19. 2014年2月23日 23:29:20
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Thursday, January 20, 2005 スクリャービン/練習曲op.8の全曲盤 アレクサンドル・スクリャービン(Alexander Scriabin,1872-1915)による「12の練習曲(エチュード) 作品8」(12 Etudes op.8)と言えば、何と言っても第12番/嬰ニ短調が思い浮かびます。時に「悲愴」と題される事もある同曲、これ程劇的な演奏効果をもたらすピアノ曲は、そう幾つも思い浮かぶものではありません。
それだけに単一で取り上げられる機会も実に頻繁なもので、スクリャービンと言えばまずこの曲を連想される方も、少なくないのでは…とお見受け致します。 同曲LP期の名盤と言えば、筆頭として挙げられるのがホロヴィッツによる名演でしょう。彼は、ソビエト以外で積極的にスクリャービンを紹介した、立役者とも言える存在です。 しかしながら、スクリャービンの作品を積極的に取り上げた演奏家は、やはり旧ソビエト圏に集中しています。1991年のソビエト体制崩壊前後から漸く広範に流通するようになった、同国営メロディアやオスタンキノ放送の音源を中心として、一般的なリスナーの選択肢が拡がったのは紛れも無い事実です。 さて、わたくしの手許にはop.8の全曲盤が3点あります。 ホロヴィッツは結局全曲録音を行わなかったし、いわゆる「旧西側」でそれに替わる全曲盤となると、西欧のマイナー・レーベルに頼らざるを得ない状況が長く続きました。 現在では軽く10点を越える全曲盤をカタログに見出す事が可能ですが、同曲集の高い完成度を思えば、まだまだこれから、と云った感があります。 情報の共有、と言う訳でもありませんが、折角Webのスペースを用いて情報発信を行っているのです。蒐集としては少ないながらも、手許にある全曲盤3点について記事を連ねてみようと思い立ちました。 今回は、「ロシア・ピアニズム」音源紹介の嚆矢とも言える国内レーベル、メルダック(活動停止)から発売された、ソフロニツキーによる録音について。 ◆「ロシアピアノの巨匠達/ヴラディーミル・ソフロニツキィ」(meldac-TRITON/MECC26102/廃盤) スクリャービンの娘婿(但し、直接の面識は持たなかったとの事です)にして、一連の「ロシア・ピアニズム」の中でも別格的なカリスマ性を有する天才ピアニスト、ヴラディーミル・ソフロニツキー(Vladimir Sofronitsky,1901-1961)。このアルバムは、彼が演奏したスクリャービンの録音で構成されており、その中心を占めているのがop.8の「全曲録音」です。 わざわざ「全曲録音」と括弧書きするには理由があって、これは複数のスタジオ・セッションをパッチワークした体裁だからです。 録音年代に10年内外の隔たりがある事、そしてソフロニツキーが自身のプログラム構成に於いて、必ずしも「連番的全曲演奏」を行わなかった事とを勘案すると、この音源を全曲盤と呼ぶに際しても、何かすっきりとしないものが感じられます。この辺りは続く世代の巨匠、リヒテルに通ずる所がありますね。 そうは言っても、ソフロニツキーの演奏でop.8の全貌に接し得る喜びは大きい! 録音状態もまちまちで、通して聴くと若干の疲れを感じないでもありません。しかし、ここに繰り広げられている演奏の素晴らしさは、やはり無類のものです。 結局の所、ソフロニツキーが如何なる点で他を圧倒しているかと言われれば、その演奏が有する強烈な訴求力に尽きるでしょう。まるでスクリャービンを弾く為に存在するかのようなピアニスト、それがソフロニツキーです。彼は演奏に際して、ディフォルメや音符の省略をも厭うことがありませんが、それすらも作曲家自身が求めた解釈であるかのように思わせる力を放っています。 だからこそわたくしは、スクリャービン演奏に於いて、必ずしもソフロニツキーを至上とするものではありません。これは逆説的な自戒であり、そうしたスタンスを保たなければ、他の演奏家によるスクリャービンを正当に評価出来なくなってしまう、との危惧を抱いてしまうが故の事です。 言うなればフルトヴェングラーによるベートーヴェン、或いはムラヴィンスキーによるショスタコーヴィチの如く、ソフロニツキーが演奏するスクリャービンもまた、唯一絶対の境地に到達しています。 わたくしがソフロニツキーの演奏に初めて接した機会は、フランスLE CHANT DU MONDE(シャン・デュ・モンド)レーベルのロシア音源部門、SAISON RUSSE(セゾン・リュッス)から1992年に発売された"SCRIABINE ET SCRIABINIENS"と云うオムニバスCDです。これは同年6月に、詳細な解説を附した体裁で「スクリャービン自作自演と信者たち」との邦題で、キング・インターナショナルから発売されました。
