事前交渉で封じられ、不得意分野は本交渉で「市場開放」が迫られる。

 政府内部では「農業5品目の関税をすべて守るのは極めて厳しい」という声が漏れている。安倍首相は「守るべき国益は守る」と繰り返すが、何を根拠にそう言えるのか。

 TPPは事前協議で早くも外交敗北が濃厚になった。取り繕っても不都合な真実はいつかバレる。7月からの交渉参加で、日本の不利益が次々と明らかになるだろう。

「TTPで安倍政権はつまずくかもしれない」。農業議員からそんな声も出始めた。

 政府関係者はこう指摘する。

「5品目のうち何を守るのか。例えばコメを守るが小麦は諦める、という選択を迫られる局面が出てくるのではないか」

 関税撤廃はTPP交渉の一部でしかないが、安倍政権にとって重要な政治案件だ。関税は分類項目が数万件に及ぶが、WTO交渉などでその90%が撤廃されている。TPPでは残る10%をおおむね3%以下まで減らそうという交渉が進んでいる。

 そこまで下げるとなると日本の「聖域」は崩れてしまう、というのだ。

武器を失い丸腰にされ
交渉の土俵に立たされる

 首相が交渉参加を決断する直前、自民党の農林議員は、首相一任の条件として「コメ、小麦、砂糖、乳製品、牛豚肉の農産品5項目と国民皆保険制度」を国益として列挙し、首相は守ることを約束した。それがもう危うくなっている。

 どの国にも守りたい「弱い品目」がある。同時に「強い品目」もある。強みを前面に出し他国を追い詰め、弱みを巧みに守って国益を貫くというのが通商交渉である。

 ところが日本は、交渉の入場料として自動車という強いカードを切ってしまった。武器を失い丸腰にされ、農業国が待ちかまえる土俵に立たされる。

 発端は日米交渉だった。4月12日に明らかにされた日米事前協議の合意は、「不平等条約」とさえ言える内容だった。米国の「弱み」である自動車はしっかり守られた。日本側が発表した合意文書に次のように書かれている。

「(日本車に対する)米国の自動車関税がTPP交渉における最も長い段階的引き下げによって撤廃され、かつ最大限後ろ倒しされること、この扱いは米韓自由貿易協定における米国の自動車関税の取り扱いを実質的に上回るものとなることを確認」

 分かりにくい表現だが、日本車に課す関税はTPPが許す最大限の猶予期間いっぱいに存続し、米韓自由貿易協定で韓国車の関税が無くなった後も残るということだ。

 これだけではない。「弱い」米国車を日本に売り込むため「TPP交渉を並行して自動車貿易に関する交渉を行うことを決定」と記されている。

 世界で売れている米国車が日本で売れないのは、日本の制度やビジネス慣行に非関税障壁があるからだ、というのが米国の言い分だ。市場の排他性をなくすため軽自動車を優遇する税制や日本独自の安全基準を米国車に押しつけない例外扱いなどを協議する、というのである。「言いがかり」のような要求だが日本は交渉に応じた。

米国の本当の狙いは
国民皆保険制度?

 自動車だけではない。他の分野でも交渉が続く。合意文書にこうある。

「日米間でTPP交渉と並行して非関税措置に取り組むことを決定。対象分野は保険、透明性・貿易円滑化、投資、規格・基準、衛生植物検疫措置など」

 非関税措置は、米国は重視する交渉項目である。関税は輸入の防波堤で、波打ち際で外国製品の流入を阻止する。だが関税障壁は世界経済の発展を妨げるということからGATT(貿易と関税の一般協定)やWTOを舞台に何十年も引き下げ交渉が行われてきた。その結果、ほとんどの関税は撤廃され、残るはそれぞれの国の政治品目、というのが現状だ。

 代わって浮上しているのが「非関税措置」である。それぞれの国は事情に応じて独自の制度を設けている。それが他国から見ると「外国製品を閉め出す排他的な障壁」に映る。

 例えば日本の国民医療保険制度。政府が財政補填して国民皆保険を実施しているが、外国の保険会社から見れば民間の医療保険を閉め出す制度になる。米国は日本の国民健康保険が「非関税障壁」とは言ってはいないが、米国の保険会社が得意とする医療保険を普及するのに、国民皆保険は障害だと思っているようだ。そこで狙われるのが皆保険を支える諸制度である。

 皆保険のサービスを低コストで実現するには、薬品価格を低く抑えなければならない。中央社会保険医療協議会が保険が対象とする薬品価格を決めている。この決め方が「透明性を欠く」という指摘を米国はしている。

 薬品業界は寡占が進み、米国にはファイザーなど多国籍薬品企業がある。彼らにとって日本は有望市場だ。日本の薬価の決め方は行政主導の談合体質だ、と米国は批判している。薬品の特許期間を延長してジェネリック薬品の認可を遅らせるべきだという主張もなされている。米国の薬をもっと高い値段で買ってくれ、という要求である。

 もう一つが保健医療の対象外にある自由診療を併用する混合診療の導入だ。米国が得意とする先端医療の恩恵を受けるには、今の制度では自由診療しかない。そこで保険診療と自由診療を併用する混合診療を認めろ、と米国は制度の改正を要求している。だが日本政府は混合診療が増えると保険診療が先細りになり国民皆保険の維持が難しくなる、と難色を示している。

 高額の先端医療サービスを皆保険の外側に、民間保険の対象として市場を創る。そうなれば米国の薬品業界と保険会社の利益は拡大されるが、日本の国民皆保険の維持とがぶつかる。TPP交渉の裏側でこうした国や制度の根幹を揺さぶるやり取りが展開している。

 TPPの主要議題は、長年の交渉で限界まできた関税より、国の在り方を決める制度を問題にする非関税障壁へと移っている。政策決定の透明性、地方自治体の入札まで含む政府調達、先進国の技術に対価を払う知的財産保護など、新たなテーマが交渉項目になった。これらは米国が主導する交渉分野であり、米国の多国籍企業に活動の自由を与えるルールづくりでもある。

内容が微妙にずれる
日米の合意文書

 話を日米の事前協議に戻そう。不可解なことに合意文書は2通ある。日本政府が出した文書と米国の通商代表部(USTR)が出した文書で、内容は微妙にずれている。

 日本の文書にある合意内容には「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、2国間貿易上のセンシティビティー(重要項目)があることを認識しつつ、TPPにおけるルール作りおよび市場アクセス交渉において緊密に共に取り組むことで一致」と書かれている。お互い弱い品目を抱えていることを理解し、交渉では仲良くやることになりました、というニュアンスである。

 ところがUSTRの合意文書にはひと言も触れていない。代わりにTPP交渉と並行して行われることになった日米交渉の中身がこってり書かれている。例えば保険である。

「日本は民間の保険会社との適正な競争関係が確立されたと判断されるまでは、かんぽ生命によるガン保険・医療保険商品について認可を行わず、そのためには数年間を要すると思われることを一方的に発表した」

 一方的に発表というのは麻生財務相が唐突に行った会見だ。記者の前に現れた麻生大臣は問わず語りに「政府はかんぽ生命のガン保険や医療保険の新商品は当分認可しない」と述べた。保険での日本の譲歩を合意文書に書かず、大臣談話で済ますという不透明なやり方で、外交敗北を小さく見せようとする小細工ではないのか。

 米国保険会社の売れ筋商品であるガン保険・医療保険をかんぽ生命に売らせるな、という米国の横ヤリに屈したのである。

 かんぽ生命は政府が100%出資する日本郵政の子会社で、政府の信用をバックに営業しているから民間と対等な関係ではない。外国勢を閉め出す非関税障壁だ、という米国の主張に屈した。日本はそこまで譲ったのに「農産物の聖域化」を引き出すことはできなかった。

 米側の主席交渉官であるマランティス臨時代表が日本の佐々江賢一郎駐米大使に宛てた書簡で「日本には農産品というセンシティビティーがあることを理解」というリップサービスをもらい、それを日本側の合意文書に書き込んだのである。

 理解していただいたが、肝心の「農産品の例外扱い」はゼロ回答だった。米国の農業団体からは歓声が上がった。

「めまいがするほど嬉しい。我々の期待はすべての製品で関税ゼロだ」(全米豚肉協議会のジョルダーノ副会長)

「コメが難しい問題であることは分かっているが、量的にも質的にも日本への輸出を増やしたい」(USAライス連合会カミングスCOO)

 カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも勢いづいた。自動車のカードを入場料に使ってしまった日本には相手を追い詰める武器はない。

自民党が「農業所得倍増計画」を
打ち上げた狙いは何か

 交渉参加は7月下旬。外交敗北が露わになるのは参議院選挙が終わってからだろう。選挙で大勝ちすればTPPの敗北も何とかなる、と安倍首相は考えているのかも知れない。

 首相はこのごろ盛んに「農業の多目的機能」を口にする。農業は農産物を生産するだけではない、田園風景やみどり溢れる環境を保全することも大事な機能だ、と。農業補助金だけでなく多目的機能に予算を付ける伏線ではないか。

 自民党の石破幹事長は「農業所得倍増計画」を打ち上げた。農村風景や振興策が、なぜいま声高に語られるのか。それはTPPで聖域が破られることへの備えではないのか。

 ウルグアイラウンドでコメ市場に風穴が空いた時、政府・自民党は6兆円をばらまいた。失政をバラマキで埋める、という愚行がまた繰り返されるかもしれない。
http://diamond.jp/articles/print/35191



【第228回】 2013年4月25日 筒井健二
消えゆく産業遺跡「廃墟」が
私たちに教えてくれること

炭鉱の町に残る大規模な学校から、生徒数が一桁の山奥の分校まで、廃校には地域の気候や風土、社会背景が色濃く反映されている
 第2次「廃墟」ブームが到来しているという。

 2012年10月には『産業遺産の記録』(三才ムック)、12月には『廃校遺産』(ミリオン出版)が発売され、廃れゆく建造物の魅力やその痕跡を残そうとする動きが盛んだ。現代に生きる人間は、廃墟のどういったところに魅力を感じるのか──。

 廃墟ブームの第一波は、1998年ごろに訪れた。インターネットの普及に伴い、個人の趣味嗜好が他人にも広く受け入れられ始めたことで、廃墟の価値と歴史性の魅力に気づいたファンがウェブサイトを開設。彼らの濃密な情報交換にメディアが注目し、雑誌や写真集を通じて、廃墟の神秘性や世界観を広めていった。

「廃墟に興味がある人は、以前から一定数いたと思います。ただ、心ない人たちに“いい廃墟”を傷つけられるのを恐れ、限られた輪の中でしかつながりを作りませんでした。そんな閉鎖性を壊したのがインターネットです。SNSを通じて廃墟好きが出会い、写真や文章でその美しさ、産業遺跡としての価値を伝えようとする人が、いまなお増えています」

 このように語るのは、10年以上にわたり、廃墟をテーマとした撮影活動を続けている芝公園公太郎さん。芝公園さんが写真を提供した写真集『廃校遺産』(ミリオン出版)が出版されたばかりだ。

「廃墟をテーマに創作活動をしている人は、数多くいらっしゃいます。そうした方々から写真を提供してもらい、1冊にまとめたのが今回の『廃校遺産』です。さまざまな理由で閉校してしまった学校の歴史を追っています」(芝公園さん)

町が輝いていたころの
“過去の栄光”が廃校に宿る

 廃墟は時代や地域性を投影した存在だ。たとえば炭鉱街。人が集まり、商店ができ、町が広がり、産業が発展する。その後、自然資源の枯渇につれて“ヤマの灯”が消え、人が減り、そして…。

「炭鉱のように一財を成した町の学校には、ハッと息をのむほど美しいものが多く、いまなおしつらえや建築様式の素晴らしさが伝わってきます。華麗で調和がとれていた当時の佇まいと現在の姿とのギャップが、時代の変遷を物語っていて魅力的ですね」(芝公園さん)


小・中・高校のうち、廃校となるのが圧倒的に多いのは小学校。少子化の現実がここでも見える(出所:文部科学省)
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 文部科学省によれば、2011年度に廃校となった公立小・中・高校は全国で474校。2000年代に入ってからは、実に5200校以上が廃校に追い込まれている。

 少子高齢化の波が押し寄せるなか、ベビーブーム後に設立された多くの学校は、徐々に定員を割り込み、学生・生徒数が一定数を下回れば廃校に追い込まれる。加えて、地域経済を支えた産業の衰退、自治体の合併・再編の影響で消えていった学校も多い。

廃校を別の用途で
利用する動きもわずかにあるが…


2012年4月時点、建物が現存する廃校4222校のうち、利用予定がない学校は1000校。「地域等からの要望がない」「建物自体の老朽化」という理由が挙げられる。
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 ただ、学校としての役目を終えた後に、さまざまな用途で新たな役割を与えられている廃校もある。有名なところでは、吉本興業本社(東京都新宿区)、世田谷ものづくり学校(世田谷区)など、店舗や学習施設、美術館に形態を変えて存続している。

「子どもたちのかつての学び舎が、大人たちによって再利用されるのはとてもユニークですね。とはいえ保存やリニューアルをされる学校は全体の一部。耐震性や老朽化の問題で転用できずに廃校、そして解体される学校は多い。役目を終え、一線から身を引く学校の姿を、人々の記憶と写真に焼き付けられればと思っています」(芝公園さん)

 廃墟とは過去の遺物であり、私たちが暮らす社会の未来像でもある。大量生産・大量消費社会が行き着く象徴として、人は無意識のうちに廃墟に教えを乞うているのかもしれない。

(筒井健二/5時から作家塾(R))
http://diamond.jp/articles/print/35186  

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01. 2013年4月25日 19:58:29 : niiL5nr8dQ
コラム:投機の円安から実需の円安へ、15年ドル110円も=池田雄之輔氏
2013年 04月 25日 17:46

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池田雄之輔 野村証券 チーフ為替ストラテジスト(2013年4月25日)

ドル円が78円前後でこう着状態だった昨年夏場、「2012年末は82円」と筆者が社内外のミーティングで予想すると、「まさか4円も」と疑問の声が各方面からあがった。そして今、同様の場で「13年末は102円」と説明すると、まったく正反対の反応が返ってくる。「たったの102円か」と。円相場は、昨秋からの半年間で激変した。

昨年11月14日の野田佳彦(当時)首相による「解散宣言」以降、急激に進行した円安において中心的テーマは常に「アベノミクス」だった。12月16日の衆議院選挙を経ての政権交代、1月22日の日銀による2%インフレターゲット採用、3月15日の黒田東彦日銀総裁選出、そして「黒田ショック」とも言える今月4日の圧倒的な金融緩和策。強いメッセージ性とスピード感ある政策実施は、円安の気運を盛り上げ続けてきた。

この間、海外ヘッジファンド勢からは「アンストッパブルだ(止められない)」「ゼロ・ミステイクだ」と、政策実行力の高さに驚きの声があがっている。長年、日本の政策不在を嘆いていたロンドンの投資家からは、「今、世界でもっとも政治が機能しているのはまさか日本じゃないか」などと、皮肉とも本音ともつかないコメントが聞こえてくる。

<円安の7割を支配する海外マネー>

では、ここまで急速に進んだ円安のうち、どれだけが海外勢の円売りに起因しているのか。

為替分析の世界でよく利用される指標に「シカゴ先物市場(IMM)の投機的ポジション」があるが、実は現在の局面ではほとんど使い物にならない。シカゴ市場には主に商品先物を手掛けるプレイヤーが参加しており、彼らの手法はチャート重視、プログラム売買中心である。アベノミクスのようなマクロ政策の相場インパクトに着目している投資家は、IMM市場にはほとんど存在しない。

残念ながら、投機勢全体の動きを示すデータはない。そこで筆者は二通りの方法で、海外投資家、とくにヘッジファンドの動きを推測している。

まず、24時間のドル円相場の動きを、東京時間と海外時間とに二分し、それぞれのパフォーマンスを積み重ねていく。すると、昨年11月の「解散宣言」から25%進んだ円安のうち、東京時間は7%、海外時間が18%との結果が得られる。東京時間にはシンガポールのヘッジファンドの動きなども含まれるため厳密な議論ではないにしても、おおむね「国内プレイヤーの影響が3割、海外勢が7割」といってよいだろう。

次に、円需給の指標(後述する「野村円需給インデックス」)と内外金利差からドル円相場のシミュレーションを行い、モデルで説明できる部分を「ファンダメンタルズ要因」、できない部分を「投機要因」と切り分けてみる。するとやはり、11月以降の円安は、3割がファンダメンタルズ、7割が投機との結果が得られる。ちなみに、前者はほとんどが貿易赤字と対外直接投資の拡大に起因しているため、「3割が実需、7割が海外勢の投機」と言い換えることもできる。

<横に拡がるヘッジファンドの投機ポジション>

つまり、「解散宣言」時点の1ドル=79円から、20円以上円安になっているうち、15円前後が海外投機勢によるものというのが筆者の見立てである。これは過去、金利差の変化がない中で投機ポジションによってもたらされる平均的な為替変動の約2倍である。

ヘッジファンドと付き合いのある方は、「そこまで大きな円ショートを持っているという話は誰からも聞かない」と言われるかもしれない。しかし筆者の印象では、円ショートは縦に積まれているのではなく、横に拡がっている。「猫も杓子も円ショート」という状況なのだ。たとえばシンガポールでは、今まで先進国通貨など触ったことのなかった新興国通貨専門のヘッジファンドの多くが、アベノミクス相場に乗り遅れまいと、こぞって円ショートしている様子を目の当たりにしてきた。

したがって、個別のファンドは円ショートを積み増す余地を残しており、「投機で円安を引っ張るのは限界」という状況にはまだ至っていないとみられる。重要なのは彼らが円ショートをさらに膨らませるような理由があるか。あるいは、どこかで円買い戻しに動く理由があるかである。

その点で、4日の「黒田緩和」はヘッジファンドのドル円戦略に大きな影響を与え、新しい局面に移行する転機になったと考える。まず、長期金利を大きく押し下げ、マネタリーベースを倍増させるとの宣言により、新しい緩和策は「強力緩和=通貨安」を信じる海外勢の円安ストーリーを補強した。

一方で、黒田総裁は「(2%のインフレ目標を達成するために)必要な措置はすべて講じた」ことを強調し、26日の金融政策決定会合で目先の追加緩和を想定していないことをすでに示唆している。金融政策の注目点は、次々に打ち出される政策の中身ではなく、それらの効果へと移ってくる。海外ヘッジファンド勢も、政策スケジュールを睨(にら)みながら円ショートを積み上げるのではなく、インフレ指標などの変化を継続的にチェックするスタイルに変わってくるだろう。

筆者は元来、7月の参議院選挙後にはアベノミクスへの関心も薄れ、海外勢は円買い戻しに動いてくるとみていた。しかし、衝撃的な黒田緩和の効果により、投機の円ショートは一部が「息の長いポジション」に変貌。根雪のように緩やかな円安水準を支え続ける役割になった、と推察している。このようなシナリオに基づき、「13年末は1ドル=102円」と筆者は予測している。

<12兆円の貿易赤字は年約7円の円安要因>

では、来年以降はどうか。投機の円ショートが徐々にアベノミクスというテーマから離れていくと見込まれる中、円安の担い手は「実需」に引き継がれる公算が大きい。

筆者は、国際収支統計に基づき、為替需給に影響する本邦フローを「野村円需給インデックス」として集計・予測しているが、同指数は13年度と14年度にそれぞれ13.7兆円、13.5兆円の赤字(円売り超過)になると見込んでいる。これは12年度の7.7兆円(実績見込み)に比べ、円売り圧力が加速する可能性を示唆している。

アベノミクスや黒田緩和によって本邦マネーが外貨シフトを進めるとの予想も影響している。しかし、より構造的には貿易・サービス収支の赤字が13―14年度にかけて年間12兆円ペースまで悪化する見込みであることが重要である

「貿易収支は円相場に影響しない」との説もあるが、それは疑わしい。確かに、両者を一対一で直接比較すれば相関がないようにもみえようが、為替相場は幾重ものフローや金利ファンダメンタルズ、さらには思惑によって決定される。「円需給インデックス」と金利差を用いたシミュレーションモデルを用いれば、過去10年間の円相場はかなり美しく説明することが可能で、貿易収支による需給の影響力も大きいことが示される。

また、「1日に50兆円も取引量のある為替市場で、年間12兆円程度の貿易赤字が影響するわけがない」との主張もあるが、これも誤りである。取引量データは、秒速単位で売買を繰り返すコンピューター取引も大量に含んでおり、相場インパクトを計る指標としては妥当でない。貿易収支の場合、円需給へのインパクトは一方向であるから、むしろ緩やかながらも確実に相場に影響するとみるべきであろう。筆者のシミュレーションモデルによれば、12兆円の貿易赤字は年間で7円(1ドル当たり)程度の円安要因になる計算である。

貿易黒字に慣れ親しんできた日本人にとって、貿易赤字の継続は、にわかには信じにくい現象だろう。確かに、11年3月に発生した東日本大震災後の原発停止の影響で日本は貿易赤字に転落したと考え、「原発が再稼働すれば赤字はすぐに解消される」との見方もある。しかし、そう簡単にはいかない。日本の震災に前後して、グローバル金融市場ではエネルギー価格の急上昇、その後の高止まりが起きているからだ。

チュニジアのジャスミン革命(10年12月)以降の、一連の「アラブの春」の影響である。たとえば、日本の現在の液化天然ガス(LNG)輸入金額は、震災前水準から約70%膨れ上がっているが、そのうち輸入量が増えた影響はわずか20%、残りの50%は価格上昇に起因しているのだ。参院選後に原発を仮に6機再稼働させたとしても、エネルギー輸入の節約につながるのは5000億円から1兆円程度にすぎないだろう。

<JカーブがL字型に変形>

「これだけの円安だから、貿易赤字は縮小するはず」との見方も自然である。しかし、円安は初期の影響としてむしろ赤字を拡大させる点に注意が必要である。いわゆるJカーブ効果といわれる理論だ。日本の貿易の通貨別の契約をみると、輸入はドル建て契約が約7割を占める一方、輸出はそれが5割に満たない。円高リスクを回避すべく、日本の輸出企業が円建て契約を増やしてきた影響である。結果的に、円安は輸入コストの上昇に直結する一方で、輸出売上の受け取りはあまり増えない構造になっている。

問題は、「円安はまず貿易収支悪化につながり、その後は大きく改善方向に作用する」とのJカーブの後半部分である。筆者が最新のデータで計量分析を行ったところ、「その後の改善」の効果が過去に比べて明らかに小さくなっており、どちらかというとL字型に変形してしまっているのだ。つまり、「円安はまず貿易収支悪化につながり、その後の改善効果も小さい」。

第一に、輸入総額の3割を占めるに至ったエネルギーは、どれだけ円安によって割高になっても、国産への切り替えが効かない代物である。第二に、長期円高トレンドにあって海外生産へのシフトを進めてきた輸出企業は、円安になったからといって直ぐに現地生産から撤退し、日本からの輸出に切り替えるわけでもない。輸出入ともに日本の貿易は価格の変化に影響されにくくなっており、それだけ円安メリットも小さくなっていると言い換えることができる。エネルギー価格が持続的に下がらない限り、日本は貿易赤字を容易に解消できない状況が続こう。

要するに、先行きは「投機の円安」から「実需の円安」へと局面が変わっていくだろう。アベノミクスに乗っかって円安の約7割を牽引してきた投機ポジションは、黒田緩和によって一部が「根雪のように」円安水準を支える性質を帯びたと推察される。一方、年間12兆円に上る貿易赤字は、日本が円を売り続ける重要な構造になっている。

13年末/14年末は1ドル=102円/106円を予想している。日米金利差の拡大で110円台に突入するのは15年まで持ち越されるだろう。

*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。

 
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http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE93O01A20130425?sp=true
 

焦点:変わる生保の運用計画、低金利続けば外債投資を静かに拡大
2013年 04月 25日 17:35 JST
[東京 25日 ロイター] 2013年度の大手生命保険9社の資産運用計画がまとまった。ALM(資産・負債の総合管理)による安定収益確保のため、国債が運用の中心という大きな配分方針は変わらないものの、これまでの「超安全運転」とは少し様相が異なる。国内の金利低下で厳しい運用難状況が続けば、慎重ながらも徐々に外債投資が増えてきそうだ。

ヘッジ付き外債が中心だが、オープン外債に興味を示す運用担当者もいる。一方、リスクウエートの大きい株式には依然慎重な生保が多い。

<国内低金利続けば外債投資を拡大>

国内最大手、日本生命の3月末の一般勘定資産は52兆4400億円。そのうち、1)一般貸付、2)国内債券、3)ヘッジ外債の3本柱を「円金利資産」と位置付け、ポートフォリオの7割を配分している。国内金利の低下で運用環境はこれまでになく厳しいが、「安定収益を確保するため、短期的な(相場の)変動をとらえて配分を大幅に動かすことは、現時点ではない」(大関洋・財務企画部長)という。

ただ、あくまで「現時点」だ。低金利が継続した場合は、超長期国債への投資を抑え、ヘッジ外債などへの投資を検討するという。前年度はヘッジ付き外債は2600億円増やしたが、オープン外債は4200億円減らした。今年度の資金純増額は1兆円の予定で、前年度の資産残高比率を当てはめれば、ヘッジ外債は1300億円、オープン外債は400億円増えることになる。「チャンスがあればオープン外債も買っていきたいが、今の(為替)水準ではコーシャス(慎重)に構え、押し目をみてやっていきたい」と大関氏は話す。

明治安田生命は前年度、外債を7900億円増やしたが、全体も2兆1350億円増えており、比率は37%。今年度の増加資産は1兆円強の見通しで、このうち半分弱を外債投資に充てるとしており、増加資産に占める比率は上昇する。「しばらく前と比べれば、今の海外金利と為替はどんどん買っていこうという水準ではない」(山下敏彦常務執行役)とするが、同社のドル/円予想は85─105円、米10年金利は1.5─2.5%と、現水準に比べ、円高・米金利上昇の方向に振れる局面も予想している。

財務省発表の対外中長期債投資(指定報告機関ベース)は6週連続の資金流入超となっており、国内勢の外債投資が増加したデータはまだない。だが、生保系のあるエコノミストは「現時点ではポートフォリオ・リバランスに表向き慎重な姿勢を示す生保が多いが、国内低金利による運用難は本当に厳しい。株式はリスクウエートが高く増やしにくい。外債を増やすしかないだろう。マーケット・インパクトが出ないように静かに進めるのではないか」と話す。オープン外債を増加させる前に、すでに保有する分のヘッジを外すケースも多くなりそうだという。

<ヘッジ比率低下させる生保も>

外債投資は為替リスクをとらないヘッジ付きが中心という生保は依然多い。実際、海外の金利低下で内外金利差が縮小してきており、為替ヘッジコストは低下している。米国の10年債金利は約1.7%と高くはないが、現在の日米短期金利差はほぼゼロなので為替ヘッジコストはほとんどかからない。日本の10年債利回りは約0.6%であり、米国債投資はそれなりに魅力がある。ユーロの短期金利もゼロ近辺だ。大同生命は、外債投資は増やすが、基本的に為替ヘッジ付きで取り組むという。

しかし、豪ドルは約3%、南アフリカランドは約5%、ブラジルレアルは約7%の短期金利があり、高利回りを求めようとすれば、為替ヘッジコストはそれなりにかかる。長期的な円高局面が終了したとの見方からヘッジ比率を落としたり、オープン外債を増やす姿勢をみせる生保も増えてきた。

朝日生命は従来、すべてヘッジするのが基本だったが、12年度下半期の外債積み増しにより、ヘッジ比率が9割強まで低下した。資産運用統括部門・ゼネラルマネージャーの小野貴裕氏は今年度の外債運用計画について「さらなる円安が見込まれると判断すればヘッジ比率の引き下げを検討する」と語る。住友生命も、円高リスクは後退しており、オープン外債で為替リスクを一部鳥うとしている。

オープン外債が増えれば、為替市場へのインパクトも強まる。生保協会によると、2011年度末時点の生保が保有する有価証券は257兆5603億円。仮に1%、オープン外債投資を増やすだけで年間約2.5兆円のマネーがシフトすることになる。1日数十兆円のマネーが動く外為市場だが、「日計りのトレーダーではない売り切り・買い切りの主体が動けば市場への影響は大きい」(邦銀)。

<国内株の慎重姿勢変わらず>

一方、国内株への投資には慎重な姿勢に変化はみられない。今年2月末時点で国内生保(かんぽ生命含む43社合計)の株式残高は12兆5441億円。運用資産324兆円のうち3.8%にまで低下しているが、今年度も横ばいもしくは減少の運用計画がほとんどだ。

2011年度決算からソルベンシー・マージン比率算出式の厳格化が図られ、国内株式のリスクウエートが10%から20%に引き上げられたことも敬遠される理由となっている。三井生命の杉本整・運用統括部長は「2013年度も日本株への投資を増やすことはない。株式相場の上昇で時価ベースでは増えることも考えられるが、簿価ベースでは減らしていく方向だ。今の会計制度の中で将来の株価変動を考えると、ある程度リスク性資産への割合を固定化せざるを得ない」と話す。

(ロイターニュース 金融マーケットチーム;編集 久保信博)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE93O04X20130425

 

ECBは難しい立場、ドイツだけ考えれば利上げ必要=メルケル首相
2013年 04月 25日 18:50 JST
[ドレスデン(ドイツ) 25日 ロイター] ドイツのメルケル首相は25日、欧州中央銀行(ECB)について、ドイツの状況だけを考えれば利上げが必要だが、ユーロ圏の景気格差のため、難しい判断を迫られているとの認識を示した。

首相は銀行関連の会合で「ECBは難しい状況にある。ドイツのためには、今若干の利上げが必要だろう。ただ、他の国にはさらに多くの流動性を供給するため、さらに対策を講じる必要がある」と述べた。

首相が中銀の政策について見解を示すのは異例。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE93O05K20130425

焦点:ユーロ圏危機後の欧州を待ち構える「高齢化危機」
2013年 04月 25日 13:59 JST
[リガ/リスボン 24日 ロイター] ユーロ圏債務危機が過ぎ去ったとしても、欧州にはその後、さらに深刻な問題が立ちはだかることになる。高齢化社会の進展にどう対応していくかだ。

一部の国では人口の増加は停滞しており、ドイツのようにすでに減少している国もある。高齢化の進行で貯蓄率は下がり、経済の潜在成長力も落ちることになる。労働生産性も下がり、国民の生活水準も低下するだろう。一方、定年退職者の数は膨れ上がり、年金や医療保険は財源不足の危機にさらされる。

欧州連合(EU)27カ国では現在、年金受給者1人当たりを平均4人の生産年齢層で支えている。国連やEUの予想では、2050年までには現役世代2人で高齢者1人を支える構図になる。

2014年のユーロ圏加盟を目指すラトビアは、現役世代の負担がさらに重い社会が待ち構える。2060年までには、現役世代4人で65歳以上3人を支えなくてはならないという。海外移住や低い出生率により、ラトビアの人口は2000年からの約10年間で14%(34万人)も減少。国家にとって深刻な問題となっている。

ラトビア大学の経済学教授で人口統計学の第一人者であるミハイル・ハザンス氏は「終末論を語りたくはないし、国が何とかすると思いたい。しかし、警鐘は打ち鳴らされている」と語る。

<鳴り響く警鐘>

欧州の多くの国では、定年退職年齢が引き上げられている。しかし、スウェドバンク(リガ)のチーフエコノミスト、マルティンス・カザクス氏は、高齢化に備えて必要とされる政策転換の重大さを各国政府はまだ理解していないと指摘。

「転換点を後戻りできない場所と定義するなら、いくつかの点で、われわれはすでにそこを通り過ぎている」とし、「人口高齢化と年金や福祉の負担で成長率は減速するだろう。ここで手を打たなければ、未来はもっと困難になる」と警鐘を鳴らす。

少子高齢化が経済に与える影響を理解するために政策立案者が参考にすべき国は日本だ。スタンダード・ライフ(エディンバラ)のダグラス・ロバーツ氏は「欧州は新たな日本だ」と語る。

エコノミストらは、労働者の生産性を向上させるための教育訓練への投資が、政策上の優先課題に設定されるべきだと指摘。同様に、女性労働力を活用するための育児支援の拡大も優先課題になるべきだとしている。

一方、高齢化のコスト負担をどう分け合うかは、「甘やかされる年金受給者」と「酷使される若年層」の対立という政治的問題をはらんでいる。

UBS(ロンドン)のシニア経済アドバイザー、ジョージ・マグナス氏は、ユーロ圏危機によって目先の問題にしか焦点が当たらないのは無理もないとした上で、「しかし、その背後には非常に構造的な問題がある」と指摘。「社会のモデルや国家に対する国民の権利と義務などの問題を議論しなくてはならなくなるだろう」と語る。

バルセロナのエコノミスト、エドワード・ヒュー氏も、欧州債務危機の根底には、社会の高齢化に伴う潜在的債務にどう向き合うかという問題があるとの見方に同意する。

同氏は、将来の年金や医療保険に必要とされる額の見通しは楽観的すぎると警告し、欧州の政治家や国際通貨基金(IMF)は人口構造の変化がもたらす影響を軽視していると批判する。

<ポルトガルのジレンマ>

景気後退(リセッション)に陥ったポルトガルも、ヒュー氏が指摘するように、ユーロ圏周辺国で人口動態の結果として経済や財政の悪循環を招いたケースだろう。

ポルトガルの出生率は1980年代前半以降、人口を維持するために必要とされる2.1を下回っている。昨年の出生率は1.32で、新生児数は過去100年以上で最低水準となる9万人にとどまった。

2050年までにポルトガルは、人口の40%が60歳以上になると予想されている。現在の24%から大幅に増え、EU加盟国で60歳以上人口が最も多い国になる。

さらにポルトガルでは、毎年人口の約1%に相当する10万─12万人が、より高収入な仕事を求めて海外に移住する。労働者人口の減少で税収は減り、社会保障制度にはさらに負担がのしかかる。

在外ポルトガル人コミュニティー担当閣僚のホセ・セサリオ氏は「移住者を帰国させることができるのは、ポルトガル経済が発展しているときだけだが、彼らなしに経済発展はできない」とジレンマを吐露。解決策があれば、ポルトガルの状況は今とは違ったはずだと話す。

<ラトビアからの脱出>

バルト海に面するラトビアにも同じことが当てはまる。

ドムブロフスキス首相はロイターに対し「(海外移住は)経済的にも社会的にもラトビアにとって大きな課題だ。今集中すべきは経済成長と雇用創出で、それができれば国民は国内で展望を持ち、国を離れないだろう」と語った。

ラトビア政府は2030年までに10万人の移住者を帰国させる目標を持っている。

これは、21世紀に入ってからの海外移住者の3分の1に当たる。EU最貧国の1つであるラトビアにとって、その目標達成は簡単ではなさそうだ。

2006年に英国に渡ったシングルマザーのダツァ・ガイルさんも、今のところ帰国の意思はまったくないという。1カ月150ラト(約2万7000円)の収入で子ども2人を養うのは無理だと感じて国を出たガイルさんは、最初こそ苦労したものの、英語を身に着けてからは良い仕事が見つかり、現在では、英国在住ラトビア人向けのニュースサイトを経営するまでになった。

「一番の問題はラトビアには十分な仕事がないこと。帰国を決断するのは少しリスキーだ」と語り、「ここで8年近くを過ごして自分の生活スタイルも変わった。この国ではよりチャンスが多い」と続けた。

2000年以降のラトビアの人口減少の3分の2は、海外移住組によるもの。人口流出が止まらないことは、経済的側面だけでなく心理面に大きな影響を及ぼすことも見逃せない。ラトビアの出生率は現在、世界最低水準である1.1にまで下がっている。

ラトビア大学のハザンス教授は「(国に残った人たちは)苦い思いに覆われている。もし皆が船から出ようとしているなら、船は沈んでいるに違いないという思いだ。もしくは、船がまだ浮いていて他の人が逃げている時に、なぜ自分は残っているのかという感覚だ」と語った。

(原文:Alan Wheatley記者、翻訳:宮井伸明、編集:本田ももこ)
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE93O02R20130425


 

 
ECB:低金利の恩恵、緊張と無縁の国に−銀行の回復遅い

  4月25日(ブルームバーグ):記録的な低金利は主に安定した国の金融機関に恩恵をもたらした−。欧州中央銀行(ECB)がこうした分析結果を示した。
ECBは25日公表した金融統合に関する年次報告で、「低金利環境が引き起こした高利回りを求める競争は主として、市場の緊張には比較的無縁な国の相対的に高い格付けを持つ取引相手や金融商品に恩恵をもたらしたようだ」と指摘した。
また、欧州首脳らによる銀行同盟の決定とECBによる非標準的措置が金融市場の信頼回復に寄与したものの、「銀行市場の回復は他のセクターに比べ遅く力がないことが分かった」としている。
原題:ECB Says Low Rates Mainly Helped Countries Immune toTensions(抜粋)
更新日時: 2013/04/25 19:04 JST


 


英ポンド:対ドルで2カ月ぶり高値−英経済が3番底を回避

  4月25日(ブルームバーグ):25日午前のロンドン外国為替市場では、ポンドがドルに対して2カ月ぶり高値を付けた。英経済が1−3月(第1四半期)にエコノミスト予想を上回るプラス成長となり3番底を回避したことに反応した。英国債相場は下落。
ポンドは主要16通貨に対し全面高。英政府統計局(ONS)がこの日発表した1−3月(第1四半期)の国内総生産(GDP)速報値(季節調整済み)は前期比0.3%増。ブルームバーグがまとめたエコノミスト37人の調査では中央値で0.1%増が見込まれていた。
みずほコーポレート銀行の欧州ヘッジファンド・セールス責任者、ニール・ジョーンズ氏(ロンドン在勤)は、「ポンドは上昇しており、一段高となると見込んでいる」と語った。
ロンドン時間午前10時8分(日本時間午後6時8分)現在、ポンドの対ドル相場は前日比1.1%高の1ポンド=1.5435ドル。一時は1.5447ドルと、2月20日以来のポンド高・ドル安となった。ユーロに対しては0.7%上げ1ユーロ=84.65ペンス。
英10年債利回りは前日比4ベーシスポイト(bp、1bp=0.01%)上昇し1.73%。同国債(表面利率1.75%、2022年9月償還)価格は0.32下げ100.21となった。
原題:Pound Rises to 2-Month High as U.K. Avoids Recession;Gilts Fall(抜粋) 
更新日時: 2013/04/25 19:01 JST


 

 
英1−3月GDP:前期比0.3%増、予想上回る−3番底を回避 

  4月25日(ブルームバーグ):英経済 は2013年1−3月(第1四半期)に前期比でエコノミスト予想を上回るプラス成長となり、3番底を回避した。
英政府統計局(ONS)が25日発表した第1四半期の国内総生産(GDP )速報値(季節調整済み)は前期比0.3%増。ブルームバーグがまとめたエコノミスト37人の調査中央値では0.1%増が見込まれていた。前年同期比では0.6%増と、11年10−12月(第4四半期)以来の高成長となった。
昨年第4四半期のGDPは前期比0.3%減、前年同期比では0.2%増だった。
オズボーン財務相の緊縮策への風当たりは強い。格付け会社フィッチ・レーティングスが先週に英国の格付けを引き下げたほか、国際通貨基金(IMF)も英政府に景気促進に向け緊縮を緩めるよう呼び掛けていた。財務省とイングランド銀行(英中央銀行)は24日、「融資のための資金調達スキーム(FLS)」の延長を打ち出し、ユーロ圏危機で資本調達市場でのストレスが再発するリスクを警告した。
英中銀の元当局者で現在はBNPパリバのエコノミストを務めるデービッド・ティンズリー氏は発表されたGDPについて、「非常に勇気づけられるものだ」とし、「これで恐らく財務相に向けられる圧力は和らぎ、自身の戦略への批判に対抗することができるだろう」と語った。
発表によると、サービス産業は前期比0.6%増。流通とホテル、レストランが好調だった。鉱工業生産は0.2%増加。鉱業が3.2%伸びた一方、建設は2.5%減った。
原題:U.K. Avoids a Triple-Dip Recession as Economy Expands 0.3%(2)(抜粋)U.K. First Quarter Preliminary GDP Estimate: Summary (Table)(抜粋) 
更新日時: 2013/04/25 18:48 JST


 

 

債券は上昇、市場の落ち着きで投資家の買い−2年債入札結果は強め

  4月25日(ブルームバーグ):債券相場は上昇。債券市場が落ち着きを取り戻していることを背景に投資家から買いが入ったことやきょう実施の2年債入札が順調だったことも安心感につながった。
東京先物市場で中心限月の6月物は、前日比7銭高い144円68銭で取引を開始し、いったん144円63銭に伸び悩んだが、その後は持ち直し、午後の取引開始後には144円83銭と日中取引ベースで12日以来の高値を付けた。結局は12銭高の144円73銭で引けた。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券の稲留克俊債券ストラテジストは、日銀の異次元緩和後に相場は乱高下したものの、金利の水準感がようやく定まってきた感じだとし、「市場の地合いが好転してきたことで投資家の買いが徐々に膨らみ始めた」と話した。多くの投資家は今年度の運用計画を練り直し、前週くらいから現物債に投資家の年度初めの買いが入っているとの見方も示した。
現物債市場で長期金利 の指標となる新発10年物の328回債利回りは前日比1ベーシスポイント(bp)低い0.58%で開始。一時0.575%を付けた後は0.58%で取引された。午後も0.575−0.58%で推移した。
長期金利は日銀による大胆な金融緩和を受けて翌5日に過去最低水準となる0.315%を記録したものの、その後は水準を切り上げ、15日には倍以上となる0.65%まで上昇した。
日銀の黒田東彦総裁は25日午前の参院予算委員会で、長期金利の動向について、「現時点ではボラティリティーが下がってきており、次第に安定を取り戻している」との認識を示した。
10年債利回り0.6%は節目
岡三証券の鈴木誠債券シニアストラテジストは、債券相場は混乱期を脱してようやく落ち着いた印象だと指摘。「短中期から超長期にかけて年限ごとの金利の水準感におおよそのめどがついた。5年債利回りの0.3%台では行き過ぎ感が出たほか、10年債の0.6%や20年債の1.5%がいったん節目として意識されている」と話した。
新発5年物の110回債利回りは1bp高い0.235%。新発20年物の144回債利回りは2bp低い1.46%まで低下したが、午後に入ると一時1.49%に上昇した。新発30年物の38回債利回りは1.5bp低い1.58%で始まり、その後は水準を切り上げ、1.61%と18日以来の高水準を付けた。
財務省がこの日実施した2年利付国債(328回債)の入札結果によると、最低落札価格は99円94銭5厘と事前予想を5厘上回った。小さければ好調とされるテール(最低と平均落札価格の差)は3厘と前回の8厘から縮小。投資家の需要の強さを示す応札倍率は5.27倍と、前回の5.48倍からやや低下した。  
2年債入札結果について、JPモルガン証券の山下悠也債券ストラテジストは「事前予想よりも強かった」と指摘。一方、債券相場については「徐々に落ち着きを取り戻しつつあり、ボラティリティーが低下している流れも背景にある。月末が接近し年金基金などの買いも意識されている」と話した。
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 山中英典 h.y@bloomberg.net;東京 赤間信行 akam@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Rocky Swift rswift5@bloomberg.net;大久保義人 yokubo1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/25 15:43 JST


 

 
【コラム】アベノミクスに「靖国の影」を落とすな−ペセック 

  4月25日(ブルームバーグ):日本の国会議員168人が今週、政治的にやっかいな靖国神社に参拝した。これが外交的に忌むべき行動だっただけでなく、経済的に見てもひどいものであった。
参拝した議員らが重鎮ではない保守派だったからとして、メディアはこのイベントを軽くあしらっている。そうした議論はもっともであろう。しかし、麻生太郎副首相が参拝したとなれば話は違う。
中国や韓国で靖国神社は、20世紀前半の日本による占領時代に軍によって行われた残虐行為の象徴として受け止められているのだ。靖国神社には一般戦没者とともに戦争犯罪を裁く国際裁判によって有罪となった第二次世界大戦の指導者らも合祀されている。だからこそ、中国や韓国でこうした怒りを買うことになるのだ。とりわけ麻生副首相の参拝の意味は大きい。
麻生氏は安倍晋三首相の右腕であり財務大臣で、首相が日本の失われた20年間に終止符を打つべくまとめ上げた「アベノミクス」の顔とも言うべき人物である。アベノミクスの主要な柱の一つは円相場を押し下げて苦境にある輸出業者を支援すること。円の対ドル相場は過去半年間に20%下落した。
ここで麻生氏が真剣に考えるべき疑問は、もし日本製品の大口顧客である中国と韓国が輸入をボイコットしたら、円相場を引き下げる意味は何なのか、ということだ。韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相は今週に予定していた訪日をキャンセルしたが、通商担当の当局者も踵(きびす)を返す可能性がある。中国の大臣らもそうだ。
これが今後の悪しき予兆となる可能性もある。筆者が4月12日付コラムで指摘した通り、安倍首相はナショナリスト的ルーツを決して忘れたことがない。それは第1次安倍内閣(2006−07年)当時の言動にはっきりと表れている。リスクは彼の高支持率と7月にも実施される参院選挙で予想される大勝が安倍首相を勢いづかせ、日本の過去の軍国主義がもたらした痛みがまだ残るアジア地域で威圧的な姿勢を示す恐れがあることだ。
北アジアでは中国と日本、韓国が小さな島々をめぐって争い、また北朝鮮の金正恩第1書記が武力によって脅しをかけており、いやというほど緊張が高まっている。こうした混乱した世界環境の中で、この地域が最も避けなければならないのは、3400億ドル規模の通商関係構築に向けた道筋に新たな紛争の種を持ち込まないことだ。もしアベノミクスが日本を一層の繁栄の道に導くのなら、安倍政権チームはナショナリズムを玄関口に置いてから事に当たるべきである。(ウィリアム・ペセック)
(ペセック氏はブルームバーグ・ビューのコラムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)
原題:How the Past Gets in the Way of ’Abenomics’(抜粋) 
更新日時: 2013/04/25 12:38 JST


 


 
英バークレイズ、リーマン買収が吉と出る−前CEOの置き土産

  4月24日(ブルームバーグ):英銀バークレイズ はロバート・ダイアモンド前最高経営責任者(CEO)が残した置き土産の恩恵を享受している。リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの北米事業を買収するという同氏の決断が、2013年1−3月(第1四半期)の株式関連事業の19%増収につながった。
第1四半期の株式事業の収入は7億600万ポンド(約1070億円)と、前年同期の5億9100万ポンドから増加。08年のリーマン買収以来で最大の増加だった。合併・買収(M&A)助言などの業務からの収入も8%増えた。同行が24日発表した。
メディオバンカの金融業界アナリスト、クリストファー・ウィーラー氏は、バークレイズには「リーマンから引き継いだ非常に強固な米事業という強みがある」と述べた。
ダイアモンド氏の後任のアントニー・ジェンキンスCEOは収益増の機会を、M&Aや株式募集が増えている米国に求めている。同CEOは24日の電話会議で、「リーマンの米事業買収後にプライムサービスや株式で事業規模を拡大してきた。こうした投資の成果が表れ始めている」と語った。「部門のパフォーマンスに非常に満足している」と付け加えた。
高額報酬で知られたダイアモンド氏は昨年、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)操作スキャンダルの責任を取らされて辞任。リーマンの栄枯盛衰についての著書があり現在ボストン大学で金融学を教えるマーク・ウィリアムズ氏は、「ダイアモンド氏はリーマン買収の設計図を描いたが、リーマン事業の力は1人のCEOよりはるかに大きい」として、「危機前のリーマンはカネを生む機械だった。今バークレイズの中で生まれ変わって再び、利益を生み出している」と話した。
原題:Barclays Reaps Benefit of Diamond’s Purchase of Lehman inU.S.(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ロンドン Howard Mustoe hmustoe@bloomberg.net;ロンドン Ambereen Choudhury achoudhury@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Edward Evans eevans3@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/25 01:09 JST


 

 


マーケットウォッチ2013年 4月 25日 12:07 JST
Bアフレック「1日150円」の耐乏生活は景気にマイナス?

