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(回答先: 「就活」に規制はない方がいい アベノミクス試す円安 米国債買う債券王 実質所得が伸びない 緑虫燃料 年金改革 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 24 日 04:31:08)
債務は成長の敵ではない
緊縮財政論者の論理的根拠に打撃
2013年04月25日(Thu) Financial Times
(2013年4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
英国の純公的債務残高は1816年に国内総生産(GDP)の240%に相当する規模に達した。125年間にわたるフランスとの戦いの産物だった。この莫大な債務負担を抱えた後、英国はどんな経済的惨事に見舞われたのか? やって来たのは産業革命だった。
だが、ハーバード大学のカーメン・ラインハート氏とケネス・ロゴフ氏は有名な論文で、公的債務のGDP比が90%を超えると経済成長が急激に鈍化すると主張した。
英国の産業革命が覆す「ラインハート=ロゴフ論文」の命題
19世紀の英国の事例は、この主張に対する非常に強力な反論になる。なぜなら、我々が暮らす世界の特徴である生活水準の絶え間ない上昇は、ほかならぬこの時代に始まったからだ。当時の英国の経済成長は、その後に世界各地で見られた持続的な経済成長の生みの親になったのだ。
米ブラウン大学のマーク・ブライス氏が素晴らしい新著で指摘しているように、デイビッド・ヒュームやアダム・スミスといった18世紀の偉大な経済学者たちは過大な公的債務に警鐘を鳴らしていた。戦争にたびたび巻き込まれていた英国政府はこれを無視した。
しかし、彼らの警告は非常にもっともな話だと思われたに違いない。例えば1815年から1855年にかけては、英国の歳出のほぼ半分が債務の利払いで占められていた。
それにもかかわらず、英国は成長によって債務の山から抜け出した。債務残高のGDP比は1860年代の前半には90%を下回った。経済史家の故アンガス・マディソンによれば、1820年から1860年代初めにかけての英国経済の年平均成長率(CAGR)は2%で、人口1人当たりでは1.2%だった。
その後の基準に照らせば、大した値には見えないかもしれない。だが、この経済成長は途方もない額の債務を抱えた、しかも増税の余地が非常に乏しい国で実現された。しかも、その債務は生産的な目的のために積み上がったわけではなかった。人間の数ある活動の中で最も破壊的な戦争のせいで積み上がったのだ。
要するに、公的債務残高のGDP比が90%を超えたら経済成長は必ず大幅に下がるなどという鉄則は存在しないのである。
マサチューセッツ大学アマースト校のトーマス・ハーンドン、マイケル・アッシュ、ロバート・ポリンの3氏は先日公表した論文で、ラインハート教授とロゴフ教授の結論に具体的な異論を3つ唱えている。両教授は表計算ソフトのコーディングで単純なミスを犯しており、データも抜け落ちている、集計の手順も不自然であるというのがその骨子だ。
これらを修正すると、債務のGDP比が90%を超える先進国の1945年以降の年平均成長率は2.2%になるという。GDP比が30%未満の国では成長率が4.2%、30〜60%の国では3.1%、60〜90%の国では3.2%になるそうだ。
ラインハート教授とロゴフ教授はこれを受け、コーディングに誤りがあったことは認めているが、集計手順についての批判ははねつけている。筆者は、上記の3氏と同意見である。理由は、ギャビン・デービス氏が本紙(フィナンシャル・タイムズ)のブログで挙げているものと同じだ。
多額の債務を抱えた時期を短期間カバーしているデータよりも、同様な時期を長期間カバーしているデータの方を重視すべきだという議論には説得力がある。
債務と成長の「関係」と「因果関係」は全く別物
それでも、ラインハート教授とロゴフ教授、およびその他の人々による研究は、経済成長率の低下は債務の増加と関係があるという説を裏付けている。だが、関係があることと「因果関係」があることとは明らかに別物だ。
低成長は高債務の原因になり得る。これは同じマサチューセッツ大学アマースト校のアランドラジット・デューブ氏が支持している仮説だ。例えば、日本の高債務は低成長の原因なのだろうか、それとも結果なのだろうか? 筆者がそう尋ねられたら、やはり「結果」だと答えるだろう。
では、今日の英国の低成長は高債務が引き起こしたものなのだろうか? 答えはノーだ。金融危機が起きる前、英国の純公的債務残高のGDP比は過去300年間の最低値に近いレベルにあった。英国の債務の増加は低成長の結果だ。もっと正確に言うなら、低成長の原因となった巨大な金融危機の結果である。
ラインハート教授とロゴフ教授は名著『This Time Is Different(邦題:国家は破綻する)』にて、民間債務の増大が深刻な景気後退と弱々しい景気回復、さらには公的債務の増大をも招く金融危機にどのようにつながり得るのかを説明した。これは非常に重要な研究だ。
http://www.amazon.co.jp/dp/0691152640?ie=UTF8&tag=jbpress.ismedia-22
そしてその結論は明らかに、公的債務の増加は低成長の結果であるというもので、それ自体、この金融危機によって明らかになっている。
この結論は、双方向の因果関係を排除するものではない。しかし、衝撃波は民間部門における行き過ぎた金融活動から危機、低成長、巨額の公的債務という順番で伝わっている。逆の伝わり方をしたわけではない。アイルランドやスペインの人に聞けばすぐに分かる。
ということは、債務が経済成長にもたらす結果を評価する際には、そもそも債務が増えたのはなぜなのかを検討しなければならないことになる。
戦争にお金を使ったのか? 好況期に放漫財政が行われたのか(だとしたら、成長率の低下はほぼ確実だ)? 経済成長につながる質の高い公有資産の取得に使われたのか? それとも、民間部門の金融活動が破綻した後に公的債務が増加したのか?
債務が増えた原因が異なれば、その結果も異なってくる。そして、財政赤字が拡大して債務が増えている理由は、緊縮財政のコストにも影響を及ぼす。
債務増大の理由によって変わってくる緊縮財政のコスト
通常であれば、緊縮財政のマクロ経済的な結果は無視できる。民間の支出が増えるか、金融政策が効果を発揮するからだ。しかし金融危機が起こった後には、金利がほとんどゼロ%に近いレベルに落ち込んでいても、待ち望まれていた民間の貯蓄がむしろ過剰になってしまう可能性が高い。
そのような状況で緊縮財政をいきなり始めれば、逆効果になるだろう。深刻な景気後退が引き起こされ、肝心の財政赤字削減や債務圧縮は限定的なものにとどまることになる。また、国際通貨基金(IMF)の「国際金融安定性報告書(GFSR)」も指摘しているように、このような状況下で極端な金融緩和を行うと、それ自体が大きな危険性を生み出してしまう。
ただ、ピーターソン国際経済研究所のアンダース・アスランド氏は本紙のコラムで、このような特定の(そして稀な)状況では経済を財政出動で支え続けるべきだと考える人々に言及し、彼らは「財政支出による景気刺激策は常に正しい」と思っていると示唆しているが、そんなことは全くない。
「緊縮財政論者」たちの認識には反するようだが、景気刺激策は常に間違っているわけではないのだ。
そのため筆者は以前から、大いに尊敬するラインハート教授とロゴフ教授による緊縮財政寄りの知的影響に懸念を覚えていた(今も覚えている)。問題は因果関係の方向性などではなく、金融危機後の高水準な公的債務を回避しようとすることのコストなのだ。
IMFは最新の「世界経済見通し(WEO)」で、景気回復に対する財政の直接支援が例外的なほど弱いと指摘している。当然ながら、景気の回復それ自体も弱々しいものになっている。
危機の打撃を被った国でこうした支援が弱い理由の1つは、高水準な公的債務に対する懸念にある。ラインハート教授とロゴフ教授の論文は、この懸念を正当化するものだった。
緊縮政策を見直すのはまだ遅くない
確かに、もうお金を借りられないユーロ圏の国々は財政を引き締めなければならない。だが、同じユーロ圏のほかの国々は、困っている仲間の国々が支出を継続できるよう支援するか、自分たちの政策を調整して仲間の国々の財政引き締めの影響を打ち消すことができるだろう。
対策を講じる余力のある国々――米国や、さらには英国も含まれよう――も違う道を選択することができただろうし、そうすべきだった。実際にはそうした国々が違う道を選択しなかったために、景気の回復はさらに弱々しいものとなり、景気後退の長期的なコストは必要以上に大きくなってしまっている。
これは大変な間違いだった。まだ手遅れではない。各国には再考を促したい。
By Martin Wolf
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37667
国債の低金利長期化なら外債へ投資を検討=住友生命運用計画
2013年 04月 24日 21:23 JST
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[東京 24日 ロイター] 住友生命保険は24日、2013年度の一般勘定資産の運用計画で、国内債券は引き続き純増とする方針を示した。外債については、相場動向をにらみ機動的に運用するという。為替レートは通年で、ドル88円─115円、ユーロ108─145円と見込んでいる。
運用企画部長の松本巌氏によると、前年度に比べて国債への資金投入額は限られる一方、国債金利の低位での推移が長期化するなら、外債への資金投入を検討するという。外債については、円高リスクは後退しており、オープン外債で為替リスクを一部とるとしている。運用方針勉強会で述べた。
<国債、金利上昇を待つスタンス>
2012年度、国債の残高は純増となったが、2013年度も引き続き純増させる方針。ただ、黒田東彦日銀総裁のもとでの緩和策を見越して前年度中に前倒しで資金を投入したこともあり、今年度の国内債券の純増額は昨年度に比べ半分以下になる見込み。「金利がそれなりの水準まで上昇するまでじっくり待ってゆくというスタンス」(松本氏)で臨む。
今年度の10年債の予想レンジは0.20%―1.00%、20年債の予想レンジは0.80%―2.00%。
<日銀緩和や貿易赤字で「円高リスクは後退」>
外債は、昨年度下期の海外金利が上昇した局面で積み増しを行った。今年度は相場動向をにらみながら機動的に運用する方針。昨年度中に積み増している影響で、今年度の残高は基本的には横ばいを想定している。ただし、松本氏は、国内金利の低位での推移が長期化した場合には外国債券への資金シフトを検討していかなければならないとした。その場合には、米国やオーストラリアのほか、ドイツ、フランス、オランダなどの欧州の国債、準ソブリンが投資の中心になると述べた。
松本氏は、日銀が打ち出した異次元緩和と貿易収支の赤字化で円高リスクは後退したとの認識のもと、「当社の外国債券に関しては大半がヘッジ付き外債で、オープン外債が占める割合はほんの一部だが、オープン外債の中でも一部について為替リスクをとる方向で検討している」と述べた。そのうえで、「金利リスクと為替リスクをコントロールする中で行うため、為替リスクをとる運用で想定する金額は限定的」との見方を示した。
外債の今年度の予想レンジでは、米10年債が1.50―2.75%、独10年債が1.00%―2.00%。
なお、今回の説明会では、各資産クラスとも実績や計画について具体的な数値は示されなかった。
(ロイターニュース 和田崇彦;編集 田中志保、内田慎一)
関連ニュース
一般勘定資産は1兆円強増やす、うち半分弱は外債へ=明治安田生命 2013年4月24日
インタビュー:国債1500億円の純増目指す=朝日生命運用計画 2013年4月24日
低金利なら超長期債抑制、ヘッジ外債で代替も=日本生命 2013年4月23日
今週のドル/円は100円回復も、生保運用計画を注視 2013年4月22日
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE93N04R20130424?sp=true
日本の不動産株高騰に火をつけたアベノミクス
2013年04月25日(Thu) Financial Times
(2013年4月24日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
東京都心部のオフィス空室率はまだ高いが、株式市場では不動産株が急騰している〔AFPBB News〕
東京のビジネス街を歩き回ってみても、急騰する不動産市場の雰囲気は感じられない。東京駅の向かいに立つ、光り輝く38階建ての高層ビル「JPタワー」は、竣工から1年近く経った今も、ほぼ3割が空いたままだ。
不動産仲介会社の三鬼商事によると、東京都心部では、3月末時点のオフィス空室率が8.6%だった。これは昨年6月に記録した9.4%という30年ぶりの高水準と大して変わらず、6年前につけた2.5%の大底とは遠くかけ離れている。
それでも、株式市場は日本の不動産が大復活を遂げようとしていることを示唆している。
安倍晋三氏が首相に返り咲くことがはっきりしてから、幅広い銘柄で構成される東証株価指数(TOPIX)は40%近く上昇しており、少なくとも現地通貨建てでは優に世界一パフォーマンスが高い市場となっている。
不動産株の上昇相場はまだ始まったばかり?
