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『from 911/USAレポート』第584回
「尖閣購入計画はどうして深刻な危機になっていないのか?」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第584回
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尖閣諸島の問題に関しては、石原都知事が「島の購入」などと言い出した4月の時
点から、延々とこの問題に関わる議論が続いています。中国側の反応も官民それぞれ
から漠然と伝わってくるものもあります。ですが、色々と理屈はあるにしても、中国
への「挑発」として「日本側」が仕掛けた「動き」であることは否定できないと思い
ます。にもかかわらず、現時点ではこの問題は深刻な外交上の危機にはなっていませ
ん。
アメリカから見ていると、余計そう感じるのかもしれません。というのは、この問
題は一部の新聞が事実関係を報道している以外は、特にアメリカ社会の関心を喚起し
ていないからです。ですが、他でもない東アジアのパワーバランスに一枚噛んでいる
アメリカが、社会的な関心を示していないということ自体が、この問題が「外交的危
機」ではないということの証明だとも言えるでしょう。
危機に発展しない理由の第一は、中国共産党中央政治局常務委員の改選中という
「真空状態」ということがあります。胡錦濤がレイムダック化しているとか、習近平
が実権を掌握する以前だということよりも、次期常務委員人事が佳境を迎えている中
で、中国サイドとしては、過度にエキサイトしたり、過度に危険視するというような
メッセージを出す状況にはないと言えます。ある意味では、そうしたタイミングを見
計らった「季節限定」の動きということが言えるでしょう。
第二の理由としては、日本が抱える3件の領土紛争、つまり北方領土、尖閣、竹島
の3つの中では、尖閣諸島の状態は他の二つとは違うということがあります。という
のは、島に関して完全に実効支配が出来ているわけです。従って、日本政府としては、
領土問題は存在せずという立場であり、この二点、つまり「実効支配という現状」と
「領土問題は存在せずという立場」に関して、現状を維持するのが国是であるわけで
す。この点で一本筋が通っていることは大きいのです。
第三の理由は領有権と土地所有権の問題です。尖閣は日本が領有しています。これ
は、国際法を根拠に主権国家が、その国家の構成要素の一つである領土を領有するこ
とは認められているからです。一方で土地の所有権というのは、法律上は次元の違う
問題です。日本国の中で土地の所有権を主張するには、日本国の法律に基いて購入し
登記することが必要です。言い換えれば、購入して登記すれば土地の所有権を入手す
るということになります。
所有権というのは、あくまで日本の法律の及ぶ範囲、つまり日本国が領有している
国土において日本の法律を根拠に主張される権利ということです。それ以上でも以下
でもありません。例えば、対馬において、韓国の資本が観光開発をしているという話
がありますが、仮に対馬の相当部分の土地の所有権が韓国企業ないし韓国人に渡った
として、対馬が韓国になるかというと、そんなことはありません。
マンガみたいな話ですが、その対馬で韓国企業が所有している土地に、将来の侵略
に備えた施設が建設されているようであったり、そのような邪悪な企図で人物が出入
りしているとしたら、これは日本の領土内であるのですから、日本の法律で取り締ま
れば良いのです。所有しているからといって、その土地で何をしても良いわけではあ
りません。
例えば、外国大使館に関してはどうでしょう? 確かに大使館や領事館には外交特
権というものがあります。ですが、仮に日本の国土の一部を、大使館用地として確保
して、その土地の中で日本に敵対する行為の準備がされていたとしたら、該当の人物
を「好ましからざる人物」として外交特権を白紙に戻して国外追放することが可能で
すし、大使館ぐるみで悪質な行為を行なっていたら、外交を断絶してその大使館の敵
対行為を停止させることになります。
つまり、領有権と所有権というのは違うのです。領有権というのは、国家主権の一
端として確保され、保護されるもので、所有権の上位に来る概念なのです。ですから、
対馬の一部はいくら韓国人の所有権が登記されようとも、日本の国土であることには
一点の曇りもないわけです。同じように、尖閣に関して言えば、地主が個人であろう
と東京都であろうと、日本国政府であろうと、領有権に関しては何の違いもありませ
ん。仮に、中国人や中国企業が所有権を入手したとしても、領有権はビクともしない
し、そこで明らかに日本国に敵対する行為が行われる危険があれば、日本の国内法で
厳しく取り締まれば良いのです。
ですから、現在議論されている、東京都が購入するとか、そのために募金活動をす
るとか、いや日本国政府が購入するのだという議論は、法律的には日本の領土内での
「日本法に基づく所有権の移転」という純粋国内問題に過ぎないわけです。そうした
「購入計画」が議論となること自体が「領土問題がある」という印象を強く与える懸
念ないし期待はあるのですが、それでも中国としては世論に適当な説明をしておいて、
後はスルーということが可能なわけです。
四点目としては、仮に「所有権が個人から公共団体に移転する」ということが、中
