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国民が殺され続けているシリア、
ついに知人のアハマドさんも
「アハマド叔父さんが殺された!」
8月24日にメールでそう伝えてきたのは、シリアの首都ダマスカスに住む20年来の友人だった。
彼の叔父は、筆者もよく知っている。首都の旧市街ミダーン地区に住む70代の老人だ。もともと建設作業員で、もちろん政治的な活動とは無縁の人物である。
アハマドさんは日中に自宅近くを歩いているとき、近くの建物の屋上に陣取っていたシャビーハ(政府側民兵)のスナイパーに狙撃された。ほぼ即死状態だったという。
友人のメールには、こう書かれていた。
「遺体は近くの空き地に埋めたよ。危険すぎて墓地に行けないから。毎日たくさんの人が殺されているから、そこが臨時の墓地みたいになってるんだ」
状況はますます悪化する一方
筆者は1984年に初めてシリアを旅して以降、これまで何度も同国を訪問し、それなりに古い知己が多い。2011年3月に反体制運動が拡大して以降、幾人もの知人が政府側に拘束されたことは以前の連載でも紹介したが、直接の知人が殺害されたのは初めてだった。
だが、これは今のシリア国民の誰もが経験している、日常的な出来事だ。シリア各地に今も残る何人かの友人たちから、筆者はこの1年半、そんな話を毎日のように聞いてきた。しかも、状況はますます悪化する一方で、昨年3月からの犠牲者総数は約2万3000人に及んでいる。特にこの8月は犠牲者数が1カ月で約5000人にも達しており、中でも同月最終週は1週間で約1600人が殺害されるという過去最悪の状況になっている。
折しも、日本でもジャーナリスト・山本美香さんの不幸な死によって、シリア問題が注目されてきた。筆者自身は山本さんとは1度しかお会いしたことがないが、共通の知人が多いこともあって、筆者の周囲でも彼女の死を悼む声が多く上がった。テレビや雑誌など、普段はシリア情勢にほとんど興味を示さないメディアも、山本さんの事件は大きく扱った。
しかし、それでもやはりシリアは遠い国だ。ひどい内戦状態になっていることは報じられても、どういった経緯でこのような事態に至ったのか、その複雑な背景は十分には伝えられていないように思う。そこで、まずは筆者がシリア人の知人たちから聞いてきた同国の現状を解説しておきたい。
独裁に「ノー」をつきつけたシリア国民
現在、シリアで起きていることは、「独裁体制に対する民衆の叛乱」である。2011年3月、「アラブの春」に触発された住民たちが、40年続いたアサド家の独裁に「ノー」と言って立ち上がった。北朝鮮に匹敵する秘密警察国家であるシリアでは、そのような声を上げることは命にかかわる危険行為なのだが、インターネットの情報伝播力を背景に、独裁を拒否する群集は瞬く間に全土に増殖していった。
もっとも、地方の部族が大きな力を持つリビアやイエメンなどとは違い、シリアの一般国民は武器を一切持っていなかった。そのため、シリアの人々は非武装で街頭デモをするしかなかったが、それをアサド政権は銃弾で弾圧した。
従来であれば、それで叛乱は簡単に鎮圧されただろうが、今回は、家族や仲間を殺害されたシリア国民は決して怯むことなく、街頭デモを続けた。殺されても殺されても人々は声を上げ続けたが、アサド政権はさらなる弾圧強化で応え、犠牲者はうなぎ上りに増加していった。
日本ではちょうど震災と時期が重なったため、こうしたことはあまり報道されなかったが、「非武装の国民を政権側が一方的に虐殺する」という構図は半年以上も続いた。アサド一族と側近グループが軍や治安機関、秘密警察などの暴力装置をがっちりと掌握しているシリアでは、暴力装置内部からの離反は徹底的に抑えられていたが、やがて長期にわたる虐殺に反発して政府軍から離脱する兵士が徐々に増えてきた。
そんな離反兵士らが反体制側に合流し、細々と軍事行動を開始したのは、ようやく2011年の10月(自由シリア軍の創設は7月末)だ。彼らは圧倒的な戦力を持つ政府軍に果敢に挑み、戦死者の山を築きながらも、徐々に勢力を拡大し、2012年に入った頃から、なんとかまともな反政府軍として軍事作戦を行えるまでになってきた。サウジアラビアやカタールなどからの支援もあるが、それはあくまでほんの一部にすぎず、基本的には自力で戦ってきた。
このように、今のシリアは内戦状態になっているが、「自由シリア軍」の登場などはかなり後の話であって、もともとは長期にわたる虐殺の月日があった。アサド大統領は、要するに大量殺人犯にほかならなかった。
30万人のシリア軍は大統領の「私兵」
では、これだけ長期にわたる叛乱が続き、国際的にもロシア他わずか数カ国を除いて世界中から孤立しているアサド政権は、なぜ現在に至るも権力を保持していられるのか?
