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(回答先: 日米の大学教育の目的の基本的違い (uedom.com) 投稿者 五月晴郎 日時 2013 年 10 月 24 日 21:38:12)
http://toyokeizai.net/articles/-/22287
「資本主義の士官学校」――。ハーバードビジネススクール(HBS)は、そう呼ばれることがある。
……と聞くと、「合理的」で「株主至上主義」的な価値感を持つ、ドライなエリートを量産する教育機関、という印象を抱くかもしれない。実際、私も留学前は、人情が入り込むすきもない世界であるに違いないと思っていた。
しかし、実際に入学してみると、HBSの現実は、想像とはまったく異なるものだった。今回は、HBSが育てようとしているリーダー像を、自己体験を基にお伝えしたい。
■あなたならどうする?
HBSの授業はすべてケースメソッドで進められる。経営者が対面した状況が記された20〜30ページのケースを事前に読み込んだうえで、授業中は90人のクラスメートと80分間ディスカッションする。
教授から投げかけられる質問は、本質的にはただひとつ。「あなたならどうする?」だけだ。
学生は、経営者になったつもりで、限られた情報を基に状況を分析し、決断したことを発言する。期末試験も、ケースを渡され、「現状を分析して、アクションプランを書きなさい」というものだ。
たとえば、「100%ナチュラル」を宣伝文句にする子供向けのリンゴジュース製造工場のケース。あるとき、この製造工場に納入されている濃縮リンゴジュースが、砂糖水で希薄化されているといううわさが出た。
仕入先に問い合わせると、疑惑を激しく否定している。自社で簡易成分分析を行うが、問題なしとの確証は得られなかった。詳細な成分分析には数カ月かかってしまう。砂糖水で希薄化されていた場合の健康被害は確認できておらず、FDA(食品医薬品局)から明確な指示も出ていない。さて、あなたが経営者なら、このうわさだけでリンゴジュースの出荷を止めるだろうか?
私のクラスでは、まずアリソンが手を挙げた。
「100%ナチュラルを約束している会社が、それを証明できないならば、出荷を今すぐ止めるべきだ」
すかさずデイビットが言い返す。
「私はアリソンの意見に反対だ。財務諸表を分析したところ、リンゴジュースの出荷を止めると、○○万ドルの損失となる。風評被害も考えると、出荷停止は倒産につながる可能性が高く、ただのうわさだけで出荷停止するのは、株主や従業員に対して無責任すぎる」
そこにアレックスが参戦する。
「このリンゴジュースを飲むのは子供であり、なによりも安全性が求められる。生産者と消費者に圧倒的な情報不均衡がある中で、100%の安全性を確認できないリンゴジュースを出荷するのは断固反対だ」
HBSの学生は、情報が不完全であり、時間も限られている中、ギリギリまで考えたうえで決断し、それを主張することをクラスの中で練習する。これを毎日繰り返していくことによって、情報の分析方法、決断する勇気、意見の主張の仕方などを身に付けていく。
■あなたはどんな人間なのか?
HBSのクラスルームで、自分の立場を主張すると「なぜそう思うのか?」と、必ず問われる。そこでは、自身の結論に至った分析の経緯や論理だけでなく、自分自身の性格や思考回路について理解しているかどうかが問われている。
たとえば、アントレプレナーシップ(起業家精神)の授業。
優秀なエンジニアが1年ほどかけて開発した新技術を、ある企業が200万ドルで買収を提案してきたというケースを扱った。
クラスメートの意見は、売却すべきかどうかで割れた。一部の人は、今後、値上がりする可能性が高い根拠をこれでもかと示し、売却するのは技術を完成させてからのほうが得策と主張した。それに対し、業界は日々変化しており、さらに画期的な技術が急に開発される可能性もあるため、それならば確実な200万ドルを今手にしたほうがよい、と主張する人もいた。
同じケースを読み、同じデータを与えられても、その解釈は十人十色だ。それは、人によってリスクの許容度や、キャリアへの考え方、また、おカネへの執着心が異なるからだ。「なぜそう思うのか?」と聞かれることで、自分の主張の基盤となっている性格や、思考回路について理解していく。
「あなたは、何を大切に想い、何を恐れるのか? あなたの考えの根底にあるものは何か?」
これらを愚直なまでに突き詰めることで、自分という人間を理解する。HBSのクラスルームでは、幅広い業界のさまざまな経営課題について議論しながら、同時に自分自身の内面を細かく検証していたりする。
■あなたはどんな世界に生きているのか?
