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【第409回】 2012年11月16日 宮崎智之 [プレスラボ/ライター]「尼崎連続変死事件」は他人事ではない!?
日常に忍び寄る“マインドコントロール”の恐怖
兵庫県尼崎市を中心に発生した連続変死・行方不明事件、いわゆる「尼崎事件」は、世間に大きな衝撃をもたらした。事件の全容はいまだ判明していないが、とりわけ注目を集めているのが、主犯格とみなされている角田美代子容疑者の「支配力」だ。全ての事件に同容疑者が深く関わっているとすれば、なぜ1人の女性にかくも多くの大人が翻弄され、さしたる抵抗もできずに命までをも奪われることになってしまったのか――。「いつ自分も誰かの支配下に置かれてしまうかわからない」と不安を覚えた人も多いだろう。専門家の声を交えながら、あなたの日常に潜むマインドコントロールのリスクと対処法を徹底検証する。(取材・文/プレスラボ・宮崎智之)
なぜこれだけの犠牲者を出したのか
世間を戦慄させた「尼崎連続変死事件」
いったい、何人死んでいるんだ――。
兵庫県尼崎市を中心に発生した連続変死・行方不明事件、いわゆる「尼崎事件」は、世間に大きな衝撃をもたらした。事件が明るみに出たのは昨年11月。コンクリート詰めにされた大江和子さんの遺体が尼崎市内で見つかり、角田美代子(以下、美代子容疑者)を含む5人が逮捕された。
今年10月、兵庫県警による家宅捜索が行なわれ、床下から安藤みつゑさん、仲島茉莉子さん、谷本隆さんの遺体が発見されると、メディアの報道は一気にヒートアップ。11月には岡山県の海からドラム缶に詰められた橋本次郎さんの遺体も発見され、美代子容疑者を含む8人が逮捕された。他にも、少なくとも4人の行方不明者がいると見られる。
多数の死者や行方不明者が存在する事件の全容はいまだ掴めていないが、日本の犯罪史上、類を見ない凶悪事件に発展しそうな気配だ。
加害者や被害者たちは、美代子容疑者のマンションで共同生活し、日常的に暴行が行なわれていたと見られる。毎日新聞の報道(11月7日付)によると、「橋本さんは昨年夏ごろ、美代子被告の自宅マンションのバルコニーにあった鍵付きの物置小屋に監禁、暴行されて衰弱死した」という関係者による証言もあるようだ。
また容疑者たちは、高松市に住む一家に難癖をつけて乗り込み、居座った挙句、暴行などを働いていた。裸にして屈辱を与えたり、娘に親を殴らせたりする行為も強要していたという。遺体で見つかった仲島茉莉子さんは、この一家の長女だった。
今回の事件の特徴は、何と言っても人間関係の複雑さだろう。主犯格と見なされている美代子容疑者を中心に、親族間で被害者と加害者が入り乱れており、ベテランの警察官や事件記者でも、きちんとした相関図を作成しないと、当事者たちの関係を把握するのが難しいと言われるほどだ。
橋本さんの事件で逮捕された鄭頼太郎容疑者は美代子容疑者の内縁の夫、李正則容疑者はいとこ、角田健太郎容疑者は養子、角田三枝子容疑者は義妹、長男の優太郎容疑者は前出した高松市に住む一家の次女の夫で、その次女の瑠衣容疑者も逮捕されている。さらに、仲島康司容疑者は殺害された仲島茉莉子さんと婚姻関係を結んでおり、茉莉子さんは瑠衣容疑者の姉だった。
瑠衣容疑者と茉莉子さんは、高松での事件があった後に容疑者らと結婚しており、被害者家族をも取り込むマインドコントロールが行なわれていたという指摘もある。瑠衣容疑者は美代子容疑者に気に入られ、側近のような扱いを受けていたようだ。殺害された谷本隆さんは、瑠衣容疑者と茉莉子さんの伯父だというから不可解である。
