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オトナの教養 週末の一冊
知られざる一時保護所の実態
『ルポ 児童相談所』 慎泰俊氏インタビュー
2017/03/17
本多カツヒロ (ライター)
昨年度、子どもの虐待に関する相談は10万件を超えた。親からの虐待の末、幼い命が奪われたといった痛ましい事件をニュースなどで耳にすることは日常茶飯事だ。
虐待などを受けた子どもたちを児童相談所内で一時的に保護する一時保護所の内実はベールに包まれている。
それに迫ったのが『ルポ 児童相談所ーー一時保護所から考える子ども支援』(ちくま新書)だ。
全国10カ所の児童相談所を訪れ、100人以上の関係者を取材し、実際に2カ所の一時保護所に住み込んだ経験がある慎泰俊氏に、一時保護所の実態について話を聞いた。
――本書を手にするまで児童相談所内の一時保護所についてほとんど知りませんでした。今回、一時保護所に注目した理由とは?
『ルポ 児童相談所 一時保護所から考える子ども支援』
(慎泰俊、筑摩書房)
慎:日本国内で、社会的養護下(社会が親に代わり用意する養育環境)の子どもを支援するNPO法人「Living in Peace」を運営しています。支援している子どもたちのほぼ全員に児童相談所にいた経験があります。彼らが口々に「児童相談所はヤバイ」って言うんです。初めは何がヤバイのか理解出来なかったんですが、よく聞くと児童相談所内には、非常に厳しいルールの下で子どもたちが生活する、一時保護所という場所があることを知ったのがキッカケでした。
――一時保護所とは本来はどんな施設なんですか?
慎:本来は、虐待やネグレクトをはじめ、親と暮らすことが困難と児童相談所によって判断された子どもたちや非行少年を保護し、その後、自宅に戻るのか、児童養護施設や里親家庭に入るのかを決定するための一時的な預かり所です。
そうした環境にいる、児童福祉法で児童と定められている0歳から18歳の子どもたちが保護されています。そのうちの半数以上が親からの虐待を受け、全体では虐待やネグレクト、貧困などの理由で保護されている子どもが7割以上を占めます。ちなみに2014年に一時保護された子どもは延べ2万2000人にも上ります。
しかし、全体の半分ほどの施設はそうした子どもたちに対し大きな心理的ストレスを与える場所になってしまっています。
――慎さんは、実際に2カ所の一時保護所に住み込んだ経験があるということですが、具体的にどこに問題があると感じましたか?
慎:1つは、自由が著しく制限されていることです。例えば、一時保護所に入る際、私物は全て没収されます。
また多くの保護所内は、窓は5センチほどしか開きませんし、もし保護所から逃げ出してもすぐに保護できるようにと、子どもたちは靴下で、職員はスニーカーで過ごしています。
生活面では男女は別々に行動し、たとえきょうだいであっても話してはいけない施設が多く、プライバシーに関することを、他の子と話すことも禁止されています。またテレビを見たり、トイレへ行くのにもいちいち職員に許可を得なければいけないのも特徴です。
また、平日は1回45分の学習時間が3回設けられています。しかし授業を受けるわけではなく、各自のレベルに合った国語もしくは算数や社会のプリントを解くだけです。
このような厳格なルールについて、職員達はトラブルを避けるためだ、と言います。
――ほとんどの子どもたちが、保護者からの虐待やネグレクトを受けた被害者であるにもかかわらず、さながら刑事事件の被疑者が入る留置施設のような場所に保護されるんですね。
慎:まさにそうですね。
例えばある地域の一時保護所の場合、前身が犯罪をしたり、そのおそれのある児童の自立を支援する教護院が母体となったという経緯があるので、そこでのやり方を引き継いでいます。
――勉強は限られた科目のプリントのみとのことですが、保護されなければ学校に通い授業を受けているはずですよね。
慎:現在、一時保護所の平均滞在期間は1カ月ですが、中には1年滞在する子どもいます。それだけの期間、プリントのみだと、学校に戻っても授業についていけなくなり、中退予備群や不登校予備群になる可能性が高くなります。
こうした状況に対し、一部の人たちは「元々勉強の習慣がなかった子どもたちが、一時保護所で初めて勉強を習慣とするのだから良いじゃないか」と言います。だからといって、このような状況を許容できるわけがありません。それは物事を取り違えていると思います。例えば、学習の習慣がない学生の多い学校で、授業をきちんとしないで、プリントだけで済ませていたら大問題になりますよね。
このように移動の自由や学習の自由といった自由権が大きく侵害されているのは、子どもたちにとって大きな問題です。
――一時保護所は、全国に数多くありますが、施設によって差はあるのでしょうか?
