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【第11回】 2012年9月14日 みわよしこ [フリーランス・ライター]
生活保護制度の見直しでむしろ社会保障費が増える!?
スラム街を作りかねない生活保護費削減
先週閉幕した第180回通常国会において、「税と社会保障一体改革」関連法案が成立した。生活保護制度に関しては、削減の方向での見直しが行われる方針となっている。
今回は、民主党に所属しているが民主党案に反対した衆議院議員と政策秘書に、現状をどう認識しているかと対案をインタビューした。立法の場で苦戦する立場からの声を紹介しつつ、生活保護費「削減」が本当に社会保障費の「削減」になるのかどうか、どう対策すればよいのか、腰を据えて考えてみたい。
稼働年齢層の生活保護受給は
就労指導を強化しても解決しない
初鹿明博(はつしか あきひろ)/昭和44年、東京都江戸川区生まれ。都立両国高校、東大法学部を卒業し、衆議院議員逢沢一郎秘書、鳩山由紀夫秘書を経て、東京都議会議員選挙に32歳で初当選。2期目終盤の平成21年、40歳で衆議院議員選挙に民主党公認で出馬し当選。現在、党厚生労働部門 障がい者ワーキングチーム事務局長、生活保護ワーキングチーム事務局長、社会的包摂プロジェクトチーム事務局長代理などを兼務しながら、福祉問題を中心に活動中。
Photo by Yoshiko Miwa
「今回成立した社会保障制度改革推進法のように、安易に社会保障給付を抑制すると、結果として給付増大につながるんじゃないかと思います」
こう語るのは、民主党所属の衆議院議員、初鹿明博氏だ。一体、どのように給付が増大するのだろうか?
「稼働年齢層への就労指導を厳しくして、働かない人の生保は打ち切るとしますよね。それで、仕事が見つかるとは限りません」(初鹿氏)
本人が、仕事を選び過ぎなければ済む問題ではないのだろうか?
「仕事を『選んでる』わけではなくて、実際には『選ばれない』人が多いんです。まず、生活保護受給者は、十分な社会的スキルを持っていなかったり、十分な教育を受けていなかったりします。『仕事しろ』と言っても、簡単に仕事に就けるわけがないんです」(初鹿氏)
田村宏(たむら ひろし)/大学卒業後、神奈川県内福祉事務所2か所で、ケースワーカー職10年以上従事。並行して、研修所や専門学校の講師を兼任。その後公務員を辞し、慶應大学SFC研究所上席所員。介護保険による介護事業所を経営し、ケアマネジャー・介護福祉士・社会福祉士としても福祉現場に携わった。現在は大学で教鞭をとる一方、衆議院議員・初鹿明博の政策秘書として福祉政策に関わる。Photo by Yoshiko Miwa
横から、政策秘書の田村宏氏(社会福祉士)が補足する。
「40代になると、好んで就く人が少ない種類の仕事でも、就労は難しくなりますね。就労支援員の指導を受けても難しいです。そもそも、そういう仕事の雇用の場が東南アジアや中国にシフトしています。国内では、外国人労働者との競合になります。障害者に対する福祉的就労のようなものが、稼働年齢層の健常者にもあれば、話は別ですが」(田村氏)
障害者に福祉的就労の場を設けることは、一般的に少なからぬコストを必要とする。就労困難な健常者に対して就労の機会を敢えて設ければ、同様の問題が拡大し、結局、社会保障費は増大しそうだ。
不正受給防止と就労指導強化が
生活保護費増大への「対策」?
