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http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140408/262574/?P=1
2014年4月21日(月)
フランスを代表する知識人、エマニュエル・トッド氏は、前回のインタビューで、「ユーロを生みだしたフランス経済は、ユーロによって破壊された」と述べた。経済だけでなく、政治的にもドイツに頭が上がらない。
だが、唯一、うまくいっている分野がある。出生率だ。フランスでは政府の教育費無料化などの施策によって所得階層のすべてで出生率が上昇している。フランスと対照的なのが日本。歴史人口学者として、きつい警告を日本政府に発する。
(聞き手は黒沢正俊=出版局編集委員)
* * *
学問としての歴史人口学の可能性について、どう考えているか?
トッド:私の方法論を説明するのは難しい。私には読者はいるが、研究者で私の後継者はいないと、友人から言われた。私は孤独な研究者であり、それは真実だ。恐らくいつか、私の方法論が正しく、正確な予測であったと、人々が気づいてくれるはずだ。
歴史人口学の分野では、メソポタミアのような古代や東ヨーロッパに関する研究が進んでいる。日本では速水融・慶應義塾大学名誉教授が日本の歴史人口学の父だ。彼はフランスや英国の手法を日本に持ち込んだ人で素晴らしい人だ。
ポーランド人研究者が東ヨーロッパの制度について偉大な研究を成し遂げている。しかし、これは純粋な歴史人口学で、私のような現代に関連する研究ではない。
GDP統計は誤魔化せても、人口統計は誤魔化せない
なぜ歴史学ではなく、歴史人口学なのか?
トッド:『最後の転落』でソ連の乳児死亡率、出生率を分析した。ソ連はもう崩壊するところだった。この本を書いたとき私は25歳で、博士論文を完成したばかりだった。私は歴史人口統計学の学生だった。
この学問は、18世紀のフランス革命などを分析するために開発された。フランス革命を出生率など人口統計の観点から分析する試みからだ。私は、ロシアのような閉ざされた社会で、18世紀の政治分析に使用されていたそうした方法論を応用した。そうした方法論を使って、米国文明の転換、アラブの春など、いくつかの出来事を予見することができた。
歴史人口学は、人々の行動、結婚、出産など文化的背景が分かるから面白い。
トッド:2カ月前、フランスで統計に関する考え方について講演した。歴史人口学と経済の統計の手法は同じではない。歴史人口統計学の統計はとても単純で、人が生まれて死ぬという人間行動が対象だ。データに内部一貫性があるから、統計を勝手に変更できない。
例えば、『最後の転落』の中にあるソビエト連邦の経済統計は完全にデタラメだ。その統計は、上向きのものばかりだった。モノの生産では、壊れない製品を創造できるが、人は必ず死ぬ。乳児死亡率が上昇していることを示すデータを、改竄できるかといえば、それは不可能だ。
乳幼児死亡率が下がっているよう改竄しても、何年か経てば、辻褄が合わなくなる。何年かすると、いるはずの人間がいなくなっているわけだから。結局、データの公表を止めなければならなくなる。だから、経済統計に比べ、改竄しにくい点でより安全だ。
GDP統計などの数字を元に、経済が良いとか悪いとか言うが、それだけでは十分に見えないものがあるということか?
トッド:もちろんGDPなどの統計は重要だが、例えば乳児死亡率を見ると米国は1000人当たり6人。日本は非常に低くて2.5人。フランスは3〜4人。ロシアやウクライナを見ると、米国と同じく6人になっている。
米国は1人当たりGDPを見れば、非常に強い国と言えるが、乳児死亡率を見ると、ロシア、ウクライナ並みだ。この事実は、米国が単に世界で最も偉大な国、技術大国というのではなく、社会に問題が潜んでいることを示している。経済データだけでは、社会に潜む問題に到達するのは不可能だ。GDPだけでは、そういう問題を見極められない。
旧ソ連にとって、経済統計は安全なものだった。社会全体の効率性を測る経済統計は変化しやすいが、歴史人口統計学が扱う性別、死亡、出産は変わりにくい。そうした統計データの方がより深いもので、人間の思考への扉となり、人がなぜ行動するかということが理解できる。
付け加えると、米国についてはネガティブな統計だけではない。10代女性の妊娠率が大幅に下がってきている。これは、米国社会が以前より少し安定してきていることを示している。
日本の唯一の課題は低出生率
日本は少子高齢化社会に突入しています。政府はいろいろな手を打ってはいるが、出生率は上がっていません。何か解決策はありますか。
トッド:少子化から抜け出す方法について例を挙げて説明しよう。それは、わが母国フランスの例です。フランスは政治も経済も何もかもうまくいっていない。失敗だらけだ。しかし、唯一、出生率だけは上昇に転じ、うまくいっている。
我々フランス人は合理的だ。子供を産むことはフランス人の唯一得意なことだ。たぶん、産児制限、堕胎を最初に実行した国だからだと思う。勤労者階級が子供をつくるのはどの国でも普通のことだが、フランスでは中流や上流階級でも出生率が高くなっている。
フランスで何が起きているかというと、基本的に個人主義の国で、個人が自由に行動できる。実際、出産の55%は非嫡出子だ。非嫡出子を不都合であると気にしないし、国家がそうした家族を援助する重要な役割を果たしている。
特に教育が重要だ。フランスでは政府の教育費補助によって、幼稚園から大学までほとんど無料になっている。だから、中流階級の女性にとって、子供を産むことは人生での劇的な決定ということではない。
私には4人の子供がいる。教育費の負担は幼稚園からほんの少しだけだった。中流階級なら心配は要らない。私の長男は英国人女性と結婚して帰化し、英国民となった。最近、子供が生まれたが、教育費について心配している。フランスではありえない。
つまり少子化の解決策は、国による家族支援が効果を発揮するということだ。現在の日本ではかなりの割合で大学などの高等教育を受けている。子供を産んで高等教育を受け、有能な大人に成長するまでに25年はかかる。
そういう状況で子供を産むという決断は、国が手厚い支援をしない限り、重大なものになる。ヨーロッパと違い、日本では女性が働いて同時に子供を産むということが非常に難しい。フランスのように中流階級の家庭に国から大きな支援はない。膨大なコストを要するからだ。
教育費の無料化が決め手になるということか?
