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【第78回】 2012年10月10日 森田京平 [バークレイズ証券 チーフエコノミスト],高田創,熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト]
財政政策は「波の高さ」と「波の拡がり」、
金融政策は「又は」と「及び」に注目
――森田京平・バークレイズ証券チーフエコノミスト
政局が強める政策プレッシャー
マクロ政策の先行きが見通しにくくなっている。背景にあるのは政治だ。9月21日の民主党代表選では野田首相が再選され、第3次改造内閣を編成した。26日の自民党総裁選では石破氏との決選投票の末、安倍氏が逆転勝利を収めた。
野田内閣で新たに経済財政担当大臣を務める前原氏は、「金融緩和の手段として日銀は外債買入オペも検討すべきだ」との持論を展開し、今月5日には金融政策決定会合に出席した。
また安倍氏は総裁選中、「デフレから脱却するまで消費増税を先送りするべきだ」「日銀は物価上昇率2〜3%を目指すべきだ」と、財政・金融政策に対して拡張的な運営を求めた。
そもそも自民党は6月に「国土強靭化基本法案」を国会に提出し、第一段階として当初3年間で15兆円の追加投資を謳っていた。民主党代表選と自民党総裁選は財政・金融政策に対する政治のプレッシャーを一層強めるきっかけとなった。
「波の高さ」と「波の拡がり」
で見る公共投資
しかしここは、冷静に政策効果を見極める必要がある。自民党の国土強靭化政策を踏まえると、財政政策については公共投資が引き起こす「波の高さ」と「波の拡がり」が焦点となる。
「波の高さ」とは、公共投資の追加がどの程度GDPを押し上げるかを見たもので、マクロ経済学では「乗数」と呼ばれる。たとえば、GDPの1%に相当する公共投資の追加によって、それがなかった場合よりもGDPが1年目に1.2%、2年目に1.4%増えるとしよう。このとき公共投資の乗数は1年目1.2、2年目1.4となる。
「波の拡がり」とは、公共投資の追加によって、どの程度幅広い産業の経済活動が刺激されるかを見たものである。これは、産業連関表に基づく付加価値誘発係数や生産誘発係数などで表される。
「波の高さ」(乗数)は
下がっているようだが……
内閣府の『短期日本経済マクロ計量モデル』に基づいて、実質公共投資の「波の高さ」すなわち乗数を見てみよう。
1991年版モデルでは、実質公共投資の乗数は1年目1.33、2年目1.57、3年目1.63とかなり高かった(図表1参照)。しかし、その後、乗数は低下し、2005年版モデルではついに2年目以降の乗数が1より小さくなった。
これは、公共投資の追加によって2年目の実質GDPがかえって小さくなることを意味する。これはモデル構造上、公共投資の追加が2年目以降の金利を押し上げることで、民間設備投資などが抑制されるからである。直近の2011年版モデルにおいても、公共投資の乗数は低迷している。
金融緩和とのポリシーミックスを
考慮すると乗数は意外と高い
しかし、1点注意を要する。今日の金融政策を想定すると、公共投資が増えたところで短期金利が上がるとは考えにくい。そこで、2005年版以降のモデルにおいて短期金利を固定した上で公共投資を追加すると、実は乗数がかなり上がることが確認される(前出図表1参照)。
これは、公共投資を通じた財政出動と金融緩和のポリシーミックスが、意外と高い乗数効果を持つことを意味する。たとえば、2011年版モデルでは、短期金利が変動する場合の公共投資の乗数は1年目1.07、2年目1.14、3年目0.95と低いが、金融緩和によって短期金利を固定すると、乗数は1年目1.21、2年目1.39、3年目1.31まで上がる。
これを逆に解釈すれば、財政政策とセットになることで、現行の金融政策が実体経済を刺激する経路が広がる可能性が浮上する。
「波の拡がり」においても
公共投資は無視できない
「波の拡がり」という点においても、公共投資は無視できない。直近2010年の産業連関表によると、公共投資1単位で誘発される粗付加価値量(粗付加価値誘発係数)は0.86となる(図表2参照)。
これは民間消費支出の0.87に並ぶ高さであり、財・サービス輸出の0.84、民間資本形成の0.80を上回る。つまり各需要項目の中で、公共投資は高めの付加価値誘発力を持つ。1つの理由は、他の需要項目と比べて公共投資は輸入(つまり海外生産)に流れる割合が低いことにある。
防災・減災は公共投資を
「手段」から「目的」に
かつての公共投資は事実上、地方に所得を移転するための手段に過ぎなかった。今後、防災・減災を目的として社会資本ストックの更新投資が図られるとすれば、公共投資が手段から目的に変わる。当然、中身は厳しく問われなくてはならない。