さらに、大江和子さんの事件では、長女の香愛被告と次女の裕美被告、次女の元夫である川村博之被告が逮捕されている。川村被告は、鉄道会社に勤務していた頃にクレームをつけられたことから美代子容疑者らと知り合い、取り込まれていったという。
被害者を追い込んだ驚愕の支配力
「個人カルト」に酷似した事件の性格
事件の凄惨さもさることながら、報道が過熱するに従ってクロースアップされるのが、暴行や略奪を通じて被害者たちを追い詰めたと言われる美代子容疑者の「支配力」である。
全ての事件に同容疑者が深く関わっているとすれば、なぜ64歳の1人の女性にかくも多くの大人が翻弄され、さしたる抵抗もできずに、金品ばかりでなく命までをも奪われることになってしまったのか――。
この事件をウォッチしている人の中には、「いつ自分もマインドコントロールされて罪に手を染めたり、命を奪われたりするかわからない」という恐怖を持った人も少なくなかろう。
実際、我々は日常生活において、他人にマインドコントロールされてしまう可能性があるのだろうか。専門家の意見を基に、そのリスクと対策を考えてみたい。
『よくわかる人間関係の心理学史上最強図解』(ナツメ社)などの著書がある、新潟青陵大学 大学院 臨床心理学研究科の碓井真史教授は、「尼崎の事件は宗教とは違うが、『個人カルト』のケースと酷似している」と指摘する。
「相手に支配されているような状況では、恐怖でまともな判断力が発揮できず、たとえ見張られていない状況でも逃げ出したり、助けを呼んだりすることができません。実際に、洗脳やマインドコントロールが行なわれていた事件では、警察が助けに行ったときでさえ、部屋から出ることを躊躇することがあるほどです」(碓井教授)
鎖に繋がれなくても逃げられない――。
マインドコントロールのメカニズム
今回の事件では、美代子容疑者らが家庭に乗り込んで、家族を支配下に置いてしまうという手口に誰もが驚いた。内部では壮絶な虐待が行なわれていたというが、それだけでは相手を洗脳することはできない。美代子容疑者が使ったのは、どんな手口だろうか。
「恐怖で縛るだけではなく、優しさを与えるのもマインドコントロールの手法です。そうすると人は、『上手くやっていこう』『怖い目に遭わないようにしよう』と、その環境に『適応』しようとしてしまうのです。しまいには、鎖に繋がれなくても逃げることができず、加害者におべんちゃらを使い出すなど、まるで模範囚のようになっていってしまうケースもあります」(碓井教授)
また、美代子容疑者は食事、排泄、睡眠などのコントロールも行なっていたという。これも相手を洗脳する常套手段だ。さらに、被害者同士を殴らせることもカルト宗教ではよく使われる手法である。罪悪感を持たせると同時に、「もう私も普通の生活に戻れない」という社会への疎外感を植え付けるためのものだという。
そうなると人は、心への負荷が高まり、「自分は悪いことはやっていない。殴られる人が悪いんだ」と自分の行為や支配者の指示を正当化して、その環境に適応するようになってしまうのだ。
こういったカルト宗教でも用いられる手法を、美代子容疑者らは知っていたのだろうか。もし知らずに行なっていたとしたら、「天性の犯罪者」としか言いようがないが、碓井教授によると尼崎のケースは決して特別なものではないという。
「事件化されていないだけで、日本国内でよく起こっている事例だと言えます。もし、美代子容疑者がもっと狡猾だったら、殺人に手を染めずに、いまだ支配を続けており、事件は表沙汰になっていなかった可能性もあります。財産を奪われる家族が増えていたかもしれません」(碓井教授)
職場や家庭でも被害は起こり得る?