By IAN SALISBURY


AP
自ら主演・監督した映画『アルゴ』で第85回アカデミー賞作品賞を受賞したベン・アフレック氏(2月24日、ロサンゼルス)

 映画スターと言えばかつては派手なカネ遣いで知られていた。その映画スターの多くが来週、生活費を切り詰める。しかも大幅に。世界の貧困に対する意識向上のため、1日1ドル50セント(約150円)の食費で5日間生活するためだ。

 この「Live Below the Line(標準以下の生活)」と題したキャンペーンは、極貧に生きる世界の14億人の人たちがいかに困難な生活を送っているかについて、人々の関心を高めることを目的としている。報道によると、現在までにキャンペーンへの参加を表明した著名人には米映画俳優・監督のベン・アフレックさん、米歌手ジョシュ・グローバンさん、米女優ソフィア・ブッシュさんなどがいる。

 
 だがそうした著名人の耐乏生活プランは望み通りの効果を上げられない可能性がある。一部エコノミスト、特に自由市場の利点を称揚する右寄りの人たちは、ロックスターにできる最大の貢献はロックスターのようにカネを使うことだと主張する。

 ベン・アフレクックさんが生活費を1日1ドル50セントに切り詰めるよりも、ランボルギーニに大金を投じる方が経済、ひいては貧困を救うことになる可能性がある。米ジョージメイソン大学マーカタスセンターのシニア・リサーチ・フェロー、マシュー・ミッチェル氏はこう述べ、「人々はモノの交換から利益を得ることになる」と話す。

 これに対し、「Live Below the Line」のような取り組みは問題を逆に見ている可能性がある、と他のエコノミストらは指摘する。米ゴードン・カレッジの経済学者で『Economic Growth: Unleashing the Power of Human Flourishing(経済成長:人類の繁栄力の解放)』の著者、スティーブン・スミス氏は、「われわれ豊かな国の消費が他国を貧困化させているという考え方がある」と述べたうえで、「米国民全員が商品の購入をやめても貧困国の人々を助けることにはならない。むしろ困窮させることになる」と話す。

 こうした見方を裏付けるデータもある。米労働統計局のデータによると、米国では所得上位20%が消費全体の約38%を占めている。専門家らは、景気を浮揚させ続けるうえで極めて重要な要因の1つが、そうした高額所得者の惜しげない消費だと指摘する。

 もちろん「Live Below the Line」の目的は、経済を通じたカネの流れの仕組みを実証することではない。人々に共感を呼び起こし、公平さについて考えさせることにある。これらは、測定可能な結果ばかりを重視しがちなエコノミストが必ずしも経済成長モデルに織り込んでいない美徳だ。

 同キャンペーンを運営する団体のウェブサイトには、「極貧に生きる人々にとっては1ドル50セントで食料と飲み物以外にもはるかに多くを賄わなければならない」とあり、「それは健康、住居、輸送、食料、教育を含む全てだ。それが信じがたいほど多くの人にとっての現実だ」と記されている。

 キャンペーンの広報担当者は、その目的について「意識の向上」にあると述べ、昨年の取り組みでは300万ドル(約3億円)の寄付を集めることもできたと話す。

 


02. 2013年4月26日 21:00:26 : xEBOc6ttRg
「醜い姉妹」から「シンデレラ」になった日本証券界ー魔法続くか

  4月26日(ブルームバーグ):日本で新たに導入された総合的な経済政策、いわゆる「アベノミクス」から、いち早く、かつ最も大きな恩恵にあずかっているのは、国内の銀行や証券会社だ。
10年以上もの長きに渡り続いたデフレからの脱却を目指す安倍晋三氏が首相の椅子に座って以降、金融機関の株式や債券の引き受け業務は急速に復調している。今年これまでのエクイティ関連の公募や売り出しは、1兆7300億円と前年同期の3倍以上に膨らみ、普通社債の発行は3兆1700億円と2009年以降で一番の賑わいを見せている。
日本で業務を営む投資銀行や証券会社は、昨年11月以降の株式相場の急上昇を受け委託手数料などが急増している。国内最大手の野村ホールディングス は26日、四半期ベースでは過去7年間で最大の最終利益となる決算を発表。吉川淳COO(最高執行責任者)は同日夕のアナリストとの電話会議で、野村は「アベノミクス効果、その恩恵を大いに受けている」と述べた。
欧州の大手銀行UBSは今月から野村のカバレッジを開始した。UBS証券の伊奈伸一アナリストは、証券業はアベノミクスによる「足元の市況回復の恩恵をダイレクトに受けるセクター」だという。今後は企業の資金調達ニーズが旺盛になるとして、「プライマリーマーケットも活発になりそうだ」と見通す。
落ちこぼれから優等生へ
安倍氏は自ら率いる自由民主党が12月の衆院選で大勝利を収めると大胆な金融緩和、積極的な財政政策、成長戦略の3つの柱を打ち出した。1月には緊急経済対策に10.3兆円の国費投入を決定。首相に就き「政府・日銀の連携による大胆な金融政策が不可欠だ」としてスカウトした日銀の黒田東彦総裁も4月に「次元の違う」大胆な金融緩和策に踏み出した。
TOPIX 株価指数は、当時野党だった自民党の安倍総裁が総選挙に向けて抜本的な経済政策を打ち出した11月中旬以降61%上昇した。海外機関投資家が日本の株式市場に殺到したからだ。
野村や大和証券グループ本社 などの株式を含むTOPIX証券・商品先物業指数 は172%上昇し、全33業種の中で最も成績のいい優等生のような業種となった。野村や大和が海外業務で赤字に苦しみ、日本が未曾有の大震災と原発事故に見舞われ落ちこぼれだった11年。野村株は過去37年で最安値を付けていたが、それからわずか2年足らずで大きな変貌を遂げたことになる。
全国銀行協会の国部毅会長(三井住友銀行頭取)は4月、株価上昇など明るさをもたらしたアベノミクスを評価した上で、短期的な景気対策だけでなく、「企業が将来に自信を深め設備投資に向かう資金需要などに波及する好循環」につなげるため、3本目の矢として中長期的な視野からの構造・規制改革など成長戦略の実行が必要だと強調した。
「モーニングピッチ」
野村証券の首都圏地区の東京エリアチームのバンカーである塩見哲志氏(28)は毎週木曜日午前7時、「モーニングピッチ」とよばれるイベントを主催している。株式の新規公開(IPO)や資金調達を目指すベンチャー企業数社が3分間プレゼンテーションし、その後17分間法律家や証券取引所職員、会計士、ファンドなどの投資家ら約70人からの質問に答える。
塩見氏は「アベノミクスでIPOをしたいという企業は確実に増えている」という。またこうした取り組みは、「IPO案件の獲得につながり、野村のプレゼンスが上がる。リーディングカンパニーが種をまくことをやっているというのが大切なのだと思う」と語った。「フィーは小さいが、新規口座や預かり資産が増え、IPO後のさらなる資金調達などビジネスは派生していく」と期待を膨らませる。
皇居の二重橋に桜が彩り始めたある木曜日の早朝。野村のアーバンネット大手町ビルの会議室でプレゼンテーションを行うベンチャー企業があった。ソフトウェアの試験を手掛ける株式会社シフト(東京都・港区)だ。05年に会社を設立し、インドとシンガポールでもビジネスを展開する丹下大社長(38)によれば、野村を主幹事に起用、現在IPOに向けた準備を行っていて来春にも上場する計画だという。
ビジネス環境が様変わり
野村HDが26日発表した1−3月(第4四半期)の連結純利益 は824億円と2006年1−3月以来の高水準となり、アナリスト9人の予想平均560億円を大きく上回った。大和証Gの決算は5月1日で、予想平均は約250億円となっている。野村株は過去6カ月で167%上昇し26日時点で762円と、37年間で最安値をつけた11年11月の224円から3倍以上になった。大和株も163%上昇している。
日銀が今月1日に発表した全国企業短期経済観測調査(短観、3月調査)によると、証券などの金融商品取引業では「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた割合を引いた業況判断指数(DI)はプラス60と、12月調査のマイナス28から88ポイント改善した。日銀によれば改善幅は2003年12月の調査開始以来で最高だという。
みずほ証券 コーポレート・コミュニケーション部の北野幹彦副部長は、「日本株のセールスのビジネス環境が相当様変わりしたのは間違いない」という。「以前はアナリストが海外のお客様とアポイントメントをとるのが大変だったが、今は要望が多く、断るのが大変なくらいだ。休眠口座もアクティベートしてきている」と述べた。
またアベノミクスの追い風が吹く中、2月に引き続き9月にも「みずほインベストメントカンファレンス」を開催する予定で、海外投資家は250人以上が参加(前回は約170人)、個別のミーティングは2000件(同約1000件)開かれる見通しだという。
醜い姉妹からシンデレラに
東京で金融機関の人材コンサルティング業務を営むアセント・グローバル・パートナーズによれば現在、日本の大手銀行傘下の証券会社を中心に人材募集が増えている。同社パートナーのジョン・バーン氏は昨年11月ごろには株式関連業務でのヘッドハンターをやめようと考えたが、12月に市況が反転し活況になり、今年2月には複数の金融機関から多くの依頼が入り始めたという。
バーン氏(35)は「仕事がとても忙しくなった。毎朝、多くの電話をかけるようになったし、子供たちを寝かしつけた後も今は再びコンピューターに向うなど、午前1時、2時まで仕事をすることもある」と語る。アベノミクスで活況を呈する日本を童話に例え、「日本はこれまでアジアでは醜い姉妹役だったが、今はシンデレラになった」と、かつてのジャパンパッシングから世界中の注目を集める存在に変わったと指摘した。
国内の証券会社では、リテール業務を拡大するため大学新卒者の採用を増している。ブルームバーグ・ニュースが各社へ取材し、集計したところによれば、野村、大和の大手、準大手証券、銀行系証券など国内大手証券7社の今年4月の新卒採用の合計は、約2150人と12年度の2024人から6%増加した。
大手証券の多くは来年も新卒採用を増やす見通しだ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券、SMBC日興証券、みずほ証、大和証G、岡三証券、東海東京証券などが増員を計画。SMBC日興の久保哲也社長は今月ブルームバーグ・ニュースの取材に、今後3年でロンドンを中心に海外でセールスやトレーダー、バンカーなど約100人を増員し、トレーディングやM&A(合併・買収)助言業務を強化する方針を示した。
舞踏会は続く
東京証券取引所や野村証券、地方銀行の支店が立ち並ぶ日本橋。兜町の老舗うなぎ屋「松よし」を経営する江本良雄さん(63)は景気が回復している実感は全くないという。山一証券 破綻以降、売り上げは落ち、リーマンショックでさらに悪化し今もなお苦しい経営が続いている。バブルのころ証券マンに最も売れていた2500円のうな重も今はあまり出ず、出前の注文もほとんどない。
松よしの江本さんは、「景気はちっとも良くなっちゃあいない。アベノミクスの『ア』の字もない。ここではバブルの香りは全くしない。あるのは鰻の香りだけだ」と語る。
アベノミクスは日本の証券界を大きく変えた。海外事業の大幅赤字、それに伴う数千人規模の人員削減、記録的な株価の下落、そして市場の信頼を失墜させた公募増資に関わるインサイダー事件など、つい最近まで多くの問題が山積していた。魔法の杖はカボチャを黄金の馬車に変え、みすぼらしい身なりは輝く美しいドレスとガラスの靴になった。
このまま魔法は続くのか。午前零時の鐘が鳴り、魔法が解けた後、果たしてシンデレラは美しい王妃になれるのだろうか。舞踏会はまだ続いている−−。
原題:Japan’s Investment Banks Once Ugly Sisters Turn IntoCinderellas
更新日時: 2013/04/26 20:02 JST

市場が信じきれない日銀物価シナリオ、展望リポートには反応薄
2013年 04月 26日 19:18 JST
[東京 26日 ロイター] 黒田日銀の展望リポートは、2年で2%という物価上昇シナリオを市場に信じ込ませるまでには至らなかったようだ。

日銀のシナリオが現実味を持って市場に受け入れられれば、金利は上昇、円安や株高も進むはずだが、時間外の取引でマーケットは反応薄。市場からは現実味が乏しいとの指摘が出ているほか、日銀政策委員のなかでも物価予想は大きく分かれている。市場の期待を押し上げてデフレを脱却するには有効な成長戦略など「合わせ技」が欠かせない。

<フィリップス曲線は上昇シフトするか>

日銀の展望リポートが市場や国民に現実味をもって受け入れられることが重要なのは、需給ギャップの縮小が容易ではないからだ。日銀が昨年10月の展望リポートのなかで示した「フィリップス曲線」の係数をもとにすると、現在の0.5%のデフレを2.0%のインフレをもっていくには需給ギャップは6─7ポイント改善しなければならない。景気の大幅回復と置き換えてもいいが、これはほとんど非現実的な数値だ。

そこでフィリップス曲線そのものを上方にシフトさせることで、デフレを脱却しようというのが、黒田日銀の政策コンセプトとみられている。曲線そのものを上方にシフトさせるには、「期待」を上向かせることが不可欠。インフレ予想ともいえる。それため展望リポートには、2年で2%という黒田日銀の物価上昇シナリオを市場や国民が現実味を持って受け入れ、そして、それぞれのインフレ予想を上向かせる役割が求められている。

しかし、マーケットでは今回発表された展望リポートについて、コンパクトでわかりやすいと歓迎する声は出ているものの、示された2015年度のコアCPIの中央値がプラス1.9%という数値に対しては、「相当強気な景気見通しを前提においても達成が非常に困難」(アール・ビー・エス証券チーフエコノミストの西岡純子氏)との受け止めが多い。海外経済が堅調で、国内経済も活発化、需給バランスが改善し、予想物価上昇率も上昇するというバラ色のシナリオは、足元の弱い景気やデフレ環境の下では容易には信じがたいようだ。

国債を7割買うという「バズーカ砲」で市場に衝撃を与えることに成功した黒田日銀だが、人々の「期待」を上向かせることができるかはまだ未知数。伊藤忠経済研究所・主任研究員の丸山義正氏は「物価上昇の経路は、異次元緩和でインフレ期待が上がるかどうかがカギだ。うまく機能すればシナリオ通りいくかもしれないし、そうでなければ届かない。今までと異なるやり方をとる以上、肯定も否定もできないが、ハードルは相当高いといえる」と話している。

<消費税の記述に懸念>

予定される消費税増税もデフレ脱却の大きなハードルだ。政府は14年4月に8%、15年10月に10%に引き上げる予定だ。将来不安が消えず、賃金も上がらないなかで消費税増税が断行されれば、国内消費が減少し、企業の設備投資が抑えられるだけでなく、デフレの大きな要因である消費者の低価格志向も維持されてしまう可能性がある。

1997年の消費税引き上げ(3%から5%)後、日本の消費者物価指数(CPI)は98年ごろからほぼ一貫して下落が続いている。今朝発表された今年3月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)は前年比0.5%低下と5カ月連続マイナスとなり、2月(0.3%低下)より下落幅が拡大。2012年度の全国コアCPIは前年度比0.2%低下と2年ぶりにマイナスに転じている。

展望リポートでは、「消費税引き上げによる振れの影響を受けつつも、輸出の増加や金融緩和効果に支えられた国内民間需要の前向きな動きが続き、基調的には潜在成長率を上回る成長が見込まれる」と記述された。しかし、「展望リポートは『期待』に働きかけることが求められるのだから、もう少し、その財政再建の目的や経済への影響を具体的に書かないと『フィクション』として読み飛ばされてしまうのではないか」と、シティグループ証券チーフエコノミストの村嶋帰一氏は懸念する。

<信ぴょう性もたせるには成長戦略が不可欠>

日銀シナリオに信ぴょう性をもたせるには、政府の後押しが欠かせない。「物価目標達成に向けては、ベースマネーを増やして期待インフレ率を高めるだけでなく、雇用増にも働き掛けていく必要がありそうだ。今後は政府との連携がポイントになる」(みずほ証券シニアエコノミストの北岡智哉氏)。6月にも提示される予定の成長戦略で、どれだけ既得権に切り込むような規制緩和などを打ち出せるかが注目される。

日銀の物価上昇シナリオを信じない場合は市場への影響は限定的とみられているが、今後、有効な成長戦略が打ち出され、2年で2%のシナリオが現実味を帯びた場合はマーケットは大きく変動する可能性がある。

為替は、インフレすなわち通貨価値の減少との見方から、円安が一段と進行すると予想されている。その場合は円安とデフレ脱却を素直に歓迎し、日本株も上昇する可能性がある。インフレヘッジ資産としての魅力も高まる。

金利は上昇する可能性が大きい。日銀が現物国債の7割を買い占めても、長期金利を構成するインフレ率やリスクプレミアムの上昇を抑えられるわけではない。クーポン0.6%の10年債を物価上昇率2%のときに持っていても損をするだけなので、買わないのが普通だ。また2%を達成できるならば、金融緩和の「出口」、つまり引き締めも視野に入る。

金利上昇は国債を保有する金融機関に大きなダメージをもたらす可能性があるが、景気回復とセットであれば貸出の増加などで影響を抑えることができる。 「物価だけが上昇すれば、国民には悪影響が大きいが、景気が足並みをそろえて改善するならば、金利上昇による悪影響も最小限でおさえられる。日銀の物価シナリオが実現するにしても、成長戦略がアベノミクスの成否のカギを握る」と、りそな銀行・総合資金部チーフストラテジストの高梨彰氏は話している。

(ロイターニュース 伊賀大記;編集 久保信博)



焦点:「展望リポート」にヘッジかけた日銀、早くも追加緩和観測
2013年 04月 26日 19:13 JST
[東京 26日 ロイター] 日銀が26日に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)は、2015年度の2%物価上昇実現の不確実性の高さを自ら認めるシナリオとなっている。

海外成長率の高まりや政府の財政支出、規制緩和を前提条件に挙げ、物価上昇への波及ルートである期待形成や賃金上昇などの不確実性にも言及した内容は、多くのヘッジをかけて黒田東彦総裁の掲げる目標に向け、何とか筋の通るシナリオを作成したものとも評される。専門家は早くも次回10月展望リポート時にこうした見通しが下振れる可能性も高いとみて、次なる大胆な緩和をイメージしている。

<現実的でない物価見通し、決意表明にすぎず>

今回の展望リポートについて、専門家は2年で2%を達成するという物価目標に向かう道筋に齟齬(そご)が生じないよう、日銀スタッフがさまざまな努力をはらった形跡が見えると、評している。

リポートでは15年度の物価見通しの中央値を1.9%(消費増税の影響除く)と公表した。しかし黒田総裁が会見で明らかにしたように、佐藤健裕・木内登英両審議委員は15年度に2%程度に達する可能性が高いとするCPI見通しに反対している。

専門家は「今回の展望リポートはそれが政策委員全員のコンセンサスではないことがはっきりとした」(バークレイズ証券・チーフエコノミスト・森田京平氏)と受け止めた。

目標達成は相当難しいというのが、当初からの民間エコノミストの一致した見方だ。実際、15年度に至る過程の日銀見通しも、民間よりかなり高めとなっている。消費者物価指数の政策委員見通し中央値は13年度が0.7%で、民間コンセンサスの0.3%程度より強気だ。14年度は消費税込みで比較すると日銀が3.4%で民間の2.5%より大幅に高い。「黒田日銀の決意表明」(第一生命経済研究所・主席エコノミスト・熊野英生氏)と位置づけた方がよさそうだ。

<政策と物価上昇への波及ルート、説明不足に>

注目が集まるのは、マネタリーベースを目標とした政策がどのように実体経済や物価に反映していくのかという点だ。異次元緩和に批判的な経済専門家からは特に、マネタリーベースを2倍にするという手段と消費者物価の間がどうつながっているのかが明確でないと指摘されている。「期待というだけでは非常にあやふやでわからない 」(野口悠紀雄・一橋大学名誉教授)ためだ。

野村総研・金融ITイノベーション研究部長の井上哲也氏は「マネタリーベースとインフレ率の相関は、日銀の新たな政策に対する賛否双方の立場にとって焦点であっただけに、新たなリポートを通じてこの点をきちんと説明し、世の中の理解を得ることが極めて重要」だとみていたが、「その点への説明は結局無理だった」としている。

リポートでは、物価上昇への3つの波及ルートを示している。第一に需給バランス改善による労働需給の引き締まりが賃金を上昇させること、第二に日銀の緩和で中長期的な予想物価上昇率が2%に収れんしていくこと、第三に輸入物価が上昇することだ。しかし、展望リポートはいずれについても「不確実性がある」あるいは「不確実性が高い」と指摘している。

物価上昇の背景となる経済情勢の改善についても、海外経済の成長率の高まりや、政府の経済対策で公共投資が高水準で増加を続けること、そして規制・制度改革による潜在需要の掘り起こしなどいくつもの前提条件を設けている。

井上氏は「前提条件や不確実性を入れることで、いろいろなヘッジをつけて、現実離れした嘘のイメージを何とか回避しようとしている。黒田総裁の目標を維持しながら、何とかぎりぎり筋の通るシナリオにすべくスタッフが努力したある種、真面目なリポートともいえる」と評する。

<予測下振れ時点で追加緩和必至>

日本総研・調査部長の山田久氏は「ゼロ金利制約の下で日銀にできることは、マネーの供給を潤沢に行い、金融資本市場を刺激するところまでだ。それが実体経済に影響していくかどうかの最終的な帰結は、日銀にはコントロールできない要因によって左右される」と指摘する。

物価見通しのハードルが高い上に、その前提条件の不確実性も高く、今後2年間という短期間にインフレ見通しが大きく下振れるような展開になれば、日銀が追加緩和や軌道修正を柔軟に行わざる得なくなる状況も容易に想像できる。経済財政諮問会議でも、展望リポートを公表するたびに日銀は説明責任を問われていくことになる。

JPモルガン証券・チーフエコノミストの菅野雅明氏は、「まずは13年度の予想達成が難しい程度にまでしか物価が上昇していなければ、さらなる緩和があるとみるのが自然だろう」とみる。しかも、「小出しの緩和を嫌う黒田総裁は、次も大胆な緩和を打たざるを得ないだろうが、すでに国債は大規模に買い入れており、他に手立てが乏しい」と指摘、早くも半年で日銀は苦しい展開を迫られるとみている。

(ロイターニュース 中川泉;編集 石田仁志)



佐藤・木内委員、物価2%達するとの見通しに反対意見=日銀総裁
2013年 04月 26日 19:00 JST
  日銀の黒田東彦総裁は26日の金融政策決定会合後の記者会見で、同日公表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)に盛り込んだ、2015年度までに物価が「2%程度に達する可能性が高い」という記述をめぐり、佐藤健裕・木内登英の両審議委員が反対したことを明らかにした。

一方で総裁は、「15年度前半には物価が2%に達すると考える政策委員が多いと思う」と指摘。現在の消費者物価指数はマイナス圏にあるが、今会合で追加緩和が必要との意見はなかったと述べた。

<今後の金利上昇「国債買い入れである程度抑えらえる」>

日銀は今回、展望リポートの見通し期間を従来の2年から3年に延長。黒田総裁は「諸外国の中央銀行も3年程度の見通しを示しており、金融政策の効果が波及するには時間がかかるため」と理由を説明した。初めて公表した15年度の物価は、政策委員の見通しがプラス0.9%からプラス2.2%(消費増税を除くペース)とばらつきが大きいが、総裁自身を含め15年度前半に2%との見方が多いとした。

今月4日に日銀が「異次元緩和」を公表後、国債市場で金利が乱高下したことについて、「短期債と超長期債で一時的に変動率(ボラティリティ)高まったが、日銀によるオペ(公開市場総裁)対応などで安定した」との見方を示した。日銀は4日以降、市場参加者との会合を2度開いて市場安定化のための情報交換を行ったが、「今後も市場参加者の意見聞き、必要なら調整行う」と述べた。

日銀は異次元緩和の政策波及経路の1つとして、利回り曲線(イールドカーブ)全体を引き下げることで資産価格に効果を与える、としているものの、物価が本当に2%に向かうと市場が信じれば、金利は上昇してしまう可能性がある。総裁は「中長期的には、物価が上がるとある程度名目金利が上昇するのは自然」としつつ、「直ちに名目金利に大きな上昇圧力が働くとは思えない」と述べた。また、「年間50兆円の長期国債買い入れをバランスよく実施することで、金利上昇をかなりの程度抑えられる」と語った。

<展望リポートの数値、「目標ではない」>

展望リポートの見通しが大幅に上方修正されたため、「数値は見通しというより目標でないか」との質問には「目標とは考えていない」と否定。「政策当局による経済見通しは政策効果を織り込むもの」と説明した。

見通し期間の延長については不確実性が高まるとして、白川方明・前総裁時代は日銀内でも慎重な見方が多かった。しかし今回は「政策委員の総意」で延長を決めたとし、黒田新総裁が主導したとの見方を否定した。「政府からの圧力もなかった」と述べた。

<米欧デフレ圧力、「直ちに日本に影響ない」>

2年程度での実現性に一部懐疑的な見方もある2%の物価目標達成について、黒田総裁は「需給ギャップの縮小と期待インフレ率の引き上げで実現する」と説明。すでに「さまざまな指標で物価上昇期待の上昇傾向みられる」と指摘した。

米欧ではデフレ圧力をめぐる議論がにわかに高まりつつあるが、「米欧の物価の動きが直ちに日本の物価上昇率に影響することはない」と述べた。

今回の見通しの前提となる為替水準については、「為替の水準や傾向について話すのは適切でない」とし、「日銀は物価目標を目指して金融政策を行っており、為替は目標や目的に入ってない」と説明。異次元緩和が通貨安誘導との見方をけん制した。また、ドル/円が100円手前でこう着状態にあることについても、「円高の修正過程が終わったかについてはコメントを控える」と答えた。

<リバランス効果、株・海外資産・実物資産に期待>

異次元緩和は金融機関が大量保有している国債を吐き出させることで、代わりに金融機関が貸出を伸ばしたり、株や外債などのリスク性資産を買うようにする「ポートフォリオ・リバランス」効果を狙っており、総裁は「為替や株、貸出などに効果がみられており、今後も効果が続く」と述べた。国債の代わりに買われると期待される資産として「株式や海外資産、一部の経済学者が指摘するように『実物資産』」などを挙げた。

異次元緩和による年間50兆円と巨額の国債買い入れは、政府が消費増税など財政健全化を進める姿勢を後退させれば、財政ファイナンス(財政の穴埋め)と受け取られ、長期金利が急上昇するリスクと裏腹だ。菅義偉官房長官が経済財政諮問会議で、基礎的財政収支の赤字を2015年度までに改善する政府目標について柔軟な対応を求めた件について問われると、「政府の財政健全化は年央に示される計画に従って進めていただきたい」と述べた。

(ロイターニュース 竹本能文、伊藤純夫:編集 久保信博)


コラム:摩耗する「円安ブレーキ」、ドル110円も視野=内田稔氏
2013年 04月 26日 18:43 JST
内田稔 三菱東京UFJ銀行 チーフアナリスト(2013年4月26日)

日米間のインフレ格差と経常収支不均衡を背景とするドル安円高は、変動相場制に移行して以来40年余り続く「ドル円の習性」であった。しかし今、その習性が大きく変わろうとしている。

この動きの根底にあるのは、まず2011年に赤字に転落した貿易収支だ。従来と比べ経常黒字が大幅に縮小し、日米の不均衡は多少なりとも是正されている。また、今年に入り、金融緩和強化への期待から日本の期待インフレ率も高まった。ここまでのドル高円安は、円の実質金利の低下を先取りした動きとも言えそうだ。

実は、筆者はマネタリーベースと為替相場の関係、いわゆるソロスチャート的な見方や期待インフレ率の上昇によって円安が進むとの見方には当初、懐疑的であった。01年から06年の日銀量的緩和の下でも円高は続いたし、09年から昨年10月まで期待インフレ率が上昇しても、やはり円高は進んだからだ。このため、貿易収支の悪化で説明できる分を超えて進行する昨年以降の急激なドル円上昇に対し、その持続性には強い疑念を抱いてきた。

ただ、今やその見方は、ひとまず修正せざるを得ない。「量的・質的金融緩和」は、その規模やレジームチェンジの度合いによって市場を圧倒し、効果への懐疑的な見方を一蹴。円安期待に対して直接的に強く働きかけたと考えられるからだ。

たとえば、当座預金残高を目標としていた前回01年からの量的緩和下において、当座預金残高はピーク時で最大約35兆円にまで増加した。一方、今回の「量的・質的金融緩和」では、昨年末時点で47兆円の当座預金残高を、2年後には175兆円に増やすという。「2倍」がキーワードと言われる今回の金融緩和策だが、当座預金残高の規模に限ると、前回の5倍の計算だ。このため、マネタリーベースの拡大が円安に波及しなかったとか、ポートフォリオリバランス効果がほとんど認められなかったといったこれまでの経験則は、いったん忘れた方がいいだろう。

もちろん、これだけの金融緩和策には副作用やリスクも伴うが、輸入インフレ圧力を起点に、物価上昇圧力はじわりと強まるとみられる。日本の貿易赤字も続く見込みだ。このため、ドル円に関して言えば、貿易赤字とインフレ期待が持続する限り、極端な円高へ回帰する可能性は遠のいたと考えられる。むしろ、今後もさらに緩やかにドルが上昇する可能性が高いとみるべきだろう。

<上振れしても、120円超のドル高円安は見込み薄>

では、ドル円が続伸するとした場合、向こう1年の上値目処はどこら辺に置けばよいか。筆者は、以下の理由から110円程度とみている。

まず、円の実質金利の低下だ。日米の経常収支と実質金利差によって02年以降のドル円の回帰分析を行うと、実質金利1%の変動により、ドル円が11―12円程度変動する計算となる。足元では期待インフレ率が1.5%程度まで上昇しているが、これが「物価安定の目標」である2%まであと0.5%上昇するだけで、ドル円がさらに6円程度は続伸する計算だ。

次に、相対的購買力平価からの乖離(かいり)だ。ドル円は日本の企業物価と米国の生産者物価とで算出した相対的購買力平価で、上値を抑えられることが多い。だが、円が全面安となった07年は、ドル円の実勢がこの購買力平価よりも最大で約1割、ドル高方向へと乖離した。今年2月末の同購買力平価は約95円。1割の上振れで、105円前後に到達する計算となる。

貿易収支が赤字に転落すると、ドル高円安の動きを抑制するブレーキの効きが著しく悪くなっている可能性がある。このため、いずれの場合も、「プラスα(アルファ)」の上振れをみておくべきだろう。

一方、海外勢を中心に、120円や130円といった声すら聞かれる。確かに、73年3月の約266円を起点に日米のコア消費者物価指数(食品、エネルギーを除く)で算出する相対的購買力平価は、今年2月末時点で約131円だ(ちなみに、実際のドル円がこの水準よりもドル安円高に位置しているのは経常収支不均衡の影響と説明できよう)。

しかし、124円台を記録した07年当時、米国のフェデラルファンド(FF)金利や10年国債の利回りはいずれも5%台と「高金利」であった。そうした状況が展望できないなか、120円や130円到達の可能性を唱えるためには、さすがに日本のインフレ率の発散や高い公的債務残高に着目した、言わば「日本売り」のような要素を織り込まなければならないだろう。可能性がゼロとは言えないが、現時点ではメインシナリオに据える根拠に乏しいだろう。

<円高圧力の波及経路は二つ>

それよりも、むしろ逆に円高へと回帰する可能性を考慮しておいたほうがよいかもしれない。前述した通り、極端な円高へ回帰する可能性は遠のいたと考えられるが、デフレからの脱却が展望できない状況となれば、二つの波及経路から円高圧力が強まる可能性はあるからだ。

一つは、インフレを期待して上昇した分が、吐き出されるということだ。日銀からは、向こう2年程度で2%の「物価安定の目標」を到達するシナリオが示されようが、今後の経済情勢や物価情勢をみながら、市場がそれを信じるに足るものかどうかを判断するだろう。

もう一つは、米国をはじめとする国際社会の「円安」に対するけん制が強まることだ。2月の日米欧7カ国(G7)や20カ国・地域(G20)の声明、今月12日の米財務省為替報告書の全てに共通しているのは、今回の量的・質的金融緩和は、その目的がデフレ脱却や内需拡大といった国内目的の場合に限り、支持されたという点だ。このため、デフレ脱却が展望できずに、ただ輸出だけが増加する場合、時間の経過とともに円安へのけん制が強まるだろう。

実際、日本では貿易赤字が続いているが、輸出だけをみると、昨年11月以来5カ月続けて前月を上回っている。また、対米貿易だけをみると、11年から12年にかけ、日本からみた黒字は約1兆円も拡大し、今年の第1四半期も同様の傾向が続いている。

折しも、日本はG20や国際通貨基金(IMF)から、くどいほど「中長期的な財政健全化の道筋を示す」ことを求められている。一段の財政拡張余地に乏しいなか、来年の消費増税を迎えることになり、景気回復やデフレ脱却への逆風も予想されよう。緩やかなドル高円安シナリオをメインとしつつ、今後とも国内外のあらゆる状況を注視するほかないだろう。

*内田稔氏は、三菱東京UFJ銀行の市場企画部グローバルマーケットリサーチチーフアナリスト。1993年、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行後、国内外での外国為替のトレーディングやセールスを経て、2007年よりエマージング通貨のリサーチを担当。11年より現職。

コラム:アベノミクスに「日本病」の落とし穴 2013年4月12日
コラム:異次元緩和の出口で試される「第4の矢」=河野龍太郎氏 2013年4月12日
為替動向で金融政策は変更しない=黒田日銀総裁 2013年4月10日
円安・株高は足踏み、成長戦略で前向き投資促すか焦点に 2013年4月10日


コラム:株高予兆する金急落、「鬼に金棒」の好環境=武者陵司氏
2013年 04月 26日 13:07 JST
武者陵司 武者リサーチ代表(2013年4月26日)

ここ最近の金価格急落は世界経済への警報であると見る向きが増えているようだが、筆者の見方は真逆である。むしろ長期的な経済繁栄および株高の予兆として捉えるべきであり、リスクテイカーにとって、それこそ「鬼に金棒」の投資環境が整ったと考えている。

過去100年間に金価格は1933年、80年、2011年と3度の急騰場面があったがいずれも長く続かず、その後は長期横ばい(33年から71年まで)、ないし長期下落(80年から2000年代初頭まで)という経過をたどった。今回も2011年にピークをつけた金価格は長期下落または長期停滞過程に入った可能性が濃厚になってきた。そこで金価格の歴史を検証すると、以下の3つの仮説(因果関連=法則性)がうかがわれる。

第1は、金と通貨制度との関連性である。金価格は金融経済危機の下で新通貨レジームが登場し、通貨供給量(期待)が高まった時に上昇してきた。最初は33年に米国で金本位制が放棄され管理通貨制度に移行した時で、1オンスあたり20ドルから35ドルに切り上がった。2回目の歴史的高騰局面は70年代後半から80年までで、この間、金価格は850ドルまで上昇した。これは、71年のニクソンショックによるドル金の兌換停止(それまで続いていた国際間取引における金本位制の崩壊)と、ペーパードル本位制の確立の過程で起きた。

つまり過去2回の金価格上昇は、通貨レジームの歴史的転換に際して起こったものと言える。2009年から最近まで続いた金相場の3回目の歴史的高騰局面の背景にも、先進国の量的金融緩和政策という通貨新時代の萌芽があった。

第2は、金価格と株価の逆相関性である。危機が深化し新通貨レジームが定着するまで、株価の不振(暴落と停滞)は続いた。つまり、金価格が上昇している間は、株価は低迷していた。しかし、新通貨レジームが機能するようになると購買力の金から株への移転が起こり、長期株高が形成され、逆に金価格は下落(33年以降は横ばい)に転じた。

第3に、金価格の急変動が経済拡大と長期株価上昇の起点となった。33年の金価格上昇は40年代から60年代までの株価10倍(ダウ工業株100ドル台から1000ドル台へ)の起点となった。また、80年代はじめの金価格の急騰と急落は99年までの株価10倍(ダウ工業株1000ドル台から1万ドル台へ)の入口であった。

以上の仮説をふまえた上で、リーマンショック以降の金価格の急騰と最近の急落を眺めると、80年代との著しい類似点が浮かび上がる。80年にピークアウトした金価格は82年に急落を開始したが、同年に株価は長期低迷の後、史上最高値を更新した。2013年は金価格の急落がやはり株価の史上最高値更新と同時に起こったという点で82年とよく似ている。加えて、インフレの鎮静化、長期金利の低下、ドル高の進行も82年と全く同じである。

今回も、前述したように先進国の量的緩和と軌を一にした金価格の急騰がまずあり、その後株高ともに金価格が急落したことを考えれば、株価の上昇率の大きさは別として、少なくとも同じ道(長期株高)をたどる可能性は十分にあると言えよう。