この上げ潮はすべての船を押し上げたが、一部の銘柄は他の銘柄より急速かつ大幅に上昇した。株価上昇率が大きい上位10銘柄のうち、5銘柄は不動産関連だ。例えば、東京建物と東京ドームはともに200%を超す急騰を演じており、TOPIX不動産業指数は98%高騰した。
上昇相場の中心にあるのは「アベノミクス」だ。インフレと成長を生み出そうとする安倍首相の計画の一環として、日銀はマネタリーベースを2倍に増やすことを誓った。この対策は実物資産の価格を支えると見られている。加えて日銀は、日本の不動産投資信託(J-REIT)を含めた様々な金融資産の買い入れも約束した。
「現在実施されている政策は一般的に、不動産にとってプラスだと見られている」。CBREで東京の投資コンサルティング部門を率いるアンディ・ハーファート氏はこう話す。「ある意味では、日銀はJ-REIT市場を保証すると言っているようなものだ」
株式市場での急騰にもかかわらず、不動産の強気筋は、この上昇相場はまだ始まったばかりだと考えている。
ドイツ銀行のアナリストらは、市場は既に景気回復の第1段階を織り込んだが、第2段階、第3段階で株価は一段と上昇すると話している。
不動産投資ファンド、MGPAの最高経営責任者(CEO)、ジョン・ソーンダース氏は言う。「当局が今やっていることをやり続ける限り、我々は今、何か重大な動きの起点に立っていることになる。この回復が続く余地はかなり大きい。このまま真っ当な政治を行っていけば、我々が過去20年間経験してきた流れと反対の好循環が生じるだろう」
日本の不動産投資に対する需要の変化は、J-REITの上場を目指す企業にとって恩恵となっている。ソーンダース氏によると、MGPAは最近、当初3〜4年を見込んでいた投資の一部を1年で回収したという。
低利の銀行融資との厳しい競争にもかかわらず、信用市場にも影響が出ている。バークレイズ証券のデット・シンジケーション部長、瀬戸川賢二氏は、不動産関連の発行体はほんの数カ月前と比べても、かなり低コストかつ長期で借り換えができていると指摘する。
不動産バブルを懸念する声
だが、一部の投資家は過熱に対する懸念を口にしている。
現物の不動産市場にはまだ持続的な回復を示す明確な兆候が見えず、東京の賃料提示価格の平均は依然、2008年のピークを28%下回っている。
それにもかかわらず、株価純資産倍率(PBR)で見ると、不動産セクターのバリュエーションは2007年のピーク水準に戻っている。また、東京市場全体のPER(株価収益率)が24倍なのに対し、TOPIX不動産業指数は現在、42倍で取引されている。
フィデリティ投信のJ-REITアナリスト、村井晶彦氏は「日銀の新しい政策は不動産バブルの条件を整えている。バブルは起きないかもしれないが、起きる確率は間違いなく高くなった」と言う。「波に乗ることはできるが、市場のタイミングを見極めるのは非常に難しい。長期的な観点からすると、多少不安を感じる」
一方で、今回の上昇相場を、資金を他のセクターに回したり、資金を日本から完全に引き揚げたりするチャンスとして利用する投資家もいる。
出口を模索する投資家も
「我々はこの上昇相場を出口の好機と見なしており、難しい買収に挑む機会でもあると考えている」と話すのは、ラサール・インベストメント・マネジメントのアジア調査部門を率いるポール・ゲスト氏。「上場市場は既に景気回復のかなりの段階を織り込んでいる。ある程度の持続可能な経済成長が実現したとしても、上場市場は既にそれを当然視している」
また、日本の資産で最近見られるすべての動きと同様、根本的な疑問が残る。アベノミクスは実際にうまくいくのか、という疑問だ。
「日本は必要な構造改革を行わずに資産価格の上昇を招く大きな大砲を撃った」とゲスト氏。「唯一最大の懸念は、これが一時的な火花で終わることだ」
By Josh Noble and Ben McLannahan
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37664
フランス経済:オランド大統領の悩み
2013年04月25日(Thu) The Economist
(英エコノミスト誌 2013年4月20日号)
フランス大統領を最も脅かしているのは、政治スキャンダルではなく経済の弱さだ。
フランソワ・オランド大統領は支持率が急落し、窮地に立たされている〔AFPBB News〕
今年3月、フランソワ・オランド大統領に予算担当相の辞任という犠牲を払わせた脱税事件で、大統領にとってプラスになるものを見つけるのは難しい。
脱税防止の仕事を担っていたジェローム・カユザック氏は、スイスの隠し銀行口座について議会に嘘をついた後で予算担当相を辞任。厳格な透明性に向けた新たな機運をもたらした。
だが、少なくとも今回の出来事の1つの副作用は、厄介な経済状態から注意をそらすことだった。
国際通貨基金(IMF)は4月16日、フランスが2013年に景気後退に陥り、スペイン、イタリア、ギリシャ、ポルトガルの仲間入りをするとの見通しを示し、厳しい現状を思い出させた。
打ちのめされるフランス経済
IMFは今、フランスの国内総生産(GDP)が0.1%減少すると予想している。見通しの悪化を受け、オランド政権は赤字削減の約束を守れなくなるだけでなく、財政の管理方法について政権内の反乱にも直面することになる。
IMFの見通しにもかかわらず、ピエール・モスコビシ経済財政相は、2013年に0.1%、2014年に1.2%の成長を見込む自身の予想を堅持している。同氏は4月17日、フランスが月内に欧州委員会に提出する安定化プログラムの中で、この見通しを確認した。
だが、悲観的な機関はIMFだけではない。予想と予算を監視するためにオランド氏が新設したフランスの財政高等機関は最初の裁定で、フランスの公式予想が「楽観的なバイアスによって系統的に影響されている」と強調し、2013年と2014年の成長見通しが再び下方修正を迫られる「リスク」に警鐘を鳴らした。
フランス経済は、同国の伝統的な成長エンジンである内需を圧迫してきた国内の財政再建、さらには信頼感や輸出の低迷によって押し下げられている。家計消費は、1月と2月に減少した。3月には国立統計経済研究所(INSEE)の景況感指数が1年前の水準を10ポイント近く下回った。
多くのフランス企業はユーロ圏で最低の利益率に苦しんでおり、投資を保留している。欧州委員会はマクロ経済の不均衡に関する最近の報告書の中で、フランスの「持続的な競争力低下」が過去10年間、特に製造業でドイツ、イタリア、スペインよりも大きな世界輸出シェアの喪失につながったと指摘した。
新たな工場閉鎖や余剰人員削減計画がないまま1週間が過ぎることはほとんどない。フランスの裁判所は4月半ば、ノルマンディーにあるペトロプラスの製油所の買収を提案した買い手2社をどちらも承認せず、470人の仕事を奪う製油所閉鎖を促した。
政府が正反対のことを約束したにもかかわらず、同じ運命は自動車工場(オルネー・スー・ボワ)とタイヤ工場(アミアン)の上にも降りかかっており、それぞれ大きなニュースになっている。
4月半ばには公共テレビのゴールデンタイムのドキュメンタリー番組が、フロランジュにあるアルセロール・ミタルの2つの高炉を何とか守ろうとする労働者たちの虚しい奮闘を追跡していた。これらの高炉は、オランド氏が選挙遊説中に救済を約束していたものだ。失業率は14年ぶりの高さに達している。
赤字削減計画で猶予を得られるか?
こうした事情は、2013年末に財政赤字をGDP比3%まで削減するという約束について、フランス政府が欧州委員会に放免を懇願している理由を説明する。オランド氏は先日、「危機に対する解決策は緊縮ではない」と述べた。
この点に関して欧州委員会の経済・通貨問題担当委員のオリ・レーン氏(フィンランド人)に密かに働きかけ、説得に成功したモスコビシ氏は、今年構造赤字を減らす真剣な取り組みを行った後であれば、来年は赤字の総額が目標を上回るのを許されるべきだと欧州委員会(とドイツ)を説得したいと思っている。
だが、レーン氏は、フランスが何らかの猶予を与えられるのであれば、2014年に3%を「大きく下回る」まで赤字を減らさなければならないと話している。モスコビシ氏は現在、赤字が今年GDP比3.7%、2014年は同2.9%になると約束している。
問題は、それほど野心的でないこの目標でさえ達成するのが難しいことだ。INSEEによれば、フランスの財政赤字は昨年、GDP比4.8%に終わり、4.5%の目標を達成できなかった。フランスでは税収が飽和点に達しており、オランド氏は次のVAT(付加価値税)増税を別にすれば2014年に新税はないと約束している。
国の監査機関であるフランス会計検査院は、今年赤字を削減するための構造的取り組みの4分の3が増税に依存しているという事実を非難している。政府は今、既にユーロ圏で最高水準に達している全体の税負担がさらに拡大し、来年はGDP比46.5%程度に達すると見ている。
モスコビシ氏は来年の取り組みの大半は歳出削減によって行われると主張し、間近に迫った年金改革や、オランド氏が「簡素化の衝撃」と呼ぶものを生み出すための官僚機構の合理化などを挙げている。また、ジャン・マルク・エロー首相は、フランスの家計の中で最も豊かな上位15%については家族手当が削られると話している。
だが、それ以外の具体的な歳出削減については、まだ詳しく説明されていない。合理化がいかに難しくなるかを暗示するかのように、アルザス地方の有権者は最近、2つの県と1つの州を単一組織に統合しようとする計画を住民投票で否決した。
オランド氏が改革への強い信任を得た人気の高い指導者であったとしても、赤字削減という難題を解決するのは大変だ。実際には、大統領の支持率は記録的な低さで、オランド氏は選挙期間中に反資本主義の左派に迎合し、もっぱら金持ちと「金融界」に課税することによって赤字削減を達成できると有権者に信じ込ませた。
「緊縮への転向」に閣内からも批判の声
オランド政権内の少数派は今、社会主義者のタブーである緊縮への転向と見なすものに幻滅を感じている。アルセロール・ミタルの国有化をちらつかせたことがある左派のアルノー・モントブール産業再生相は最近、「財政責任によって成長が台無しになるのであれば、それは無責任だ」と主張し、自身が参画する政府の政策を批判した。
欧州のレベルでは、モントブール氏の言い分にも一理ある。だが、公共支出がユーロ圏で最大のGDP比57%に達し、公的債務が来年GDP比94%に達すると見られているフランスでは、歳出削減に対する真剣な取り組みが早急に必要とされている。
オランド氏は「緊縮」のない「厳しさ」――誰にも理解できない区別――を約束し、意味論上の罠に陥っている。危険なのは、オランド氏が緊縮に反対する欧州の論調をあまりにも公然と受け入れた場合、財政再建を目指す控えめな政策に対してさえ、自党内部での抵抗を強めるだけに終わりかねないことだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37661
TPPで日本の「食」は世界に飛躍する
関税撤廃で日本は食品輸出国になれる
2013年04月25日(Thu) 池田 信夫
自民党の石破茂幹事長は「農業所得倍増」を提唱した。4月24日に行われた自民党の農林部会では「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」を盛り込む方針を確認したという。これはTPP(環太平洋連携協定)による農産物自由化に対する農家の抵抗を抑えるための「つかみ金」だろう。
1990年代のウルグアイ・ラウンドのときは6兆円の「国内対策費」を出したが、農業関係者によれば、今度は10兆円ぐらい用意されているという。日銀が輪転機をぐるぐる回して、農村にばらまくのだろうか。
「農業所得倍増」という名のつかみ金
そもそも農家の所得はそんなに低いのだろうか? 農林水産省の統計によれば、勤労者世帯の平均年収が545万円なのに対して、専業農家は548万円である。兼業農家には勤労所得+農業所得があるので、農家の所得はサラリーマンより高い。これを「倍増」したら農家の年収は1000万円以上になり、所得格差はますます開くだろう。
ただ「農業所得」は全農家を平均すると120万円で、確かにサラリーマンより低い。それは兼業農家の耕地面積が狭いからで、農地を集約・合理化しないと改善できない。農家の平均年齢は65.8歳で、あと20年もすれば消滅する。そんな状況を放置したまま、つかみ金を出しても一時しのぎにしかならない。
農水省は、農家が加工や販売まで展開する「6次産業化」するとかいう夢を描いているが、「6次産業農家」なんてほとんどない。農協が生産・流通・補助金などを独占しているから、農家の経営合理化や大規模化ができないのだ。
2011年の農業生産額は8兆2000億円で、GDP(国内総生産)の1.6%。全国の農家を合計しても、トヨタ自動車1社の半分にもならない。そんなちっぽけな産業のために、自民党がここまで力を入れるのは、農協が選挙で強い集票力を発揮する、と信じられているからだ
しかし農業人口は、兼業農家を含めても613万人と全人口の5%にも満たない。彼らの所得の3分の2は給与所得など農業以外の収入なので、兼業農家は「週末に農業もやるサラリーマン」であり、農地が税制で優遇されているために手放さないだけだ。
彼らは自分が農家だとは思っていないので、自民党が農業に金をばらまいてもありがたいとは思わないし、農協に対する忠誠心もない。これが2009年の総選挙で、農村票が多いはずの小選挙区で自民党が惨敗した原因である。
最大の問題はコメではない
農政の専門家である石破氏が、こんな基本的なことも知らないはずはない。「所得倍増」などというつかみ金で農業が再生しないことぐらい知っているだろう。彼の狙いは、所得補償と交換条件で徹底的に農産物を自由化することではないか。
具体的には、農産物の関税撤廃である。特に実質778%も関税がかかっているコメが最大の焦点だが、コメは産業としては「死に体」であり、関税を下げても大した輸入増は期待できない。
安倍首相の言う「攻めの農業」に転じる上で重要なのは、コメ以外の加工品にかかわる関税だ。例えば砂糖や粉乳やバターやチーズには数百%の関税がかけられており、国内の食品業界の競争力を失わせている。
日本のお菓子は海外でも人気があるが、その材料になる砂糖やバターの関税が高いため、輸出が難しい。日本の冷凍食品やカップラーメンも海外でも人気があるが、国内で生産するとコメや小麦の値段が高すぎるので、食品業界は海外に工場をつくっている。こうした農産物の関税を撤廃すれば、加工食品は輸出産業になる可能性がある。
日本の「食」は世界のトップレベル
農業は衰退産業というイメージがあるが、「食」は成長産業である。新興国の旺盛な食欲で、世界の農産物市場は2013年には2兆ドルを超える見通しだ。これは家電の世界市場(6800億ドル)のほぼ3倍である。
「日本は国土が狭いので農業に向いていない」というのも間違いだ。世界第2位の農産物輸出国はオランダである。面積は4万平方キロと日本の1割強しかないのに、農産物の輸出額は世界の1割近い。その主力はよく知られている花や観葉植物だが、トマト、ズッキーニ、パプリカなどの野菜も多い。しかもその輸出額は毎年伸びている。食品産業は成長産業なのだ。
日本人の洗練された味覚は、最近も「クールジャパン」で話題になるように、日本の大きな優位性である。それを活用するには、日本食を世界に輸出する戦略が必要だが、その最大の障害が禁止的に高い農産物関税なのだ。
日本の農水省は「カロリーベース」の食料自給率を高めることを政策目標にしているが、これは終戦直後の飢餓状況のときならともかく、現代では意味がない。オランダの穀物自給率は16%しかなく、日本(28%)より低い。これは農地を効率的に利用して、土地あたりの収量の少ない穀物をあまり生産していないからだ。
「日本は土地が狭いから農業や食品産業には向いていない」というのは、「日本では石油も鉄も採れないから自動車や電機製品はつくれない」というのと同じナンセンスだ。例えば半導体のコストのうち、原材料であるシリコンのコストは1万分の1以下である。