慎:施設間の格差は非常に大きいです。都市部の保護所を始め、全体の3割近くについては、あまり良い話を聞きません。
ただ、中には鳥取県のようにきちんと子どものことを考えた取り組みを行っている自治体もあります。在所経験者の評価の高い一時保護所と低い保護者を比べると、例えば職員の言葉遣いは、「命令口調」と「柔らかく子どもの意志を聞く話し方」という違いがあったり、移動に関しても「窓ガラスは開かない、外鍵、外にはセンサーがついている」に対し「窓は全開で、内鍵、センサーはない」など明らかな差があります。
要するに、保育園のように子どもが楽しく安心して遊べる施設から留置施設のようなところまでグラデーションがあるんです。
――格差が大きい背景としては、どんなことが考えられますか?
慎:情報が公開されず、内部の実態が知られていないからだと思います。全国に15年4月時点で135カ所もあるにもかかわらず、その実態はプライバシーの名のもとに明かされていません。第三者評価や監査の仕組みはあるのですが、それはあくまでも書類が整っているか、法的な手続きが守られているのかなどの点にとどまり、子どもの権利擁護がされているかという観点が見逃されています。
個人的には子どもの権利擁護の観点から第三者評価が行われ、その成績表だけでも全国的に公開されるようにしたら良いと思っています。そうすれば、物事は改善に向かうことでしょう。
――一時保護所のある児童相談所については、最近いわゆる児相バッシングをよく耳にします。例えば、一時保護所に子どもを拉致された、などです。こういったバッシングについてはどう考えますか?
慎:数週間、子どもが一時保護所に保護される場合には、親にも原因がある場合が多いと思います。ただ、数週間も子どもが自宅にいないことを指摘された親は精神的に厳しい状態になっていますし、まさか自らの虐待が原因で児童相談所に保護されているとは言えません。そうすると、拉致されたと騒ぐんです。もちろん児相が常に正しいとは言いませんが、親の言い分だけを真に受けるのは正しくないと思います。
――実際、職員はどういった状況で仕事をしているのでしょうか?
慎:児童福祉を専門とする児童福祉司と、その他の職員がいます。
職員に取材をして感じるのは、行政機関という権力機構ですから、いわゆるお役人目線を感じることもあります。また、行政の組織は一度運営の仕組みを決めると構造的になかなか変えられないことも問題だと思います。しかし、児相バッシングの本に書かれているような悪人ばかりかというと、一部にはいるかもしれませんが、全体的にはそんなことはありません。むしろ、献身的に子どもたちのために働いているという印象が強いですね。
――常時、職員はどれくらいの家庭で虐待などが起きていないかをチェックしているものなんですか?
慎:多くの児童相談所では、児童福祉司1人が100件ほどの案件を抱えています。多くの職員が朝9時から夜10時まで働いています。
そういった状況で、職員たちはなかなか気が休まらないと言います。なぜなら当番中は、24時間いつ虐待の通報が入ってくるかわかりませんから。例え、きちんと引き継ぎをし、休暇で旅行に出ても、旅先で電話がなると不安になるそうです。休暇中にもかかわらず、電話が掛かってくるということは、担当している家庭で何かトラブルが起こった可能性が高いためです。
――1人が100件も抱えていて、虐待などを未然に防げるものなのでしょうか?
慎:イギリスでは、1人につき30件以下に抑えているそうです。そうでなければ、虐待死を防ぐことが難しいという理由です。そう考えると、日本の100件は多すぎます。ただ、イギリスのように30件以下に抑えようとすると、単純に現在の3倍は職員を増やさなければいけません。
――児童相談所の職員は成り手が少ないと聞きます。そうした状況で、職員を3倍に増やすのは難しいですよね。どんな対策を考えていますか?