トッド:私はフランスがお手本だとか、その教育制度を導入すべきと言っているわけではない。フランスの出生率が高く、特に中流階級の女性が国から手厚い援助を受けていることが出生率上昇の背景にあるということだ。
アングロサクソン諸国やたぶん日本においても、フランスやスウェーデンのような国は、政府支出の大半が社会サービスに注ぎ込まれているといった誤った見方をされている。低所得層ではなく、フランスやスウェーデンでは、中流階級がその教育制度の恩恵を受けている。
私が願っているのは、中流階級が国家の介入を求めていることを明確にすることだ。日本人が、国家の介入に賛成することを祈っている。そう主張すると、国家に批判的な左翼ではなくなるかもしれないが。フランスやスウェーデンは中流階級に多くの資金を投じている。
日本で唯一の問題は出生率の低さ
経済や外交の問題よりも、出生率の低さが日本最大の問題だということですね。
トッド:日本人は、出生率が問題であるという事実をかなり意識しているが、それが唯一の問題であることに気づいていない。私は、福島の原発事故問題よりも重要だと思う。私は東北の各県を訪問したし、福島第一原発のすぐ近くまで行った。原発近くの町がどのような状況にあるかも知っている。しかし、長い歴史を見ても、出生率が日本にとって、唯一の重要事項だ。その他のことはすべて、許容できる。
日本で唯一の問題は出生率であると私は言った。私の国フランスで唯一問題になっていないのが出生率だ。その意味では、フランスと日本は正反対の状況にある。
東京に来るたびに、日本人は完璧なまでに見事に少子高齢化という「衰退」を楽しんでいるかのように感じる。過去10年、少子化問題が騒がれている割に、少しも変わっていない。
フランスや北欧だけでなく、ロシアだって少子化対策の行動をとっている。その結果、出生率は1.3から1.7へと上昇している。日本でも明治維新と同じくらいの革命的な政策をとるべきだろう。
日本の完全主義で大半の問題はうまくいっているが、出生率だけがうまくいっていない。
日本は米国の後を追え!
中国、韓国との間で歴史問題を抱えている日本へのアドバイスを。
トッド:「私の中では、アングロアメリカ、特に米国の相対的な位置付けが変化している。私は『帝国以後』を2002年に出版した。歴史人口学から見れば、ヨーロッパは明らかに日本と同様、弱点があることに気づいていたが、当時、ヨーロッパの将来について非常に肯定的な予想を持っていた。
歴史人口学の立場から、私は完全にこの予想を変更する。ヨーロッパが生み出そうとしている、いや、既に生み出している大惨事について気づいているし、そして、米国社会では明るい兆候も見えている。2002年当時は、ヨーロッパの将来は非常に有望であり、英米をはじめ英語圏のパワーは低下すると予言した。今、それが逆に動いて、ヨーロッパが非常に大きな過ちを犯しそうで、英語圏が何らかの形で復帰しているという形でバランスがシフトしている。
『帝国以後』当時は、グローバル化は経済のことであると考えられていた。世界が均一化の方向に動き、新興国がその流れを加速しているというふうに。しかし、今やこうした歴史の見方に私は懐疑的だ。
先進国に多くの問題があっても、世界の将来をつくっていくのは、日本、米国、ヨーロッパという先進国だろう。特許にしても日米欧が3分の1ずつを占める。
イラク戦争当時、「米国に追随するな」が日本への助言だった。今はその逆で、「ヨーロッパの道ではなく、米国の後を付いていくべきだ」という助言を日本に贈りたい。
- 「歴史人口学で見た日本」速水融著 〜江戸時代の違う姿が見えて来る〜 五月晴郎 2014/5/18 18:41:53
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