ヴェルテ・ミニョンの自動演奏ピアノに記録されたペーパー・ロールから、スクリャービンの自作自演が7トラック、以下、アレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル(Alexander Goldenweiser,1875-1961)、サムイル・フェインベルグ(Samuel Feinberg,1890-1962)、ゲンリヒ・ネイガウス(Heinrich Neuhaus,1888-1964)、そしてソフロニツキー…と、作曲者自身とその同時代人によるスクリャービンを集めたオムニバスです。 このアルバムは、CD期への移行後、「ロシア・ピアニズム」の紹介に先鞭を付けた企画だと言えるでしょう。人選や音源の選定も実に振るっていて、今以てその存在意義を減じてはいません。敢えて欠点を挙げるなら、スクリャービンの自作自演を「1910年のシリンダー(蝋管)録音」として扱った誤謬程度のものです。 ちなみにこのアルバムは、国内仕様の新譜発売時に、かの「レコード芸術」誌にて「推薦」(或いは準特選?)の扱いとなっていました。その内容を鑑みれば当然とも感じられますが、当時としては殆ど名も知れぬような古い世代のロシア人ピアニストを集めたCD、それがいきなり高評価を獲得した事実は、非常なインパクトをもたらした記憶があります。 ともあれ、わたくしの「ロシア・ピアニズム」とスクリャービン作品の受容史は、このアルバムとの出会いに端を発しているのです。 完全にCD世代に属するわたくしにとって、1990年代の前半と云う時期にサムイル・フェインベルグの存在を知り得たメリットは、計り知れないものがあります。 未だ逸している音源も少なくありませんが、前出のメルダックから、後になって発売された3点の廃盤CDをはじめ、この希有な名ピアニストによる音源を、力の及ぶ限り入手しようと云う意欲が生まれ、一定の成果を挙げた僥倖。それらはひとえに、「スクリャービン自作自演と信者たち」あっての事です。 名教師ゴリデンヴェイゼルが演奏する初期の前奏曲集も、実に瑞々しくて素晴らしい。 彼の音源は複数点耳にしましたが、最も優れた完成度を誇っているのはスクリャービンかも知れません。作曲家自身と親交を持っていたゴリデンヴェイゼル、やはり譜面を越えたシンパシーが介在する事の大きさをまざまざと感じます。1952年、齢77にして録音した「プロメテウス─火の詩」は、協演のニコライ・ゴロワノフ(Nikolai Golovanov,1891-1953)による指揮共々、壮絶な名演です。 そして、ソフロニツキー。
「スクリャービン自作自演と信者たち」では、全39トラックの掉尾として、彼が演奏する「焔に向かって」が収録されています。これを初めて聴いた時の衝撃と言ったら! もはや音楽と言うよりは、宗教的なイニシエーションの世界です。 この音源との出会いを以て、スクリャービンとソフロニツキー、両者の名が相感応するように、わたくしの胸中へと深く記銘されました。 さて、本文中で触れてきた「スクリャービン自作自演と信者たち」は、現在では品番を変えてRUS 788032として再発売されているので、ご関心の向きは是非ともご一聴をお勧め致します。 そしてソフロニツキーのスクリャービンと言えば絶対に忘れられない音源が、ロシア・ピアニズム名盤選-17 伝説のスクリャービン・リサイタル(1960年2月2日)です。 2枚組のこのアルバムは、Disc.1にop.8の練習曲から6曲のスタジオ録音が収録されており、前出メルダックの「全曲盤」が廃盤である現状に於いて、取り敢えずの渇を癒すには充分な存在と言えるでしょう。 それにも増してこのアルバムの真価と言うべきは、Disc.1の半ばからDisc.2に渡って収録された、1960年2月2日の「スクリャービン・プロ」のライヴ録音です。この音源の真価については、幾ら言葉を連ねても「一聴に如かず」です。 殊に全プログラム最後の3曲中、op.42-5とop.8-12の練習曲の凄さと言ったら! ですよね、ウィルソンさん! (いきなり名指ししてしまって申し訳ありません。) …とは申せ、今月初頭の相互リンク以来、漸く念願叶ってウィルソンさんのウェブログにトラックバックをお送りすることが出来ました♪ ホロヴィッツを目指して/「ハイテンション」 最近は、ピアノ関連の記事を書いていませんでしたから…。収穫の有無にも左右されてしまう所ですね。 op.8-12の完成度については、前出メルダック盤に収録されたスタジオ音源を遙かに凌駕しています。
オーディエンスのフライング・ブラヴォーが被ってしまうのは泣き所と言えなくもありませんが、こんな物凄い演奏を聴かされてしまっては、それもやむなしの感がありますね(^^; http://ginnhekitei.cocolog-nifty.com/tando/2005/01/op8.html |