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<北京のお上りさん><平穏な天安門広場><長安街のポプラ並木><北京飯店の便所><王府井の軽食街>など
http://www.asyura2.com/12/china3/msg/175.html
投稿者 五月晴郎 日時 2012 年 6 月 07 日 11:26:37: ulZUCBWYQe7Lk
 

(回答先: <中国人民はPANASONIC養殖政権を認識?> <特派員は東京から北京へ>など 本澤二郎の「日中40年友好の旅」(8) 投稿者 五月晴郎 日時 2012 年 6 月 03 日 13:18:08)

http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/51984481.html

<北京のお上りさん>

 中国記者協会の蘇さんは食後、建国門近くのホテルに送ってくれた。しばらく休息していると、再び腰を動かしたくなった。北京のお上りさんよろしく、中心街へとのんびり散策することに決めた。地下鉄で前門に出て、そこから天安門広場に向かった。午後3時過ぎの太陽は、天高く暑いくらいだった。木陰が恋しい季節の北京日よりである。

 目の前に現れた毛沢東記念堂に初めて入ったのは、79年の大平総理の時である。83年か4年の中曽根総理の時も入ったかもしれない。後者とは、天安門からそこへと向かう時の記録写真が残っている。というのも、中曽根さんが記録した小冊子に、その時の記念写真が載っている。その写真に中曽根、安倍晋太郎外相らと共に筆者も、偶然一緒に写っていた。官邸のカメラマンが撮影したものである。

 大平さんとは、西安観光地巡りの時に同行記者との記念撮影をしている。それが田舎の家の中のどこかに隠れてしまっている。中曽根さんは帰国の際の特別機内で記者4人とそれぞれ記念写真を撮り、それを小さい額に入れて送り届けてくれた。せっかくなので、現在も玄関の壁にぶら下げてある。余談だが、同じ玄関に小泉純一郎結婚式の時の引き出物の時計も置いてある。今も動いているのである。
だが、昨年の3・11巨大地震のあと5分も進んでしまった。地震には時計も狂わされるのだ。
 3・11に自宅への影響はほとんどなかったが、時計はそうではなかった。

<平穏な天安門広場>

 文化大革命時に100万人の紅衛兵が集った天安門広場は、89年の6・4事件を経ても外見上に大きな変化はない。警察官の車が数台見られる程度で、初夏目前の実にのんびりとした風情だ。正面から見て左手に人民大会堂が重々しく座っている。右手には、まだ開館して間もない中国博物館の威容が誇らしげに腰をおろしている。辺りは巨大建造物の宝庫だ。この国の大きさを物語っている。
 長安街を渡った向こうには、相変わらず厳然と毛沢東の巨大な絵が飾って、歴史の変動にも動じようとしない。新中国の皇帝さながら、である。

 木陰が欲しくなって博物館の前に移動した。何台もの移動簡易便所が設置してあった。観光客への配慮だろう。木陰に腰をおろして小休止した後、地下道を通って故宮の前に出た。そして久しぶり、故宮前の大型の便所を覗いてみた。
 便所の手前には土産品店が並んでいるからだ。心をときめかせるような軍隊行進曲が聞こえてきた。建国記念日の軍事パレードの録画を再放送しているのである。数年前、外交学院の学生の案内で、ここを訪れた時も同じ軍事パレードの録画を流していた。映像前には今回も小山が出来ていた。パレードに酔いしれる人々はどこにもいるのであろう。
 せっかくなので、記念に天安門を描いてある手鏡を孫の土産に買った。

<長安街のポプラ並木>

 王府井(ワンフーチン)に向かって長安街のポプラ並木を、時間を気にせずにゆったりと歩き出した。一人散策にはこれが最高である。
 もう10年、20年前だろうか。路上でチラシを配る若者が現れた。市内観光案内のチラシである。この辺りの散策組は、全て地方からのお上りさんに決まっている。内容は「北京の名所巡りを安く提供しますよ」というものだ。
 人間は少し余裕が出来ると、外に出たくなる。観光だ。筆者の中国訪問も、言ってみればこのレベルのものである。大それた目的などではない。しかし、ありがたいことに拙話を聞いてくれる学者や学生が、この北京にいる。これは法外な喜びなのである。
 偉い人物に出会ったりするとか、友人らに格別な支援をするなどに興味は全くない。第一そんな力などないからだ。自らの小さな存在を知悉している。だから宇都宮徳馬さんが本当にうらやましくなる。彼は金もあったし、政治家としての力量・卓見も備わっていたのだから。
 歩いていてチラシを5枚、6枚と受け取ってしまった。悪びれながら1枚を残してゴミ箱に捨てた。このチラシには北京地下鉄の地図が載っていて便利なのだ。1枚あると、地下鉄で迷子にならずに済む。