東京都新宿区にある、東京都立戸山公園。都心の一角に、鬱蒼とした森が広がる。現在、戸山公園と隣接する「戸山ハイツ」には、公営住宅を中心とした戦後の住宅政策・福祉政策の問題点が、数多く集中している。
Photo by Yoshiko Miwa
ここで、2012年8月10日に成立した「税と社会保障一体改革」関連法案、特に「社会保障制度改革推進法」の内容を見てみよう。
本法案の附則によれば、生活保護に関する問題は主に、「不正受給」「就労可能な生活保護受給者が就労しないこと」「生活保護受給の世代間連鎖」の3点に集約されている。
(注)
「社会保障制度改革推進法」附則より
「(生活保護制度の見直し)
第二条 政府は、生活保護制度に関し、次に掲げる措置その他必要な見直しを行うものとする。
一 不正な手段により保護を受けた者等への厳格な対処、生活扶助、医療扶助等の給付水準の適正化、保護を受けている世帯に属する者の就労の促進その他の必要な見直しを早急に行うこと。
二 生活困窮者対策及び生活保護制度の見直しに総合的に取り組み、保護を受けている世帯に属する子どもが成人になった後に再び保護を受けることを余儀なくされることを防止するための支援の拡充を図るとともに、就労が困難でない者に関し、就労が困難な者とは別途の支援策の構築、正当な理由なく就労しない場合に厳格に対処する措置等を検討すること」
子どもの貧困・貧困の世代間連鎖の問題は、子ども世代にとって非常に重要な問題であり、解決される必要がある。不正受給も、少なくとも奨励されるべきことではない。しかし、雇用状況と無関係に就労指導を強化したところで、大きな成果は見込めないであろう。
生活保護費の抑制で
ホームレスや犯罪者が激増する可能性も
東京都営・戸山ハイツアパート。生活保護法(新法)成立と同じ昭和24年、戸山公園を囲む形で建設された。当初は木造集合住宅だったが、昭和30年代から鉄筋コンクリートに改築され、東京の住宅難解消に大きな役割を果たした。全部で35棟、総戸数は約3000戸。
Photo by Yoshiko Miwa
とにもかくにも生活保護受給を抑制すると、次に何が起こるだろうか?
「稼働年齢だけど就労の難しい生活保護受給者は、生活保護を切られたら、ホームレスになるしかありません。ホームレスになれば、遅かれ早かれ、健康状態が悪くなります。結局は、病院を経由して、また生活保護に戻ることになります」(初鹿氏)
生活保護費に加えて、医療費が余分に必要になるので、社会保障コストはさらに増大してしまう。では、一切の福祉からホームレスを排除すると、どうなるだろうか?
戸山ハイツの中には、昭和の雰囲気を色濃く残す喫茶店・理髪店などが数多く残っている。現在、高齢者比率は40〜50%に達しており、介護不足・孤立死などの問題が表面化している。
Photo by Yoshiko Miwa
「その人達は、生き延びるために、無銭飲食とか窃盗とか、軽微な犯罪を犯すしかなくなります。治安が悪化し、犯罪予防や事後対策のためのコストが増大します。刑務所に収監すれば、最低で、1人あたり年間200万円を国庫から支出することになります。生活保護の方が安いくらいです」(初鹿氏)
結局、生活保護受給を抑制するための施策は、場合によっては数倍になって、社会保障費を増大させる要因となって跳ね返ってくることになりそうだ。では、地域によっては生活保護費以下の最低賃金や、生活保護費以下の老齢基礎年金に対しては、どう考えればよいだろうか?
「最低賃金は上げるべきです。現在の、最低賃金での生活は、あまりにも厳しすぎます」(初鹿氏)
現在の生活保護費水準にも達しないことがある最低賃金は、最低賃金法から見ても問題である。年金に関してはどうだろうか?
「年金は、老後の生活費全てをまかなうためのものではありません。憲法の『最低限度の生活』と、年金を比較するのは筋違いです。年金問題は、『老後の最後を担保するものが保険による手当だけでは、リスクが高すぎる』という問題です。生活保護と絡めて考えるべきではありません。まず、年金と別に最低限の生活を保障されるベースがあり、『所得に応じて、よりよい老後を送りたい人は多くの掛け金を払って老齢年金を受け取る』が合理的なのではないでしょうか」(初鹿氏)
差別や偏見の温床になる恐れも
「現物給付の導入」の問題点
写真中央右側の塔のような物体は、階段しかなかった都営住宅の建物に後付けされたエレベータ。当初、住民が高齢化することを想定していなかったため、対応のコストを数十年後に税金から支払っている格好だ。
Photo by Yoshiko Miwa
では、現物給付など、生活保護費削減に有用と考えられている手段については、どうだろうか?