問題はカロリーではなく、付加価値である。日本のように土地の狭い国で付加価値の低い穀物に補助金を出しているために農業の効率が悪く、産業として自立できないのだ。輸出産業に転じるために必要なのは、穀物のような素材産業を捨て、野菜・果物や加工食品を中心とする食品産業に転じることだ。
農林水産省も「食品産業省」と改称して、付加価値の高い食品を生産・流通させる官庁になれば存在価値はあろう。もし石破氏が関税の撤廃と交換条件で農家への所得補償を考えているとすれば、日本の農業や食品産業が成長産業になる可能性もある。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37669
中国バブルは2015年に崩壊する
熊谷亮丸・大和総研チーフエコノミストに聞く
2013年4月25日(木) 渡辺 康仁
昨年9月の反日デモから半年が過ぎたが、日中両国には依然としてすきま風が吹いている。中国経済の減速懸念が強まる中、熊谷亮丸・大和総研チーフエコノミストは2015年にも中国のバブルが崩壊すると予想する。
(聞き手は渡辺康仁)
中国の反日デモから半年が過ぎました。著書『パッシング・チャイナ』では日本経済への影響は「蚊が刺した程度」と分析していますが、本当にそうなのでしょうか。
熊谷 亮丸(くまがい・みつまる)氏
大和総研チーフエコノミスト。1966年東京都生まれ。1989年東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。同行調査部を経て、2000年興銀証券(現みずほ証券)シニアエコノミスト。2005年メリルリンチ日本証券チーフ債券ストラテジスト。2007年大和総研に入社し、2010年より現職。主な著書に『消費税が日本を救う』(日本経済新聞出版社)、『パッシング・チャイナ』(講談社)など。(撮影:清水盟貴)
熊谷:日中関係の悪化が日本経済に及ぼす影響は3つのルートが考えられます。日本からの対中輸出の減少、中国にある現地法人の売上高の落ち込み、そして日本を訪れる中国人観光客の減少です。
計算するといずれも大きな影響ではありません。最悪のシナリオでも日本のGDP(国内総生産)を0.2%押し下げる程度です。日本経済に止めを刺すという話ではないのです。
中国サイドにも悪影響はあります。中国への直接投資が鈍る可能性があるほか、電子部品や自動車などの分野でサプライチェーンが寸断される事態も考えられます。
日本には日本だけが悪い影響を受けるという考え方もあったようですが、貿易は相互にメリットがあるからやっているわけですから、中国にも同じ程度の影響が出ることは避けられません。
反日デモの当初から日本経済への影響は軽微だと考えていたのですか。
熊谷:日本経済を取り巻く海外のリスク要因を分析すると、最大のものは欧州のソブリン(政府債務)リスクです。これはいわゆるテールリスク(確率は低いが起こると甚大な損害をもたらすリスク)と呼ばれるものです。最悪のケースでは日本のGDPは4.1%、金額にすると21兆円程度、落ち込む恐れがあります。
米国の財政問題が深刻化した場合の日本のGDPへの影響は1.5兆〜2兆円、原油価格が50ドル上がった場合は5兆円です。こうして見ると、日中関係の悪化による影響はかなり限定的だと言えます。
日本からの輸出を金額ベースで見ると中国が一番ですが、付加価値ベースでは米国が最も大きくなっています。日本にとって一番重要なのは依然として米国なのです。
設備投資は11〜12%の成長が続く前提
中国経済の状況をどう見ていますか。
熊谷:循環的には底割れすることなく最悪期を脱したと言えるでしょう。しかし、中期的には問題が山積しています。
ここ数年は資本や設備の過剰が積み上がり、経済の効率が非常に悪くなっています。2012年点で経済成長率が11〜12%に達するという前提で設備投資の意思決定が行われています。ところが成長率の実力は7〜8%ですから、日本のバブルのピーク時に匹敵するか凌駕するほどの設備の過剰感があります。この先、3〜5年のスパンで見ると、2015年以降に設備バブルが崩壊する可能性が高まっています。
不動産バブルも進行しています。住宅価格は地域によっては年収の20倍程度に上昇しています。地方政府は収入の6割程度を不動産関連に依存しているため、経済が逆回転を始めると非常に危うい。早ければ2015年くらいにバブルが崩壊してもおかしくないのです。
政治体制の動揺も考えておいたほうがいいでしょう。結局、反日デモは「反日」ではなく「デモ」のほうが中心でした。反日はきっかけであり口実です。中国では1日当たり500件弱くらいデモが起きています。格差問題や政治の腐敗、人権問題などで国民の不満がたまっていて、それが反日をきっかけにデモという形で表に出てきたに過ぎないのです。
中国政府は日本に対して強硬な姿勢を崩していません。どう対処すべきでしょうか。
熊谷:日本は中国を過度に刺激する必要はないと思いますが、特に領土に関しては毅然とした態度を示して原理原則を貫いていくことが重要になります。その一方で、水面下で情報を探りながらより実際的な対応をすることも必要になります。
日本企業に求められるのはやはりチャイナ・プラス・ワンです。「バッシング」でなく「パッシング」で中国を通過して、東南アジアや南アジアに分散を図るべきです。こうした地域の国々は親日的だというメリットもあります。
2015年にも中国のバブルが崩壊する可能性がありますから、それに備える意味でも中国に深入りしないことが肝要です。
この半年だけでもチャイナ・プラス・ワンの動きは進んでいるように見えます。
熊谷:各種アンケートを見てもそう言えるでしょうね。小泉純一郎元首相が2005年に靖国神社を参拝した頃からチャイナ・プラス・ワンという言葉はありましたが、多くの経営者はリアリティを持って考えていなかったのでしょう。中国の労働コストの高まりもこの流れを後押ししています。
バンコクの労働コストは北京の半分くらいですし、ミャンマーやバングラディッシュに至っては7分の1から8分の1です。もはや中国が安い製造拠点とは言えなくなってきたのです。それ以上に反日デモで中国の政治リスクやカントリーリスクを経営者が目の当たりにしました。チャイナ・プラス・ワンは違うステージに入ってきた可能性があります。企業は中国の幻想は捨てて、東南アジアや南アジアに経営資源をシフトしていくことが重要だと思います。
習近平体制は経済をコントロールできるのでしょうか。
熊谷:当面のキーワードは集団指導体制、漸進主義、社会主義市場経済の3つです。指導部にスーパーパワーを持った人がいなくて、均衡の上に成り立っています。問題を先送りしながらあと1、2年は持たせることはできるでしょうが、抜本的な改革はできずに矛盾が蓄積していくことになりそうです。
TPPは対中国の安全保障の問題
例えば、環境重視と言いながら、エネルギーを多く消費する産業に依存しなければ経済は伸びずに雇用も吸収できません。産業を高度化すると言っていますが、それを進めると雇用は吸収できませんから、結局は労働集約的な繊維などの産業を維持せざるを得ないでしょう。様々な矛盾を先送りできたとしても、2015年くらいのところで設備の過剰や政治の動揺も含めて一気に問題が顕在化する可能性があります。
対日政策でも変化は起きそうにありませんか。
熊谷:足元では北朝鮮がかなり強硬な姿勢を続けていますので、中国は国際社会から北朝鮮と同じだと思われたくないという意識があるのではないでしょうか。その意味で、今は中国が極端な強硬策に出る可能性は低くなっていると見ています。民主党時代よりも政権基盤が強い安倍晋三政権に対して一目置くという側面もあります。
しかし、国内の統治や国民向けのポーズを考えると、振り上げた拳を下ろすのは難しい。日本に対してある程度、強硬なスタンスを見せないと、国内の統一を保てなくなったり、ほかの派閥から足を引っ張られたりする可能性があります。
中国もアベノミクスに関心を寄せています。特に円安の進行を快く思っていません。
熊谷:アベノミクスは非常にうまくいっていると思います。本音で言えば為替を意識したオペレーションでしょうが、黒田東彦・日銀総裁がうまく説明しています。「デフレという国内問題を克服するために徹底的な金融緩和をしている」という理屈は国際社会の中では一応通ります。金融緩和による通貨誘導という理屈を認めてしまうと、米国が矢面に立つ可能性もあります。
欧州の一部の国や一部の新興国は円安誘導と批判しましたが、国際社会の大勢で言えば、米国を中心に日本の主張が一定の理解を得られています。理屈上は中国や韓国から文句を言われる筋合いはないと言えます。
ただ、アベノミクスは1本目の矢の金融政策は非常にいいのですが、2本目の柔軟な財政政策は財政規律が崩れてしまう可能性があります。国民の生命や財産を守るという美名の下でどんどん公共投資をやると、結果的に財政赤字が拡大して国債が売られて円安・株安も進むトリプル安のリスクがあります。
成長戦略の柱となるTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加を表明しましたが、農業の抜本改革ができるかどうかが試されます。コメの減反政策で価格を維持する政策から農家への直接的な所得保障に転換すべきです。なるべく価格を下げて輸出競争力を高めていくことが必要になります。
TPPは単純な経済問題ではなく、対中国の安全保障の問題を含んでいます。東アジアの秩序を作るときに、中国という人権やルールの遵守、自由などの部分で全く価値観の違う国が中心になるのか、米国が関与して日本と基本的な価値観を共有する国が中心になっていくのかが本質的な問題です。
日本がTPPや日中韓FTA(自由貿易協定)、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓など16カ国によるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)など多様なカードを持ち続けることで中国の態度も変わってくるはずです。
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130423/247117/?ST=print
中国企業は欧州を目指す
ブランド力と技術力を求めて投資
2013年4月25日(木) The Economist
昨年、中国の海外直接投資(ODI:Overseas Direct Investment)の大半は欧州へと向かった。投資ファンド「エイ・キャピタル」の最新レポートによると、2012年の中国の欧州向けODIは126億ドル(約1兆2600億円)に急増し、前年比で21パーセント増加した(図)。中国の進出をよく思わない国もあるが、大半の国は中国からの投資を歓迎している。中国ODIの投資先は、英国の食品ブランド「ウィータビックス」からポルトガルの電力公社EDPまで幅広い。
出所:エイ・キャピタル
この動向は加速しつつある。中国の通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)は、イタリアの大手通信会社であるウインドテレコミュニケーションが計画する13億ドル(約1300億円)規模の4Gネットワーク構築の受注に成功した(ファーウェイは米国では政府に締め出された状態にある)。米映画館チェーンのAMCエンターテインメントを昨年買収してハリウッドを驚愕させた中国のコングロマリット、大連万達集団(ワンダグループ)は、欧州の大手映画館チェーンの買収交渉に当たっていると囁かれている。
今回のレポートから2つの重要な動向を見ることができる。まずは投資対象の変化だ。かつてはコモディティが主な投資先だったが、サービス業への投資が増えてきた。これは工業品の輸出から国内消費へとシフトする中国経済の変化を映すものだ。新たに誕生した国内の中間層を獲得し、世界中で商品を売るために、中国企業はブランド力と技術力を必要としている。欧州にはその両方がある。
エイ・キャピタルを創立したアンドレ・ロゼクルグ=ピエトリ氏によると、もう1つの動向は過半数に満たない株式取得をよしとする傾向が広がってきたことだ。50%に満たない株式を取得する取引は、今や中国の投資案件の58パーセントを占めている。これは企業を買収した場合に現地から向けられる敵意を考慮した現実的な対応だ、と同氏は見る。また、企業を海外から経営するのが難しいという事実も理由の1つだという(例えば中国の自動車メーカー、ジーリーは、スウェーデンのボルボを買収したもののこの点で苦労している) 。
規制上の遅延に不満
欧州連合(EU)商工会議所の中国事務所は最近、中国企業約70社に対して欧州への投資状況を尋ねた。ほとんどの企業が欧州に再び投資する意思があると答えたものの、不満を持つ企業も多い、と商工会議所のピーター・デ・ヨング氏は言う。
大きな不満の原因は規制上の遅延、特にビザ(査証)に関する遅延だ。また、EUに数多くの法制度と言語が存在することや、労働組合に関わる煩わしさについても不満の声が上がっている。中国のある経営者は、コーヒーマシンの置き場所にまで組合代表者が口を出すことに衝撃を受けたという。デ・ヨング氏は、変革を求めるなら中国企業も共同して事に当たるべきだと語る。
ルクセンブルクは中国企業の人気が高い投資先だ。投資する企業の多くは欧州大陸でのビジネスの足がかりとしてルクセンブルクの持株会社を利用している。税制面で優遇措置があるほか、各種の認可やビザを迅速に発行してくれる。事務処理を英語で行なうことができる点も人気の理由だ。上海に在任するルクセンブルクのニコラス・マッケル総領事は、同国がライバル諸国に勝てる唯一の強みは「スピードと実利主義」だと言う。ユーロクラート(EUの欧州委員会の官僚)や欧州諸国内の官僚たちにもぜひ見習ってほしいものだ。
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4カ月で利益2億円超、バイオ株“バブル”で稼いだ個人投資家
2013年4月25日(木) 臼田 正彦=日経マネー編集部
昨年11月以降、京都大学の山中伸弥教授のノーベル賞受賞や、自民党新政権の後押しで急騰が相次ぐバイオ株。最安値から10倍以上になった銘柄も多数ある。
そのバイオバブル≠ニもいうべき状況に乗り、アベノミクス相場で2億円以上も資産を殖やした個人投資家が千葉県にいる。田中正彦さん(仮名・60歳)だ。
タイミングが良かった面はある。2012年9月末に定年退職を迎えたことだ。11月にかけて、払い込まれた退職金などを一気に証券口座に投入。ちょうど大相場の直前に、投資額を大幅に増やすことができた。
バブル化する前に買いを入れる
とはいえ、12年に大きな利益を上げたスリー・ディー・マトリックス(証券コード:7777)を購入したのは、バイオバブルの兆しなどまだなかった12年4月。しかも投資資金に余裕がまだなかったこともあり、信用取引で大きなリスクを取って買っている。この勇気ある決断が、後の快進撃の始まりだった。
昨年11月に新規資金を投入した時点での運用資産額は、それまでの含み益も合わせて約1億円だったが、4月に入った今は3億円をはるかに超えている。
田中正彦さん(仮名)の金融資産と保有する3Dマトリックスの株価の推移
勇敢に買っただけでなく、「持ち続けられた」ことも田中さんが勝てた理由だ。資金が増えた昨年11月には、既に買い値の3倍近くまで値上がりしていた同社株を、現引き(信用取引で買い建てていた株式を、買値相当の現金を用意して、現物株式での保有に切り替えること)して保有し続けることを決断した。
そのうえで年明け以降、前向きな材料が増え始めていたジーエヌアイグループ(証券コード:2160)など、他のバイオ株を新規で次々と信用買いしている。
ジーエヌアイは今年3月頭にかけて急騰した後、やや調整し、現在は買い値の2倍近辺で推移する。普通の投資家なら喜んで利食い売りをするところだが、田中さんはこれを「押し目」と判断して買い増し、売る気は今のところ全くない。現引き後にさらに3割以上値上がりした3Dマトリックスも、未だに保有し続けている。
人より早めに多額の資金で買い、少しの値上がりでは売らずに持ち続ける──。バブル相場≠フ恩恵を最大限に受けるためのお手本のような行動だが、同時に相当なハイリスク投資であり、普通の個人投資家になかなか実践できるものではない。なぜ、田中さんにはそれができたのか。
狙い目は「フェーズ2入り」銘柄?