それはひとえに、暴力装置の支配体制が確立されているからにほかならない。このシステムを作ったのは、現大統領の亡父の初代独裁者だ。
シリアの権力は、大統領個人に集中している。首相をトップとする内閣、国会、支配政党「バース党」の組織なども一応は存在するが、いずれも指揮系統は形式的なもので、すべての政治権力は大統領とその側近の手に握られている。
また、国家の暴力装置の指揮権も、すべて大統領に直結している。シリア軍の兵力は約30万人(2011年3月の国民蜂起時点)。陸軍、海軍、空軍、防空軍の4軍があるが、主力は約22万人の陸軍である。
そのうち、精鋭部隊である「共和国防衛隊」と「第4機甲師団」が、武装の面で突出しているうえ、他の師団の兵站や通信なども統括している。この圧倒的に強力な2つの部隊の指揮官は、大統領の実弟のマーヘル・アサドで、将兵にはアサド家の出身宗派であるアラウィ派出身者が多く登用されている。シリア政府軍の一般部隊は、こうして事実上、大統領の弟が指揮する精鋭部隊の強い圧力を受ける。
また、軍全体に非常に強力な相互監視網が構築されているほか、大統領の側近が指揮官を務める軍内秘密警察である「軍事情報局」も、一般の師団の将兵を監視している。こうした徹底した監視体制のため、将兵が軍を離脱することは、まさに命懸けになっている。シリアでは、軍は文字通り大統領の私兵である。
アサド大統領に直結するいくつもの秘密警察
さらに、それに加えて大統領の私兵としては、非常に強力な公安機関がある。形式上は内務省に所属しているが、やはりこちらも大統領に直結する「総合治安局」という機関である。
総合治安局はもともと、反政府分子を摘発するためだけに作られた機関で、私服要員の他、制服の戦闘部隊も保有している。シリア報道で、軍でなく「治安部隊」と報道されているものは、この総合治安局の武装部隊のことだ。
この総合治安局は、いわばオモテの公安警察だが、シリアには他にも秘密警察がたくさんある。いくつあるか自体が秘密になっているが、主要なものは4つ。大統領直属の「総合情報局」、前述の「軍事情報局」、それにバース党地域司令部に所属する「政治治安局」、空軍に所属する「空軍情報部」である。いずれもアサド大統領に直結しており、大統領の側近中の側近が指揮官を務める。
なお、これらの秘密警察は、主に反体制派幹部の追跡・拘束・密殺などを担当しており、一般のデモ隊への弾圧は、軍および内務省総合治安局が担当している。総合治安局は、一般の警察部隊やシャビーハも指揮している。
政府軍は戦車や武装ヘリ、戦闘機も投入
デモ隊に対しては、シャビーハ、警察の機動部隊、総合治安局がまず弾圧に動く。彼らだけでは手に負えない場合、陸軍が投入される。一般部隊の背後に共和国防衛隊か第4機甲師団が配置され、前方の部隊を監視することもある。
また、反体制派の動きを封じるため、現在は全国の要所要所に陸軍が検問所を設置している。ただし、そうした末端までは監視の目が行き届かないため、兵士たちの離反を恐れて、アサド政権は彼らに強力な武器を与えていない。そのため、しばしば自由シリア軍の襲撃を受けて、多くの戦死者を出している。
アサド政府軍はロシアとイランの支援を受けているが、特にイランからは兵器供与などで大きな支援があると見られる。さらには2011年の蜂起直後から、イラン軍兵士が直接、政府軍に参加しているとの噂が絶えないが、そこは確認されていない。
全土に自由シリア軍が展開している現在、政府軍は戦車や武装ヘリ、戦闘機も投入して町もろとも自由シリア軍を殲滅する作戦に出ている。重火器による爆撃・砲撃で町を徹底的に破壊し、自由シリア軍を追い出す。そして、歩兵部隊とシャビーハを侵入させ、反体制派住民を処刑するというやり方である。
政府軍に比べて貧弱な反体制派の武装
他方、反体制派側の兵力は、約3万〜5万人程度と推定される。トルコを本拠とする「自由シリア軍」を主力とするが、サラフィスト(イスラム過激派)など、その人脈外の勢力も増えてきている。