「現物給付の方がコストがかさみます。今の生活保護制度のような現金給付の方が、コストは抑えられます」(初鹿氏)
食事をフードスタンプで提供するとすれば、そのフードスタンプの製造は、貨幣の製造と同等のコストを必要とする可能性がある。それに、各自の健康状態に合わせたり、アレルギーに対応したりした食事を現物で給付するのは、現実的に不可能だ。
「さらに、差別や偏見の温床になるという可能性もあります。誰が生活保護を受給しているのかが、周囲の人からはっきり見えるようになるわけですから」(初鹿氏)
たとえば、「生活保護受給者には公営住宅に住むことを義務付ける」
という形での住宅の現物給付は、どうだろうか?
戸山ハイツの一角。歩行者の手の届く位置にある配管は、通行人に打撃を加えられ、激しく変形している。治安が良好でなくなっている証拠だ。
Photo by Yoshiko Miwa
「現在の東京都の都営住宅を見てください。所得の低い人が主に入居しています。高齢化が進めば、高齢者と障害者ばかりになってしまいます。活力がなく、スラム化しかけている都営住宅が、東京都内には数多くあります。生活保護受給者を集めて住ませるのは、スラム街をわざわざ作るようなものです」(初鹿氏)
生活保護費削減のために検討されている手段の多くは、「現在以上に自由や尊厳を奪うことにより、生活保護受給を抑制できる」という考え方に基づいている。しかし結果としては、さらなる治安悪化・さらなる社会保障コストの増大につながってしまいそうだ。どうして、そのような考え方が、多くの人々に受け入れられてしまうのだろうか?
「年金制度や雇用保険制度が貧弱すぎるから、生活保護受給者が良い扱いを受けているように見えるだけです。生活保護に対するバッシングは結局、『俺たちはこんなに働いてるのに』という発想から来ているわけでしょう? そう考えるのは、生活保護受給の可能性が一番高い人たちなんですよ」(初鹿氏)
政策秘書の田村氏も補足する。
「いったん職歴に空白期間ができてしまうと、再起の大きな足かせになります。『早起きする』『通勤する』といった習慣が一度失われると、社会生活に馴染めなくなり、再就職は困難です。そういう人たちにお金を支給するのが生活保護です。セーフティネットが貧弱な現状では、やむを得ない政策です」(田村氏)
破綻しかけているセーフティネットの
修復は「住」から
老朽化した都営住宅で、介護事業所の訪問入浴サービスが高齢者の入浴機会を確保している。
Photo by Yoshiko Miwa
さらに初鹿氏は、生活保護の公共投資としての側面を指摘する。
「低所得者は、貯蓄をするだけの余裕がなく、収入のほとんどを消費します。特に生活保護費は、1ヵ月ごとにすべて使い切られることが原則です。だから生活保護費は、何らかの商品の購入に回ります。国が間接的に消費しているのと同じことです。同じ費用を富裕層に回せば、かなりが消費されずに貯蓄されます。金融機関は潤いますし、金融機関による投資は活発になるでしょうが、消費は冷え込みます」(初鹿氏)
とはいえ、生活保護受給者が増加する状況は、生活保護受給者を含め、誰にとっても好ましいことではない。
「生活保護に至る原因について、よく考えなくてはいけないと思います。稼働年齢層に関しては、就労できないから生活保護しかなくなるわけです。就労できない原因は、家庭環境の問題から教育を受けられなかったことであったり、障害であったり、精神疾患であったり、雇用状況であったりします」(初鹿氏)
その多くは、本人が自分の努力によって回避できる問題ではない。
「結局、生活保護制度を守りつつ、稼働年齢層の生活保護受給者の自立就労を進め、貧困をなくし、貧困の連鎖を止めるしかないでしょう」(初鹿氏)