理由は2つありそうだ。まず、もともと医療機器メーカーに勤務し、バイオ分野の知識に明るかったことがある。各社の出すプレスリリースも、「日経バイオテクONLINE」のような専門媒体も見慣れており、技術の良しあしは自分なりに判断できる。
そしてもう一つは、バイオ企業だけでなく、バイオ株≠フ性格も熟知していることだ。
「本来、医薬品の開発は10年スパンの長期的な話。それなのに株価は、何かIR(投資家向け広報)の発表があれば急騰し、材料不足になるとすぐに急落する。その繰り返し」。
その企業の内容を調べれば、いつごろ臨床試験に進展があり、あと何年くらいで上市(商品化)を迎えるかの大まかなスケジュールは分かり、一般企業よりむしろ先が読みやすいという。
だからこそ、なるべく安い時期を狙って買い、日々の値動きは気にせず自信を持って保有し続けられる。他にもっと乗り換えたい銘柄が登場しない限り、早期の利益確定は基本的にしない。
もちろん、バイオ株なら何でもいいわけではない。「出てくる材料がまだ特許関連で、具体的な医薬品が見えていない企業より、実際に臨床試験がフェーズ2やフェーズ3(実際の患者を対象とする試験)に達している企業の方が分かりやすい」と言う。
一時的な悪材料での売りは、むしろ買いチャンスにもなる。2月に、一部開発スケジュールの延期や増資を発表したカイオム・バイオサイエンス(証券コード:4583)が急落したが、連続ストップ安を経た後の6000円近辺で買った。
カイオム・バイオサイエンスの株価動向
「バイオの世界で3カ月の延期なんて遅れのうちに入らないし、増資の内容も特に問題があるとは思えなかった。赤字のバイオ企業にとって、資金調達が順調に出来ているのは、むしろ望ましいこと」(田中さん)。
同社の株価は1万円を回復。この調子で、ウォッチするバイオ銘柄に次々と資金を振り向け、利益を積み上げている。
バイオ以外でも、昨年はJトラスト(証券コード:8508)などで成功している田中さん。きちんと調べて、自信を持って長期保有。中小型株の大化けを捉える秘訣はそれに尽きそうだ。
お金の知恵袋
雀の涙ほどの低金利が続くけど、資産を増やすにはどうしたらいいの? ほかの人はどんな風にしてお金を貯めているの? ついつい無駄遣いしちゃんだけど、無理なく節約するにはどうしたらいいの。個人のおカネにまつわる様々な疑問を解決するお宝情報が満載の「日経マネー」編集部がちょっとしたノウハウを順重します。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20130423/247081/?ST=print
実は知らない「給料」が決まるホントのルール(その2)
必要経費の積み上げで、成果の反映はわずか
2013年4月25日(木) 木暮 太一
先日、雑誌の記事を目にしました。そこでは、多くの人が自分の給料に対して不満を感じているという調査結果がありました。給料の金額に不満に感じているということは、「その給料は妥当ではない」と感じているということです。
では、みなさんは、自分の給料がいくらであれば妥当なのか、論理的に説明できるでしょうか?
「同期の中では一番高い給料をもらっていい!」「あの人よりは、当然評価されるだろう」というような相対的な尺度ではなく、「自分の給料は『○○万○千円』が妥当!」と論理的に説明・主張できるでしょうか? おそらく、そういう方はほとんどいないと思います。つまり、給料金額の決まり方を論理的に把握している方はほとんどいないのです。
多くの方は、給料のルールを知らずに「もっともらえるはず!」と感じていることでしょう。そして、給料のルールを知らずに「もっと給料を増やしたい」と努力をしていたのです。
では、その「給料のルール」とは一体、何なのでしょうか?
マルクスの『資本論』に見る給料のルール
ここからカール・マルクスの『資本論』で説かれている理論をベースに、給料のルールとはどんなものなのか? を説明していきます(『資本論』というと、「共産主義の経済学!」「古臭い理論で現代には使えない!」と感じるかもしれませんが、それは誤解です。『資本論』は「資本主義経済の本質を分析した理論書」で、またその理論は、日本経済の構造を見事に説明できます)。
さて、給料の決まり方を理解するには、「商品の価格」がどのように決まるかについて知っておく必要があります。あなたの労働も言ってみれば“商品”なのですから。そこで、『資本論』で展開されている論理が役に立ちます。
なぜ、そのお茶は150円なのか?
みなさんが今日買ったペットボトルのお茶は150円でした。でも、なぜそれは150円なのでしょうか?
「それが相場だから」
では、その相場は誰が決めたのでしょうか? なぜ150円と決めたのでしょうか?
「150円分の満足感があるから」
本当にそうでしょうか? みなさんはお茶を買う時に150円分の満足感があることを実感して買っていますか? 真夏でノドがカラカラになりそうな時期も、真冬で冷たい飲み物なんか欲しくない時も、同じ150円ですが、それだとつじつまが合いません。
実は、商品の値段は全く別のロジックで決まっているのです。『資本論』で解説されている理論には、いくつか重要な柱があります。その代表的なものが次の2つです。
1:商品には、「価値」と「使用価値」という2つの尺度がある。
2:需要と供給のバランスがとれている場合、商品の値段は、「価値」通りに決まる。
これだけではさっぱり意味がわかりませんので、順番にひも解いていきます。
商品が持つ「価値」と「使用価値」
まずは最初の「商品には、『価値』と『使用価値』という2つの尺度がある」について考えていきましょう。
マルクスは、取引をするものは「すべて“商品”である」としました。みなさんが今朝食べたパンも、会社で購入したパソコンも、時間つぶしに入ったスターバックスのコーヒーもすべて「商品」です。
一方で、「商品」にならないモノもあります。道端に落ちている小石は商品にはなりません。山奥のキャンプ場の近くに流れているきれいな小川の水も、商品ではありません。小さい石だから商品にならないのではありません。小さい石でもパワーストーンとして売っていることもあります。水だから商品にならないのではありません。コンビニでは「おいしい水」が売られています。
つまり、同じ種類のモノでも、商品になったりならなかったりするのです。
この違いは何なのでしょうか? それが「価値」と「使用価値」なのです。「価値」と「使用価値」を持っていれば、そのモノは商品になり、持っていなければ商品にはならないのです。
まず理解しやすい「使用価値」について説明します。
「使用価値」とは、「それを使うメリット」という意味です。つまり「使用価値がある」とは、「それを使ったらメリットがある、満足する、有意義である」という意味になります。例えばパンの使用価値は、「おいしい」「空腹が満たされる」などで、小麦粉で練られて焼いたモノが使用価値を持つのは「人がそれを食べて、空腹が満たされるから」なのです。この「使用価値」は、次に出てくる「価値」とは全然違う意味ですので、注意してください。
次に、「価値」です。この言葉は要注意です。マルクスがいう「価値」とは、普段わたしたちが使う意味ではありません(わたしたちが普段使う「価値」という言葉は、マルクスがいう「使用価値」のことです)。
『資本論』の中で「価値」は、「労力の大きさ」という意味で使われています。つまり「価値が大きい=多くの労力がかかっている」ということを言っているのです。「それをつくるのにどれだけ手間がかかったか」を計る尺度なんです。
「価値」の大きさは、人がそれを作るのにどれだけ苦労したか(どれだけそれに対して労働したか)によって決まります。つまり「価値」があるといった場合、「この商品は、○○人で○○時間かけて作ったから、すごい価値がある」といったように、「とりあえず人の手がかかっている」ということを表しているのです。
ですから、ある商品の「価値」の大きさは、その商品につぎ込まれた「人間の労働の量」によって決まります。1時間でつくったパンより、10時間かけてつくったパンの方が「価値が大きい」。プログラマーが3時間かけてつくったスマホのアプリケーションよりも、10時間かけてつくった木彫りの置物の方が「価値が大きい」のです。「置物なんていらない」と感じるかも知れませんが、それは関係ありません。そのモノが有効かどうかは「使用価値」という言葉で計ります。尺度が別なのです。
単純にかかった労力に比例して「価値」は大きくなります。それが、マルクスが言っている「価値」です。簡単に言うと、時間をかけてつくったものは「価値」が大きい、ということです。
「価値」だけでも「使用価値」だけでも、商品にならない
そして、マルクスが主張したのは、「商品には、『価値』と『使用価値』がある」ということです。逆に言うと、「価値」と「使用価値」がなければ、そのモノは商品にはならないということです。
商品とは、自分以外の他人に売るものです。逆に言うと、「価値」と「使用価値」がないものは、商品にならない、他人に売ることはできない、ということです。「使用価値(使うメリット)」がないものは商品になりません。使うメリットがなければ、誰も買ってくれません。道端に落ちている小石や、わたしが描いた絵が商品にならないのは、「使用価値」がないからです。役に立たないものは買ってもらえないというのは、当たり前の話ですね。
ただし、「使用価値」さえあれば、商品になるか(他人が買ってくれるか)というと、そうではありません。わたしたちビジネスパーソンは、自分が売ろうとしているモノ・サービスの「メリット」を徹底的に考えるよう、教育を受けています。
「お客様にどんなメリットがあるのか?」
「顧客視点に立て」
「お客様に喜んでもらえれば、必ず選ばれる」
これらはつまり「使用価値」を考えろ、そしてつまり「使用価値さえあれば、お客さんに買ってもらえる」ということを言っています。
しかし、「使用価値」だけでモノは商品になりません。「価値」がなければいけないのです。「使用価値」と併せて「価値」も持っていなければ商品にはなりません。例えば、先ほどのキャンプ場の近くに流れているきれいな小川の水が売れない理由がここにあります。山奥のきれいな小川の水を、すぐ隣のキャンプ場で売ろうとしても、間違いなく売れません。
なぜか? 「価値」がないから(労力がかかっていないから)です。「価値」がない(労力がかかっていない)ものは、いくら使用価値があっても、売りモノにならないのです。このポイントは非常に重要です。むしろ、こちらの方が大事かもしれません。商品にいくらの値段がつくか、さらに、わたしたちの給料がなぜその金額なのかを説いてくれるのは、この「価値」なのです。
この非常に大切なポイントを理解するためには、次の法則を解明しなければいけません。
3日間と3時間、煮込んだカレーで高いのは?
マルクスが『資本論』の中で説いた2つ目の重要ポイントは「需要と供給のバランスがとれている場合、商品の値段は、『価値』通りに決まる」でしたね。
商品には、「価値」と「使用価値」があります。これら2つの要素がそろって、初めて「売りモノ」になります。ただし、商品の値段を決めているのは「価値」だとマルクスは考えました。価値の大きさがベースになって値段が決まっているということです。
「そんなことはあり得ない。やっぱりマルクスは時代錯誤だ」
と感じるかもしれません。ですが、消費者の目線で見てみると、わたしたちは自分自身でもマルクスの主張の通りに考えていることがわかるでしょう。ビジネスパーソンとして会社内で言われていることと、全然違う判断をしているのです。
消費者の立場になって、考えてみてください。例えば、これなどはどうでしょう。
・30分で作ったカレー
・3日間煮込んだカレー
みなさんは、それぞれいくらの値が妥当だと思いますか? おそらく大半の方が「3日間煮込んだカレー」を高く設定するでしょう。「3日間」の方が高くて当然、と感じます。味のことは何も言っていません。目隠しをしてクイズを出されたら、多くの消費者には、「30分」も「3日間」も一緒で、味の区別はできないかもしれません。しかし、それでも「3日間煮込んだカレー」に高い値付けをするのです(毎年年始に放送する「芸能人格付けチェック」でも、最高級品と安売り品の味を区別できないタレントさんが大勢いますね。「実際は変わらない」ということです)。
これはつまり使用価値(カレーのおいしさ)ではなく、そのカレーを作るのにかかった労力(価値)で判断しているということなのです。「パン」よりも「手作りパン」の方が高そうに感じます。非常に細かい刺繍がほどこされた布を見せられた時、「すごい」と思います。ですが、それが手編みだったことを聞かされると「すご〜〜い!!」と感じます。目の前にあるものは変わらないのに、それが機械製か手製かで、感じる重みが変わっているのです。
おわかりいただけましたでしょうか。わたしたちは消費者として商品を「価値」で判断しています。そして「価値」をベースに妥当な値段を考えているのです。つまり、世の中の商品は「使用価値」ではなく、「価値」で値段が決められているのです。
これは言葉を変えると、商品の値段は「それをつくるのに必要な労力(コスト)の積み上げ」で決まっているということになります。ここがポイントです。
そして、マルクスは「取引するものはすべて商品である」と考えました。つまり、モノも労働力も同じ「商品」なのです。ですから、給料の決まり方も、一般の商品の値段と同じように決まるのです。
ということは、労働力の値段である「給料」も、「それをつくるのに必要な労力(コスト)の積み上げ」で決まっているということになります。つまり、労働者が(明日も)働くために必要なコストの合計が給料なのです。
給料の決まり方
労働力を含めたモノの値段の仕組みがわかったところで、それではいよいよ「給料が決まるルール」について解説しましょう。
経済学的に考えると、給料のルールには、
1:必要経費方式
2:利益分け前方式(成果報酬方式)
の2種類があります。
「1」の方式を採用しているのが、主に伝統的な日本企業です。日本企業では、その社員を家族として考え、その家族が「生活できる分のお金」を給料として支払っています。これが、「必要経費方式」という考え方です。
この「生活できる分のお金」を、マルクス経済学では「労働の再生産コスト」と呼びます。例えばこういうことです。
社員のYさんが労働者として1日働けば、おなかが減ります。そのため、翌日も同じように働くためには食事をとらなければいけません。ここで食費A円が必要です。
また、1日働いて体力を消耗すれば、休む場所が必要です。つまり寝る場所が必要で、ここで家賃B円がかかります。
さらに、毎日同じ服を着て過ごすわけにもいかないので、洋服代(クリーニング代)C円も必要です。
さて、話を単純にするために、このYさんが翌日も労働者として働くために必要なのは、この3つだけだとします。そうすると、このYさんの労働力の「再生産コスト」は、
再生産コスト=A円+B円+C円
となります。そして、この金額が給料の「基準」になります。これだけあればその労働者が明日も生きていける、明日も同じように労働者として働ける、のです。
給与体系がこのような考えに基づいていると、「その社員がいくら稼かせいだか」「いくら会社に利益をもたらしたか」などの成果や業績と給料は無関係になります。どんなに会社に利益をもたらしても、基本的に給料は変わらないのです。
「個人の努力」が給料を決める…という幻想
大阪大学が実施した調査から、サラリーマンの興味深い意識が読みとれます。「何が給料を決めているか?」という問いかけに対し、
・個人の努力や選択(判断):68.6%
・運:47.5%
・学歴:43.1%
・才能:29.5%
という回答でした。
そして「給料は何で決まるべきだと思いますか?」に対しては、
・個人の努力や選択(判断):75.7%
・学歴:10.4%
・才能:15%
となりました。
つまり、「がんばって成果を上げた人が高い給料をもらうべき」と多くの人が考えている、ということです。そしてその前提にあるのは、「成果が上げれば、給料が上がって当然」という心理です。
ですが、もしみなさんが「必要経費方式」を採用している企業に勤めていたら、その不満は「筋違い」です。そもそも仕事をしたかどうかで給料が決まっているわけではないのですから。
「そんなはずはない! 能力給や成果給を認めている会社は山ほどあるじゃないか!?」
そういう反論もあるでしょう。確かに実際には、能力や成果も給料に反映されます。しかし、さきほどもお伝えしたように、それはあくまでも「表面的・付加的な要素」であり、「多少のプラスα」です。
成果を出しても給料に反映されるのはわずか数%
現に、厚生労働省の統計にそれが表れています。
こちらは、厚生労働省が大企業(資本金5億円以上、労働者1000人以上の企業)を対象に行った調査で(「平成23年賃金事情等総合調査」)、基本給の構成を示しています。この調査に含まれるのは大企業だけですが、いわゆる伝統的な日本企業の給料がどうなっているかを知ることができます。
1.年齢・勤続給 : 6.8%
2.職務・能力給 : 37.9%
3.業績・成果給 : 7.1%
4.総合判断 : 39.1%
ご覧のように、業績・成果は7.1%しか考慮されていないのです。この前年の調査では、「業績・成果:4.1%」でした。業績や社員の出した成果を給料に反映させていこうという流れは上昇傾向にあるとはいえ、それでも給料に占める割合はまだ数%なのです。これが、私が「成果を出しても、比例して給料は上がるわけではない」と結論づけている理由です。
「電気機器(17.0%)」や「食品・たばこ(21.3%)」で業績・成果の比率が高い一方、グローバルの成果主義浸透していそうな「車輛・自動車」ではその割合は3.7%と低い水準です。また、そもそも業績・成果給を明示していない業種も多く、日本全体として考えると、その「扱いの小ささ」がうかがえます。
「職務・能力給」は成果を出すスキルではない
注意いただきたいのは、「職務・能力給」の「能力」とは、具体的な成果を出すためのスキルのことではなく、社会人としての基礎力を指しているということです。
例えば、社会人10年目の社員と1年目の社員が、全くの未経験分野で今日から仕事をするとします。両方にとって未経験の仕事ですから、スキルは同じです。しかし、10年目の社員の方が圧倒的に仕事をうまく進めることができるでしょう。それは、仕事のやり方がわかっているからです。社会人としての基礎力が違うので、新入社員よりも仕事ができるのです。
この部分を評価して支払われているのが「職務・能力給」です。つまり、具体的なスキルではなく、抽象的なビジネスパーソンとしての実力を計り、それに応じて支払っている給料です。
「能力」と聞くと、さも具体的な成果を上げるための力を意味しているように感じますが、そうではありません。ビジネスパーソンとしての基礎力・地力を指しているのです。そして、このような能力は仕事を通じて、経験を通じて蓄積されていきます。通常、経験を積めば積むほど増えていきます。そして、具体的な仕事内容が変わっても減るものではありません。
これはさきほどからお伝えしている「労働力の価値」にほかなりません。それが給料の金額を決める大きな要素になっているのです。
この調査で給料を決める要素として、最後に挙げられている「総合判断:39.1%」。これは元資料に「1〜3の要素を総合判断して決定される基本給をいう」とありました。「1〜3」とは、「年齢・勤続給」「職務・能力給」「業績・成果給」です。これらを総合判断した要素が給料金額の39.1%を決めているということです。総合判断とはいえ、業績・成果と関係ない要素が色濃く反映されているわけです。
必要経費方式を主に採用する日本企業の場合、給料の基本部分はこのような考え方で決まっていたのです。
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今までで一番やさしい経済ニュースの読み方
「がんばれば、なんとかなる」という時代ではありません。「なんとなくで、なんとかなる」という時代は、とっくの昔になくなりました。現在の資本主義で生きていくためには、“資本主義経済のルール”を知り、それに沿った努力をしなければいけません。この連載では、経済学理論や経済古典を背景に、この社会がどういうルールで動いているかを解き明かし、その視点から経済のニュースを解説していきます。知らず知らずのうちに見えなくなっていた暗黙のルールが見えてくるでしょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130422/247019/?ST=print
【第860回】 2013年4月25日 週刊ダイヤモンド編集部
日銀緩和でリート市場に歪み?