そもそも、金価格とマネー供給との間には強い関連性がうかがえる。米国のベースマネー残高を名目国内総生産(GDP)で除した比率は過去100年間で2回(30年代前半と2009年以降)急上昇しているが、いずれも金価格の高騰を伴った。

80年までの金価格上昇局面においては、そうしたベースマネー/GDP比率の上昇は起きていないが、実は非金融部門の実質負債が空前の急上昇をみせていた。70年代末の米国では物価の急上昇と名目GDPの急膨張が続いており、それに連動してマネーストックが積み上がっていた。その後80年代初頭に物価上昇率の急下降が起こり、信用の増加と資本の余剰が顕著になった。つまり、形は違えども、マネーの過剰感という意味では、状況は似ていたと言えよう。

<金価格上昇=購買力のプール>

それでは、なぜ金価格の急変動が経済拡大と株価上昇の起点となったのか。最も説得力がある仮説は、「金価格上昇=購買力のプール」説である。金需要には工業用や装飾用もあるが、中心は投機需要つまりポートフォリオ投資の一環としての需要だ。特に金の需要変動や価格変化という観点では工業用や装飾用需要は安定的であるので、投機的要素の影響が決定的である。そして、ポートフォリオ投資という観点から、金需要は他の投資対象の魅力が失われた時に高まってきた。

80年前後では、金はインフレによる通貨減価、金利上昇で証券価格が下落する際の避難先だった。2007年以降は情勢の不透明性が金選好の理由となった。原油などの資源インフレ、金融危機に伴う金融資産と不動産価格の暴落懸念、ドル紙幣に対する信認低下懸念などリスクが山積し、ヘッジの必要性が高まった。特に2005年頃より急速に巨大化した金価格連動型の上場投資信託(ETF)によって、金によるリスクヘッジ機能は一段と強められた。

このように金は過剰購買力を貯めておく、いわばプールであり、金価格上昇局面において過剰信用(=購買力)が蓄積したと言えるのではないだろうか。したがって、金に蓄積された購買力が金価格下落によって放出される時、つまり不透明性が解消し、金によるリスクヘッジが低下する時、経済は成長し株価は大きく上昇すると一般化できるのではないかと筆者は考える。今後、国際金融体制の再構築によりマネーの流通速度が回復していけば、やはり経済拡大と株高をもたらす可能性は十分にある。

それでは、今回の先進国による積極的な量的緩和がもたらす新通貨時代とはどのようなものなのだろうか。筆者は市場中心のマネー創造、すなわち「市場本位制」のような新通貨レジームに帰結するのではないだろうかと想像する。あるいは、ドルがより透明かつ効率的な通貨市場に立脚することになり、新たなドル本位制をもたらすのかもしれない。現代資本主義100年の通貨レジームの変遷を振り返れば、通貨供給の裏付けは金本位制の下での金から管理通貨制の下での国債(ソブリン債)に転換し、そして今、キャッシュフロー資産に進化しつつあるように思える。

<金価格下落はデフレの予兆でもない>

このようにみると、金価格に関する二つの悲観論の論理破綻もはっきりするのではないか。第一の悲観論は金価格とインフレとの連動性という指摘、つまり金価格はインフレの前兆という解釈である。

確かに、70年代のインフレ下、金価格は物価の騰勢とともに上昇し、その沈静化とともに急落した。しかし、30年代および直近の金価格の上昇は逆だ。金融危機が勃発しデフレ危機が高まり、長期金利が低下している局面で金価格は上がった。金価格と物価に明確な因果関連はないと考えるべきだろう。

第二は、あらゆる事象を悲観的な未来につなげる「ブラックスワン」論者による、金価格下落こそデフレ懸念の進行であるとする説である。確かに金価格下落とともに物価や長期金利も低下している。しかし、マネー量の増大によっても、マネーへの信認は失われるどころか、むしろ高まっている。目下、物価下落と長期金利低下が堅調な企業業績や株高基調、そしてドル高傾向と同時進行している点を見落としてはならない。悲観論者の論理的矛盾は、今や明らかではないだろうか。

*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。



日銀:14年度コアCPI1.4%上昇に上方修正、15年度1.9%プラス (1)

  4月26日(ブルームバーグ):日本銀行は26日午後、半年に1度の経済・物価情勢の展望(展望リポート)を公表した。生鮮食品を除いた消費者物価 (コアCPI)前年比は、2014年度の政策委員の見通し(中央値)が1.4%上昇(消費税率引き上げの影響除く)と、1月の0.9%上昇から上方修正した。新たに3年先の見通しも公表。15年度は1.9%上昇し、2年程度で2%の物価目標が達成されるとの見方を示した。
13年度のコアCPI前年比は0.7%上昇と1月の0.4%上昇から上方修正された。実質国内総生産(GDP )成長率は13年度が2.3%増から2.9%増へ、14年度が0.8%増から1.4%増へ、いずれも上方修正された。新たに公表された15年度は1.6%増だった。
日銀は4日の金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」を導入。消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定目標」を2年程度を念頭に置き、できるだけ早期に実現すると表明した。その手段として、市場調節の操作目標を無担保コール翌日物金利から、マネタリーベースに変更し、2年間で約2倍に拡大することを決定した。
日銀は公表文で、「13年度下期には、消費税率引き上げ前の駆け込み需要が相応の規模で発生すると予想されることから、年度全体の成長率はかなり高めになる」と指摘。14年度から15年度にかけては「消費税率引き上げによる振れの影響を受けつつも、輸出の増加や金融緩和効果に支えられた国内民間需要の前向きな動きが続き、基調的には潜在成長率を上回る成長が見込まれる」としている。
予想物価上昇率は2%へ収れん
物価については「マクロ的な需給バランスは緩やかな改善傾向をたどり、見通し期間後半にかけて需要超過幅を拡大させていく」と指摘。中長期的な予想物価上昇率も「物価安定の目標である2%程度に向けて次第に収れんしていく」とした上で、消費税率引き上げの直接的な影響を除いて物価情勢の先行きは「見通し期間の後半にかけて、物価安定の目標である2%程度に達する可能性が高い」としている。
一方で、リスク要因として「企業や家計の中長期的な予想物価上昇率の動向について不確実性が高い」と指摘。マクロ的な需給バランスに対する物価の感応度についても「不確実性がある」としている。
黒田東彦総裁は4日の会見で「現時点で考えられるあらゆる施策を動員して、2%の物価 安定目標を2年程度を念頭に置いて実現する」と言明。「そのために必要な措置はすべて入っていると確信しているので、実際にも2年程度で達成できるものと思っている」と語った。
純粋な予測でなく期待値
2年程度で2%の物価安定目標を達成するとの日銀の見通しに対して、エコノミストの間では懐疑的な見方も出ている。JPモルガン証券の菅野雅明チーフエコノミストは「極めて困難だ」と指摘。「展望リポートのコアCPI『見通し』の位置付けは、『見通し』から『市場とのコミュニケーション戦略の一環』に変化した。すなわち、純粋な予測ではなく、日銀の『期待値』と理解すべきだ」という。
東海東京証券の斎藤満チーフエコノミストは「日銀は2年をめどに2%インフレは実現できるとしていが、その進ちょくが遅れれば、追加の資産買い入れとなる可能性が高い」と指摘。「政府によるチェックは3カ月に1度となっているが、常識的には半年後の秋の物価指数をみて判断するとみられる。しかし、今年1−3月GDP速報が芳しくないと、秋まで待たずに追加緩和圧力が掛かる可能性もある」とみる。
記事についての記者への問い合わせ先:東京 日高正裕 mhidaka@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Paul Panckhurst ppanckhurst@bloomberg.net;大久保義人 yokubo1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/26 15:31 JST


03. 2013年4月27日 03:42:49 : xEBOc6ttRg
ドルが一時97.54円まで下落、日銀の現状維持決定や米GDP受け
2013年 04月 27日 01:18

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独連邦債が上昇、予想下回る米GDP統計で逃避買い
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[ニューヨーク 26日 ロイター] 26日午前のニューヨーク為替市場で、ドルが対円で下げ幅を拡大している。

日銀による現状維持決定や、市場予想を下回る第1・四半期の米国内総生産(GDP)統計を受け、テクニカル主導のドル売りが膨らんだ。

ロイターのデータによると、ドル/円は一時97.54円まで下落。その後は1.6%安の97.62円付近で推移した。

コモンウエルス・フォーリン・エクスチェンジの首席市場アナリスト、オマー・エシナー氏は、ドルが100円を上抜けられなかったことも、ドル売りの一因と指摘した。

また、ストップロス注文が発動されたことで、ドル売りに拍車がかかった。


日銀、金融政策の現状維持を全員一致で決定
2013年 04月 26日 13:49 JST
[東京 26日 ロイター] 日銀は26日の金融政策決定会合で、4日に決めた資金供給量(マネタリーベース)を年間60兆─70兆円増やすとの金融政策を維持することを全員一致で決めた。2%の物価安定目標を2年を念頭にできるだけ早期に達成するため、マネタリーベースを2年で2倍に拡大する方針。

午後3時半から黒田東彦総裁が会見する予定。


コラム:黒田日銀のリスク、かい離する資産価格・新興国経済
2013年 04月 26日 19:55 JST
田巻 一彦

[東京 26日 ロイター] 黒田日銀が26日に示した2015年度までの経済・物価見通しは、かなり楽観的だ。今月4日に発射したバズーカ砲の効果で、日銀が示した通りの景気回復が実現すれば、多くの国民がこの20年間で実感したことがない所得増加を実体験できることになるだろう。

ただ、依然として実現を阻むリスクもありそうだ。1つは中国など新興国経済の減速を背景にした力強さに欠ける世界経済への懸念であり、もう1つは資産価格と実体経済のかい離が大きくなって、先進国全体で物価の上昇率が低下するシナリオだ。期待される今年央からの景気回復メカニズムの本格的な作動がどうなるのか、3カ月後の経済情勢が最初のチェックポイントになる。

<年央から本格回復すると予想する黒田総裁>

黒田東彦総裁は、26日の会見の中で、生産・所得・支出の好循環に関連し、「本格的に景気回復が明らかになってくるのは、今年の年央以降に出てくるだろう」との見通しを示した。

そのエンジンとなる「黒田緩和」の波及効果について、1)潜在成長率を上回る成長率の達成でGDPギャップが縮小・ポジティブになる、2)期待インフレ率上昇で修正フィリップス曲線が上方にシフトする、3)ポートフォリオリバランスの効果が出て、為替や株、貸出などに効果が出る──などが想定されている。

実際、株高/円安の進展という市場部門の変動が先行して顕現化しており、その他のルートの効果も、タイムラグを伴って出て来る、というのが黒田総裁の目論みだろう。15年近くに及ぶデフレからの脱出を目指した「黒田緩和」は、すでにスタートが切られた。様々な不確定要因があるが、市場価格の変動や先行して現れている物価上昇や景気回復への期待の拡大を通じ、長期停滞からの手掛かりをつかんでほしい。

<米欧で低下する物価上昇率、背後に新興国景気の減速>

ただ、心配な点が2つある。1つは米国やユーロ圏で足元の物価上昇率が低下する傾向を見せていることだ。ユーロ圏の消費者物価指数(CPI)は、昨年3月の前年比プラス2.7%から今年3月に同1.7%まで低下。欧州中銀のコンスタンシオ副総裁は物価上昇率の低下に懸念を表明した。米CPIは今年3月に前年比プラス1.5%と昨年7月以来の低さとなった。

多くの要因が絡み合っているだろうが、大きな構造要因として、中国を中心にした新興国の景気減速でエネルギーを含む商品価格が下落傾向にあり、世界的に需要の停滞感が広がってきていることが指摘できる。国際通貨基金(IMF)は今月16日、2013年の世界経済の成長率見通しを3.5%から3.3%に引き下げた。足元では、その数字以上に減速感を実感できる需給バランスになっている可能性がある。

<軽視できないエネルギー価格下落、長期化なら物価動向に影響>

黒田総裁は、この日の会見でIMFの見通しは下方修正されていても小幅であり、14年は4.0%と景気拡大の方向を示しており、世界経済の先行きに大きな懸念はないとの見解を示した。ただ、米国以外で予想と実際の成長率にかい離が続き、外需が期待したほど盛り上がらなければ、国内経済の好循環メカニズムが発動する時期が後ろ倒しになるリスクが高まる。

また、直近で起きている原油価格の下落が想定以上に長期化すれば、交易条件は好転することになるものの、短期的には物価上昇の力を削ぐ方向で機能することになるだろう。米欧で起きている物価上昇率の低下現象は、日本にとっても注視すべき点であると指摘したい。

<米欧で顕著な緩和マネーの資産取引へのシフト>

もう1つの懸念は、米欧において次第に明らかになりつつある株価などの資産価格の上昇に比べ、実体経済の拡大が相対的に弱いことだ。米連邦準備理事会(FRB)の量的緩和第3弾(QE3)の効果で、米市場には潤沢にマネーが供給されているが、それが実体経済の拡大を加速させる方向に行かず、資産取引にシフトする傾向が顕著だ。つまり、せっかくの量的緩和政策が実体経済の活発化にはあまり貢献せず、したがって物価上昇率が低下しつつ、株価は最高値を更新するという現象を生んでいるという仮説が成り立つのではないか、ということだ。

日本でもポートフォリオリバランス効果で、株価が上がり外債投資が増加して円安が進んでも、国内で設備投資が活発化し、それを貸し出しがサポートしつつマネーが好循環するという方向にシフトしないと、物価が期待通りに上がらないリスクもある。

黒田総裁の指摘通りに年央から景気回復メカニズムが本格的に動き出せば、鉱工業生産をはじめ国内の主要な経済指標は強含み、物価動向も下げ止まりから反転・上昇に向かう兆しが出ているに違いない。3カ月後の経済指標の動向は、「黒田日銀」にとって最初の本格的なチェックポイントになると予想する。



日銀が描く理想の世界に「暗雲」−10月に追加緩和観測、次はETFか
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  4月27日(ブルームバーグ):日本銀行は26日、2014年度から15年度にかけて物価安定目標の2%程度が実現されるとの見通しを示した。民間とはかけ離れた内容で、日銀が描く「理想の世界」との見方も強い。今後、見通しの実現可能性に疑問符が付くにつれて、早ければ10月にも追加緩和に追い込まれるとの声も出ている。
シティグループ証券の村嶋帰一チーフエコノミストは「2%の物価安定目標とほぼ整合的な計数になった」と指摘。展望リポートは「日銀が思い描く『理想の世界』のように見受けられる」という。SMBC日興証券の岩下真理債券ストラテジストは「足元の不安定な商品市況を背景に、世界的に物価見通しの不確実性が高まっている。期待に働き掛ける黒田日銀にとっても暗雲が立ち込めている」と指摘する。
日銀は26日の経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、生鮮食品を除いた消費者物価(コアCPI)前年比の見通し期間を1年延ばし15年度までとした上で、「見通し期間後半にかけ2%程度に達する可能性が高い」と表明。2%の物価目標を「2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現する」との公約に沿った見通しを示した。
消費税率引き上げの影響を除く14年度のコアCPI前年比の見通し(政策委員の中央値)は1.4%上昇、15年度は1.9%上昇。もっとも、各委員の見通しは14年度が0.6%−1.7%の上昇、15年度が0.8%−2.3%の上昇とばらつきが大きい。実際、佐藤健裕、木内登英両審議委員は「見通し期間の後半にかけて、物価安定の目標である2%程度に達する可能性が高い」との記述に対し、反対意見を表明した。
決意表明のような数字      
一方、民間エコノミスト予想を経済企画協会がまとめたESPフォーキャスト調査(10日発表、回答期間3月27日−4月3日)の14年度予測は、消費税率引き上げの影響を除くとゼロ%台半ば。野村証券の尾畑秀一シニアエコノミストは「市場コンセンサスが4月の金融緩和の効果を完全には織り込めていない可能性を踏まえても日銀見通しは強気であり、見通しと言うよりもインフレ目標を達成するために今後日本経済がたどるべき道程といった色彩が色濃い」と指摘する。
第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「政策委員たちの見通しは民間エコノミストとの比較でも大変強気な数字と言える。これは、展望リポートの数字が単なる経済見通しではなく、日銀政策委員たちの決意表明のような数字になっているからだ」と指摘する。
ゴールドマン・サックス証券の馬場直彦チーフエコノミストは「今後3カ月ごとの見通し修正のたびに、日銀は徐々に重い説明責任を問われていくことになろう。特に金融政策から実体経済波及のラグなどを考慮すると、10月会合(次回展望リポート公表時)では、日銀は追加緩和策を講ずる必要に迫られる可能性がある」とみる。
次はETFの買い増しか    
日銀は4日に打ち出した「量的・質的金融緩和」で、長期国債保有残高が年間約50兆円に相当するペースで増加するよう長期国債の買い入れを行うことを決定した。次の一手として、さらに買い増していくとの見方もあるが、みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「債券市場の混乱を落ち着かせるのに日銀が四苦八苦している現状に鑑みると、これは実現可能性がかなり小さい話だろう」という。
その上で「追加緩和があるとすればむしろ、指数連動型上場投資信託(ETF)の買い入れ増額の方が可能性は高い」と指摘。「仮に、日経平均株価が緩和の前日(4月3日)の終値(1万2362円20銭)を大きく下回るようだと、『アベノミクス』が極めて重視している『期待』を支えるために、ETFの買い入れ増額を通じた事実上の株価てこ入れに日銀が乗り出す可能性がある」とみている。
記事についての記者への問い合わせ先:東京 日高正裕 mhidaka@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Paul Panckhurst ppanckhurst@bloomberg.net;大久保義人 yokubo1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/27 00:00 JST


米消費者マインド指数:3カ月ぶり低水準、現況・期待とも低下
  4月26日(ブルームバーグ):4月の米消費者マインド指数は前月から低下し、3カ月ぶりの低水準となった。消費者が経済の見通しに悲観を強めていることが示された。
4月のトムソン・ロイター/ミシガン大学消費者マインド指数 (確定値)は76.4と、前月の78.6から低下した。ブルームバーグ・ニュースがまとめたエコノミスト予想の中央値73.5は上回った。速報値は72.3だった。
PNCファイナンシャル・サービシズ・グループのシニアエコノミスト、ガス・ファウチャー氏は統計発表前に、「成長はやや軟化しているようだが、家計資産はかなり良好な状況だ」と指摘。「経済は引き続き拡大しているが、足を引っ張る要因はある」と述べた。
現在の景況感 を示す指数は89.9と、前月の90.7から低下。速報値は84.8だった。
6カ月後の先行き景況感を示す期待指数 は67.8と、前月の70.8を下回った。速報値は64.2。
向こう1年間のインフレ期待値は3.1%と、前月の3.2%から低下。5年後のインフレ期待値は2.9%で、前月の2.8%から上昇した。
原題:Consumer Sentiment in U.S. Fell to Three-Month Low inApril (1)(抜粋)
更新日時: 2013/04/27 00:14 JST



米GDP速報:第1四半期は予想以下の2.5%増、政府支出減で

  4月26日(ブルームバーグ):今年第1四半期(1−3月)の米経済成長率は市場予想を下回った。防衛費の減少が響いた。個人消費は2年ぶりの大幅増となった。
米商務省が26日に発表した第1四半期の実質国内総生産(GDP、季節調整済み、年率)速報値は前期比2.5%増加した。ブルームバーグ・ニュースがまとめたエコノミストの予想中央値は3%増だった。昨年第4四半期は0.4%増だった。個人消費は2010年第4四半期以降で最も伸びた。
JPモルガン・チェースの米国担当チーフエコノミスト、マイケル・フェロリ氏は「個人消費は底堅さを見せた。特にあらゆる向かい風を考えればなおさらだ」と述べた。「政府の歳出削減が問題だ。今四半期に第1四半期のような強さをあらためて見せることは難しいだろう」と続けた。
政府支出は過去11四半期のうち10四半期で減少。国防費は11.5%のマイナスだった。昨年第4四半期は22.1%の減少。
個人消費は3.2%増と、前四半期の1.8%増から伸びが加速。ブルームバーグがまとめたエコノミスト予想(中央値)では2.8%増だった。個人消費のGDP伸び率への寄与度は2.24ポイント。
貯蓄率は低下
第1四半期の貯蓄率は2.6%と、2007年第4四半期以来の低水準だった。昨年第4四半期の貯蓄率 は4.7%。インフレ調整後の可処分所得は第1四半期に5.3%減と、2009年第3四半期以来で最も落ち込んだ。第4四半期は6.2%のプラスだった。給与税の増税に加え、一部企業が配当やボーナスの支払いを昨年第4四半期に前倒ししたことが所得減につながった。
企業の機器・ソフトウエアへの投資は3%増と、前四半期の11.8%増から減速した。
在庫投資は503億ドルと、前四半期の133億ドルから伸びが加速。GDPへの寄与度は1ポイントだった。在庫投資を除く第1四半期のGDPは1.5%増と、前四半期の1.9%増から伸びが縮小した。
住宅投資は12.6%増、GDPへの寄与度は0.3ポイント。
食品とエネルギーを除く個人消費支出(PCE)価格指数は1.2%上昇と、前四半期の1%上昇からわずかに加速した。    
原題:Growth in U.S. Trails Forecasts as Defense Spending Falls(2)(抜粋)
更新日時: 2013/04/26 23:37 JST



野村HD:7年ぶりの利益水準824億円−アベノミクスで3.7倍

  4月27日(ブルームバーグ):国内証券最大手野村ホールディングス の1−3月(第4四半期)連結決算(米会計基準)の純利益は824億円と前年同期(221億円)の3.7倍に拡大した。デフレ脱却に向け大胆な金融緩和を掲げる安倍晋三政権発足に伴う金融取引の活性化を受け、委託手数料やトレーディング利益が増えた。
第4四半期の純利益はブルームバーグ・ニュースが集計したアナリスト9人の予想平均値560億円を47%上回った。824億円の純利益実績は四半期ベースで2006年の1−3月(1286億円)以来7年ぶりの高水準となった。13年3月通期純利益は1072億円と前年同期(116億円)の9.2倍となった。野村不動産株の売却益や保有分の含み益も寄与した。
野村が26日開示した1−3月の収益合計は同27%増の7201億円。委託・投信募集手数料は39%増の1257億円、投資銀行業務手数料は47%増の218億円、アセットマネジメント業務手数料は10%増の388億円、トレーディング益は7.7%増の1065億円となり、すべての収益部門で増収を確保した。国内事業は好調だったが、海外は不振だった。
ジェフリーズ証券のアナリスト、マカリム・サルマン氏は、野村HDの「決算の数字は市場の高騰による影響がどれだけ力強かったかを示している」と分析。同氏は野村HDの投資判断で「買い」を継続中で、「今後、市場に対してポジティブな見通しを持っており、決算も向上していくだろう」とみている。
野村は前期末の配当を6円にすると発表した。年間配当は8円となり、その前の期より2円の増配となる。
ユーロ危機、アジア成長鈍化
海外拠点の税引き前損益は、米州が23億円の黒字(前年同期は14億円の黒字)、欧州が365億円の赤字(同233億円の赤字)、アジア・オセアニアが79億円の赤字(同26億円の赤字)で合計では420億円の赤字(同246億円の赤字)となった。
同日の決算会見で柏木茂介財務統括責任者(CFO)は、今年度の経営環境について「足元は非常にいい」としながらも、「ユーロ危機は引き続き危機の一つと認識しており、アジア経済も一部に成長の鈍化がみられる」と海外動向を慎重に見ていることを明らかにした。
吉川淳最高執行責任者(COO)は26日夜、投資家向け電話会議で「アベノミクス効果でビジネスや市場環境が大きく改善し、当社もその恩恵を大いに受けている」と総括。海外での安定的な黒字確保などを課題に挙げ、「16年3月期に向けた経営目標の1株当たり利益(EPS)50円の早期達成へ、今後も着実に手を打っていく」と強調した。
モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行の損失隠しに絡んで伊当局が野村の資産計18億ユーロ(約2300億円)超を差し押さえると表明している問題に関連し、柏木CFOは現時点でその一部が凍結されると通告を受けたことを認めた。その上で「不当な措置だが、当社の業績に重大な影響はない」とした。
ブルームバーグ・データによると1−3月の野村は国内引き受けランキングで株式関連が18件・2181億円で3位。前年同期は16件・1749億円で1位だった。M&A(合併・買収)助言では 25件・3758億円で同2位と、前年同期の1位(34件・8966億円)から後退した。
東京証券取引所の資料によると1−3月の1日当たりの株式売買代金(第1部、2部、マザーズ合計)は約2兆4539億円と、18四半期ぶりに2兆円台を回復。前年同期に比べると75%増加した。同期間の日経平均株価 は19%上昇した。
野村HD株の26日終値は前日比5円(0.7%)安の762円だった。
記事に関する記者への問い合わせ先:東京 谷口崇子 ttaniguchi4@bloomberg.net;東京 日向貴彦 thyuga@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Chitra Somayaji csomayaji@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/27 00:00 JST



スペイン:財政赤字削減の期限2年先送り、成長率見通し修正

  4月26日(ブルームバーグ):スペインのラホイ首相は、同国の財政赤字削減の目標達成時期を2年先送りする計画だ。失業率が過去最悪の27%に達した同国の成長率見通しも下方修正した。
電子メールで発表した声明によると、対国内総生産(GDP)比で10.6%の財政赤字を欧州連合(EU)が上限と定める3%まで圧縮する期限を2014年ではなく16年とする計画は、26日の閣議で承認された。赤字削減を求めてきたEUの欧州委員会は、この計画を支持した。
欧州委は「バランスが取れているが、厳しい経済環境を考えれば、依然として野心的な財政健全化への計画だ」との声明を出した。
ユーロ圏のリセッション(景気後退)は2年目に入っており、域内では国際通貨基金(IMF)などから批判が挙がった緊縮第一の政策を緩めようとする動きが見られる。スペインは7四半期連続でマイナス成長。ラホイ首相は2012年半ば、財政赤字をGDPの3%以下とする目標達成期限を1年延長して14年とする合意を取り付けていた。
同国のサエンスデサンタマリア副首相はマドリードで記者団に、スペイン成長率を来年にプラス0.5%に回復させる措置を政府は講じると語った。14年の成長率は昨年7月時点では1.2%と予想されていた。
失業率見通しは2013年が27.1%とし、従来の24.3%から引き上げた。来年には26.7%に低下する見込みという。今年1−3月の失業率は27.2%だった。
財政赤字は対GDP比で今年が6.3%の見通しで、16年までに2.7%に低下するという。
IMFのラガルド専務理事はこの日、スペインの「より緩やかな財政健全化の道を追求するとの発表は歓迎すべき一歩だ」との声明を発表。「景気回復と雇用創出を万全にしながら財政を健全化させるとのスペイン政府の目標を強く支持する」と表明した。
原題:Spain Says Deficit Target Must Wait 2 More Years AmidSlump (2)(抜粋)原題:IMF Welcomes Spain’s ‘More Gradual Consolidation Path’(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:Madrid Angeline Benoit abenoit4@bloomberg.net;マドリード Ben Sills bsills@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Craig Stirling cstirling1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/27 02:02 JST


キプロス救済策、ユーロ圏の預金流出にはつながらず−ECB
  4月26日(ブルームバーグ):欧州連合(EU)主導によるキプロス救済策をめぐり同国は預金課税を条件とすることで3月合意したが、その措置が他のユーロ圏諸国の預金流出につながることはなかった。
欧州中央銀行(ECB)が26日公表したデータによれば、キプロスの銀行では3月に預金が18億ユーロ(約2300億円)減少した一方、他のユーロ圏諸国ではベルギーとフィンランドを除く全てで預金が増加した。キプロスでは預金額は前月比3.9%減の446億ユーロと、10カ月連続の減少となった。
ING銀行のユーロ圏担当シニアエコノミスト、マルティン・ファンフリート氏は「興味深いことに3月の銀行預金のデータは、キプロスの預金保険対象外の預金者に対するベイルインの影響が他のユーロ圏諸国にほとんど波及していないことを示唆している。これは安堵(あんど)感につながるだろう」と指摘。「実際のところ、ユーロ圏周辺国の大半では3月に、民間セクターの預金改善の兆候が強まった」と続けた。
ECBのデータによると、ギリシャの銀行では預金は1%(18億ユーロ)増加。またスペインで1.1%、イタリアで3.1%、アイルランドで6.5%それぞれ増えた。
原題:Cypriot Bailout Didn’t Cause Euro-Area Deposit Flight,Data Show(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:フランクフルト Jana Randow jrandow@bloomberg.net;ワシントン Stefan Riecher sriecher@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Craig Stirling cstirling1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/27 00:31 JST



コラム:ECBとイタリア政局を読み違える欧州市場=カレツキー氏
2013年 04月 26日 13:59 JST
アナトール・カレツキー

[25日 ロイター] 世界で最も高給を稼ぎ、最も情報に精通したアナリストの見解を織り込む金融市場は、しばしば予想外の出来事を不思議なほど的確に予期する。その対象は景気の好不況から選挙、テロ攻撃まで幅広い。

しかし市場は時として大間違いを犯すこともある。特に政治問題において著しい。典型的な例は、昨年11月の米大統領・議会選挙後の米国株の下落だ。今週の欧州市場の反応は、2つの魅惑的だが中世的な政治主体、つまりイタリア政府と欧州中央銀行(ECB)をめぐる市場の混乱ぶりを表しており、米国にも増して明確な事例かもしれない。

欧州全域で景気・金融面のファンダメンタルズが悪化しているにもかかわらず、欧州株は今週、2つの政治イベントに基づいて急反発した。1つは87歳になるイタリアのナポリターノ大統領が、他に代わりが見つからないという理由で7年間の続投に渋々同意したこと。もう1つは複数のECB理事会メンバーが5月2日の理事会で、政策金利を0.75%から0.5%に引き下げる投票を行う可能性を示唆したことだ。

いずれの出来事も、投資家の浮かれ気分を正当化するには程遠い。ECBのケースは分かりやすい。第1に、複数の有力メンバーが利下げに反対しているため、ECBが市場の期待を裏切る可能性は十分ある。第2に、ECBが行動を起こすとしても、0.25%ポイントの利下げは経済成長に何の効果ももたらさないだろう。第3に、これが最も重要な点だが、そんな小幅な利下げを実施するとすれば、米連邦準備理事会(FRB)や日銀、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)、スイス国立銀行(中央銀行)のような通貨供給量の拡大をECBが拒絶していることを裏付けるだけだ。金利を限界的にいじるよりも、ずっと大きな金融的インパクトをもたらし得る「非伝統的」政策を講じることを拒否しているわけだ。景気が悪化すればECBは利下げを迫られる、すなわち「悪い便りは良い便り」という考え方のおめでたさよ。

イタリアの政局はかつてないほど興味深く、複雑になっている。今週の一連の出来事による勝者は、強力な新ユーロ派であるナポリターノ大統領と、次期首相に決まった中道左派連合のエンリコ・レッタ氏のように見える。しかし実際のところ彼らは敗者で、真の勝者はベルルスコーニ氏だ。ナポリターノ大統領他、責任感のあるイタリアの政治家の宿敵であり、ドイツのメルケル首相他、一目置かれる欧州の政治指導者の大半から憎悪を集める人物だ。

直感に反するこの結論は、選挙劇の最中にあったイタリアで私が今週会った富豪や財界リーダーらに広く共有されている。この結論を理解するため、まずは大半の投資家と責任ある欧州の政治家が朗報と受け止めた出来事から見ていくことにしよう。

コメディアンのグリッロ氏率いる「五つ星運動」が「エリートによるクーデター」と揶揄したナポリターノ大統領の再選を受け、大統領は2月の総選挙で最大票を確保した中道左派の民主党(PD)から首相を選び、モンティ前政権の路線を踏襲しそうな親ユーロの実務派内閣を組織することが可能になった。

つまりイタリアには機能する民主的政権が発足し、欧州連合(EU)本部とドイツ政府が承認するモンティ路線を概ね受け継ぐことになる。その上この政府は少なくとも半年は安泰だろう。有力政党すべてが、現在のような混乱の再燃を防ぎグリッロ氏の躍進を抑えるため、次回選挙までに新選挙法を準備する必要性で合意したからだ。

このことは、2月選挙でのモンティ前首相の敗退とグリッロ、ベルルスコーニ両氏の予想外の健闘によって浮上した最悪のシナリオが根絶されたか、少なくとも先延ばしされたことを意味する。次回選挙まで、財政緊縮策を本気で転換させようとする試みは成されないだろうし、2月選挙でグリッロ、ベルルスコーニ両氏が主張したようなユーロ解体の脅威も遠のくだろう。金融市場が浮かれ、EU本部とドイツ政府が胸をなでおろしているのはそれゆえだ。

悪いニュースに移ろう。次期首相のレッタ氏は形式上、民主党メンバーだが、首相指名に至る陰謀とナポリターノ大統領の再選により、この党は壊れたも同然だ。この結果、イタリアにおいてグリッロ氏の無政府的反乱を抑えられる政治組織はベルルスコーニ氏率いる中道右派の自由国民(PDL)だけになった。

その上、ベルルスコーニ氏はレッタ氏の首相就任に協力したことで、若い中道左派指導者であるレンツィ・フィレンツェ市長の政治的命脈を断ってしまった。レンツィ氏は若く、人気があり、民主党を再生させる可能性を秘めていた人物だ。そしてベルルスコーニ氏から見て最高なのは、レッタ次期政権は議会で過半数を掌握しないため、ベルルスコーニ氏の個人的利益や政治路線と対立する行動を採ればすぐに首を切られる運命にある。

これらすべてが意味するのは、ベルルスコーニ氏が法的な免責状態を今後も享受し続けられるということだ──ベルルスコーニ氏が政治に関わり続けている最大の動機は、免責の確保だとの見方が一般的だ。さらには選挙法の改正を、自身の率いる政党に有利な内容に導く立場も確保した。

さらに好都合なことに、政権に加わらず裏で糸を引くことで、ベルルスコーニ氏はイタリアの経済的苦境の責任を負わずに済む。年末までに彼は、中道左派の親ユーロ実務派内閣とドイツが問題の元凶だという批判を、前回の選挙戦よりも効果的に展開できるようになろう。同時に、グリッロ氏の無政府的な五つ星運動がもたらしかねない混乱からイタリアを救う救世主として振る舞うことが可能になる。その頃、イタリアにおいて有効な中道左派政党は五つ星運動しか残っていない可能性がある。

従って欧州の金融市場が今週祝っているのは、イタリア政界の支配的人物としてのベルルスコーニ氏の驚くべき復活だ。つまり彼は、イタリアがドイツとEUから指示された経済条件に従うか、さもなくばユーロ崩壊の引き金を引くかについて、最終的に采配を振るう地位を奪回したことにもなる。ベルルスコーニ氏がおおっぴらにイタリアの大統領か首相に再選されていたなら、投資家はそんなに浮かれてはいられないはずだ。

*アナトール・カレツキー氏は受賞歴のあるジャーナリスト兼金融エコノミスト。1976年から英エコノミスト誌、英フィナンシャル・タイムズ紙、英タイムズ紙などで執筆した後、ロイターに所属した。2008年の世界金融危機を経たグローバルな資本主義の変革に関する近著「資本主義4.0」は、BBCの「サミュエル・ジョンソン賞」候補となり、中国語、韓国語、ドイツ語、ポルトガル語に翻訳された。世界の投資機関800社に投資分析を提供する香港のグループ、GaveKal Dragonomicsのチーフエコノミストも務める。




04. 2013年4月29日 23:49:43 : niiL5nr8dQ
米個人消費支出:3月は前月比0.2%増−所得も0.2%増

  4月29日(ブルームバーグ):米商務省が発表した3月の個人消費支出(PCE)は前月比0.2%増加となった。ブルームバーグがまとめたエコノミスト予想中央値は前月比横ばいだった。個人所得も前月比0.2%増加した。
原題:Consumer Spending in U.S. Climbs More Than Forecast onServices(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ワシントン Shobhana Chandra schandra1@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Chris Wellisz cwellisz@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/29 21:37 JST


ドイツ:4月インフレ率1.1%、約2年半ぶり低水準−EU基準

  4月29日(ブルームバーグ):ドイツの4月のインフレ率は前月から低下し、約2年半ぶりの低水準となった。
独連邦統計庁が29日発表した4月の消費者物価指数 (CPI)速報値は、欧州連合(EU)基準で前年同月比1.1%上昇と、伸び率は3月の1.8%を下回り、2010年8月以来の低水準となった。ブルームバーグがまとめたエコノミスト19人の予想中央値は1.7%上昇だった。4月の指数は前月比で0.5%低下した。
原題:German Inflation Rate Plunges to Lowest in More Than TwoYears(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:フランクフルト Stefan Riecher sriecher@bloomberg.net;フランクフルト Jana Randow jrandow@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Craig Stirling cstirling1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/29 21:31 JST


イタリア入札:10年債落札利回り3.94%、2年半ぶり低水準

  4月29日(ブルームバーグ):イタリア政府が29日実施した国債入札で、10年債の落札利回りは2年半ぶり低水準となった。同国ではエンリコ・レッタ氏が首相宣誓を行い、2カ月に及んだ政治空白に終止符が打たれた。
政府は2023年5月償還債を30億ユーロ(約3840億円)発行。落札利回りは3.94%と、3月27日の前回入札時の4.66%を下回り、2010年10月以来の低水準となった。応札倍率は1.42倍と、先月の1.33倍から上昇した。
2018年償還債も30億ユーロ発行され、落札利回りは2.84%となった。先月の前回入札時は3.65%だった。
流通市場ではイタリア国債の10年物利回りが22日、10年11月以降初めて4%の水準を割り込んだ。ローマ時間29日午前11時18分現在は11ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低下の3.95%で取引されている。
原題:Italy’s 10-Year Borrowing Costs Fall to 2 1/2-Year Low atSale(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:Rome Alessandra Migliaccio amigliaccio@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Will Kennedy wkennedy3@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/29 18:48 JST


4月ユーロ圏景況感指数88.6、予想以上に悪化−景気低迷響く
  4月29日(ブルームバーグ):4月のユーロ圏景況感指数 はエコノミスト予想以上に悪化した。域内経済はリセッション(景気後退)からの脱却にもたついている上、キプロス救済で債務危機の懸念が再燃した。
欧州連合(EU)の欧州委員会が29日発表した4月のユーロ圏景況感指数(速報値)は88.6と、先月の90.1(改定値)を下回り、昨年12月以来の最悪となった。ブルームバーグ・ニュースがまとめたエコノミスト26人の予想中央値 は89.3だった。
経済規模が欧州最大のドイツで、企業景況感と信頼感が予想以上に落ち込んだ。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は19日、ユーロ圏経済の改善が今月上旬以降に見られないと指摘。ただし、年内に景気が回復するとの見方は変えていない。ブルームバーグがまとめた別のエコノミスト調査では、域内経済 は4−6月(第2四半期)にプラス成長となる見通し。
インテーザ・サンパオロのエコノミスト、アナマリア・グリマルディ氏(ミラノ在勤)は「キプロス救済をめぐる騒動で欧州の不透明感が再び高まった」と述べた上で、「懸念は一時的なもので、今年7−12月(下期)に緩やかな成長が見られると思う」と語った。
欧州委によると、4月のユーロ圏製造業景況感指数はマイナス13.8と、前月のマイナス12.3(改定値)から悪化。サービス業の指数はマイナス11.1と、3月のマイナス7(同)から低下した。同時に発表された4月の消費者信頼感指数改定値はマイナス22.3だった。3月はマイナス23.5。
原題:Euro-Area April Economic Confidence Falls More ThanForecast (1)(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:フランクフルト Stefan Riecher sriecher@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Craig Stirling cstirling1@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/29 18:46 JST


20兆ドル相当の国債の利回りが1%未満に-緊縮措置の誤り示唆

  4月29日(ブルームバーグ):政治家は予算圧縮を進めて国の借金を減らそうとしているものの、債券市場では国債需要が高まっているため、約20兆ドル(約1950兆円)相当の国債の利回りは1%未満に低下した。
バンク・オブ・アメリカ(BOA)メリルリンチのグローバル・ブロード・マーケット・ソブリン・プラス指数の平均最終利回りは先週、過去最低の1.34%となり、5年前の3.28%から低下した。同指数を構成する債券の総額は23兆ドルと2倍余りに増え、米国と中国の国内総生産(GDP)の合計を上回ったものの、ドイツからルワンダに至る各国政府はこの1カ月間、過去最低の利回りで国債を発行した。
ハーバード大学の経済学者であるカーメン・ラインハート、ケネス・ロゴフの両氏は、高水準の債務は景気の減速につながると指摘しており、これを米国や英国などの政治指導者は緊縮策を正当化するための警告として使っている。その一方で、国債利回りは国が借り入れを増やすことを投資家が容認していることを示唆している。金相場が弱気相場入りし、インフレは鈍化しているが、30年続いている債券相場の上昇の勢いが弱まる兆候はない。
フィデリティ・インベストメンツ(ボストン)の国際債券責任者、ジェイミー・スチュタード氏は23日の電話取材で、「昨年の初めや2011年、10年、09年のように、投資家は国債利回りが上昇することを確信していたが、それはまだ起きていない」と指摘。「世界の成長率は非常に低く、中央銀行による金融政策の緩和が続くため、国債利回りは低水準にとどまるだろう」と述べた。
BOAは11日の顧客向けリポートで、20兆ドル相当の世界の国債利回りが1%を下回ったと指摘。世界の中銀による利下げや資産購入を含む前例のない刺激策が株式や債券相場を押し上げていると分析した。
原題:Market’s $20 Trillion Yielding Below 1% Says AusterityMistaken(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ロンドン Anchalee Worrachate aworrachate@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先:Paul Dobson pdobson2@bloomberg.net
更新日時: 2013/04/29 14:15 JST



新興アジア諸国は「中所得国の罠」に、労働市場自由化など必要=IMF
2013年 04月 29日 16:51 JST
トップニュース
米CIAがアフガンに秘密の送金、影響力確保が狙いか=報道
米主要500社の第1四半期、前年比3.7%増益の見通し
バングラ建物崩壊で所有者逮捕、インドへの逃亡を国境で阻止
イタリア首相府前の発砲で警官2人負傷、容疑者は無職の男

[シンガポール 29日 ロイター] 国際通貨基金(IMF)は29日、アジア太平洋地域の最新の経済見通しのなかで、アジアの中所得国について、世界の他地域よりも成長見通しは良好との見方を示した。

