http://www.asyura2.com/12/social9/msg/752.html
Tweet |
2017年1月19日 木原洋美 [医療ジャーナリスト]
鎌田實医師が感じた生き方への疑問を「言葉の力」が救った
「自分の人生はこれで良かったのか」――。人生や会社生活について、誰でも真剣に悩むことはある。医師にして作家、ニュース番組のコメンテーターとして知られる鎌田實氏も、かつて自分の生き方に疑問を感じ、もがき悩んでいたという。そこで、鎌田氏がたどり着いのが「遊行」の精神。「遊行」とは、先入観やこだわりを捨て、自由な感性で生きることだという。折しも、鎌田氏は1月21日に『遊行を生きる 悩み、迷う自分を劇的に変える124の言葉』(清流出版)を上梓する。そこで、本を書いたきっかけや遊行の精神などについて聞いた。(ジャーナリスト 木原洋美)
野垂れ死にするほど
自由になれ
人はつくづく見かけによらない。
医師にして作家、ニュース番組のコメンテーターでもある鎌田實氏もそうだ。諏訪中央病院名誉院長を務めるかたわら、チェルノブイリ、イラク、東日本大震災の被災地支援等に取り組み、「がんばらない」をモットーにしながら、多方面で常に100%以上の精力的な活動を行っているこの人ほど、人生を自由に、思いのまま生きてきた人はいないように見えるのだが、実は70歳を目前にして「ある壁」にぶつかり、悩み、苦しんでいたという。
「ある壁」の正体は、自分の生き方に対する疑問――。
「これまでの自分は、本当に自分自身を生きてきたのだろうか」「(周囲の期待に応えようと)"いいカマタ"を演じて、無意識のうちに無理をしてきたのではないか」「このまま老い、死んでいくときに後悔してしまうのではないか」と悩み、もがき続けていた鎌田氏を救ったのが、著書のタイトルにも使われている「遊行(ゆぎょう)」という言葉だった。
「遊行」とは、古代インドの聖人が、人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の4つに区切った最後の時期で、死の準備の時期、人生の締めくくりの時期とされているが、鎌田氏の解釈はちょっと違う。
かまた・みのる
東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県・諏訪中央病院へ赴任。30代で院長となり、潰れかけていた病院を再生させた。「健康づくり運動」を実践し、脳卒中死亡率の高かった長野県はいまや長寿日本一、医療費も安い地域となった。 一方 1991年より25年間、ベラルーシ共和国の放射能汚染地帯へ100回を超える医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援してきた(JCF)。 2004年にはイラク支援を開始。イラクの4つの小児病院へ10年間で4億円の薬を送り、凶暴な過激派集団「イスラム国」が暴れ、空爆が行われているイラク北部の都市アルビルを拠点に、難民キャンプでの診察を続けている(JIM-NET)。 東北の被災者支援にもいち早く取り組み、「がんばらない」「1%はだれかのために」と言いながら、多方面で常に100%以上の精力的な活動を行っている。
「僕は字の通り、『遊び、行く』と考え、フラフラしてもいいと考えています。この時期こそ、自分の好きな仕事や、やりたいことをするときでもあるのです」
死のことなんか考えず、野垂れ死にしてもいいほどに自由になれる時間を指す「遊行」という言葉に出会ったことで悩みから解放され、生きるのが楽になったのだと語る。
言葉の力、偉大なり。『遊行を生きる』には、これまで鎌田氏が出会ってきた、「悩み、迷う自分を劇的に変える124の言葉」が、心を打たれた背景と独自の解釈を添えて紹介されている。今、なぜ、この本を世に出したいと考えたのか、出版を通してどんなメッセージを送りたいのか。
老いも若きも、はじけていい
尾崎豊のように
――どのような気持ちで、この本を書いたのですか?