その上で、公共投資ひいては財政政策については、(1)金融緩和とセットになることで乗数効果(波の高さ)が上がる可能性、(2)他の需要項目と比べて他産業への波及効果(波の拡がり)が意外と大きい可能性、の2点が指摘される。
年内にもあり得る総選挙で自民党を中心とする政権ができれば、2013年度以降の景気を展望する上で、財政政策への注目度を上げる必要性がある。
金融政策に対しても
強まる政治のプレッシャー
政治がプレッシャーを強めつつある対象として、金融政策も無視できない。前述したように、前原経済財政担当大臣は「外債買入オペも検討対象にすべき」「物価上昇率1%に向けた日銀の真剣さを確かめたい」などとした上で、今月5日、金融政策決定会合に出席した。大臣の出席は、2003年4月の竹中大臣(当時)以来である。
日銀法第19条に見る
「又は」と「及び」
日銀法第19条によると、政府からの出席者が金融政策決定会合でできることは、(1)意見の表明(同条第1項)、(2)金融政策に関する議案の提出(同条第2項)、(3)金融政策に関する委員会の議決の延期請求(同条第2項)の3つである。
同条については、財務大臣と経済財政担当大臣の関係について、「又は」と「及び」を使い分けていることが興味深い。詳細は省くが、同条第1項は「財務大臣又は経済財政担当大臣は意見を述べることができる」、第2項は「財務大臣及び経済財政担当大臣は議案を提出し、または議決の延期を要求できる」という主旨になっている。
これは、財務大臣と経済財政担当大臣はそれぞれの意見を述べることができる一方、議案の提出や議決の延期請求は両者が意見を収斂させた上でするもの、とも読める。
「意見の表明」と「議案の提出」
の間に見るハードル
この解釈の妥当性を確認するため、日銀と財務省にヒアリングしたところ、日銀の担当者は「かつて一度だけ行使された議決の延期請求権(2000年8月)では、財務省と内閣府が意見を収斂させた。一方、議案の提出については前例がないためはっきりとしたことは言えない」ということだった。
財務省の担当者からは、「法律上は財務大臣と経済財政担当大臣が連名で議案を出さなくてはならないということではない。ただし、現実問題として両者の意見が異なる段階で政府としての議案を出すことはないであろう」との見解を得た。
第19条の厳密な法解釈は本稿の域を出るが、現に城島財務大臣が日銀による外債買入オペに慎重な姿勢を見せている中、前原大臣がどれほど同オペに思い入れがあったとしても、決定会合では意見の表明にとどまり、議案の提出には至らないであろう。
筆者は引き続き、法律改正(日銀法)あるいは法律の解釈の変更がない限り、日銀による外債買い入れオペは難しいと見ている。
景気と物価の連動性低下の背景
日銀が当面の「中長的な物価安定の目途」を物価上昇率1%としているのに対して、安倍自民党総裁は「2〜3%を目指すべきだ」としている。こうした見方の違いについては、発言者の声の大きさ(政治プレッシャー)に関心が向かいがちだが、ここでも冷静な分析が求められる。
日本では、2000年代に入って、景気すなわち需給ギャップ(潜在GDPと実際のGDPの乖離)に対する物価の連動性が下がっている。景気が回復して需給ギャップが閉じても、かつてほどには物価は反応しなくなっている。
「フィリップス」か「オークン」か?
「需給ギャップ→物価」という関係は、「需給ギャップ→失業率→賃金→物価」と読むこともできる。このうち(1)「需給ギャップ→失業率」は「オークンの法則」に相当、(2)「失業率→賃金」は「フィリップスカーブ」に相当、(3)「賃金→物価」は労働生産性や労働分配率に左右される。需給ギャップと物価の連動性が低下している背景を探るには、これら(1)〜(3)のどの段階で連動性が低下しているかを見る必要がある。
そこで1995年以降の(1)〜(3)の関係について、推計期間5年のローリング推計を行なった(図表3参照)。また比較対象として、米国についても同様の推計を行なった。
1990年代と比べて2000年代に明確に連動性が低下したのは、(1)「需給ギャップ→失業率」と(2)「失業率→賃金」であることがわかる。また米国との比較では、(1)「需給ギャップ→失業率」の連動性の低下が鮮明となる。
「フィリップス」も「オークン」も!
本来、金融政策が作用しやすいのは、賃金や物価などの名目変数を含む「失業率→賃金→物価」の連動性であろう。しかし、ここでの推計結果は「失業率→賃金」に加えて、「需給ギャップ→失業率」という実質変数の連動性の低下も示唆する。
つまり、「フィリップスカーブ」に加えて「オークンの法則」も変化した可能性が高い。主に名目変数に働きかける金融政策に加えて、実質変数に働きかける財政政策もデフレ脱却には求められる。
http://diamond.jp/articles/print/26031
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