国ないし中国世論への挑発効果を狙ったものであっても、この問題に「日本国」でも
なく、また尖閣諸島の帰属する石垣市なり沖縄県でもなく、全く無関係な「東京都」
が介入するということがあります。東京都というのは、尖閣とは法的には接点がない
のです。いくらナショナリズム的なエモーションが背後にあったとしても、接点のな
い法人に所有権が移転するという話は外交的な危機には発展しにくいわけです。
五点目としては、アメリカのスタンスがあります。アメリカの尖閣をめぐる基本ス
タンスですが、まず大きな枠組としての外交・軍事上の方針としては、この尖閣を含
む「中国を包囲している冷戦的な均衡」を維持するというものがあります。アメリカ
にとって中国は貿易上・金融上の極めて重要なパートナーですが、同時に外交・軍事
上は、相互にバランスを取りながら紛争を抑止するという意味での仮想敵です。
一方で、日本というのは日米安全保障条約と官民挙げての友好関係で結ばれた同盟
です。ですから、「尖閣も日米安保の対象に含まれるか」と問われれば、ヒラリー国
務長官は「イエス」と答えたわけです。当然のことだと思います。では、アメリカは
尖閣を巡る緊張が拡大するとしたら、この問題に関してはどのような姿勢を取るでし
ょうか? それは「トラブルの拡大は困る」ということで、これが外交上も軍事上も
全ての判断の基本にあります。
どうしてトラブルは困るのかというと、まずもってアメリカはある一線を越えた国
防費用の負担は、財政危機を抱える中では不可能ということがあります。「カネのか
かるトラブルは困る」というのが非常に大きな前提としてあります。
それ以上に問題なのは、東アジアにおけるアメリカのパワーバランスの取り方です
が、全体としては中国との均衡を確保することが重要なのですが、個別の問題として
は38度線と台湾海峡の防衛というテーマを具体的に抱えているわけです。例えば、
東シナ海のパワーバランスという点から見れば、正に台湾海峡防衛というのが今でも
最優先事項であるわけです。
ところが、尖閣に関しては、今回の「東京都による購入計画」が明るみに出て以来、
この問題で中台が接近しているわけです。尖閣は台湾も領有を主張する中で、日本の
実効支配に対して反発する立場ということでは、中台がこの問題では共闘関係に近く
なってきています。ということは、アメリカとしてはこの問題に出て行きづらいわけ
で、逆にアメリカが出て行きづらいのであれば、中国としてもそれほど深刻な危機感
を持たなくて済むということはあると思います。
以上の理由によって、尖閣「購入計画」というのは、外交上はほとんど意味のない
ものであり、全体像としては東シナ海の安全保障には大きな影響を与えるものではな
いわけです。だからこそ、国内政治のある種複雑な力学の一つとして、こうした動き
が可能であったわけです。
ですが、これ以上この問題を深追いしてしまっては、「中国の日台離反策が危険な
レベルを越えていく」とか「自由主義陣営の大義に基いて中国をソフトに封じ込めつ
つ改革を促す戦略が弱くなる」といった大きな問題に発展する可能性があるわけです。
アメリカとしては、仮にそこまで問題が深刻化することは全く望んでいないというこ
とは、大前提として見ておく必要があると思います。
もう一つ、アメリカに関して言えば、仮にこの夏から初秋にかけての経済が全く芳
しくない場合に、ロムニー候補が勝利する可能性もあるわけです。そのロムニー候補
は「自分の外交の軸は中東」だと明言しているばかりか、この五輪期間中にはイスラ
エルを訪問して、イラン敵視のスピーチをするなど「態度」としても「中東重視」を
明確にしています。
勿論、アメリカの外交には「継続性」という点と「内部・外部環境から来る最適解」
という点から、それほど大きな自由度はないわけです。ですが、そうではあってもロ
ムニーの「中東重視」という意味が「アジア太平洋重視のオバマ路線からの転換」と
いうことになると、少々厄介です。
最悪の場合は、宗教的な背景を同じくするジョン・ハンツマン前中国大使を、外交
上の要職で優遇するようなことにもなりかねません。そうなったら、対中国政策とし
ては「より現状に理解を示しつつ、ビジネスのパートナーとしての互恵関係を強化す
る」というスタンスに変わる可能性があります。その際には、この尖閣を巡る問題の
ようなテーマには、大変に冷淡になる可能性も覚悟した方が良いでしょう。
いずれにしても、尖閣に関しては、現状の実効支配を継続しつつ、アメリカとの協
調関係を維持して全体的な東アジアの外交と軍事のバランスという枠組みの中で、そ
の安全を保障してゆくべきであると思います。前述したように、様々な理由により、
現状の「購入問題」は深刻視されてはいないのですが、このまま「テーマ化のヒート
アップ」を続けては、結果的には得るものよりも失うものの方が大きいのではという
ことが懸念されます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media] No.699 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】101,417部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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