では、雇用状況が簡単に改善しそうにない現在、どこから始めることが現実的だろうか。
老朽化した都営住宅の多くで、十分なメンテナンスが行われていない。割られた窓もテープで補修されただけであったりする。
Photo by Yoshiko Miwa
「まずは、住宅政策だと思います。日本の住宅政策は公営住宅が中心でしたが、そのコストを貧困層に対する家賃保障に回すべきだと思います。家賃の高い東京でも、住居費だけ保障されていれば、1ヵ月に8万円あれば暮らしていけます。現在の雇用状況でも、1ヵ月に8万円を稼ぐのは、そう困難ではないでしょう。住居費が保障されていれば、老齢基礎年金や障害基礎年金を受給している人も年金だけで暮らせますから、生活保護から脱却できることになります」(初鹿氏)
住宅を保障することで、生活保護からの自立に具体的な道筋が見えてくる。その波及効果は「生活保護受給者が減る」だけではない。
「たとえば、生活保護受給者の一部に、不要な治療のために頻繁に病院に行って受診するという例が見られます。問題のある医療機関が、そのような行動を助長していたりもします。そのような人々が生活保護受給者でなくなれば、不要な医療のために生活保護の医療扶助が利用される問題はなくなります」(初鹿氏)
精神疾患を発症して生活保護を受給するに至った稼働年齢層の人々が、「病気でなくなったら生活保護を受給できなくなり、だからといって就労もできないのでは」と悩む必要もなくなる。
「結局、低所得層の住宅の問題に対して有効な政策が実施されていないから、生活保護の問題が歪んでしまうんです。住む場所が確保されれば、変わります」(初鹿氏)
財源の問題は、あらゆる人の問題
「他人事とは思わないでください」
大規模都営住宅の中で見かけた、防犯パトロールを示す張り紙。多くの都営住宅で、治安は良好でない。
Photo by Yoshiko Miwa
「社会保障制度改革推進法」法案に付記されていた「理由」によれば、問題の背景は、「近年の急速な少子高齢化の進展等による社会保障給付に要する費用の増大及び生産年齢人口の減少に伴い、社会保険料に係る国民の負担が増大するとともに、国及び地方公共団体の財政状況が社会保障制度に係る負担の増大により悪化していること」であった。
また、その法案の目指すところは、「安定した財源を確保しつつ受益と負担の均衡がとれた持続可能な社会保障制度の確立」であった。
どのような政策を実施するとしても、問題は財源である。赤字国債の発行を永久に続けられるわけではない以上、いつかは税だけを財源とできるようにする必要がある。
「『働かないで生活保護を受けた方が得』という発想が湧くような制度からは、抜け出す必要があると思います。たとえば、低所得層に対して給付付き税額控除(注)を導入すれば、『働いた方がメリットがある』ということになります。そうすれば、稼働年齢層の人たちが生活保護にとどまる理由はなくなります。勤労は、自己実現の1つの形でもありますし、生きる喜びにもつながります。働ける人は働くべきですし、働く人へのケース・バイ・ケースでの支援が必要だと思います」(初鹿氏)
(注)いわゆる「負の所得税」。就労して収入を得た人に対し、負の所得税を徴収、つまり現金の給付を行う制度。
年金に関しては、若年層を中心に「払ったら損」と考える人々が増え、維持の可能性が疑問視されている。
「払ったかどうかに関係しない年金制度を作らないから、『払ったら損』になるんです。最低保障年金制度の導入が必要です」(初鹿氏)
住居費の保障を、いっそ、全員に支給される「ベーシック・インカム」まで発展させてはどうだろうか?