ただし同時に、先進国の水準に達するためには、公的機関の改善や、硬直的な労働・製品市場の自由化が必要との認識を明らかにした。

IMFは「新興アジア諸国は『中所得国の罠』に陥りがちだ。つまり、経済が中所得国のレベルで停滞し、先進国入りできない、というリスクだ」と指摘。「アジアMIE(中所得経済)は、他地域のMIEと比べ、持続的な成長鈍化のリスクは小さい。しかし、アジアMIEのパフォーマンスは相対的に、公的機関について弱い傾向にある」とした。

IMFは、中国とインドのトレンド成長率が鈍化したことが、複数の統計で明らかになっている、と指摘した。中国のトレンド成長率は2006─07年の約11%がピークと指摘。インドのトレンド成長率は今や6─7%と、金融危機前の約8%を下回っている、としている。

IMFは最近、一部アジア諸国の成長予想を下方修正したが、今回のリポートでは、目先の見通しについてはおおむね明るい見方を示した。

IMFは「アジアの経済成長率は2013年、外国からの需要拡大や内需拡大の継続を背景に徐々に回復し、およそ5.75%に達する」と強調。ユーロ圏債務危機悪化のリスクが後退し、米「財政の崖」が当面回避されるなかで、世界経済へのリスクは緩和している、と指摘した。

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アングル:ドイツで高まる「ナチスブーム」、闇の歴史に学ぶ
2013年 04月 28日 13:49 JST
[ベルリン 26日 ロイター] ドイツでは今、ヒトラーやナチスといった言わば自国の「闇の歴史」に対する国民の関心が高まっている。

権力を掌握するに至ったナチスの歴史を扱った展示会には数万人が足を運び、第三帝国をテーマにしたテレビドラマには数百万人の視聴者がつく。ヒトラーが現代のベルリンに現れるという小説は、一夜にしてベストセラーとなる人気ぶりだ。

ドイツでは今年、ナチスに関する歴史の節目を迎えるため、これまで以上に自国の歴史に興味を持つ人が多くなっているようだ。あの時代に祖父母が何を経験したのか、海外で平和活動に従事する今日のドイツ人にとってナチスの負の遺産がいかに障害となっているか、ギリシャやスペインの失業者がなぜメルケル首相を「新たなヒトラー」と揶揄(やゆ)するのかなど、テレビや新聞、ネット上でもナチスに関する話題は尽きない。

ヒトラーのイデオロギーに感化されて人種差別的な連続殺人事件を起こした女の裁判が来月始まることも、現代社会にもナチスの脅威が存在することをまざまざと感じさせることになるだろう。

今年1月と5月はヒトラーの総統就任とナチスの思想に合わないとされた書物が焼き払われた焚書からそれぞれ80年、11月はユダヤ人の住宅や商店が襲撃された「水晶の夜事件」から75年に当たる。

こうした節目がある種の切迫感を持って迎えられるのは、戦争を生きた世代が少なくなってきているということを実感しているからだ。この世代の人たちがいなくなれば、歴史に興味を持つ若者は、生き証人たちから話を聞く以外の手段を探さなければならなくなる。

「悪魔は抽象的な歴史の闇から何度でもよみがえる」。ナチス時代について書かれた記事の中で、シュピーゲル誌はこう記している。フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙は、戦時中の若き5人のドイツ人を描いたテレビドラマ「Unsere Muetter, unsere Vaeter(われらの母、われらの父)」を製作したニコ・ホフマン氏のインタビューを掲載。「それが終わることはない」と見出しを付けた。3月に放送されたドラマは700万人が視聴した。

<ドラマと小説の人気>

ホフマン氏はこのドラマについて、18歳でヒトラーの軍に志願兵として入隊した自分の父親のために製作したという部分もあると話す。

歴史家のArnd Bauerkaemper氏は、「このドラマは本当の意味で人々の心の琴線に触れる作品で、特に当時の悲惨な時代を生きていたら自分ならどうしていただろうと自問する若者の心に語りかけるものだ」と評価する。

ドラマでは戦争やドイツ人の罪について、残酷な部分も赤裸々に描かれている。ビルト紙が「ドイツ兵は本当にそれほど野蛮だったのか」と紙面で疑問を呈したところ、ロシアやポーランドから非難の声が上がり、70年経った今でもデリケートな問題であることが示された。

また、ヒトラーが2011年のドイツによみがえり、テレビで人気者になるというストーリーの小説「Er ist wieder da(彼は復活した)」はすでに40万部以上売れ、現在他の言語に翻訳されているほか、映画化も進んでいる。

著者のTimur Vermes氏は、「ヒトラーは当時と違った方法を使い、現代でも成功を収める可能性があるということを表現したかった」と執筆の動機について語った。

<失われた多様性>

首都ベルリンでは、ヒトラーによって崩壊したワイマール共和国の芸術性や知性に富んだ暮らしを称え、当時の一般市民の生活を垣間見るために、「失われた多様性」というタイトルの展示会や舞台、映画などが年中開催されている。

ドイツ歴史博物館は、ポスターやニュース映像、ナチス親衛隊のブーツやピストルなどのレプリカなども展示会を開催。同博物館の女性学芸員は、最近ではこうした展示会への行政からの援助が手厚くなってきているとし、「ユダヤ人、ロマ民族、同性愛者、障害者など、さまざまな人たちが犠牲になったことを記憶に刻んでおくことは、政治的に非常に正しい行いだ」と語る。この展示会には、初めの3カ月で4万人以上が訪れたという。

また、公にゲイであることを認めているベルリンのクラウス・ボーベライト市長は、1920─30年代のベルリンの多様性はナチスによって短期間で破壊されてしまったとし、「私たちは今やその多様性を取り戻したと言えるが、それは過去のものではない。われわれが積極的に守らなければならないこの街にとっての目標なのだ」と語った。

(原文執筆:Gareth Jones、翻訳:梅川崇、編集:橋本俊樹)
http://jp.reuters.com/article/mostViewedNews/idJPTYE93R00S20130428

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米GDPの弱い結果に円買い強まる
2013/04/29 (月) 12:42


昨日の海外時間には、発表された米・第1四半期GDPが予想よりも弱い結果だったことから、米長期金利が低下し円買いが強まりました。週明けの東京時間も、アジア株が軟調な取引となっていることから円買いが強まっています。

欧州時間序盤、欧州株が反発したことからユーロ買いが強まって、ユーロドルは1.3040台まで、ユーロ円は128.80円台まで上昇する場面しました。しかしその後の欧州株やNYダウ先物が軟調な取引となったことからユーロ売りが強まって、ユーロドルは1.2990付近まで、ユーロ円は128.00円台まで下落し、ドル円も98.40円台までやや下落しました。

NY時間にはいって、発表された米・第1四半期GDPが予想よりも弱い結果だったことから、米長期金利が低下し、全般的にドル売りが強まって、ユーロドルは1.3030台まで上昇し、ドル円は98.00円台まで下落しました。続いて発表された米・4月ミシガン大学消費者信頼感指数は予想よりも良い結果だったものの、米長期金利は反発しなかったことから、ドル円は一段安となって97.50円台まで下落しました。一方対ユーロではドルの買戻しが優勢となってユーロドルは1.3000付近まで反落し、ユーロ円も127.10円台まで下落幅を拡大しました。

NY時間午後にかけて、NYダウなど各国株価が反発上昇に転じたことからユーロ買い、円売りが強まって、ユーロドルは1.3030台まで、ユーロ円は128.00円台まで、ドル円は98.30円台まで上昇しました。

週末に、イタリアで中道左派と中道右派が参加した大連立政権が誕生したことから、ユーロ買いが強まって、ユーロドルは1.3060付近まで、ユーロ円は127.90円台まで上昇しました。

しかし東京時間にはいって東京市場休場で薄商いの中、中国株などが軟調な取引となっていることから、円買いが強まって、ドル円は97.30円台まで、ユーロ円は127.00円台まで下落しています。

今日の海外時間にはユーロ圏・4月業況判断指数、独・4月消費者物価指数、米・3月個人所得/個人支出、米・3月PCEコア・デフレータ、米・3月中古住宅販売保留指数の発表が予定されています。
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05. 2013年4月30日 02:01:09 : niiL5nr8dQ
まだらな不動産価格上昇が米景気の強さを示す

S&Pダウジョーンズのエコノミストに聞く

2013年4月30日(火)  田村 賢司

 米国が着実に景気回復している。欧州は債務危機からの立ち直りが遅れ、中国も拡大の勢いが弱まる中、再び世界経済の牽引役として期待が高まる。米株価は市場最高値に達し、世界マネーの流入も激しい。米景気は本物なのか。米指数会社、S&Pダウジョーンズのエコノミストで同社指数委員会委員長でもあるデビッド・ブリッツァー氏に聞いた。
(聞き手は 田村 賢司)
米国の景気の現状をどう見ているか。回復しているが、失業率はなかなか下がらない。

ブリッツァー:確実に景気は回復している。今年の成長率は2%を超え、恐らく次の大統領選挙が行われる2016年まで拡大は続くだろう。


デビッド・ブリッツァー氏
スタンダード&プアーズ社のチーフ・エコノミストを務め、現在はマネージング・ディレクター兼株価指数委員会委員長。投資や指数関係の会議では著名なスピーカー。著書に「Using Indices to Beat Wall Street’s Savviest Money Managers」(McGraw-Hill, 2001)などがある。(写真:清水盟貴、以下同)
 失業率が7%程度と高いのは指摘の通りで、2014年までかかって6.5%というところだろう。元々、雇用は景気回復の波より遅れて動く遅行指標だが、理由はそれだけではない。まず、景気は回復しているがまだ初期で、企業は正社員の新規雇用に踏み切れないでいることが1つ。

 そして、2つ目は経済の構造が変わり、テンポラリーワーカー(非正規雇用労働者)が非常に多くなっていることが影響している。IT(情報技術)など技術革新があらゆる分野に広がり、それが可能になった。2008年秋のリーマンショックで、企業は一段と慎重になった。正社員は解雇の時にコストがかかるし、変化への対応が遅れる。技術の進化をそこに使おうとした。

 米国の景気回復は、ここに来てIT化が一段と進展したことが支えているが、雇用も技術が変えている。

住宅価格は7年ぶりの大幅上昇

米国の代表的な住宅価格指数であるS&Pケース・シラー指数の運営監督もしている。住宅市場から見た米景気は?

ブリッツァー:ケース・シラー指数の1つで、柱でもある全米20都市の住宅価格動向を見ると改善が大きい。今年1月に前年同月比で8.1%のプラス。米国のエコノミスト予想(7.9%プラス)をも上回って、2006年6月以来の大幅な上昇となった。

 昨年6月に底をつけてから上昇に転じてきたが、秋からはさらに上げ幅が大きくなっている。しかも、今回は調査対象の都市すべてで上昇している。背景にあるのは、(金融緩和で)住宅ローン金利が低下していることや、消費者のマインドが良くなっていることなどだろう。今まで、住宅価格はもっと下がると考えていた人たちが、「もう上昇し始めたのだから今買わなければ」と思い始めている。

 サンベルトといわれ温暖な気候で人気のアリゾナ州・フェニックスは1月に23%も上昇し、ニューヨークも0.6%だが23カ月ぶりに上がった。景気拡大の動きを見る時にこれは大事なことで、バブルの時にはすべての都市が大きく上昇する。しかし、今回は都市によってかなり差がある。健全な景気回復の際の特徴をそのまま見せており、安定感がある。

バラク・オバマ大統領は、1期目の就任時に輸出倍増を打ち出したが、とてもその水準には達していない。

ブリッツァー:確かにそうだ。しかし、製造業は回復を始めている。特に自動車はGMが破綻した2009年には、産業としては「死に絶える」とさえ言われたが、復活している。輸出では航空産業も強さを保っている。787の問題はあるが、ボーイングも決して悪い状態ではない。

 ただし、製造業はアジアが強くなっており、米国は輸出を増やし続けられるわけではない。欧州も債務危機で景気回復には遠く、米国の輸出はやはり増えていない。今の景気回復は、不動産価格の底打ち・反転、株価上昇などによる資産価格の上げが元になった個人消費が牽引している。

その資産価格の元にあるのは金融緩和。市場最高値をつけた株価はバブルの様相を呈していないか。

ブリッツァー:私は今の景気回復は2010年に始まったと考えている。すると、次の大統領選挙まで続いたとしても6年だ。

 一方、米国の過去の景気回復は8〜10年続いている。決して長くはないし、今はまだ回復の初期でもある。


 株価について言えば、代表的な指数であるS&P500のPER(株価収益率)はまだ16〜17倍。PERは1株当たり予想純利益に対して株価が何倍になっているかを見て、その割高感を判断するものだが、これは高くはない。長期トレンドと同じ水準だ。

 今のような低金利の元では高くなるものだが、その点で考えてもバブルではない。人々の経済成長への見方が強くなっているということだろう。

米国はいつまで金融緩和を続けるのか。FRB(連邦準備理事会)は政策転換のタイミングを失業率や物価上昇率などの水準で示しているが。

ブリッツァー:失業率が6.5%、物価上昇率は2%などと言っている。それをメドに(FRBは)金融緩和が2014年か2015年までは続くと言ってきたが、最近は2014年下期までとしている。恐らくそうなるのだろう。

アベノミクスは新しい方向を示した

暫定予算が延長され、実体経済への影響は抑えられているが、「財政の崖問題」は米景気にとってあまり重要ではなくなったのか。

ブリッツァー:これは政治そのものだ。駆け引きの世界だ。問題自体は深刻で重要だし、もちろん終わってもいない。議会の中でも「ばかげている」と言っている。しかし、続いている。いずれにしても中途半端な解決策では、また同じ問題が起こるだけだ。

アベノミクスで日本は景気回復の期待が高まっている。どう見ているか。

ブリッツァー:新しい方向性を打ち出していると思う。金融緩和で投資を促すということは普通に行われるが、インフレを起こそうというのは珍しい。人々が消費をしたがらなくなっているのに対し、インフレは消費を促すことになり、その効果はあるのだろう。

 ただ、2%のインフレ目標がその通りに終わるかどうか。5〜6%に上がりすぎる可能性は否定できない。それと、米国では経済発展には中央銀行が政府の影響から離れる独立性が欠かせないと考えられている。その点はどうなのかという気もする。



NY市場 ダラス連銀景気指数は予想外のマイナス
:2013/04/29 (月) 23:57
:2013/04/29 (月) 23:47
先ほど発表になったダラス連銀が発表した4月調査の製造業景気指数は-15.6と予想(5.0)外のマイナスとなった。今月発表になっている米企業のセンチメント指数は弱い内容が多く、企業の慎重姿勢が伺える。

ただ、市場の反応は限定的で、米株は堅調を維持しており、ドル円も98円台を維持している。

明日から2日間に渡ってFOMCが開催されるが、今月発表になっている経済指標からは、QE縮小を積極的に議論する気配は無さそうだ。ただ、そのことが米株をサポートし、ドル円、クロス円をサポートしている面もあるように思われる。

USD/JPY 98.15 EUR/JPY 128.59


• HEARD ON THE STREET
• 2013年 4月 29日 14:13 JST
日銀、米市場に贈り物―米国でもリスク選好の動き
By JUSTIN LAHART
 日銀の思い切った国債購入計画は、日本の家計や機関投資家のリスク選好を強めるのが狙いだが、米国でもリスク選好がある程度起きている。
 日銀が積極的な日本経済再生プランを発表してから1カ月も経っていないが、この間に日経平均株価は12.3%上昇し、早くもその効果が明らかになっている。何十年にもわたってフライングの連続だったが、今回はその努力―マネタリーベースを倍増し、国債の月間購入量を2倍の7兆円超にすることで、物価上昇率を2%にするとの約束―が報われそうだと、投資家は予想し始めている。
 中でも、国債購入の拡大は影響力が大きい。日銀は、国債発行額の70%超の購入を続けることになっており、インフレが加速し始めたとしても、利回りは低水準のままとなりそうだ。しかも、それはしばらくの間続きそうだ。(日銀は26日に、物価上昇率目標は2年ではなく3年で達成されることになろうとの見通しを発表したからだ。)達成されることになろうとの見通しを発表したからだ

トリプルB社債と米国債の利回り格差
 量的金融緩和の期間が拡大されれば、日本の投資家は株式や社債など、利回りが高くリスクも高い資産購入に対する耐性力を高める。リスク選好が強まれば、日本が何としても必要としている経済活動でリスクを取る動きも強まるだろう。
 一方で、日本の投資家が利回りを選好するようになると、大抵米国の金融商品をも物色するようになる。日本勢の1月末現在の米国証券の長期保有額は1兆7900億ドル(175兆4000億円)で、内訳は国債が1兆0400億ドル、株式が3300億ドルだった。日本の国債供給がひっ迫するため、日本の投資家は海外に向かう姿勢をますます強めそうだ。日本生命や朝日生命は先週、外債投資を拡大する意向を明らかにした。
 米連邦準備制度理事会(FRB)は、量的金融緩和第3弾(QE3)で国債と住宅ローン担保証券(MBS)を毎月850億ドル買い入れており、日銀とFRBは合わせて長期国債を中心に毎月約1600億ドルの証券を市場から吸い上げている計算になる。FRBは財政支出削減が経済に及ぼす影響を懸念しており、QE3は少なくとも後数カ月間は続きそうだ。その結果、世界中の投資家はリスク・カーブの外に出たままになるだろう。
 それはすでに起きているようだ。日銀が3月に量的・質的緩和を打ち出して以降、米国では期待はずれの3月の雇用統計など、まだら模様の経済指標の発表が続いており、景気は減速していることがうかがえる。ところが、景気への懸念が高まると社債と国債との利回り格差は通常ならば拡大するのに、逆に縮小しているのだ。
 米国の投資家は、日銀の国債購入計画の影響が早々と表れたかどうかについてはまだ同意していない。そうだとしても、効果をあげそうなものが一つある。それはQE4である。


イタリア新首相にレッタ氏:変わらぬ問題
2013年04月30日(Tue) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年4月27日号)

年老いた大統領と新しい首相。しかし、イタリアが抱える問題は変わっていない。


混迷の末に首相に就任したエンリコ・レッタ氏〔AFPBB News〕

 ジュゼッペ・ディ・ランペドゥーサの『山猫』に登場するタンクレディは「すべて今のままであってほしいと願うなら、すべてを変えなければならない」と言った。

 これはイタリアの現代文学で最も有名な一節だ。というのも、この言葉は現代のイタリア政治の皮肉な状況と保守主義を非常によく捉えているからだ。

 ただし、今回に限って、イタリアの政治家たちはこの台詞を逆に解釈した。彼らは4月20日、すべてを変えるために、現状を維持する手はずを整えた。

すべてを変えるための現状維持

 大統領選挙を繰り返し行ったにもかかわらず、新大統領の選出に失敗した後、2大政党の党首、民主党のピエル・ルイジ・ベルサニ氏と自由国民のシルビオ・ベルルスコーニ氏が、87歳の現大統領ジョルジョ・ナポリターノ氏の元に行き、続投を要請したのだ。

 年齢を考えると当然のことだが、ナポリターノ氏は2期目の就任を考えていなかった。そのため、続投に条件を付けることができた。民主党と自由国民が、新政府の樹立を妨げている行き詰まりを打開した場合にのみ、再任に同意するという条件だ。

 ベルルスコーニ氏は、2月の総選挙で絶対多数を占める政党がなくなってから、左派と右派の連立を主張してきたため、説得の必要はなかった。だが、ベルサニ氏は、総選挙で大躍進し、上院におけるキャスティングボートを握った反体制的な政党、5つ星運動の支持を取り付けて少数与党内閣を樹立する道を模索していた。

 ベルサニ氏にとって、ナポリターノ氏の最後通告は耐え難いものだった。ベルサニ氏にはほかにも耐え難いいくつかの事情があり、前日の19日には党首辞任の意思を表明していた。

 イタリアの政治が(果てしなく複雑なものでなく)チェスだと仮定したら「逆山猫戦略」とでも呼ばれたであろうこのやり方は、功を奏した。ミラノの株式市場の23日の終値は大統領選挙前の水準より6.7%高くなっており、イタリア国債のリスクプレミアムも0.29%下がった(ただし、これには日米の中央銀行の動きも関係している)。

 年老いた新大統領のナポリターノ氏はその翌日、ベルサニ氏の下で民主党副書記長を務めたことのあるエンリコ・レッタ氏に首相就任を求めた。5つ星運動の結党にかかわったベッペ・グリッロ氏などは、ナポリターノ氏の再選はイタリア政治の若返りを妨げると批判している。ナポリターノ氏は若いレッタ氏を指名することで、そうした批判を巧みにかわしてみせた。

 46歳のレッタ氏は、現代イタリアで2番目に若い首相というだけでなく、欧州全体を見渡しても最も若い部類に入る。英国のデビッド・キャメロン首相より2カ月早く生まれているだけだ。

 カトリック教徒で、経済に関してリベラル派のレッタ氏は、政治的には中道に近い。しかし、レッタ氏に託された、議会で過半数に支持される超党派内閣を組むという課題は、非常な難題だ。この課題がどれほど困難かを市場が理解し始めるにつれ、イタリア国債とドイツ国債のスプレッドは再び拡大した(株式市場は変わらず祝賀ムードだが)。

 レッタ氏は、ドイツがユーロ圏全体に強要している緊縮政策に挑む意思を示している。また、「あらゆる犠牲を払ってまで」政権をまとめるつもりはないと述べ、明確な計画がすでに胸の内にあることをほのめかしている。

 レッタ氏はいずれ、自由国民の扱いにくさに配慮せざるを得なくなるだろう(ベルルスコーニ氏が率いる中道右派の政党連合は、選挙で中道左派に敗れたが、その差はわずか0.4%だった)。しかし、それよりも民主党内の軋轢の方が、対応が難しいかもしれない。

ベルサニ党首の方針転換に振り回された民主党

 もともと脆弱な民主党の結束は、今回の大統領選挙で粉々に砕け散った。まず、ベルサニ氏の保守回帰に多くの支持者が当惑し、腹を立てた。

 ベルサニ氏は、5つ星運動に訴えかける可能性のある候補を試してみるのではなく、ベルルスコーニ氏と取引し、元キリスト教民主党員で労働組合主義者でもあるフランコ・マリーニ氏を、党の大統領候補に選んだ。一部の民主党員から見れば、マリーニ氏は、高齢化する既存の政治体制に近過ぎる存在だった。

 ベルルスコーニ氏が本当に心配しているのは国の安定ではなく、権力を手に入れ、法的な問題を解決することだと懸念する声もあった。テレビ業界の大物であるベルルスコーニ氏は、4つの訴訟で被告になっている。そのうちの1つは17歳の少女の買春容疑だ。

 上院、下院の議員を含む選挙人団による大統領選第1回目の投票では、議会制民主主義ではめったに見られない規模の造反が起きた。無記名による投票で、100人を越える民主党の選挙人が、マリーニ氏を支持しなかったのだ。

 これをきっかけに内紛が勃発し、それが最後から2番目の投票まで続いた。投票には信念だけでなく報復の色合いが混じり、報復色の方が濃くなることもしばしばだった。

 捨て身のベルサニ氏が2度目の方針転換で選んだ候補者は、中道左派から広く尊敬されるロマノ・プロディ氏だった。この選択に自由国民は愕然とした。何しろプロディ氏はベルルスコーニ氏と首相の座を争い、2度も勝利している。

 奇妙なことに、欧州委員会の委員長も務めたプロディ氏自身が、自分が候補者に選ばれたと知ったのは、国連の会合でマリに滞在中のことだった。プロディ氏は、またしても民主党の選挙人による大規模な造反が起き、自分が落選したこともマリで知った。

5つ星運動の誤算

 わずか7日間で起きたこの目まぐるしい展開は、5つ星運動のグリッロ氏と、グリッロ氏ほど知られていないがもう1人の結党者ジャンロベルト・カサレッジオ氏にとって、朗報のはずだった。

 民主党と自由国民の連立政権が誕生すれば、「イタリアでは右派と左派の区別はほとんどなく、民主党は自由国民とともに巨大で利己的な社会階級の一部を形成しているにすぎない」という5つ星運動の主張が裏付けられると思われるからだ。

 しかし、この満足感は高い代償を伴う。5つ星運動は、ベルサニ氏への協力を拒否したことで、政策に影響を及ぼすチャンスを逸してしまった。

 純粋な5つ星運動家にとっては由々しき事態ではないかもしれない。彼らに言わせれば、5つ星運動の存在意義は、政党による民主主義をインターネットでの国民投票に移行させることにあるからだ。

 しかし、2カ月前、変化を夢見て5つ星運動に投票した多くの人々は、この事態に幻滅したのかもしれない。イタリア北東部で行われたある地方選挙で、5つ星運動の得票率は8ポイントも落ち込んだ。

 この選挙で当選したのは、42歳の弁護士デボラ・セラッキアーニ氏だった。同氏は、レッタ氏と党派こそ違うものの、やはり経済に関してはリベラルの中道左派に属する。現時点のイタリアでは、リベラルな中道左派が、あるべき位置なのだ。


「ユーロベガス」でスペインが“大博打”

雇用創出と“ブラックマネー”で市民は対立

2013年4月30日(火)  伏見 香名子

 不動産バブルの崩壊で壊滅的な打撃を受けたスペイン。国民のおよそ3割、若者世代に限れば実に6割近くが失業中のこの国で今、経済再建の「救世主」と一部で目されているプロジェクトが進行中だ。その名も「ユーロベガス」。首都マドリード郊外に、欧州最大のカジノ付き巨大リゾートを建設しようという計画である。

 このプロジェクトを主導するのは、マカオやシンガポールで大規模カジノ付きリゾートを手がけた、米ラスベガス・サンズ社だ。建設費用はおよそ170億ユーロ(約2兆2000億円)。早ければ今年中にも着工し、15〜18年後の完成を目指す。

 建設予定のカジノの数は合計6つ。そこに設置するスロットマシーンの数は、1万8000台。3つのゴルフコースにショッピングモール、レストランやコンベンションセンターなども併設する計画で、12のホテルの客室数は最大で3万6000室にも上る予定だ。

 一部報道によれば、サンズ社は、ユーロベガスの効果でスペインを訪れる観光客数は年間約470万人に達するとの調査報告をマドリードに提出。さらに、建設業やサービスなどの分野で、実に25万人以上もの新規雇用を生み出すと試算している。

 4月中にもサンズ社から正式な建設計画がマドリードに提出されると言われていたが、その前に、すでに職を求める1万2000人以上から問い合わせが殺到しているという。

熾烈な誘致合戦、カジノ対象に大幅減税も

 特に、バブル崩壊で失われた建設分野の雇用創出に対する期待は高い。事実、サンズ社が正式にマドリードを建設予定地に選ぶまで、マドリードはバルセロナと熾烈な誘致合戦を繰り広げていた。建設計画は3段階に分かれ、この第1段階が今年中にも着手されると言う。マドリード自治州はこの時点で、間接雇用も含めてすでに約8万人分の雇用を見込んでいる。

 カジノ建設に備え、サンズ社は自治政府に対して、減税や屋内での喫煙を禁じる法律の改正を要求したと報じられている。実際、マドリード州政府は去年末、年商440万ユーロ(約5億7000万円)を超えるカジノを対象に、税率を45%から10%に引き下げる特別法案を可決した。

 ところが、喉から手が出るほど雇用機会を欲しているはずの肝心の地元民の間では、計画をめぐって大論争が起きている。

雇用は欲しいが、治安悪化は困る

 マドリードの中心部から車で南西に20分ほど走ったところに、家族が乗馬などを楽しんでいる、のどかで広大な空き地があった。ユーロベガス建設予定地のアルコルコンだ。人口17万人ほどのこの都市で道行く人にユーロベガスについて訪ねると、意見はほぼ真っ二つに分かれていた。


ユーロベガスの建設予定地。家族が乗馬を楽しむのどかな風景が広がる
 まず、賛成意見は雇用への期待が中心だ。「みんな仕事が必要なんだ。息子たちにも仕事をさせなきゃならないし、どんな仕事でもこの地域にもたらされるなら大歓迎だ」と語ったのは、48歳のセールスマンの男性。75歳で年金生活を送る男性の父親も、傍らでうんうんと頷いた。

 一方、反対意見は次のようなものだ。31歳の男性教師は、「本当はマネーロンダリングに利用されるだけだ。犯罪も増加するだろう。仕事といっても、高報酬の仕事は外国人に回って、地元には清掃とか、建設など、低賃金の単純作業しか回って来ないと思う」と言う。

 こうした意見の対立で、住民同士の激しい言い争いがしばしば起こっているという。「色々な事が秘密裏に進められているからさ」と肩をすくめたのは、乗馬クラブでカフェを営む男性。この辺りの地主は、立ち退きを迫られるのかも分からず、戦々恐々としているという。

ユーロベガスも、もう1つの「墓場」になるのか

 建設予定地を案内してくれたのは、環境活動家のホアン・ガルシア・ビセンテ氏だ。案内の途中、ガルシア・ビセンテ氏はこの土地を差し、「ここも、僕らの呼ぶ所の『墓場』になりかねない」と呟いた。


建設予定地を案内してくれたホアン・ガルシア・ビセンテ氏
 バブル時代には新興住宅や高級リゾート、空港などが次々に建てられた。採算も取れず、建設途中で止まったままのクレーンが立ち並んだり、閉鎖に追い込まれたりして利益を生まない建造物は、活動家の間ではすべて「墓場」と呼ばれているという。

 「建設で失敗した穴埋めを新しい建設事業で行うのは、持続可能な解決策ではない」と語るガルシア・ビセンテ氏。彼によれば、ユーロベガス計画の一環として、近隣に新たな空港建設計画も持ち上がっているという。マドリードの南西230キロほどには、2008年12月に開港したばかりで、去年、負債を抱えて閉鎖に追い込まれたシウダ・レアル空港もあり、またも無駄な公共投資を行うのかと不信感が募るのも無理はない。

「カジノの帝王」、贈収賄疑惑で市民が反発

 さらに国民が疑いの眼を向けるのは、バブル時代、無茶な建設計画を推し進め、多額の負債を作った金融機関や政治家と共に、リゾート計画を進めるサンズ社の動向だ。

 ラスベガスに本社を置くサンズ社を率いるのは、米フォーブス誌の世界長者番付で15位につける富豪、シェルドン・アデルソン氏。去年の米大統領選でバラク・オバマ氏に破れた共和党ミット・ロムニー候補に巨額の献金を行った人物だ。アジア進出で成功を収め、「カジノの帝王」の異名を取るアデルソン氏は、カジノ法改正の折には日本が「次なるターゲット」と公言している。

 去年夏、米ウォールストリート・ジャーナルや米ニューヨーク・タイムズが相次いで、サンズ社がマカオでの事業拡大に絡み、中国当局に対する贈賄容疑で米司法省および証券取引委員会から捜査を受けていると報じた。アデルソン氏本人に嫌疑はかけられず、サンズ社も容疑を否定しているが、既にユーロベガスの経済効果に懐疑的だったスペイン国民から猛反発を受ける結果を招いた。

「大博打」で若者の希望を取り戻せるか

 「我々は建設事業に多額を投じて失敗した。同じ過ちを繰り返しかねないばかりか、ブラックマネーを呼び込めというのか」。最近、私とよく仕事を共にする、マドリード在住のスペイン人ジャーナリスト、タミム・エルダラティ氏は、こう吐き捨てた。カジノを誘致することでスペインでも腐敗が横行するのではないかとの懸念が、市民の間に芽生えているのだという。

 ただし、巨大カジノ施設がもたらす経済効果も、一概には否定できないのも事実だ。例えばシンガポールでは、サンズ社が手がけたカジノ施設「マリーナ・ベイ・サンズ」の効果で、オープン当初の2010年から2年連続で過去最高の外国人観光客を記録したと言われている。

 スペインを襲った建設バブル崩壊の爪痕は、高い失業率となって国の将来を担う若者の希望を奪い始めている。優秀な若者ほどスペインを捨てて海外に職を求め始めており、財政再建のための教育費や研究開発費の削減もこうした「頭脳流出」に追い打ちをかけている(テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」1月10日放送 特集「スペイン 債務危機で広がる頭脳流出」参照)。一部市民の間では、国の基盤を支える人材育成のための経費は削減してもカジノは作る、という構図では、根本的な景気対策にはならないという失望感が漂っている。

 果たして、ユーロベガス計画は、職にあぶれたスペインの若者に再び希望をもたらすことができるのだろうか。スペイン経済の再建を賭けた「大博打」をめぐる論争は、当面、収まりそうにない。


ニュースを斬る

電気自動車がもたらす本当の「変化」

これまでとは違った開発研究の蓄積が必要

2013年4月30日(火)  慎 泰俊

 身近な家電製品をバッテリーの観点から分類すると、見え方が変わってくる。コンセントを挿し続けないと使えないものと、コンセントを差し込んで充電した後には持ち運べるものという分類だ。携帯電話やカメラなど、エネルギー消費の小さいものは、バッテリーの技術進歩がさほど進んでいないタイミングから持ち運びができるようになった。比較的エネルギーを使うパソコンが本当の意味で持ち運び自由になったのは、つい最近のことだ。

 携帯電話、パソコンの次にやってくる「家電製品」の大きな波は自動車からやってくる。電気自動車のバッテリーとなるリチウムイオン電池の性能は向上し続けており、自動車や輸送機器向けのリチウムイオン電池市場の規模は今後5年に亘って年率50%以上で拡大すると考えられている。

 バッテリーの問題さえクリアされれば、電気自動車はガソリン車、ハイブリッド車、燃料電池車に比べはるかに燃料効率がよく、長期的には既存の自動車の多くを代替していくだろうと考えられている。

 統計の取り方にもよるが、自動車産業は50兆円の巨大産業。電気自動車は産業界にかなり大きなインパクトを与えることになる。今回は、電気自動車が本格化すると、何がどう変わるのかについての未来予想図を描いてみよう。

自動車が移動の道具であり続けた場合は?

 電気自動車のガソリン車との決定的な違いは、そのエネルギー変換の構造にある。どちらも本質的には、何らかの化学反応から得た熱エネルギーを、最終的には車を動かす運動エネルギーに変えている点では変わりはない。しかし、そのプロセスが大きく異なっている。次の図を見てほしい。


 ガソリン車においては、ガソリンを燃やして、それを車輪を回す運動エネルギーに変換するプロセスが全て車内で完結している。このエネルギー変換を担うのがエンジン部品だ。一方で、電気自動車の場合、水力・火力・原子力などから得られたエネルギーを発電所が電気エネルギーに変換し、それが家庭に届き、電気自動車にプラグを経由して届けられ、最終的に運動エネルギーに変換される。

 この違いが両者のエネルギー効率の違いでもある。発電所で水力・火力・原子力を電気エネルギーに変換するタービン部品の性能は、火力を運動エネルギーに変換するガソリン車のエンジン部品よりはるかに性能が良いのだ(すなわち、エネルギー効率が異なる)。この性能の違いは、発電所で得られた電気が実際に電気自動車に届くまでに失われてしまうエネルギーの分を加味しても余りある。

 電気自動車への代替は、なぜ自動車産業に大打撃を与えると一部の人たちに考えられているのだろうか。それは、電気自動車においては、従来の自動車において最も複雑な部品であったエンジン部品が必要でなくなるからだ。途上国の自動車メーカーが先進国の自動車に追いつけないのは、このエンジン部品回りの性能が低いためなのだが、電気自動車に産業がシフトすると、この障壁が消え去る。結果として、もし電気自動車が単なる「移動のための道具」に留まるのであれば、電気自動車へのシフトは、先進国の自動車産業に大打撃を与えるだろう。

電気自動車をインフラの1つとみなすと?

 …と、一般的な電気自動車についての話は、だいたいここまでで終わっている。そして、少なくない人が「電気自動車へのシフトが完了したら国内の自動車産業はつぶれる」と知った顔で話しているが、それは早計だろう。

 電気自動車へのシフトが先進国の自動車産業に壊滅的な打撃を与えるという観測は、電気自動車を単なる移動の道具と考えていることに根ざしている。しかし、自動車に電気が通うようになれば、全く違う世界が実現する。現在のガソリン車にもバッテリーがあるとはいえ、今のところ使うことができる電気量と全く違うレベルの電気が使えることになるのだから。

 電気自動車を単なる移動の道具でなく、より大きな視点からインフラや情報集積装置の一つと位置づけてみると、未来図はどのようになるだろうか。ここではいくつかの可能性について述べておこう。

 例えば、Googleは自動運転機能を有する自動車を開発中で、すでにノーミスで50万kmを走行させることに成功したという。自動運転機能が車に備われば、運転席が車には不要になり、車のスペースの設計が大きく変化する。例えば、自動車内を大きな映画館にすることもできるし、職場にすることすらできるようになる。

 また、車での移動情報が常に蓄積されるようになれば、それは人々の行動の情報となる。アップルがiPhoneを通じて顧客の移動情報を集積しているのと全く同じ事が、自動車メーカーにもできるようになり、そのデータ解析からまた新しいサービスが提供されていくだろう。こうした情報産業には多くのノウハウの蓄積が必須であり、途上国のメーカーに簡単に模倣できるものではない。

 更に、日本のように地震が多い国では、電気自動車は自家用バッテリーとしても役立つ。非常時であっても、電気自動車にプラグを差し込めば、数々の電子機器を使うことができるようになり、震災発生後に電気が復旧するまでのライフラインとしても役立つだろう。

自動車があなただけの看護師に?