「遊行」という言葉は以前から知っていましたが、改めて出会って、僕だけでなく、時代が必要としている言葉だと思ったんですね。
年齢から言えば、僕は「林住期(りんじゅうき)」を語った方がふさわしいかもしれない。実際、2008年に五木寛之さんが『林住期』という本を出し、ベストセラーになりました。林住期とは、老年を迎えて行く時期で、森や林に隠棲しながら、人間とは何か、生きるとは何かなど、さまざまな「人生の問題」を解決しようという時期で、非常に哲学的で内向きです。
あの本が出た頃は、もっと日本が元気で、経済的にも好調でしたから、それでよかったのだと思います。でも今は違う。みんなが林の中に入り込んで内向きになったら、とんでもないことが起きますよ。
今、イギリスはEUを離脱し、アメリカではアメリカ第一主義のトランプ政権が誕生するなど、世界はどんどん内向きになり、自分たちさえよければいいという風潮になっています。ここで日本までもが内向きになってしまったら、絶対にいけないと思います。
はじけること、外へ出て行くことは、決して怖い事じゃない。「どうせいつかは死ぬんだし」と考えた時に、「ああ遊行なんだ」と。尾崎豊が若くして死んだにもかかわらず、いまだに聞かれ続けているのはやはり。若いけど遊行のテイストがあったからでしょう。
そういう意味では、若い人だろうが中年だろうが、「遊行」のテイストは持っていた方がいい。ビジネスマンも、リアルに生きるだけじゃなく、何か1つ、超えたものを持っていることの大事さを、僕はこの本で伝えたいと考えました。
もちろん、僕と同年配の方々も、「林住期」なんかに落ち着かず、動き回ってみたらいい。僕も最近、遊行を自覚するようになってから、若い人たちとの出会いや付き合いが増え、人生がまた面白くなってきました。
――「自由に生きる」という意味では、鎌田さんは既に昔から、「遊行」のテイストを持って生きて来たのではないですか?
言われてみればそうかもしれませんね。東京医科歯科大学の医学部を卒業して、地方(30代で長野県・諏訪中央病院の院長となる)に赴任したのは、同級生では僕一人でした。あれは遊行の始まりだったかもしれません。
チェルノブイリの放射能汚染地域に通い始めたのは、まだソ連の時代でした。これも遊行ですよね。来週からイラクの難民キャンプに行くのですが、それも遊行ですね。
でも「本当に自由だったのかな」と、悩んでいました。周囲から「鎌田は自由でいいよな」と言われながらも、潰されずに生きてこられたのは、ただ失敗しないように器用に生きて来ただけなんじゃないかと。
だからこれからは、もっと自由に、もっと失敗を恐れずにやりたいことをやれば、もっと面白いことができて、結果として社会のためにもなるんじゃないかなと気がついたのです。
言葉は、医者の薬よりも
強い力になる
――「言葉の力」の大きさについて繰り返し言及していますね。医療の現場で、言葉の治癒力のようなことを実感することは多いのでしょうか?
非常に多いです。たとえば言葉の力で、すっかり元気をなくしていた末期がんの患者さんが急にニコニコしだしたり、最後まで自分らしく生きることができるようになったりしたのを、私は何度となく見てきました。医者が出すどんな薬よりも、言葉の力は大きいと思います。
先日も、末期の膵臓がんを患っておられる90歳の男性患者さんの元へ往診した際、言葉の力を感じました。大学教授で、物理の専門家というだけあって飄々とされていましたが、元気がない。「実は悩んでいる」とのことでじっくりお話しているうちに、「死は怖くないが、認知症の妻を残して逝くのが気がかりでたまらない」と打ち明けてくれました。
そこで「奥様の面倒は、ちゃんと僕たちがお子さんと相談しながら見るから大丈夫ですよ」と約束してあげたところ、表情が明るくなり、みるみる元気を取り戻しました。
その方にとっては、僕たちの心を伝える、ほんのちょっとした言葉が、抗がん剤や手術以上に必要だったのですね。
僕が名誉院長を務めている諏訪中央病院には、都会の病院で冷たい言葉を投げかけられ、見捨てられたような気持で転院してこられた患者さんが常時、40人も50人も入院しています。
僕は、そういう患者さんやご家族を、なんとかエンパワーできないかなと意識して診療に当たっています。薬よりも効果を発揮するのは、「心」です。温かい信頼関係の中で、心を言葉で伝えることによって、患者さんは自分の人生を振り返り、人生を肯定的に捉え直したり、ご家族との関係や僕等医療従事者との関係もよくなったりすることができる。言葉には、人と人との関係をとりもってくれる力もありますよね。
今回選んだのは、僕自身悩みながら、胸の内で10年20年かけて発酵してきた言葉が中心です。中には、ニーチェの「脱皮しない蛇は滅びる」など、有名な言葉もいくつか取り上げました。
各々の人生の中にいる人たちに向けて、それぞれ違う形で影響を与えられたらいいなと思いながら、最終的には124になっていました。
――元プロ野球選手の清原和博さんに向けた言葉も書かれていますね。
「『ダメな自分』を認めたところから、自分革命は起きる」――。