ある格付会社が人気独占の理由
これもまた、日本銀行が打ち出した新たな金融緩和の効果なのか。とある格付け会社が、不動産投資信託(J-REIT。以下、リート)からの“人気”を独り占めしている。
日本格付研究所(JCR)がそれだ。4月11日、東急リアル・エステート投資法人は米ムーディーズの格付け(A3。上から7番目)を取り下げると同時に、JCRでAAマイナス(同4番目)を取得。このほかのリートもJCRに関心を示している模様だ。
背景には、日銀のリート購入の増額がある。白川方明・前日銀総裁下でもリートは100億円の追加購入(2013年)が予定されていたが、黒田東彦新総裁下では、初の金融政策決定会合(4月4日)で毎年300億円と一気に3倍に増額。「大方の予想を上回る規模」(石澤卓志・みずほ証券チーフ不動産アナリスト)となり、市場にサプライズを与えた。
実はJCR人気は、日銀がリート購入を開始した10年10月から続いている。これ以降に上場した銘柄は、すべてJCRだけで格付けを得ているのだ。
なぜか。それには日銀がリート購入に課した条件が関係している。
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日銀には個別銘柄について5%までしか保有できない、いわゆる「5%制約」があり、購入対象も「格付けAA格以上」と厳しい要件を設けている。結果として購入は上位銘柄に限られ、市場を極端に歪めることはないはずだ。
ところが、である。AA格は格付け会社1社でも取得していればよいため、「格付け判断が甘い」(不動産業界関係者)と言われるJCRにリートが吸い寄せられているというから皮肉なものだ。
実際、JCRも含めた複数の格付け会社から格付けを取得している11銘柄すべてが、JCRから最上位の格付けを得ている。
結果的に、JCRだけがAA格以上を与えたことで日銀の購入対象条件を満たす銘柄は15銘柄と、全体の約4割にも上っている。
リート相場上昇の要因は、実際には日銀よりも国内金融機関、特に信用金庫や地方銀行が購入していることが大きい。融資先もなく、国債も発行額の7割を日銀が購入しているため利回りは低下。これらに代わる投資先として、リートに熱い視線を注いでいるのだ。
ただ、地銀などのマネジメント層にはバブル崩壊のトラウマから「いまだに不動産嫌いな人が多い」(銀行関係者)といい、運用担当者が買いたくてもストップがかかる例が多いのだという。
だが、そういうマネジメント層であっても「『日銀』のお墨付きには弱い」(同)だけに、日銀の購入対象銘柄となれば、上司の説得材料にもってこいというわけだ。
かくして日銀のリート購入増額が、今年度の金融機関のリート運用枠拡大にも波及しそうだ。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池田光史、河野拓郎)
http://diamond.jp/articles/print/35096
【第5回】 2013年4月25日 齊藤義明 [野村総合研究所・2030年研究室室長]
100年の時間軸を持った金融とは?――鎌倉投信が育む「希望の金融」
収益性とは違う軸を併せ持った金融
「金融資本は、短期的な株価の値上がりを目的とした企業や人を増幅させています。派生型の金融商品が欲望の受け皿となって、この風潮は止まらない。人々の欲望を抑えることは困難で、このままではお金は自己増殖し、金融市場の動きに連動した経済の浮き沈みはますます激しくなっていくのではないか」
鎌倉投信の鎌田恭幸代表取締役社長は2008年1月に大手外資系の資産運用会社を辞めるまでの20年間、自分の職業の意義について自問自答していた。
「フローベースの短期志向の投機は本来的な価値を生まない。目に見えないものをきちんと見ていかないと、企業の本当の価値はわからない。財務諸表では見えない価値が企業の本当の価値。本当に価値あるものに根差した投資の在り方、信頼に根差したお金の循環が必要だ」
鎌田さんは以前勤めていた大手外資系の運用会社を辞めた当初は、もう金融の世界に再び足を踏み入れることはないと思っていたという。ではなぜまた金融の世界に関わったのか。
この質問に対し「日本には世界に誇れるようないい会社が沢山ある。そういういい会社の発展成長を永く応援する投資の在り方を目指したい。金融が健全に機能しないと社会は良くならない」「お金を通じて伝える力というものが確かにある。お金に色はないが、使う人の色に染まる」と、鎌田さんは答えた。つまり使う人の意思や心がお金に特別な意味を与え、人や社会をその意味に沿った方向へと動かす原動力になるということだ。
「金融を通じて社会にどういう価値をもたらすかが大切だ」「金融を通じて社会に希望と勇気を与える力になりたい」、鎌田さんは、かつての同僚に声をかけ、自ら培った経験を支えに、これまでとは違う独自の軸を併せ持った投資信託委託会社を作る覚悟を決めた。
「投資とは短期的なさや取りではなく、次の世代に富や価値をつなげていく役割を持つ。今、日本は様々な社会的課題を抱えている。規模に関係なく、本業を通じて社会的課題を解決しようとする企業群こそがこれからの日本にほんとうに必要とされる。そういう企業と鎌倉投信、さらには受益者(投資家)との『顔の見える関係性』の中で、企業を長期間にわたって応援していく金融が必要だ」
鎌田さんは、2008年8月、独立系・直販型の投資信託を設定運用、販売する鎌倉投信を設立した。次の世紀に価値をつなぐことを目的とする新しい軸を持った金融が小さいながらも誕生した。
普通の金融商品は全て数値で表現され、
その内容を目で、耳で、肌で感じとることができない
投資信託「結い 2101(ゆいにいいちぜろいち)」を設計するにあたり、鎌倉投信は「公募型」、「投資信託」、「直接販売」という3つのポイントにこだわった。不特定多数が少額から参加できる「公募型」にしたのは、多くの人が小口からでも参加できる枠組みを作りたかったからだ。さらには、購入者の数がだんだんと増えて、そうした受益者が投資先の「いい会社」を知ることによって「結い 2101」の社会的な影響力やメッセージ性を高めることができると考えたためだ。単に資金量の大きさだけではなく、何万人という受益者の数が示す「投票」にも似た社会的意味合いを大事にした。
また「投資信託」にしたのは、投信には満期をなくすことができるため長期的な投資、極端に言えば無期限の投資が可能であるためだ。「100年続く投資信託で、300年社会に貢献する『いい会社』を応援したい」と鎌田さんは言う。また投信であれば成熟した企業と将来花開く若い企業とを組み合わせて事業サイクルを分散し、トータルなリスクを緩和することができることも理由だ。現在、限られたリスクの中で非上場の企業に数社投資を行っている。
こうした、若い企業への投資といえば、通常ベンチャーキャピタルが真っ先に思い浮かぶが、その投資期間は約7年程度である。若い価値ある企業の中にはもう少し長い目で応援したほうが成功確率を高められるケースも多く、投信の持つ無期限性を上手く使えばそれが可能になる。
3つめにこだわったのは「直接販売」。銀行や証券会社を介さず、直に投資家の人たちへ鎌倉投信の考え方や想いを伝えながら販売していくためだ。一般に金融商品というのは全て数値で表現されることが多く、自分がいったい何に投資しているかわからなくなっている人が多い。
投資の経済的な結果だけに関心が集中していて、投資の中身については関心が薄くなってしまい、極端な話、儲かれば中身などどうでもいいという人もいる。鎌倉投信は投資家と投資先の会社とが信頼で結ばれる「顔の見える関係性」を意図的に構築していった。投資の「手触り感」を大事にし、投信を通じた自分の投資先を目で、耳で、肌で感じとる機会をできるだけ作っていくようにした。
たとえば、受益者による投資先への会社訪問を定期的に開催し、そこで経営者の人柄に触れたり、取り組んでいる事業を深く知ったりすることができるようにした。昨年で第3回目となる「結い 2101」の受益者総会は鎌倉の建長寺で開かれた。当時約3500人いた受益者(投資信託購入顧客)のうち15%程度が全国から集まり、投資先であるツムラ、トビムシなどの経営者の話に聞き入った。
「株価や業績の話はしなくていいから、御社の存在価値について話して下さい」と鎌田さんは経営者に事前にお願いしていた。話を聞いていた受益者たちは、その企業の株価や業績ではなく、その企業の存在価値に対して関心を持つようになり、しかもその価値創造に一緒に参加している感覚と熱気とが生まれた。
投資先選定基準は「人」「共生」「匠」
「結い 2101」の投資先企業選定基準は、「人」、「共生」、「匠」の3つである。「人」とは、障碍者、高齢者、女性などの人財を活かすとともに、社員のモチベーションを高めている企業。「共生」とは循環型社会を創造する企業で、環境、自然エネルギー分野や、農業、林業といった第一次産業分野や地域の活性化において優れた取り組みを行う企業。そして「匠」とは、グローバルな視野からみて付加価値の高い独自の技術、サービスを持っている企業だ。これら3つの基準から企業を評価して組入れ銘柄を決めている。
鎌倉投信の投資先選定基準
また鎌倉投信では、投資によって得られる果実(リターン)を「資産形成」×「社会形成」×「豊かなこころの形成」の3要素で捉えている。
すなわち株価や配当、基準価額といった数値上の結果だけでなく、「いい会社」に投資し「いい会社」が増えることによってもたらされる社会へのプラスのインパクト(社会的課題解決、地域貢献、雇用など)を投資の果実と捉えるとともに、そうした価値創造企業に主体的に関わっているという個人投資家の実感がこころの満足度を増大させ、ひいては人間性をも高めることにつながることが、大きな意味での「投資の果実」だと考えている。「バランスシート(貸借対照表)の外側に、社会や公共の利益、心の利益がある。良い投資は人格を磨きます」と鎌田さんは言う。
では、鎌倉投信の「結い 2101」は、一般的な社会貢献ファンド(SRIファンド)とは一体どこが違うだろうか。鎌田さんによると、SRIファンドは一般的に形式的、総花的、網羅的であり、その投資先は大企業が中心になっているという。
「オール5じゃなくていい。CSRレポートで美しく飾るような企業に興味はない。社員をリストラして浮いたお金で森林保全をしても意味がない。規模は小さくても実質的で永続的な、本業において社会的課題を解決する企業を選んで投資していく」とその投資哲学を語る。運用者が魂を込めて投資しているかどうかも一般的なSRIとの違いといえそうだ。
こうした鎌倉投信の投資哲学・投資方針に、会社組織に依存せずに自分の足で立つ問題意識を持ちSNS等を通じて自ら情報発信も行う30代、40代の個人投資家がまず動いた。鎌倉投信では3800名の受益者のうち30代、40代が60%を超えており、これは一般的な投資信託保有者像に比べてかなり若い。まさに次世代を象徴する投資信託である。現在「結い 2101」の運用金額は約35億円、投資先企業数は41社(2013年3月末現在)にまで拡大中である。
良い運用パフォーマンスは、運用者だけでは作れない
「結い 2101」の運用成績はどうであろうか。2010年3月〜2013年3月までの3年間、「結い 2101」の年換算リターンは9.1%であり、同期間におけるTOPIXの年換算リターン2.3%と比較して極めて高い。一般には「社会性と利益性が同一方向で成りたつのか」という疑問が持たれることが多いが、「いい会社は利益を出し、資産形成になることを証明したい」と鎌田さんは考えている。
鎌倉投信では、リスクを年率10%以内に、リターンを年率4%(信託報酬控除後)程度にすることを目標に運用しており、販売手数料はゼロ、信託報酬はアクティブファンドとして投資家にお願いできるぎりぎりの水準である1.05%にとどめている。「結い 2101」の好成績を支えているのは、思想が良いからだけではなく、裏に外資系運用会社で培った鎌倉投信のプロの技術があるからだ。「プロのプロたる所以は、どんな環境下でもマイナス幅をいかに小さく抑えられるか、マイナスの期間をいかに短くするかです。市場が大きく値下がりした時はむしろ普段より多めに購入するようにしています」
ただし「良い運用パフォーマンスは、運用者だけではつくれない」と鎌田さんは言う。「値下がりした時に不安にならず、逆にファンドを購入してくれる顧客がいることで、ポートフォリオがキレイになります。良質な顧客は運用パフォーマンスを底上げします」
確かに、運用パフォーマンスは顧客と運用者が一緒に作るものなのだ。鎌倉投信の顧客は、大震災後の暴落局面でも早急に解約を求めたり、資産の目減りを極端に心配したりした人は皆無だったという。
「その時々の感情に流されて解約したり購入したりする投資家が多ければ、質の高い金融商品にはなりません。どういった性質の投資家と共に歩むかが何よりも大切です」と鎌田さんは言う。鎌倉投信の個人投資家たちは株主利益を追求するいわゆる「モノ言う株主」ではない。投資先企業に対して受益者としての権利を主張するのではなく、むしろ投資家自身が投資先企業に対して何ができるかを考えるという姿勢を重視している。
社会を変えるメディアとしての投資信託
鎌倉投信の本社屋は、鎌倉の人里の中に隠れ家のように存在している。築85年の古民家を改修した建物で、ゆったりとした時間が流れていく風情の中にある。それは生き馬の目を抜くような金融の世界とはほど遠い世界にみえる。「なぜこんなところに」という質問に対し、鎌田さんは次のように答えた。
「私たちの投資信託『結い 2101』は、100年後の次の世代に通じる価値を作ることを目指しています。この事業をどこでやるかが非常に大事だと考えました。場所は思想信条を反映するからです。創業メンバーは誰一人として東京のオフィス街のビルでやりたいとは言いませんでした。鎌倉は、自然、伝統文化を重んじる一方で、武家幕府をつくったり日本で初めてナショナルトラストをつくったりしたような革新的な土地柄です。その佇まいの中に私たちの本社を求めました。古くからあるものを大事にしながら新しいものを創造し、人の成長を促す場所でありたいと思っています」
鎌倉投信の本社屋
鎌倉投信の「結い 2101」は単なる金融商品ではない。資金の自己増殖性を無視してはいないものの、それに囚われていないし、それが本質には見えない。「結い 2101」はむしろ、強いメッセージ性を放つ「メディア」、本来愛でるべきものを愛でる「アワード(賞)」、社会を良い方向へ革新しようとする「社会的ムーブメント」のような性格さえ有しているように思える。
鎌倉投信は、受益者ひとりひとりが自分のお金の行き先に良質の関心を向けるよう誘っている。短期的な投資収益に翻弄されずに、100年後、300年後、1000年後を見据えて「いい会社」を残そうと呼びかけている。そのための武器として、投資信託という器を再構築して変革のメディアに仕立てた。
そのメッセージするものは今、顧客が顧客を呼ぶように社会的共感力を持ち始めている。これから先、鎌倉投信はさらに受益者を拡大し存在感を増していくだろう。明確な志を持った情報発信によってさらに「いい会社」の情報が集まり、投資先企業が増えていくだろう。鎌倉投信の投資銘柄はブランドになり、投資先企業の社員の誇りになっていくだろう。従来の金融資本の論理に一石を投じる新しい価値軸を持った金融=「希望の金融」の拡大に期待したい。
http://diamond.jp/articles/print/35166