「そこは、慎重に考える必要があると思います。ベーシック・インカムは『働かなくていいや』とという発想につながりかねません。全員がそう考えたら、社会は維持できなくなります」(初鹿氏)
書籍『間違いだらけの生活保護バッシング』(生活保護問題対策全国会議、明石書店)。昨今の生活保護バッシングに見られる誤解の数々について、丁寧に、多様な実例と根拠を挙げて解説している。
初鹿氏は、働くことを非常に重視している。しかし、その一方で、生活保護バッシングには厳しい視線を向ける。
「生活保護は重要です。たとえば貧困家庭で、家庭内暴力の世代間連鎖のなかで育った人が、その連鎖から抜け出すには、生活保護を一旦受ける以外の方法はない場合が多いんです」(初鹿氏)
人生のスタートラインでハンディキャップを背負わされた人が、そのハンディキャップをリセットするために、生活保護は重要だ。それだけではない。
「生活保護受給者からメリットを受けている人は、意外に多いです。生活保護受給者が地域の商店街で買い物できなくなったら、商店街の商店主が生活保護を受給することになるかもしれません。他人事だと思わないでください」(初鹿氏)
生活保護バッシングは、回り回って、誰の首をどのように絞めるか分からないのだ。
現在の日本の社会保障制度にまつわる問題は、どの1つも簡単には解決できない。さまざまな時期に、さまざまな理由で設けられた制度それぞれの問題が、複合し、非常に複雑な様相を呈している。利害を調整しつつ混乱を避けつつ対策することは、官僚を含め、誰にとっても容易ではないだろう。しかも、分かりやすい対策は有効な対策ではない可能性が高そうだ。
次回は、いよいよ連載最終回だ。次回は、本連載の内容を振り返り、取り扱えなかった問題を補足する。「では、生活保護制度をどうすればよいのか?」を考え始めるスタートラインを提示して、本連載の締めくくりとしたい。
http://diamond.jp/articles/print/24787
【第1回】 2012年9月14日 西川敦子 [フリーライター]
【新連載】
2035年、若者が東京から逃げ出す!?
東京が「高齢者ホームレス」であふれる日
日本の人口は今、何人くらいか、君は知っているかな。2010年の国勢調査を見てみるとだいたい1億2806万人。でも、この人口はこれからどんどん減ってしまうんだって。
国立社会保障・人口問題研究所では、将来の人口について3つの見方で予測を立てている。このうち、「中位推計」――人口の増減が中程度と仮定した場合の予測――を見てみると、2030年には1億1522万人、さらに2060年には8674万人となっている。これは、第二次世界大戦後の人口とほぼ同じ規模だ。
どんどん人口が減り、縮んでいく日本の社会。いったい私たちの行く手には何が待ち受けているんだろう?
――この連載では、これからの時代を担うことになる子どもたちとともに、日本の未来をいろいろな角度から考察してゆきます。子どものいる読者の方もそうでない方も、ぜひ一緒に考えてみてください。
東京の高齢者が爆発的に増える――?