日頃からどんな防衛策を心得るべきか
そう考えると恐ろしい限りだが、気になるのは、我々が日常生活でこうしたマインドコントロール下に置かれるシチュエーションには、どんなものがあるのかだ。
碓井教授によると、「外部の無法者による犯行だけではなく、家庭や企業など独自のルールで動いている閉鎖的な空間では、どこでもマインドコントロールや洗脳の被害に遭うことが起こり得る」というから、他人事ではない。
心当たりがある人も多いだろうが、たとえば職場では、不機嫌な人や怒りっぽい人には、つい気を遣ってしまうものだ。これは、「相手を怒らせたくない」という人間の本能に起因している。結果、そうした人が仕事の能力とは関係なしに職場で幅を利かせ、周囲がそれを黙認する状況が続くようになる。これなどは、ささやかな「支配」が起きているケースと言える。
また、支配欲求があまりにも強い人が上司として権力を持ったりすると、事態は深刻化する可能性が高い。パワハラやセクハラに部下が抗えず、職場、ひいては組織全体が閉塞感に包まれ、活力を失ってしまうこともあるだろう。
プライベートでもリスクはある。たとえば、占い、経済、健康、自己啓発セミナーなど、様々な手段を用いて獲物を狙っている悪徳業者は多い。「健康増進を口実に近づき、信頼を得て、怪しげな民間療法を繰り返しながら家に居座ったり、財産を奪っていくようなケースもある」(碓井教授)という。
では、我々はどんな自己防衛策を心得るべきか。
「まずは、ヒトラー統治下のナチスドイツや麻原彰晃指揮下のオウム真理教のように、特別なケースでだけ起こり得ることではなく、『洗脳して相手を騙そう』と考えている犯罪者は身近にいるという事実を自覚すること。そして、もし被害に遭いそうになったら、初期段階で断固たる態度をとって相手を拒絶することです」(碓井教授)。
こうした被害に遭う人は、善良でまじめな人が多いため、難癖を付けられても「自分にも少しは非があるんじゃないか」「相手の言うことにも一理あるんじゃないか」と思ってしまいがち。しかし、相手への思いやりを一切捨てて、きっぱり断ることが必要だ。少しでも相手への思いやりを見せてしまうと、そこにつけ込まれてずるずると巻き込まれてしまう。
自分が家族や友人を救うには?
「解決は困難」という覚悟を持つ
とはいえ、いざ洗脳されてしまうと、自力で抜け出すことは難しい。そうなると、家族や友人など第三者の介入が必要だ。視点を変えて、マインドコントロールに陥っている人をあなたが救おうとする場合に、気をつけるべきことは何だろうか。それは、洗脳されている本人や支配者のことを、否定してはいけないということだ。
被害者に対しては、対話ができる人間関係を保ちつつ、徐々に支配者が言うことの矛盾点や反社会性に気付かせていく必要があるのだという。もちろん、ミイラ取りがミイラにならないために、事前に下調べをしていくことは必要だが、なかなか一筋縄では行かないようだ。
「個人カルトの場合は、被害者の会や関連書籍などの情報を得られる手段が少ないため、難航することもあります。尼崎の事件も同様の難しさを抱えていたと推察されるでしょう」(碓井教授)
さらに、一度身内や友人が被害に遭ったら、「簡単には解決できない」という覚悟を持つことも重要だという。
「占い師が自宅に居座ったオセロの中島知子さんのケースでは、表沙汰になれば本人が芸能人として大きなイメージダウンを被ってしまうというリスクがありました。にもかかわらず、親族や周囲の協力者たちが断固たる決意で問題解決に臨み、2人を引き離すことに成功しました。『娘がかわいそうだから』などと躊躇していたら、さらに被害が拡大していた可能性もあります」(碓井教授)
尼崎事件の闇はあまりにも深い。加害者たちに対してしっかりとした刑事罰と社会的な責任を問わなければいけないのは当然だが、これを機に我々も、「マインドコントロールや洗脳は日常でも起こり得るリスク」ということを、改めて認識しておくことが重要である。
あなたは今、誰かにマインドコントロールされていないだろうか――。
http://diamond.jp/articles/print/28032
