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【第35回】 2012年9月20日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
QE3は何の効果もなく、世界経済を混乱させる
ECB(欧州中央銀行)の国債購入決定に引き続いて、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が、金融緩和措置の第3弾であるQE3(Quantitative Easing program 3)に踏み切った。
今回は、住宅担保証券化商品MBSを、月額400億ドルのペースで購入するとしている。
今回の緩和措置の背中を押したのは、雇用情勢が改善しなかったことだ(8月の雇用統計で、非農業部門の就業者数が前月比9万6000人増にとどまり、市場予想の13万人を大幅に下回った)。注目されるのは、「労働市場の先行きに十分な改善が見られるまで、適切な手段を取る」とされたことだ。QE2では物価上昇率が問題とされたが、今度は「雇用」という実体経済の指標が目標にされたことになる。
しかし、この目標は達成できないだろうと考えられている。バーナンキFRB議長自身も、「金融政策は万能でない」と認めている。
以下で述べるように、アメリカの雇用が伸びず、賃金所得が増えていないのは事実である。しかし、それは、新興国の工業化という構造的要因によると考えられる。だから、金融政策で解決できないのは当然だ。そして、これまで本連載で述べてきたように、金融緩和は世界的な投機資金の流れを引き起こし、世界経済に混乱をもたらすことになるだろう。
全世界的な金融緩和競争が起きている
緩和の影響は、まず為替レートに明確に現われる。前回述べたようにECBの南欧支援策はユーロ安誘因なので、結局、ユーロ安、ドル安の圧力が働く。つまり、円高がさらに進行する。この結果、日本でも金融緩和圧力が強まるだろう。前回述べたように、為替レート競争が起こるわけだ。
一方、中国は、経済成長率が鈍化していることから、これまでの金融引き締めから方向転換し、金融緩和を始めた。そのペースを速めないと、元高圧力が働く。しかし、金融緩和を進めれば、不動産バブルが再燃する。こうして中国は難しいジレンマに直面することになる。
国際的な資金の流れを介して、一国の金融緩和が全世界的な影響を持つことになるわけだ。アメリカやユーロ圏のように経済規模が大きいと、その影響が大きい。
影響は多くの場合、攪乱的だ。しかも、資金の移動は予測しがたい。わずかな条件の変化で巨額の資金が動くことがある。世界経済のボラティリティが高まったと考えざるを得ない。
金融緩和によって実物経済が改善することはないので、この過程がいつまでも続く。世界経済は、不安定な時代に入った。
アメリカの企業利益は伸びている
アメリカで金融緩和が行なわれるのは、上述のように雇用情勢が改善しないからである。では、アメリカ経済は、全体的に落ち込んでいるのだろうか?
決してそうではない。図表1には、実質GDPの推移を示す。
経済危機の発生により、アメリカの実質GDPは落ち込み、2009年の上半期にボトムになった。しかし、その後順調に回復し、11年第3四半期には、ほぼ経済危機前のピーク(07年第4四半期、08年第2四半期)を取り戻した。そして、12年第2四半期では、経済危機前のピークより1.8%程度高い水準になっているのである。
名目値で見ると、経済危機前のピーク水準(08年第2四半期)を取り戻したのは、10年の第2四半期である。そして、12年第2四半期には、08年第2四半期の8.3%増となっている。
GDPの構成要素を分解すると、企業利益の伸びが著しいことがわかる。
図表2に示すように、国内企業の利益は、リーマン・ショック直後の08年第4四半期に大きく落ち込んだ。しかし、10年第1四半期にはすでに経済危機前の水準を取り戻した。そして、12年第2四半期では、07年第2四半期より18.8%も多くなっている。
金融危機で大きな打撃を受けた金融業の利益も、12年の水準は07年第2四半期より12.9%多い。アメリカ財務省は、保有するAIGの売却で、金融危機時に投入した公的資金を全額回収できるとした。
金融以外の産業では、12年の企業利益は07年第2四半期の24.5%増だ。
このように、企業利益は、名目GDPよりかなり高い伸び率で成長を続けているのである。これを反映して、株価も伸びている。