【第11回】 2013年4月25日 戸田淳仁 [リクルートワークス研究所研究員]
横ばいの2014年卒大卒求人倍率
景気浮揚感は新卒採用に影響せず
2014年卒の就職動向は、内定を獲得する学生も出てきているように、すでに進んでいる。以下では、就職戦線が始まる当初時点での需給バランスを調査した大卒求人倍率調査の結果を見ていきたい。
大卒求人倍率は横ばい
2014年卒の大卒求人倍率調査(大学生・大学院生を対象)の結果によると、大卒求人倍率は1.28倍と前年(2013年卒)の1.27倍と比べてほぼ変わらない倍率となった。
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求人倍率は求人企業と民間企業に就職希望する学生数とのバランスで決まる。そこで、両者の動向について詳しく見ておきたい。
求人数は、前年の55.4万人から54.4万人へと1.9%のマイナスとなった。一方、民間企業就職希望者数は、前年の43.5万人から42.6万人へと2.0%のマイナスと、両者の減少幅はほぼ同じであるため、求人倍率も前年並みの結果となった。
求人数も全体としては前年より減少したが、従業員規模や業種でみると様子が異なる。
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図表2の従業員規模でみると、1000〜4999人以上企業以外においては、対前年増減率がマイナスとなっている。特に、5000人以上の企業においては、前年までは増加していた求人数が今年に入りマイナスに転じてしまった。背景としては、多くの企業が前年並みの採用予定としている中で、一部の製造業を中心に業績悪化に伴う求人減が影響を与えている格好となっている。また、300人未満企業、300〜999人企業においては、引き続きマイナスが続いており、厳しい状況が続いている。
業種によって明暗が分かれる
また、業種についてはどうだろうか。業種については、図で示した。
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図表3は業種別の求人数の増減率を表すものであるが、金融業と建設業において、前年の増減率はマイナスであったところから、今年はわずかではあるがプラスに転じ、これまで続いていた求人数が下げ止まったように見える。
建設業では復興需要や都市再開発等によるニーズはあったものの、主に中途採用で人材を補充していたが、それでは不十分であり、また中長期的に見ても人材が必要ということで新卒でもある程度採用するに至っている。
金融業においては、これまで採用を抑制していた業種であったが、昨年末からの株高により業務が拡大するにともない、既存の人員では量的に事業を担うことが難しいということで採用に踏み切る企業が見られる。
一方、製造業においては依然としてマイナスが続いている。先ほども述べたように、電機・機械などにおいて業績悪化が伝えられている業種では求人を減らしているが、自動車のように一部の製造業では求人を増やす動きも見られる。製造業の中でも求人動向の傾向が異なる。
アベノミクス効果は新卒採用に届かず
アベノミクスによる景気浮揚が言われている中では、予測外の伸び悩みと感じた人も多いだろう。
なぜ、アベノミクス効果が新卒採用に届かないのだろうか。本調査が実施された2013年の2〜3月にかけては、景気が持ち直しつつある状況であった。過去の月例経済報告を見ると、2013年2月27日発表の時点においても、景気の先行きについて、「当面、一部に弱さが残るものの、輸出環境の改善や経済対策、金融政策の効果などを背景に、マインドの改善にも支えられ、次第に景気回復へ向かうことが期待される」と記されている。
景気が持ち直しつつあるのにもかかわらず新卒採用に影響が出てこないのは、企業側の新卒採用数に対する考え方の変化がある。
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図表4は、大卒求人倍率と景気を表す指標としてGDP成長率(実質)の相関関係を分析したグラフである。1987年から95年までの図では、相関係数(図表ではR2と記載。「1」に近くなればなるほど相関が高くなり、「0」に近くなればなるほど相関は低くなる)が0.67程度と、正の相関関係があることを示している。
つまり、GDPの成長率がより高くなればなるほど、大卒求人倍率も上昇するという関係がある。一方、1996年から2013年の図をみると、相関係数(R2)は0.06程度になっている。これは相関関係がないことを示す数字だ。
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図表1を改めてみていただきたいが、新卒採用については、バブル期に企業は大量採用を行い、バブル崩壊後には一転して採用を抑制してきた。後者はいわゆる「就職氷河期」と呼ばれ社会問題化したわけである。そのような採用数の極端な増減を行った結果、組織における社員の年齢構成に歪みが生じて、現在ではミドル年齢に達したバブル期大量世代の余剰感と、その下の世代の不足感が続いている。
長い間部下を持つことができなかった大量採用世代は、マネジメントスキルを実践の場で高める機会に恵まれず、このことが企業活力の問題にまで発展している。この経験が企業の採用活動の反省を促し、「新卒は景気にかかわらず極力一定人数採用し続ける」という考えを持つに至った背景だ。
図表4において、1995年と96年の間でデータを区切ったのは、ちょうどこの時期がバブル崩壊の痛みから回復し始め、企業が採用活動を強化した時期にあたるからである。リーマン・ショックの前にも採用数が増加する時期が見られたが、図表4の1996年以降のグラフにおいて、求人倍率の高い年を仮に無視したとしても相関関係がないことがうかがえるし、リーマン・ショックの後には、景気と新卒採用数との関係は一段と希薄になってきたように見える。アベノミクス効果があっても大卒求人倍率が反転しないのは、そのような理由が大きいと考えられる。
一服感を見せる従業員規模間のミスマッチ緩和
次に、視点を変えて、これまで問題視されていた従業員規模間のミスマッチについて触れたい。
雇用があっても仕事に就けない人が出てくる場合がある。このケースはミスマッチとよばれ、しばしば議論される。
ミスマッチは、仕事を探す人の希望する企業の特徴と、実際に求人をする企業の特徴が異なっているから起こる。例えば、業界Aを希望する人がいて業界Aの企業へ就職活動をしているとしよう。しかし業界Aの企業はどこも人材が充足していて景気が良くなっても採用活動をしなかったとしよう。そうすると景気が良くても、業界Aの求人はなく、この人は業界Aには就職できない。このような状況がミスマッチと呼ばれる。ミスマッチを引き起こす「企業の特徴」というのは様々であり、業種、職種、従業員規模、事務所のある地域などである。
特に新卒採用においては従業員規模間のミスマッチが問題視され、大企業を希望する学生が多い一方で企業の門戸は狭く、大企業を希望しながらも大企業に就職できない学生が出てきた。特に菅政権において「新卒者雇用に対する緊急対策について」(2010年8月30日)において、従業員規模間のミスマッチが焦点となり、学生の中小企業への関心を高め、中小企業への就職を促す様々な施策が講じられてきた。
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では、実際に従業員規模間のミスマッチはどうなっているだろうか。
図表5には従業員規模別の求人倍率があり、2013年3月卒までは300人未満の倍率が低下する一方、5000人以上の倍率が上昇し、規模間の倍率差は縮小している。これは従業員規模間のミスマッチが緩和していることを示している。
しかし2014年3月卒については、300人未満の倍率が3.27倍から3.26倍とほぼ変わらず、一方で5000人未満の倍率は0.60倍から0.54倍とわずかではあるが低下している。そのため、倍率差は前年並みである。これまで従業員規模間のミスマッチが緩和してきたが、ここにきて緩和傾向に一服感が見られる。
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この背景として学生側の動きに注目したい。
図表6は従業員規模別の民間企業就職希望者数の対前年増減率を表したものであるが、5000人以上企業について、2013年3月卒では−15.2%と大きく減少した翌年2014年3月卒は、+5.2%と幾分回復している。前年よりは大手企業を希望する学生が増加しているが、その背景として、景況感の回復とともに採用数の多いような企業への就職期待を持ったことがあげられる。
例えば、学生は銀行のように採用人数も多く、全国で採用し、総合職・一般職がある会社をもととも希望する傾向がある。銀行は、今年に入り採用人数を増やす動きが伝えられているので、「自分も入れるかもしれない」と期待する学生が増えている。
しかしながら、5000人以上企業への就職希望者数増加数は前年よりわずかにとどまっており、多くの学生で本格的に大手企業が強まったとまでは言えない。
流通業では求人倍率が上昇
業種間のミスマッチが拡大
最後に業種別の求人倍率について触れたい。
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図表7に表した業種別の求人倍率を見ると、流通業において前年の3.73倍から4.76倍に1ポイント以上上昇している。流通業は、2008年3月卒に7.31倍となった後は一貫として倍率は低下してきたが、今年2014年3月卒に入り倍率は上昇に転じた。一方、金融業は0.18倍と、調査開始以来最低水準を記録した。このようにみると、業種間のミスマッチは拡大しているといえる。
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その背景を見るために、学生側の動きを見てみよう。図表8は業種別の民間企業就職希望者数の対前年増減率を示したものであるが、流通業については2014年3月卒においては2割近く希望者数が減少している。その一方で、先ほど述べた理由を背景に金融業に学生の希望が集まっていることもわかる。
学生はこれから活動を続けていく中で、企業を知り、視野が広がっていくと思うが、景況感の回復といった気運に浮足立つことなく、様々な規模の企業に目を向け、自分にあった会社をぜひとも見つけてほしい。
http://diamond.jp/articles/print/35189
【第2回】 2013年4月25日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
日銀の異次元緩和が開いた国債暴落への道筋
日本銀行は、4月4日の金融政策決定会合において、「次元の異なる量的・質的金融緩和政策」を導入した。
これに対する市場の反応は、それほど簡単ではなかった。株式市場や為替市場では、緩和策を効能書きどおりに受け取って、株高と円安が進んだ。しかし、プロの市場である国債市場では、国債利回りの乱高下が生じた。4月中旬の長期国債の利回りは、新政策発表前より若干高めになった。
日銀が国債購入額を増やし、しかも長期の国債まで買うとしたのだから、素直に考えれば、金利は低下するはずだ。確かに、発表直後には低下したのだが、その後は上昇した。これは、金利高騰(国債価格暴落)が将来ありうるとの見方があることを示している。
以下では、日銀の新しい金融政策の評価を行なうこととしたい。あらかじめ結論を要約すれば、つぎのとおりだ。
1.銀行のポートフォリオが大きく歪むことになるので、計画どおりの国債購入はできない可能性が高い。
2.日本国債に対する信頼性が失われると、金利が高騰し、経済が混乱するおそれがある。
「次元の異なる」量的・質的金融緩和政策
4月4日の日銀金融政策決定会合において決定されたのは、つぎの事項である。
1.消費者物価の前年比上昇率2%を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現する。
2.マネタリーベースが、年間約60〜70兆円増加するよう金融市場調節を行なう。
マネタリーベース(2012年末実績138兆円)は、13年末200兆円、14年末270兆円となる見込み。
3.長期国債の保有残高が、年間約50兆円増加するよう買入れを行なう。
長期国債の保有残高(12年末実績89兆円)は、13年末140兆円、14年末190兆円となる見込み。
なお、毎月の長期国債のグロスの買入れ額は、7兆円強となる見込み。
4.長期国債の買入れの平均残存期間を、現状の3年弱から7年程度に延長する。
毎月の長期国債のグロスの買入れ額7兆円を12倍すれば84兆円となるが、これは「年間国債発行額120兆円の約7割」になる。
なお、120兆円とは、借換債も含む総額である(財務省が1月29日に発表した13年度の国債発行計画によると、4月から翌年3月にかけて入札により発行される国債の金額は、156兆6000億円。これから短期国債の30兆円を差し引いた長期国債の発行予定額が、126.6兆円である)。
ネットでの日銀の年間購入予定額50兆円は、過去1年間の実績の約2倍であり、13年度の新規国債発行額42兆8510億円を7兆円強超えている。
金利低下シナリオ
今回の国債購入計画は、市中からあまりに巨額の国債を購入するという意味で、規模が大きすぎる。このことを、具体的な数字で示そう。
以下では、資金循環勘定における「預金取り扱い機関」の資産構成の変化を見ることとする。「預金取り扱い機関」とは、国内銀行の他、外国銀行、中小金融機関、ゆうちょ銀行などを含む金融機関である。
これら機関の過去2年間の資産・負債の主要項目の変化は、図表1のA欄に示すとおりである。
預金が増え、それを貸出、国債などの資産に配分して運用する。日銀オペ前の状態が、A1だ。この状態で、長期国債の保有額がどれだけ増えていたか(つまり、どれだけ政府から購入したか)は、統計からはわからない。
ここでは、「オペの結果、日銀当座預金が24.2兆増え、長期国債残高が11.9兆増加した」という事実から逆算して、その額は36.1兆円であったはずだと考えた(注1)。
ここで、24.2兆円の買いオペが行なわれると、残高の増加は、A2に示すようになる。
つぎに、今後2年間を考えよう。
次の仮定を置く。
(1)今後2年間の長期国債の発行額は、過去2年間と同額(82.7兆円)とする。
(2)各機関は、それを過去2年間と同額だけ購入するとする。
(3)その後に、日銀は100兆円の買いオペを行なうとする。
ここで重要なのは、日銀の買いオペレーションによって、貸出がどう変化するかだ。
(注1)なおこれは、2年間の発行総額82.7兆円を、12年末の国債残高960兆円から日銀保有分115兆円を差し引いた保有残高比で配分した場合とほぼ同じである。12年末の長期国債の保有残高は、預金取り扱い機関が300兆円(42.6%)、保険が210兆円(25.3%)、海外が35兆円(9.9%)だ。
仮に企業の資金需要が旺盛であれば、「当座預金が増えるので貸出が増え、それが預金を増やす」という信用創造のメカニズムが働き、銀行のバランスシートは資産・負債両面で成長していくはずである。しかし、現在の日本では、貸出が増える可能性がほとんどないので、増加した当座預金はすべて過剰準備になってしまう可能性が高いのである。
過去においては、どうであったろうか?
