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(回答先: 人類の「脱アフリカ」は定説より早かった!? 現代人は13万年前にヨーロッパに到着していた 投稿者 中川隆 日時 2014 年 5 月 19 日 21:13:45)
古代ほとんどの欧州人は牛乳をうまく飲めなかった
ユーラシア古代人のゲノムを徹底調査 2015年6月21日
https://www.mededge.jp/b/huap/14827
ヨーロッパから中央アジアに至る地域で、101体の遺骨のゲノムを調べる大きな規模の調査が実施された。
そこからユーラシア人の分布が固まったのは、従来思われていたよりも最近であるようだと分かった。
さらに、遺伝学的に調べると、古代にはほとんどの欧州人がうまく牛乳を飲めていなかったと見られることも分かった。
スウェーデンのヨーテボリ大学を中心とした研究グループが、有力科学誌ネイチャー誌で2015年6月11日に報告した。
101体の遺骨のゲノム分析
従来、遺伝学的な研究は5000年前〜3000年前の青銅器時代くらいまで行われていたにとどまっていたようだ。
最近の動きについてはよく分かっていないところも多い。
研究グループは101体の古代人の遺骨のゲノムを全て読んで、遺伝的な情報を収集、分析。考古学者や言語学者と協力し、古代人がどのような特徴を持ち、どのような遺伝的な共通点を持つかを検証した。
文化が交錯する
あらためて全体を見ていくと、文化がごく最近まで激しく交錯しているという状況が見えてきた。
青銅器時代には始め「ヤムナ文化」と呼ばれる文化が、現在のウクライナのあたり、コーカサスで登場する。家族や所有財産といった新たな仕組みを持っていたのが特徴となっている。5000年前ほどから、コーカサス地方の草原から西へ向かい、北欧、中欧に移動していき、一部は西シベリアに入った。北欧ではヤムナ人はその地域に住む石器時代の人々と交流している。遺伝学的に現在のアルプス以北に住む欧州人と似ているという。
さらに、4000年前ころにコーカサスでは、「シンタシュタ文化」と呼ばれる文化が登場、武器や戦車を持ち、欧州一円に広がっていた。一方で、3800年前くらいには、より中央アジアに近い地域で「アンドロノバ文化」という文化が登場した。遺伝的にはここが欧州人のバックグランドになっているという。
牛乳でおなかがごろごろ
その後、鉄器時代に入り、中央アジアからは欧州人の遺伝子は混ざることなく、消え去っていた。東からアジア人がやってきたためと見られる。
遺伝子的には中央アジアの人々は数千年前までの欧州人だったところも新たな発見という。
現在の形の欧州人、アジア人などの分布が固まったのは、これまで考えられているよりも最近に近い数千年前と見られた。
牛乳でおなかがごろごろしなくなるといった遺伝子が広がったのは、意外と最近であるという結果も分かった。
「ラクトース(牛乳の成分)耐性」と呼ばれる特徴で、従来は5000〜7000年前といった古い時代に広がったと見られたが、青銅器時代の後半でも、遺伝的に耐性を持つような突然変異は欧州でもまれだったと分かってきた。大部分のヨーロッパ人がラクトース耐性となったのはごく最近という。
昔の欧州人は、ほとんど牛乳を飲むとおなかがごろごろしていたと見られる。
めまぐるしく変わる
欧州から中央アジアにかけて人々は思いのほかめまぐるしく変わっていたようだ。
遺伝子が調べられると、古代の人間の動きも鮮明に浮かび上がる。
文献情報
When modern Eurasia was born
http://news.ku.dk/all_news/2015/06/when-modern-eurasia-was-born/
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