大都市と地方で分かれる命運
政策研究大学院大学 名誉教授
松谷明彦先生の話
松谷 明彦(まつたに あきひこ)/経済学者。1969年東京大学経済学部経済学科卒、大蔵省入省、主計局調査課長、主計局主計官、大臣官房審議官等を歴任、97年大蔵省辞職、政策研究大学院大学教授、2011年同名誉教授。2010年国際都市研究学院理事長。著書に『人口減少時代の大都市経済 - 価値転換への選択』(東洋経済新報社)など多数
みんなは「少子高齢化」って知っているかな。少子化というのは、生まれてくる子どもの数が減ってしまうことだよね。そして高齢化というのは、人口に占める65歳以上の人の割合が増えることだ。でもね、一口に「少子高齢化」といっても、大都市と地方とでは表れ方がまるで違うんだよ。
結論から言ってしまおうか。東京などの大都市では、今後、高齢化がものすごいスピードで進んでいく。ところが、島根県や秋田県といった、すでに高齢化が進んでいる県では、もうそれほど高齢化が進行することはないんだ。
島根県は今、全国で一番高齢化が進んでいる県だ。人口に占める65歳以上の人の数は、2005年時点で27.1%で、20万1000人。だいたい4人に1人以上がお年寄りっていうことだよね。2035年にはどうなるかというと20万7000人になる見込みだ。次に高齢化率の高い秋田県では、30万8000人から32万1000人に増える見通しだよ。
この数字、どう思う?たしかに増えはするけれど、びっくりするほどではないでしょう?ただし、人口自体は減少する。2005年における島根県の人口は74万2000人だけど、2035年には55万4000人と、25%近く減る。秋田県は114万6000人から78万3000人。およそ32%も減少する見込みだ。
今度は「東京圏」、つまり、東京、千葉、埼玉、神奈川の状況を見てみようか。人口に占める65歳以上の人は、2005年時点で603万7000人。これが2035年には、なんと1060万9000人。75.7%も増えるんだよ。すごいよね。バスの中にお年寄りが10人座っているのが今の状況だとしたら、2035年にはそれが18人になってしまう、というわけ。
一方、人口そのものはそれほど減らない。2005年、東京圏全体の人口は3447万9000人。2035年には3297万7000人になる見通しだ。つまり、5%くらいしか減らない。
わかったかい?とてつもない勢いでお年寄りが増えていく東京と、人口は減るけれどお年寄りの数はあまり変わらない地方。それぞれがたどる未来は、おそらくまったく違ったものになるはずなんだ。
東京人たちが地方へ逃げ出す!
さあ、それじゃ、2035年の東京、日本がどうなっているか、一緒にのぞいてみることにしようか。ここから先を読むと、君はちょっぴり不安な気持になるかもしれない。でも、大切なことだから勇気を出して読んでね。2035年。君はいくつになっているのかな。今、12歳だとしたら35歳。君のお父さん、お母さんは60代くらいかな?ひょっとすると、高齢者の仲間入りをしているかもしれないね。
2035年の東京は、おそらく今とはまったく違う都市に変貌(へんぼう)しているだろう。お年寄りが75%も増えるということは、その分、お年寄りのための福祉にお金がかかる、ということ。つまり、若い人たちの税金の負担がどーんと増えてしまうわけだ。
それからもうひとつ心配なことがある。今の東京の経済を支えている、技術開発や製造の仕事をする若い人が減ってしまうことだ。東京圏の20〜30代の人口は、2005年時点で1051万4000人。それが2035年には689万4000人になる。34.4%も減少してしまうってことだよね。
1950〜70年代、君たちのおじいちゃん、おばあちゃんが若かった頃は、全国から若い人がどんどん東京に移り住んできた。こうした人たちの労働力が東京の産業を盛り立て、経済を発展させてきたんだよ。この時代は高度経済成長期って呼ばれている。でも、2035年の東京には、経済の主役となる若い人の姿があまり見あたらないみたいだ。
2035年、数少ない東京の若者たちは、どんな暮らしをしているんだろう。どうやら、あまり裕福じゃないみたいだね。頑張って働いても、税金をたくさん取られてしまうから。一方、地方ではどうかといえば、急激に高齢化が進んでいないので、税負担はさほど増えていない。かつて、お年寄りが支えていた農業、漁業は衰退しているようだけどね。