2001年から06年までの量的緩和期においても、10年からの包括的金融緩和期においても、信用創造メカニズムは働いておらず、当座預金が増えただけで終わってしまっているのである(詳細は、拙著『金融緩和で日本は破綻する』、ダイヤモンド社を参照)。
具体的な数字を見ると、図表2のとおりだ。
01−05年頃の期間においては、量的緩和措置によって当座預金は増えたにもかかわらず、貸出はかえって減少した。つまり、信用創造とはまったく逆の現象が起こったのである。これは、世界的なITバブル崩壊により、景気が悪化していたからだ。
量的緩和措置は06年には停止され、日銀当座預金残高は顕著に減少した。しかし、この時期に、貸出は増加しているのである。これは、アメリカで消費ブームが起こり、そのため日本からの輸出が増加したからだ。
このように、貸出は当座預金の変化によって動くのではなく、実体経済の動向によって動くのである。
10年以降は、当座預金増に伴い、貸出も増加した。これも、当座預金増による信用創造メカニズムというよりは、中国への輸出増などのために景気が回復し、企業の資金需要が強まったからだ。
実際、10年12月から12年12月の間に、当座預金は120%増加したのに対して、貸出は5.3%しか増加しなかったのである。この結果、図表3に示すように、貸出残高に対する当座預金残高の比率は顕著に上昇した。
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以上を考慮して、100兆円の買いオペが行なわれても、それによって貸出は増えず、当座預金だけが増えるとする。すると、オペ後の資産増は、図表1のB2に示すとおりとなる(注2)。
なお、資金循環勘定では、長期債と財投債の合計が表示されている。本稿で「長期国債」と言っているのは、この値である。
なお、上の仮定は、データで直接に確かめることはできない。その理由はつぎのとおりだ。
預金取り扱い機関の保有国債増減=新発国債購入−償還+他の機関との売買−日銀への売却
であるが、最初の3項は資金循環統計ではわからない。したがって、保有国債増減額がわかっても、それから日銀売却額を算出することができないのである。
ただし、日銀側のデータを見ると、図表4に示すように、日銀保有国債残高の増減(長期国債と短期国債の和)は、2011年を除き、ほぼ当座預金の増減に等しい。とりわけ、01−06年はほぼ完全に一致している。この関係は、長期債のみをとっても、おおよそ成立する。したがって、当座預金の増減は国債売買によると考えてよい。ところで、日銀に当座預金を持つのは預金取り扱い機関だけだ。したがって、日銀の国債売買が影響を与えるのは、預金取り扱い機関にほぼ限定されると考えてよいだろう。
(注2)この試算においては、日銀が市中から買いオペレーションを行なうとき、預金取り扱い機関の保有長期国債のみが減少すると仮定している。生命・年金や事業法人などは長期投資目的で長期国債を保有していると考えられるので、この仮定は妥当なものだろう。
国債市場が攪乱され、銀行の資産構成が歪む
問題は、以上のオペレーションによって、預金取り扱い機関の資産のバランスが大きく崩れることだ。
図表1のB2にはっきりと示されているように、国債という収益を生む資産が顕著に減り、当座預金が顕著に増えるのである。過剰準備には0.1%の付利がなされているとはいえ、近似的には当座預金は収益を生まない資産と考えてよい。だから、収益を生む資産が減って、収益を生まない資産が増えることになるのである。
残高ベースの計数は、図表1のC1、C2欄に示すとおりである。貸出に対する当座預金の残高の比率は、現在の6.6%から2年後には20.6%に上昇してしまう。
これは異常なバランスシートだ。図表1のA欄を見ても、これまで国債保有残高は減っていない。このようなポートフォリオを銀行が受け入れるか否か、大いに疑問である。
逆ザヤにはならないにしても、収益性が大いに悪化することは間違いない。これまで銀行が国債を売却してきたのは、金利が高かった時点で購入した国債があったため、売却益があったからだ。こうした売却益は、今後はあまり期待できない。
なお、国債の利回りが低下するので、生保の資金運用利回りも低下する。これに対応するため、生保は外債投資を増やさざるをえないかもしれない(注3)。
このように歪んだポートフォリオになる原因は、「当座預金だけが増えて、貸出が増えない」と考えたことだ。
上述のように、教科書的な説明では、当座預金が増えれば、信用創造メカニズムが働くとされている。しかし、これは、企業の資金需要が十分あり、貸出準備金としての当座預金が貸出増の制約条件となっている場合のことだ。企業の資金需要がなければ、貸出は増加しない。
国債購入額を増やせば信用創造が働くかといえば、そんなことはないだろう。
なぜなら、貸出が増えないのは、実体経済の事情によるからだ。とりわけ、企業の設備投資意欲が低いことが問題だ。
現在の状況は、2001-05年頃の状況に似ている。すなわち、中国、欧州の景気後退のため、輸出数量が伸びていない。このため、設備投資意欲がない。だから、当座が増えても、貸出は増えない可能性が高いのだ。
仮に設備投資をするにしても、海外で行なう。その場合の資金は、海外での資金調達か、あるいは本社の内部資金によるだろう。仮に国内で投資するにしても、内部資金が行なうだろう。
このように、実体経済が金融を制約するのであり、金融が実体経済を動かすのではない。
(注3)日本経済新聞(4月23日朝刊)によれば、生命保険会社は、長期金利が低下して運用収入の確保が難しくなるため、これまでの資金運用方針を見直し、外国債券への投資を増やす予定。
以上の状況を考えると、「過去2年の日銀への売却額である24兆円程度までは、過去と同じことが繰り返される」と仮定するのは、不自然なことではない。
国債残高を減らさないためには、買いオペを36.1兆円程度にするのが限度である。景気が回復して貸出が増えれば、預金と貸出が両建てで増えるため、上記のような異常な形は緩和されるだろう。それにしても、100兆円は限度を超えている。
外債などの購入も考えられるが、それよりも日銀の買いオペに応じないほうが簡単だ。
こうして、日銀が買うと言っても、銀行が売らない可能性がある。そうなると、「2年間で100兆円購入」という目標は達成できない。結局のところ、「貸出が増えないかぎり、目標は実現できない」という結論になる。
財政拡大が求められる可能性が高い
ただし、シナリオは、これで終わりではない。つぎのように発展する可能性がある。
上の試算の大前提は、「今後2年間の新規国債発行額が、過去2年間と同額」というものだ。しかし、国債発行額がそれにとどまる保証はない。国債増発が行なわれる可能性は高く、仮にそうした事態になれば、事態は大きく変化する。「金利低下シナリオ」が一転して、「金利高騰シナリオ」になってしまう可能性があるのだ。
国債増発が求められる理由はいくつかある。第1は、上の試算で示したように、日銀が市中から買い上げすぎるため、市中の国債が品薄になってしまうことだ。第2の理由は、実体経済が改善しないため、補正予算で景気刺激策が求められる可能性が高いからだ。大型の補正予算が組まれて国債が増発される可能性は、大いにある。
今回の緩和策では、長期債も購入することとされた。したがって、金融機関は政府から購入した国債を右から左に日銀に売却することができる。これは、事実上の日銀引き受け国債の発行だ。
このため、仮に国債の発行が多すぎることになっても、国債市場には供給増の圧力が加わらない。
こうして、財政規律が弛緩し、財政支出が際限もなく拡大するおそれがある。
それによって財政への信頼が弱まると、海外保有者の売却が始まる危険がある(最初に短期国債が売られ、いずれは長期国債も売られることになるだろう)。海外保有者が国債を売却すると、事態は大きく変わる。
こうなると、急激な金利高騰が起こる可能性がある。また、円安が進む可能性もある(注4)。
将来に円安が予想される場合、海外からの投資は、為替差損を被ることになるので、きわめてリスキーになる。
国内資産のキャピタルフライト(資本逃避)が生じて預金が流出すれば、さらに深刻な事態になる。金利高騰は、保有国債の価値低下であり、金融機関の資産劣化を意味するから、大混乱を引き起こす危険がある。
本文で述べたのは、海外投資家の資金流出が原因である場合だ。このときには、資金が日本から流出するため円安になり、かつ、国内市場での国債供給が増えて国債が暴落するため、金利が高騰する。
これとは違うケースもありうる。何らかの原因によって国内で投資需要が高まり、資金需要が増えて、金利が高くなる場合だ。このときは、資金が海外から流入するから、円高になる。
(注4)金利変化と為替変化のどちらが原因であるかによって、両者の見かけ上の相関が逆になることがある。
金利高騰シナリオに転化する危険がある
以上のことを、定量的に評価してみよう。
海外保有者の長期国債売却の最大値は、2012年12月末の保有額34.9兆円だ。新規国債増は前と同じく82.7兆円であるとすると、国内の市中消化額は、34.9+82.7=117.6兆円にならなければならない。
これを、12年12月末の長期国債保有比率で各機関が購入するとすれば、購入額は、預金取り扱い機関が43.1兆円(36.6%)、保険が30.2兆円(25.7%)となる。
この場合の預金取り扱い機関の資金運用の変化は、図表5に示すとおりである。
日銀は、預金取り扱い機関から100兆円購入し、当座預金を同額だけ増やす。
長期国債購入43.1兆円、売却100兆円で、差引残高増は56.9兆円減だ。また、当座預金は100兆円増となる。
この場合には、貸出増は、15.6兆円になる。過去2年間の半分程度に圧縮しなければならなくなる。ただし、実際には、当座預金の大部分は過剰準備金となっているので、これを取り崩して貸出を維持するだろう。
問題は、年金保険で生じる。当座預金に相当するものがないからである。国債が過剰になると、バランスをとるために他の資産を圧縮しなければならなくなる。図表6には、貸出だけで対応する場合を示した。貸出を10兆円近く削減しなければならなくなる。
つまり、この場合には、日銀が100兆円市中から購入しても、まだ足りないということになるわけだ。本来は、事態の推移を見ながら、国債購入を決めるべきだろう。「2年間の購入額を最初から決めて、追加はしない」と宣言すると、不確実性が増す(ただし、4月4日の決定では、「経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し、必要な調整を行う」と書いてはある)。
「金利高騰シナリオ」は、財政に対する信頼感の喪失によって起こるものであり、今回の日銀の緩和策がなくとも、起こるものだ。ただ、問題は、すでに述べたように、今回の措置が財政拡大を通じて信頼喪失の可能性を高めている点にある。
以上で見た「金利低下シナリオ」と「金利高騰シナリオ」は、正反対のものである。そして、このどちらが実現するかのキーは外国人投資家が持っており、彼らの行動を予測することができない。4月4日の緩和政策発表以降、国債市場では金利の乱高下が続いているのは、正反対のシナリオのどちらが実現するか見通しがつかないという市場参加者の戸惑いの表れなのだろう。
マネタリーベース、マネーストック、物価目標はどうなるか
マネタリーベースは、日銀券、通貨、日銀当座預金から成る。内訳の推移は、図表7に示すとおりだ(この表の計数は平均残高なので、他の表の計数と合わない場合がある)。全体の約6割は日銀券であり、日銀当座預金は約35%だ。当座預金の9割近くは準備預金だ。
なお、日銀のバランスシートは、図表8に示すとおりだ。
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長期国債保有増が当座預金増と同額だとすると、上の計画では、日銀券(12年末87兆円)が2013年末60兆円、2014年末80兆円となることを想定しているのだろう。
さて、マネタリーベースを計画どおりに増やせるだろうか?「金利低下シナリオ」では、日銀当座預金が計画どおりに増えないので、マネタリーベースの予測値は実現できない。また、貸出も増えないので、マネーストックも増えないだろう。したがって、物価目標も達成できないだろう。
国債増発、財政支出拡大が行なわれると、事態は大きく変わる。マネタリーベースは、いくらでも増やすことができるだろう。マネーストックは、マネタリーベースの増額と同額だけは増えるだろう。
財政支出の増加により、財政インフレが起きる。キャピタルフライトが起きて円安が進行すると、輸入インフレも加わる。この場合にはむしろ、物価上昇率を2%に抑えられない危険のほうが問題だ。
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安倍政権による金融緩和策が経済再生の「魔法の杖」のごとく喧伝されているが、いかに追加緩和がなされようと、デフレ脱却は見込めない。安易な緩和策は問題を先送りする「麻薬」でしかなく、その先に待っているのは、財政規律の弛緩と制御不能なインフレである。日本経済論の第一人者が金融政策の限界を検証する。
〈主な目次〉
第1章 金融政策はどう行なわれるか
第2章 効果がなかった量的緩和
第3章 大規模為替介入と円安バブル
第4章 日銀による財政赤字のファイナンス
第5章 金融緩和でデフレ脱却はできない
第6章 世界を混乱させるアメリカ金融緩和QE
第7章 金融緩和のエンドレスゲームに突入する世界
第8章 金利高騰は大問題
第9章 財政赤字と金融緩和で国家は破綻する
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【第34回】 2013年4月25日 山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員]
TPPという外交敗北
守れなかった農業の聖域
カナダ、オーストラリアとも事前協議がまとまり、日本は7月からTPP交渉に参加する、という。だが、どんな合意に至ったか政府は明らかにしない。日本に不利な条件が盛り込まれた可能性が高い。
先に合意した米国との事前交渉は、日本車への関税を当面存続することを認めた。カナダ、オーストラリアにも同様の約束がなされたようだ。だが、見返りに日本の農産品に特段の措置がなされたわけではない。つまり、すべての分野が交渉のテーブルに乗る。
得意分野は事前交渉で封じられ
不得意分野は本交渉で「市場開放」
得意分野は事前交渉で封じられ、不得意分野は本交渉で「市場開放」が迫られる。
政府内部では「農業5品目の関税をすべて守るのは極めて厳しい」という声が漏れている。安倍首相は「守るべき国益は守る」と繰り返すが、何を根拠にそう言えるのか。
TPPは事前協議で早くも外交敗北が濃厚になった。取り繕っても不都合な真実はいつかバレる。7月からの交渉参加で、日本の不利益が次々と明らかになるだろう。
「TTPで安倍政権はつまずくかもしれない」。農業議員からそんな声も出始めた。
政府関係者はこう指摘する。
「5品目のうち何を守るのか。例えばコメを守るが小麦は諦める、という選択を迫られる局面が出てくるのではないか」
関税撤廃はTPP交渉の一部でしかないが、安倍政権にとって重要な政治案件だ。関税は分類項目が数万件に及ぶが、WTO交渉などでその90%が撤廃されている。TPPでは残る10%をおおむね3%以下まで減らそうという交渉が進んでいる。
そこまで下げるとなると日本の「聖域」は崩れてしまう、というのだ。
武器を失い丸腰にされ
交渉の土俵に立たされる
首相が交渉参加を決断する直前、自民党の農林議員は、首相一任の条件として「コメ、小麦、砂糖、乳製品、牛豚肉の農産品5項目と国民皆保険制度」を国益として列挙し、首相は守ることを約束した。それがもう危うくなっている。
どの国にも守りたい「弱い品目」がある。同時に「強い品目」もある。強みを前面に出し他国を追い詰め、弱みを巧みに守って国益を貫くというのが通商交渉である。
ところが日本は、交渉の入場料として自動車という強いカードを切ってしまった。武器を失い丸腰にされ、農業国が待ちかまえる土俵に立たされる。
発端は日米交渉だった。4月12日に明らかにされた日米事前協議の合意は、「不平等条約」とさえ言える内容だった。米国の「弱み」である自動車はしっかり守られた。日本側が発表した合意文書に次のように書かれている。
「(日本車に対する)米国の自動車関税がTPP交渉における最も長い段階的引き下げによって撤廃され、かつ最大限後ろ倒しされること、この扱いは米韓自由貿易協定における米国の自動車関税の取り扱いを実質的に上回るものとなることを確認」
分かりにくい表現だが、日本車に課す関税はTPPが許す最大限の猶予期間いっぱいに存続し、米韓自由貿易協定で韓国車の関税が無くなった後も残るということだ。
これだけではない。「弱い」米国車を日本に売り込むため「TPP交渉を並行して自動車貿易に関する交渉を行うことを決定」と記されている。
世界で売れている米国車が日本で売れないのは、日本の制度やビジネス慣行に非関税障壁があるからだ、というのが米国の言い分だ。市場の排他性をなくすため軽自動車を優遇する税制や日本独自の安全基準を米国車に押しつけない例外扱いなどを協議する、というのである。「言いがかり」のような要求だが日本は交渉に応じた。
米国の本当の狙いは
国民皆保険制度?