 少子高齢化が進み、かつ老年層が車を必須とする地方に多く住んでいる現状において、電気自動車は医療サービスを代替する装置にもなりうる。地方に住む人々の多くは毎日のように自動車に乗っているが、その際に血圧や熱を測ることをはじめ、様々な健康情報を測定することにより、自動車がちょっとした看護師の役割を果たすこともできるようになる。近年においては化学センサーも日進月歩で発展しており、乗客の体調の急変をキャッチした際には、自動的にその人を病院にまで送り届けることも可能となる。

 このように、電気自動車を単なる移動のための道具以上のものと考えると、電気自動車へのシフトは単純に先進国自動車産業の没落を導くものではないことが分かる。とはいえ、このシフトへの対応には今までになかった種類の大きな開発研究の蓄積が必要であり、結果として既存の自動車メーカー間の競争地図を大きく変えていくことにもなるだろう。


越境人が見た半歩先の世界とニッポン



【第6回】 2013年4月30日 伊藤元重 [東京大学大学院経済学研究科教授、総合研究開発機構(NIRA)理事長]
日本がTPPに参加すると、
本当に“米国の思うまま”にされてしまうのか?
 日本のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉への参加がやっと実現しそうだ。TPP交渉参加国のすべてが日本の参加に同意した。あとは米国議会の承認を待つのみである。7月の交渉からは、日本もメンバーとして参加できるのではないかと期待される。

 ただ、そうした参加の同意を得るため、日本は米国に対して譲歩を強いられた。米国が日本車に課す関税の引き下げを最大限後ろ倒しにする、という合意をさせられたのだ。米国の自動車業界が強く求めてきた措置である。

 せっかくTPPに参加するのに、自動車の最大市場である米国の関税の壁が取り払われるのには相当な時間がかかりそうである。自動車業界にとっては、TPP参加のメリットは非常に小さいのではないか、という議論が出始めている。

米国の関税が撤廃されなくても
自動車産業にメリットはある

 もちろん、米国が自国市場を開けようとしないのは問題だ。日本では輸入車への関税はゼロである。それと合わせるのであれば、米国の自動車関税もできるだけ早く撤廃してもらいたい。

 ただ、通商交渉は政治なので、なかなか理想的には進まない。自動車業界、とりわけその労働組合は、米・民主党に大きな影響力を持っている。そうした政治的な現実のなかでは、TPPに参加するために、日本側が譲歩するのはやむをえなかったと思われる。

 それでも、TPPに参加することが日本の自動車業界にとってあまりメリットがない、というのは誤りである。日本の自動車業界にとって、アジアの市場は今後需要の拡大が見込まれる重要な存在だ。

 そうした国々と日本は経済連携協定を結んできたが、必ずしもアジア諸国の市場開放を十分に進めることはできなかった。日本自身が農産物で関税撤廃の例外措置を求めてきたので、それと引き換えにアジア諸国の例外措置を認めざるをえなかった、という面もある。

 TPPは、基本的に例外をほとんど認めない関税撤廃が前提となる。アジア諸国の市場は日本や米国の企業にとって大きく開放されることになる。もちろん、現時点でTPPに参加している東南アジア諸国は、ベトナムやシンガポールなどに限定されている。

 しかし、TPPがアジア太平洋地域の経済連携協定の大きな流れとなれば、いずれタイやインドネシアなども参加してくると考えられる。東南アジアに巨大な開かれた市場ができることは、日本にとって重要な動きである。

TPPでは、米国は日本の敵か、味方か

 TPPに関してよく出される議論は、TPPに参加すれば日本は米国のいいようにされてしまう、という危機感だ。日本のなかにある米国嫌いの面が一気に表出してきた感じである。

 最近、一部の大学教員のグループが、TPP参加に反対する要望書を出したという記事を見た。どのような経済学者が参加しているのかと思ったが、その多くはマルクス経済学者の方々だった。

 たしかに、米国は貿易交渉で強引な動きをすることが少なくない。米国のやり方を押しつけてくる。日本も、日米貿易摩擦で長らく交渉を続けてきたが、米国の要求のなかには理不尽なものが少なからずあった。今回のTPP交渉参加への条件として米国が出してきた自動車関税の維持もそのようなものだ。

 ただ、日本と米国の利害を二国間関係だけで見てはいけない。アジア太平洋でどのような制度を構築していくのかという点で見れば、日本と米国の間には共通利益のほうが多いからだ。

 1980年代後半、APEC(アジア太平洋経済協力)が形成された。日本もこの会議成立のために積極的に動いた。当時、この会議に深く関わっていたある政府関係者から、次のような興味深い発言を聞いたことがある。

「日本は米国との二国間交渉で大変な思いをしてきた。しかし、日本と米国の関係を二国間ではなく、アジア太平洋という広い舞台のなかで見ると、両国はむしろ共通の利害を持っている面が非常に多い。そうした共通利益で協力できる機会を持つためにも、APECに日本と米国が参加することには意義がある」というのだ。

 この指摘は、TPPにもそのまま当てはまる。アジア太平洋で貿易自由化を進め、さまざまな制度の構築を進めていくことは、日米両国にとって大きな利益がある。この地域で突出した2つの先進工業国として、共通する点のほうが異なる点よりも多いのだ。

 そうはいってもTPPは交渉なので、各国の利害がむき出しになって出てくる。日本もそうした難しい交渉をこなさなくてはいけない。

 しかし、繰り返すが、日米には共通の利益が多くあるという認識を持って交渉に当たることが重要である。そのうえで、日米間だけを見て交渉するのではなく、アジア太平洋地域をどのような方向に持っていくのが好ましいかについて、双方で共通認識を醸成していくべきなのだ。

ISDS条項は、日本がこれまで
他国に積極的に求めてきたものである

 今回のTPP交渉参加における慎重論の論議のなかで、特に注目されたものの一つが、ISDS(Investor‐State Dispute Settlement:投資家と国家の紛争解決)条項である。海外から投資をした企業が、受け入れ国を国際機関に提訴できるという条項である。

 この条項が入っているので、日本がTPPに参加すれば、米国企業による日本政府提訴が乱発され、日本の制度は大きく歪められるのではないか、という懸念が多くの人によって示されている。

 しかし、日本はこれまで締結してきたさまざまな経済連携協定において、フィリピンとの協定以外のすべてで、このISDS条項を入れている。日本自身がいろいろな国に求めてきた条項を、なぜTPPでは入れることが好ましくないと言えるのだろうか。

 そもそも、ISDS条項は、日本のような先進工業国にとって、自国企業を守るために重要な用件である。

 日本企業がアジアの国に投資したとき、現地の政府の理不尽な制度運用によって大きな損失を被ることがあっては困る。そうしたことが起これば企業が国を訴えることができる、という点に意味がある。そうした制度があることが、投資受け入れ国の政府の行動に規律を与える結果ともなる。

 国境を超えた投資を拡大するためには、ISDS条項のような手法で、投資を行う企業を守る制度が必要である。ISDS条項を抜いた経済連携協定をアジア太平洋の国の間で結んだとしたら、それは他国への投資を行う企業にとってはずいぶんとリスクが大きくなることになる。

 ここにも、TPPにおける日米関係の問題が存在する。日本と米国は、アジア太平洋の全域で貿易や投資を拡大するという点からは、ISDS条項を持つことで共通の利益を得る立場にある。

 TPPとは日米の貿易関係を決める場である以上に、アジア太平洋の経済連携の枠組みを広げていくものだという点を忘れてはならない。

日本のアジア投資拡大には
米国との協力体制が欠かせない

 米国は、通商交渉の相手としてはタフな存在だ。一口に米国と言ってもその中身は多様である。自動車業界や保険業界のように、日本の利益にならないような要求を強引に突きつけてくるところもある。

 ただ、全体で見たときに、米国が日本にとってどのような存在であるかをよく考える必要がある。安全保障や対中関係など政治外交的な要素を考えず、経済的要素だけに議論を限定しても、米国は日本にとって重要な存在である。

 日本にとって、アジア太平洋地域で貿易や投資が拡大していくのは好ましいことだ。そうした動きを加速する環境を築こうとするとき、はたして米国抜きで日本だけで可能だろうか。アジア太平洋という広い場では、日本と米国は競争相手という以上に、共通の利害をもった協力相手という面が強い。

 東南アジア諸国の市場開放を進めていくうえで、TPPやそこでの米国の存在が非常に重要になることはすでに述べた。

 しかし、それだけではない。米国の企業がアジア太平洋でより積極的な展開をすることは、日本の企業にとっても大きな利益になることが少なくないのだ。アップルやボーイングがアジア太平洋でのビジネスを拡大していけば、日本の部品メーカーや素材メーカーにとってもその利益は極めて大きいのである。

【編集部からのお知らせ】

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日本経済を創造的に破壊せよ!
衰退と再生を分かつこれから10年の経済戦略
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2013年4月26日 橘玲
[橘玲の世界投資見聞録]
ブームの”カンボジアの高金利ドル預金”の背景

1年ほど前にプノンペンを訪れ、“歴史的な”IPO第1号に応募してみた。

[参考記事]
●“歴史的”なカンボジアのIPO第1号を体験してきた

 プノンペン水道公社(PPWSA)を1000株応募し、1株6300リエルで265株が当選した。ちなみに、初値は9400リエルと高騰し、上場3日で最高値1万200リエルまで上昇したが、その後はストップ安の連続で6900リエルまで下落し、1年経ったいま株価は6300リエル前後と元の木阿弥になっている(40リエル≒1円)。

「投資にウマい話はない」というお手本のような結果だが、思わぬ副産物もあった。カンボジアの銀行口座がオマケでついてきたのだ。

 カンボジアの株式市場には外国人の個人投資家でも参加できるが、そのためにはカンボジア国内の銀行に決済用の口座が必要になる。カンボジア株はリエル建てなので、株式の購入代金は銀行のリエル普通預金口座から引き落とされ、売却代金はその口座に振り込まれる。

※カンボジア株はリエル建てなので、株式の購入代金は銀行のリエル普通預金口座から引き落とされ、売却代金はその口座に振り込まれる(現在ではトレーディング用の口座も認められた)


プノンペンのアシレダ証券 (Photo:©Alt Invest Com)
 IPOに応募するためアシレダ証券に口座開設を申請すると、親会社であるアシレダ銀行にも口座を開かなくてはならない。アシレダ銀行はカンボジア最大手の金融機関で、その本店で手続きしたのだが、そのとき不思議なことに気がついた。定期預金の金利表を見せてもらうと、ドル預金の金利が異常に高いのだ。


アシレダ銀行本店。1993年にマイクロファイナンスのNGOから始まって、カンボジア最大の銀行になった (Photo:©Alt Invest Com)
 60カ月(5年)の定期預金だと、リエル建てが年利8%で、ドル建てが年利7.75%。世界金融危機以降、FRBの大胆な金融緩和でドルの金利は大幅に下がり、現在、シティバンク銀行のドル定期預金(1年)は年利0.03%だ。あまりにウマい話なので、思わずカンボジアでドル定期預金をしてしまった。

[参考記事]
●年利7.75%の米ドル預金はいかが? ただし、場所はカンボジアだが


カンボジアの高金利米ドル預金は資産運用ではない!

 現地に住む日本人を別とすれば、カンボジアの“高金利ドル預金”はほとんど知られていなかった。銀行口座の開設には原則として労働ビザなどの居住ビザが必要とされていたからで、証券取引の開始にともなってその規制が一部緩和され、旅行者でも銀行口座が開けるようになり、ネットなどを通じて情報が広まりだしたのだ。

 ここで最初に断わっておくが、日本だと年利0.03%のドル定期預金がカンボジアでは年利8%になるのは明らかにおかしい。「そこにはなにか理由があるはずだ」と考えるのが、フィナンシャルリテラシーだ。このサイトを訪れるひとは、当然、このリテラシーを有しているから(そうですよね)、“高金利ドル預金”のような奇妙な現象を情報として提供できる。

 なぜこんなことを書いているかというと、前回の記事がアップされた後に週刊誌などから何件も問い合わせがあったからだ。その当時は、「国の借金がとめどもなく膨らんでこのままでは国家破産するのではないか」といわれていて、国内の円資産を海外に避難させる「資産フライト」が流行りのテーマだった。そこで、海外での資産運用の一環としてカンボジアの“高金利ドル預金”を紹介したい、というのが問い合わせの趣旨だ(ちなみに、このとき「日本は国家破産する」と書き立てていた週刊誌が、今は「アベバブルで株も不動産も高騰する!」と煽っている)。

 そのたびに私は、「カンボジアの銀行にお金を預けるのは“資産運用”ではない」と説明しなければならなかった。投機(ギャンブル)とまではいわないが、いざとなればカンボジアまで行って窓口で現金を引き出し、米ドルや日本円に両替して資金回収できるひとが自己責任でやることだ。一般週刊誌の主要読者層であるリタイアした高齢者に「国家破産対策」として勧め、彼らが大挙してカンボジアに押しかけるようなことになっても責任はとれない。

 さて、ながながと言い訳を述べてきたのには理由がある。カンボジアの“高金利ドル預金”がいま、ひそかなブームになっているのだ。

日系金融機関が顧客開拓を推進

 一般論として、旅行者がカンボジアに銀行口座を開設することは難しくなっている。

 証券取引が開始された直後は日本から郵送で口座開設することも可能だったようだが、現在は本人が銀行窓口に行くことが原則で、そのうえ一部の銀行ではカンボジア国内の住所証明を要求される。私の時はこの住所証明は滞在するホテルの宿泊証明(ホテルに頼むとつくってくれる)でよかったが、現在は認められていないようだ。

 それではなぜ、日本人のあいだでカンボジアの“高金利ドル預金”がブームになるのか? それは、日系の金融機関が日本人顧客の開拓にちからを入れるようになったからだ。

 カンボジアでは現在、SBIが出資するプノンペン商業銀行(PPCB)と、アミューズメント大手マルハン系列のマルハンジャパン銀行の2つの日系金融機関が営業している。このうち今回は、プノンペン商業銀行を訪ねてみた。


SBIの完全子会社になったプノンペン商業銀行(PPCB)のジャパンデスク (Photo:©Alt Invest Com)
 プノンペン商業銀行は、2008年9月にSBIと韓国の大手貯蓄銀行現代スイスグループの共同出資で設立された。当初はSBIが40%出資の少数株主だったが、SBIが現代スイス貯蓄銀行を買収することになったため、今年から名実ともに“日系”銀行になった。SBIはすでに、カンボジアの大手財閥ロイヤルグループと共同(82%出資)でSBIロイヤル証券を設立しており、銀行と証券の両方でカンボジアに進出したことになる。

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PPCBの支店が入居する新築オフスビル、プノンペンタワー (Photo:©Alt Invest Com)
 カンボジアでの金融業務を統括するSBIの宗英一郎氏によると、東南アジア進出の拠点としてカンボジアを選んだのは、この国の成長性に期待するのと同時に、金融業に対する規制が緩く外国企業でも100%出資の完全子会社を持てるからだという。

 中国市場への進出を考える日本の金融機関が二の足を踏むのは、金融規制によってマジョリティを現地のパートナー企業に握られてしまうからだ。金融業を国民経済の基幹と見なして同様の外資規制を行なう国は東南アジアにも多い。これではせっかく出資しても、おいしいところはすべて現地パートナーに持っていかれかねない。それに対してカンボジアは、内戦の混乱で経済インフラの大半が破壊されてしまったため、そもそも外資を規制できるだけの蓄積が国内にないのだ。

 カンボジアの株式市場開設は日本でも大きく報じられたが、その後は苦戦が続いている。

 プノンペン水道公社に次ぐ第2号のIPO案件だったテレコム・カンボジアは、会計監査により巨額の累積損失(過去5年で5700万ドル)を抱えていたことが発覚し、さらには総裁が汚職の疑いで辞任に追い込まれるという不祥事まで起こして上場が無期延期になってしまった。 

 SBIロイヤル証券はIPOが予定されるシアヌークビル港湾公社の主幹事だが、同公社も会計監査の進捗等で日程は大幅に遅れており、銀行業に活路を見出すほかはない、という事情もあるようだ。

 オーナーとしてなんでもできるプノンペン商業銀行は、SBIにとって東南アジアでの金融ビジネスの試金石でもある。

 カンボジアには多数の韓国企業が進出しており、日系や韓国系企業に融資を行なう一方で、カンボジアの中堅中小企業や個人事業主向けのビジネスローン、個人向けの住宅ローンなども積極的に手がけている。さらには富裕層へのプライベートバンキング業務も視野に入れており、その一貫として、市の中心部にあるプノンペンタワーの支店に日本人担当者が常設する「ジャパンデスク」を開設した。


ジャパンデスクの応接室 (Photo:©Alt Invest Com)
 このジャパンデスクは、主に駐在員などカンボジア在住の日本人を顧客にしているが、日本からの旅行者にも、パスポートと住所証明書類(運転免許証など)で口座開設に対応してくれる。こうしたサービスが知られるようになり、いまではジャパンデスクにひっきりなしに口座開設する日本人が訪れる。

 日本からの旅行者で多いのは、「チャイナプラスワン」でカンボジアに工場などの投資視察にやってくる団体客だ。視察の日程に口座開設が組み込まれていることも多く、日本から持ってきた円を米ドル口座に“高金利預金”するひともいるという。

 ここで、プノンペン商業銀行の現在の定期預金金利を紹介しておこう。

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プノンペン商業銀行の米ドル定期預金金利(2013年4月)
期間
利率(年)
1ヶ月  2.50%
2ヶ月  3.00%
3ヶ月  4.20%
6ヶ月  5.20%
12ヶ月 6.20%
24ヶ月 6.70%
36ヶ月 7.50%
48ヶ月 7.80%
60ヶ月 8.00%
*利子課税は居住者6%、非居住者14%

「二重貨幣」経済はいつまで続くのか?

 前回も書いたが、市場が完全に効率的ならば、米ドルの定期預金金利が8%になることはあり得ない。機関投資家やヘッジファンドが低利でドル資金を調達し、それをカンボジア市場で運用すれば無限に儲かるからだ。もちろん、市場に大量にドル資金が流入すれば金利が低下するから、このような錬金術は実際には起こらない。この裁定取引は、国内と海外のドル金利が(リスクを勘案して)同じになるまで続くことになる。

 ところがカンボジア経済はまだ未成熟で、機関投資家などはリスクの高いカンボジアの金融市場に投資できない。その結果、金利の裁定が働かず、閉じた経済圏のなかで高金利のドルが流通するとというかなり特殊な事情になっているのだ。

 カンボジアの通貨はリエルだが、商業融資ばかりか住宅ローンなど個人向け融資もドル建てがふつうだ。通貨としての信用力の高いドルの金利は、リエル建てより若干低く設定されている。リエル建ての貸出金利が年15%なら、ドル建ての貸出金利は年14%で、これなら年8%の金利で資金調達してもじゅうぶん元がとれるのだ。

 ところで、こうした「閉鎖経済」はいつまで続くのだろう。

 ベトナムも10年ほど前まではドル経済だったが、経済発展にともなって急速に現地通貨ドンに統一された。中央銀行は自国通貨しか管理できず、いつまでもドルに頼っていては金融政策を放棄することになってしまうからだ。

 リエルとドルの二重経済で、ドルが事実上の決済通貨になっているカンボジアでは、中央銀行がマネーストック(通貨残高)に影響を与えることができず、市場の需給だけで金利が決まる特異な状況が続いている。これはある意味、「国家のない資本市場」がどこまで機能するか、という社会実験でもある。

 もちろん経済の専門家は、こうした不安定な金融市場が持続可能だとは考えないだろう。中央銀行が通貨の発行量や金利を管理するためには、どこかで国内通貨をリエルに統一する必要がある。


プノンペンの高級住宅街にあるカフェバー。洒落た店が徐々に増えてきた  (Photo:©Alt Invest Com)
 ドル経済が定着してしまったカンボジアの現状を見ると、ドルからリエルへの移行はかんたんではないだろう。それを無理にやろうとしたとき、どのようなことが起きるかの予測は難しい。

「自国通貨を放棄する」というカンボジアの社会実験がどのような結末を迎えるのか、それを身近に体験することを「海外投資の楽しみ」と思えるひとは、カンボジア旅行のついでに“高金利ドル預金”をぜひどうぞ。
http://diamond.jp/articles/-/35220


06. 2013年5月08日 02:59:41 : niiL5nr8dQ
コラム:ラインハート・ロゴフ研究の誤りに学ぶ=サマーズ氏
2013年 05月 7日 15:11 JST
ローレンス・H・サマーズ

[5日 ロイター] 経済論壇に加え、政治論争の少なからぬ部分がここ数週間というもの、ハーバード大学のわが同僚(かつ友人)であるカーメン・ラインハート、ケネス・ロゴフ両氏(RR)の研究をめぐる議論に費やされてきた。

彼らの研究は、政府債務の対国内総生産(GDP)比率が90%を超えると、その国の経済成長が減速する可能性が高いことを立証したものだと広く解釈されている。

マサチューセッツ大学の研究者らが、この研究の間違いを証明した。RRはコーディングの誤りにより集計に必要な重要なデータが一部抜け落ちていたことを認めた上、数カ国についての最新データを使えば、自らが主張した一部統計上のパターンの強度が大幅に低下する点も指摘した。RRが結論の基とした平均値を算定する上で、情報をどのように加工したかについての問題も持ち上がった。

多くの人々の言い分では、疑問点が提起されたことで、財政赤字の早期削減を訴える世界中の緊縮論者の主張が揺らいだ。数百万人が失業したのは、RRが緊縮策に対して決定的な知的材料を提供したせいだ、と責め立てる者さえいる。

一方で、再検証された後でもなお、一連のデータは大半の先進国における財政赤字および債務削減の重要性を裏付けていると考える者もいる。もっとも今回の論争により、経済政策の論点に関わる統計研究の有用性に疑問が呈されたとの見方は残る。

この論争の落ち着きどころはどこか。相当の量の経済研究を手掛け、政策当局者としてそうした研究を利用し、財政刺激と緊縮をめぐる議論に論者として加わった私の視点から引き出される結論は、以下のようなものだ。

第一に、RRの経験は経済研究に関する慣習の進化を加速させるだろう。ロゴフ、ラインハート両氏は慎重で誠実な研究者だと見なされており、それは本当だ。経済研究の過程に詳しい者なら誰しも、彼らが犯したようなデータの誤りは日常茶飯事だというつらい事実を認めるだろう。実際、JPモルガン・チェースの「ロンドンの鯨」が取引に利用したリスクモデルには、RRが犯したのとさほど違わない誤りが含まれていた。

今後、研究の著者や刊行物、評論家は、重要な研究結果については広く流布する前にもっと検算に力を注ぐ必要がある。さらに一般的なことを言えば、単一の統計結果だけに基づいて、重要な政策上の結論を導き出すことがあってはならない。異なる方法論のアプローチによる複数の研究が示す証拠の蓄積に基づいて、政策判断は成されるべきだ。

その上でなお、「モデル」から引き出される結論を、その背後にある動機を直感的に理解することなく受け入れることは控えるべきだ。研究者が自らの研究結果を政策論議に取り入れてほしいと望むのは正しいし、理解できる。しかし彼らには、研究結果を単純化し過ぎたり、誇張する者を思いとどまらせ、場合によっては反論する責務がある。

第二に、政策論議にかかわるすべての者は、過去にさかのぼった統計分析について健全な懐疑心を保つ必要がある。数兆ドルが失われ、数百万人が職を失ったのは、1945年から2005年の60年間の経験から「米国の住宅価格は総じて右肩上がりを続ける」という教訓を得ていたためだ。データや分析の間違いではない。ある時点までは一貫していたデータの規則性が原因なのだ。

過去の経験から将来の見通しを引き出すことは常に根深い問題をはらんでおり、細心の注意を払う必要がある。今考えてみれば、約30カ国のデータによって、債務がどの水準を超えれば危険になるかを推計できると信じるのは愚かだ。そうした境界線が存在すると仮定しても、自国通貨の有無、金融システム、文化、開放度、経済成長の経験における大きな相違に関わらず、すべての国でその水準が同一であるはずはないだろう。言い古されている通り、相関性は因果関係を立証しないし、高債務と低成長が併存する傾向があるとしても、それは低成長後に債務が積み上がることを反映している。

第三に、RRの研究が財政赤字削減の緊急性をめぐる米英の右派著名人らの主張を裏付けなかったとはいえ、左派がそれみたことかと快哉を叫ぶのは概ね不適切だ。

緊縮策について彼らを批判するのは馬鹿げている。そうした政策の立案者は最初に政策を選択し、その後に学術的な裏付けを探したのだ。

債務がこの水準を超えれば自動的に破滅を招くという境界線は存在しないのかもしれないし、英米の経験はいずれも、需給ギャップがマイナスで金利がゼロに近い経済における財政引き締めの有害性を示唆しているが、無節操に債務を蓄積してもよい、あるいはすべきだと想定するのは重大な間違いだ。

極端に楽観的な予測に基づくのでない限り、景気回復後の債務水準の持続性を確保することは、ほぼすべての先進国において不可欠だろう。

今は緊縮策を採るべき時ではないが、債務による支出が支出削減や増税を代替し得ず、そうした痛みを伴う行動の先延ばしに過ぎないことを忘れると、危険な代償を伴うことになる。

(ローレンス・H・サマーズ氏はハーバード大学教授。元米財務長官)


 


 

日本の公的債務:財政再建は置き去り?
2013年05月08日(Wed) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年5月4日号)

安倍晋三内閣は、財政再建については失望を招きそうだ。


 日本経済を復活させるために、安倍晋三首相は3本の矢を放った。一時的な財政出動、金融緩和、構造改革の3つで、これらが「アベノミクス」と呼ばれる戦略を形成している。

 しかし、矢筒の中に4本目の矢を準備しておく必要があると考える人は多い。

 2014年に国内総生産(GDP)の240%に迫ると予測される、日本の膨大な公的債務に対処する長期的な財政再建策がそれだ(図参照)。

 安倍首相が率いる現与党の自民党は昨年、当時の与党、民主党に協力して、消費税率を2014年4月に5%から8%に、2015年10月に10%に引き上げる法案を可決した。

消費税増税とアベノミクス

 当時の首相、民主党の野田佳彦氏にとって、この法案は、日本の財政を再び軌道に乗せるという民主党の大義の戦いの仕上げを意味していた。

 消費税増税による13兆5000億円の税収増加は、2015年までにプライマリーバランス(利払い前の基礎的財政収支)の赤字をGDPの3.2%にまで半減させるという、2010年に設定された目標が達成可能に思えることを意味した。この控えめな目標では、日本の債務は減少しないだろうが、増税法案は少なくとも正しい方向への小さな一歩だった。

 その後、アベノミクスが始まった。第1の矢は、2011年に地震と津波に襲われた東北地方の復興をはじめとする事業など、景気刺激策として10兆3000億円を追加支出するというものだ。この支出により、債務問題は当面悪化し、GDPの3.2%という目標はほぼ達成不可能になる。

 その一方で、経済活動は活性化するはずで、それにより税収が増加するとともに、消費税率を引き上げやすくなるだろう。

 消費税は長年にわたり議論の的だった。消費税が導入された1989年、日本の株式市場と不動産のバブルはピークに達した。1997年の消費税率引き上げ時も、景気の悪化を招いたように見えた。安倍首相の周囲でも、緊縮財政は同首相の成長計画を挫折させかねないと主張する人が多い。

 安倍首相は今年3月に国会のある委員会で、何が何でも消費税を上げるという姿勢ではなく、第2四半期のGDPの数値を見た後で判断したいと話した。

 その発言に苛立ちを見せる人も多い。前内閣で経済財政政策担当大臣を務めた民主党の前原誠司氏は「我々は財政健全化の強い決意を示さなければならない」と訴える。消費税増税は、日本が債務をコントロールする最後のチャンスだと、財務省のある高官は言う。

日本の債務問題は「差し迫った脅威」か否か

 安倍首相は、多くの歴代首相と同様に、債務危機は差し迫った脅威ではないと判断しているのかもしれない。日本国債の利回りは、かつてないほど低い水準にある。日本の国債市場を支配しているのは今でも、忠実な日本の預金者と機関投資家で、高い利回りを要求するであろう移り気な外国人投資家ではない。


日銀という新たな買い手も登場した〔AFPBB News〕

 それに、新しく日銀という大きな買い手が登場した。日銀は4月に、デフレ脱却策の一環として、年間国債発行額の約70%に相当する国債を買い入れると発表した。

 日銀は、国債購入の目的は財政赤字の「マネタイズ」(財政ファイナンス)ではないが、日銀による購入は政府が国債市場をあまり気にせずに成長政策を推進する時間的余裕を与えると述べている。

 しかし、どこかの時点で、行動が必要になる。1000兆円を超える債務の膨大さが、ますます重くのしかかってくる。利払い費が税収の半分以上を食いつぶす。

 日本の原子力発電所のほぼすべてが停止している間は高いコストでエネルギーを輸入しなければならないため、日本の経常収支がやがて赤字に転落しかねず、政府は海外資金に依存せざるを得なくなるのではないかという懸念も生まれている。


資金をため込む日本企業は銀行を経由して国債市場を支えてきた(写真は東京のオフィス街)〔AFPBB News〕

 経済協力開発機構(OECD)は4月23日、日本は債務削減を優先事項としなければならないと警告した。

 日本の預金者が国債を購入し、毎年新しい債務を確実に吸収していく力も、近い将来低下し始めると予想される。高齢化は、人々が退職して収入を減らし、貯蓄率が低下することを意味する。

 今までは、企業の増大する余剰資金が銀行を経由して日本国債に還流することで、この傾向は緩和されてきたと、ゴールドマン・サックス証券のチーフエコノミスト、馬場直彦氏は言う。

増税延期なら投資家は・・・

 だが、日本企業が投資を増やす方向に動くと現金残高も低下し始めると馬場氏は指摘する(すべての人がこの点を心配しているわけではない。日本政府が多額の財政赤字を出さねばならないのは、ひとえに日本の民間部門全体が大幅な黒字=資金余剰=にこだわるからだ、というのが主な反論だ)。

 政府の経済財政諮問会議は6月に、来年度予算の概要を提案する。7月の極めて重要な参議院選挙の直前なので、その提案が債務負担に取り組む新たな大型対策を含む可能性は低い。しかし、もし安倍首相が来年に控えた消費税率のささやかな引き上げの延期を決断したら、日本の投資家までもがポートフォリオを見直し始めるだろうと、馬場氏は話している。


 


 


【第804回】 2013年5月8日 週刊ダイヤモンド編集部
【日銀特集:続報】
日銀展望レポートにOBも異論
懸念される追加緩和の可能性
「見通し期間の後半(2015年度)にかけて、『物価安定の目標』である2%程度に達する可能性が高い」

 市場の注目が集まる中、日本銀行が経済・物価の見通しを示す「展望レポート」が4月26日に公表された。そこでは案の定、そんな強気の説明がなされている。日銀が言うところの“街エコ(民間エコノミスト)”の物価見通しに比べれば、かなり楽観的だ。

 そもそも今回の展望レポートに注目が集まっていた背景には、その性格が、これまでとはいささか変わってしまったことがある。

 本来、毎年4月と10月に発表する展望レポートは、経済・物価の「見通し」を示すものだ(1月と7月にその中間評価を日銀自身が行う)。ところが今回ばかりは、前回の4月4日の金融政策決定会合で「戦力の逐次投入はせず、現時点で必要な政策をすべて講じた」と黒田東彦総裁が述べた通り、次元の異なる金融緩和策に踏み出していた。

 換言すれば、2%から逆算して必要な金額をすべて投じていたのだ。それだけに、こと物価の数字に関しては「見通し」というより、いわば「コミットメント」(約束)に近いものとなるのではないか――しかし本当にそういった数値を出してくるのかどうか、市場は好奇の目で見ていたわけだ。

 ところが、である。蓋を開けてみると多くの日銀ウォッチャーは、「あれっ、意外と弱気な数字だな」と口を揃えていた。「15年度にかけて2%に達する可能性が高い」と説明している割には、実際に示した物価見通しの数字は14年度(平均)で1.4%、15年度(同)でも1.9%である。前回の1月中間評価時に比べれば大きく上方修正されてはいるが、それでも2%には達していない。

 さらに詳細を眺めていくと、これまた違った様子が浮かび上がってくる


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 実はこの「2015年度1.9%」という数字は、政策委員会メンバー(総裁、2人の副総裁、6人の審議委員)9人の「中央値」を示したもの。つまり、各委員が示した物価見通しのうち、上から5番目の数値を意味しているに過ぎない(右表参照)。逆に言えば、9人のうち過半数の5人は「15年度でも2%には達しない」と思っているということである。佐藤健裕委員、木内登英委員に至っては「15年度に2%程度に達する可能性が高い」という記述に反対している。

 あれだけの緩和策を実施したにもかかわらず、思うように物価が上昇していかないとなると、一部の日銀幹部や政策委員が恐れている「追加緩和」の観測が早くも浮上しかねない。早ければ7月の中間評価、あるいは10月の次回展望レポート時には追加緩和に追い込まれる可能性もある。しかも今後は、今までのように「5兆円」「10兆円」という小出しの追加緩和規模ではもはや市場は納得しないだろう。

 量的緩和(01〜06年)を実施した際には、日銀が当初想定していたポートフォリオリバランス効果(銀行が貸出やリスク資産運用を増やす行動)は、ほとんど見られなかった。今回の「量的・質的緩和」も購入対象の多くが長期国債に変わったとはいえ、政策目標がマネタリーベースであることは前回と何ら変わらない。運がよければ2%を実現しうる、強気に見てもせいぜい「相対的な蓋然性が高い」と言える程度だろう。不確実性の高い世界で「可能性が高い」という言い方は、少なくともかつての日銀にはなせなかった業だ。

 それでも資金を銀行に供給し続けさえすれば効果が出てくるというのは、花粉症のようにマネタリーベースが臨界点を超えれば経済全般にマネーが溢れ出す、ということなのだろうか。「次元の異なる緩和」から約1ヵ月が経った現時点においても、日銀から明確な説明はなされていない。

2人の前審議委員も懸念

 ところで、かつての量的緩和を経験した頃の日銀のボードメンバーOBたちは、今回の展望レポートを見てどう感じているだろうか。以下、 当時の審議委員である田谷禎三氏、須田美矢子氏に見解を聞いた(カッコ内は任期)。2人とも追加緩和観測がすぐに頭をよぎっているのは興味深い。

インフレ期待が高まるか不透明
●元日銀審議委員・田谷禎三(1999年12月〜04年12月)

 政策委員のコア消費者物価変化率の見通しの中央値は2014年度1.4%、15年度1.9%に過ぎず、平均値はそれらよりももっと低い可能性が高い。

 つまり、2年内に目標の2%に達していない。にもかかかわらず、「見通し期間の後半にかけて2%程度に達する可能性が高い」としており、違和感がある。

 7月の見直し時にこれらの数字が上がらないようであれば、追加緩和の思惑が出てくるかもしれない。市場の期待を変えた強力な金融緩和が今後、人々のインフレ期待に働きかけることに成功するかは、依然不透明だ。
シナリオへの信頼性が必要
●元日銀審議委員・須田美矢子(2001年4月〜11年3月)

 目標達成への政策が決定済みで、見通しは想定内。ただ予想物価上昇率2%への収斂など肝心のところはわからない。

 日銀シナリオをわかりやすくするには、もっと外生条件の公表が必要。シナリオへの信頼性があってこそ人々の期待も変わる。

 また大勢見通しのばらつきを考えると、目標実現可能性についての記述は強すぎる。(次回の展望レポートが出る)今年10月時点ではこのような強気の見方ができなくなり、「少なくとも10月には追加緩和があるのでは」との見方を強めたのではないか。
 (「週刊ダイヤモンド」編集部 池田光史)

 

 


【第8回】 2013年5月8日 野地 慎 [SMBC日興証券為替ストラテジスト]
日銀国債購入拡大で10年金利は
0.5%前後で低位安定か
 日本銀行は「質的・量的金融緩和」の導入を決定し、毎月7兆円超の国債買い入れを発表した。買い入れる国債の平均残存期間を7年程度に延長すると決めたが、これで日銀の長期・超長期債買い入れが巨額になることが判明し、長期金利はいったん急低下した。

 しかし、買い入れ枠拡大で、国債の流動性低下などが懸念されたことから、円債市場のボラティリティ(価格変動幅)は急拡大し、結果として長期金利は急上昇した。

 こうした状況を見て、「市場との対話」を重要視する日銀は、すかさず国債買い入れオペの運営見直しを発表した。「日銀オペの落札水準に関する不透明感」が高まっていたことが一日の取引時間内のボラティリティの上昇につながっていただけに、円債市場からすればまさにベストな対応だった。

 今後の市場動向如何によっては、1回の買い入れ額のさらなる細分化というチューニング(調整)も可能であり、日銀の買い入れ額が大きい10年国債の利回りの変動幅が落ち着くとの期待が高まった。市場参加者の間では今後1〜2年における物価の大幅上昇が期待されていないことからも、10年債利回りは0.5%前後といった低位で安定する可能性が高い。


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 他方、20年債などの超長期国債利回りは、今後も落ち着きどころが定まらないだろう。日銀オペによる超長期ゾーンの月間買い入れ額は、保険会社の毎月の超長期国債の純買越額に相当するものの、保険会社がこれまで同様に超長期国債を買い越すかどうかは不明だ。

 あまりにも超長期国債の利回りが低下するようなら、為替ヘッジ付き外債などでの運用を増やすと予想され、すでに複数の保険会社が外債投資積極化をうかがわせるような計画を明らかにしている。日銀が買い入れ額を増やせば利回りが低下すると考えるのは早計だろう。

 低金利局面の中で、超長期国債の投資家層は地域金融機関などに広がっている。こうした投資家の買いが超長期国債利回り上昇を抑えるとの期待もある。

 しかし、地域金融機関などが超長期国債への投資を増やしてきた背景には、「低ボラティリティ」と「高いロールダウン効果」(償還が近づくと債券価格が上昇する効果)など、投資妙味があったことがある。

 現在の円債市場の償還までの期間ごとのボラティリティに注目すれば、期間が長くなればなるほどボラティリティが高くなっている。これでは超長期国債の収益率を予想することすら難しい。当面、保険会社以外の投資家による積極投資も期待できない。

 超長期国債利回りについては、まず、10年債が0.5%程度で落ち着いた後、「それなりのリターンが期待できる水準」で落ち着きどころを探る展開となると予想される。つまり、利回りの高さや指標で見ての割安感など魅力が生じることが重要である。1.0%近傍などという低水準で落ち着くことは非常に難しいだろう。

 (SMBC日興証券為替ストラテジスト 野地 慎)

 

 


【第4回】 2013年5月8日 
日本の財政は持続可能か
3%成長でも20年度で財政赤字は50兆円
――日本総合研究所主任研究員 河村小百合
安倍政権は、中長期的な財政再建策の具体化には、未着手の状態にある。日本総研の試算では、名目3%という高成長でも、2020年度で財政赤字は50兆円にも達する。「景気へのマイナス影響」を言い訳に、この深刻な問題から「逃げた」財政政策運営で済ませることは、もはや許されない。

 安倍晋三政権は、「デフレ脱却」、「景気押し上げ」を最優先の政策課題に位置付け、「拡張策を先行させる財政政策」、「非伝統的手段による金融緩和の強化」を組み合わせた政策運営に乗り出した。これが、民間部門の前向きの動きを呼び起こし、長年続いてきた縮小均衡を打破しつつあることは高く評価されよう。

 しかし、中長期的にみれば、わが国経済が抱える最大の問題は、デフレの長期化と並び、財政事情が諸外国対比で突出して悪いことである。そうしたなか、安倍政権は、「一時的」との説明付きながら、財政拡張策を実施に移した一方で、中長期的な財政再建策の具体化には、未着手の状態にある。

 他方、日銀との共同文書を発表し、2%の物価目標が掲げられ、黒田新総裁以下の日銀は、国債の大量買入れを開始した。金融市場は目下のところ、こうした政策運営に対して、総じて好意的な反応をみせている。ただし今後、この物価目標が達成に近づくとすれば、市場金利も相応に上昇すると見込むのが自然であろう。

 わが国の部門別資金過不足(=「貯蓄」−「投資」の差額)状況をみれば、近年の最大の資金不足部門は政府である。市場金利上昇の影響を最も強く受けることになるのは、わが国の場合、主要な経済部門のなかで、突出した多額の借金をしている政府にほかならない。では、わが国の今後の財政運営には、どのようなリスクが待ち構えているのか。

わが国の財政運営の足取り

 まず、わが国の財政運営のこれまでの足取りを振り返ってみよう(図表1)。90年代当初のわが国の財政の姿は、バブルによる税収の押し上げ等で助けられた側面もあったとはいえ、一般政府債務残高の名目GDP比は60%台、プライマリー収支、財政収支(両収支については後述)とも黒字という「健全財政国」の状態にあった。


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 しかしながら、その後のバブル崩壊を受けてプライマリー収支、財政収支がともに赤字に転落した後は、度重なる景気対策等でこれらの収支は大幅赤字の状態が持続した。その後、2000年代の半ば前後は、小泉構造改革の奏効等によって財政収支等が均衡に近づくなど、一時的に回復する局面もみられたものの、その後08年のリーマン・ショックに11年の東日本大震災が追い打ちをかける形で、財政収支等は再び大幅に悪化した。

 こうした財政運営が毎年度継続された結果、一般政府の債務残高は増加の一途をたどり、名目GDP比で2013年には245.4%(IMF見込み)に達すると見込まれている。この水準は、平時の先進国としては、すでに「未踏の領域」に達している。

薄まりゆく「借り換え得」効果

 多額の債務残高を積み上げてしまった経済主体が、それを維持するためのコストは利払費に表れる。わが国の財政事情がこれほどまでに悪化しながら、ここまで大きな支障なく財政運営を継続できてきたことには、@市場金利が低位で安定的に推移してきたことに加え、A10年債をはじめとする長期固定利付債が中心という、わが国の国債の調達構造の影響が強く作用している。

 図表2から明らかなように、わが国は90年代を通じて、毎年度、ほぼ10兆円規模の利払費を一般会計で計上してきた。90年代末以降は、国債残高が増嵩(ぞうすう)の一途をたどっているにもかかわらず、利払費は逆に減少した。2005年度、06年度に至っては、わずか7兆円で済んでいた。日銀がバブル崩壊による国内の金融危機深刻化を映じて、ゼロ金利政策・量的緩和に踏み切ったのは90年代末であり、それ以降に満期が到来した過去の高金利の国債は、低金利で借り換えることが可能となったため、いわば「借り換え得」が発生したからである。


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 加えて、わが国の国債の主力銘柄である10年利付国債であれば、満期は毎年度、発行残高の10分の1ずつ到来するため、この「借り換え得」効果が10年間にわたって段階的に現れる。しかもその効果は、新規財源債の相次ぐ増発による国債残高の増嵩による利払費増を打ち消して余りあるほどに大きかったのである。

 しかしながら日銀が量的緩和に踏み切ってから、すでに十余年の時間が経過し、この「借り換え得」効果は、もはや期待しにくい段階に入りつつある。図表2の財務省の仮定計算が示すように、先行きの10年金利の前提を2%程度としても、国債残高全体が増加傾向を続けていることとの見合いで、利払費は今後、急増局面に入ることが確実視されている。

「アベノミクス」が奏効して、2%の物価目標が達成されるとなれば、市場金利は財務省の前提金利よりも、その分だけさらに上昇すると考えるのが自然であろう(注1) 。となれば、わが国の財政運営は膨張する利払費によって硬直化し、社会保障費や地方交付税等、既存の制度通りに歳出を確保することができない費目が続出し、財政運営の持続可能性が疑問視される事態となりかねないことが懸念される。

(注1)ちなみに、本年3月に財務省が発表した、平成25年度当初予算策定に際しての『国債整理基金の資金繰り状況等についての仮定計算』においては、先行きの10年金利の前提は、1.8%と、前年度までよりも引き下げられている。ただし、そうした前提金利によっても、一般会計の利払費が今後、急増局面に入るという点は、前年度までの仮定計算と大差ない結果が示されている。

市場金利の上昇が始まったら

 安定的な財政運営を継続できるかどうかに関して、ひとたび、市場から疑問視された場合、当該国はいかなる対応を迫られるのであろうか。この点は、近年、実際に財政危機に見舞われた欧州各国の経験が示唆に富む。

 その詳細は次回に譲るが、ポイントは、「自力で財政運営を継続できることを市場に示す」、換言すれば、「当該国の債務残高規模について、向こう1〜2年程度の間に、少なくとも確実に増加傾向を止め、減少傾向に転じさせられるだけの財政運営をしてみせる」ことに尽きるであろう。

 一国の財政運営がいったん、市場の信認を喪失すると、この点が満たされない限り、市場金利が、どの金利水準まで上昇するのか、いつまで続くのか、当該国としては、全く先が読めないという、厳しい状況に追い込まれるのである。

債務残高規模の増加に歯止めをかける条件

 では、一国が債務残高規模の増加傾向に歯止めをかけるためには、毎年度、どのような財政運営をしなければならないのだろうか。

 わが国では現在、改革の具体策の裏付けを伴わない、いわば「看板」としての「目標」に過ぎない「2020年度にプライマリー収支均衡」が掲げられている。しかしながら、プライマリー収支とは、社会保障費、地方交付税といった政策的経費(基礎的財政収支の対象経費)のみから算出されるもので、利払費を含む国債費はカウントされていない。仮に2020年度に、プライマリー収支が均衡したとしても、利払費の分だけ、国債残高は金額ベースで増加してしまう(図表3)。


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 これを国債残高規模(名目GDP比)の観点でみても、プライマリー収支均衡の状態で、国債残高の名目GDP比の横ばいを維持できるかどうかは、名目成長率と市場金利の関係に依存する。市場金利が名目成長率と同じかもしくはこれを下回れば、国債残高の名目GDP比は横ばい、ないし低下させることも可能である。それは、利払費と同額分だけ、もしくはそれを上回って、名目経済(GDP)が成長すれば、GDPに対する比率を横ばいにとどめる、もしくは低下させることができるからである。

 だが、仮にわが国の財政運営の持続可能性が疑問視されるような事態となった場合、市場金利が名目成長率を下回るとの前提は不自然であろう。市場金利が名目成長率を上回った場合、仮にプライマリー収支が均衡しても、国債残高の名目GDP比率の増加傾向は止まらない。これに歯止めをかけるためには、プライマリー収支の大幅黒字を安定的に計上できる財政運営を継続する必要がある。最終的には、利払費を含む国債費を加えて算出した、財政収支均衡を目指すことが求められるのである。

 それゆえ、欧米主要国は、財政運営上の目標として、プライマリー収支均衡ではなく、財政収支均衡を採用している。リーマン・ショック後のG20等の国際会議の場においては、この財政収支を数年内に均衡させることを目標として、各国が合意し、その達成に向けての財政運営が実際に行われてきた。

 わが国は過去においては、そうした主要先進国の政策運営のなかで例外扱いを受けたこともあったものの、去る4月18、19日に開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議の声明においては、名指しで、「日本は、信頼に足る中期財政計画を策定すべきである」との指摘を受けているのである。

20年度時点の財政赤字幅は50兆円に到達

 今後、わが国がいずれかの時点で金利上昇に見舞われ、短期間のうちに債務残高規模の増加傾向に歯止めをかけることを市場から迫られた場合、どの程度の財政緊縮が必要になるのか。今後のわが国の財政収支等はどの程度に達すると見込まれるのかを、極めて抑制的な前提のもとに試算してみた(図表4)。