このままだと、「高負担・低福祉」の東京に嫌気がさして、地方へ移住する人がどっと増えるかもしれない。じつは1970年代の米国・ニューヨーク市でも同じようなことが起きているんだよ。この頃の米国経済は、かなり深刻な経済不振に陥っていたんだ。「市の財政が破たんすれば、大増税が始まるに違いない」と、裕福な人たちがどんどんニューヨークを離れていった。当時の流出人口は約100万人、人口の13%にのぼったと言われている――。
「メイドインジャパン」は海外人材と作れ
さて、ここまで読んできてどうかな。今、東京や東京近郊に住んでいる人にとっては、なんだか心配になっちゃう話だよね。でも、安心してほしい。こんな最悪のシナリオを回避する方法がちゃんとあるんだ。
まず、方法その1。「東京の産業構造を変えること」。
最近、よくニュースで「日本の家電製品やクルマが、韓国製や中国製などに負けている」っていう話を聞くことがあるよね。ちょっと前まで、日本の製品は安くて性能もよく、世界中の人が喜んで買っていた。ところが、今ではアジアのほかの国の製品の方がよく売れていたりする。おかげで、日本の産業は今、あまり元気がないんだ。
「人口減少時代の大都市経済」(松谷明彦著、東洋経済新報社刊、2010年11月発行)
※図表データは発行時点のものです。
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ちょっと、この図を見てほしい。これは、米国、ドイツ、イギリス、フランス、そして日本の「企業収益率」の変化を時間の経過とともに追ったものだ。ここで言う企業収益率とは、企業が本業でもうけたお金が、GDP(国内で1年間に新しく生みだされた生産物やサービスの金額を合計した額)に対してどのくらいか、という比率を指している。ちょっと難しいけど、要するに「企業元気度」ってことかな。
わかるかな?90年代以降、日本の企業収益率だけがガックリ減って、なかなか伸びていないよね。欧米先進国はちゃんと回復しているのに……。これってどういうことなんだろう?韓国や中国、インドの製品に負けているのは、日本製品だけっていうこと?
じつはその通りなんだ。この原因は、戦後の日本が選んだ「直輸入型の生産方式」にある、と私は考えている。戦争が終わって、海外の情報がどっと入ってくると、日本人はあらためて自分たちの技術がずいぶん遅れていたことに気づいた。そこで技術の水準を引き上げるため、大急ぎで欧米先進諸国、中でも米国の生産システムをそのまんま「輸入」したんだ。技術や機械設備、マニュアルもみんなそっくり買い取ってね。
米国製品そっくりの「メイドインジャパン」製品が大都市で作られるようになると、喜んだのは日本人自身、とくに地方に住む人々だった。なにしろ戦後のことで、モノのない時代だったからね。1950年の日本の地方の人口は5500万人。先進国全体の人口8.1億人のじつに15分の1にあたる市場―商品の買い手―が国内にあった、というのは大都市の製造業者にとっては本当にラッキーだった。別に独自な製品を作り出さなくたって、国際競争なんかしなくたって、どんどんモノが売れていくんだから。しかも幸運なことに、安いメイドインジャパン製品は、国内だけではなく海外でも売れるようになる。
ところが、残念ながら、同じような製品を安く大量に作る国は、やがてほかにも出てきちゃったんだ。それが中国であり、韓国であり、ベトナムであり、インドだったんだよ。わかるかい?彼らに負けないように国際競争力を高めるためには、欧米先進国のマネじゃダメなんだ。だれにもマネできないものを作らなくちゃ。
「『メイドインジャパン』は未だに、欧米先進国の製品のモノマネにすぎない」と言うと、反論する人もいるかもしれない。でも、日本発の製品の多くは、ほとんどが基本は「欧米発」だ。少なくとも、海外諸国との競争に勝てるような、独自な製品はあまり生まれていないよね。
「そんなこと言ったって、将来は技術開発をする若い人が減ってしまうんだから、独自な製品なんか生まれようがないじゃないか」と君は思うかもしれない。大丈夫、方法はちゃんとある。海外から優秀な人材を東京に連れてくるんだ。
「なんだかズルい」って?そんなことないよ。実際、世界を見渡すと、自国民の力だけで技術開発を行っている国というのはあまりないんだ。たとえば韓国のサムスン電子という会社の研究所の職員は9割が外国人なんだよ。