【第2回】 2012年11月14日 伊賀泰代
採用面接で優秀な人をいかに見抜くか
いつの時代にも、マッキンゼーに合わない人は出てくる
―― 組織には「2:6:2」の法則があると言われています。強いリーダーシップを持つ人を採用するマッキンゼーにも、その法則は当てはまりますか。
おそらくあると思います。イメージにすぎませんが、上位20%がパートナーや経営者として成功するなど、卓越した結果を残します。反対に、下位20%はマッキンゼーを出たほうが活躍できるので、辞めていくと思われます。終身雇用の会社と異なるのは、マッキンゼーでは下位20%を40年間雇い続けるということはしないという点でしょう。
ちなみにこの法則の面白いところは、人を入れ替えても常に「2:6:2」になることで、下位20%は必ず存在します。マッキンゼーでも継続的に人が入れ替わるのは、そういう部分もあると思います。
誤解していただきたくないのは、仕事ができないから下位20%になっているわけではないということです。その人たちは、ただマッキンゼーが合わないだけで、他の会社に行ったら活躍できる人材です。合わないところに残ることほど無駄なことはありません。ですから、他のところで活躍してもらうチャンスを早めに与えるということです。
―― マッキンゼーで合わなくて、他の会社で活躍できるというのは、リーダーシップが欠けていても通用する仕事があるということですか。
そういうことではありません。どこであれ成功するにはリーダーシップが必要でしょう。けれども、グローバルな大企業の経営という分野に関する関心や洞察力など、リーダーシップ以外でマッキンゼーが求める能力や関心分野が合わず、他の仕事では合っていたという人はいます。ですから、マッキンゼーを飛び出して、他の会社ですごく成功している人はたくさんいると思います。
コンフリクトなくして良いものは生まれない
―― 学歴も高く、自分にしかできない仕事をしたいと考え、リーダーシップのある人がゴロゴロした組織で、コンフリクト(摩擦)は起きないのですか。
常に起こります(笑)。ただ、コンフリクトが起こるのはマッキンゼーとしてはポジティブな状態です。コンフリクトなくして、問題解決はできないからです。
コンフリクトが起こらないのは、みんなが同じ意見だからです。3人いて3人が同じ意見であれば、1人しかいないのと同じことになってしまいます。3人いる意義は、3人が違う意見を持っているからで、違う意見をひとつにしようと思えば、コンフリクトが起こるのが自然なことです。もちろん、コンフリクトは精神的にも体力的にも消耗します。3回自分の意見が通らない程度は我慢できるでしょうが、10回言っても自分の意見が正しくないと言われたら辛いでしょう。でも、マッキンゼーの人はコンフリクトから価値が生まれると思っているので、それでも議論をやめないのです。
そもそも、コンフリクトは喧嘩ではありません。チームの目標を達成するために、どの意見が最適かを話し合うために必然なものです。自分の意見より誰かの意見の方がチームの成果につながりそうだと思えれば、自分の意見を通すことにこだわる人はいません。
大きな組織で長い間働いていると、コンフリクトを避けようとする力が働くようになりますが、マッキンゼーにはそれがありません。マッキンゼーがクライアント企業に、内部では出せない解を提示できるとすれば、それはマッキンゼーの方が有能な人材がいるからではありません。最良の方法を探すために、摩擦を避けないで議論を続けるからでしょう。
―― どうしても優等生っぽく聞こえてしまうのですが、生身の人間が感情的にならず、ファクトとロジックで議論できる理由はどこにあるのでしょうか。
コンフリクトを喧嘩や感情的な衝突と感じさせないテクニックは、コンサルタントとしての最低限のスキルです。「議論することが楽しい、価値がある」ではなく、「気分の悪い議論だ。もう話もしたくない」などと相手にストレスを感じさせたら、それはコミュニケーション上のスキル不足です。