自動車だけではない。他の分野でも交渉が続く。合意文書にこうある。
「日米間でTPP交渉と並行して非関税措置に取り組むことを決定。対象分野は保険、透明性・貿易円滑化、投資、規格・基準、衛生植物検疫措置など」
非関税措置は、米国は重視する交渉項目である。関税は輸入の防波堤で、波打ち際で外国製品の流入を阻止する。だが関税障壁は世界経済の発展を妨げるということからGATT(貿易と関税の一般協定)やWTOを舞台に何十年も引き下げ交渉が行われてきた。その結果、ほとんどの関税は撤廃され、残るはそれぞれの国の政治品目、というのが現状だ。
代わって浮上しているのが「非関税措置」である。それぞれの国は事情に応じて独自の制度を設けている。それが他国から見ると「外国製品を閉め出す排他的な障壁」に映る。
例えば日本の国民医療保険制度。政府が財政補填して国民皆保険を実施しているが、外国の保険会社から見れば民間の医療保険を閉め出す制度になる。米国は日本の国民健康保険が「非関税障壁」とは言ってはいないが、米国の保険会社が得意とする医療保険を普及するのに、国民皆保険は障害だと思っているようだ。そこで狙われるのが皆保険を支える諸制度である。
皆保険のサービスを低コストで実現するには、薬品価格を低く抑えなければならない。中央社会保険医療協議会が保険が対象とする薬品価格を決めている。この決め方が「透明性を欠く」という指摘を米国はしている。
薬品業界は寡占が進み、米国にはファイザーなど多国籍薬品企業がある。彼らにとって日本は有望市場だ。日本の薬価の決め方は行政主導の談合体質だ、と米国は批判している。薬品の特許期間を延長してジェネリック薬品の認可を遅らせるべきだという主張もなされている。米国の薬をもっと高い値段で買ってくれ、という要求である。
もう一つが保健医療の対象外にある自由診療を併用する混合診療の導入だ。米国が得意とする先端医療の恩恵を受けるには、今の制度では自由診療しかない。そこで保険診療と自由診療を併用する混合診療を認めろ、と米国は制度の改正を要求している。だが日本政府は混合診療が増えると保険診療が先細りになり国民皆保険の維持が難しくなる、と難色を示している。
高額の先端医療サービスを皆保険の外側に、民間保険の対象として市場を創る。そうなれば米国の薬品業界と保険会社の利益は拡大されるが、日本の国民皆保険の維持とがぶつかる。TPP交渉の裏側でこうした国や制度の根幹を揺さぶるやり取りが展開している。
TPPの主要議題は、長年の交渉で限界まできた関税より、国の在り方を決める制度を問題にする非関税障壁へと移っている。政策決定の透明性、地方自治体の入札まで含む政府調達、先進国の技術に対価を払う知的財産保護など、新たなテーマが交渉項目になった。これらは米国が主導する交渉分野であり、米国の多国籍企業に活動の自由を与えるルールづくりでもある。
内容が微妙にずれる
日米の合意文書
話を日米の事前協議に戻そう。不可解なことに合意文書は2通ある。日本政府が出した文書と米国の通商代表部(USTR)が出した文書で、内容は微妙にずれている。
日本の文書にある合意内容には「日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、2国間貿易上のセンシティビティー(重要項目)があることを認識しつつ、TPPにおけるルール作りおよび市場アクセス交渉において緊密に共に取り組むことで一致」と書かれている。お互い弱い品目を抱えていることを理解し、交渉では仲良くやることになりました、というニュアンスである。
ところがUSTRの合意文書にはひと言も触れていない。代わりにTPP交渉と並行して行われることになった日米交渉の中身がこってり書かれている。例えば保険である。
「日本は民間の保険会社との適正な競争関係が確立されたと判断されるまでは、かんぽ生命によるガン保険・医療保険商品について認可を行わず、そのためには数年間を要すると思われることを一方的に発表した」
一方的に発表というのは麻生財務相が唐突に行った会見だ。記者の前に現れた麻生大臣は問わず語りに「政府はかんぽ生命のガン保険や医療保険の新商品は当分認可しない」と述べた。保険での日本の譲歩を合意文書に書かず、大臣談話で済ますという不透明なやり方で、外交敗北を小さく見せようとする小細工ではないのか。
米国保険会社の売れ筋商品であるガン保険・医療保険をかんぽ生命に売らせるな、という米国の横ヤリに屈したのである。
かんぽ生命は政府が100%出資する日本郵政の子会社で、政府の信用をバックに営業しているから民間と対等な関係ではない。外国勢を閉め出す非関税障壁だ、という米国の主張に屈した。日本はそこまで譲ったのに「農産物の聖域化」を引き出すことはできなかった。
米側の主席交渉官であるマランティス臨時代表が日本の佐々江賢一郎駐米大使に宛てた書簡で「日本には農産品というセンシティビティーがあることを理解」というリップサービスをもらい、それを日本側の合意文書に書き込んだのである。
理解していただいたが、肝心の「農産品の例外扱い」はゼロ回答だった。米国の農業団体からは歓声が上がった。
「めまいがするほど嬉しい。我々の期待はすべての製品で関税ゼロだ」(全米豚肉協議会のジョルダーノ副会長)
「コメが難しい問題であることは分かっているが、量的にも質的にも日本への輸出を増やしたい」(USAライス連合会カミングスCOO)
カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも勢いづいた。自動車のカードを入場料に使ってしまった日本には相手を追い詰める武器はない。
自民党が「農業所得倍増計画」を
打ち上げた狙いは何か
交渉参加は7月下旬。外交敗北が露わになるのは参議院選挙が終わってからだろう。選挙で大勝ちすればTPPの敗北も何とかなる、と安倍首相は考えているのかも知れない。
首相はこのごろ盛んに「農業の多目的機能」を口にする。農業は農産物を生産するだけではない、田園風景やみどり溢れる環境を保全することも大事な機能だ、と。農業補助金だけでなく多目的機能に予算を付ける伏線ではないか。
自民党の石破幹事長は「農業所得倍増計画」を打ち上げた。農村風景や振興策が、なぜいま声高に語られるのか。それはTPPで聖域が破られることへの備えではないのか。
ウルグアイラウンドでコメ市場に風穴が空いた時、政府・自民党は6兆円をばらまいた。失政をバラマキで埋める、という愚行がまた繰り返されるかもしれない。
http://diamond.jp/articles/print/35191
【第228回】 2013年4月25日 筒井健二
消えゆく産業遺跡「廃墟」が
私たちに教えてくれること
炭鉱の町に残る大規模な学校から、生徒数が一桁の山奥の分校まで、廃校には地域の気候や風土、社会背景が色濃く反映されている
第2次「廃墟」ブームが到来しているという。
2012年10月には『産業遺産の記録』(三才ムック)、12月には『廃校遺産』(ミリオン出版)が発売され、廃れゆく建造物の魅力やその痕跡を残そうとする動きが盛んだ。現代に生きる人間は、廃墟のどういったところに魅力を感じるのか──。
廃墟ブームの第一波は、1998年ごろに訪れた。インターネットの普及に伴い、個人の趣味嗜好が他人にも広く受け入れられ始めたことで、廃墟の価値と歴史性の魅力に気づいたファンがウェブサイトを開設。彼らの濃密な情報交換にメディアが注目し、雑誌や写真集を通じて、廃墟の神秘性や世界観を広めていった。
「廃墟に興味がある人は、以前から一定数いたと思います。ただ、心ない人たちに“いい廃墟”を傷つけられるのを恐れ、限られた輪の中でしかつながりを作りませんでした。そんな閉鎖性を壊したのがインターネットです。SNSを通じて廃墟好きが出会い、写真や文章でその美しさ、産業遺跡としての価値を伝えようとする人が、いまなお増えています」
このように語るのは、10年以上にわたり、廃墟をテーマとした撮影活動を続けている芝公園公太郎さん。芝公園さんが写真を提供した写真集『廃校遺産』(ミリオン出版)が出版されたばかりだ。
「廃墟をテーマに創作活動をしている人は、数多くいらっしゃいます。そうした方々から写真を提供してもらい、1冊にまとめたのが今回の『廃校遺産』です。さまざまな理由で閉校してしまった学校の歴史を追っています」(芝公園さん)
町が輝いていたころの
“過去の栄光”が廃校に宿る
廃墟は時代や地域性を投影した存在だ。たとえば炭鉱街。人が集まり、商店ができ、町が広がり、産業が発展する。その後、自然資源の枯渇につれて“ヤマの灯”が消え、人が減り、そして…。
「炭鉱のように一財を成した町の学校には、ハッと息をのむほど美しいものが多く、いまなおしつらえや建築様式の素晴らしさが伝わってきます。華麗で調和がとれていた当時の佇まいと現在の姿とのギャップが、時代の変遷を物語っていて魅力的ですね」(芝公園さん)
小・中・高校のうち、廃校となるのが圧倒的に多いのは小学校。少子化の現実がここでも見える(出所:文部科学省)
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文部科学省によれば、2011年度に廃校となった公立小・中・高校は全国で474校。2000年代に入ってからは、実に5200校以上が廃校に追い込まれている。
少子高齢化の波が押し寄せるなか、ベビーブーム後に設立された多くの学校は、徐々に定員を割り込み、学生・生徒数が一定数を下回れば廃校に追い込まれる。加えて、地域経済を支えた産業の衰退、自治体の合併・再編の影響で消えていった学校も多い。
廃校を別の用途で
利用する動きもわずかにあるが…
2012年4月時点、建物が現存する廃校4222校のうち、利用予定がない学校は1000校。「地域等からの要望がない」「建物自体の老朽化」という理由が挙げられる。
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ただ、学校としての役目を終えた後に、さまざまな用途で新たな役割を与えられている廃校もある。有名なところでは、吉本興業本社(東京都新宿区)、世田谷ものづくり学校(世田谷区)など、店舗や学習施設、美術館に形態を変えて存続している。
「子どもたちのかつての学び舎が、大人たちによって再利用されるのはとてもユニークですね。とはいえ保存やリニューアルをされる学校は全体の一部。耐震性や老朽化の問題で転用できずに廃校、そして解体される学校は多い。役目を終え、一線から身を引く学校の姿を、人々の記憶と写真に焼き付けられればと思っています」(芝公園さん)
廃墟とは過去の遺物であり、私たちが暮らす社会の未来像でもある。大量生産・大量消費社会が行き着く象徴として、人は無意識のうちに廃墟に教えを乞うているのかもしれない。
(筒井健二/5時から作家塾(R))
http://diamond.jp/articles/print/35186
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