もちろん、日本の企業によほど魅力がない限り、優秀な人材はなかなか来てくれないだろうね。それなら海外の企業ごと、どんどん東京に呼び込めばいいさ。そうして、日本人と外国人が一緒に働きながら切磋琢磨して、いいアイデア、いい技術をどんどん生み出していけば、東京はもう一度、活力を取り戻すはずだ。
もう1つ大切なことは、日本人がもっている高度なモノづくりの技術を「売り」にすることだと思う。知ってる?日本の職人さんたちの旋盤や溶接、メッキといった技術は世界的に見てもすごく高度なものなんだよ。江戸時代から積み重ねられた技能が生きているからね、外国人には、ましてやロボットには絶対にマネできっこない。この日本ならではの技術力を生かして、どこの国も作っていない「いいもの」を作れるようになれば、日本の「企業元気度」は大復活を遂げるかもしれないぞ。
しかも、考えてごらん。少ない人数で高く売れる製品を作ることができれば、もうかったお金の一人あたりの取り分は、それだけ多くなるはずだよね。そう、ひょっとすると2035年の君たちは、お給料もボーナスも、うんとたくさんもらっているかもしれない。
これまでのように、大勢の人が働いて安いものを大量に作るビジネスは、せいぜい企業を豊かにすることしかできなかった。でも、君たちが大人になる頃には、「1人1人の暮らしが豊かになる日本経済」が生まれているかもしれないんだ。
「高齢者ホームレスがあふれる未来」の回避策とは
さて、それからもうひとつの大問題について考えなくちゃいけないね。激増する東京のお年寄りを支える方法だ。
2005年から30年間の間に、東京圏のお年寄りは457万人以上増える見込みだ。ところが現時点で、東京圏の高齢者の4割は貸家暮らしをしている。この人たちの年金の多くは家賃に消えているのが実情だ。
将来は、貸家暮らしのお年寄りがもっと増えるかもしれない。今、非正規雇用で働いている30代の若者は、家を買えないまま年をとる可能性が高いからね。そんな状態で、年金財政を支えてくれる若い人が減れば、家賃を払えず住むところのないお年寄りが街中にあふれてしまう。
いったいどうすればいいんだろう?
私のアイデアはこうだ。うんと安い公共賃貸住宅を国や自治体が大量に用意するんだ。そうすれば、年金が少なくたって、食費や光熱費くらいどうにかなるだろう?
その公共賃貸住宅を建てるお金はどうやって用意するのか、って?大丈夫。借りればいい。今、国の借金がふくらんで問題になっているけれど、借金で道路を作るのと、賃貸住宅を建てるのとではわけが違う。なぜって、建設費は家賃でちゃんと返ってくるからね。将来にわたって借金が積み重なるわけではないんだ。それに民間の賃貸住宅と違って、国や自治体が借金する場合は100〜200年間と長期間、借りることもできる。100〜200年で元が取れるよう賃料を設定すれば、家賃もかなり安くなるよね。
家具や家電製品は、わざわざ買わなくてもみんなで使えばいい。たとえば、ドイツにはとても便利なシステムがあって、家具や台所用品を市役所が貸し出してくれるんだ。市民はそれを大切に使い、用がなくなれば市役所に返す。だから、ドイツの家具や台所用品はとっても丈夫に造ってあるんだよ。そんなふうに、「いいものをみんなで長く使う」という合理的な文化を持っていれば、年金が減ったって、どうにかなるかもしれない。
最後に大切なことをもうひとつ言っておくね。人口がどんどん減っていく日本社会は、モノの買い手が減るために、企業が元気を失ってしまうかもしれない。企業が新しいものやいいものをたくさん作って、そうならないことを祈っているけれど――。でも、そうだとしても、君たちまで元気をなくしてしまう必要なんて全然ないんだよ。1万円払って高級レストランに行くのもいいけど、1000円で肉や野菜を買って河原でBBQをするのだって、なかなか楽しいよね?肝心なのは、お金のあるなしにかかわらず、「楽しい」「幸せ」って思えることなんだ。
人口が増加し、どんどん社会が繁栄してきた今までの日本では、みんなが「もっと稼ごう」「もっとモノを買おう」と思っていた。でも、これからは違う幸せもあるっていうことに、僕たちは気づくべきなんじゃないかな。
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