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 すなわち、14年度までの財政運営は、財務省による『平成24年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算』における、低成長(名目+1.5%)、成長(名目+3%)シナリオ別の計数をそのまま用いた。社会保障、地方財政等については現行制度を維持し、消費税率は14年度以降予定通り引き上げることが前提である。

 15年度以降についても現行制度維持を前提に、各歳出に関しては、社会保障関係費のみ高齢化のさらなる進展を勘案して年+3%の伸びを見込んだほかは、地方交付税等、その他(公共事業等)は、14年度対比で金額ベースで横ばい(伸び率ゼロ)、税収弾性値(経済成長率1%に対して、税収が何%伸びるかを示す比の値)は1.1と仮定した。利払費を含む国債費に関しては、財務省の『国債整理基金の資金繰り状況等についての仮定計算』で示されている計数を基に算出した(注2) 。

 その結果によれば、20年度時点でのプライマリー収支赤字幅は、低成長シナリオで18.5兆円、成長シナリオでも11.4兆円に到達する。同時点での財政収支の赤字幅はさらに大きく拡大し、低成長シナリオで53.2兆円、成長シナリオで49.7兆円に達する。この時点での低成長シナリオと成長シナリオとの差は、プライマリー収支の段階では7.1兆円ながら、財政収支の段階では3.5兆円に縮小する。つまり、成長に伴う財政収支改善効果が小さくなる。

 これは、成長率が高まれば、その分市場金利も上昇するため利払費が増嵩し、成長を映じた税収増による財政収支改善効果が利払費増によって減殺されてしまうことによる。このように、経済成長はわが国にとって重要であるが、財政の実情は、経済成長のみで問題を解決できるレベルでは、もはやないといえる。

(注2)ちなみに、本年3月に財務省が発表した、平成25年度当初予算策定に際しての『国債整理基金の資金繰り状況等についての仮定計算』においては、先行きの10年金利の前提は、1.8%と、前年度までよりも引き下げられている。ただし、そうした前提金利によっても、一般会計の利払費が今後、急増局面に入るという点は、前年度までの仮定計算と大差ない結果が示されている。

50兆円規模の財政緊縮が意味するもの

 すでにみたように、債務残高規模の増加傾向を確実に止めるためには、プライマリー収支均衡では足らず、財政収支を均衡させることが求められる。では、20年度時点で50兆円規模というわが国の財政赤字幅は、どの程度の財政緊縮を意味するのだろうか。

 本試算における、財政収支幅の見通しを、各歳出項目の見通しと並べて比較したグラフが図表5、6である。ここから明らかになるのは、仮に歳出削減のみで財政収支均衡を達成して、債務残高規模の増加傾向にストップをかけようとするのであれば、「地方交付税、および公共事業等のその他歳出の100%(全額)カット」でも不足し、もしくは「社会保障支出の100%(全額)カット」でもなお不足する、という厳しい現実である。他方、仮に、増税による歳入増のみによって、財政収支均衡を達成しようとするのであれば、消費税率の引き上げで対応する場合、20%ポイントのさらなる引き上げが必要、ということになる。

 要するに、わが国は、これほど大規模な財政緊縮策を毎年度とり続けない限り、債務残高規模の削減はおろか、増加傾向に歯止めをかけて横ばいにすることすらできない状態に、すでに陥っているのである。財政収支の赤字幅(=新規国債発行額)は足許すでに43兆円規模に達している。これほどの財政赤字幅自体、決して持続可能なものではない。足許では、市場金利が低いがゆえに、あまり意識されず、大きな支障も感じられずに済んでいるだけのことである。


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 しかしながら、将来的ないずれかの時点で、市場金利が上昇局面に入り、財政運営の持続可能性という深刻な問題が意識され、債務残高規模の増加傾向に短期間で歯止めをかけることを市場から求められるようになれば、否が応でもこの問題に向き合わざるを得なくなる。これまでのわが国のように、「景気へのマイナス影響」を「財政緊縮回避」の言い訳にして、深刻な問題から「逃げた」財政政策運営で済ませることは、もはや許されなくなるのである。

 市場金利が上昇を始める前までに、この財政収支の赤字幅をどの程度にまで縮小しておくことができるか、安倍政権がこの深刻な財政状況を真正面から認識して抜本的な対応に取り組めるかどうかが、わが国が今後、市場や経済の深刻な混乱を伴うハード・ランディングのシナリオを回避できるかどうかの鍵となるものと考えられる。

 次回では、実際に財政危機に見舞われた欧州各国が、金融市場のどのような変化にさらされ、具体的にいかなる政策対応によってそれを切り抜けようとしているのかを、詳しくみることにする。
http://diamond.jp/articles/print/35552


 


 


【第96回】 2013年5月8日 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト],高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト],森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト]
出口論を封じる危険
確信犯の黒田総裁への注文
――熊野英生・第一生命経済研究所
経済調査部 首席エコノミスト
 黒田総裁は、出口論について質問されたとき、決まって「議論するのはまだ早い」とはぐらかす。この発言は、日銀出身の歴代総裁たちが、景気回復の芽が育つと金融緩和解除を急いだ、という徹を踏まないように注意喚起するのが狙いだ。黒田総裁は、そうやって金融市場に「今までの日銀とは違う」というハト派のイメージを振りまいている。

 筆者は、こうした黒田総裁の姿勢には隠れた重大なリスクがあると考える。誤解のないように言っておくと、筆者は歴代日銀総裁が考えてきたように、デフレ脱却に失敗し続けて日銀が永遠に国債を買い続けるシナリオを恐れているわけではない。

 筆者も、日銀には過度な金融緩和から連想される“インフレの亡霊”に脅える本能があることは重々承知している。日銀は、好むと好まざるにかかわらず、デフレ脱却ができないと金融緩和のプレッシャーから逃れられない。その点については、日銀総裁は腹をくくるべきである。

うまく行ったときに本当は困る

 問題の本質は、インフレ目標に対して失敗する場合ではなく、逆に金融緩和が成功したときの出口だ。将来、インフレ目標をうまく達成できたときほど、出口を探すのは苦労する。わかりやすく議論を進めるために、2段階論を考えてみたい。

 まず、もしも黒田総裁が強調するように、@2年間で消費者物価の上昇率2%が達成できたとしよう。このときは、デフレ予想は払拭されて、2%の物価上昇が継続すると皆が信じるようになる。

 おそらくその場合、A消費者物価2%に反応して、長期金利は上昇する。長期金利は、先々のインフレ予想を織り込むから、消費者物価の上昇とは独立ではいられない。仮に、この長期金利上昇が一時的であるならば、政府の利払費の増加は限定的だ。

 しかし、長期金利2%が継続的ならば、国債が償還期を迎えるに従って利払費は増嵩する。財政再建には甚大な足かせになる。日本の政府債務1000兆円が利払費によって毎年2%増えると、約470兆円の名目GDPが同率の毎年2%で増えても、算術的に政府債務は収束しなくなるだろう。さらに、長期金利が急上昇したときには、民間金融機関の経営にも甚大な影響を与える。

インフレ目標を達成できたときの大問題

 ここで争点になるのは、@=Aにはならず、Aが成立しないシナリオを継続できるかどうかである。人々の願望は、長期金利が上昇しないで、物価・所得だけが上昇するシナリオ(@≠A)である。

 しかし、消費者物価が2%になったとき、長い間、長期金利を1%未満の超低金利水準に釘付けにはできない。

 今は、デフレだから長期金利と物価の関係が意識されずに済んでいるだけだ。経済が正常化すれば、長期金利は多かれ少なかれ上昇していく。インフレ目標を掲げていると、2%の物価上昇が強く意識されて、長期金利の抑制には逆効果になる。

 こうした考え方に対して、黒田総裁は、インフレ率が2%になっても、日銀の巨大な国債購入が需給コントロールの役割を果たして、長期金利の低位安定(=債券価格の高値維持)がある程度はできると考えているのだろう。そうした理解は、楽観的過ぎると思う。

 デフレと低い長期金利は、たとえ見えにくいとしても、表裏一体の関係にある。歴史的に低い長期金利は、1998年頃からの物価下落と資金需要の低迷によって生じ、現在に至るまで続いている。それが、多くの人に永遠に長期金利上昇はやってこないという錯覚を植えつけている。

 実際、現時点でインフレ目標を日銀が導入しても長期金利が上昇しないのは、多くの人が「2年間で2%の消費者物価上昇」というシナリオを心の底から信じていないからだ。そうした予想が崩れるとき、長期金利もまた上昇するだろう。

後手に回るリスク

「出口論などは必要になったときに議論すればよい」という言葉は、長期金利は上昇したときに考えればよいと言っているのに等しい。一度長期金利が大きく上昇した後では、もはや金利を元の水準に落ち着かせることはできなくなる。

 長期金利が上昇した後で、日銀が長期国債を買いまくれば、果たして長期金利は低下するだろうか。おそらく、それは逆効果だろう。金融緩和ではなく、金融引き締めをしなくてはいけなくなる。

 合理的に考えて、経済政策は「そうなったら、どうしようもない」という最悪の状態を手前で避けなくてはいけない。警戒しておくべきは、最悪の状態になるまで、金融緩和のハンドルから手を離しておくことだ。

 出口論とは、風邪に対する風邪薬のような存在である。風邪をひいてしまってから風邪薬を服用しても効果は乏しく、風邪の初期症状に先手を打って服用するからこそ効く。風邪薬を飲みたくないから、事前に「風邪薬は風邪をひいてから飲みます」というのは言い逃れに過ぎない。

 物価と長期金利がジレンマの関係に陥らないようにするためには、水際作戦しかない。長期金利上昇を避けることを念頭に置き、金融政策は適度の範囲での物価上昇しか目指さないとアナウンスしておく。つまり、長期金利抑制を優先課題に据えて、その範囲内でデフレ脱却を目指すというのが賢明なポリシーミックスだ。

 本来、インフレ目標を導入するにしても、消費者物価目標は1%以下に低く設定して、そこに近づくと金融緩和ペースを縮小させるという選択を先に提示しておくことが、長期金利の安定のためには望ましい。

「出口論」と一口に言っても、様々な解釈があることには留意が必要だ。出口には(1)金融緩和の度合いを縮小させる対応、(2)景気刺激を中立に戻す対応、(3)物価上昇率を低下させるために金融引き締めを行う対応、の3段階がある(図表)。筆者の理解では、出口とは、金融政策を正常化するためのプロセス全体のことを言うのだろう。


 出口論が批判されるときには、(1)と(3)を混同した議論が多いことに気が付く。インフレになっていない時期に、具体的に金融引き締めの話をする必要はない。ただし、物価上昇率が高まってきたときに中立状態にいずれ戻していくプランを示すことは、引き締めとは峻別して議論してもよい。

 なぜ、出口論が必要になるかと言えば、それは普通の金融緩和ではないからだ。仮に普通の金融緩和であれば、金融緩和がオーバーシュートするリスクは小さい。だから、出口論などはあまり議論する必要性はない。

 しかし、強めの金融緩和政策を実施するときには対応が異なってくる。金融緩和がオーバーシュートする可能性に備えて、事前に金融緩和を正常に戻すときの全体像を示しておく方が、後々の混乱を避けるためには望ましい。

 往々にして、金融政策の運営に関しては、(1)金融緩和の度合いを縮小させる対応、(2)景気刺激を中立に戻す対応、をことさらに問題視して、人為的に金融緩和がオーバーシュートさせるバイアスが働く。これは、長期的に考えると決して望ましいことではない。

どうやってバランスを取るのか

 上手な金融政策をするのならば、インフレ目標を導入するにしても0.5〜1.0%の範囲内で低めに数値を設定して、大量の長期国債購入のプログラムを実行する方がよかった。実際の消費者物価上昇率が0.5〜1.0%へと移行してくれば、金融市場は日銀の金融緩和の縮小を先んじて予想するので、結果的に引き締めを実行しなくても済むことになる。

 先々までを考えると、消費者物価上昇率の目標を2〜3%の高い数値に置くことは、金融引き締めを人為的に遅らせることになり、金融緩和のジレンマに陥るリスクを抱え込む。目先の金融刺激だけを欲しがって近視眼的になると、金融システムにも手痛いしっぺ返しが起こりかねない。

 どうしても、デフレ脱却のために超強力な金融緩和が必要だ、という発想を優先させたいのならば、用意周到に特殊なかたちの出口の作戦を練っておくべきだ。

 それは、本当に消費者物価上昇率が1%に接近したときに、それまでの2%のインフレ目標を途中で修正してしまうという変則的な作戦だ。そうすれば、長期金利が上昇する手前で、金融緩和のペースを調整して、長期金利の上昇を伴わないマイルドな物価上昇をできるだけ長く維持できる。長期金利が上昇して多額の損失を金融機関が負わずに済むというソフトランディングを、達成することもできるだろう。

 あえて勘ぐるならば、黒田総裁はそうした作戦を熟知していて、インフレ率が1%近くまで浮上するまでは、出口論をわざと隠しているのかもしれない。当面は、長期金利が上昇しそうにないことも理解していて、物価上昇率が1%を超える可能性が高まったときに、君子豹変して出口論を具体的に示し、2%のインフレ目標をもっと低めの数値に仕切り直す。

 なお、こちらのシナリオは、今のところ、筆者の希望的観測に過ぎない。
http://diamond.jp/articles/print/35551

 

【第274回】 2013年5月8日 加藤 出 [東短リサーチ代表取締役社長]
格差問題とは距離を取っていた
FRBが直面する路線変更
 米ワシントンDC周辺の優良な住宅街は、全米でも有数の所得が高い地域である。豪邸が立ち並んでいる地区もある。

 一方、ホワイトハウスの最寄り駅であるマクファーソン・スクエアという地下鉄駅の入り口には大勢のホームレスの人々がいる。彼らは「ホワイトハウスはこちら」という案内板の下に横たわっている。世界の政治経済を動かす大統領官邸のすぐ近くにホームレスがいるという光景は極めて米国的だ。

 FRB調査によると、2010年時点で所得上位20%の家庭は全体の72%の富を保持する一方、下位20%の家庭が持つ富は全体のわずか3%だった。

 J・Z・ミューラー米カトリック大学教授は、資本主義における格差拡大は必然的副産物であり、特にグローバル化、金融化されたポスト工業化資本主義では、機会平等が広がっても格差は大きくなると指摘している。個人やコミュニティによって、経済の発展や進歩の機会を利用する巧拙に大きな差があるからだ(「フォーリン・アフェアーズ」13年3・4月号)。従来、多くの中央銀行家は格差問題とは距離を取っていた。金融政策でそれを解消することはできないからである。しかし、米国のようにここ数十年でこれほど激しく格差が広がると、考えを変える必要が生じてくる。

 例えば、S・B・ラスキンFRB理事は4月18日に、「所得や資産の格差の議論は、金融危機やその後の回復および今日の金融政策のあるべきコースをマクロ的に理解することにつながる」と述べた。

 米国の中低所得層の実質賃金の伸びは、過去30年、非常に緩慢だった。同時にそういった家庭でも借金で住宅を購入できる仕組みが整備されたため、彼らの住宅価格に対するエクスポージャーは劇的に高まった。そこを住宅価格暴落が襲った。彼らが受けた打撃は凄まじく、それがリセッションからの回復を遅らせてきた。

 10年時点で、所得階層の上位20%の家庭が持つ資産における住宅の比率は15%だが、中低所得層の場合は70%に近い。対照的に彼らは株式はほんのわずかしか持っておらず、株価が上昇しても恩恵は受けていない。それ故、今は住宅市場の回復を支える政策が大事だと同理事は主張している。

 ミューラー教授が言うように、ポスト工業化資本主義で格差が拡大しやすいのであれば、日本の金融政策もいずれその問題に直面する恐れがある。また、賃金の伸びが低くなりがちな中低所得層は、米国のようにインフレによって生活が圧迫されやすくなる恐れがあるだけに注意が必要である。

 (東短リサーチ代表取締役社長 加藤 出)


 

コラム:米中の衝突と「Gゼロ世界」のジレンマ
2013年 05月 7日 16:42 JST
国際政治学者イアン・ブレマー

朝鮮半島情勢の緊迫化やシリアの内戦、そしてユーロ圏危機や気候変動──。こういった問題を我々はどう解決するべきだろうか。米国に期待してはいけない。米国が世界最強の国家であることに変わりはないが、オバマ政権と米議会は目下、債務や移民、銃規制や経済成長など内政問題に集中している。

戦争に疲れ、高い失業率に苦しむ米国民は、国内問題で結果を出すことを政治に求めており、米当局者は国外でコストとリスクをともに負担してくれる同盟国を探している。

残念なことに、米国がこれまでのように重荷を背負う余裕のない世界では、同盟関係の構築と維持は容易ではない。オバマ政権の最も成功した外交政策が、こうした同盟関係に依存していないのも不思議ではない。イラクとアフガニスタンからの米軍撤退は、世界の主要国間での合意を必要としない。オバマ大統領の唯一明白な外交政策の勝利は、アルカイダの元指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害だが、これは米海軍特殊部隊SEALS(シールズ)のメンバーが任務を引き受けることだけが必要だった。

欧州からの援助も期待すべきではない。欧州のリーダーたちは今もユーロ圏に「目張り」をするのに手一杯で、厳しい財政運営を強いられている各国政府は、積極的な外交政策には及び腰だ。新興国に新たな負担を背負わせるのも時期尚早だろう。中国やインド、ブラジルの経済減速は、彼らにはまだ、国際指導力の一端を担うためのコストやリスクを引き受ける余裕が十分にないことを我々に思い出させる。

この「Gゼロ」の世界、つまり中心的な役割を果たす国や同盟が不在の世界では、国境を超える問題の解決策は、個別的対応から包括的対応まで多岐にわたる。国連の潘基文事務総長は昨年6月に開催した「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」で、この会議は大き過ぎてつぶせないと警鐘を鳴らした。しかし、オバマ大統領やメルケル独首相、キャメロン英首相にとっては、リオ+20は参加するには大き過ぎたと言える。彼らの誰もが、単独であれ共同であれ、気候変動を加速させる政策に妥協を強いる力はなく、彼ら自身もそれを分かっているのだ。

こうした権力の真空状態は広がり続けている。アジアでは対立のリスクが膨らみつつある。東シナ海では世界第2位の経済大国である中国と同第3位の日本がにらみ合いを続け、南シナ海では中国と複数の東南アジア諸国が角突き合わせている。さらに危険なことに、オバマ政権のアジア重視路線や中国を排除した格好で進む環太平洋連携協定(TPP)の交渉、そしてサイバー空間での対立が、米中関係を悪化させている。通商や投資の規制をめぐる論争や、国家資本主義と自由主義資本主義の対立も勢いを増している。近い将来、世界の平和と繁栄にとって最も重要な2国間関係は米中関係になるだろうが、米中関係が急激に損なわれれば、Gゼロ世界が抱えるジレンマも急速に悪化するだろう。

中東では、解決の糸口の見えないシリア内戦が、トルコやイラン、サウジアラビア、ロシアにとっても厄介な問題になりつつある。イラクでは、イスラム教シーア派とスンニ派の宗派対立が再び暴力をかき立てている。リビアとエジプト、イエメンでの米外交官を狙った攻撃は、オバマ政権に同地域への直接関与を避ける口実を与えている。中東もまた、国際指導力の欠如や地域大国の対立により、事態が真に進展する前に傷が深まる地域の1つだろう。

皮肉なことに、「弱くなった米国」が生み出す指導力の空白を埋める可能性が最も高い国家は、「復活する米国」だ。米国のエネルギー革命は、国内の雇用創出と製造業復活につながっているだけでなく、天然ガスや採掘技術の輸出を通じ、米国の国際影響力低下を反転させるチャンスも作り出している。

長期的には、米政府は財政の不均衡拡大という問題に取り組まなくてはならなくなるだろう。しかし金融危機が我々に思い起こさせたのは、ボラティリティや恐怖感が日常的になる時、安全が世界で最も価値あるコモディティになるということだ。だからこそ、米国は世界の安全な資金避難先であり続け、良くも悪くも、格付け機関による米国債格下げでさえ、少なくとも当面は米政府に借金を困難にさせることはできないのだろう。

米国と中国の衝突は必ずしも不可避ではない。米中は折に触れ、衝突が運命づけられているように見える。特に金融市場やサイバー空間では対立が過熱する可能性が高い。しかし、二国間の貿易と投資の圧倒的な量を考えれば、どちらも相手の弱さから得られるものは少ないはずだ。

米中はどちらも、ゼロサム的な冷戦型の対立をしている余裕はなく、双方ともそれを分かっている。しかし、オバマ大統領と習近平国家主席が、Gゼロ時代を終わらせる可能性がある実用主義的パートナーシップ構築に向けたビジョンを持っているかどうかは、まだ見えてこない。

(3日 ロイター)

*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。


 

 

2013年5月8日 上田尾一憲
中国富裕層向け“怪しい”海外不動産投資への誘い
湖南省の中南大学大学院在籍中に邱永漢氏と出会い、卒業を待たず、2005年から氏が亡くなる2012年5月16日まで秘書として中国ビジネスと中国株を直接学んだ上田尾氏。今回は、上海で勧められたあやしい不動産投資の話です。
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青い空と海……「塞浦路斯」ってどこ?
 去年の秋ごろに上海の友人から「不動産投資関係」の仕事をしている人を紹介され、会うことになりました。

 上海市内の喫茶店で待ち合わせをし、先に着いたのでコーヒーを飲んでいると、いかにもあやしげな男性が挨拶してきました。年は私より上の40歳くらい、髪型は短髪で、裕福そうな感じのポッチャリ体系でちょっと色黒。最初はかなり警戒しながら彼と挨拶を交わしました。

 日本に何度も行ったことがあり、「日本は清潔だ」とか「食べ物がおいしい」とかのありきたりの話が30分以上も続きました。

 時間がもったいなかったので、さりげなく自分も中国で不動産投資をしていると言うと、彼はカバンから2冊のパンフレットを取り出しました。ようやく「仕事」が始まったのです。

 彼が勧めるのは「塞浦路斯」の投資物件で、パンフレットには抜けるような青空と青い海、白い別荘の写真が何枚も載っていました。きれいな芝生の庭にはプールまであり、この世の楽園とはこのことです。
 私は「きれいですねぇ! こんなところに住めたら気持ちいいでしょうねぇ。塞浦路斯 ですかぁ、いいですね!」と答えはしたものの、ところで「塞浦路斯」ってどこだ?と思って聞いていました。

 彼が言うには、この「塞浦路斯」で30万ユーロ(約3800万円)以上の不動産を購入すると、申請から半年くらいで永住権が手に入るのだそうです。不動産を買ってくれたら、永住権の取得手続きもすべて彼の会社でやってくれるとのこと。

 さらに、子ども連れで移住する場合のサービスもあります。「塞浦路斯」の学校に入るには入学試験や編入試験があり、しかも英語なので語学力がないとなかなか合格しないのですが、彼の会社のコネでその試験がかなり優遇され、かんたんに入学できるのだそうです。

 とはいえ、いまだに「塞浦路斯」がどこかわからなかったので、トイレに行ったついでにこっそり携帯で調べると「キプロス」でした。その頃はまだキプロス問題の前でなんの知識もなかったのですが、パンフレットの写真と移住の条件を聞いて少しだけ心が揺れてきます。
中国では今でもキプロス投資のネット広告をあちこちで見かける。30万ユーロの不動産を購入すれば家族みんなユーログリーンカード取得、パスポート全世界84カ国通行可能。100%成功と謳っているが……

制約の多い中国人には大きなメリット
 彼はさらに追い討ちをかけてきます。

 キプロスでは一人が永住権を取れば家族全員が永住できるし、8年のうち5年間住んでいると帰化も可能。EUに加盟しているので、ヨーロッパの国々を旅行する時はビザ免除。これは制約の多いパスポートで苦労している中国の富裕層にとって大きなメリットです。

 またキプロスで会社を経営することも可能で、法人税はわずか10%などなど、これでもかというくらい良い条件が出てきます。別荘のプールサイドで日光浴をしながら青いカクテルを飲む自分をイメージして、すっかりその気になってしまったのですが、よく考えると日本のパスポートなら海外旅行に不都合はないし、それよりキプロスに行っても何もすることがありません。
ターゲットは私のまわりの中国人富裕層たち
  そこでキプロスに別荘を買う話はお断りしたのですが、彼の目的は最初から私のような若造ではなく、私のまわりにいる富裕層の友人だったのです。「紹介してくれたら君に手数料払うよ」と、あま〜い言葉で誘ってきたのです。

 30万ユーロ(約3800万円)は人民元で240万元ほどなので、北京や上海でマンションを買うよりも安い値段で夢のような楽園の別荘が手に入ります。中国では年々不動産投資の条件が厳しくなって購入制限がありますが、キプロスではまとめて2〜3軒買っても問題ないし、永住権もすぐに取得できて子どもの教育も大丈夫……。こんな良い条件をきれいな写真といっしょに聞かされれば、中国のお金持ちはあっという間にその気になってしまうでしょう。

 実際、2012年8月から10月のわずか2カ月で、600戸あまりのキプロスの住宅を中国人が購入したそうです。

 キプロス不動産の斡旋手数料は魅力でしたが、こんなあやしい人に大切な友人は紹介できないと思ってやめました。あの時不動産購入を勧めていたら、おそらく何人かは購入していたでしょう。

 キプロス不動産はちょっとしたブームで、その後もあちこちで同じ話を聞きました。投資額もそれほど高いわけではないので、富裕層だけではなく、EU圏への移住という夢を求めて無理をして購入に踏み込んだ中間層の人たちもいたことでしょう。

 キプロスの財政破綻で、不動産価格も大きく落ち込んでいるようです。あのとき手数料欲しさにキプロス投資を勧めていたら、今頃何人かの友人を失っていたことでしょう。
36万ユーロ(約4600万円)の物件。寝室3、バス2、10m×4mのプール
文/上田尾一憲

筆者紹介:上田尾一憲(うえだお・かずのり)
1976年、広島県出身。湖南省の中南大学大学院在籍中に邱永漢氏と出会い、卒業を待たず、2005年から氏が亡くなる2012年5月16日まで秘書とし て中国ビジネスと中国株を直接学ぶ。現在は安徽省合肥市の不動産デベロッパー国耀集団にて投資発展副総監と同集団安徽坤地農業科技有限公司総経理を兼務。 著書に『こんなに楽しい中国の「農民画」』(魁星出版)

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2013年5月8日


タイに住む日本人の疑問
「タイでは、他人に頼らずに餓死する人がいますか? タイ人気質を知りたいです」
タイ人経理部長ブンが在タイ日本人の質問に答える【ブンに訊け!】
バンコク発ビジネス・生活情報誌『DACO』編集部のタイ人経理部長、ブン(女性)が日タイの架け橋となるべく日本人からの質問に答えます。

読者からの相談:飢え死にするタイ人はいるのか
 日本では、失業したり、身の周りに頼る人がいなくなったりすると、真冬に凍死したり、餓死したりする人が結構たくさんいるようです。タイ国内で凍死は難しいとしても、餓死する人はいるのですか?
 もちろん海や山で遭難して助けが来ないなどの場合に餓死することはあるでしょうから、そんな特殊な場合は除いて、自分の足で食べ物のありそうな場所に行ける場合でも、人に助けを求めたりせずに餓死してしまう人はいるのか?を聞きたいです。
 日本人は過剰に自分自身に責任を感じて他人の世話になるよりも、あえて死を選ぶような部分があると思うのですが、タイ人の場合は餓死までするでしょうか?……みたいな、タイ人の気質について聞いてみたいのです。(KOB)

【ブンからの回答】

タイで飢え死に?

 あります。お坊さんが自らミイラ(即身仏)になる場合ですが…。普通は飢餓状態になったら強烈に生きようとすると思うのですが、老衰から結果的に餓死に至るということなのでしょうか。

 他人の世話になるより死を選ぶというのはタイ人にもあります。タイ人とか日本人という国民性ではなく、それは個人の性質に起因するものだと思います。

充実した弱者救済

「自分の足で行ける食べ物のありそうな場所」について。

 タイでは弱者救済や徳を積むという宗教的な教えからセーフティネットがしっかりしています。

 ラチャダムヌン・ボクシングスタジアム近辺のパリナヨック寺で、お金のない人に開放して、托鉢で集まった食べ物を分け与えているのを見たことがあります(寺の食べ物を家に持って帰ってはいけません。業が深いと忌み嫌われます)。

 ローン・ターンと呼ばれる地域の慈善団体による食料や薬の支給が、曜日と時間を定めていろんな場所であります。

 区の役所に相談すれば、困りごとに応じて、しかるべき場所や団体を紹介してくれます。

 たとえば年とった両親の面倒をみられず困っている場合、状況によっては老人ホームを紹介してくれます。

 バーン・バンケーBan Bang Khaeという有名な老人ホームはお金がなければ相部屋、月1500バーツ(約5000円)払えば個室が与えられ、三度の食事とともに面倒をみてくれるそうです(電話:0-2413-1141。タイ国外からかける場合は、最初に66=国番号を付けて0を取ります)。

 このように弱者に対する救済は充実していますが、それでも助けを求めない人はどうなるのでしょうか。

他人ごとに強い関心

 一般に、タイ人は他人に干渉しませんが、自分のこと以上に関心は持ちます。

「あそこの家、何で電気を灯してないんだろう」「なんで窓を開けているんだろう」だれに命じられたわけでもないのに、諜報活動が始まります。

 関心は行動へと駆り立てます。次はその家まで足を踏み入れ、「手助けが要るか?」「食べるものがなければどこそこの寺へ行けばいい」と、親身になって相談に乗ります。

 お節介なのか、だれかにコトの成り行きを喋るためのネタなのかは知りませんが、いい意味での「監視の目」が自死への社会的抑止力となっているわけです。

 なかなか死なせてくれません。


ビジネスに失敗して一文なしになったら田舎へ帰って農民をやればいい。頭を丸めて僧になればいい。タイには広大なセーフティネットがある。写真はバンコクの西側、トンブリ地区。ここにも開けっぴろげでいい意味の監視の目があふれている【撮影/『DACO』編集部】

(文・撮影/『DACO』編集部)

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復帰目指すポルトガル、救済後初の10年債に需要上々−関係者 

  5月7日(ブルームバーグ):ポルトガルが発行を計画している救済後初の10年債の需要は上々のもようだ。2011年4月の救済要請から2年余りとなり、同国は債券市場への復帰を模索している。
事情に詳しい関係者が匿名を条件に述べたところによると、2024年2月償還の新発国債の利回りはスワップレートに400ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)上乗せする。30億ユーロ(約3900億円)の募集に対して90億ユーロを超える注文があったと、ガスパール財務相がブリュッセルで記者団に述べた。
政府が債券発行のためにカイシャ・バンコ・デ・インベスティメントとシティグループ、クレディ・アグリコル、ゴールドマン・サックス・グループ、HSBCホールディングス、ソシエテ・ジェネラルを起用したことを関係者が6日明らかにした。
ポルトガルの既発10年債利回りが2010年以来の水準まで下がっていることや、世界的な低金利で利回りを求める投資家のリスク意欲が高まっていることが、ポルトガルの追い風になっているとみられる。
ポルトガルが前回10年債を発行したのは救済前の11年1月。今年1月に10年債利回りが10年以来で初めて6%を下回ったことを受け、銀行団を通じて5年債を発行した。5年債発行は11年2月以来だった。
ガスパール財務相によれば、ポルトガルは既に今年の資金需要を満たしている。救済の「調整プログラムを脱する条件を整えるために14年分の調達を前倒しで開始した」と同相は説明。さらに「10年債発行でイールドカーブの全ての部分がカバーされ、つまり債券市場への復帰が完了するため、これは極めて重要だ」と言明した。
原題:Portugal Selling 10-Year Bonds for First Time SinceBailout (1)(抜粋)
更新日時: 2013/05/07 23:54 JST

太陽を求めてイタリアへ、ドイツ人がトスカーナやコモ湖の別荘に大枚
独BMW:世界で22万台をリコール、助手席用エアバッグの不具合で
米求人件数:3月は384万件に減少、前月390万件−労働省

 

「ベイルイン」議論へ、保険対象外の預金が争点−EU財務相会合 

  5月7日(ブルームバーグ):欧州連合(EU)加盟各国の財務相らは来週の会合で、経営難銀行の救済で債権者に損失を負担させる「ベイルイン」について議論する。EU議長国を務めるアイルランドが準備した文書によると、保険対象にならない預金の扱いが最大の争点になるもようだ。
ブルームバーグ・ニュースが入手した6日付の文書は「保険対象外の預金の扱いが依然、最大の問題だ」としている。当局者らはこれらの預金者に対して他の優先債権者よりも上位の弁済順位を認めることを含め選択肢を検討している。この場合、預金者は「多くの場合」損失を負うことはなくなる。
EU首脳らは、各国政府と欧州議会が銀行破綻関連法案の条文で合意する期限を6月に設定している。同法は銀行破綻の際の納税者負担を回避することが目的。この法によって、当該銀行の無担保債権者が納税者よりも先に、その弁済順位に従って損失を負担することになる。
また、無担保優先債権者が損失を負担する場合に預金保険基金も資金を拠出すべきかどうかも議論される。
EU法は各国がいわゆる預金保険スキーム(DGS)を整備して10万ユーロ(約1300万円)までの預金を保護することを定めている。ベイルインの場合にはDGSの下での基金が預金者に代わって損失を負担することが求められることもあり得る。
この預金保険基金の弁済順位を他の優先債権者よりも上にするかどうかについても各国の意見は分かれている。アイルランドは文書で、基金に高い弁済順位が認められない場合、ベイルインの規則が「利用不可能」なものになる可能性があると指摘。「DGSの規模は保険対象の預金残高に比べて小さい」ため、優先債権者と同時に負担も強いられた場合、「大手銀の救済を賄いきれない可能性がある」と説明した。
原題:EU Ministers to Grapple Next Week Over Bank Creditor LossRules(抜粋)
更新日時: 2013/05/07 21:49 JST


ロンドン外為:ユーロ上昇、ドイツの製造業受注が予想外の増加

  5月7日(ブルームバーグ):ロンドン時間7日の外国為替市場でユーロが上昇。ドイツの3月の製造業受注が事前予想に反して前月比で増加したことに反応した。
ロンドン時間午前11時10分現在、ユーロはドルに対し0.3%高の1ユーロ=1.3110ドル。対円は0.2%高の1ユーロ=130円10銭。一時は0.5%下げていた。
原題:Euro Advances Against Dollar, Yen as German FacctoryOrders Rise(抜粋)
更新日時: 2013/05/07 19:21 JST

3月の独製造業受注:前月比2.2%増、予想外−成長回復の兆候

  5月7日(ブルームバーグ):ドイツの3月の製造業受注は予想に反して増え、2カ月連続のプラスとなった。同国経済がプラス成長に回帰しつつあることを示す兆候がまた一つ増えた。
独経済技術省が7日発表した3月の製造業受注指数 は前月比2.2%上昇。ブルームバーグ・ニュースがまとめたエコノミスト39人の予想中央値は0.5%低下だった。前年同月比(営業日数調整後)では0.4%低下した。2月の指数は前月比2.2%上昇、前年同月比では0.2%低下にそれぞれ修正された。
3月は同月としては気温が過去25年で最も低かったため、ドイツ景気の昨年末の低迷からの回復は遅れた可能性があるものの、ドイツ連邦銀行(中央銀行)のバイトマン総裁は先月13日、先行きに関して悲観していないと言明。景況感は落ち込んだものの、4月の失業率は20年ぶり低水準付近にとどまっている。
HSBCトリンカウス&ブルクハルトのエコノミスト、ロター・ヘスラー氏(デュッセルドルフ在勤)は「状況は見た感じほど悪くない」とし、「ドイツ経済は恐らく1−3月(第1四半期)にプラス成長となった。ユーロ圏も間もなく追随するだろう」と語った。
独連邦統計庁は1−3月国内総生産(GDP)速報値を15日に発表する。昨年10−12月(第4四半期)は前期比0.6%減だった。
この日の発表によれば、外需は前月比2.7%増加。ユーロ圏諸国からの受注は4.2%増えた。国内受注は1.8%増。消費財は0.7%減った一方、中間財は3.6%、投資財は2%それぞれ増加した。
原題:German Factory Orders Unexpectedly Jump in Sign ofRecovery (1)(抜粋)
更新日時: 2013/05/07 19:38 JST


 


サッチャー政権の財務相が提言、「英国はEU脱退を」
2013年 05月 7日 19:24 JST
[ロンドン 7日 ロイター] 先月死去したサッチャー元英首相の下で財務大臣を務めたナイジェル・ローソン氏は、英国は欧州連合(EU)を脱退した方が豊かになるとの考えを示した。6日付の英紙タイムズへの寄稿の中で明らかにした。

ローソン氏はキャメロン首相率いる保守党の重鎮で、脱EU論者の1人。1983年から89年にかけて、サッチャー政権の財務相を務めた。

寄稿の中で同氏は、EUを脱退すれば英経済は今よりも強くなるだろうと述べた。またキャメロン首相が英国に有利な条件でEU残留を目指していることについて、「取るに足りない」結果しか残せないであろうと指摘した。

首相は今年1月、自身が2015年の総選挙で再選されれば、英国のEU脱退の是非を問う国民投票の実施と、EU加盟条件の再交渉を行うことを公約に掲げた。

英国のEU脱退をめぐっては、先週行われた地方選で、反EUを掲げる英独立党(UKIP)が躍進したばかりで、今回のローソン氏の寄稿は首相にとってさらなる圧力となりそうだ。


 

 

【第3回】 2013年5月8日 大竹文雄
不合理な僕らが
「よりよい社会」をつくるにはどうすればいいのか?
――「格差」ときちんと向き合うための経済学
第3回 大阪大学教授 大竹文雄【後編】
「行動経済学」に「神経経済学」と、ここ数年、続々と「新しい経済学」の研究が芽生えています。これらの動きを生み出している、経済学や心理学、神経科学、さらには物理学といった研究領域が交わる「知の最前線」についてレポートします。
今回、話を伺ったのは、大阪大学社会経済研究所教授・付属行動経済学研究センター長である大竹文雄氏。労働経済学、行動経済学といった分野で実績を残し、また最近ではNHK「オイコノミア」への出演や日本科学未来館の企画展「波瀾万丈!おかね道」の総合監修などと、幅広く活躍している経済学者でもあります。
「後編」となる今回は、なぜ人間は「お金」とうまく付き合えないのか、不合理な行動をしてしまうのか、という疑問から出発して、「格差」や「フリーライダー」といった私たちの社会が抱える問題とどう向き合っていけばいいのか、そのヒントを見出します。(聞き手:萱原正嗣)

「お金」がない時代、人間は「合理的な生き物」だった

――前回は、お金の貯め方やタクシードライバーの働き方などを例に、一見「合理的な」行動が、実は「不合理な」行動になりかねないことを紹介していただきました。そこで伺いたいのは、人間はなぜ、「お金」とうまく付き合えないのかということです。

大竹 学問的な論としてではなく、私の推測での答えになりますが、端的に言うと、人間と「お金」との付き合いの歴史が浅いことが原因だと思います。


大竹文雄(おおたけ・ふみお)
大阪大学社会経済研究所教授・付属行動経済学研究センター長
1961年生まれ。京都大学経済学部卒、大阪大学大学院修了。経済学博士。専門は行動経済学、労働経済学。2008年日本学士院賞受賞。主な著書に、サントリー学芸賞受賞『日本の不平等 格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞社)、『競争と公平感』(中公新書)など。最新刊に『脳の中の経済学』(共著・ディスカバー携書)。
 人類の祖先が地球上で二足歩行を始めたのは数百万年前のことだと言われますが、そのほとんどの時間を、人間は「お金」とまったく無縁に過ごしてきました。

 人間が、人工的な「お金」(鋳造貨幣、コイン)を使い始めたのは、世界の早いところで紀元前7〜6世紀ごろです。日本では、708年の「和同開珎(わどうかいちん)」、もしくは、683年の「富本銭(ふほんせん)」が、最初に鋳造された貨幣と言われています。日本人が「お金」と付き合い始めて、せいぜい1000年程度、「人類」で考えても3000年程度しか経っていません。

 しかも、「お金」が人々の日常生活に浸透するのは、日本では江戸時代以降のことです。人間の「お金」との歴史は、実質的にはまだ数百年程度で、人間は、まだまだ「お金」の扱いに慣れていないのではないでしょうか。ましてや、デリバティブ(派生的金融商品)のような複雑な金融資産が利用可能になったのは、つい最近のことです。非常に複雑な計算式を用いて作られる金融商品を、私たち人間が完全に自分のものにはできていないのは当然でしょう。

 ただし、複雑な計算だから人間ができないというわけではありません。私たち人間は、物を投げる、走るという動作でさえ、非常に複雑な計算をしています。二足歩行するロボットは、非常に高性能のコンピューターをもって、複雑な計算をしています。また、私たちは、人と交渉をする際には、様々な可能性を考えて戦略を練っています。そういう場合の戦略は、「ゲーム理論」と呼ばれる数学で定式化された戦略と同じ行動をとっていることが知られています。

 たとえば、プロサッカーのペナルティ・キックの際、キッカーが右に蹴るのか、左に蹴るのか、ゴールキーパーは右に飛ぶのか、左に飛ぶのかという決定は、ゲーム理論で計算される答えと一致しているという研究があります。こうした行動は、私たち人間が古くから行ってきたことなので、深く考えなくても直観で答えが出せるレベルになっているのだと思います。

 ところが、お金に関しては、まだ付き合いの歴史が浅いので、まだ直観では完全には対応できるレベルに達していないのだと思うのです。

――「お金」がない世界での人間の行動は、今とは異なっていたのでしょうか?