コンサルタントはサービス業ですから「俺の意見のほうがファクトとロジックからして正しい、以上」などという未熟なコミュニケーション能力では務まりません。摩擦があることすら気づかせないうちに、「確かにあの意見が正しい、いい解にたどり着けてよかった」と思わせるだけのコミュニケーションスキルは身につけないとダメでしょうね。
―― では、石ころがゴツゴツぶつかり合うような議論をしているわけではないのですね。
外部の方とお話しする際はすごく気を遣っていると思います。ただ、内部の人だけだとゴツゴツしていますよ。気を使っていると時間がかかるので、すごくキツい言葉で議論が交わされることもあります。議論の目的が明確だからこそできるのですが、中にはそういうのが耐えられないという人もいます。「こんなにキツい議論をしていたら神経が擦り減ってしまう、マッキンゼーは私には合わない」と言って辞めていく人もいますね。
また、社内イベントのような些細なことでもトコトン議論している会社なので、マッキンゼーをやめた人同士で話すと、「まともな社会は楽でいい」なんて話にもなります(笑)。「そこまで詰めなくてもいいだろう?」と思えることまで、徹底的にこだわる人が多いので。
マッキンゼーにふさわしい資質とは?
―― 採用面接というごくわずかな時間で人を判断するのは難しいと思います。マッキンゼーにとって必要な人材を採用するために、どのようなところを見ているのですか。
まず人が人を判断するということは、誤りが起こるものという前提を忘れてはいけません。誰一人「完璧な採用判断ができる」ような人は存在しません。
その上でコンサルティングという仕事は、経営者に対するサービス業なので、まず企業の経営、マネジメント分野に関心があるか、接客業やサービス業に適性があるかということは見ています。
よく、難問を解くことに興味がある方がマッキンゼーを受けに来られるのですが、難問を解くこととサービス業は適性が異なりますので、そういう方は難問を解くという適性を活かせる会社を選択されたほうがハッピーだと思います。
もうひとつは、リーダーとしてのポテンシャルです。自分が人と違うと見られることを恐れない、周囲の意見に流されず自分の意見を決めることができる、間違っているかもしれないけれど自分の意見を周囲に伝えられる、といった点です。
さらに、コミュニケーション能力も大事です。サービス業ですから、相手の意見を聞いて自分の意見を言い、話し合うことが不得意な人に向く仕事ではありません。前回、コンサルタントは部外者扱いされ、マイナスの状況からクライアント企業の中に入って行かなければならないと言いました。そうした逆風のなかで相手を説得するコミュニケーション能力が必要なのに、採用したいと思って会っている私を説得できないようでは話になりません。
同じ意味で、組織やチームで働くことが向かない人も難しいでしょう。面接で過去の様々な体験について親身に聞いていくと、皆さんご自分で語ってくださいます。『採用基準』に書いたように、リーダーシップへの誤解もあるのでしょうが、「自分はリーダーというより参謀役です」と言われる方もあります。本当にそうであれば、マッキンゼーのようなところで働くのはつらいだろうと思います。
―― 短い面接の時間でそれだけのものが見抜けるのでしょうか。
最初にお話ししたように、面接で完璧な評価ができるということは、ありえません。それでも、話しているときに相手がどういう気持ちなのかということをまったく考えず、自分の言いたいことだけを話す人は、一般論としてサービス業には向いていないと思います。そういう人に対しては、面接の最中に「私はあなたの話に飽きているんですけど?」というサインを表情や仕草で送ることもあります。でも、こちらの仕草にまったく頓着せず、延々と話を続けるような人は厳しいですね。
―― 要するに、察する気持ちが大切なのですね。
相手の気持ちを注意深く察することも大事だし、それでも言わなければならないことは言うという姿勢も大事です。相手にコンフリクトと思わせずに問題解決をするテクニックもあれば、敢えてコンフリクトの存在を明確にして議論を喚起する方法もあり、その辺は手法の問題です。