あれは清原君に向けたのと同時に、現在さまざまな「依存症」で苦しんでいる大勢の方々に向けた言葉でもあります。日本人は、アルコール依存症やギャンブル依存症、セックス依存症など、依存症に罹っている人がものすごく多い。
遊行を生きるとは、自分自身に厳しくすることではなく、快感を欲する自分も含めて、ダメな自分や弱い自分を否定する心からもっと自由になることです。素直に弱さを認め、「助けてください」と言える人なら、アルコールやギャンブルに溺れなくても済むかもしれない。それが言えないために苦悩を抱え込み、麻薬やアルコールに逃避するのではないでしょうか。
依存症は快感に溺れ、快感から脱出できなくなる病気ですが、僕は、快感は悪ではなく、もっと上手に使えば人生が面白くなるし、社会も明るくなると考えています。
これからの社会は少し、躁状態になったほうがいい。そのためには、社会を構成する僕たち一人ひとりがもっと躁状態にならないといけませんから、快感というのはそんなに悪いものではないはずです。ただし、快感だけが先行してしまったら、身を滅ぼすことは目に見えている。
快感を健康的に楽しめるコツが「遊行」なのだと僕は思います。
マグネットホスピタルの
磁力は"温かさ"と"自由"
――患者さんも随所に登場していますね。諏訪中央病院はずいぶん、医師と患者さんとの距離が近いように感じます。
ほかの病院とはぜんぜん違うと思います、とにかく温かい。マグネットホスピタル(患者・医師・看護師を磁石のように引きつけて離さない魅力ある病院)だと思います。
田舎病院で、救急医療や高度医療の面では、ぜんぜん大した病院ではありませんが、これほど若い医者が全国から集まってくる病院はないでしょう。日本中、どんなに有名な病院も若手の医師不足で困っているけれど、うちにはそれはありません。
理由の第一は、患者さんに対しても医師に対しても、温かいこと。決して見捨てません。そして二つ目は、自由であること。その人らしくいられることを常に大切にしています。
日本の病院はたいがい大学の関連病院で、慶應義塾大学や東京大学といった大学の下部組織のようになっている。それ以外の大学の人も当然いますが、なかなか部長や院長になれないなど、学閥主義がはびこっています。
僕はもともと、そういうことは嫌いで、オールウエルカムです。よその大学から来る先生が不安じゃない土壌を、時間をかけて作り上げてきたし、これからも受け継がれていくでしょう。
――人を惹きつけるにはやはり「温かさ」が大事?
21世紀は、「心の温かさ」が、すごく大事だと思います。
資本主義が壁にぶつかっていることは間違いないし、世界はこの数年大変なことになっています。そういう中で、資本主義社会は大きな発想の転換を迫られているわけですが、そのためには、一人ひとりの人間の意識が変わって行かないといけません。トップが変わったり、革命起こしたりして、上から変えて行くことは、もうできないことだとはっきりしています。
僕は、来週からイラクの難民キャンプに行くのですが、行くことによって、一人ひとりの意識を変えたいと思っています。温かい発想が必要です。
イラクやシリアから、一時期凄い勢いでヨーロッパに難民が出て行きましたね。それをやればヨーロッパの治安や経済が悪化するのは目に見えています。だけど、拒絶したり、追い出すのは間違っています。
中東の人たちは、できることなら中東で暮らしたいと思っていますし、暮らせるようにしてあげることが大事です。僕はそのためにはどうしたらいいのかを常に考えています。
『チョコ募金』のチョコレートとパッケージ Photo by Hiromi Kihara
たとえば僕は今、3つの診療所をイラクのアルビルというキャンプの中に作っています。人口150万人のイラク第2の都市ですが、一時期ISに制圧され、現在は半分が奪還されました。アルビルにいる難民の中には医師や看護師や薬剤師がいます。僕たちが診療所を作り、そこに薬を供給してあげさえすれば、難民のドクターが難民を診ることが叶います。
働く場と愛する人がいることは、絶望の中で生きて行く上でものすごく大事です。特に雇用は、治安にも平和にも重要です。テロリストに若者が流れてしまうのも、雇用の問題が大きいですよね。
『遊行を生きる 悩み、迷う自分を劇的に変える124の言葉』
鎌田 實著
清流出版
1080円(税込み)
232ページ
この活動の資金を作るために、僕は「チョコ募金」の活動に取り組んでいます。缶入りのチョコを16万個作って1個500円で購入してもらう。全部売れると8000万円になります。チョコは北海道の六花亭製、缶は埼玉県の小さな製缶工場で作ってもらい、発送は障害者施設の共同作業所にお願いしています。
皆が少しずつ発想の転換をしなくてはいけない今、こういう事業も「遊行」の1つかなと。
遊びのようなつもりで、だけど資本主義のルールの中で、面白いことを考えて行けば、まだまだやれることは多いんじゃないかなと思います。
◇
「遊行」には、一人ひとりの人間の意識を変え、さらに世界を変える力がある。「124の言葉」には、単なる啓発本を超えた大いなる野望が秘められているのだ。
http://diamond.jp/articles/-/114703
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。