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(回答先: オノデキタさんが「その程度の知力」問題の核心のつぶやきを拾ってきた 日本人が「その程度の安倍の知力」に負けてしまう原点 投稿者 五月晴郎 日時 2014 年 8 月 12 日 15:08:02)
http://8706.teacup.com/uedam/bbs/13129
(略)
で、なぜ「その程度の知力」が、すべての反安倍勢力をなぎ倒していくのか?
(なお、「その程度の知力」の意味は、昨晩の書き込みをご覧なってください。)
以下、私が考えたこと。
2つ。
1 いかなる知力よりも、信念のほうが強いから。
すなわち、安倍晋三さんの言う「日本を取り戻す」という信念。
この信念の前には、知力がどうのこうの、学歴がどうのこうの、なんていうのは、すべて吹き込んでしまう。
肝心なことは、ここからです。
そのことから逆に見えてくる「日本人の解釈する」知力とは何か、です。
同意される人も多いことでしょう、たいていは、大学入試の学力のことを意味します。18歳の時点の入試学力、それが日本人がイメージする知力です。
話を進めるために、そういうことだとしてみます。
ここで私が考えたことは、その学力の性質です。
日本の大学受験の学力(=知力)は、いったい何を試すのか、と。
この答えの参考になるのが、安倍さん程度の知力に負ける日本社会、と。
すなわち、日本の学力・知力は、信念を育成しない、と。
あるいは、阿倍さんの信念に、日本人の学力・知力エリートは、反論することができない、と。
その意味は、というと、日本人の学力・知力は、当人の意志と、まったく結びついていない、と。
それは、ただ、「知っているだけ」。
たとえば、数学で言えば、三角関数の定理(正弦定理・余弦定理、等)を、単に「知っているだけ」。
微積分の解き方を、単に、「知っているだけ」。
国語・古典で言えば、「マドンナ古文単語230」を知っているだけ。
古文に出てくる「けしき」は、現代語の「けしき」とは意味が全然違いますよ、と。
こういうことをたっぷりと覚えると、18歳の日本人は、めでたく学力・知力がある、と認定されます。
しかし、その結果どうなるか、といえば、知っている程度では劣るが、誰にも負けない信念を持つ安倍さんには、権力勝負で負けてしまう、という構造。
ここから何が言えるか?
信念は、当人の意志とか、意欲に強く結びついているが、たんなる知識(知っているだけ)というのは、日本の学力検査のシステムの中でしか意味がない、と。
以上のように考えたところ、ここで再び、私はいつもの持論に到達しました。
このシステムの原型をつくったのが、藤原不比等だったなあ、と。
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