 それよりも、ここの一番の魅力はポプラである。見事な大木に育っている。皇帝を保護したであろう赤い高塀を、はるかに通り越して天高く伸びている。場所柄か威厳さえ備えている。人々はその下で、涼をとりながら時の過ぎるのを待つ。それは無意味なようで、それでいて何となくお上りさんに対して、歴史の重みと誇りさえ与える。ポプラ並木は不思議な魅力をたたえながら、これからも50年、100年と生きてゆくのだろう。
 木の下を、子供のころ食べたかったキャンディをほおばりながら、お上りさんが楽しげに行き交っている。そんな情景を瞼に投影している日本人、ベンチに腰掛けている自分が不思議でならない。これは「無冠の帝王」「フリーランス・ジャーナリスト」の唯一最高の特権なのかもしれないと思ったりもする。このことを泉下の宇都宮さんに教えたくなった。彼の知らない北京なのだ。

<北京飯店の便所>

 ゆっくりと歩いていても、そう時間もかけずに北京の名門ホテルに着いてしまう。久しくこの国のあこがれのホテルとはいえ、89年の6・4事件の3カ月後は異様だった。この中国最高の北京飯店も、まるで幽霊屋敷のようだった。一人で泊まったものだから、薄暗い廊下を歩くのに多少の勇気を必要とした。
 むろん、その面影を今発見することは出来ない。今や豪華絢爛といった表現がぴったりのロビーである。世の1%族が利用するような高級ホテルになっている。それならば、と思い立つと、ここまで辛抱してきた便所へと飛び込んだ。意外やそれはTOTOではなかった。
 不思議な感じを持ってしまった。高級住宅・ホテルの便所は、必ずといっていいほどTOTOが相場だった。TOTOという会社の政治力・営業力が圧倒していたのだろう。その秘密に興味さえ抱いていたこともある。ことほどTOTOが独占してきた。
 だが、時代と共に競争原理が働いてきているのかもしれない。TOTOの独占は少しずつ崩壊しているのであろうか。独占は傲慢をまき散らす。周囲から嫌われるようになるのだ。

<王府井の軽食街>

 王府井に入った。一人での王府井散歩は珍しい。かつて大平総理がここで餃子を楽しんだころの雑踏は、とっくに消えてしまっている。ずっと以前から高級観を振りまいてきた。比例して興味を失ってきたのだが、それでも広い通りと歩行者天国が、お上りさんを魅了するのだろう。
 意外や、ここにも前門にあるような民芸品・雑貨類を売る店舗が並ぶ一角が誕生していた。お上りさんや外国人観光客をひきつける仕掛けは出来ていたのだ。さすが王府井である。高級店に興味など無いが、こうした場所を散策するのは楽しい。
 軽食街もあった。すごい人の波だ。人間に限らないが、胃袋は無限の欲望の塊である。そこに的を絞っての店舗が無数に立ち並んでいる。人々は雑踏の中で、立ち食いや食べ歩きしながら、それでもまだ欲しい食べ物が無いかと、まるで乞食になったように徘徊している。
 そこがまた庶民を楽しませてくれる。大声を張り上げて客を呼び込む店員も、この場所では不思議と波長が合っている。退屈しない場所だ。お腹をすかすこともない。目の前に刀削麺という屋台を見つけた。東京で数回食べたことがある。山西省の名物麺である。
 試してみた。これは失敗だった。しかし、空腹から逃れることは出来た。

<不気味な東芝・オリンパスの巨大広告板>

 79年に一人で入った国営百貨店は、立派に改装され、経営も変わっているのだが、屋上を見上げて仰天してしまった。巨大な広告はかの粉飾決算で逮捕者を出したオリンパスである。前の英国人CEOの活躍で、オリンパスが三井住友財閥傘下であることを知ったばかりである。
 最近になってPANASONICが筆頭株主になるという報道があった。両社とも三井住友傘下だ。前者は松下政経塾議員の養殖企業である。宗教政党どころか、財閥政党の日本にあきれるばかりである。

 地下鉄に乗ろうとして、ふいに北京飯店を振り返った。またしても驚いてしまった。そこには東芝の巨大広告の看板が貼りついていた。東芝といい、松下PANASONICといい、中国進出は早くて大がかりである。
 前者は日本を代表する原子炉メーカーである。東電福島原発3号機は東芝製だ。そこでは核爆発を起こしている。それでいて一切説明責任を果たしていない。社会的責任を果たしていない。東電の陰に隠れたままだ。中国に希望小学校を建設して感謝されている。
 東芝の狙いは原発の売り込みだろう。東芝もまた三井だ。三井といえば、戦前の中国侵略の片棒どころか中枢を占めて、愚かな軍閥を動かしていた。軍事力による資源略奪から、戦後は広告宣伝で人民を欺こうというのか。
 オリンパスと東芝の広告が王府井の入り口を占拠している光景は、背後を知ってしまったばかりの者にとって不気味である。
 歴史の教訓を本当に学んでいるのであろうか。本当の社会的責任を理解しているのであろうか。再び中国の地を汚染させようというのか?
 犬も歩けば棒に当たるというが、これは本当なのだ。

2012年6月7日7時10分記  

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