「自分を理解する」と同じくらい重要とされるのが、「世界を理解する」ことだ。HBSでは、さまざまなバックグラウンドを持つ学生を集めることで、学生一人ひとりの世界観を広げる機会を作っている。
たとえば、MyTakeと呼ばれるイベント。ここでは、ユニークな体験を持つ学生が、自身の体験を通して学んだことを数百人の前で披露する。先日のセッションでは、私の友人であり、インド系アメリカ人のアニータ(仮称)が自身の体験を披露していた。
アニータは、HBS入学前は中東にある世界最大規模のソブリンウェルスファンドで働いていた。しかし、インド系女性であるアニータが、政府機関の男性職員と口論したことがねじれて、ついには憲法侮辱と職務妨害の罪で起訴されてしまった。
彼女は無実を主張するが聞き入れてもらえず、刑務所行きが現実味を帯びてきた。同僚に相談したところ、こんな言葉が返ってきた。「あなたが悪くないのはみんな知っている。しかし、あなたが間違ったのは、この国の役所で男性職員と口論したこと。女性でありインド系であるあなたが、男性の政府職員に逆らってはいけないのよ。どんなに自分が正しかったとしても、そこは平身低頭で謝って、許しを請うしかないのよ」。
結果的にさまざまな方面の協力を得て、無罪の判決を得ることができた。しかし、アニータはこの体験により、自分が属する「インド系女性」という分類が社会的弱者であることを、痛いほど思い知ったという。
アニータはスピーチを次のように締めくくった。「振り返ってみると、社会的不平等はつねにそこにあった。しかし、いざ自分の身に降りかかるまで、社会的不平等は当たり前で仕方ないことだと思っていた。そしてあの体験がなかったとしたら、私は今でもそう思っているはず。怖かったけど、非常に大切なことに目を向けさせてくれた貴重な体験だった」。
HBSではこのような個人的な体験も臆せず共有する文化がある。それは、自分の体験が誰かの世界観を広げることを知っているからだ。クラスルームでも、元特殊部隊のクラスメートが自分の部下を亡くした体験や、国際機関勤務のクラスメートが難民キャンプで目の当たりにした壮絶な状況を発言する。会社をクビになった経験も、家庭不和の中で育った経験も、クラスメートにとって有益と感じたら共有する。
クラスルーム内外にかかわらず、「あなたはどんな世界に生きているのか?」とつねに問われ続ける。今まで知らなかった世界に触れるほど、自分の無知に気づき謙虚になっていく。自分とは異なる立場、意見、経験を持っている人とかかわることで、世界に対する理解を深め、多くの人たちを理解しようと努めることにつながる。
■小手先のスキルよりも
留学して約1年が過ぎた今、HBSが教えようとしていることを自分なりに考えると、「心あるリーダーシップ」ではないかと思う。ときに非情なビジネスの世界を舞台としながらも、決断を迫られたときは単に損得勘定だけで考えるのではなく、人間的な感情も考慮したうえで決断できる人材を育てようとしている。
そのためには、リンゴジュースを子供に与える親の気持ちも考えなければいけないし、リンゴジュース製造の仕事に心血を注ぐ従業員のことを考えなければいけない。必ず誰かが不幸せになってしまう決断を迫られたとき、自分の決断の根底にあるものを理解しようとする。そして、世界は自分が知るよりつねに広いものだと知り、謙虚な心を持って最善を尽くす。
HBSはビジネススクールなので、複雑なファイナンス理論や、最先端の企業戦略論なども教えている。しかし、HBSのミッションは「To educate leaders who make a difference in the world (世界を変えるリーダーを育てる)」。最も力を入れているのは、世界を変えるリーダーとしてふさわしい内面を持つ人材の教育だと私は考えている。
「資本主義の士官学校」と言われる場所で教えられるのは、小手先のスキルだけではない。自身への深い洞察や、周囲の人々の感情に想いを巡らせるといった、心あるリーダーシップ教育なのである。
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