しかし、相手が困っているとか、これを言ったらコンフリクトが起こるだろうということを、まったく気づかないのは問題です。さらに言えば、察していても空気を読んで自分を抑えすぎる人も向かないでしょう。コンフリクトを避けたがる人は、ああいう組織にいることが苦痛になってしまうと思います。
伸びしろのある人は面接という時間の中でも成長する
―― 伸びしろという言葉があります。その人の将来性を見極めるのはさらに難しいと思うのですが、それはどのようにして判断しているのでしょうか。
面接は、通常1時間程度です。伸びしろのある人は、最初の5分と最後の5分を比較しても成長しています。たとえば、最初の質問でうまく噛み合わないことがあったとします。その時点でうまく質問に答えられていないことに気づき、その理由を面接の間で考え、最後には面接官の問いに対して的確な答えを提示できる人は、伸びしろがあると判断できます。逆に言えば、1時間の面接の間で成長がゼロの人は、10時間でも2年間でも成長はゼロの可能性があります。
また、採用プロセスのなかで成長する人も有望です。面接が進行するなか、1回目より2回目、2回目より3回目の面接に成長が見られる人は期待できます。人の意見を頭から否定せず素直に聞き入れる。新しいことを柔軟に受け入れる。自分にないものを取り入れようとする。そうした意欲のない人は成長できません。自分と違うものに対してどれぐらいオープンであるかという点も、見極めが必要です。
―― 面接での印象は良かったのに、実際に仕事をすると期待はずれだったというケースがあると思います。面接で見抜けなかったのでしょうか。
最大の問題は、候補者と面接者の目標が一致していないことです。面接する側は、入ってから活躍できる人を採用したいと考えて面接に臨みます。このとき「自分が活躍できるかどうかよく見てください。活躍できるのであれば入りたい」というスタンスでやってくる候補者については、間違えることはほとんどありません。入ってから活躍できるかどうかをお互いに見極めるという成果目標が、双方で一致しているからです。そういう人は「自分はこういうことが苦手だけれど、それでもコンサルタントとして問題はないですか?」と自ら確認してきます。
しかし、採用さえしてもらえれば活躍できると思っている人もいます。そういう人にとっては、入社がゴールです。その場合、候補者は面接で、普段の自分ではない姿を作って、プレゼンしています。面接者があの手この手で本当の姿を見極めなければなりませんが、簡単ではありません。期待はずれという事態は、そうして起こってしまうのです。
ただ、成果を出せない人は去らなければならない組織なので、そうやって入社しても、損をするのはご本人です。結婚同様、「この人なら、結婚してから上手くいく」と双方が納得して結婚するのが基本であって、「とりあえず結婚さえしてもらえれば、あとはなんとかなる」と思うのは無謀です(笑)。
伊賀泰代(いが・やすよ)
キャリア形成コンサルタント。兵庫県出身。一橋大学法学部を卒業後、日興證券引受本部(当時)を経て、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスにてMBAを取得。1993年から2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにて、コンサルタント(アソシエイト、エンゲージメント・マネージャー)、および、人材育成、採用マネージャーを務める。2011年より独立。現在は、キャリアインタビューサイト MY CHOICEを運営し、リーダーシップ教育やキャリア形成に関する啓蒙活動に従事する。
<新刊書籍のご案内>
採用基準
地頭より論理的思考力より大切なもの
マッキンゼーの採用マネジャーを12年務めた著者が初めて語る!
就職超難関企業と言われるマッキンゼーは、地頭のよさや論理的思考力が問われると思われがちだ。しかし元採用マネジャーの著者は、このような定説をきっぱりと否定する。マッキンゼーでは世界で通用する人材を求めており、頭のよさだけではない。それは現在の日本が必要としている人材像と同じと言える。
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