自由シリア軍も、実際のところは雑多な武装集団がそれぞれ独自に軍事作戦を行っていて、統一された指揮系統は確立されていないが、まったく無秩序ということではなく、それなりに横の連絡は取れているようだ。なお、当初は離脱兵が中核だったが、今では一般の住民から志願して自由シリア軍に合流した若者が主力になっている。
リビア人やイラク人など、外国からの義勇兵もいるが、数としては非常に少ない。ただし、外国人サラフィストの中にはアルカイダ系の人脈も存在しているようで、ときおり自爆テロを行っている。
自由シリア軍の最大の後方拠点はトルコの国境エリアである。ヨルダン、イラク、レバノンからの支援ルートもあるが、そちらはさほど大規模ではない。
自由シリア軍の武装は、政府軍に比べるとかなり貧弱である。こうした周辺国経由でさまざまな武器が入ってはいるが、その数はまだまだ少ない。サウジアラビアやカタールなどからの軍事支援もあるが、それもほんの一部にとどまる。自由シリア軍のほとんどの現場部隊は、自力で政府軍から武器を奪ったり、政府軍からの横流し品や、周辺国から持ち込まれる密輸品を自腹で購入したりして武装している。
自由シリア軍の武装の主力は自動小銃、機関銃、携帯式対戦車ロケット砲で、政府軍と正面からやり合えば、まずほとんど歯が立たない。最近は政府軍から奪取した装甲戦闘車両や対空機関砲も使用されるようになってきたが、十分な数とはなっていない。
そのため、自由シリア軍はシャビーハの屯所や政府軍の検問所や施設などに対する奇襲作戦と、奪取した町の防衛作戦に重点を置いている。市街地のゲリラ戦になるので、政府軍の装甲車に対しては手持ちの携帯式対戦車ロケットである程度は対応できるが、武装ヘリや戦闘機に対してはなかなか手こずっているのが現状だ。
ときおり対空機関砲で政府軍のヘリや戦闘機を撃破しているが、やはり機関砲だけでは不十分で、自由シリア軍の現場部隊はとにかく高性能な携帯式対空ミサイルを欲している。これが現場部隊に行き渡れば戦況は間違いなく激変するが、現在のところほとんど出回っていない。
自由シリア軍を「シリア国民軍」として再組織
戦力ではまだまだ政府軍が優位だが、全土での支配権を失い、独裁政権の恐怖支配が各地で崩壊したため、新たに武装した反体制派民兵が急増している。彼らの多くは自由シリア軍を名乗ってはいるが、事実上その指揮下にはないものも多い。民兵が無秩序に乱立することには自由シリア軍の司令部も危機感を持っており、9月5日には、同組織の軍事評議会議長であるムスタファ・アル・シェイク准将が、自由シリア軍を「シリア国民軍」に改称し、無秩序な民兵が生まれないように軍事機構をしっかり組織化することを発表している。
現在の戦局は、特に都市部の支配権をめぐって一進一退の状況にあり、その中で政府軍による市街地への無差別な砲撃や空爆で、犠牲者が急増している。アサド政権幹部の離反も相次いでいて、アサド一族や側近の家族がロシアに避難しつつあるなど、勢いは完全に反政府側にあるが、すぐに政権が崩壊するといった状況ではなく、死闘は今後も長期間続くと見られる。
実状が見えていない日本の一部メディア
ところで、今回の山本美香さんの事件に際し、日本のメディアでのシリア情勢に関する論調の中に、上記したような筆者の認識とかなり違うものが散見された。代表的なのは以下のようなものだ。
「アサド悪玉論は欧米に創作された虚構イメージだ」
「シリア内戦は宗派間の権力抗争。政府側も反政府側もどっちもどっち」
「自由シリア軍や反体制派は外国の傀儡。シリア内線は外国の代理戦争だ」
「反体制派の主流はイスラム過激派。自由シリア軍はスンニ派で、アラウィ派を殺戮している」
「反体制派にはアルカイダがたくさんいる」
「ユーチューブで流されている虐殺映像は偽造で、信用できない」
日本でこんな論調があることを伝えると、筆者のシリア人の友人たちは皆、激怒する。彼らのためにも、次回はこれらの主張に対する反論を、インテリジェンス分析の観点から述べてみたい。
http://jbpress.ismedia.jp/
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