大竹 「お金」のない世界では、たとえば狩りで仕留めた獲物は、すぐに食べてしまわないと腐ってしまいます。つまり、いま目の前にあるものがすべてで、それをどう効率よく手に入れるか、あるいは公平に分配するかということが、人間の生存や人間社会の維持にとって重要なことだったと思います。

 京都大学霊長類研究所教授の松沢哲郎先生は、チンパンジーは「今、ここの世界」に生きているのに対し、人間は「想像する力」をもっていることが大きな違いだと指摘されています(『想像するちから』岩波書店)。瞬間的な記憶力だと人間は、チンパンジーに遠く及ばないそうです。

 私たち人間は、将来のことを考える力を身につけたという点で、チンパンジーとは大きく異なるにしても、その能力は、「お金の時代」には対応できていないのだと思います。

 人類の歴史のほとんどは、飢餓との闘いの歴史です。特に、狩猟・採集の時代は、食べものにいつありつけるかわかりません。目の前にあるものを食べることが、生き延びるために、もっとも「合理的な」選択だったのです。目先の利益を優先する「現在バイアス」は、生物としての人間にとってきわめて当たり前の、生存に必要な本能だったということです。

生き延びるための「大博打」

大竹 「損失回避」という人間の性質も、人間を生物として捉えると、きわめて「合理的な」生存戦略です。

「損失回避」というのは、人間は、手に入れる「利得」よりも、目の前にあるものを奪われる「損失」を大きく捉えがちな性質のことです。たとえば、株取引やカジノなどで負けが込んでくると、多くの人がその時点で撤退して損を確定させるのではなく、ひょっとしたら元を取り戻せるかもしれないと、一か八かのギャンブルに出てしまいがちであることが知られています。「おかね道」の企画展でも、似たような実験を体験することができます。

 では、なぜ人間が損失を嫌うかというと、食べものが豊かではない状況では、目の前のちょっとした損失が、個体の生き死ににつながることがありえたからだと考えられます。

 その場合、種や集団に属するすべての個体が損失を受け入れる選択をしてしまうと、種や集団が全滅する危険性に晒されます。それは、種全体の生存戦略としてはきわめて「不合理」です。たとえ個体としての生存確率は低くとも、種として生き延びられる可能性が少しでもある選択肢に賭けるほうが、全体の生存戦略としては「合理的」です。

「お金」を使わない時代においては、「損失回避」も実に「合理的な」行動だったのではないでしょうか。

「お金」が人間を「不合理に」変えた!?

――「お金」を手にしたことで、人間の行動はどう変わったのでしょうか?

大竹 「お金」の特徴は、富を蓄積・保存することができるということです。そのため、目の前の利益を我慢して、将来の利益を得るというオプションが、「お金」によって可能になりました。「お金」によって、「現在の富」と「将来の富」を比較したり交換したりすることができるようになったわけです。

 ところが、「お金」との付き合いの歴史がまだ浅いために、多くの人が無自覚に、生物としての直感で「お金」と接してしまいがちです。それで、つい「不合理な」選択をしてしまっているのです。生物の生存戦略としては「合理的」だった行動が、「お金」を扱ううえでは「不合理」になってしまっている、ということが起こっているんです。

 ちなみに、そういうことを科学的に裏づけるために、脳と「お金」の関係を調べる「神経経済学」という分野で、いままさに研究が盛んに行われています。

 皮肉なことに、そうした研究が進展し、人間が「お金」に少しずつ慣れようとしているそばで、次々と「新しいお金」がつくられています。クレジットカードしかり、電子マネーしかり、リーマンショックを引き起こしたサブプライムローンのような複雑な金融商品しかりです。どんどん複雑になる「お金」にうまく対応できなくなっているのが現代社会なのかもしれません。

信じるからこそ「お金」が回る

大竹 一方で、「お金」があるからこそ、社会や経済がうまく回っている側面を見逃してはなりません。


「お金」がない時代、人間関係が確立されていないところでの経済取引は、相当な困難を伴ったはずです。相手がどんな人かわからなければ、正当な交換が行われるかどうかわかりません。そこに「信頼」が成り立っていないからです。

「お金」は、その「信頼」を肩代わりしてくれます。相手が誰であるかを知らなくとも、「お金」を媒介にして、交換を成立させることができます。そもそも、いまの「お金」は「信頼」で成り立っています。紙幣にはモノとしての価値はありませんが、日本銀行が「お金」としての価値を保証していて、日本中の人が日本銀行、そしてそれを支える社会システムを「信頼」しているからこそ、「お金」としての価値を持つわけです。さらに、社会全体で「お金」という同じ基準を持つことで、一対一の人間関係がないところでも信頼関係が築きやすくなった、とも言えるでしょう。

 さらに、金融の世界の「お金」の貸し借りは「信頼」にもとづいていますし、インターネット上での経済活動も、買ったものが送り届けられるという「信頼」があるからこそ成り立っています。「信頼」によって、社会の経済活動が円滑になっているのです。

タダ乗りを防ぐのは楽じゃない

――社会の仕組みが「信頼」を前提にしているということですが、「おかね道」の企画展では、「お金」を払わずに便益を得る「フリーライド(タダ乗り)」の問題を取り上げています。こうした問題と「信頼」との関係は、どのように捉えればよいのでしょうか?

大竹 これは非常に難しい問題です。ある程度までは、人間の善意が「信頼」を自発的に育む側面に期待することもできますが、一方では、人間は誰しも、誰も見ていないところでは自分だけ得をしたいという側面もあります。この二面性には個人差がありますし、どちらが強く出てくるのかは、実験の条件によっても結果は大きく変わります。

 たとえば、日本の伝統的な村落共同体は、メンバーシップを固定して一生を同じ場所で過ごすようにすることで、「フリーライド」したくてもできないさまざまな仕組みをつくっていました。それが行き過ぎると窮屈な監視社会になりますが、それがうまく行動規範として内面化されると、思いやりの心が育まれます。

 これは、「社会的制裁」という負のインセンティブによるタダ乗り防止のひとつの例ですが、反対に、集団に協力的な行動に対して報酬を与える正のインセンティブによって、「フリーライド」を防ぐという方法もあります。

 ただし、報酬には報酬でマイナスの要素があります。報酬を得ることが目的になると、もともとあったはずの善意が失われてしまうこともあるからです。これを「内発的動機づけの喪失」といって、楽しむために始めたことに報酬を与えると、その楽しみが削がれてしまうことが知られています。「おかね道」展の「実験5」がまさにこの点をテーマにしています。

 このように、正負どちらのインセンティブにもそれぞれ一長一短がありますし、人々の行動にどういう影響を与えるのかは、実際にやってみないとわからないところもあります。試行錯誤しながら制度をつくり、改良を加えていくしかない難しさがあります。

何が格差を生み出すのか

――社会制度という観点では、「お金」が公平に分配されない「格差」の問題に対して、経済学ではどのようなアプローチが可能なのでしょうか?

大竹 企画展の実験でも紹介していますが、経済現象を物理学の手法で解明を試みる「経済物理学」では、「べき分布」という法則が知られています。


 実際の世の中では、運のいい人は勝ち続けて大金持ちになる一方で、運の悪い人はどこかで負けるし、ずっと負け続けて貧しくなる人もいます。勝ち続ける人はほんの僅かで、そういう人たちが大金持ちになります。一方、大多数の人たちは、どこかで負けてしまって貧しくなっていきます。ことの成り行きに任せておくと格差は広がり、不公平な社会になる。だから、運に恵まれた大金持ちは、運に恵まれなかった人に対して再分配すべし、ということです。

 ところが、現実はそう単純ではありません。世の中のすべてを運・不運で片づけられるわけではありません。運のほかにも、適性や努力の側面を無視することはできませんし、運と努力を識別するのも困難です。

 再分配に関する社会的な合意は、なかなか得られるものではなく、公平を目指すあまり再分配を強化すると、努力する意欲を削ぐことにもなりかねません。

「格差」への対処は、最終的には、社会の価値観に依存します。公平であることを大切にするのか、努力することを促すために、多少の不公平は是認するのか――。その答えを経済学で出すことはできません。

 経済学者として言えるのは、「経済的に成功するかどうかには、運・不運の側面と努力の側面の両方がある」ということであり、経済学者は「分配面の目標が決められたときに、最大限努力を引き出すような仕組みを考える」ということはできます。「運」の要素はどの程度大きいと考えるのかは、社会を構成するメンバーの認識に依存すると思います。そういう認識のもとで、私たちがどのような社会を目指すかについて、社会の構成員同士で対話を続けていくしかありません。

知れば、自分を変えられる

――まずは「知る」ことが大切で、そのうえでどうするかを考える。個人の行動と同じく、「賢明な人」であることが重要だということですね。

大竹 今回の「おかね道」の企画展が面白いのは、体験を通じて「知る」ことができ、「知る」ことが、自分の行動を変えるきっかけになるということです。

「現在バイアス」や「損失回避」について知れば、日々の行動を変えていくことができますし、「フリーライド」や「格差」の問題は、ひとりでは社会を変えられないにしても、「知る」ことが、社会に対する関わり方を見直すきっかけになりえます。

 そしてこの企画展に来て実験を体験していただければ、「経済学」のことを「お金儲けのための学問だ」と考えていらっしゃる方にも、経済学の面白さや、社会を変える可能性を実感してもらうことができると考えています。経済学にはそれだけの面白さ、そして意義がありますし、「おかね道」の企画展には、それを十二分に感じられる工夫が施されています。ぜひ、多くの人に足を運んでいただいて、「経済学はお金儲けのための学問だ」という認知を変えていただきたいですね。

※大竹先生のお話には、お金と人間、そして社会について考えるヒントがたくさんありました。大竹先生、ありがとうございました!本稿は不定期連載ですが、今後も最前線の研究者にインタビューしていく予定ですので、どうぞお楽しみに!

ようこそ、科学×経済学の実験場へ!

波瀾万丈!おかね道


 


【第278回】 2013年5月8日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
【決定版!】アベノミクス時代のマネー運用7箇条
 個人的な話で恐縮だが、筆者が『週刊ダイヤモンド』に10年以上書いてきた連載「マネー経済の歩き方」が終了した。ネットに親しみが薄く、もっぱら紙媒体から情報を得る人も少なくないので、機会があれば別の紙媒体でもマネー運用の情報を届けたいと思っているが、「ダイヤモンド・オンライン」の読者には必要だと思う都度、お役に立つ情報を伝えたいと思っている。

 さて、昨年の総選挙実施が決まって以来、株価の上昇と円安が進んだことで、マネー運用の世界が暖まってきた。お陰様で証券会社の収益も急増している(筆者はネット証券の社員でもある)。そして、こうした環境下、「アベノミクス」に便乗したマネー運用本があれこれと出始めている。

 筆者は、アベノミクス便乗のマネー本の著者たちや出版社の商売の邪魔をする気はないのだが、「ダイヤモンド・オンライン」の読者には、「アベノミクス時代」にお金をどう運用したらいいのかについて、正確な知識を持ってほしい。

 これからいつまでを「アベノミクス時代」と呼んでいいのか、今はまだわからない。常識的には、「日銀が次に金融引き締めに転じるまで」と考えていいと思うが、これはまだまだ先だろう。

 そこまで行く途中には、「バブル」と呼べるような時期があるかも知れないし、ないかも知れない。投資家は、その両方に対応できるように準備しておくべきだ。

第1条
政策と経済の行方をよく見よう

 筆者は、ここまでのアベノミクスをおおむね肯定的に評価しており、現在の日銀の「大胆な金融緩和」は適切だと思っている。また、現時点では、将来さらに円安・株高の方向に向かう公算が大きいと考えている。

 その上で言うのだが、現段階のアベノミクスは、為替レートと株式をはじめとする資産について、市場価格を誘導することを通じて、景気の回復、失業率の低下、インフレ期待の定着などの効果を得ようとする、事実上「市場操作」を手段とした政策である。

 もっとも、現代の不換紙幣自体が人工的な仕組みであり、その価値を適切に操作することは必要なので、現在の政策が悪いわけではない。

 こうした状況の下で、株式市場、外国為替市場といったマネー運用の場には、常に時の政府や日銀の政策が影響するが、当面その影響は「特大」だ。

 政府・日銀は、おそらく現状よりも円安・株高の市場価格を実現しようとする強い意志を持っている。そして、相場がその意図と逆の方向に動いた場合には、その方向を変える「追加の弾」をいくつも持っている。

 したがって、政府・日銀の意図には逆らいにくい。相場格言にいう「政策に売り無し」は一応尊重する方がいい。

 しかし、将来、政府や日銀が考え方を変えることもあり得るし(簡単に変えられては経済政策としてまずいが)、政策担当者が考え方を変えなくとも、市場の期待が先を行きすぎてしまって、相場的には後に反動をくらうケースも起こり得る。

 政策の意図は誰もが知っているし、誰もが知っていることは現在すでに市場価格に反映される場合が多いのが相場の生理だから、「政策の追い風」は、プラス材料として計算に入れることができるとしても、これを「絶対」だと信じることはできない。

 安倍首相や黒田日銀総裁の言動、及び彼らの周囲の動きに注目が必要なのは当然だが、「彼らが現在どう考えていて、これからどう動くか」だけでなく、「市場の参加者が政策について現在どう見ているか」を把握することが同じくらいの重要性を持つことに注意が必要だ。

 率直に言ってこれらは難しいことだが、マネー運用自体が簡単なことではないのが現実なのだから仕方がない。時に不正確だが、「わかりやすいこと」ばかりを伝えて、マネー運用は簡単だと読者を勧誘するよりも、難しい点については、はっきりと「難しい」とお伝えしておく方が誠実だと筆者は考えている。

第2条
長期的な運用から
大きく逸脱するな

 多くの投資家にとって、アベノミクスがフォローの風として「当面」吹き続けることは期待してよさそうに思う(外れても責任は取らないが)。しかし、「当面」が具体的に「いつまで」なのかがわからないことには、注意が必要だ。

 よく分散投資された運用であっても、株式などのリスク資産に投資する場合、1年で資産の3分の1程度の損が発生する可能性は絶えず頭に入れておく必要がある。

 たとえば、金融資産を1000万円持っている人がいて、運用での損として許容できる額は200万円が上限だと思うなら、リスク資産に投資していいのは600万円までだ。

 定期収入のある元気なビジネスパーソンなら、借金しない範囲であれば、当面使わないお金のほとんどをリスク資産で運用しても問題ないことが多かろうと思うが、投資対象には注意が必要だ(たとえば、運用の中身が完全にはわからないものや、1週間以内に必ず換金できるものでないものはダメ)。

 仮に、1000万円持っている人が、通常の投資環境でリスク資産に500万円投資してもいいと思うとしよう。

 この人の場合、アベノミクスで好環境が続くと見て、より強気になるとすれば、せいぜい600万円に100万円ほど投資を増額するくらいが「ほどほどの上限」だろう。逆に、明らかなバブル崩壊時を除いて、400万円くらいのリスク資産への投資ポジションは維持しておく方がいい。

 自分の好環境・悪環境の判断能力を過信してはいけない(専門家を含む他人の判断を信じるのはもっといけない!)。

 資産運用は、資本を通じた生産活動への参加が本質なので、原則として長期的に継続することが有利な活動だ。「長期的に適切」と考える運用から、大きく逸脱しない方がいい。チャンスだ、ピンチだ、という、たかだか自分の判断に過剰反応してフォームを崩さない方がいい、ということだ。

第3条
流動性(換金性)を重視せよ

 銀行預金や上場株式、投資信託などは、例外的な状況を除くと、1週間以内に換金できる。普通のビジネスパーソンの資産運用は、こうした換金性の高い金融商品で行うべきだ。

 未公開株、ビジネスへの投資(和牛にとか、最近では、米国の医療債権に投資するとか)、プライベート・バンクやヘッジ・ファンドを標榜する資金運用、現物の不動産への投資などは、素人が真贋を判断することが難しいし、いざというときに自分のお金が使えない。

 換金性と透明性の高い普通の商品は誰でも投資できるので、こうした商品への投資では「うまい儲け話などないのではないか!」と思う人がいるかも知れないが、そもそも「うまい儲け話」はなかなか存在しないし、存在しても他人に提供されるはずがない。

 まして、まともな金融業者なら、自分で資金調達して自分で投資する。他人に教えたり、手間とコストをかけて資金を募ったりしない。

 また、運用資産の換金性を確保しておくと、無駄な生命保険(医療保険を含む)を節約できることも好ましい。

 子どものいる若い夫婦が、10年間か20年間掛け捨ての死亡保障の生命保険に加入する(ネット生保の保険料が安い)ケースを除き、生命保険は通常不要だ。もっと正確にはっきり言うと、入らない方が得だ。

 また、がん保険を含む医療保障の保険も健康保険に入っていれば不要だ(高額な医療費は健康保険の「高額療養費制度」でカバーされる。知らない人は即刻検索されたし)。後者は、おそらく、「5000円の医療費を1万円で買う」というくらいの大損になっているはずだ。

 保険の節約のためにも、備えになる資金を早く蓄えることと、運用資産の換金性を心がけたい。

第4条
分散投資を心がけよう

 資産クラス・レベルの分散投資は、内外の株価が同方向に動く傾向が強まって、最近効果が低下しているが、効果が全くなくなったのではない。

 リスク資産部分の投資配分は、たとえば、「国内株式50%、外国株式50%(基本は先進国株式。ただし、外国株の半分まで新興国株式を買ってもいい)」をお勧めする。内外株の比率は、40%対60%、あるいは60%対40%くらいまでの範囲でアレンジしても構わない。細かい比率の狂いは気にしなくていい。

 一般論としての分散投資にあっては、内外資産の分散投資だけでなく、株式と債券、特に長期債との分散投資が有力な方法の1つだ。不景気になると株価は低迷する傾向があるが、長期債の利回りは低下して債券価格が上がるので、投資パフォーマンスが良い。

 しかし、「アベノミクス時代」である今、長期債の金利は10年国債で0.6%前後まで下がってしまい、低下余地が乏しい。一方、やがて景気が回復し、物価が上昇すると、長期金利は上昇するだろう。

 つまり、これからの長期債投資は「割りが悪い」公算が大きい。また、他の先進国の長期債利回りも歴史的低水準である。

 また、アベノミクスのゼロ金利政策の下で、プロが運用しても短期資金の利回りはほぼゼロなので、個人が銀行の普通預金でほぼゼロ金利の下で資金を安全に預けておき、カードの決済などにも使えるという条件は悪くない。

 一般論の状況ではなく、「アベノミクス時代」限定でだが、「債券」をリスク資産に入れて分散投資を考える必要はない。

 元本割れのリスクを一切取りたくない「無リスク資産」部分は、「1人、1行、1000万円」の預金保険の上限までは銀行預金で問題なく、これを超える金額を安全かつ無難に預けておける先としてはMRF(マネー・リザーブ・ファンド)か個人向け国債(10年満期の変動金利タイプ)をお勧めする。

 なお、信用リスクを判断することは難しいし、個人の資金では大規模な分散投資を行うことは難しいので、少々の金利アップを狙って、社債など信用リスクのある債券に投資することは止めておく方がいい。

第5条
実質的な手数料コストで
運用商品を絞り込む

 運用会社や金融機関にとっては知られたくないことだが、顧客である投資家にとって手数料は、リスク・ゼロで確実に実現するマイナス・リターンだ。

 同内容のリスクを取る金融商品を比較する場合、「実質的な手数料」(1年当たりで計算する)が高い方の商品は劣るので、検討に値しない、というのが金融商品選択の大原則だ。

 たとえば外貨預金は、アベノミクスで円安になるなら良い運用商品だと思うかも知れないが、個人の小口の資金の場合為替の手数料が、外貨建てMMFやFX(外国為替証拠金取引)を利用した外貨調達よりも大幅に不利であり、はっきりダメな運用商品だ。

 外貨で預金を持つとスマートだと思ったり、預金だから投資信託などよりも安心だと思ったりして外貨預金を持つのは、金融の世界では悪い意味での「田舎者!」だ。

 同様な意味でダメな「はじめから検討に値しない金融商品」は、通貨選択型を含む毎月分配型の投資信託、個人年金保険(投信に似て、投信よりも劣る商品だ)、仕組み債券、仕組み預金、ラップ口座、プライベート・バンク及びヘッジ・ファンドのほとんど、そして大半のアクティブ・ファンドなど多数ある。

 消去法的に、リスクを取る運用商品では、上場株式、インデックス・ファンドなど少ない種類の商品が「投資する候補にしてもよい商品」として残ることになる。これらは同時に、毎日の時価評価の価格がインターネットや新聞でわかる「透明性の高い金融商品」でもある。

 問題は、市場平均のパフォーマンスを上回ることを目的に運用されているアクティブ・ファンドと呼ばれる種類の投資信託だが、日本で投資できるファンドはそのほとんどが運用手数料(投資信託では「信託報酬」と呼ぶ)が高すぎて、候補に入らない。

 本当に市場平均を上回るアクティブ・ファンドを事前に選んで投資することができれば、アクティブ・ファンドも投資対象の候補に入る可能性があるのだが、(1)アクティブ・ファンドの平均は市場平均に負けている、(2)相対的に運用成績の良いアクティブ・ファンドを事前に選ぶことはできない、という2つの重い事実(筆者は「運用業界、2つの不都合な真実」と呼んでいる)の前に、これは無理なのだ。

第6条
借金して投資しない

 アベノミクスがバブルに育つ可能性は小さくない(注:現在はまだバブルではない)。その場合、株価は上がり、不動産価格も上がる。すると、「自分も儲けなければ損だ」と慌てて、ローンを組んで不動産を購入したり(投資用でなく自宅用でも理屈は同じ)、借金や信用取引をして株式投資額を増やしたりする人が少なからず現れるだろう。

「借金による投資」は、一面では景気回復とデフレ脱却につながる信用拡大のために「マクロ経済的には」好ましいことなのだが、個人にはしばしば大きすぎるリスクにつながり、結果的に大きな損失に繋がる可能性がある。

 バブルは端的に言って、多くの人が借金して投資するから起こる現象だ。借金(信用)の拡大の故に平素よりもリスク資産を「高く」かつ「多く」買うことができてバブルが起こるが、借金でつくったポジションは弱いので、長くは保たない仕掛けになっている。

 投資家にとってのアベノミクスの追い風がいつまで続くのか、株価や為替レートがどこまで行くのかは、残念ながら正確にはわからないが、投資によるリスク・テイクを「借金をしない範囲」に止めておくなら、将来の環境変化の影響を十分吸収できる場合が多いのではないだろうか。

 株価も不動産価格も、好環境では高い価格が形成される。そして環境が悪化したときには、好環境下の価格が下落する可能性は小さくない。資産運用は長期にわたる作業だし、特に現物の不動産は流動性が低いし、意思決定も売買も「売り」が難しいので、長期的な保有を前提に考える必要がある。

第7条
お金の運用では
他人の判断を信用しない

 これは、「アベノミクス時代」であってもなくても、最重要な原則だ。先ほど書いたように、真にうまい話(リスクの割に期待リターンが高い、有利な投資機会)は、他人、まして損得に敏感な金融業者が他人に教えるはずがない。

 少なくとも、金融機関のセールスマンの話をそのまま信じてはいけない。また、多くの詐欺的な運用損失事件で明らかなように、詐欺的な業者は、顧客の口コミを意図的に利用するし、ときには、初期の顧客には儲けさせるようなこともする。友人や知人であっても、口コミを信じてはいけない。(もちろん、筆者のような経済評論家を含む専門家に対しても、「信じる」のはいけない!)

 運用は「マーケット」という大きなゲームの場で行う真剣勝負だ。これは、資金が大きくても小さくても同じだ。このゲームは、他人を頼らず、自分の損得計算のみを頼りにプレイするべきゲームなのだ。

 幸い、わからないときには「パス」すればいい。運に左右される結果論は別として、セールスやお勧めを断ること自体が意思決定として誤りだというケースは滅多にない。

 

【最終回】 2013年5月8日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
個人のマネー運用で守りたい5原則
「マネー経済の歩き方」というタイトルの下で、10年以上記事を書かせてもらった。残念なことに連載の最終回だ。連載の最後に当たり、自らマネー運用を行っている読者のために、今後長く通用する資産運用の心得5カ条をお届けしたい。

 第1条 余計な手数料を払うな。

 金融業者に払う手数料は「確実なマイナスリターン」だ。「国内株式」「外国株式」のように、同じ資産クラスに投資する商品同士を比較した場合に、「手数料が高いけれども、運用がうまい」という商品は、事前には見つけることができないのが現実だ。

 手数料には、商品の購入時にかかる販売手数料と、運用期間中にずっとかかる手数料(投資信託では信託報酬)の2通りある。両方を合わせて1年間にかかる手数料が運用額の1%を超えるなら「高過ぎる!」と認識しよう。

 第2条 リスクの集中を避けよ。

 効率がいいと思う資産に投資を集中したくなるのが人情だが、分散投資の有効性を軽視しないほうがいい。特に、株式に投資する場合は、業種の分散も含めて、投資対象を分散するほうがいい。プロのファンドマネジャーの仕事をしていても、分散投資のおかげで窮地に陥らずに済んだと思う場合が時々ある。分散投資は投資家自身の努力でできる投資内容の改善だ。

 第3条 金融マーケティングを解毒せよ。

 運用商品のマーケティングは、年々巧妙になっている。投資理論には、行動ファイナンスと呼ばれる心理学を応用して投資家の非合理的な行動を研究した分野があるが、近年、これが運用商品の開発や商品の売り方にあって、投資家から見ると「悪用」されているように感じる。

 例えば、毎月分配型の投信は、年1回分配の投信よりも、課税が早まる分だけはっきり損なのだが、分配金が頻繁にあることの刺激の心地よさや、過去の分配金の安定を運用全体の安定性と誤認するような心理などに影響されて、金融リテラシーの低い投資家(高齢者が多い)によく売れている。

 運用商品の購入にあっては、気分の上での納得ではなく、数字を計算した上での冷静な損得判断が重要だ。また、損得を自分で正確に計算できない商品は購入を見送る勇気が必要だ。そもそも、異例に有利な運用ができるなら、金融業者がこれを他人に紹介するはずはない。運用商品の購入を見送るのが損になることはほとんどない。

 第4条 長期的に妥当な運用から逸脱しないほうがいい。

 ここしばらく、いわゆる「アベノミクス」の効果で株式投資や外貨資産への投資が報われているのは、結構なことだ。経済政策としてもおおむね適切だ。思うに、当面の投資環境も悪くあるまい。

 しかし、多くの人に「よい投資環境」が認識されれば、株価などの市場価格は、これを織り込んでしまい、その後の変化は、新しく発生する情報のみに影響される場合が多い。端的に言って、自分の相場観を信じ過ぎないほうがいい。環境がいいと思う場合も、悪いと思う場合も、「長期的には、このような運用がいい」と思われる運用からは大きく逸脱すべきでない。

 第5条 お金の問題では利害のある他人、特に金融マンや運用商品を紹介するFP(ファイナンシャルプランナー)を信用するな。

 あまりにも多くの場合、真に怖いのは、マーケットのリスクよりも、利害をもって関わる「人間」だ。他人を簡単に信用するな。

 長年のご愛読、ありがとうございました!


 

http://diamond.jp/articles/print/35550 
【第9回】 2013年5月8日 鶴井宣仁 [三菱総合研究所 研究員]
「ゆとり世代」の消費を読み解く(3)
その商品は友人に薦められるものか?
“共感を元にした口コミ”が流行を作り出す
――三菱総合研究所研究員 鶴井宣仁
第2回コラムでは、“若者たちの就業状況と生活満足度”を切り口として、彼らが消費に求めているニーズを深堀りした。そして、彼らの消費ニーズは「実感できる価値」だとして、「ゲーミフィケーション」による彼らへのアプローチについて取り上げた。ゆとり世代コラムの最終回となる今回は、彼らのインターネットを通じた慈善活動から、ゆとり世代の口コミ事情を明らかにしていく。mifから見ることができる彼らの特徴は“共感を元にした口コミ”を重視する姿である。

デジタル世代の
インターネットを使った慈善活動

 ゆとり世代は、教育課程でのボランティア教育が本格化された世代である。

 彼らの社会への貢献意識は高い。図表1は内閣府が実施している「社会意識に関する世論調査」の結果である。20代における「何か社会の役に立ちたい」と思う人の割合は、1990年から2005年まで5割前後で推移していたが、2006年以降の近年では増加傾向が見られる。ボランティア教育の導入によって、若者の社会貢献意識が高まり、これがゆとり世代にも継承・定着してきている。


 mifでも他世代に比べて慈善意識が高いゆとり世代の姿が見えてくる。「周囲の人を助けたい、面倒をみたい」、「他人が必要としていることに対応したい」に「とてもそう思う」と回答する割合が最も高く、かつ非就業者を対象とした「今後、社会貢献できる仕事をする」といった設問でも、「そうしたい」との回答が全世代で最も高い値を示している。


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 また、この世代の特徴として、コンピュータリテラシーが高い点が挙げられる。ブログやtwitter、SNSから情報発信を行うかについて見ると、彼らの利用比率が非常に高い。物心がついたときにはブロードバンド環境が整備され、ケータイやパソコンのある生活の中で成長してきた世代であり、デジタルネイティブと呼ばれる所以であろう。


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 高い慈善意識を持つデジタルネイティブの彼らは、上の世代が考えつかないようなボランティア活動を生み出している。例として、東日本大震災時の非公式節電キャンペーンを取り上げてみよう。

 2011年3月に起きた東日本大震災の影響により、東京電力は電気の供給能力が不足する恐れがあると発表し、節電への協力を呼びかけた。それを受けて、インターネット上では節電を呼びかけるために、有志による「ヤシマ作戦」と呼称した節電キャンペーンが草の根運動的に広まった。「ヤシマ作戦」という名称は、若者層を中心に人気を博しているアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)に由来している。社会への貢献意識が高まりつつあった若い世代において、インターネットという媒介が“共感を元にした口コミ”を拡散させ、「ヤシマ作戦」の流行に繋がったのであろう。

“共感を元にした口コミ”はボランティアのみならず、彼らの行動原理を理解する際に重要となってくる。次項では、購買行動時に参考とする情報について整理を行った。

購買行動時に
口コミを重視するゆとり世代

 各世代が購買行動時に参考とする情報について、図表4に示す。ここでは、アパレル品や家電・パソコンを購入するケースについて整理した。

 ゆとり世代は「テレビCM」、「新聞広告」や「ダイレクトメール」といった従来の企業発信型の情報を参考としない傾向にある。その一方で、他世代と比較して高くなっているのが、インターネットを介した口コミ型の情報である。この傾向はアパレル品と家電・パソコンのどちらでも変わらない。


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 その背景には、各情報源に対する信頼度が影響しているようだ。図表5に各世代のメディア信頼度を示した。


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「テレビ」、「新聞」や「インターネットの企業・官公庁サイト」といった企業発信型メディアは若い世代ほど信頼度が低い。金銭関係が絡むメディアからの情報は鵜呑みに出来ないという不信が、物品購入時の参考情報とさせないのではないか。

 一方、「インターネットの個人のホームページ(ブログ、twitter等含む)」は若い世代ほど信頼度が高い。利害関係が絡まない第三者からの意見は信頼出来るとの判断が、物品購入時に友人・知人を介した口コミ型の情報を重視させるのであろう。

 近年、金銭授受を伴うステルスマーケティングを行ったアルファブロガーに対して、若者が強い拒否反応を示しているのは、この口コミ型の情報の信頼性を揺るがせるものであったからだろう。信頼出来ると判断した第三者の意見がそうでなかったと分かった時、若者は背信行為だとその行為を強く批判するのだと考えられる。

 購買行動時に個人が発する口コミを重視、共感し、影響を受ける若者たち。そんな彼らに供給者はどう対応すればよいのか。次項で整理する。

“友人に薦められるかどうか”で
商品・サービスを評価する

 口コミの評判を重視する若者たち。彼らを対象とするマーケティングでは、その商品・サービスの友人への推奨意向を評価することが重要になると考える。友人への推奨意向を測ることで、その商品・サービスのコンセプトが若者に真に好意的に受け入れられているかどうかを把握することができるだろう。

 サービスの推奨意向を上げ、若者のポジティブな口コミから流行を引き起こした例が、足元好調なガンホー・オンライン・エンターテイメント配信のiPhone用およびAndroid搭載スマートフォン用ゲームアプリ「パズル&ドラゴンズ」(略称パズドラ)である。

 ガンホーの株式時価総額は、パズドラの大ヒットにより4月25日終値ベースで1兆0699億円と1兆円の大台を突破。同日時点で東京株式市場80位となり、79位のイオン(1兆1118億円)に次ぐ規模となっている。

 パズドラが成功した要因は多数挙げられているが、そのうちの一つにユーザーに優しいマーケティング方針がある。すなわち、無料でもずっと楽しめるように設計し、ユーザーの継続率を重視したのである。こういったユーザーフレンドリーな運営方針は若者を中心としたユーザーに好意的に受け取られ、ポジティブな口コミが生まれることとなった。

 口コミについて、ガンホーでパズドラを担当しているプロデューサー山本大介氏は以下のように述べている。「twitterで勧誘の定型文をつぶやかせるようなことは絶対にしない」、「ソーシャルゲームでは口コミが非常に有効ではあるが、そういった作られた口コミでは逆効果にしかならない」、「面白いから友達誘いたい!と思ってゲーム紹介してもらう」。いずれも従来のソーシャルゲームのスタンスとは一線を画している。

 つまり、形だけでない真なる推奨者の比率を上げることに腐心し、若者の間でのポジティブな評判の醸成を狙ったものとなっている。ネットプロモータースコア(NPS)(注) の向上とテレビCMなど既存マスメディアへの効果的な投資も相まって、4月28日現在、パズドラのダウンロード数は1300万件(公式発表)となり、爆発的な流行を引き起こしている。

 若者が流行を生み出す時には、彼らの高いNPSが裏側に存在する。言い換えると、友人に薦めたいと思える商品性が、ポジティブな“共感を元にした口コミ”を拡散させ、彼らの消費に火をつける鍵となるだろう。

(注)NPSとはフレデリック・ライクヘルド氏が提唱する顧客のロイヤルティを測る指標のひとつであり、他者への商品・サービス推奨意向を定量化するもの。回答者を「推奨者」「中立者」「批判者」の3グループに分類し、全体に対する推奨者の割合(%)− 批判者の割合(%) で求める。

今後のゆとり世代への
マーケティング

 本コラムではmifの様々なデータから、ゆとり世代の消費について見てきた。

 ここから見えてくるのは、ケータイやSNSがもたらした「友人の眼を意識した繋がり」と、“実感”や“共感”などの「感覚への訴求ニーズ」である。

 ゆとり世代の彼らは、現在17〜26歳。足元の消費規模はシニア市場(コラム1〜3回)、成長性は女性市場(コラム4〜6回)に劣後するかもしれない。しかし、今後、徐々に社会に進出し、様々なライフステージを迎え、消費の一翼を担う世代となるのが彼らである。@「協調の中にある個性」、A「実感できる価値」、B「共感を元にした口コミ」といった彼らならではの消費行動や消費特性を踏まえた商品・サービスの開発・投入が望まれる。


 

女性を活用する企業は収益性が高い

女性の参画と成長戦略〜アベノミクスの中間評価(その3)

2013年5月8日(水)  小峰 隆夫

 このシリーズでは、現在検討中の成長戦略の中で、私が重要だと思うポイントを順次取り上げている。今回は女性の参画という点から成長戦略を考えることにする。

 安倍総理は、4月19日の記者会見で、女性の活躍を成長戦略の中核と位置付けるという方針を明らかにし、「女性の中に眠る高い能力を、十二分に開花させていただくことが、閉塞感の漂う日本を、再び成長軌道に乗せる原動力だ」と述べている。この基本認識は正しいと私も思う。

 この基本認識がどんな成長戦略として結実していくのかはまだ不明だが、総理のスピーチなどからは、次のような政策が検討されているようだ。

 第1は、待機児童の解消である。総理は、2013、14年度の2年間で、20万人分の保育の受け皿を整備し、さらに、保育ニーズのピークを迎える2017年度までに、40万人分の保育の受け皿を確保して、「待機児童ゼロ」を目指すとしている。

 第2は、育児休業期間の延長である。総理は「3歳になるまでは男女が共に子育てに専念でき、その後に、しっかりと職場に復帰できるよう保証すること」が必要だとし、4月19日の経済3団体との会談で、自主的に「3年育休」を推進するよう要請したという。この点は後でコメントする。

 第3は、企業に女性の登用を呼びかけることである。総理は、同じく経済三団体との会談で、全上場企業において、役員に、1人は女性を登用するよう要請したという。

 いずれも具体的な取り組みはこれからであるので、以下では、「女性の参画と経済成長」という観点から私の基本的な考えを述べ、上記の政策の一部についてコメントを加えてみたい。

女性がこれからの経済を変える

 私は、現在研究顧問を務めている日本経済研究センターで「女性が変える経済と金融」という調査プロジェクトに参加したことがある。この調査は、「女性がこれからの日本経済を変える」「女性の力を活かすことこそが、日本経済活性化の鍵を握る」というメッセージを伝えようとしたものである(その成果は、『女性が変える日本経済』日本経済新聞出版社、2008年、として刊行されている)。

 この調査報告の中から、主なポイントを3つ紹介しよう。

 第1のポイントは「女性がこれからの経済を変える」ということである。この点については、私にはかなり確信がある。私の経験則に基づいているからだ。その経験則とは「他の先進諸国と比較して、日本だけが異常な状態にある場合、その異常性は次第に解消され、他の先進国並みの姿に回帰していく」というものである。

 これを私は「追いつき効果」と呼んだのだが、この効果の程度は、現時点での日本の女性の経済活動への参入度合いが国際的にみてどの程度低いかに依存する。この国際的な乖離が大きいほど、追いつき効果は大きく、そのスピードも速いはずだ。

 そこで女性の参画状況を国際比較してみると、日本の状況はかなり立ち遅れている。これを「社会的意思決定への参画」「就業を通じた参画」という2つの側面で見てみよう。

 意思決定への参加度合いを示す指標としては、国連開発計画(UNDP)「人間開発報告書」がGEM(ジェンダー・エンパワーメント指数:Gender Empowerment Measure)という指標を公表している。これは、国会議員や管理職に占める女性の割合などを合成し、指数化したものである。2009年版の結果によると、日本は、測定可能な109カ国中57位となっており、先進国の中では異様に低いレベルにある。

 ただしこの指標は、2009年以降は作成されていないので、最新の状況を見るために、もう一つ、ワールド・エコノミック・フォーラムが作成している「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」を見よう。これは、女性の雇用分野での地位、教育・健康水準、政治への参画などについての指標を合成したものなのだが、最新の2012年のレポートによると、日本は135カ国中101位である。先進国中のほぼ最下位(ただし韓国は108位)である。

 次に、労働市場への参入状況を見よう。労働市場における男女の参画度合いを総合的に示すのは「賃金総額の男女比」である。なぜなら、賃金総額の差は「就業者数の男女差」「労働時間の男女差」「時間当たり賃金の男女差」を総合的に示しているからだ。前述の日本経済研究センターの研究によると(やや古いが)2005年時点で、日本では、女性に支払われた賃金総額は男性の38.2%に過ぎず、これはわれわれが調査した先進国中最低である(例えば、ノルウェーは73.7%)。

 こうなるのは、(1)女性の就業者比率が相対的に低いこと、(2)女性の労働時間が短いこと、(3)時間当たり賃金の男女差が大きいこと、という3つが重なっているからである。詳しい分析は省略するが、特に(3)の賃金格差が最も影響しているようだ。

 以上、私の経験則に従えば、現時点において、日本の女性の経済・社会分野における参画度合いは、他の先進諸国と大きなギャップがあるのだから、追い付き効果がフルに発揮されれば、今後日本の女性の経済社会への参画は急テンポで進むはずだ。

 仮に、GDPもこの男女比で担われているとすると、日本の女性がノルウェー並みに労働市場に参画していくと、日本のGDP、1人当たり所得は23%も高まる計算になる。これは、女性が進出していけば、それがそのまま経済全体の所得増になるというかなり乱暴な計算だが、これを見ても、成長に対する女性の潜在的寄与力がいかに大きいかが分かるだろう。

女性の力を活かしていくことは経済を元気にする

 前述の経験則は、自然な流れとして女性の参画が進むというものだった。しかし、それだけではない。女性の力を活かしていくことは、日本経済にとって「必要なこと」であり、「良いこと」であり、「積極的に推進すべきこと」なのだ。この点を「マクロ的な観点」と「ミクロ的な観点」で見よう。

 マクロ的な観点では、人口変化との関係で女性の力を活かしていくことは不可欠である。この点は本コラムで何度も触れているので詳しくは説明しないが(例えば、「人口変化はこれからの経済成長にどう影響するのか」2012年7月18日を参照)、日本は今後「人口オーナス(人口に占める働く人の割合が低下する現象)」の重荷を担っていかなければならず、労働力の制約が成長を制約する。すると、この人口オーナスによる労働制約を克服することが成長戦略として重要なポイントだということになる。そのための手段としては、まずは女性の労働力率を高めていくことが有効だ。

 日本の女性労働力率は、20歳代後半前半から30歳代後半にいったん低下し、子育てが一段落した後再び上昇するという「M字カーブ」となっている。しかし、例えば、スウェーデンではこのM字のくびれがほとんどない。つまり、日本もスウェーデンのようにM字のくびれがなくなれば、かなりの労働力人口が生み出されることになる。

 簡単な計算をしてみよう。今、性別・年齢別の労働力率が2010年時点のままで推移したとする。すると、人口オーナスが進むので、労働力率人口は、2010年の6552万人から、2030年には5662万人へと890万人も減少する。この場合、働く人とそれ以外の人の比率は、2010年の94.1(働く人を100としている)から2030年には103.5へと上昇する。

 次に、日本の女性の年齢別労働力率が、2030年にはスウェーデン並みにまで高まったとしよう。すると、2030年の労働力人口は6118万人となり、働く人とそれ以外の人の比率は88.3となる。今度は、この比率はむしろ低下している。つまり人口オーナスは消えてしまうのだ。もちろん、スウェーデン並みの労働参加率を実現することは簡単ではないが、女性参画の力がかなり大きいということは分かるだろう。

女性活用と企業の収益性は正の関係に

 なお、ここまでは単に女性の参画を「頭数」で考えてきた。しかし、「労働の質」も重要である。この点では、日本では子育てが一段落した後、労働市場に再参入してくるのは相対的に低学歴の女性という傾向がある。簡単に言えば、大卒女性の方が専業主婦になる確率が高いということだ。これは、後述する日本的な働き方の下では、途中で参入してくる女性には低賃金・低スキルの仕事しかないということによるものと考えられる。

 仮に、学歴が高い労働者が生産性の高い高度人材だと考えると、日本ではその高度人材がせっかくの高等教育を活かすことができず、家庭に閉じこもっているということになる。こうした高度人材が労働市場に出てくるようになれば、頭数以上に供給力が高まるはずである。

 次にミクロ的な観点から見よう。前述の日経センターの研究では、次のような分析を行っている。まず、企業にアンケートして、女性の活用度合いを把握する(正社員や管理職に占める女性比率など)。次に、財務諸表で企業の経営状況を調べ、両者を突き合わせてみる。すると、女性を活用する度合いの高い企業ほど企業の収益性も高いという関係が表れる(統計的にも有意)。