慎:児童相談所が現在行っている子どもの見守りを、行政だけでなく民間や学校も一緒に行うのが重要だと思います。現在、神奈川県の平塚市では学校、警察、児童相談所、民間団体が協力した取り組みを行っています。そうすれば児童相談所の職員の負担が減ります。
また子どもの貧困対策で一番重要なのが学校だとベテラン教師の方々は口々にします。例えば、給食時に子どもがどんな風に振る舞うかで、どんな家庭で育っているかが見えると。お腹を空かせてしょうがないといった振る舞いの子どもは、自宅でまともにご飯を食べていない可能性があります。もちろん中には、食いしん坊な子どももいるでしょうけどね。
また学校内で元気がなかったり、授業中も上の空といった子どもは虐待されている可能性があるとも言います。虐待が起きている家庭の子どもは基本的に勉強に集中出来ません。なぜなら、そうした家庭の子どもは、人の顔色をうかがい、殴られないようにしようといった生存にすべてのリソースが割かれていることが多いためです。ですから、勉強を一生懸命やることで、将来の夢が叶うといったことが考えられないのです。
このように学校で子ども達を観察することで、自宅で何が起きているかが見えやすいので、学校と児童相談所が情報をきちんと共有することで、子どもの不幸を未然に防げる可能性があります。
ただ、貧困家庭で育っても、より良い将来を勝ち取るために必要なことは、自分を愛する心や自信などの自己肯定感です。自己肯定感を育むには、親や他の大人からの愛情や同級生との人間関係が大切になってきます。
当たり前ですが、いじめにあっている子どもは自己肯定感が低く、家庭が大変な状況であっても、学校でヒーローになっている子どもは自己肯定感が高いのです。
NPO法人の活動を通じて、貧困家庭や施設出身の子どもたちに多く会いますが、その後、人生で上手く行っている子どもは、勉強が出来たり、運動神経が良かったりといった同級生から尊敬を集めやすい要因を持っていることが多い。それが子どもの自己肯定感を高めるベースになっているのでしょう。
――慎さんが運営しているNPO法人はどんな活動をしているのですか?
慎:具体的には、社会的養護下にある子どもたちが入っている施設等の支援や、施設を出て行った子どもたちが進学する際に足りない学費を奨学金として支援しています。
――そうした支援を通してどんな成果が出ていますか?
慎:児童養護施設出身者の中で、大学へ進学する子どもは2割ほどです。その中で無事、卒業するのは7割ほどで、残りの3割ほどの子どもたちは途中で人間関係などに悩み中退します。我々は、奨学金を支援するだけでなく、彼らと定期的に話をする伴走者を目指しています。それでも中退や休学をする子どもはいますが、突然消えてしまったりせず、話し合いが出来る状態を維持できています。
中には、児童養護施設史上初めて、高校卒業後、海外の4年制大学に進学した子もいます。
――NPOとして今後はどんな活動を考えていますか?
慎:まだまだ現在の支援へのニーズが大きく、施設の建て替えや社会的養護卒業後の支援は続ける必要があります。
ただそれ以外にも、民間の団体で一時保護を受け入れる一時保護委託や、行政サービスを監査する機関設立のためのアドボカシー活動などは行いたいと考えています。
――ここまで一時保護所や慎さんのNPOの活動などについて話を聞きました。最後にメッセージをお願いします。
慎:児童相談所に関わった子ども、親、職員といった当事者たちは、それぞれの立場で一時保護所について思うところがあります。しかし、対等な関係でない当事者間では、実際にはコミュニケーションが成立しているようでしていないのです。
例えば、ルールが厳しいのは他の子どもが問題を起こさないようにと職員側は考えてのことです。また、子どもからすれば、親と引き離されてルールの厳しい施設に数カ月も入れられたと思うかもしれませんが、職員側は、親と引き離さなかなった場合、万が一、死に至ってしまってからでは取り返しがつかないので、リスク回避のために保護するという事情もあります。そうしたギャップを、本書を通じて埋めることが出来ればと考えながら書きました。
そのためには、事実に依拠することが非常に重要ですから、私の感想は可能な限り減らし、実際に目にしたもの、取材で聞いたこと、データとして公表されているものを丁寧にまとめ、必要に応じて解説することにこだわりました。
WEDGE Infinityでこういった記事を読む方々は、裕福な家庭で育った人が多いと思います。そうすると、自らの恵まれたバッググラウンドに気が付かないまま、子どもの貧困と聞いても気合が足りないとか、いまいちピンとこないかもしれません。しかし、こういった世界が現実にはあり、子どもたちも苦労しています。小さなことでも、何か協力出来るのではと考えて頂ければ嬉しいですね。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9142
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