個別企業を見れば、さらに急速な利益増を実現している企業がある。アップルはその代表で、利益の増加に伴って株価も上昇している。
アメリカで伸びないのは賃金所得
アメリカ経済の問題は、賃金所得が伸びないことである。
図表3には、賃金所得の推移を示す。
企業利益と違って、賃金所得は経済危機によって大きな落ち込みは示さなかった。しかし、危機後の回復も、きわめて緩やかである。
すなわち、2012年の水準は、経済危機前のピーク(08年第1四半期)に比べて4.3%の伸びに留まっている(民間企業では3.8%)。これは、名目GDPの増加率の半分程度でしかない。
製造業では、11年にかなり大きく落ち込んだ。その後回復したが、12年第2四半期でも、経済危機前のピーク(07年頃)に比べて4%程度低い水準にしかなっていない。
このように、経済危機後のアメリカでは、賃金所得の伸びが、企業所得の伸びに対して大幅に立ち遅れているのである。
雇用で見ると、事態はさらに深刻だ。アメリカの雇用は経済危機で約880万人減少したが、その後410万人しか回復していない。失業率も8%台に高止まりしたままだ。
つまり、アメリカが抱えているのは、「企業利益が伸びて、賃金所得が伸び悩む(あるいは低下する)」という、分配の問題である。これは構造的な問題である。
これが構造的な問題であることは、アップルの場合に象徴的に現われている。
アップルの製品は、台湾のEMS(Electronics Manufacturing Service 電子機器の受託生産)企業ホンハイの子会社フォックスコンなど、世界中の企業で水平分業によって生産されている。新興国の安い労働力を使って安い原価で製造し、高く売って利益を得るのだ。しかし、こうした活動のほとんどがアメリカ国外で行なわれるため、アメリカ国内の雇用は増えない。
アメリカ国内で伸びるのは、金融に代表されるように、高度の専門家のサービスだ。だから、少数の人が高い所得を得るようになる。そして、所得格差が発生する。
政策手段割り当ての誤り
以上の現象をマクロ経済的に見れば、つぎのようなことだ。
1990年代以降の世界において、新興国の工業化により、先進国の製造業が縮小し、それによって賃金の伸びも低くなった。アメリカもその問題に直面しているわけだ。
「貿易を通じて、新興国の低賃金の影響が先進国に及び、その結果、先進国の賃金が伸び悩む(あるいは下落する)」というのが、「要素価格均等化定理」が予測するところである。このような変化は、90年代以降の世界において、徐々に、しかし確実に生じつつある。こうした構造的変化に対して、金融政策で対処するのは誤りである。
これに対処する方法は、社会保障制度を拡充することだ。アメリカの場合は、医療保険が不十分なので、この整備は不可欠の課題だろう。また、失業保険も重要だ。さらに、税を通じる再分配の促進も必要だ。現在のアメリカで必要とされる政策とは、このようなものなのである。
金融緩和でこうした構造的分配問題に対処しようとするのは、経済政策手段の「割り当て」の誤りだ。したがって、問題を解決することができない。
他方で、金融緩和の影響は、国際的資金移動を通じて全世界に伝播する。影響は、いままでのところ、為替レートに現われている。さらには、日本に資金が流れ込むことによる国債バブルだ。しかし、これですべてではない。将来どのような問題が起こるか、予測しがたい面もある。
日本が抱えている問題は、アメリカの問題とまったく同じではない。とくに、企業利益が成長していない点で、かなり異なる。しかし、賃金が伸びない点では同じだ。そして、これが構造的な問題である点でも同じだ。さらに、構造的問題を金融緩和で解決しようとしている点でも、同じ誤りを犯している。
●編集部からのお知らせ●
自動車や電機など製造業の輸出が落ち込み、日本を支えてきた輸出主導型の経済成長モデルが崩れはじめている。日本は円安・輸出頼みを捨て、新たな成長モデルを確立しなければならない。円高こそが日本経済に利益をもたらす、新興国と価格競争してはならない、TPPは中国との関係を悪化させる、「人材開国」と「金持ちモデル」を目指せ…など、貿易赤字時代を生き抜くための処方箋を示す。
http://diamond.jp/articles/print/25012
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