 これは特にオリジナリティーのある分析ではなく、海外でも、国内の同種の調査でもほぼ同じ結果が得られている。「女性の活用度合いと企業の収益性の間には正の関係がある」ということは、ほぼ確立した命題となっているのである。

 ただし単に2つの指標の関係を見ているだけなので、因果関係については分からない。これについて、われわれの研究では2つの理由を提示している。

 1つは、女性が参画することにより、すぐれた商品、サービスの開発が可能になるということだ。現代の成熟社会では、単に効率的な生産を行うだけではなく、他の企業との差別化を図りながら、消費者に新しい意味をいかに提示していくかが求められている。すると、女性も含めた多様な視点で開発を進め、意思決定をしていくことが必要となるはずだ。

 もう1つは、女性が辞めないで働き続ける企業は、要するに働きやすい職場を持つ企業なのだから、女性だけでなく男性にとっても働きやすい企業である可能性が高いことだ。いわば、女性がどの程度いるかが、職場環境の良好さを示すシグナルになっているというわけである。

女性の力を活かすことは構造改革の一環

 第3のポイントは、女性の社会参画を促すには、特に働き方の構造改革が必要ということだ。この点は、既に本コラムで述べたことがある(「人口オーナスへの対応を阻む長期雇用、年功賃金」2012年10月17日を参照)。

 要すれば、(1)長期的雇用慣行の下では、男性がコア労働力になりやすいこと、(2)年功賃金が支配的であると、パートの賃金は相対的に低くなること、(3)長期雇用を前提としているため、残業、転勤、企業同士の接待など、企業に拘束される時間が長いことなどが、女性の参画を阻んでいるということである。

 ここでやや気になるのは、最初に述べた総理の女性のための政策の中にある、育児休業期間を3年に延ばすという方針だ。働き方をそのままにして、育児休業を3年にすると、企業にとっては女性を雇用することのコストが高くなるから、これまで以上に女性がコアの労働力から排除されてしなう可能性がある。

 なお、話が逸れるが、「3年の育児休業」というアイデアの背後には、もしかしたら「生後3年は母親の下で育てるのが望ましい」という考え方があるのかもしれない。政治家の中には、この考え方の信奉者がかなり多いからだ。

 余談だが、私は2006年2月に参議院の「少子高齢社会に関する調査会」に参考人として出席して意見を述べたことがある。この時ある議員(女性)から「女性の就業と子育ての両立ということを私はずっと疑問に思ってきた。子供は3歳になるころまでは、母親の元で育てるべきであり、その点がいい加減になってきたことが最近の非行や学級崩壊などの現象を生んでいるのではないか」という趣旨の質問を受けたことがある。

「三歳児神話」は無意味な罪悪感を持たせるのでは

 これに対する私の答えは次のようなものであった。「私の考えは、結婚とか子育て、家族、こういった形態にも多様なものがあっていいのではないかというものです。(中略)子供の育て方も、専業主婦として手元で育てたいという人がいればそうすればいいし、キャリアを維持しながら子供を育てたいという人は、それができるような環境を整えるべきだと思います。その結果、家族で育てた場合の子供と保育園で育った子供、または母親が3年間手元に置いた子供とそうでない子供というのは、私は余り差がないと思います。どちらで育てても、ろくでもない子供が出る可能性もあるし、立派な子供が育つ場合もあるのだと思います」

 こうして議事録を読み返してみると、一介の学者による国会の場での発言としてはかなり無愛想なもので、今にして思えば「もう少し議員の立場を考慮した丁寧な応答ぶりもあったのではないか」という気がしないでもないが、要は「子育てにとって両親の愛情が重要であることは間違いないが、それは保育園か家庭内かという形式的な問題によって決まるのではない」ということを言いたかったのである。

 この点について私は専門家ではないが、恵泉女学園大学の大日向雅美教授は、こうした考えは「三歳児神話」とも呼ぶべきものだとしている。同教授は、この子育て感が広まったのは、高度成長期以降であり、そうなったのは、夫が働き妻が家事・育児という役割分業が当時の社会体制の下では合理的だったからだとし、実証的にも裏付けはないとしている。

 これが正しいとすると、三歳児神話の存在は、子供が3歳になる前に働き始める女性に無意味な罪悪感を持たせ、女性の職場復帰をためらわせる役割を果たしていることになる(小峰隆夫、連合総合生活開発研究所編「人口減・少子化社会の未来」明石書店、2007年所収の大日向雅美「少子化と子育て支援」による)。

 正しい診断に基づいて、女性にとっての仕事と子育ての両立支援策を講じることが必要であり、それが行われれば、女性の力が日本経済を救うこともありうるのだ。


小峰隆夫の日本経済に明日はあるのか

進まない財政再建と社会保障改革、急速に進む少子高齢化、見えない成長戦略…。日本経済が抱える問題点は明かになっているにもかかわらず、政治には危機感は感じられない。日本経済を40年以上観察し続けてきたエコノミストである著者が、日本経済に本気で警鐘を鳴らす。


 

 


能力が「自己責任」なら、成果主義は理にかなう

「不公平感」を経済学から考える

2013年5月8日(水)  林 貴志

 「経済学者というのは効率にしか興味がない冷たい人達である」と一般には思われている――。…というのが経済学者側の被害者気取りなのか、実際の大方の見方なのかは定かでない。だが、印刷物やインターネット上で書かれていることを見る限りでは、「どうやらそう思われているらしい」ということを話の端緒にしてもまあ許されるかと思う。

 経済学者に言わせれば、それは「信仰」を持ち出した議論には加わらないという「自己抑制」ということになるだろう。だが、資源配分の「効率性」=「交換によって互いに得できる機会を利用し尽くしていること」それ自体は、誰がどれだけ得するべきかについて何も語っていない。

 例えば、ある1人が資源を総取りした場合でも、そこから交換によって互いに得できる余地がないのだから、定義上は「効率的」ということになってしまう。したがって、我々が漠然と「常識」として受け入れているものがいかなる「信仰」に基づいているのかを明らかにし、その論理的な関係と両立可能性を調べ、議論の共有を助けることが求められる。現代の厚生経済学の職分はまさにそれだ。

 そこで本稿では、厚生経済学が公平性の概念についてどう整理しているかを紹介したい。もちろん、何が「公平」かというのはつまるところ「納得」の問題なので、「正解」あるいは「経済学的に正しい」公平性概念などというものはあり得ない。筆者もみんなが納得しながら現場で使える公平性の指標を提供しようとしているのではないし、それはそもそも無理な話だ。もはや陳腐な表現だが「考えるヒント」になれば幸いだ、という程度である。

「等しく幸せ」をどう判断する?

 ある事態が公平か否かというのは、「誰が何に対して責任を負うか」に依存する。例えば、各人が交換前の持ち分に対して全面的に責任を負うと考えるならば,各人が自分の持ち分を所得の再分配なしに「自由」に処分できる市場経済は「公平」ということになろう。

 一方、手持ちの資源というのは天から降ってきたもので誰のおかげでもないと考えるなら、誰も個人の持ち分に責任を負うことはなく、個人の持ち分は資源配分に際して倫理的に意味のある情報ではないことになる。現実は両者の中間にあると考えるべきだろうが、本稿の性質上、ここでは後者の立場からアプローチしてみよう。

 まず考えられることは、資源をみんな平等に配分することだろう。だが、これは好みや価値観の多様な社会において賢いとは言えない。魚よりも肉が相対的に好きな人も、肉が魚よりも相対的に好きな人もみんな同じ量の肉と魚を食えというのではつまらない。効率的ならばなんでもいいという立場は乗り越えたいわけだが、かといって再配分によって全員が得できるのにそれを許さないというのも残念なことである。

 次に考えられるのは、「みんな同じことをしなくてもいいから,みんな等しく幸せに」というものであろう。だが、「等しく幸せ」ということをどうやって判断するのだろうか?経済学では個人の好みの順序=「あれよりこれが好き」を効用関数という形で量的に表現して扱うが、それは「個人の中での選択肢の相対的な良しあし」を表現するものではあっても、それが人と人との間で「どちらがどれだけ幸せか」を量的に測るものだとはただちに言えない。それを言うには、効用(満足度)は個人間で比較できるという「信仰」を持たねばならない。

 もちろん、我々の直感では確かに「不幸」な人たちも「幸福」な人たちもおり、「いや、そういうことは一概に言えません。人生いろいろです」というのは無責任な態度だと言えるかもしれない。だからこそいわゆる「幸福度」の比較調査が、定期的に新聞の紙面を賑わすのであろう。だが、できるだけそういう「信仰」を持ち出さずに話を進めたい(そのこと自体がある隠れた信仰を隠蔽するものであるかもしれないにしても)、というのが経済学者の思考の癖でもある。

「羨望の不存在」としての公平性とは

 そこで、効用の個人間比較を前提としない公平性概念として考えられたのが、ダンカン・フォレー氏(Foley)が1967年に発表した研究に始まる「羨望の不存在としての公平性」である。ある資源配分においてAさんがBさんを羨むということは、Aさんが彼の受け取るものよりもBさんの受け取るものの方を好んでいることをいう。ここでまず問題なのが、そういう羨望が「正当」なものであるかだが、今考えている原初的状況においては誰も何に対しても責任を負わないのだから、こうした羨望を不当だという理由はないだろう。そして、ある資源配分において羨望がないとは、誰もが誰をも羨むことがないことを言う。

 平等配分においては羨望がないことは明らかであるが、上述のように一般に効率的ではない。では、効率的で、かつ羨望のない資源配分は存在するのだろうか?

 資源をいったん平等に配分したうえでそれらを「競争的」市場(価格を釣り上げたり買い叩いたりする「大口」の市場参加者がおらず、無数の「小口」の市場参加者が価格を所与として受け取る、という意味で「競争的」な市場)で交換させると、その結果は効率的かつ羨望のない資源配分になる。これを平等配分からの競争均衡配分と呼ぶ。

 例えば、難民キャンプで全員が一律に生活物資のセットを受け取ったあとで、各々が好き嫌いに応じてその中身を交換しあう状況を想像してほしい。効率的であることは競争的市場の性質として知られている(厚生経済学の第1基本定理という)。また、交換前の配分は平等なのでその市場価値は全員等しく、全員が同じ予算を持つ。だから、他人が買ったものは自分も買えたのであり、にもかかわらず自分は自分の選んだものを買ったのだから、他人を羨む余地はない、というわけだ。

人は自分の能力に責任を負っているのか?

 では、資源がただ天から降ってくるのではなく、労働によって生産される場合はどうだろうか? こうなると「人は自分の能力に責任を負うのか?」という問題が生じてくる。もし仮に全員が同じ能力を持つならば、余暇の配分を勘定に入れることによって前段の話をそのまま適用できる。そのうえで、ここで許容される「格差」=異なった労働時間によって異なった消費が人々の間でなされることは、「財の消費のためにどれだけ余暇を犠牲にできるか」――例えば8時間の労働で7000円分の消費と12時間の労働で11000円分の消費ではどちらが良いかという好みの問題に帰着される。

 その上で、ある資源配分(ここでは消費と余暇の組み合わせ)において「AさんがBさんを羨む」とは、Aさんが彼の受け取る消費と余暇よりもBさんの受け取る消費と余暇の方を好んでいることをいう。そして、ある資源配分において「羨望がない」とは、誰もが誰をも羨むことがないことを言う。

 この意味での無羨望性と効率性は、先ほどと同じように両立する。例えば、平等配分からスタートした競争均衡配分がそれである。つまり、まずは資源を各人平等に分け(時間はもともと各人平等に与えられているものとする)、企業の所有権(利潤配当を受け取る権利)を平等に分け、その上で市場で自由に交換させればいい。だが、実際問題われわれが悩んでいるのは、人々の間で能力に差異があるからだろう。

能力に差がある場合にはどう考えたら良いか?

 能力に差異があることをどう考えたら良いかは、「人は自分の能力に対して責任を負うかどうか」次第である。当然ながら、人が自分の能力に対して責任を負うのか否かについて私が結論を出すことはできないので、ここではそれぞれの考え方の含意を紹介したい。

 まず、「人が自分の能力に責任を負わない」という立場に立てば、羨望と羨望の不存在の定義は前段と変わらない。だが、この意味での羨望の不存在は効率性と一般に両立しないことがエリシャ・パズナー氏(Pazner) とデビッド・シュマイドラー氏( Schmeidler)による74年発表の反例によって示されている。この反例は、消費のために余暇を犠牲にしたくないがスキルがそれを帳消しにするほど高いAさんと、消費のために余暇を犠牲にしても良いがスキルがそれを帳消しにするほど低いBさんからなる。

 このとき、Aさんは目一杯働き、Bさんは目一杯遊ぶのが効率的なのだが、このとき消費をどのように配分しても、働きたくないAさんが「Bさんはたくさん休めて羨ましい」となるか、働きたい(つまりより多く消費したい)Bさんが「Aさんはたくさん消費できて羨ましい」となるかのどちらかが起こってしまう。こうした場合、効率性と羨望の不存在とのどちらかを諦める必要がある。羨望の不存在を優先した資源配分の研究には、例えばマーク・フレーベー(Fleurbaey)氏 とフランシス・マニク(Maniquet)氏による96年の研究がある。

 では、「責任を負う」という立場に立てばどうなるか。米カルフォルニア大学バークレー校の名誉教授で、グーグルのチーフエコノミストも務めたハル・バリアン(Varian)氏の74年の研究は、各個人が自分の能力に責任を負う想定のもとでの羨望の概念を考えた。

 例えば、AさんとBさんが全く同じ職種(製造業としよう)についており、同じ完成品を作るのにAさんは3時間、Bさんは1 時間かかるとする。また、完成品1つにつき1万円支払われるものとする。このとき、A さんが9時間働いて3つの完成品を作り3万円得て、Bさんは5時間働いて5つの完成品を作り5万円得たとしよう。

 能力に責任を持たない場合は、AさんはB さんが5 時間労働で5万円得たことをうらやんでも、それが「正当」とされる。しかし、もしA さんが自分の能力に責任を持つならば、「Bさんのやり遂げた仕事を自分がするにはどれだけの労働時間が必要か」と考える。そのうえでAさんがB さんと同じ生産をするのに必要とする労働時間は3 × 5 = 15時間である。真に比較されるべきは「5時間労働で5万円」ではなく「15時間労働で5万円」だ。それを踏まえ、Aさんが「15時間労働で5万円」の方が9時間で3万円よりも良いと思うならば、そこで初めて「正当」な羨望とみなされる。これがバリアン教授の提案した羨望概念である。

かけた時間より出した結果で報いる方が「公平」

 この意味で定義された無羨望性は再び効率性と両立する。やはり、前述の平等配分からスタートした競争均衡配分が例えばそれである。つまり、まずは資源を各人に平等に分け(時間はもともと各人平等に与えられているものとする)、企業の所有権を平等に分け、その上で市場で自由に交換させればいい。ただし賃金は、労働時間ではなく生産物に対して支払われる。効率性は競争均衡の性質によって(厚生経済学の第一定理により)引き続き保たれる。また、同一の生産物に対して同一の賃金が支払われるので,各人が自分の能力に責任を負う場合の無羨望性を満たす。

 もちろん、古典的な手工業のように一律に完成品を納入する業態を除けば、「同一の生産物」というものが明確に定義可能であるような業種・業態というのは限られる。より一般的な状況で「同一の生産物」とは何か、「能力」とは何か、従来の厚生経済学はそれを考えるのにはいささか静的に過ぎるきらいがある。それよりも動的な時間とともに人が変化していく環境において(能力というのは当然、生まれと教育と本人の行動が連関して時間を通じて蓄積されるものなのだから)これらを捉えるのが今後の方向性だろうと私は思っている。

 また、繰り返しになるが、無羨望性と効率の両立はつまるところ「納得するかどうか」の問題であって「正解」というものはありようがない。だから、「お前が人を羨むのは経済学的に間違っている」とか「お前が人を羨むのは非合理的である」などという決め付けにお墨付きを与えるようなものでは決してないことは、最後にやはり述べておきたい。

参考文献
[1] Fleurbaey, Marc, and Francois Maniquet. ”Fair allocation with unequal production
skills: The No Envy approach to compensation.” Mathematical Social Sciences 32.1
(1996): 71-93.
[2] Foley, Duncan K. ”Resource allocation and the public sector.” YALE ECON ESSAYS,
VOL 7, NO 1, PP 45-98, SPRING 1967. 7 FIG, 13 REF. (1967).
[3] Varian, Hal. ”Equity, envy, and efficiency.” Journal of Economic Theory 9.1 (1974):
63-91.
[4] Pazner, Elisha A., and David Schmeidler. ”A Difficulty in the Concept of Fairness.”
The Review of Economic Studies (1974): 441-443.5

 

成功しなくても、自信を持つことはできますか?

対談:竹中平蔵×為末大

2013年5月8日(水)  竹中 平蔵 、 為末 大

 元プロアスリートで、著作、ツイートでも幅広い人気を持つ為末大さん。先日行われた東京・アカデミーヒルズでの講演「『自分軸』のつくりかた (講演内容はこちらで順次紹介されています)」のあと、竹中平蔵・アカデミーヒルズ理事長との対談が行われました。「為末×竹中」という異色の組み合わせ、話はいったいどんな方向に向かうのか、お楽しみください。最初に1ページだけ、対談につながる講演内容を抜粋してお読みいただき、2ページ目から対談に入ります。(構成:中沢明子)
 僕は自分の競技人生を振り返ったキーノートを作っています。今日は、それをもとに思いついた約30個のキーワードを見ながら、「個の時代」をテーマに「自分軸をつくる」ということをお話しさせていただきました。


 たとえば「成功=勝利」。僕はアスリートですから、自分にとっての勝利条件を考えると、最初にゴールした人が勝ち、というわかりやすさがあります。でも、引退した今、人生という舞台で考えると、何が勝利か、決めるのは結構難しいものだなと思っています。

 ある人は政治の世界で上がっていくことと言い、ある人はお金持ちになることだと言い、もちろん僕の後輩たちはスポーツで一番になるのが勝利だと言う。それぞれの人生でいろんな勝利がありますが、何か一つに統一してしまうと、実はそれが自分軸を阻害するのではないか。僕は今、そんなことを考えています。というのも、勝利条件を「自分で決める」のは実は難しいと思うからです。何が勝利か。ある程度、引いてみないと、つまり、比較対象がないとわからないのではないでしょうか。

 子どもは成長する過程で「何々ができてえらいね」と褒めてもらえますが、それを繰り返すと子ども心にだんだん「どうもこの方向で自分は抜きん出ていて褒めてもらえるんだ」と気づきますし、逆もしかりです。

 つまり、物心つく前から人間は世の中にある価値観の物差しのなかで生きている。それによって、多くの人が「成功」だと言っているものを僕達は「成功」と信じているんじゃないか。そうしたマジョリティーの評価ってなんだろうな、と思うと同時に、マジョリティーを意識することは、とても重要だと考えるようになりました。

 大多数の物差しをわかったうえで、そこから距離を置くことができるかどうか。視点を引いて見られるかどうか。それが自分軸をつくることの一番の難しさだと考えています。他人との比較で「自分はすごい」と自慢するにも他人がいないとできませんからね(笑)。

 他人からどうしたって離れられない。自分自身を世の中に認めさせたいという思いが強ければ強いほど、世の中が評価するものから離れがたい。

 しかし最終的に、自分自身が満たされる「勝利」や「成功」は、自分軸に沿ったものでなければならないと思うのです。


竹中:為末さん、今、おいくつでいらっしゃいますか。

為末:34歳です。

竹中:私は34歳の頃、為末さんのように深く考えていなかったなあ……。

 「人生は有限だ」とご講演でおっしゃっていましたね。私はもう60歳を超えましたが、60歳近くになってようやく、人生は有限で、その中で自分が本当にやりたいことをもっと大事にしていこうと改めて気づきました。でも、為末さんは陸上競技という極限のスポーツと向き合いながら、ずっとそうしたことを考えてこられた。

 それで、勝利、成功という言葉に関連する質問ですが、人生を語る時、やはり、「幸せかどうか」という概念は重要なポイントだと思います。為末さんはどのように「幸せ」を位置づけていらっしゃいますか。


為末 大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。日本では未だに破られていない男子400mハードルの記録保持者(2001年エドモントン世界選手権 47秒89)。また、2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」を設立。現在、代表理事を務めている。2012年に現役を引退。オフィシャルサイトは「為末大学」。
為末:「今」をどうとらえるかだと思います。

 最初のメダルを取った時は、メダルさえとればスターになって、その後もハッピーな人生が待っていると信じて頑張りました。

 でも、最初の数カ月が過ぎると、メディアは「銅メダルの次は何色のメダルですか」とたずねるんですね。考えてみれば当然の質問です。ただ、そうなると、この陸上競技という“山登り”はいつまでたっても終わらないんだな、と感じました。

 山登りに例えるのは、僕がそんな人生観だからですが、山頂に行けば全部解決するわけではなかったんですね…解決すると思っていたんですけれど(笑)。

成功につながらない努力には、何か意味があるのか?

為末:それで、山頂に辿りつくために今この山登りを耐えるという世界観ではなく、今この時の山登りを充実させるために山頂を「設定」していると、いつしか考えるようになりました。そして、「幸せ」は、今この時の山登りを自分がどう感じて生きているか、にかかっているのではないか、と思うんです。


竹中 平蔵(たけなか・へいぞう)
経済学博士
1951年和歌山県生まれ。1973年一橋大学経済学部を卒業後、日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)に入行。89年米ハーバード大学客員准教授。2001〜06年に経済財政政策担当相、金融担当相、郵政民営化担当相、総務相を歴任。2006年から慶應義塾大学教授・グローバルセキュリティ研究所所長。アカデミーヒルズ理事長も勤める
竹中:なるほど。もうひとつ質問させてください。「自分はここまで来た。そして、これまでライバルもたくさんいたし、その人たちは決して努力しなかったわけではない」という話もされていましたね。

 実はその人たちはその人たちとしてすごくいい人生を送ってこられたんだろうな、と私は思います。私の好きな言葉で「dream an impossible dream」という言葉があります。「impossible dream」、見果てぬ夢を見る。つまり、見果てぬ夢であっても、上っていくプロセスそのものの達成感が、おそらく人生の中ですごく重要な意味をそれぞれに持っていると思うんですね。

 為末さんは世界選手権でメダルを取るという、極限の達成感までいかれたわけですが、そこに至らなかった方も、人生で同じように為末さんのように考えてこられたのではないでしょうか。

竹中:ですから、「impossible dream」なのか、「possible dream」なのか、その夢を低すぎず、高すぎず、適度に設定できたかによって、結果的にその人の満足度が決まるのではないか。ご自分の努力も大切ですし、何らかの運もあるでしょうけれど。

 私たちの人生は本当に短い。しかしだからこそ、その人生を大切にしたいなと歳を重ねるにつれ思うようになり、夢の設定位置について考えています。

 そこで、為末さんにとっての「possible dream」をお聞きしてみたいです。

為末:僕はとにかく金メダルを取りたかったんです。世界一に1回なってみたかった。結局なれませんでしたが、そういう意味では幸せです。金メダルを取ってやるという強い気持ちで、全身が野心に染まった何年間がありました。あの興奮はやっぱりすごかったと思います。

 あまりにも過程の興奮に価値を置きすぎてしまうと、夢がかなう、かなわないと幸福感は関係が薄くなりますし、それなら今やっていることをずっとやっていてください、という話になります。ですから、もう少しそこは戦略的に考えてもいいと思いますが、結果からだけ報酬を得るのではなく、努力というプロセス自体からもある程度報酬を得るということは大事な気がします。

 結果とプロセスのバランスが白黒つけづらくて難しいですが、自分の中で「幸せ」を考える時、何となくそのあたりが要諦になると思っています。

成功しないまま、自信を持つことはできるのか?

竹中:ご講演で為末さんがおっしゃった、マジョリティーの物差しからどれぐらい距離を置けるのか、という部分が問題になってきますね。他人に認めてもらうことから距離を置く。自分の納得する目標を掲げつつ、自分がどこまでできたかではなく、自分は全力を尽くしたという達成感を持つ。幸せかどうかは、そこにかかっていると。

 でも、マジョリティーの物差しから距離を置くことは、実はトートロジー(同語反復)です。自信がないと距離は置けません。その自信は、ある程度人に認められて何となく出てくるものだと思います。

 ですので、為末さんは目標を成し遂げ、自信が持てたために、「マジョリティーから距離を置くことが重要だ」と言えるようになったとも、私は思います。

為末:取りあえず「勝ってみないと分からない」世界はあるのかもしれません。僕は自分が最初に決めた目標をほぼ達成して、人から認められ、だけど、どうもそれだけでは幸せになれないな、こんなに簡単な話で満足できないな、といった気分になりました。

 それははたして、一度夢をつかんだところで変わったのか、それとも結果が出なくてもやり切った人はそう感じるのか。自分の心持ちを思い返すと、僕の場合は、ある程度最初に設定した目標を達成した後に変わったように思います。ですから確かに、何かそこが矛盾している、と思いますね。

竹中:なるほど。我々はマジョリティーの物差しから独立していたい、インディペンデントでありたいと思えるために、ある程度の実績がなければいけない。そうした矛盾と葛藤の中に私たちは皆、いるのだと思います。

為末:そうですね。難しいし、そのバランスも常に変化していると思います。

竹中:その矛盾をどう乗り越えるかを考え始めると、「努力か、才能か」という話につながってきますね。努力すれば自信が持てるのか、才能にはかなわないと諦めるのか。

 為末さんは、ウサイン・ボルト選手の例をあげて「ものすごいものに理由はない。魔法や秘密はないのではないか」ともおっしゃっていました。非常に興味深い指摘です。

 実は、先日、慶應大学環境情報学部の小論文で「暗黙知」と「形式知」に関する面白い問題があったんですが、それは徒弟制度の話なんですよ。徒弟制度は理屈で教えず、とにかく師匠のまねをずっとしろ、というのが基本です。落語家も聞かせてくれるだけで何もやってくれない。スポーツも楽器もそうですよね。上手な先生が基本的なことは教えてくれるけれど、技術を習得したら、後は見よう見まねでやる。

 そこで、スポーツで「この筋肉が太い」といった数値を測るのと同じように、徒弟制度の師匠の動きを全部解析しようというプロジェクトがあります。「この手の動き方はどうなっているか」というのをできるだけサイエンスで解明しようとやっています。

「あなたが特別な人とは思えない」

為末:ほう。

竹中:それはそれで意味がまったくないわけじゃない。だけど、結局最後のところは、師匠が秀でている理由は、よくわからないんです。

 だから徒弟制度は意味があるんだという指摘、それに関連してあなたはどう思うかというような小論文でした。この問題はなかなか難しいと思ったんですが、実は政治の世界も徒弟制度みたいな部分がありますし、これはすべての人の人生においても言える気がしています。

為末:その点については、僕の2年後にメダルと獲得した末續慎吾くんが面白い例だと思います。

 彼は200mの選手で、僕のハードルよりメダルを獲得するのが難しいのですが、合宿生活を一緒にしていたんです。それで彼が「あなたが特別な人とは思えない。食べているものも一緒、練習も同じくらい、だから自分にもできるかも、という気になった」と言うんです。

 つまり、徒弟制度のひとつの特徴はマインドセットではないでしょうか。芸能人の子供がよく芸能人になるのは、芸能界は「向こう側の世界」ではないと自然と体感しているからだと思います。

 もうひとつ、細部を気にしすぎると全体が崩れてしまうことがスポーツの世界には結構あります。


為末:僕も足の動きが気になって、個々の軌道をきれいに矯正したのですが、全体的にみると、上半身がそのせいでねじれてしまったんです。要は一箇所を切り取っていじくろうとすると、全体のバランスが崩れてしまうことがあるんですね。

 本当のコツは、全体の調和を最優先にしながら短所を調整することです。そして、それは暗黙知の世界でないと得られないと思っています。

 ある程度までは形式知で絞っていき、最後は暗黙知で全体を整えるとすれば、徒弟制度のような、空気から得られる学びを尊重することはかなり大切ではないでしょうか。

竹中:達成感を得られる水準に持っていくには、最後は複合的なバランス感覚が必要、と。非常に示唆に富んだお話です。大事なものが多いと手段がブレるということですね。

 行動経済学の有名な話を思い出しました。例えば1000円のAランチ、Bランチ、Cランチが食堂で供されているとします。しかし、なぜかいつもAランチを選ぶ人がいる。

為末:なぜでしょうか。

俯瞰して、自分をうまく操ろう

竹中:それは、BやCを選んだ時、いつものAを失うからです。

 我々は得られるものよりも失うものに対してとても敏感で、センシティブになるんですね。だから就職先も簡単に変えられない。恋人は簡単に変える人がいるかもしれませんけれども(笑)。

 失うものに対して非常に保守的であることは、今までの制度にしがみつくことです。ですから、為末さんがおっしゃったように、視点を離して見る、俯瞰する、という方法は、おそらくとても重要です。

 自分で自分をプロデュースするなら、あまり目前のことにこだわらず、自分がどう見られているかという視線にも固執せず、もっと自由に選択して、自分軸を持って生きようよ、だって人生は有限なのだから。為末さんからそんなメッセージを受け取りました。

為末:自分は独り立ちできると思い過ぎても、何となくうまくいかないとか、失敗したときのダメージが大きいような気はします。ある程度、自分のエゴなどをマネージメントして、「ここは満たしどころ」「ここは我慢しどころ」といった感じで上手にコントロールできるといいですね。

竹中:なるほど。ではたとえば為末さんが満たされるのは、どんな場合ですか?

(後編に続きます)


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違和感あり!日本の「国民幸福度」は正しいのか?“幸せランク”はイギリス12位、日本が21位
2013年5月8日(水)  吉田 耕作


 これまで、国際競争力の比較に関しては、主にGDPなどの経済指標を用いて比較してきた。あるいは、人口や国土の広さや軍事力など、定量的な数字で表せる分野に注目してきた。今回は、それではその国に住む人たちはいったい幸福なのかどうかという点に関して、少々考えてみたい。
国民幸福度
 GDPの比較は、その国の経済がどの位うまく機能しているかを測るのに十分なのか、また、経済生活の豊かさが人々を幸福にしなければ意味がないのではないか、という議論が最近なされるようになっている。国民が実際にどれだけ幸せかということに、もっと注目しなければならないというわけである。ブータン王国が国民総幸福量(Gross National Happiness[GNH])を用いているというのが評判になり、その方向の指標がいくつか出てきている。
 OECDでも国民幸福度を発表している。そのランキングでは1位オーストラリア、3位アメリカ、12位イギリスで日本は21位となっている。私がこのランキングに極めて違和感を感じたのが、今回のこの小論の出発点である。
シンガポールとイギリスの経済力

表1 国別1人当たり国内総生産(資料:世界銀行)
 まず、手始めに、世界銀行のデータによる最近の国民1人当たりの国内総生産から見てみよう。表1を参照してほしい。ここでは、日本との比較としてシンガポールとイギリスに注目したい。シンガポールは急激な経済成長を遂げ、国民1人あたりのGDPが世界3位とずば抜けて高く、国民1人当たりでは日本を超えてアジアで最高の経済力を持つ国である。また、イギリスは歴史的に、日本が民主主義の先進国として見習い、経済や文化の発展の目標としてきた。 国民の経済力はヨーロッパの主要国とほぼ同程度である。
移民(国外転出)数の比較
 次に、移民(国外に転出)に関するデータを集めた。国外に居住する自由が極端に制限されている国々を除くと、国民が外国に移民する割合と、自国に何らかの不満を持っている国民が多くいる可能性との関連性は高いと仮定したからである。つまり、移民の数は、その国の人々の幸福度を測る1つの指標に成り得ると考える。

表2 国外に移民する人の人口に占める割合
(資料:人口:World Factbook, Central Intelligence Agency, 2013 推定値)
(資料:移民:“Counting Immigrants and Expatriates in OECD countries, A New Perspectives”)
 表2から、アジア、特に東南アジアでは、シンガポールとフィリピンが突出して国外に移民する人の割合が大きい。 フィリピンは300年ほどスペインの植民地であり、その後もアメリカの統治領であったこともあり、ほとんどの国民は英語を話し、1000万人に及ぶフィリピン人が海外在住労働者となり、本国に送金しているという状況である。1965年にアメリカの新しい移民法ができてからアメリカへの移民が比較的容易になり、現在アメリカでは東洋系で2番目に多い400万人が住んでいると言われる。表1にあるように、世界における1人当たりのGDPは121位と非常に貧しい国である。少しでも豊かな国で稼ぎたいと思うのは当然で、フィリピン人の移民比率が高いというのは合点がいく。
 しかしながら、フィリピンを別として除外すると、シンガポールからの移民率が約2%であり、アジアでダントツに高く1位である。表1にあるように、シンガポールは経済政策が成功し、急激に豊かになり、個人の収入が世界ランク第3位になった。そのシンガポールの国民の100人のうち2人が移民する、という国内事情はいったいどういう状態なのだろうか。
 以下にSeah Chaing Neeというシンガポールの新聞記者のレポートを要約する。実は、もっと信頼に足る資料を得るべく努力したのだが、結局、移民に関して、シンガポール政府は統計的データを発表したがらない傾向があるという結論を得た。つまり不都合な真実なのではないか。それゆえ、以下のような資料を引用することになったことをお許しいただきたい。
 非常に好調なシンガポール経済は何百万の外国人を引きつけたが、自国を捨てて外国に定住するシンガポール人の数は記録破りの状況である。事実、国民1000人当たり26人が国外に移民するという数字は、世界で2番目に高い。1998年には5000人未満だった移民の数は2007年には1万2000人を超え、10年間では9万7990人にも上った。
 ある調査によると、3分の2のシンガポールの若い人たち(21〜34歳)は定年退職後にはもっとゆったりとしたペースの暮らしで生活費も安い国に住みたいと思っていることがわかった。15歳から29歳までの若い人たちの53%は外国へ移民したいと考えている。 
 10人中6人までの大卒はもっとストレスが少なくて、生活の質が高い国に住み、働きたいと考えている。政府によってがんじがらめに決められた、政治的にも知的にも窒息しそうな雰囲気のために、多くのシンガポール人は国を逃げ出す。中国やインドから大量の移民を受け入れているが、初代首相で政府の最高顧問のリー・クワン・ユウは、彼等は米国への移民のための中継地として英語を学びに来ると認めている。その結果、国民の3分の1は外国人であり、シンガポールは米国に行けない残りの人たちの面倒を見る羽目になっている。(Seah Chaing Nee、 The Star on Sep 6, 2008)
 シンガポールは、1人当たりの所得はダントツでアジアで1番高く、国際競争力も世界で第2位である。そのシンガポールで、多数の国民はできれば、国外に逃げ出したいと考えている。何のための高所得であり、何のための国際競争力なのか。優秀な人たちを国外から集め、平均以下の国民をできれば、国外に追い出そうというわけだ。
 従って、当然のことながら、高度の教育を受けたシンガポール人と期限付きのビザで短期的に働きに来た移民とでは大きな格差社会が形成される。それは、さらに国外に逃避する移民の増加を誘発している。国家の繁栄は国民を徹底的に教育することから始まるという考えに基づき、小学校卒業時から全国一律の試験の成績で進学校先が決まるという徹底的な競争を強い、成績別に9つのランクに分けていたが、この政策が国民の間で非常に不人気だったので、2012年に政府がこれらの教育施策をやめることになった。(“学校ランク分け廃止―シンガポール競争緩和”朝日新聞、12年10月3日)
 市場原理主義をそのまま教育に当てはめた結果だった。非常に高い所得と国際競争力を手に入れたのだが、多くの国民は国外に移民したいと考えている。いったい何のための、また、誰のための、所得や国際競争力なのだろうか。国の生産性を上げるために、規制緩和し、徹底的に競争を奨励する社会のなれの果てがシンガポールであるならば、我々は政策としての競争奨励を再考して見なければならないのではないだろうか。
イギリスのケース
 表2から明らかなように、ヨーロッパではイギリスの移民による出国率が1番高い。ヨーロッパはEU圏として、多数の国々が自由に国境をまたいで出入国できる方向に動いているために、全般的に移民率は高い。しかし、イギリスはその中で1番高いのである。イギリスの新聞のレポートによると、特にイギリスからスペインへの移民が非常に多いそうだ。イギリスからスペインへ移民する人たちの不満の第1は、気候である。
 夏は1週間しかなく、ほとんど年中寒く、雨がよく降る。去年などは広範囲で洪水が起きている。それに、不動産は高く、暖房費に金がかかる。一方、スペインは気候が良く、人々は友好的で、生活費が安い。今では100万人を超えるイギリス人がスペインに住んでおり、55万人を超えるイギリス人がスペインで不動産を買っている。つまり、移住する余裕のある人々は国外に移住する。国外に移民した人々の後の労働力を埋めるべく、東欧から、特にポーランドから大量の人々が移民してきているようだ。その結果、犯罪も急激に増えているといわれる。
イギリスの経済
 イギリスは1979年以来、10年続くサッチャー政権の間に徹底的に規制緩和を進めた。多くの国営企業は民営化され、その株は証券市場で取引された。
 それ以来、最も国際的に開かれた国の1つとされる。外国の企業がかなり自由に入ってきた結果、イギリスでは雇い主の企業の半分以上が外国の企業だと言われている。こういう状態をウィンブルドン現象という。ウインブルドンで活躍するテニス選手はほとんど外人だという意味である。特に、外国の金融関係の企業がロンドンに集中し、金融工学を駆使したヘッジファンドが大いに活気を呈していた。
 しかし、2008年前後の世界同時金融危機以後は2010年まで景気が後退し、ほとんど成長しなかった。 2008年の第2四半期から2012年の第2四半期に至るまで、過去50年間で最長のそして最悪の景気後退が続き、2012年の第4四半期には経済は0.3%後退した。多くの外資系の金融機関は自国に引き上げてしまったため、失業者があふれ、政府の統計によると1400万人が貧困にあえいでいて、経済格差は先進国で一番速く広がっている。
 OECDによると1980年代では社会の上位10%の最富裕層は10%の最貧層の8倍の所得を得ていたが、2011年ではそれが12倍になっているし、トップ1%の富裕層は国民所得の14%になった。さらに、トップ0.1%の高所得者層は国民所得の5%を稼いでいる。
 これに対して、最上級の高額所得者に対する税金は下がったが、最貧層に対する福祉は削減された。所得分配の公平性を図る尺度であるジニ係数の上昇率は1975年以来どの国よりもイギリスの方が高いのである。(資料:The Telegraph,04 April,2013 & 24 Jan,2012) 外資系の雇用主が約半数を超えたということが、世界的な不景気の時にイギリスでの雇用が急減した1つの原因ではないだろうか。
 外資系の企業は、不景気時には出先の国の事業を閉鎖し本国に引き上げるのは当然であり、その動きは非常に素早いものである。
日本の幸福度は?
 日本の幸福度を考えるために以上シンガポールとイギリスの経済政策や移民政策を中心とした観点で比較してきた。これらの2つの国に共通する1つの点がある。それは、徹底的に自由競争の価値を信じ、文字通り規制緩和を徹底してきた国である。そして、そこでは貧富の格差が非常に広がり、国外に逃げ出すゆとりのある人たちの非常に多くが、脱出しようと考えているし、現に移民の比率も非常に高い。
 日本の状況を振り返ってみると、規制緩和を推し進めるようになって以来、日本では格差が広がり、しかも国民1人当たりの所得は1991年以来ほとんど伸びず、失われた10年が20年になろうとしている。サンデル教授によると、過去30年間、米国では行き過ぎた市場原理主義が席巻してきた。・・・つまり政治が正義、平等・不平等、家族・コミュニテイーの意義などを巡る問題に取り組まなくなったのである。(マイケル・J・サンデル「市場第一主義と決別を」日経新聞2012年5月4日)しかし、これが国際化の波に乗って、シンガポールでも、イギリスでも、そして、日本でも支配的な価値基準になったことが問題なのである。
 安倍内閣になってから、日銀政策変更を通して通貨供給量を増やし、円安に誘導し、輸出を伸ばし、国民所得を増やそうとしている。また、それに伴う政府の成長政策の財政投資は乗数効果を経て経済の拡大に寄与するであろう。これらの施策は確かに合理的なようであり、マクロのレベルでは日本のGDPを上げることを期待している。しかし、それは規制緩和をともない、特に日本で競争状態の促進を意味する。そしてそれは取りも直さず、格差の拡大を招く。
 現在でも日本は3割5分近くの非正規社員が存在する事を考えると、サンデル教授が言うように、市場の価値と市場ではないものの価値とのバランスを取っていく必要がますます高まっていくであろう。これから、その点を注意深く見ていく必要がある。
 ここで冒頭に述べた国民幸福度に戻るわけだが、国外にこれほど移民していくイギリスが幸福度12位で、日本が21位というのは納得できないのである。統計は測るものによって異なる結果が得られることに常に留意したい。日本の若者は内籠りと言われて久しい。
 留学もしないし、駐在員の希望者も減っている。理由は国民性など色々あるだろうが、しかし一方、日本の現在の状態は大多数にとって「日本は居心地が良い」という事の裏返しでもある。
 これまで温暖と言われた気候も大きな変化を見せている。最近の報道によると、今世紀末の東京の平均気温は鹿児島並みに高くなり、ゲリラ豪雨による被害がますます深刻化し洪水のリスクは高まるそうだ。気候温暖化を押しとどめるためにも、経済成長とともに非経済的な要因との調和を考え全体最適を目指すことが求められる。いままで物質文明に関しては西欧が一歩先んじて発展してきたのでやむを得ない点があるが、アジア人が作った、アジア人のための尺度を用いることなくしては、近似的にも幸福度は測定できないのではないかと考える。少なくとも、文化とか国民感情が影響を与える幸福のような分野では、アジア人の生活習慣を反映した幸福度を形成する時期にそろそろ来ていると考える。



統計学者吉田耕作教授の統計学的思考術
「統計学」と聞くと、難しい数式とグラフを思い浮かべ、抵抗感を持っている人が多いでしょう。とくに文科系の人であればその思いは強いはず。でも、一度、統計学の視点で世の中を見渡してみると、物事は大きく違って見えてきます。数学が苦手だった人でも吉田教授の“講義”なら大丈夫。難しいことはありません。経営とビジネス、そして人生に役立つ統計学です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20130422/247009/?ST=print


 


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